七夕様の星まつり

 



 やたらと雨催いの日が多かった今年の梅雨も、さすがにそろそろ終盤なのか。まだまだじめじめした曇天は続くものの、ニュースや何やで取り上げられる話題にも“海開き”だの“夏祭りの準備”だの“七夕の笹飾り”だのといった、本格的な夏に向けてのあれやこれやが多くなった気がして。
「そういえば、瀬那はいつから夏休みに入るの?」
 小早川さんチのダイニングでも、朝のニュースショーで、関西の方の海水浴場の海開きの様子が取り沙汰されていたせいか、朝食に使った食器を洗いながら母上がそんなお声をかけて下さり。訊かれたセナは、牛乳の1リットルパックを冷蔵庫へとしまいつつ、
「ん〜っと。前期の試験が終わって、どの教科でも追試がないって判ったら人から随時…かな?」
 それこそ試験の日程にもよるのだが、日本の大学はそこだけ海外に合わせるかのように、どうかすると七月に入る前から長期休暇へ突入してしまうところもあったりする。セナの通うR大学は、ほとんどの学部が前期試験を夏休み前に設定しているので、それに及第してからがお休みとなり、
「で? セナはどうなの?」
「う〜〜〜っと。////////
 言葉を濁しながら…そのままリビングへ。さかさか逃げた一人息子へ、あらまあとお母様が苦笑した。実をいえば、二回生前期に履修した教科の中、考査日程の最終日にあたる先週末に試験を受けた、必修科目の一般教養、英語のヒアリング試験がわずかながら及ばずの赤点という結果になってしまい、昨日さっそく追試を受けたばかり。一体どうやってそれを知ったのやら、まもりがコーチを買って出てくれ、やっぱり追試組になってた雷門くんと二人、追試開始寸前まで、発音の特訓を受けてちゃったりしてまして。
“あれってやっぱり、蛭魔さんが手を回してくれたんだろか。”
 幼なじみのまもりは、彼らとは別な大学の教育学部に進んでおり、この春からいよいよ教職専攻の学科へと進むのだそうで。勉強だって本格的になるだろし、教育実習だって始まるのだろうに、
“またまたお世話になっちゃった。”
 いつだって優しくて世話好きな彼女だからって、どこまで迷惑かけてるかなと。そこはやっぱり恐縮しもする。この上は、追試が一発で通過出来ておりますようにと、胸の裡
うちにてお祈りしつつ、先に出勤してったお父さんが一通り読んだらしい新聞に気がついて、何の気なしに手に取ってみる。日々の基礎トレは1日たりとも欠かしちゃならないから、今朝もちゃんと早朝ランニングとストレッチの一通りはこなしたけれど、
『試合でもねぇトコで故障者出してちゃあ世話ぁねぇからな。』
 天候不順のお陰様、グラウンドは常時ぬかるんでいるわ、湿気が多くてトレーニング室も不快指数ばかりがいや高くて集中しづらいわと来て。そんな中にて、捻挫だ打撲だというつまらない怪我を拾ったり、思わぬ汗を大きにかいての風邪でも引いては笑えないからと。快進撃を続けている割に相変わらず頭数にあんまり余裕のないR大デビルバッツは、前期試験終了まで 調整期間扱いということになっており。よって、朝一番からという登校をしなくともいい、今日明日だったりするのだが。
『…ったく、どいつもこいつもっ。』
 あんまりお勉強好きとはいえない面子が大勢を占める現在只今のデビルバッツなため、追試組が多数出たのは…金髪の元帥閣下にも計算外の結果だったか。想定以上の長さになってしまった調整期間へは少々イラッとなさってた様子だったものの、それも今週中には何とか終わりそう。本格的な夏休みに入る前、七月後半に特別開催が予定されてる某トーナメント大会に向けて、メンバー全員でかかる総合練習だって必要だしね。
“ボクだって、1日でも早く、走り始めておきたいし。”
 光速のランニングバッカーといたしましては。爆発的な加速に必要な瞬発力と、臨機応変を備えたカット走法への勘、それへとなめらかに連動させられる体のキレや足腰のバネなどなどという個人技用の練習にだって、敢然と立ち塞がっていただく“練習相手”が必要で。ずぶの素人だったところから、実戦の場でめきめきと力をつけて来たセナにとっては特に、運動能力の向上にリアルな緊張感がどれほど効果的か、説明も不要なほどはっきりしている事実なので。どうかするとあの気の短いジェネラル様以上に、早く合同練習が再開されないっかなと、待ち遠しく思っていたりもするのだが。
「…あ。」
 そんなセナの手元から、はらりと足元へすべり落ちたものがある。今日も曇か、目映い光は気配さえ見えない窓辺。サッシの手前まですべっていって、そこでコツンと止まったのは、厚口の紙にカラーで刷られた1枚のチラシ。夜空に揚がる花火を背景に、浴衣を着た女性モデルが二人ほど、にっこり笑ってるその頭上には、

  《 Qタウン恒例、七夕ゆかた祭りvv 》

 そうと綴られたルミナスオレンジのゴシック体の、大きな文字が躍ってる。
“あ、そっか。今年もあるんだ。”
 彼らの住まう街々を貫き、最寄りの足として最もお世話になってもいるJR路線の、都心側への快速や特急への乗換駅がQ駅といい。その駅ビルを中心に広がる繁華街の真ん中、平日でもにぎわってる大きめのショッピングモールでは、毎年七月に催されるサマーバーゲンと重ねての催事として、七夕祭りが賑々しくも開催されてる。各店、各モールのバーゲンセールへの客引きも勿論兼ねてはいるのだろうが、期間中は歩行者天国になる大通り沿いには夜店も色々と出るわ、レンガ敷きの広場にはちょっとしたコンサートステージも設けられるわ。さすがに花火までは揚がらぬが、角ごとにはカラフルな短冊や色紙細工を下げた大きめの笹飾りも立てられの、浴衣を着て行けば飲食店で割り引きしてもらえのと、夕涼みがてらのお祭りとして、なかなかに風情もあったりし。ここいらのような新興住宅地の住民には、地元でのこういうお祭りが少ないだけに、余計にそっちへ足が向くというもので。
“そういえば…。”
 一昨年のには行ったよなぁと思い出す。確か、進さんと蛭魔さんと桜庭さんと4人で、しかもしっかり浴衣も着てのお出掛けで。皆さん、上背がおありだったから、それぞれに浴衣が凛々しく似合っておいでで、
“ボクだけ、何だか子供が混じってるみたいだったよな。////////
 ちょこりと小さかったその上、慣れない下駄ばきだったから。すぐにもすべったり転んだりしかかっては、進さんのお手を煩わせてばかりいたような。その当時とあまり変わってはいない、大きな瞳をきょときょとと動かして、新聞をお膝にしつつも拾い上げたチラシの方をこそ熱心に眺め始める。
“えと…。///////
 蛭魔さんはさすが射的がお上手で、濃紺の浴衣の袖から色白な腕をむいっと肘まで剥き出して、そりゃあカッコよくライフルタイプの空気銃を構えては。通りに2つあった夜店、どっちも総ざらえしてしまわんという勢いで景品を落としまくっては、注目を浴びてたっけ。
『よーいちぃ〜〜〜。』
 金髪痩躯な若者ってだけなら今時さして珍しくもないところ。妖一さんにしてみても着馴れてまではいないはずの浴衣だってのに、邪魔になりそな袖やら裾やら、器用にも品よく捌く所作や動作がいちいち決まり。そんな妖冶な着こなしっぷりが、女性以上に艶っぽく。色白な肌にいや映える、闇色のサングラスを離さぬその上、そんな大活躍と来た日には…衆目が集まらないはずはないというもの。
『お願いだからあんまり目立たないでよう〜〜。』
 本来だったら彼の方こそが顔が指さぬか気をつけなきゃならない、芸能人の桜庭さんが、大胆不敵な恋人さんの魅力に…良からぬ狼とかが寄って来ないかとハラハラしてらしたのが、何だかお気の毒だったっけ。
“進さんも…vv
 そうそう。活躍したといえば進さんも。その前の夏にも頑張って下さったのを彷彿とさせるよな、見事な投擲コントロールを見せて下さり。やっぱり慣れないだろう浴衣の着付けのせいで、腕とか肩とか固定されてて動かしにくかったに違いないのに。輪投げの出店の一番綺麗だった景品、クリスタルのウサギの文鎮をセナへと取って下さって。今は…セナのお部屋の机の上、前の収穫だったリンゴの置物のお隣りに、ちょこなんと並んでる。
『こんなお遊びに、そうまで真剣になるなよな。』
 きりりと引き締まったお顔で、きっちり狙いをつけてらした進さんだったのへ、からかうようなお声をかけて来た蛭魔さんだったのだけれど。それこそそんな妨害にもたじろがなかったところはおサスガで。
『チッ、揺さぶりはやっぱり利かねぇか。』
 チビが絡んでることへなら、多少は緊張感とか増すかなとも思ったんだがななんて。もしかしてフィールドでも応用したかったのか。だとしても、そんなデータをこんなところで試しに取ってみてどうするのというよな、そんな挑発を仕掛けてみた悪魔さんであったらしくて。
『な、な…なにを言い出すんですよぅ〜〜〜。////////
 却ってセナの側こそが、大きに動揺してしまったのだったっけ。
『そういや、セナくんのお誕生日はクリスマスの前なんだよね?』
 二十一日だっけ? かっくりこと小首を傾げて見せながら、確かめるみたいに訊いて下さった桜庭さんへ、
『え? あ、はい。』
 そんなこと、よくご存知ですねと、恐縮しつつも素直に頷いて見せたらば、
『進が七夕の後で、セナくんはクリスマスの前、だなんて。聖夜つながりなお誕生日なんだなって思ってサ。』
 何だかロマンチックじゃないと微笑って下さったのへ、
『下っだらねぇことに いちいち感心してんじゃねぇよ。』
 そういったジャンルのお話へは、何にでもケチをつけずにはいられないらしい蛭魔さんが、相変わらずなリアクションを返した、そのすぐ傍らで、
『???』
 進さんは意味が判らなかったのかキョトンとしてらしたなって思い出す。ご実家でも子供たちを相手のお楽しみ会を開いておいでだったくらいだから、まさかにそういうイベントをご存知じゃないってことからの不明ではなく。むしろ、腐した蛭魔さんとあまり遠からぬ種の感慨を持たれたらしいからこその反応だろなと、そこはセナにもよく判り。ついつい、あはは…と誤魔化すような乾いた笑い方をしちゃったもんだったっけ。ロマンチックにまったく無縁だというのではないけれど、
“進さんて他力本願は嫌いそうだし。”
 クリスマスはともかく、七夕の笹飾りと言えば…そこはやっぱり、星へのお願いを捧げる日という意味合いからの“聖夜”って印象が強いしね。
“明日がお天気になりますようにって事ほどのお祈りしか、なさらないんじゃなかろうか。”
 ああでも、浴衣姿はやっぱりカッコよかったよな、去年も確かお誘いされたっけなと、朝っぱらから一気に緩んじゃってる韋駄天くんだったりしたけれど。そんな彼の含羞
はにかみへ合わせて、テーブルの上、携帯電話がいきなり唸りだし、
「あっ、わっ。」
 大きに焦ったその揚げ句、夏物のラグの上へと取り落とした、やっぱり相変わらずな彼だったようでございます。






            ◇



 昔から物事の好き嫌いははっきりと発言表明する方で。細かい嗜好の別がさしてある訳ではないけれど、道義に反した行いや理屈に合わないことを、それでも多勢の意見へ流されるようにして支持するような、そんな行動を取る気にはどうしてもなれなくて。
『そんなことをしては、いけないのではないか?』
 先生や大人に言いつけるとか、そういった何かを笠に着ての言いようではなく。彼自身の毅然とした態度と、少しは後ろめたさもあってのことか、大概は気圧されてしまって、直接の反駁をする者は余り出ず。その代わりのささやかな嫌がらせか、それとも自己への正当化という代物か。取っ付きにくい奴だよななんて、周囲の皆にも同感を取りつけた上で。進んで仲間内に入れようとしなくなり、視野に入れようとしなくなり。そうやって周囲の人々から一線を引かれ、さりげなく遠のかれていたことへも…残念ながら全く気づかぬまま。ただただ、今日より強い自分のいるだろう明日をだけ、見据えて止まらず走り続けて。


   ――― それを孤独だなどと思ったことは、一度もなかったのだけれど。





 何もしなくとも誰からかの叱咤や檄が飛ばずとも、自然と背条が伸びる空間。そんなそんな清冽で強靭な空気の張り詰めた、静謐で神聖なこの道場が、彼は幼い頃から大好きだった。言葉も要らず、態度の取り繕いも意味がなく。だが、たとえ対手があったとしても、他でもない自身へと真っ向から向かい合わねばならないことを。これまで一度だって、重いとか苦痛だとか感じたことはなかったのに。まだ今日は雨も降り出さぬ、密度の高い外気の中を。さわりと揺れたは、戸口の向こうに枝垂れた、青々とした桜の若葉か。その木葉擦れの気配が唐突に、
『だから………。』
 此処へと身を置きながら、此処に直接のつながりがないことを想うなんて。不意に視界へと差し込んだ斜光にあって、日頃ならたじろぎもしないはずが、何に視覚が眩んだのかをつい追ってしまったようなもの。梢が揺れたるその物音が、全く関係のない、誰ぞの声のようにも聞こえた気がして。そんな空耳、今は捨て置いて切り離せば、まだ何とか…無の境地へと立ち戻れたのに、
『だから、セナくんみたいなタイプの子はサ。好みが違うんだとか嫌われたとか、そういう意味から引くんじゃなくて。お前に不快な想いをさせたって、そっちをまずは思っちゃうんだって。』
 決まりごとは守らなきゃと思うとか、だらしない恰好は見苦しいとか。関心がないものへは、どこが良いとか悪いとかなんて てんで判らないとか。きっぱり胸張って言えちゃうところ、尻腰の強いお前らしいことだとは思うけど…と理解は一応示したその上で。けれど、そういう言葉の中の、特に否定するような物言いへは、

『セナくんみたいな繊細な子は、たとえ自分への言葉じゃあなくっても、それを受けるべき対象の身代わりにでもなったかのように、少なからず傷ついてるもんなんだからな』

 それも、自分が嫌われてしまったと萎縮するんじゃあなく、お前を不愉快にさせちゃったとか、お前が何かを罵倒なんてする姿をわざわざ晒させちゃったとか。それこそ、こういう言い方しても堪
こたえはしなかろうお前には、理解不能なことだろけれど。そんなことをお前にさせちゃったんだって方向で、セナくんみたいな子はひどく傷ついちゃうんだからな。だから人一倍 気を遣ってあげないと、判らないことだったら判るようになろうとか、せめて否定する前にそういう態度を取れとか何だとか。お節介なアイドルさんに言われたのをふと思い出してしまい、あれっていつの会話だったかな? なんて注意が逸れたその途端、

  「哈っ!」
  「…っ!」

 しまった。無から自我がむっくりと起き出したから。しかも、明後日の方へと注意が逸れ出してしまったから。集中が途切れたその間合い、見逃してくれるほど甘くはなかったお姉様。相手の出足への反応が遅れてしまった間合いをかいくぐり、スルリと伸びて来た竹刀の切っ先で、強かにこっちの手元を叩きのめして下さっての“小手”が鮮やかに決まっての。文句のつけようがない一本負け。合気道でも最低限の防具はつけるが、暗黙の了解でそこは狙わないからと、面まではつけていなかった黒髪の姉弟が、礼儀としての一礼を交わし合ってから、やっとのことで緊張を解き、
「珍しいわね、清ちゃん。」
 他でならいざ知らず、こんな時にうつつを抜かすなんてね。この何日か寝苦しかったからって、寝不足だったのかしらねぇ? 容赦のないお言いようをぶっかけて下さった たまきお姉様に、
「…。」
「別に、くらいは言いなさいっての。」
 向けられた視線の強さで大体は判ったけれど、そういうズボラはあたしあんまり好きじゃないしと、綺麗な形に吊り上がった黒目がちな目許をわざとらしくも眇めて見せてから、
「さぁさ、支度の続きにかからなくちゃねvv」
 間近い催事、道場主催のたなばた祭りの準備にと、意識を切り替え。負けたんだから後片付けはよろしくと、とっとと道場から引き上げてしまった、何につけても軽やかな姉上を、視線だけで追って、それから。

  “………。”

 あれっていつの会話だったかな、と。姉の“一本”により思考が断線した先を、あらためて追い直す清十郎さんだったりし。やたら背丈があって、それはそれは努力家で我慢強かった彼
の友は。それなのにやはり今時の軽やかな気性が誰からも好かれており。だっていうのに、孤高にあって動じもしない、何とも可愛げのなかった自分のすぐ傍らに、ずっとずっといてくれたのだが。進学した大学が違ったので、今ではそうそう毎日会うような間柄ではなくなって久しくて。それでも時々はメールや電話をくれるから、その中での会話から出た叱咤だったのだろうなと、そこまでは難無く辿り着け。あの、何事へも真摯で懸命な小さな少年と出会い。間違いなくそれが切っ掛けで、自分の中に何とも不思議な感情が芽生えて。それが加速にのって育ってゆくのが。決して不快なんかではなかったが、慣れのないことでもあったため、何とも歯痒い想いをした時などには相談に乗ってもらいもした名残り。清十郎さんが困ってはいないか…よりも、相手の少年を困らせてはいないかと。そっちを重点的に案じてくれており。
『だって。進だってサ、セナくんが…お前の全く気がつかないところで傷ついてたらイヤでしょうが。』
 これを言われると、面目ないことながら反駁が一切出来ない情けなさ。確かに自分は、桜庭のように細かいところにまで気を配れた試しはない。アメフトやそれへとつながる自身の強さとその向上。それ以外へはとんと関心が向かなかった自分だったから。言葉足らずや無神経から、どれほどのこと、彼を怖がらせ不安にしたことか。それへの自覚が出来たのは、ある意味 立派な成長だけれど、
“だが、小早川は…。”
 自分が自分らしいことが、進が進らしくいるのが一番好きだと。そうも言ってくれたから。
“こういう場合はどうすれば良いのだろうか。”
 ………成程、難しい問題ですわな、そりゃ。
(苦笑) 人間関係上での機微や駆け引きや何やかや。こうまで出遅れた者にとって、大切な人を想うがゆえの戸惑いやら迷いやら。ごくごくささやかなものでさえ、結構な試練であったりもするらしく。同い年だってのにそれを難無くこなせている桜庭が、進には途轍もない上級者として把握されてもいるらしい。
“さすがは、あの気難しそうな蛭魔でさえ、言いくるめられる奴なだけのことはある。”
 おおう、そんな風に認識しとられましたか。桜庭くんや蛭魔さんご本人へも、是非とも聞かせとうございますが、今はそれもさておいて。
(笑) もうすっかりと身についていた習慣から、機械的な動作にて竹刀や防具といったお道具を片付け、湿気があるからと開けはしなかった連子窓を、それでも高みのと足元のとを全部、一応は確認し。片膝立ててのそういった仕儀ののち、神棚へ一礼してから、切れよく袴を捌いての退出と運ぶ。誰が見ていようが見てなかろうが、自分への誠実さをさえ曲げられぬ、筋金入りの不器用さんだという、これも顕著な証しであって。ただ、

  “………。”

 さわさわと。外へ出てすぐの空間へ青い空気を満たしてる、枝のそこここ、たわわについて、風に揺れてた桜の若葉の、細波のような木葉擦れの音に。やはりついついその足が止まる。すっかりと大人びた、凛とした男らしさの滲む横顔を。風に黒髪を掻き乱されつつも、無言のまま、その視線を差し向けて見やったは。風に揺れてははたはたと躍っている、まだどこか柔らかな名残りも強い、若くて青い桜葉の密集した梢たちで。
「………。」
 桜庭からの忠告を、それは唐突に思い起こしたのは、何が起因してのことだったのか。葉桜の騒ぐ音といえば………。

  ――― この背へと寄り添った、小さな温みがあったっけ。

 ああそうかと、今やっと思い出したものがあり。その時を思い起こさせたのだという、木葉擦れの音へは、
「…。////////
 お耳の先っぽが見る見る真っ赤になったほど、それはそれは判りやすい感覚を身につけた彼だということなのだろうけれど、
“………。”
 とはいえ。これが“腑抜けになった”という状態だとは思えない。彼
の人を想う心に宿るのは、決して中途半端で甘いばかりの微熱だけじゃあないからで。始まりは、そう。例えようもないほどに強い、それまでには感じたことのないままだった、紛れもない“闘争心”であったから。

  ――― 小早川セナと闘った人間が皆襲われる恐怖
        試合中に同じプレイが無限に成長してゆく恐怖

 負ければ後がないトーナメント戦という真剣勝負の只中にあって。そんな突拍子もない存在を相手にした時の、言いようのない恐怖と興奮と。何度となく捕まえ、何度となく叩き伏せても、その前向きで真摯な心は強靭にして折れることはなく。こちらからの強い意識を寄せる対象が出来、その相手もまた自分を意識してくれることが…互いに互いを叩き合い、しのぎを削り合ってという直接的な対峙というものが、こんなにも。血を沸かせ肉を躍らせて、精神の興奮と高揚を招くのだということを知ってしまったからには。余裕なんてな生ぬるいものに身を沈め、平常心に染め上げられた“訳知り顔”になって、収まり切ってなんかいられない。同格の魂同士の鬩ぎ合いであればこそ、勝てばもっとずっとと高みへ駆け上がれる灼熱の手ごたえ。そんなスリリングな興奮をくれる“真剣勝負”の相手であり、そして。

  『進さんっ。』

 そして初めての。際限無く大きくて優しい気持ちを体感させてもくれた人。強い陽射しのないままに、曖昧な明るさの満ちた曇天の下では、漆黒の陰もまた生まれ得ない。何かが際立つその陰で、無情にも没してしまう個もあるという、勝敗という明暗がくっきりと立場を分かつ、そんな二極化された世界しか知らなかったから。頼るのでもなく護るのでもなく。お互いを認め合い高め合いながら、誰かと同じ道をゆくということを。意識したのも初めてで。
“………。”
 誰かを想う気持ちというものは、時にどんな苦難にも屈しない活力を与えてくれるほどに強く。だってのに、ひょんなことからあっさりと、脆くも頽れるほど弱くもあって。ただの意識が“好き”へと育ち、それだけではどこまでも足りなくなってゆく。今は遠いその人への、ほんの一瞬の想起だけで体中が暖まり満たされもするのにね。目の前にいる時は…その逆で。その人をもっと知りたいもっと欲しいと、どこまでも深まる“業
ごう”もまた、口惜しいながら制御出来ぬ勢いにて、一気に育ってしまいもし。そんなほど、何とも複雑極まりないものだということを、少しずつ少しずつ、身に染みて思い知らされた。真摯であればあるほどに、小手先であしらえるものではないながら。だが、ぶざまにも振り回されているのはよろしくなくて。それは他でもない自身が未熟だからだと思い知る。
「………。」
 人を好きだと思うこと。誰かの上へ何かの上へ、関心や執着を寄せて大切に思うというのは、対象へは甘やかに構えて差し上げるその代わり、そんな気遣いさえ嗅ぎ取れる人へのそれが負担にならぬよう、もっともっと人性を鍛えて大きくて奥行きの深い人となれるよう。もっとずっとしっかりしなければならぬのだぞよと、自身を叱咤する新たな機縁になってもくれて。もしも自分がアメフト以外に、少しでも成長出来たというのなら、それは間違いなく。セナと出会って、そして、これでもそれまでのズボラを払拭するほど、鍛えられたからだろうから。

  “他力本願は嫌いだが…。”

 でもね、あのね? こればっかりは、独り相撲で何とか押し切ることの出来ようことではないような、そんな気もする彼だったりし。母屋の方からの伸びやかな声に、やっとのこと、その足を進めながら。その胸にはひどく甘やかなことを抱えていもする、そんなお不動様だったそうですよ?





   ――― あ、はいっ! 進さん、おはようございます。
        道場での七夕のお祭りですか?
        はいっ、お邪魔させていただきますvv
        あ、あのあのっ、えっと、あの。
        それでですね、あの。
        進さん、もうすぐお誕生日ですよね?
        進さんは、何か欲しいものとか、ないですか?


   【小早川が。】

        ……………え?////////

   【小早川が楽しそうにしていれば、とりあえず嬉しく思うのだが。】

        あ………。/////////



 今夜はいいお天気になるといいですね、とりあえず。
(苦笑vv



   HAPPY BIRTHDAY! TO SEIJYUUROU SIN!









  clov.gifおまけclov.gif


   「やっぱり七夕と言ったら浴衣だよねぇvv
   【何を言い出そうと、着ねぇぞ今年は。】
   「…去年は着てくれたように聞こえるんですけれど。」
   【大体だ、別にわざわざ逢う必要もないんじゃねぇか?】
   「え〜〜〜っ?」
   【大会も近いんだしよ。練習に専念しなっての。】
   「う〜〜〜、そんなつれないことを言うんなら。」
   【言うんなら?】
   「この秋に2枚目のCD出すって企画が立ってるの、受けちゃうからね。」
   【判った、今晩で良いんだな。浴衣は新しいのをおろすから、目印は…。】
   「…そうまで即答されるのもまた、何だか微妙に複雑なんですけれど。」



   ――― こちらのお二人さんの七夕様も、お後がよろしいようで♪(ぷぷぷvv





  〜Fine〜  06.7.06.〜7.07.


  *そういや昨年も、
   関東地方の七夕の晩のお空は微妙に曇ってたそうでしたね。
   一体どこがと首をひねられてしまいそうですが、
   進さんのお誕生日おめでとう作品ということで。
(笑)

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