緑風、眩しき
 


 思わぬところでセクシーな色香やドキドキを感じるもの。電話の受話器を握る、好きな人の手の大きさ。意識して聴いてみた声の響き。思いがけなく気がついた横顔の繊細さと睫毛の長さ。それからそれから………。






 弾けるような純白や甘い緋色、鮮赤紫のつつじが、若い緑を盛った茂みを更に華やかに彩っている公園の中は、他にも真っ白な花房を揺らすユキヤナギが満開だし、少し向こうの広場には綺麗な絨毯みたいな一面のシバザクラが植えられたコーナーもある。初夏の陽光の下に、様々な自然天然の色彩が新鮮な瑞々しさをたたえて顔を揃えている、そんな中を歩いていると、

   「…わ。」

 ざ…っ、と。未成熟な梢の先を、折れんばかりに思い切り撓
しならせて。少しばかり強い風が吹き抜けた。これが先週辺りだったなら、所謂"花冷え"なんて言われて肌寒く感じられたろうに、今だと ずんと心地いい。
「ありゃりゃ。」
 風の塊りに"ぎゅむ"と抑えつけられたあと跳ね上げられ、くしゃくしゃに掻き回された猫っ毛を手櫛で大まかに撫でつけて整えて。それから、制服の襟が立ってることにも気づいて"あやや…"と直して、やっとこ はふうと一息ついた瀬那は、傍らに空いていたベンチを見つけると、そこへとバッグを置き、その傍らへ腰掛ける。それからそれから、ポケットから携帯電話を取り出して着信履歴を確かめた。
"………。"
 大きな瞳でじぃっと見つめた液晶画面には、特に新しい"お知らせ"もなくて。ちょっぴりつまらなさそうなお顔になると、それでも再びポケットにしまい込んだ。何か急な予定変更事態にでもならない限り、あの人はそうそう不要なメールや電話は打って来ない。逆に言うと、何かあったならちゃんと知らせて来る人だから。だから、じたばたしないでご本人を待てばいい。泥門駅近くの緑地公園。お膝の上に肘をつき、行儀の悪い前屈みという格好で頬杖をつく。もうすぐゴールデンウィークで、世間様では旅行だのレジャーだのという話題も取り沙汰されているみたいだけれど、セナには関係のない話。まだギリギリで籍を置いているアメフト部が、只今開催中の春季大会で絶好調にも連勝中なので、毎週末は試合があるし、連休中は新加入の面々へ早速のポジション適性を見る練習だとかを始める予定が立ってもいる。高校生になってアメフトを初めて以降は、本当にあれこれバタバタと忙しかったなと思う。初心者もいいトコだったのに とんでもない強豪との試合をいきなり続けざまに体験し、夏休みはアメリカの砂漠なんてトコにまで連れてかれて凄まじい特訓も受けたし。
"やっぱ、知り合った人たちがとんでもない人たちだったからだろな。"
 例の金髪痩躯の先輩さんしかり、他校チームの方々にしても、強豪チームのエースなればこそ…定規が人並み外れてた人達も少なくはなかったし。そんな方々と、それはもうもう目を剥いちゃうようなあれやこれやを、目いっぱい体験して来た日々だったような。
"それだけ充実してもいたけれど…。"
 そういう壮絶体験を、ほのぼのとしたお顔で"くすすvv"と笑って振り返れちゃえるようになった自分自身だと、果たして気がついてるセナくんなのでしょうかしら。お母さんは心配です。(誰が"お母さん"だ。/笑)
「あ…。」
 依然として時折強い風が吹き抜けていて、砂が舞い上がったのへ大きな瞳をぱしぱしと瞬かせる。今日は次の試合前の簡単な調整と打ち合わせだけで練習も終わったので、向こうさんも調整の日だったらしき大好きな人と、何日か振りの待ち合わせの約束をした。大学の春季大会の方も始まっていて、早くも試合に出たそうで。自分たちの方も試合だったから観に行けなかったのが本当に残念だったなあと。そんなことをまで、つい思い出し、
"蛭魔さん、試合の様子を録画してないかな。"
 まだ当分は直接当たれないチームの、しかも序盤戦だから、まだそんなにもマークしてないかな。第一、蛭魔さんのトコだって試合だったろうしな。お調子のいいこと考えちゃったななんて、小さく溜息をついた。新しいチームをいきなり立ち上げちゃったことで話題を呼んでた、金髪の"悪魔"さん。はったりとか派手なことが大好きな彼には珍しくもこそりとした行動だったのに、そこはやっぱり…たった一人で無名の弱小から常勝チームにまであのデビルバッツを叩き上げた高校生だっただけに、注目されていた人だったということか。相変わらずの意表を衝く行動力とか、さすがの指導力・統率力は、監督などブレイン関係の主軸としての将来性も見込まれているとか、色々と様々にその筋の見識者の方々から高く評価されていたらしい。確かに、スカウティングに於ける綿密で鋭い分析や、試合中に機転の利いた作戦を素早く立ち上げられる、頭脳の俊敏な反射とそれを保てる集中力。そしてそして、アメフトに対する…年齢に似合わないほど深い造詣。そんなこんなを、自分も主軸選手としてプレイを続けながらこなしていた、とんでもない人材だけに。これからの日本のアメフト界を考えているような立場の人にしてみれば、そんなオールマイティーな力量を駆使して、是非とも同世代や後進を指導してくれる"名将"になってほしいと望みもするのだろうけれど。
"何をどう解釈評価されようと、ご本人はプレイするのが一番に好きだから。"
 厳しいことを言いつつ、向こうからは幾らでも尽力してくれて凭れさせてくれたくせに。自分の側からはいつだって毅然としていて、身内にも隙を見せない、妙に用心深い人だったけど。身近にいたからね、そんなことくらいなら重々知ってる。新しいチームを作ったのだって、誰かに頭ごなしに采配されるのが嫌だったからという、ただそれだけのことなのにね。
"そういうのも"子供みたい"って言ってもいいのかなぁ。"
 あんな怖い人を捕まえてえらいことを思ったセナくんが、またまた"くすす"と笑ったその時だった。

  "………あ。"

 すぐ前を通り過ぎて行った人。営業のセールスマンさんだろうか、かちっとしたスーツ姿の大人の人。全然見知らぬ人だったのに、擦れ違いざまにドキッとしたのは、一瞬だけあの人の匂いがしたから。よくよく考えればあまり"同じ"ではなかったんだけれど。風にあおられてふわりと届いたのが、いかにも"男性"を思わせるような、大人の人の匂いだったから。そこからそのままあの人を想起してしまい、はっとして身を起こし、思わず目で追ってしまったほどだった。
"全然違ったのにね。"
 今さっき感じたそれは、いかにも人工的で鮮明に角の立ってた、オードトワレか何かの匂いであって。なのにね、あの人を思い出してドキンとしたの。精悍で頼もしい人。もうすっかり大人びた姿や雰囲気をしていて、温かさや柔らかさを伴った男臭さがほどよく似合う人。野性味あふれる、荒削りで鋭い面差しをしていて、なのに、今時には珍しいほど古風な印象のする、自分に厳格な人でもあって。
"前から大人っぽかったのにね。"
 先に評判だけを聞いていて、それから初めて姿を遠目に見た時は"大きい人だな"くらいしか思わなかったけれど。すぐにも"公式戦"なんていう格好で、真剣真摯な彼と真っ向から直接向き合う機会がやって来て。その気魄と威容には心の底から脅威を感じたものだった。何に対してでも揺るがない、身体も心も強靭にして屈強精悍。威風堂々としていて分厚い印象の、雄々しい人。
"………だから、怖いばっかな人だって思ってたのにね。"
 蛭魔さんとかちょこっと恐持てのしてた十文字くんとかとは方向性の違う、高校生っていう枠の向こうにいるような、超然とした人だって思っていたのにね。フィールドの外でも会うようになって、そしたらね、別なお顔も見えて来た。頑迷で気難しい人かと思っていたら、寡黙なのは不器用さからのものだって分かったの。本当は優しい人だし、思わぬところへの思いやりだって行き届いてる人。ただ…そういうのを、これまでちょこっとおざなりにして来た人。それまでは、言葉が足りなくての誤解をされてもそれで良いと。非を自分の側に呑んでそれで済むのならって、あんまり意に介さないままで片付けてたんだって。正道から外れない真っ直ぐさだけを優先して来た、そういう剛の強さを保ち続けて来た進さんを掴まえて"不器用な人だ"って解釈しちゃったボクに、お付き合いの長い桜庭さんは"おやおや"って眸を丸くして、それからね。よく判ったねってお顔を、こっそりして見せてくれたの。

『ああいうのを"孤高"っていうのかな、別に判ってくれなくたって良いよって風で、自分とばかり向き合って来た奴だからね。片意地張ってでもなく、自惚れてでもなく。誰にも恥じない"正しさ"で自分を築き上げたくて、それこそが強くなる一番の方法だって思ってて。だから"誰かの気持ち"なんてものは、悪い言い方になるけれど、これまでのあいつにはどうでも良いことになってたんだ。覗き込んでまで判りたいと思ったり、相手にそう思ってほしいって感じたりすることはなかった。そんな奴だったのがさ、セナくんの事、物凄い考えてるんだよ? 自分の馬鹿力で接したりしたら、痛くないかな、怖くないかなって。』

 ああそうかって、そのお話聞いて思い当たること、一杯あったの。いつも自信にあふれてるように見えた進さんなのに、時々は…ちょっぴり困ったようなお顔になって、あの深色の眸で覗き込まれた。何かにつけて至らないボクだから、それで進さんのこと、困らせているのかなって思ってたけれど、そうじゃなかった。どうして良いのか判らなくて、でもね。それならそれでもう良いって、これまでみたいにあっさりと見切って諦められなかったからだよって。手放したくないし、だからちゃんと判りたい。後ずさりされても…それをチクンて痛く感じても、それでも。手を伸ばし続けてくれた、判りたいって思ってくれた。あんな凄い人がそんなに想ってくれたってこと、今にして思うと………。////////

  "あ〜う〜っと。////////"

 ぽんっと音がしそうなくらい顔が赤くなったのが自分でも分かって。煩悩を振り飛ばすみたいに、ぶんぶんと音がしそうなほどに、髪形が変わっちゃうくらいに かぶりを振る。今や もうもう、好きで好きで堪らない人なものだから、てんで無自覚でいた、いやいや、どうかしたら怖がってた頃の自分を思い起こすと、何というのか…勿体ないやら当時に戻りたいやら、そんな気分にまで襲われる始末のセナくんであり。

  "進さんの方からのボクへの印象って…どんなだったんだろね。"

 もしかして、物珍しかったのかな? 突然現れて自分を抜いてった小さな選手。彼奴は一体何者なんだろうかと好奇心でも沸いたのかな。あの口が重い人が、ホンットに滅多にないこととして時たま言ってくれるのが、
『小早川は優しい子だから。』
 人の痛みがちゃんと判る、懐ろの深い良い子だからと。たまにだから尚のこと、真っ赤になって口が聞けなくなるような、物凄いことをぺろりと言って下さる進さんで。
"………ああいうのも"天然"っていうんじゃないのかな。"
 おおお。進さん掴まえて、そんなこと言えるようになりましたか。

  "……………。////////"

 どうしようね。ぽかぽか陽気の中にいると、何でだか やあらかいことばっか想ってしまうよう。やあらかいことって、そのまま睡魔さんまで連れて来るから………。
"う〜っと………。"
 体が萎えてとろんとしかかり。そのまま"ふわわ…"と、ついつい欠伸をしたそのお口へ、

  「はわ…?」

 何だろうか、乾いた感触の何かが現れて、いきなりぱふんと蓋をした。ぎゅうと押し込まれた訳ではなく、唇へぱふと触れているだけな程度の当たりではあったが。それでも突然のことだっただけにビックリしてしまい、あわわと反射的に暴れかかった手足を引き留めたのが、

  「あ・これ、雁屋のシュークリーム…。」

 馴染みのある甘い香りが遅ればせながら漂って来たから。こうされると視野が塞がってしまうほど、結構大きなシュークリーム。マニアなくらいシュークリームにはうるさい あのまもりが、此処のが一番美味しいと言って聞かなかった絶品スィーツ。そんなものが何でまた突然飛び掛かって来たのかなと。その両端に自分の手を添えると、相手は片手だけで間に合っていたらしいその手を離してくれて。

  「進さん。////////

 うとうとしかかってたものだから、こうまでされるまで気がつかなかったんだ。あやや、大欠伸してたの見られちゃったよう。//////// 小振りなメロンパンみたいなシュークリームを両手で抱えて、真っ赤になったセナにくすんと笑い、
「遅れたな。」
「あ、いえ。」
 すまないなと言う進さんだが、約束した時間まではまだ17分もある。だから、これを買ってて遅れた進さんではないのにね。…あれれ? こんな言い方は順番がおかしいかな?
(笑) ちょこっと混乱しているセナくんに小さく笑い、
「美味いと聞いた。」
 お食べなさいと促しながら、懐ろに抱えていたケーキショップの紙袋をセナのバッグの脇へと置いて、自分は逆の…セナのすぐお隣りへと腰を降ろす、大好きな待ち人さん。今は学校内の施設に合宿中なのだそうで、他には手荷物もない身軽そうないで立ちの彼であり、
"え〜っと。///////"
 あんなに進さんのことばかり考えてたのにね。ご本人が来ちゃうとパタリと思考が停止しちゃったよう。//////// すぐ間際にホントにある温もりや気配が、あんまり鮮烈だからドキドキする。いきなりって形になっちゃたからだな。あ、進さんが来た、こんにちはっていう順番だったなら、近づくのを待つ間、嬉しいって気持ちのお尻尾をぱたぱたって振りながら待つことで気分も落ち着かせられたから、も少し素直に喜べてたろうに。そんなこんなという混乱を振り払いたくて、ハグッて端っこに食いついたシュークリームはふんわりと甘くて。

  「……………vv

 お口いっぱいに広がったカスタードクリームのまろやかな甘さにあって、現金なことに…セナくんのただならぬほどだった気持ちの高揚感もふわりと落ち着いた模様です。そして、自分には苦手な甘い物を幸せそうに頬張るセナくんの笑顔にあって、

  「………。」

 そのきりりと引き締まった口許が、釣られるように小さく綻んだ進さんだってところを見ると。日々の練習で士気が張りつめんばかりな状態になってた進さんの側の心持ちの方も、するすると穏やかにほどけたらしくて。ささやかなものに至福を覚える恋人同士という、まさに春欄満の一コマでございましたVvv







  〜Fine〜  04.4.26.〜4.28.


  *起承転結って何? というお話になってしまいましたね、すみません。
   連載からの逃避です。これから頑張りますので、どかお見逃しを。
   この後、頬についちゃったクリームを指先で取ってあげたり、
   それを進さんがパクンて食べちゃったりとかいう展開があったかどうかは、
   各自で四百字以内にまとめるように。(こらこら、何のレポートだい。)

  *このお話とはあまり関係ないのですが、
   夏彦さんと鈴音ちゃんはあのまま泥門生徒になってしまうのでしょうか。
   だったら、セナくんと同級生なんですよね、確か。
   それとも、秋の大会が終わったら、
   またアメリカに渡ってNFLに再チャレンジするのかしら。
   微妙な人達だよなぁ…。とゆことで。
   ウチでの彼らの参入は、しばらく様子見という事になります、悪しからず。

ご感想は コチラへvv**

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