幕間E 〜あのね?
 

 小さな小さな指先の感触が、そんなに厚みもないTシャツの生地の上を走る。まずはかいがら骨の辺りを、真っ直ぐ左から右へ一気に。その端から一旦離れて、シャツのタグがある辺りに再び触れると、背骨に沿って真下に降りかかって…、

  "…んん?"

 その途中から"くるんくるん"と渦巻き状に躍り始めたものだから、

  「…ん〜。」

 見事に置いてかれて行方を見失い、眉を寄せて唸ってしまう。

  「…判りませんか?」

 指先の主が背後から舌っ足らずな声をおずおずと掛けて来るのへ、無言のままに"こくり"と頷くと、

  「じゃあ、これはどうですか?」

 残念がりつつも…ちょっと楽しげな、弾んだ声。とん、と、再び。広いキャンバスの上、小さな指先が触れて、すすす…っと走りだす。右上から斜めに真ん中、通り過ぎてかいがら骨の下で止ま…らずに方向転換。今度は右下へと斜めに走って止まる。それから一旦離れて、左側の肩辺りから真下に滑り降りた指先は、下り切らぬ辺りで"くりん"とUターンするかのような、上向きのカーブを描いた。

  「…どうですか?」

 筆代わりだった指を離して、軽く身を起こした"膝立ち姿勢"になって大きな背中に向かい合っていた少年が、再び肩越しに声を掛けて来る。

  「"く"は判った。」
  「はいっ。」

 わくわくと、嬉しそうに。それから?と待っている彼へ、だが、

  「………う〜ん。」

 ちょっと唸りつつ、またまた首を傾げてしまう"キャンバス"さんである。もう昼をとうに過ぎたので、腰高窓から直接陽が射し込む時間帯ではないものの、それでも初夏の明るさはふんだんに満ちたいつもの和室。普段着の濃青のワークパンツに浅葱色のTシャツというラフな恰好ではあるが…畳の上へきっちりと正座して四角く座った進さんの、大きな大きな頼もしい背中に向かい合い、小さな指先でさっきから、二文字の短い単語を平仮名で書いてみているのは瀬那くんで。

  「今のは"し"ですよ? だから"くし"って書いたんです。」

  「そうか。」

 正解を聞いて"むう"とばかり。それは大真面目に頷くところが、傍から観ている分には…下手なコントよりも数倍に可笑しい。最初は簡単な漢字から始まって、それから…平仮名限定になり。さっきからもう相当な数の二文字を連ね続けているのだが、こうまで簡単な…画数の極めて少ない言葉を頑張って探して綴ってみても、丸きりのダメダメぶりにて当て損ね続けている進さんで、

  「じゃあじゃあ、今度は三文字になりますけど…。」

 でも、ゆっくり書きますねと、そう言い置いて。キャンパスさんのそれに比べれば、ずんと幼い左手が肩へとグッと添えられ、またまた指先の感触が…成程さっきまでよりはゆっくりと、スローモーションモードで走ってゆく。

  「これは? 判りますか?」
  「つ、だな。」
  「はいっ。」

 それからと、つつつ…っと再び指は走って、

  「これはどうですか?」
  「く…かな?」
  「あ、凄い凄いっ。」

 当たりですと、背後で楽しそうな声が上がって。それから最後の一文字は、これもまた一続きの平仮名らしく、

  「これは…判りますか?」

 左手を置いていた側の肩口に両手を重ね、身を乗り出すようにして、キャンバスさんのお顔を"じじぃっ"と至近距離から覗き込む。やはり期待に満ちたセナくんからの視線に、今度こそ何とか報いたいと頑張った進さんは…、

  「…し。つくし、だ。」
  「やたっ!」

 奮闘すること1時間半。ここまで不器用さんだったとはというほどの苦闘を乗り越え、やっとのことで導き出された正解に感極まってか。はしゃいではしゃいで、進さんの大きな肩口に小さな顎を載せ、おとがいの深い首条へと頬が当たるほど、首っ玉へぎゅううっと思い切りしがみついたセナくんであり、

  「シャツですよ、シャツvv
   薄いのを着れば、ちゃんと判るでしょう?
   あとは"ゆっくり"ってお願いすればいいんですって。」

 そんな風にアドバイスまでした…その様子へ、

  「…楽しそうだねぇ、二人とも。」

 最初の切っ掛け。中学生時代の修学旅行のレクリエーションにて、背中で伝言ゲームをやった時、見事なくらい惨敗し倒した進だった…という話を振った張本人が、目許を眇めて単調な声をぼそりと放ったのであった。…………って、ギャラリーが居たんかい。
(笑)





  さて、ここで問題です。
  二人の世界のすぐ外へ、ぽぽいと放り出されていたのは一体誰でしょう?

    @桜庭春人くん
    A進さんのお姉さんの たまきさん
    B進さんのお母さん
(なんでやねん)
    Cその他(  )





  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


  「やだ…やですってば。
   あはは…っvv く、擽
くすぐったいから、やめて下さいようっっ。」


 放っぽり出しててごめんなさいと、キャンバス係を交替したところが、セナくん、この年頃の男の子にはあるまじきほどに"擽ったがりや"だということが判明。背条を一気に撫で下ろしただけで、笑い声の混じった甘い悲鳴を上げて抵抗しつつ、撓やかな身体をやわらかく捩
よじるさまが………。

  「………。//////////

 誰かさんへは ちょぉっと罪作りな代物だったことは、ここだけの話である。
(笑)




  〜Fine〜  03.5.27.

  *究極のバカップル話を目指してみました。
(おいおい)


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