Good-morning 〜朝の一景
 

 


  ――― 立秋を過ぎて、
       さすがに ほんの少しだけ朝晩の空気が涼しくなって来ましたねvv

 なんて。出がけまで時計代わりに観てたモーニングショーの、新人アシスタント嬢がにこやかに言っていたが。

  “果たしてそうかなぁ。”

 ついつい口の中でぶつくさ言ってみる。そんなに寝坊した訳でもないし、朝に弱い体質でもない。なのにもう、髪の間から横鬢へと汗が流れ落ち始めているし、肌にまとわりつく大気の温度だって相当なものだと思う。汗止めのヘッドバンドにTシャツと七分丈のトレーニングパンツ。足元は履き慣れたスニーカーという、一通りのジョギングスタイルで軽快に走り始めて、まだ10分少々というところか。盆も正月もないように思われてる芸能界も、関係業者が休んでしまうのでという影響は多少あって。特に今年は、4年に一度の世界的なスポーツイベントもあるしで、放映権を取れなかった時間帯は、どんな目玉を持って来ようとまず勝てる筈はなく。そんな枠へ売れっ子タレントの出るドラマを持って来て敢え無く相殺させるより、もう何度か放映されてる映画で埋めてお茶を濁して、オリンピックが終わってからの勝負に賭けた方が建設的だろうという決断が下されたらしくって。そんなせいで撮影のスケジュールがいきなりゆるやかなものになり、こんな風に朝のジョギングなんていう、スポーツマンとしての基本を堪能出来る身になった、某アイドルさんなのだが、

  “………うん。気持ち良いのは事実かな。”

 気温は高いが、緑の多い町だから。空気は澄んでいるし、視覚的な清涼効果というものもある。歴史があって旧家が多くて。自然環境の色濃く残る、敷地が広いままな寺や神社があるのだって、檀家がしっかりしているからだと。まだまだ幼かった筈の頃に幼なじみが説いてくれたのを覚えている。静かで落ち着いた、大好きな町だと噛みしめつつ、たかたかと走る。
“でも、妖一が住んでんのは此処じゃないからなぁ。”
 それだけが唯一“惜しい”なと歯噛み。いっそ此処に引っ越して来てくれないかな。そしたら、こんな素晴らしい町はないっていう完璧な環境になるのになと、結構勝手なことを思ってたりするアイドルさんで。ランナーズ・ハイになってトリップするほど…エンドルフィンがドーパミンがどばどば出るほど、そんなにも走ったんかね、君。
(笑) ついさっきまで暑い暑いとぶうたれていたものが、今は…愛しい美人な恋人さんを思って“ほややん”とやに下がってる二枚目アイドルさんで。

  ――― 夏の合同合宿とやらは、もう終わってる…よね。

 だったら、泥門へ帰って来てる筈だから。今頃はヨウイチも起き出してジョギングに出てるのかな。ああ、昨夜のお仕事があんなに遅くなかったならな。泊まりがけで逢ってれたのに。そしたらさ、ヨウイチが走って来るって出てった間に、美味しい朝ご飯を作っててあげるのにサ。嫌いだって言ってたプルーンも、ヨーグルトにかけて食べられるようになってくれたし。そうそう、少しずつ得意になって来たグリル・ド・ポーク。最初の頃は焦がしまくっててサ。あんなのよくも食べてくれてたよなぁ…なんて。

  “……… Vvv

 今にも“蛇行運転”になりそうなくらいに、妄想の方へと意識が偏り出した桜庭くんだったが、そんな危険なランナーさんを、自分の走行進行コース上に見とがめた存在があったりして。

  「………。」

 そちらさんも、慣れた足取りでのジョギング中なのは明らかで。この暑いのに長袖長ズボンのスェットを着込んだ、完全武装。そんな彼が自分の前方をふらふらと走る存在に気がついて。
「…?」
 見慣れた髪形、隠していないのは、此処が彼の地元だから。ファンクラブ所属の親衛隊の皆さんが、堅い結束と地道な布教活動でもって、桜庭くんが地元の実家に帰っている時はそっとして置いてあげましょうという暗黙の了解を広めたのだそうで。まま、彼はそこまでの事情は知らないのだが、あのトサカは…というポイントで相手の素性を見分けたらしく。そのついでに、怪しい歩調で走っていることにも気づいたものだから、
「………。」
 まだ呼吸も上がらぬ段階、黙したままに、ペースを上げて接近する。その様子はさながら………S=スピルバーグ監督のパニック出世作『ジョーズ』のテーマを想起していただくと、一番分かりやすい状況かと。
(笑)


  ――― その者、息を潜めて標的へと接近す。
       足音はすれど、あまりに自然にて、察知されず。


 がっしと いきなり後方から、両の肩を掴まれて。有無をも言わさぬ強引さにて、さあ止まれ、すぐ止まれというブレーキを無理から掛けられたら…。

  「…っ!」

 こちらさんも…愛しいヨウイチさんとのお付き合いから身につけた、護身のための感覚というのが結構高められていたりするので。ハッとすると…素早く、トレパンの左側のポケットから携帯電話を掴み出そうとしかかった。厳密にはまだ、何をか仕掛けられた訳ではないから。こちらからの“反撃”は下手をすると“過剰防衛”になりかねない。ただ、手当てが遅れては何にもならないから、速攻で連絡がつけられるよう、相手の身元等を確保出来るよう、カメラ付き携帯を手にしようとしかかったところが、

  「わっ!」

 その手を素早く押さえられたから堪らない。これはなかなか心得てるプロらしい…と思ったと同時、

  「………進。頼むからこういう時はまず声を掛けてくれ。」

 腕まで がっしと拘束されかかってやっと、間近になった相手の横顔の輪郭が目に入り、ああ…と桜庭くんにも納得がいったらしい。時間的にはほんの瞬間的な揉み合いだったものの、仲の良い間柄で何をやってんだかですよね、うん。
(笑)

  「大学から帰ってたんだ。」
  「まあな。」
  「あ、そっか。お盆だから合宿所が閉まったんだ。」
  「ああ。」

 寮ならともかく、そして夏もリーグ戦があるような競技ならともかくも…という理屈から、進が通うU大学のアメフト部は、お盆前後の数日間を完全休暇体制にしているのらしい。それで、実家に帰って来ていたらしい進と、こちらも昨夜の撮影から上がる時に急なオフを告げられた桜庭とが、たまたま同じ行動を取っていてこんな形で相覲
あいまみえることが出来たということならしく。

     「………。」×2

 今更“おはよう”もなかろうと、再び軽快な歩調で走り始める二人だったが、

  「あれ? 進、お前、携帯にストラップなんか付けてたか?」
  「………。」
  「あ、そっか。セナくんにもらったな。」
  「………。」
  「そういや七月だったよな、誕生日。そん時に貰ったか。」
  「………。」

 断っておきますが、決して“喧しい奴め”と頭から無視されている桜庭くんではなく。むしろ、

  “…判りやすい奴だよなvv

 応対はないものの、耳から頬から真っ赤になってる仁王様であり。陽灼けした肌の上からでは一般人には見分けにくいかも知れないそれだが、こちらから言葉を重ねるにつれてどんどんと ///////の色合いが増してくトコまで判別出来るほどな桜庭くん。長い付き合いは伊達ではない、というところだろうか。そしてそして、そうだということは。お誕生日にセナくんから貰ったものだというのが大当たりだったという訳で。

  “ふ〜ん。”

 そんなこんな話し
(?)ながら、どっちが誘うでなく、進行方向に見えて来ていた公園に入る。注意が散漫になったままで公道を走るのは、いくら交通量が少ない住宅街と言ったって何らかの形で世間様への迷惑がかかるかも知れないというもの。そこでの“一旦休止”だったのだが、遊具もあまり置いてはいない、体操やジョギング、ちょっとした集会などに使われている小さな公園内の、適当な木陰の下へと到着し、額や鬢に滲んだ汗をそれぞれに拭いつつ、

  「ちょっと見せてって。」

 不意を突いて、桜庭の手が伸びて来て。減るもんじゃなしと、ポケットから問題の携帯を掠め取る手際の素早いこと。何でまたアメフトにこの反射や身ごなしが活かせない桜庭なのだろうかと、大真面目に不思議がった進だったのは、まま、置くとして。
(笑)

  「ふ〜ん。つや消しのシルバーか。それとパワーストーンだね。」

 この春に一緒に買い替えたお揃いの機種だと言っていた携帯に提げられてあったのは、決して華美ではなく、詳しくない者が見る分には…いっそ地味なチェーンにしか見えないかもというシンプルなストラップで。選び方の謙虚さが何とも彼ららしいなと、桜庭としては微笑ましくなること しきり。セナくんはきっと、あんまり派手なものは進には好まれなかろうと思ったのだろうし。進は進で、派手も何も、ぶら提げるような使い方をしないのにストラップなんて必要なかろうとこれまで付けていなかったものが、セナくんが選んでくれたのだからというだけで…速攻で取り付けたに違いなく。

  「センスいいよね、セナくんて。」

 いくら大好きな人であれ、この男に何か贈るということほど苛酷な難題はないと思う。あまりに寡欲で、人としての最終本能にして最低限の欲求である“食う・寝る”でさえ、体作りのためにだけと味気無くもきっちりと管理していたアメフト馬鹿。穿った言い方をするならば、そうまでしてアメフトに全てを捧げていた純愛男で、美味しいものも惰眠も要らないという勢いで一途に純愛を捧げていたものが、いつの間にやら。

 “あんなにも可愛らしい子との二股をかける、不実な男に成り下がりやがってよ。”

 こらこら、桜庭くんたら。
(笑) ついつい、ちょこっと脱線してしまったが、

  “人間らしくなって、それは良かったことだよな。”

 あの少年の事をどれほどに大切にしている彼であるかは、自分の恋が始まるよりも歴史が長いその発端から知っている桜庭なので。どんな間抜けたことを語られようと動じない、慣れというものが随分と蓄積されてもいるのだが、

  「何を選べば良いのか判らんと、小早川にも困られた。」

 おや。日本語が妙になるほど、あの子が好きな清十郎さん。何か弁明がしたいらしい模様。
「訊かれたの? 何か欲しいものって。」
 交際が始まって2年とちょっと。最初のお誕生日はまだそれほど互いを理解し合ってなかった頃だったからスルーされたらしく、去年は…それなり何かあったらしいが、
“その頃ってったら、僕の方がバタバタしてたからvv
 そでしたね〜vv 妖一さんに、本格的に傾倒してらした頃だったから、他人のことどころじゃありませんでしたもんねぇ。いや、だからそれはともかく。付き合いが密になり、親しくなったればこそ、相手に直接訊くなんてことも出来るようになったという訳で。あの大人しいセナくんがそこまでになっただなんてねぇと、しみじみしている桜庭くんへ、

  「訊かれたが、特にないと。」
  「…お前ねぇ。」

 何とも進歩のない言いようへ、ああもうと桜庭が肩を落とす。ちょーっと眸ぇ離すとすぐこれだ。
「物には言いようってのがあるだろって、僕、ず〜っと言ってなかったかい?」
 そういう時はネ? 君が僕にって選んでくれるの? そう思ってくれるだけでもう嬉しいよ、とか。それじゃあ一緒に見に行こうかって言って、同じものを買ってお揃いにしようねって持ってけば良いだろうが。そうすれば、相手にも似合うものってことになるから、選ぶ苦労も少しは減らしてあげられるんだし。すらすら言ってのけた桜庭に、

  「………。」

 成程なぁと、感心し切って瞳を見開く…日本を代表する期待の新鋭様であり。
“こんなことで尊敬されてもなぁ。”
 そだね。ちょっと困っちゃうよね。
(笑) まったくもうもう、何だか心配になって来ちゃったな。セナくんみたいないい子を困らせるなんて、僕だって友達なんだから、やっぱ許せないことだしさ。セナくんが心痛抱えると、どういう訳だか妖一にも影響が出るんだからね…と。何だか随分な理屈まで引っ張り出したアイドルさんが、何げなく…それを手にしているという条件反射から。ワンアクションにて ぱかりと開いた二ツ折りの携帯電話だったのだが。


   「……………あ。」


 間違いなく、これは進清十郎さんの携帯なのに。待ち受け画面で、はにかみながら笑っているのは。まだちょっと涼しい日もあった七月初頭に撮ったらしき、スモークブラウンのカットソーと生成りのデザインシャツを重ね着した、愛らしい小早川瀬那くんのバストショットではなかろうか。

  「お前、これ…。」

 訊こうとした手元からブツを掻っ攫い直した素早さと言ったら、あのスピア・タックルをかまされたのかと錯覚したほどで。
(怖いって)

  「だから…。」

 その、何も要らないというような言い方をするのは、セナくんを傷つけることになるぞと以前桜庭くんから言われたのは、さすがに覚えていた清十郎さんだったから。何か欲しいものをこれでも彼なり考えてみた。一緒に居られるのが一番の幸せ。とはいえ、それはその時、既に叶っていたから、言っても詮無いなと却下。セナが幸せなのも自分にとっての至福だが、それなら尚のこと、リクエストに応えることで喜んでもらわねばと…そこんところの機微は、なかなかちゃんと理解出来てた清十郎さんであり。

  「それで、だな。」

 このところ、必ず持ち歩いている携帯に、そういえば写真を登録して置けると聞いたから。セナの写真を登録してもらえないだろうかと。頼んでみたらば、その場で…少々恥ずかしそうにしながらも何枚かを撮らせてくれて、その中から一番可愛らしかったこれを、いつでも見られるようにと設定してもらったらしい。それでもう、誕生日の素晴らしいお祝いになったのに、と。またまた耳の先を真っ赤に染めてしまったお友達は、

  「そのストラップは、
   プレゼントのリボン代わりだと思って下さいと言っていた。」

 やっとのことで全部を白状し、

  「俺が嬉しいと思うことが、そのまま小早川の嬉しいことでもあるなんてな。」

 そうと付け足してから………小さく小さく唇の端を綻ばせたものだから。

  “………もしかして、それって惚気じゃん。”

 呆れたのを通り越し、あまりの微笑ましさに苦笑が洩れる。今時、中学生でもそんな可愛いことは言わない。じんわりと体感した幸せを、的確に言葉にするにはまだ語彙が少なすぎるからで。だがだが、この男は。この年齢になってから、そんな初歩の恋の味をしみじみと噛みしめて陶酔している幸せな輩。物の道理をちゃんと知っている頼もしい人物であり、同時に…初心(
うぶ)でたどたどしい素人でもあり。

  “こっち方面に限っては、か。”

 どんどんと可愛く、そして,自分なんかに手玉に取られるほどか弱く
(?)なってゆく友に、ついついこぼれる苦笑が絶えない桜庭くんなのだった。



  ――― さあ、爽やかな朝が、そして新しい一日が始まるよっ。
(おいこら)






   〜Fine〜  04.8.13.


  *残暑お見舞い申し上げます。

  *暑さにもたもたしているうちに、お盆になってしまいました。
   蛭魔さん主催の、泥門・R大学 合同夏季合宿は、
   もしかしなくとももう終わっているようです。
(うう…。)
   時間と根気があったら、
   回想という格好ででも後日に書きたいと思っておりますので、
   どか、よろしくです。
(ううう…。)

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