オータム・デート A

 
          




 先程までいたフロアの一つ階上。特設の展示会場やらビルの管理事務所などの事務室が集まる片隅に、隠れ家のように こそりと、小さな喫茶店がある。ビルの角っこにある休憩用の小さな店だが、奥まった二面の壁が全面ガラス張りになっているので中は明るくてホッと出来る空間が広がっていて。分かりにくい場所にあるせいでか客の数はまばらで、客たちの会話に邪魔されないままに、店内に流れる静かなクラシックやインストゥールメンタルがちゃんと聞こえるほど。そんな中にやって来た、若くて見栄えの良い二人連れ。一体どういう関係なのかしらと好奇心が働いてか、注文したコーヒーとココアを運んで来たウェイトレスさんが、いやにまじまじと二人を眺めていたような。
"蛭魔さんてやっぱり目立つもんな。"
 選んだのは一番奥の窓辺のボックス席。眼下には、街路樹のまだ青々しい梢の隙間から、ちょっぴり風が冷たそうな、だが元気の良さげな人々の行き来が絶えない街路が見下ろせる。そんなソファータイプの座席の背もたれに長い片腕を引っかけて、高々と脚を組んだ余裕の恰好が、妙に決まって様になっている人。窓から射し込む陽射しを受けて、金の松葉を散らしたみたいに明るさを増してる髪の色…だけの話ではなくて。単に見栄えだけでも並外れて綺麗な人ではあるが、それだけだったら…例えば息を殺すように黙って気配を隠していれば、案外と人の目は引かないものだとか。時々は結構小狡いことも手掛けるけれど、並外れた行動力の礎、根本的なところには強くて揺るがない自負を持つ人で。誰にも恥じぬと常に毅然としていることがそのまま反映して、彼の容姿と存在感とをこうまで際立たせてもいるのだろう。そんな彼の白い手で、テーブルの上へと無造作に置かれたのは小さな携帯電話。これから会う約束になっている彼らの連れが、駅に着き次第、連絡してくることになっているためで、
"………。"
 何の気なしのことながら…ついついセナの目がいったのが、そこにくっついていた小さな"ストラップ"だ。この策士さんは…どこぞの派出所勤務のお巡りさんと張り合えるくらい、複数台の携帯を使いこなしており、だが、他のどれにもこういうアクセサリーはつけていない。1台を愛着込めて使っている訳ではない、極端な話が"業務用"扱いだからこその素っ気なさであり、そしてそして、だからこそ。この1台だけへのストラップは、それだけ…何かしら意味深なものに見えても来るというもので。黒い組み紐タイプのシンプルなものだが、先の方にやはり黒くて細いプレートタグがついていて、虹色のフォログラム塗料による筆記体のロゴサインが入っている。

  
H.Sakuraba.

 字体も地味だし 線も細くて、よくよく見ないと分かりにくい、アイドルグッズにしては珍し過ぎるほど大人しいデザインのものだが、だからこそ この彼でも使っているのだなと偲ばれて。でも、
"いくら桜庭さんが放っておいても注目されてる人だからって言っても…。"
 それでも。今時、こうまで地味なグッズは、かなり不自然だなと感じていたセナだったりする。何せ、あの青年は自分たちときっちり同世代。ファン層も…主婦層やOL層にも人気は有るそうだが、それでも。グッズを買ったりする程まで熱狂しているのは、高校生や中学生だろうし、となれば、宣伝を兼ねてもっと名前が目立つものが主流になっている筈で。
"…もしかして。"
 そう。もしかして"これ"って、桜庭本人がわざわざデザインに注文をつけて出来た品ではなかろうか。よく言ってシックでエレガントな、グッズ商品にしてはあまりに地味で大人しい型のものが良いと。そしてそれは、
"そういうのだったら使ってやるよ、なんて。"
 この人が何気に言ったから、ではなかろうか。だとしたら、
"桜庭さんて…。"
 全国区で有名なアイドルさんなのにね。本当に本当に、そんなにもこの人のことが好きなんだなと、そう思うと何だか切なくなってしまう。自分の知る限り、相変わらずにつれない時の多い蛭魔であって、すぐにこづいたり噛みつくように怒鳴ったりと、随分と邪険な扱われ方をしている様子なのに。それでも めげないで(というか懲りないで)ねえねえって懐いてる。まさかに演技であろう筈もないだろし、
"ボクだったら…。"
 いくら好きでも、そんなまでされて耐えられるかな。あんな風にニコニコとして…だなんて。人を好きになるって色々なんだなぁ。

  ………と、漠然と思っていたのだけれど。

"………?"
 ふと。自分たちの間に漂う沈黙に気がついたセナくんで。携帯から視線を上げてお向かいに座った先輩さんの方をちらりと見やれば、彼もまた…携帯をじっと眺めている。
"あれれ?"
 特に のべつまくなし喋っていないと間が保てないような二人ではないし、沈黙の中にあっても、それぞれの作業だの物思いだのに耽るというようなことは良くあったから。気を遣って無理から話題を振る必要はないのだが。
"………。"
 それとはまた別の話として。いやに携帯電話を意識している先輩さんだなと気がついて…そして。
"…そっか。"
 何かしらに想いが至ったセナくんで………。そんな一方で、
「………。」
 絹糸のような湯気が ほわりと立ちのぼるコーヒーのカップにも触れることなく。無表情なまま、依然として携帯から視線を外さずにいる蛭魔だったが、

  「まだ、桜庭さんのこと、突っ慳貪にしてるんですか?」

 不意な問いかけへ、おや、と。
「…。」
 怪訝そうに視線を上げて見せた。日頃あんまり踏み込んだことへ口出ししないセナが、そんなことを訊いて来るとはと、意表を突かれたからだが、向かい側に座っている後輩さんはというと、
「優しい人なのに、何だか可哀想です。」
 口にした温かいココアの甘さや、ちょこっとバタバタしたのが落ち着いたばかりという、そんな気持ちの弛緩が働いたのか。上目使いながら真っ直ぐにこちらを見つめつつ…訥々とした小さな声で、更に言葉を重ねて訊いてくる彼であり、

  「もしかして…嫌いなんですか?」

 そんな一言へは。さすがに ひくりと。細く整えられた眉を吊り上げかかった蛭魔ではあったが、
「………。」
 口唇の端さえ震えさえさせぬまま、何とも返す言葉がないと視線を逸らす。常の彼ならば、

  《 お前には関係のないことだろうが。》

 そんな すげない一言で斟酌なしに一蹴しているところだが。こめかみ辺りに一瞬"ぴりっ"と。過敏に反応が出かかりはしたものの、何故だか そこから先へまでは火がつかない蛭魔であって。
"………。"
 その桜庭春人と自分との、交際…とやらを知る、数少ない存在だから。そしてそして、いつぞやは…心配させて泣かせたという負い目もあって、そんな風に強く突っ撥ねられない妖一さんだったりするのだろうか。
"そんな理由でもいい。"
 そう思っての、セナくんの滅多にない強気ぶり。実を言えば…彼としても少々ドキドキの言及だ。もしかして怒らせるかも知れない話題だというのは承知の上。でも・だって、ホントは蛭魔さんだって桜庭さんのこと好きなはず。彼の話題そのものには肩をそびやかして背を向ける蛭魔だが、何となく物思う時は…和んだ眸とか、可愛げのある柔らかなお顔とか。ちらって そんなの見せてくれるくらいに、温かい想い、大切にしてるはず。今だって、ほら。お電話まだかなって、そわそわしてるもん。会いたい人だからの反応でしょう? それ。素直じゃないから邪険にしちゃうだけで、そしてそんなところが誤解されたらどうするんだって、いつも ついついハラハラしちゃうから。
"鬱陶しいって思われてもいいから。"
 自分なりに応援するんだもんと、決めているセナであり。それが桜庭の後押しを…というよりも、結局のところ、不器用な蛭魔を思いやってのことらしい辺りは、

  "…こいつらしいことだよな。"

 何とも可愛らしくて健気なことよと。こちらはこちらで、その辺りまで何となく察している ご隠居様、内心で甘酸っぱそうに小さく苦笑をし、

  「………別に嫌ってはいない。」

 それこそ"ホントのところ"とやら。ぽつぽつと口にしだした。
「嫌いだが愛想で繋いどかにゃならない…なんていう、義理立てとか何とかを するよな間柄じゃないからな。」
 前は まとわりつかれるのが落ち着けなくて、それで…愛想を振られても構われても、ただただ鬱陶しいと感じていたばかりだったけれど。それはそもそも、特にあの青年だけに限った対応ではなかった。自分の身辺をすっきりさせておく心掛けは、身についてもう随分になる もはや習慣で。事がアメフトに限っては次元が別物になるけれど、それ以外のあらゆる"しがらみ"は片っ端から排除して来た。憎まれても呪われてもいい。自分に不用意に近づくなと…それと気づかれぬように、せいぜい悪どく振る舞って来た。

  "………。"

 …そして。それが例えば同世代ではない大人であっても、大概は数日か数週間で辟易して立ち去るか、何かしら察して距離を置くものが。あのアイドルさんだけは、見かけによらない粘り強さを見せ続け。果敢なアタックは数カ月から半年以上にも及び。しまいには、いつの間にか…メールや電話の間が空くと、
『何かあったのだろうか?』
なんて、こっちが案じてしまうくらい。いつの間にか蛭魔の中に居場所を作り上げてた、何とも恐るべき男であって。
"レシーバー向きじゃないよな、あの性格は。"
 鮮やかな判断と華やかなプレイが絵になるような容貌を裏切って、実際はこつこつと積み上げるタイプな彼であり、そのくせ、
「あいつの構い方は時々馴れ馴れしいってのか、妙にスキンシップしたがる奴でな。」
 日本人には珍しいほどの くっつきたがりなのだとか。それに対する蛭魔の側は…不用意に触られたり近寄られたりすると、ついつい反射的にマシンガンを繰り出しそうになる体質なものだから。(た、体質なのね。/笑)
『触ってもいいですか?』
 ねえと まず声を掛けてから、一応は断ってからでないとダメだぞと。そういう"前振り"が必要なんだという約束をしての、ちょこっと奇妙な間柄ではあるけれど。
「ほら、あんだけ背が高い奴だろう? だから、腕も長いし懐ろも広いし、隙間なく嵌まり込めて…なんか居心地は良いんだよな。」
 長い腕で きゅうって抱き締めてくれたり、ふんわりと懐ろに入れてくれたりするの、今はそんなにイヤじゃない。それ以上のベタベタしたことは何もしないで、ただじっと、寄り添い合った相手の呼吸や鼓動の音を聞いているだけ。となれば…いい匂いがして温ったかくて。時々恐る恐る背中とか撫でてくれる手の感触も、擽ったいけど心地がよくて。そこに匿われている間は肩を張らなくてもいいんだって、自然とそんな気持ちになれるから。
"悪くはない…かな?"
 この自分が。警戒心が殊更に強かった筈なものが良くもまあ、これだけ短い間でこうまで馴染んだもんだよなと。それを思い起こせば苦笑が洩れるほど、今やしっかりと。身内だとか親しい人物という認識の中に、その存在、深く強く入り込まれていると思う。そしてそれが不快ではないのは、彼の人柄か、それとも熱意の成せる技なのか。…少なくとも、こうやって思い出してみただけで、ほわりと温かなか気分になれる存在、妖一の中にも そうはいない。

  「………。」

 訊かれたこととて、用意がなくて。それで、自分の胸の裡
うちを少しずつ、あらためて浚ってみて。そしたら…案外と穏やかなものに行き着いたと言いたげな。そんな感じの、実に和んだ表情になって、テーブルの上、何を見るでなくぼんやりと眺めている妖一さんとは裏腹に、

  "えとえと…。"

 きっと煙たがられるかと思っていたのに。思い切り機嫌が悪くなるかと覚悟してたのに。実にすんなりと…微に入り細に入り、語ってくれた蛭魔さんだったものだから、

  "えとえとえとえと…。/////"

 セナくん、ちょっぴり興奮気味。だってサ、だってサ、
"これってこれって、もしかして…。/////"
 そう。もしかしてvv

  "蛭魔さんてば、桜庭さんとのこと………のろけてる?"

 うきゃ〜〜〜〜vvv どうしよ、どうしよvv 小さな小さなセナくんが、瀬那くんの胸の中でバタバタと駆け回ってる。ああっ、今の全部、桜庭さんに聞かせたげたいっ。………あ、でも、そんなは出来ない、切なる胸の裡
うちなんだもんな。う〜ん、そか。それじゃあ聞かせたげる訳にはいかないのか………と。必死で口を噤んで何をか こらえて真っ赤になったり、そうかと思えば眉間に愛らしいしわを寄せて見せたり。一人で百面相に忙しそうなセナくんへと、

  「なあ、お前なら判るかな?」

 そんなご本人様から不意に掛けられた声。
「は、はいっ?」
 ビクッて跳ね上がって…思わず居住まいを正したセナくんへ、
「なんであいつはサ。」
 蛭魔さん、本当に不思議そうなお顔をして訊いてくる。
「俺は人前で馴れ馴れしくされんのが嫌いだってこと、ちゃんと知ってるのに。それでもやっぱり、甘える真似とかしやがんだろな。」
「はあ…。」
 あまりに有名人なアイドルさんだから。以前は全然平然と、人の目なんか気にしなかった蛭魔さんが、ここのところはそれと分かるほど、目立たないようにって気をつけてる。それって…そのアイドルさんと一緒にいる時に気を遣ってやっている余波に違いなく。だというのに、その桜庭くん本人はというと、

  『お待たせ〜vv

 他人が居ようが街中だろうが構わずに、それは大胆にもがばぁっと抱き着いたりし続けで。その煽りで容赦なく蛭魔から こづかれまくっているのに、やはり懲りない人なのを、セナも ようよう目撃している。
「何で…こづかれたり蹴られるって分かってるのに、怒らせるって分かってるのに、人前で特にじゃれつくかな、あの糞ジャリは。」
 話しながらも状況例を何か思い出したのか、さっきのセナくんからの言及には堪えていた蛭魔さんだったものが、ちょこっと眉を顰めかかったほど。とはいえ、
"不愉快というよりは不可解なんだろな。"
 特に"計算高い"からというのでなく、単純に"ちょっと考えりゃ判ることだろうに"と不思議がっている。あのアイドルさんとちゃんと向き合って付き合っていればこその、初めて経験する様々な不条理に翻弄されているらしく。
"でも…。"
 抱き着かれて"てぇ〜いっ"と相手を殴りつけたりする時のそのお顔、結構溌剌としているのにねと、そのまま機嫌が悪くなることは滅多にない蛭魔さんなのにねと、そこはちゃんと見ているセナくんでもあって。
「さあ、なんででしょうね。」
 本人じゃないと判らないことですようと、そんな言い方をしながらも、
"態度の使い分けなんか、したくはないからじゃないのかな?"
 何となく。心当たりがなくもない。
"蛭魔さんてプライドが高い人だから…。"
 安っぽい虚栄心とかじゃなくて、昂然とした態度で胸を張ってる人だから、そんな傍らに訳知り顔の…二人きりの時は案外と優しいんだよなんてことを知ってる奴が、慢心顔でいるのはイヤなんじゃないのかな、なんて。それが判ってて、おどけ半分、三枚目を演じてる彼なのかもと、思い当たりはしても…それを蛭魔に言えないセナで。これはこれで、桜庭の側への気遣いだ。
"どっちにしたって、相手への余裕から出てる態度だもんな、それ。"
 しかも、あくまでも ただの憶測。だのに、

  『そんな生意気なことを考えとるのか、あいつはっ!』

 なんていう波風が立ったら一大事だから。
「蛭魔さんがボクらの目を気にして、ビックリしてどぎまぎする反応を見るのが、楽しいのかも…。」
「なんじゃ、そりゃ。」
 子供かよと、呆れたような顔をする蛭魔に"てへへ…vv"と笑い、

  「分かりました。それじゃあ、今日は早くに二人っきりにしてあげますね。」

 えっへんとしつつ言ってのけたものだから、
「…お前。糞チビのくせに生意気だぞ。」
 これにはさすがに…ちろんと眇められた目許。あやや、これはとうとう本気でムッとした蛭魔さんなのかも。思いはしたけど、何でかな。学校で"こんの糞チビっ!"って怒鳴られるのよりかは怖くない。話題が話題だからかな。でも、よほどストレートにカチンとくる話題なような気もするけどな。そんなこんなで盛り上がって
(?)いたところへ、

  【 pi pi pi pi pi pi … 】

 携帯電話が鳴り出した。
"あれ?"
 着信メロの設定、してないんだと。セナが小首を傾げたが、そんなことには構わずに白い手が伸びる。
「ああ。…着いたか。判った。南口だな。………うん。うん、判ったって…ああ。」
 淡々とした応対をし、ピッと切って顔を上げると、小首を傾げた幼
いとけないお顔と眸が合った。何にかキョトンとしている素直なお顔。
「? どした?」
「あ、いえ。」
 たちまち"ふにゃい"と笑って見せて、駅からですか?と訊いて来る。
「ああ。1時間の遅刻だな。」
「そですね。」
 クスクス笑って、ココアの残りを飲み干して。
「じゃあ、僕らの方は"フラワーモール"の洋食屋さんに行きますね。」
「? …あ、ああ。」
 さっき言ってた"二人っきりにしてあげる"の続きだろう。席を立ってレジまで向かう。肘に引っかけた紙バッグを揺らしつつ、ジャンパーのポケットから財布を出したのへ。ここは奢るからとカードを見せて制したところが、
「御馳走様でした。」
 店の外できちんとお辞儀。育ちの良い、しっかりした子だと同世代でもつくづくと思う。怖がっていたのも最初の内だけ。びくぅっと身を竦ませて戦慄するよな"怖い"は、あっと言う間に…先輩に対する"畏怖"へとあっさり塗り替わり、なんと今では…こんな話の相談相手までこなそうとしてくれるほどに、傍らへと寄って来てくれる優しい子。
"………。"
 この蛭魔でさえ、見ているだけで"この野郎〜〜〜vv"っと、腕の中でくりくりと撫で繰り回したくなるような、それは愛らしい後輩くん。物の考え方も感じ方も、蛭間には思いも拠らないほど、それはそれは新鮮だったり意外だったり。まずは自分に縁がなかろうタイプだったはずのこんな子に、さっき間違えられたような、弟みたいな感覚で懐かれ、そして接している自分。
"…なんでまた、こういうことになっているかな。"
 こういう交流、極力遠ざけて来た筈なのに。誰とも深くは付き合わないで通す筈だったのにね。素直じゃなくて、可愛げもなくて。接しても損をするばかり傷つくばかりだと、誰もが嫌って避けて通るような、目指した通りの"嫌われもの"になれていたものが…気がつけば。懐いてくれる人は周りに絶えず。こちらからも鬱陶しいとは思えない、むしろ暖かくて居心地のいい存在たちに囲まれている。表向きは甘えん坊の"ヘタレ"ぶって見せながら、その実、どこまでも際限なく甘やかしてくれる、それはやさしい彼
の人もそうだ。
「? どしました?」
 上背のあるこちらを、少し怪訝そうなお顔で見上げて来るセナに、
「…何でもねぇよ。」
 くすんと小さく笑って見せて。さあ急ぐかと背中を叩いて、階段ホールへ向かう二人であった。







            ◇



  「う〜〜〜〜。」

 吐く息が白くなったねぇ…どころじゃない。蒸気機関車の試運転みたいに、薄手のストールをマスク代わり、口許まで上げて巻いてるそこから薄ら白い吐息を吐き出しつつ、落ち着きなく行ったり来たりを続けている。そんな連れに、
「落ち着かんか。」
 それこそ対照的なまでに落ち着き払ってる進が単調な声を投げた。すると、
「落ち着いてなんか居らんないようっ。」
 こっちを振り向いた桜庭くん。その場で地団駄を踏みかねないくらいに憤慨の様子を見せていて、
「待ち合わせでこんなに待たせちゃったなんて初めてなんだぞ?」
 時間をきっちりと決められないような待ち合わせならいざ知らず、今日のは"練習が終わったよ、すぐに行くからね"と、携帯で伝えておいての大遅刻だ。
「妖一ってあんまり人込みは好きじゃないのに。こんなトコで無駄に待たせちゃっただなんて。」
 またぞろ苛々と、そこらを歩き回り始める桜庭へ、
「だが、人身事故のせい、電車のせいなんだから仕方がなかろうが。」
 そうなのだ。日曜とはいえ…当たり前のこととして、学校での午前の合同練習に参加してから、待ち合わせていた此処へと向かった彼らだったのだけれども、そんな二人の利用する路線のどこかの駅で接触事故があったとかで。それで電車のダイヤが遅れたまでのこと。その事情だってちゃんと相手に伝えてあるというのにと、やはり平然としている進であり、
"きっちりと、制服じゃない服に着替えた余裕はあったくせにな。"
 電車が不通になってる間に、時間を無駄にするのもねと、駅のトイレでちゃっかり着替えてしまった桜庭であり、ハーフコートタイプのブルゾンに、デザインセーターとツィードのスラックスという、なかなかシックないで立ちが決まっていて。どうやら…あの"想い人"への煩悶には、そういうところに気を回すのとは別な回路が働く彼であるらしい。そんなことを再確認していた進の意識が、

  「…っ。」

 実にあっさりと切り替わったのは、
「こんにちは、進さん、桜庭さん。」
 カラフルな紙バッグを肘に提げ、たたたっと軽快に駆けて来た愛らしい子が、その視野に飛び込んで来たから。桜庭の傍らを会釈しながら通り過ぎかかったところを、
「はや?」
 お見事に両腕でキャッチされて、
「スルーはないだろ、セナくんvv
 軽く"きゅうっ"て胸元へと抱っこしちゃったアイドルさんの茶目っ気へ、
「こら。」
 背後からはドスの利いた声が、そして前方からは…ひゅんっと飛んで来たのが、
「妖一〜〜〜。こんなもん、投げたら危ないだろうが。」
「そんくらいキャッチ出来るって見越したからだ。」
 アイドルさんが片手でナイスキャッチしたのは携帯電話。さすがのコントロールで胸元目がけて飛んで来たので、セナくんから素早く…勿論優しく、手を離して受け止めた彼であり、
「やっぱり怒ってる? 遅刻してごめんね。」
 いや、そっちに怒ってる蛭魔さんではないと思うのですけれどと。おいおいと呼びかけるみたいに手で扇いで見せたセナだったが、そんな彼に"聞こえてないって"と首を振って苦笑して見せるのが…既にしっかと、桜庭から両方の二の腕を捕まえられてる蛭魔であって。
"…まったく。"
 困った奴なことだよなと苦笑する彼の、けれど、どこか甘い表情にこそ、
"あやや…。/////"
 セナくん、ぽわんと頬を染め、
「あ、えと。それじゃあ、ここで。」
 慌ててペコンとお辞儀をし、進さんに今度こそ駆け寄って…そのまま彼の腕をこちらは両腕で取って歩き出す。一方でも、こちらは蛭魔が、
「ほら、こっちだ。腹減ったから何か喰おう。」
「え?」
 反対方向へと引っ張られ、4人一緒に食べに行くんじゃなくて? いきなりの段取りに、怪訝そうな顔になる桜庭へ、
「何だ? あいつらと一緒が良かったか?」
「あ、ううん。そういう訳じゃないけど。」
 こんなに大胆に、彼の側から"二人っきり"を構えてくれるなんてあまりにも意外で、それで何だか情況が飲み込めなかったのだけれど、
"あ、そか。"
 きっとセナくんが気を利かせてくれたんだと。さも、自分が早く二人きりになりたいからとか、そんな言い方をしてくれたんだなと。微妙に当たってるような外れてるようなところを察して、
「うん。じゃあ、まずはご飯だねvv
 構える切り替えの早いこと。中華でもイタリアンでも美味しいとこ知ってるからね、何が良い? にっこり笑って、卒のないエスコートぶりを見せるものの、
「…だから。馴れ馴れしくすんじゃねって。」
 いつもいつも言ってんだろがと、肩に回されてた手の甲を、思い切りつねり上げてる妖一さんであるらしい。………ホント、懲りない人である。
(笑)










  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 こちらも…いつもの洋食屋さんに向かって、カラーアスファルトの街路を歩く二人連れ。小さな紙バッグを揺らして提げているセナに気づいて、重いなら持とうか?と、そんなお顔をしてくれる進さんへ、
「重たくなんかないですよう。」
 いつもいつも過保護なまでに手をかけてくれる人。バッグの口を少しほど広げて中身を見せて、
「ほら。グローブと、こっちは雑誌なんですけど…。」
 表紙に進さんのお顔が出てたんでつい。いつもは買わないアメフト専門誌をついつい買ってしまったセナくんで。これだけだから重くなんかないと、にこぉっと笑う。
「そうか。」
 柔らかな髪を梳いてやりつつ、
「その雑誌なら…。」
 取材を受けた時の記者さんから、写真を焼き増ししたのをもらったぞと、何げなく口にした進さんだったが、
「………え?」
 途端にセナくん、立ち止まって…進さんの腕にしがみつく。
「それって…どんなのですか?」
「え?」
 ああ、えっと。確か…ヘルメットをかぶってるのとか、筋トレ中のとか、色々あったがと。そんな風に思い出して言うのへ、
「あのあの、見たいですっ。」
「ああ。それじゃあ、今度持って来る。」
 フィールドに立てば怖い物なしの、あの"鬼神の槍
スピアタックル"の進さんがついつい気圧されたほどだったから。………案外とミーハーだったりするんだね、セナくん。(笑)






   〜Fine〜  03.11.11.〜11.14.


   *何だかちょこっと、ダラダラした文章になってしまいましたね。
    あの蛭魔さんが"のろける"だなんて、
    そんなあり得ないものを書いたりしたからでしょうかしら。
    油断するとすぐにも困った路線へ逸れてしまいそうで、
    ブレーキかけるのに必死です。
    ウチのメインは"進セナ"なんだからね、うん。
(笑)


back.gif