紫陽花
 

 
          



 このところの毎年のことだが、昔ほどずっとずっと毎日のように雨が降る6月であった年は、そんなにないような気がする。空梅雨という言葉が定着するほどに、降らない6月も珍しくはないくらいで、そんなせいで夏場に水不足になり取水制限という勧告が出されることもしばしば。日本列島の上に"梅雨前線"なるものが生じて、それが太平洋高気圧に押されて北上し、やがては消えてしまうまで、雨の降りやすい気圧配置になるから…という"仕組み"は分かるのだが。7月に入ったのに曇天が続いて、それで振り返ってみたら案外降った日が多かったとか少なかったとか。ここ何年かの"梅雨"ってそんなようなものばかりだった感じがする。カレンダーに雨傘やカエル、アジサイや虹の図柄が必ずあるように、6月といえば雨だとばかり、そんなにもたくさん降ってたのは、一体いつの頃までの話だったのだろう…。





  "………あ。"

 何かしらの拍子、何げなく視線を向けた教室の窓に、小さな水滴がぽちぽちっと落ちているのが見えた。
"…雨、か。"
 窓ガラスの向こうには、一面白っぽいグレーに塗り潰された空。ここ数日ほどは良く晴れた上天気が続いていたのが、今朝からは何だかどんよりとした空模様だったから、
『あら、いやね。』
 いよいよの"梅雨入り"かしらねと、先に家を出かかっていた瀬那に、折り畳み式の傘を差し出した母だったのを思い出した。
『降らなかったなら"置き傘"になさいね。』
 そう言われたのだが、さっそく使うことになるのかも。そんなこんなをぼんやり思いつつ、黒板の方へと意識を戻す。昼食後の5時限目。退屈な文系の授業な上に眠くなる時間帯。前の座席では、立てた教科書の陰に頭を低く伏せて寝ている奴もいて、お陰様で…いつもならその彼が衝立
ついたて代わりになってくれるものが、今は、教師からの視線が後ろの方の席のセナのところまですっかり素通し状態になっている。
"…まあ、寝ちゃう気はないけれど。"
 ノートにしているルーズリーフ。その隅っこには、手持ち無沙汰からつい描いた、レモンみたいな形のアメフトのボールの落書き。このくらいの降りならランニング程度の練習も出来るだろうし、筋トレ…は他の部とかち合うかもしれないから、そうなったら渡り廊下でのストレッチだろうか。実を言えばそういう体力トレーニングの方が、まもりの目を意識しないで自然に皆に混ざることが出来るので大いに助かるセナなのだが、だからといってそればっかりでもどこかしら偏るというもの。特にこのところは、思いっきり走りたくって、何となく足元がむずむずと落ち着かない。
"ダッシュの練習もしたいなぁ…。"
 猛獣ケルベロスに"散歩させられる"のは、もういい加減 懲りたけど
(笑)、その度に蛭魔さんが言ってた理屈は分かる。光速の4秒2。いくら素養があるらしきセナでも、そうそういつでも簡単に発動させられる代物ではないし、出せたとしても後が続かないのでは頼りアテになるとは少々言い難い。だから、その感覚を身に馴染ませておいて、常に意識出来、発動出来るような体になっておくに越したことはない。伸び盛りのこの年代にそんな素質があると気づいたのを幸い、そのバネをもっともっと撓(しな)やかに鍛えておきたいと、セナ自身も切実にそれを思う。油断すれば、体も感覚もあっと言う間に鈍なまってしまう。そしたらまた、あの人が途轍もない壁になる。誰のためでもない、自分のためには違いないけど。誰かをこそ凌駕したいだなんて、そんな不遜なことを思っちゃいけないのだろうけれど。自分が今、選手として一番の快感を感じるのは、あの人が壁となって立ち塞がり、自分へ向けて"鬼神の槍"を繰り出すのを紙一重で躱して擦り抜けてゆく、正にその瞬間。

  ――― …っ。

 あの重厚精悍な人の、冴えた双眸での射通すような険しい眼差しに真っ向から見据えられ、真剣本気の最上級の集中を捧げられ。呼吸さえ割り込めないほどの刹那に交わされる、真摯な駆け引きの壮絶な鬩
せめぎ合い。全身の感覚が鋭いピンの切っ先みたいに細く鋭く尖って尖って、瞬時の判断に連動して全身のバネが勢い良く弾ける瞬間の、そう、勝負に出たその瞬間の、ぞっとするよな、されど灼けるほどに熱い緊張感。

  ――― うっと…。

 これ以上はなかろうレベルの、真剣勝負の凌ぎ合い。こんなにもスリリングで凄いこと、知っちゃったら覚えちゃったら、もう後戻りなんて出来っこない。練習熱心で常に前向きな進さんに、僅かにも遅れを取らないために。もっともっと頑張って、いっぱいいっぱい鍛えなきゃ。甘えも迷いも入り込めない、唯一にして至上の"聖域"で、あの人と対等であるためにも…絶対に。そんな決意も新たに、ガバッて顔を上げたその瞬間に、


  「じゃあ、ここの訳を小早川。」

  「………え?」


 授業中は出来ればお勉強に集中しましょうね。
(笑)





            ◇



 結局、指名されたところの翻訳はしどろもどろで…じゃなくて。
(笑) 雨脚は時間を経るにつれて激しくなり、放課後にはとうとう篠突くほどの大雨となった。湿り気を帯びた生温かい外気はかすかに金属臭を孕んでいて、いつ雷雨になってもおかしくはない様相。
『いやぁねぇ、雷は苦手だわ。』
 トレーニング室の窓から外を見やって まもりが形の良い眉を顰めたのへ、
『そうだね。物凄い色の雲だしね。』
 栗田も心配そうな顔をしていた。これを鈍色(にびいろ)というのだろうか。緑がかった濃灰色という重苦しい空の色は、いつ雷光の刃が降って来たっておかしくはない、そんな迫力さえ帯びていたから、見ているだけで何だか気持ちまで項垂れそうだったが、
『辛気臭いことばっか、言ってんじゃねぇよ。』
 それよか練習だと、主将殿はいたって意気盛ん。昨年からの華々しい戦歴が物を言ってか、正式選手の数も増え、一年生たちのストレッチの指導にと、モン太は体育館周りのコンクリの三和土
たたき、正式名称"犬走り"まで出向いている。筋力トレーニングの方はポジション割りが済んでからということで、こちらには二年三年しかいないのだが、それにしたって結構な数になったと思う。王者"王城"にもそれなりの脅威を与えるほどの実力が、途轍もない吸引力になったのだろう。とはいえ、
『…う〜ん。』
 一通りのプログラムを消化して、さて。やはり雨は上がりそうになく、屋根のある場所は限られているので他の部との鉢合わせも避けられず。

  『しゃあねぇか。』

 こんな日にしゃにむになっても体を冷やすだけだからと、まだ少しばかり早い時間ではあったものの"各自で自主トレ"という主将からのお達しが出て。解散の合図とともに、部員たちは帰宅の途に着くこととなった。………とはいうものの。

  "…ちょっと早すぎるよな。"

 実を言うと、セナくん、今日は進さんと待ち合わせている。だがだが、向こうさんは立派なトレーニングルームのある環境下だから、こんな雨も練習には一向に影響しなかろう。一緒に帰ろうと言う まもりに、ちょっと用事があるからと適当な言い訳をして居残った部室。皆が帰るのを一通り見送ってから、スポーツバッグから取り出した携帯電話。だが、今何かをメールしたところで、それを進さんが目にするのはやはり練習の後だろうし…。
"こっちから王城の方に行ってみよっかな。"
 そんな風にも思ったものの、あちらさんの制服の流れの中に、夏服に替わったばかりの他校の制服で紛れ込む度胸は………。
"………えっと。"
 そんな度胸はまだなかったりするので、
"どうしよう。"
 いつもの時間まで、ここでぼんやりしてよっか。
"でもなぁ…。"
 見回した部室の壁には、燦然と輝くスロットマシーンが数台。傍らへと椅子を寄せて肘を突いてる広いテーブルの片端には、こちらも金の縁がゴウジャスに煌めく、大きな環の嵌まったルーレット盤。………何でこういう方向での"アメリカン"な部屋になったやら。どう考えても"高校の運動部の部室"には見えない空間であり、
"…なんか落ち着けないんだよね。"
 仕方がないかと立ち上がり、駅近くの本屋さんにでも入って時間を潰そうと、明かりを消して戸締まりをし、まだ勢いの緩まない雨の中、小さな紺色の傘をさして、セナも帰途に着くこととなった。





 バス通りを右手に、通学路の少し広い舗道が駅まで続く。まだ夕刻だのに空はまるで夜更けのように薄暗く、車道をゆく車の中には早々とヘッドライトを灯しているものも多い。傘を連打する雨音は、耳を聾するほどに依然激しく、人の会話の声なぞ簡単に掻き消してしまい。だからなのか、そんなものは関係なくか、傘同士をぎゅうぎゅうとくっつけ合ったり、いっそ1つの傘の中にて寄り添い合う男女の姿もチラホラと。そんな中、
「キャッ!」
 不意にそんな高い声がして。漫然と歩いていたセナが顔を上げると、少し前方、慌てたようにスカートをハンカチで拭っている女の子がいる。舗道や道路には窪みもあって、晴れてる時はさして支障がない深さや大きさでも、今や結構大きな水たまりになっている。そこに踏み込むかどうかして、思いきり跳ね上げてしまったのだろう。
"…気の毒だな。"
 梅雨どきの雨とはいえ、今日のは気温も低くて結構冷たい方の雨だ。見るともなく見ていると、だが、連れの友達らしき子が、自分のスポーツバッグの中から長袖のジャージの上着を引っ張り出していて。スカートの上に巻いて、袖で腰にくくっておけと指示している模様。良かったねと、他人様のことへホッと胸を撫で下ろしたその矢先、

  「………え?」

 パアァーーンンという独特のクラクションとともに、セナの小さな肢体を薄暗がりの中、煌々と浮かび上がらせるヘッドライトが近づいて来て……………。











          



 パアァーーンンという独特のクラクションとともに、セナの小さな肢体を薄暗がりの中、煌々と浮かび上がらせるヘッドライトが近づいて来て,

  『………え?』

 それはもう唐突に、真横からばっしゃんと…結構な量の冷たい飛沫が襲い掛かって来たもんだから。自分の身の上に一体何が起こったのやら、即座には判断出来なかったセナである。他所様の心配をしていた油断だとかは全く関係がない。この道には珍しい、かなり大きなコンテナトラックがセナくんのすぐ傍らを通過したのだが、その路上には…これもまたかなり大きな水たまりが出来上がっていて。それを見事なタイミングと速度にて、豪快に踏みつけて行ったトラックさんだったがために、遊園地のスプラッシュスライダーよろしく、派手な水しぶきを周囲一面へと跳ね上げてくださった結果となった。いやはや、間が悪い時ってのは本当にあるんだねぇ。
『………うわ〜〜、かわいそー。』
 さっきまではこちらが気の毒にと思って見ていた女の子が、いかにも憐れだと言わんばかりの顔をして先へと通り過ぎてゆく。
"うう"…。"
 これは…やっぱり、何とかしなくてはいけない事態だろう。思考停止状態になっている場合ではない。駅と学校、どちらが近いかを考えて、まだ見えている校門の方へと引き返したセナであり。門を通って右手へ曲がり、部室までの石段をとぼとぼ登っての逆戻り。夏服に衣替えしていたので、濡れたのはズボンと半袖のシャツが一枚だったのが、受けた被害という点では幸いしていたが、薄物だった分、一気に肌までぐっしょりと濡れた。ロッカーに置いている着替えはトレーニング用のTシャツとトレーニングパンツだけ。冬用のグラウンドコートやウィンドブレーカーは、とっくに自宅に持って帰っている。自分のだけでなく備品のも引っ張り出して、あるだけのタオルで髪や肌を拭ったものの、何だか寒くなって来て、
"…どうしようか。"
 上も下もトレーニング用の恰好に着替えはしたが、一旦見事に全身が濡れた身なので、これだけでは何とも心許ない。剥き出しの肘あたりを両手で抱いて、少しでも暖まるようにとこしこしと擦りながら、職員室か救護室に行って何か羽織るものを貸してもらおうかなと、何とか思いついたそんな時だ。

  ――― え?

 外から聞こえる雨音が、何だか少し、調子を変えたような。この部室の周囲は土が剥き出しだから、雨脚の音はしても風の音に近いそれ。だのになのに、降り落ちた雨が何かに当たっているような、くっきりした音がする。パツパツ・バラバラと、ピンと張った太鼓の表面を軽快に叩いているような音。これって…。
"…傘の音?"
 こんな時間にこんなところに誰が来たのか。いや、自分だって、そんな時間にこんなところに居るのだけれど。
"蛭魔さんかな?"
 此処をこんな風に、素敵に"居心地良く"した張本人にして、ともすれば…此処を自室のように扱い、夜明かししているという噂まであるほどの人。一旦は栗田さんと一緒に外へと出てったが、コンビニで買い物をして再び戻って来たのかも。………そうと思い出したその途端に、

  『雨なら待ってたって上がらんぞ。今夜通して降るって聞いた。』

 別なことをも、ふと、思い出す。

  "………えと。"

 去年の秋口の、やはり急な雨の中。駅で待ってる誰かさんと逢いたくなくって、此処でこんな風に一人でぼんやりしてたっけ。そこへ蛭魔さんが帰って来たんだ。

  『何してんだ? お前。』

 あの時は確か。勝手に早合点したんだよな。夏休み中のずっとずっとを逢えなくて。自分のこと、放ったらかしといて…って、進さんへぷりぷりと怒ってしまっちゃって。

  "あ、そうだ。"

 慌ててた割に手際が悪くて、此処に戻ってからも何をどうしたら良いのかが分かんなくっておたついてた。着替えたりタオルを掻き集めたりに随分もたもたしていたから。せっかく早くに終わったものが、その分以上に時間を取られているのかも。今何時なんだろ、進さんにも連絡しとかなきゃだ。そう思いつつ携帯の入ったバッグを引き寄せようとした拍子、

  ――― コンコン、と。

 ドアをノックする音がした。ああ、やはりあの音って誰かがさしてた傘の音だったみたいだ。でも、
"???"
 部員ならノックはすまい。女子の部室じゃあないのだから、たとえ着替えの最中でもさして支障はないのだし、第一、ロッカールームはも一つ奥だ。
"誰だろ。"
 椅子から立ち上がり、ドアへと近づく。
「はい。」
 そぉっと扉を開いてみると、思っていた位置…ドアのすぐ前には人はいなくて。少しばかり離れた位置に、頭上を見上げている誰かさんの姿。黒っぽい色の傘をさし、その支柱部分を肩に当て、何故だか上の方を見上げている大柄な男の人。

  「進さん?」

 声を掛けると。慣れのない人には分かりにくいかもしれないが…これでも少々驚いているようなお顔をした、王城ホワイトナイツのラインバッカーさんが、

  「…ああ。」

 短くお返事をしてくれた。大方、部室とは思えないようなキラキラしいネオン看板に、ノックをしてから気がついて。わざわざ数歩ほど下がって、呆気に取られて見とれていたのだろう。電源を切っていたので、近づいて初めてそんな存在だと気がついた彼らしく、
"う〜んと…。/////"
 ちょっと恥ずかしいかも、と。思ったその途端に、
「…っくちん☆」
 小さなくしゃみがセナのお口から零れたものだから、進さんがハッと我に返る。寒そうに身を縮めている小さな恋人さん。そんな姿を見て、
「どう…。」
 どうしたのかと。訊きかけつつも、彼の濡れた髪に気がついた。いつもならふわふわと軽やかでつややかなばかりな髪が、ぐっしょり濡れて容積を減らしている。小さな肩の向こう、テーブルの上のタオルの山を見て、
「………。」
 成程と事情を察した彼であるらしい。どうぞ入ってくださいと身を譲ったセナに促されるまま、部室へと入り、その手に提げていたバッグをテーブルに置いて。ファスナーを開けて中をまさぐったが、
「…。」
 ほんのしばし躊躇してから、盾のマークが胸元にある体操着を掴み出すと、自分が今着ている、制服の開襟シャツのボタンに手をかける。
"???"
 何をするのかなと、手際のいいお着替えをぼんやりと見ていると、脱いだシャツをこちらへと差し出した進さんで。
「体操着を貸そうと思ったが、今日使って汗をかいたからな。まだこっちのシャツの方がマシな筈だ。」
「…え?」
 白いランニングシャツの上に着ていた真っ白なシャツ。それを差し出されて…まだキョトンとしているセナくんに苦笑をし、ぱさと広げたシャツの襟を両手で持つと、
「ほら。」
 高々と持ち上げてから、ふわさ…と。少年の頭上を越えさせて、小さな肩へと掛けてやる。背丈が違い過ぎるので、セナくんにはまるでカーディガンみたいな大きなシャツ。さっきまで着ていた自分のシャツとさして変わりない、よくある夏向きの綿サテンのシャツだったが、
"…うわぁ〜っ。"
 体操着越し、肌身へふわりと伝わって来たものがあって、セナくん、思わずドキドキした。ほんの今まで身につけていた、進さんの温かさと残り香と。それらがくるりと、小さなセナの体を包んでしまったものだから。まるで…進さんの懐ろの中に抱かれているような気分になった。
「あ、あのっ。////////
 頬を染めて見上げれば、
「?」
 んん?と小首を傾げる人の、優しい眼差しと視線が交わる。そのままでは風邪を引くよと、そう思った彼の当然の判断であるらしく、自分はてきぱきTシャツ型の体操着を着込んでしまって、何事もなかったかのような顔をする。どうしようか、どうしてほしい?と、いちいち優柔不断にも段階を踏んで相手を迷わせたりはせず、不言実行、思ったらとっとと行動に移す人。強引には違いなく、ケースによっての功罪というものがやはりあるのだろうけれど。セナのように優しすぎて臆病な、ついつい立ち尽くしてしまうような子には、いっそ頼もしいリードであるのかも。
「あ、えと。ありがとございます。」
 あらためて…袖へと腕を通してみて、
"やっぱり温ったかいやvv"
 背中に胸に、柔らかな体温がじんわりと伝わってくる。思わずのことながら、小さく微笑んでいるセナへ、
「ウチも早じまいでな。」
 進さんはそんなことを口にした。
「え?」
「特別合宿の打ち合わせとかで監督が出掛けていて、自主トレ扱いになった。」
 どうやら、こんなに早くに、しかもわざわざ此処にまで、足を運んだその事情を説明してくれた進であるらしい。でも。それならそれで、自分でノルマを定めて、きっちりこなす人ではなかったか? そんな心情のこもった怪訝そうな顔になったと読んだのだろう。
「心配せんでも、きっちりトレーニングはこなしたさ。」
 それだけの経過を含んだ、もう結構な時間なのだぞと、苦笑を見せた彼は、
「それに…。」
 ちょこっと口ごもってから、

  「その…早く逢いたかったからな。」

 ふいっと。視線を逸らしつつ、そんな言いようをする。いつだって相手の眸を見て話す進さんなのに、どこを見るでなく…揺らした前髪の陰、泳がせるようにあらぬ方へと視線を動かす彼であり、

  "えと…。/////"

 そんな素振りでそんなこと言われたら、何だかこっちまで恥ずかしくなっちゃいますようと、セナくん、耳朶が赤くなる。こちらも視線が泳いだその先の、壁に掛けられたカレンダーには、紫や水色の四葩の瓊花のイラスト。こんなところに紫陽花が描かれてたなんて、今の今まで気がつかなくって。青くなったり赤くなったりするところは、

  "何だか今日のボクみたいだ。/////"

 おおう、何だか座布団を差し上げたくなるようなコメントが出ましたが。
(笑) 青い紫陽花も赤らんで、梅雨寒も吹っ飛ぶホッカホカの間柄。雨水かぶったくらいでは風邪なんか寄りつかせないぞと頑張る騎士様に守られて、小さな姫様、今回の奇禍も難無く幸せへと塗り替えられてしまいましたとさvv ちょんっ






  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 せっかく進さんに逢える日だったのに、こんなとんでもない目に遭っちゃって。慌ててしまって、いつも以上に覚束なくなって。どうしようどうしようってパニックになっちゃうトコだった。そこへ…わざわざこちらまで足を運んで逢いに来てくれたその上に、それは落ち着いて てきぱきと対処してくれて。風邪をひかないようにというだけでなく、気持ちまでもをしっかり暖かくしてくれた人。すっかりとご機嫌も回復したセナくんは、浮き立つ心のままにもう一度の戸締まりをし、傘を開いて。大好きな進さんと並んで歩き出す。
「…ふふ。/////
 袖の長さも肩幅も全然合っていない、ぶかぶかのシャツ。なのに誇らしげに、嬉しそうに微笑って見上げて来る愛しい人。迎えにと、此処まで足を運んだ甲斐があったなと、こちらも薄く微笑い返した進だったが、

  「あの…でも。」

 ふと。セナの表情が考え込むような種のそれになり、傘の下、濡れた足元を見やってから、

  「どうして此処へ?」

 そうと訊いて来る。今日は駅前で待ち合わせていた筈だ。色々と様々に咎めのある交際をしている…とまでは思わないが、それでもやはり。他校の生徒である進さんがこんな構内まで入って来るなんて、人の目につくことだろうし、それに…。
「小早川には迷惑かと、一応は考えたのだがな。」
「あ、いえ、そんなことは…。/////
 二人の紡いだ歳月の、一番初めに近い頃。見咎められるのは困るからという初めての我儘を言って、校門前に立ってた彼を駅で待つよう言い諭したセナであり、それを覚えている進なのが、こんな時ながらも嬉しいなとか思ってしまった、結構余裕のあるセナくんだったが…そうじゃなかろう。
(笑) こちらはまだ練習中かも知れないとか、思わなかったんだろうかと、
「えっと…。」
 どういう風に訊いたものかと胸の中、色々な言い回しを爪繰
つまぐっていると、

  「桜庭からのメールがあった。」
   「…はい?」

 キョトンとするセナに、こちらも少々…どこか腑に落ちないという顔になり、
「先に帰った桜庭だったのだがな、更衣室で着替えていたら、泥門も早じまいらしいから、何なら部室まで迎えに行ってやれってメールが来たんだ。」
 進がそうと続けたものだから、
「桜庭さんから、ですか?」
「ああ。」
 桜庭とても。進と同じく、此処から離れて遠い王城の構内で一応の自主トレをしてから帰った身のはず。それに、
「なんで、ウチの…それも雨が降ったから変更になった予定が分かったんでしょうね?」
「そうなんだ。」
 進さんにとっても、不思議でならないことならしい。


   「???」×2


 はてさて、一体、何ででしょうかね? (答えは…覚えていたら近いうち。)おいおい




  〜Fine〜  03.6.7.〜6.9.


  *企みごとの一端が、ちょいと見え隠れしているお話ですが。
(笑)
   そんなにも大した代物ではないので、どか、ご安心を。

  *ところで………こんなところで何ですが、
   制服の木綿のシャツとかを
   いきなり地肌に着ている男の子という描写を時々見ます。
   (女性向けとか同人誌系とか。)
   下着の線が気になる おしゃれさんならともかくも、
   汗をかくスポーツマンさんなんかは、
   アンダーシャツを着るんじゃないのでしょうか?
   汗でピタッてくっついちゃいますよ?
(笑)
   最近のメンズ・アンダーって結構おしゃれですしねぇ。


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