ドキドキの定義
     

 活動的な二人だから、体を動かすジョギングやトレーニングをこなしたり、はたまた街歩きを楽しんだり。逢瀬の場のセッティングはというと、天候の許す限り、いやいや雨や風の日であっても、どこかへと外出することが多い彼らだが。冬場の極寒期に互いのお家にお邪魔し合ったのが切っ掛けで、特に出掛けるでもなく、どちらかの家で のほほんと過ごすという"骨休めデート"を堪能する機会も増えて来た。小早川家は、平日のみならず土日・祭日であっても両親が共に不在なことが多い。母上は有能な派遣社員だったのを今の会社に"どうしても"と引き抜かれて現在に至る人だそうで、また、父上もデータ管理室とやらに勤務する主幹スタッフ。そんなため、あまり社から離れられない立場にあり、瀬那が中学生に上がった辺りからこういう環境になったのだとか。
『なんか伸び伸び出来て、気がねが要らないから楽ですよvv』
 ニコッと微笑って言うその言葉に嘘はないのだろうが、家族が煩いほどいつも居るのが当たり前という家庭でずっと過ごして来た進には、随分と意外な話だった。こんなによく気のつく優しい少年だから、さぞかし…真綿にくるまれるようにして大事に大事に育てられ、日々を過ごしているものと思っていたからだ。(…いや、特に分離家族な訳ではなく、宵にはしっかり帰宅する両親であるのだが。)

 一方の進家は…これまでにもさんざんご紹介して来たが、何代か続く武道場を守って来た、所謂"旧家"というお家柄。広い敷地の中にはいまだ矍鑠
かくしゃくとした祖父が守るその武道場と、門弟さんたちが寝起きする長屋風の住居があり。母屋もなかなかの風格漂う和風の家屋で、庭も手入れされて美しく、そこに住まう人々もそれに合わせて純和風…かというとそうでもない。寡黙な総領息子の清十郎や、物腰柔らかで割烹着のよく似合うお母様を見る限りは、いかにもな住人たちなのだけれど、お姉さんのたまきさんは才気煥発、闊達でファッショナブルな今時のお嬢さんであるし、お父様は…今のところは武道に丸きり縁のない会社員だとか。誰が道場を継ぐんでしょうね?

  …いや、それはともかくも。

 なかなか両極端な家庭環境を背景に持つ二人は、当初は相手のお家がそれはそれは物珍しかったが、今ではもうすっかりと慣れてしまって。進は小早川さんチの大工道具キットが何処にしまわれているのかを知っているし
(笑)、セナはセナで、お台所の勝手も覚えたし、広いお庭に何が植えられているのか、端から端まですっかり覚えてしまっている。

  『これでいつでもお嫁に行けるね』

と、要らないことを言った人が約一名ほどいたが、その一言でどうしてセナが頬を真っ赤に染めたのか、いまだに理解出来ずにいる誰かさんにはギャグにも冷やかしにもならなかったようである。
(笑)








  「こんにちは、お邪魔します。」

 連休最後の子供の日。お互いに空いた午後を一緒に過ごすべく、今日はセナの方が訪れた進家では、
「あらあら、いらっしゃいませ。」
 真っ白な割烹着も目映く、いつものように朗らかなお母様が玄関口までお出迎えにと出て来て下さり、
「今日はまた、いいお天気でよかったことね。」
 他愛ないお天気のことなど話題にしつつ、すこし高めの上がり框
かまちを上がって来る小さな男の子に、にこにこと微笑んで下さる。
「今日はね、道場の子供たちのクラスのお祝いがあったのよ?」
「あ、そっか。子供の日ですもんね。」
 武道場といっても小学生の低学年辺りのクラスだと、技を磨くとか鍛練とか言う以前に、基本体力と集中力をつけることと、作法を学ぶことで礼儀作法を身につけることに重点が置かれるため、どちらかというと地域の子供会の延長のような趣きが強い。それもあって、季節折々の祭事は欠かさずお祝いするのだそうで、お餅つきやら豆まきや、お雛祭りに七夕に、地蔵盆からどういう弾みかクリスマスまで、御馳走やお菓子を用意してそれなりのパーティーを催すのだとか。
「お餅ついて粽
ちまき食べて、普通のお祝いなんですけれどね。あ、そうそう。セナくんも食べてね。ヨモギの草餅とか、あと柏餅も。後で持って行きますからねvv」
 お喋りをしながら、今日は初夏めいた淡い藤色のお着物の裾、軽快にさばいて"とんとんとん"と階段を上って。辿り着いたのが長男坊のお部屋。

  「清ちゃん。セナくんがいらしたわよ?」

 いつもは駅までお迎えに来てくれる進なのだが、今日は午前中ぎりぎりまで部活があったその上に、予定外のミーティングがあったらしい。これはどんなスポーツにも言えることだが、休みとなると鬼のように一日中トレーニングすれば良いというものではない。毎日の継続が大事なのであって、だが、量を増やせばそのまま上達につながるという"根性論"に根付いているような理屈は過去の遺物だと、そこはきちんと先進の論理を踏まえてらっしゃる、王城ホワイトナイツの庄司監督。長期休暇 Ver."地獄のようなスケジュール"などは一切組まず、半日かけて集中鍛練というのが基本でいらっしゃるのだが、何でも夏休みの始め辺りに特別合宿が組まれるらしく、それへの説明ミーティングを急遽構えたという話。よって、

  『悪いが直接来てはくれないか?』

 何度も駅までの道を辿るのが面倒なのではなく、もしかして自分が家に帰り着くの自体がかなり遅くなるやもしれず。だが、セナを待たせるのは忍びなく。それにそれに…早く逢いたいという、彼には珍しいほど直接的な気持ちが滲んだお電話の声に、ドキドキしながら"はい"と応じたセナくんだったのだ。明るいお廊下は、ところどころに据えられた窓から射す陽光により、飴色の光沢が明るく照らされており、
「開けますよ?」
 お母様の手ですらりと引かれた襖
ふすまの向こう。陽あたりが良くて整然と片付いている、ここもやはり見慣れたところの、清十郎さんのお部屋の全景が視野いっぱいに ひらける筈が、

  「………あ。」

 その視野の真ん中辺り。丁度今、裏返したシャツから首が抜け出たところという感じにて、少しばかり髪の乱れた格好で。両腕にアンダーシャツをからめて頭上へ掲げた、上半身半裸というお兄さんが立っていたものだから。

  "…あやや。/////"

 思わず。声が出なくなって動作が凍ったセナだった。日頃は身だしなみも涼やかに、あの王城のシルバーグレイの詰襟制服や、ホワイトナイツのユニフォームなどをかっちりきっちりと着付けている清十郎さん。普段着のトレーナーやらTシャツというざっかけない軽装姿でさえも、しゃんとした姿勢と凛然としたその面差しや態度とが相俟
あいまって、ともすれば着痩せして見えるほど、よくよく引き締まった肢体をしてらっしゃるが。びしっとばかりに強靭な芯の通ったその肉置きししおき、実は隆りゅうとして強壮。頼もしき幅のある胸板は広い背中や屈強な肩とのバランスもよく、伸びやかな背条に支えられたそれらが、程よく灼けて浅黒い肌の内に秘められたバネによりどれほどの働きをするものか、その身でよくよく知っているセナには、
"うっと。"
 今、この場で、その力強いうねりが想起され、何故だかどきどきがして止まらない。そんなお見事な肢体が…両手を頭上へ掲げた、思い切りの無防備な角度・ポーズにて、視野の真ん中に飛び込んで来たものだから。

  "…えと。//////////"

 顔が一気に熱くなり、不躾に見てはいけないとか何だとか、色々々と思いつつも…体が動かない。そんなセナの眼前で、音もなく襖が再び閉じられて。………さほどの刻も経ずに、

  「???」

 再び内側から開いた襖。今度はちゃんとシャツを着付けている清十郎さんが顔を出したのだが、どこか怪訝そうな顔でいる彼へ、

  「清ちゃん。開けたらいけない時はそうと言いなさい。」

 日頃はやさしい目許を眇めて、メッと。お叱りと共にぽかりと軽くこづいて立ち去ったお母様であり、その後の廊下に残されたお人も…。

  「………小早川?」
  「////////////。」

 声をかけてもなかなか解けない"フリーズ状態"のままらしく。

  「?」

 どうやら進さん本人には、母のお叱りも、瀬那くんが真っ赤になっている理由も、とんと判っていないらしい。
"汗をかいたから着替えていたのだし。母さんはともかく小早川は男なのだし…。"
 何も素っ裸になっていた訳でなし。着替え途中というそんなところへ"どうぞお入り"とわざわざ勧めるのも妙なものだが、かと言って"入ってくるな"と強く制すほどでもなかろうと思ったらしい自分の判断、今時では失礼に当たるのだろうかと、

  「???」

 やはり小首を傾げてしまう進さんなのである。






            ◇



  さて。

 辛抱強い進さんから、それでも何度か名前を呼ばれて。やっとのことで現世に戻って来たセナくんは、間近になってた男臭いお顔に再び頬を真っ赤に染めたが、
『?』
 んん?と。じっと見つめてくれたまま、本当にわずかながら小首を傾げて見せる進さんであったことが、その優しい仕草が、興奮状態を何とか宥めてくれた。…二人の身長差から、進が膝頭に手をついて中腰になって、お顔を覗き込んでのこのやり取り。傍から見ると"迷子の仔猫ちゃん vs 熊のお巡りさん"みたいだったが、それはともかく。
「落ち着いたか?」
「はい。」
 あらためてお部屋に通されて、いつもセナが座っているお座布団を勧められて。傍らの腰高窓から聞こえたのは子供たちのはしゃぐ声。
"…あ。"

  『今日はね、道場の子供たちのクラスのお祝いがあったのよ?』
  『お餅ついて粽
ちまき食べて、普通のお祝いなんですけれどね。』

 そういえば。こちらの窓から見下ろせる中庭の、衝立
ついたてのように並んだ何本かの木立ちの向こうに道場がある。一度だけ覗かせてもらったことがあって、そのとき練習をしていたのが低学年クラスの子たちだったのだが、
"そか。あの子たちか。"
 屈託のない、耳にくすぐったい笑い声が幾つも重なっていて、中庭で遊んでいるらしく、何とも楽しそうだ。思わずくすすと笑った顔を、やはり向かい合って座している進さんの方へと向けると、彼もその声に気を取られていたらしく。顔を見合わせ合ったまま、なお笑ってしまった二人である。わざわざ何がどうしたと言わない。でも、間違いなく同じものへ"可愛いねぇ"と込み上げた微笑い。そこへ、
「さあさ、さっきお話ししたお餅ですよ。」
 またもや…返事の暇を与えぬ勢いで襖がからりと開いた。成程、それもまたさっきのハプニングの要因の一つだったのかも知れないが。
(笑) 母上が運んで来たのは、彼女の肩幅より長いお盆に並べられた、お茶の用意と…幾つものお皿。ヨモギの緑も春めいた草餅に、3つずつを串に連ねた草団子。こちらは純白の餅を少し丈夫な塩漬けの葉で挟んだ柏餅と、鮮やかな笹に器用にくるまれた細い粽ちまきが、それぞれ5、6個ずつも盛られていて、
「清ちゃん、さっきは"後で"って言ってたから、今お食べなさいね?」
 にっこり笑うお母様に、
「………。」
 明らかに口ごもった進さんだと、そこは…セナくんでなくとも判るやり取り。
(笑) はんなり微笑んだままで部屋から出て行ったお母様だが、暗に"全部食べなさいね"と言いたかったのかも。セナくんにかこつけて多めに持ち込みましたね、さては。そりゃあまあ。美味しくな〜れと手をかけて作ったもの。家族や大切な人にはやっぱ食べて欲しいですものね。そして、そんな母上の心情も判る進さんなればこそ、
「………。」
 困ったなあと。その、いつもきりりとした眉が、心なしか下がって見えたものだから、これは高校最強ラインバッカーの大ピンチかっ!…と思ったかどうだか。
「あ、あの。ボク、お餅やお団子が大好きですから。」
 畳の上、お膝を進めてお盆へとにじり寄り、紫がかった上品な こしあんの盛られた串団子を1つ、手に取ったセナだ。
"…えと。"
 栗田先輩ほどではないが、幼なじみのまもりお姉ちゃんの趣味がお料理やケーキ作り。それへのお付き合いが高じて、セナも甘いものは割と好き。
「あ、美味しいやvv
 餡もお団子本体も、甘さ控えめで品があり、とってもあっさりとしていて、
"これなら…全部は無理でも随分と食べられるかも♪"
 ふふふんvv と。幸せそうなお顔になって、ぱくぱくと食べ始めるセナを見やり、
「………。」
 彼だとて、アレルギー反応が出るとか飲み下せないとか、そうまで嫌いな訳ではない。ほんの数年前までは。目の前に座るセナくらいの背格好の頃までは、母の手作りのおやつが毎日楽しみではなかったか。
「………。」
 大きな手が伸びて来て、
"…え?"
 その手に取った柏餅と………睨めっこする進さんで。
"食べるんだろうか。"
 というか。食べられるのだろうかと。ついつい見とれてしまったせいか、

  「…あ。」

 手元不如意になったらしい。やわらかな餡が指先にくっついたセナくんで。その細っこい指先を一体どうするのかと、こちらさんは柏餅とのお見合いに飽いたのか、より見ごたえのある方をついつい視線で辿った進さんだったが、
「んと。」
 顔まで上げて唇に押し当てて。ともすれば子供のそれのような…小さくて肉薄な舌先にて、ぺろんと。人差し指と親指と、という順番にて、舐め上げた彼だった。無意識のことなのだろうが、それでも。行儀がどうこうと眉をしかめるようなみっともなさはなく、むしろ…微妙にその、何というのか。

  "…っ!"

 感情の矛先が"愛らしい"という領域に入って突き進み、その切っ先が最高レベルを楽々と越え、胸の奥底へ突き刺さるかと思えるほどの代物だったものだから。

  「………。/////

 強壮にして精悍な面差しが一瞬にしてたじろいだ辺り、これは物凄い威力でもあろう。しかも、

  「はい?」

 ご本人はやわらかく小首を傾げて見せているばかりだということは、進がいきなり真っ赤になった理由が一向に判らないらしくって。自覚がないから困ったもの。
"自分も結構、すぐに赤くなるくせに。"
 それも、自分にはまるきり理由が分からないタイミングにて。他人のことは言えないぞと、ふ〜むと考え込む進さんであり………傍から見る分には立派に"お互い様"である。なんてまた、ややこしい感受性を持ち合った二人なんでしょうね、まったく。
(笑)

  「……………。」

 そんな罪深き彼の側にも、少々感じ入ってもらうべきだと…思ったのかどうなのか。境目のように間に置かれてあったお盆を、大きな手で速やかに脇へと滑らせて撤去すると、そのまま腕を伸ばして…いつぞやのフィールド上よろしく、逃げる暇も与えぬまま迅速に捕まえ、ひょいっと抱き上げ、
「…え?」
 そのまま懐ろへ…閉じ込めるかのように抱え込み、
「はやや? /////
 真っ赤になった耳元にて、

  「今のを他所でやるんじゃない。」

  「…っ。////////

 きっちり言い置いた進さんだったそうである。うんうん、ちゃんと予防策は取っておかなきゃあね。自覚がない子だから、尚のこと。余計なフェロモンもアロマも振り撒いちゃダメだよと、恋人の権限できっちり言い置かなくっちゃね。一方で、

  「えと…。」

 いきなり至近になって、しかも大好きな魅惑の"いいお声"で囁かれ、お団子よりも甘い甘い微熱にくるまれてしまったセナくんはといえば。



  "い、今のって、今のって、今のって………何だろう?"


   おいおい おいおい おいおいおい。
(笑)




  〜Fine〜  03.4.28.〜5.3.


  *相変わらずに"バカップル"です。
   こんないい陽気の中で、甘いものを挟んで陽炎が立つほどの間柄。
   このままのペースで夏に突入したら
   えらいことになりゃせんか、あんたたち。
(笑)


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