雨宿りにて
 



 春の雨は気まぐれで、暖かい雨もあれば冷たい雨もある。せっかく咲き誇る桜を散らす無情の雨もあれば、萌え初めの緑や気の早いツツジのつぼみを洗う優しい雨もある。
"冬場の凍るようなのに比べたら。"
 冷たいといってもそんなに冷えはしないかなと、支柱を肩に倒して背中に開いた大きめの濃紺の傘をくるりと回して。長い脚を包むジーンズの裾やコンバースの爪先を少しだけ雨に湿らせながら、いつもの坂道をほてほてと辿るのは。ふんわりとセットした亜麻色の髪が湿気にも負けていない、垢抜けた顔容
かんばせの輝きだってたかだか春のこぬか雨になぞ負けていない、さすがの芸能人・桜庭春人くん、18歳。いよいよの春も随分と深まり、大学の授業も始まって、新しい生活の歯車が着実に回り始めている今日この頃。学校と芸能人としての仕事との両立だけでも大変だのに、その上、運動部へも籍を置いていることへ、周囲はあんまり無理はするなと心配してくれているのだが、

  『続けられなくなったなら、まずはアメフトを速攻で辞めちまえ。』

 それが一番無難で簡単なことだと。選りにも選って、そのアメフトを生きがいにしている金髪の誰かさんからそんな言い方をされたものだから。もしかなくとも"絶対に辞めない"と意固地になっている自分でもあって。でもまあ、今のところは若さが物を言って破綻なく運んでいるし、
"レギュラーにでもなりゃ、それなりにキツイんだろけど。"
 部活の方はまだ新入生としての十把ひとからげ扱いなので、喜んでいいことではないながら…そんなにも大変ではない。一部から三部までとエリアリーグという四つあるリーグのうち、上から2番目のリーグに所属する、それなりに優秀な実力あるチーム。ありがたいことに"芸能人だから"という色眼鏡で見られてはいないが、その分、新米部員としての義務はきっちり果たさねばならず。公式戦への応援とかは免除されてもいるけれど、練習に出られる日は必ず、器具の準備や何やの当番もきちんとこなしているし、連絡網へも参加して、その活動をきっちりと把握してもいる。何だかそういう地味なことをこなすのも久々だから悪くないかなと、焦ることなく、余裕の姿勢でいらっしゃる彼で。本当にアメフトを初めて良かったなと思う。だって、確実に強かに強靭になれたなと思う。あまりに優れた才能を持った高い壁が間近に林立していたものだから、それらを常に見上げなきゃならないプレッシャーから時々は挫けそうにもなったけれど、それでもね。頑張って頑張って此処まで来られた。そんな根気と粘り強さを育んだからこそ、大切な仲間や友達も沢山出来たし、あのその…世界一素敵で大好きな恋人も出来ちゃったし。////////

  「♪♪♪」

 鼻歌混じりに足を運ぶは、昼下がりよりかは もうちょっと夕方間近い、春のこぬか雨が さあさあと淑
しめやかに降り続く、静かな住宅街の小径。ゆるやかな坂を上れば、見慣れたマンションの瀟洒な姿が目に入る。新学期が始まって、しばらくほど…6日も逢えなかった愛しい人に、やっとのことお互いのスケジュールが合ったのでと逢う約束を取り付けた。朝から降りしきる雨はちょっとばかり鬱陶しかったけれど、それでもね。最愛の人と一緒に、今夕から明日の朝にかけてという"蜜時"を過ごせる身には、何の障害にもならず、
"春の雨というのも情緒があって乙だよね。"
 なんて、風流な気分さえ招くほど。雨に濡れて鮮やかさを増しつつある緑の木々に囲まれた、隠れ家みたいなマンションのエントランスに辿り着くと、ジャケットの肩や腕に付いた水滴を払って、
"さあ、久し振りの二人っきりだぞvv"
 何とも分かりやすくワクワクと、愛しい人の待つお家へ、それは軽やかな足取りにて向かったアイドルさん。

  "♪〜♪♪"

 エントランスのドアは、合鍵で通過。そのまま階上へと上がって、無機質なドアさえ…その冷たいお顔がツンと澄ました恋人さんに似て見えて愛しいという重症さを未だ自覚しないまま、インターフォンを"リンゴ〜ン"と鳴らした。結構奥行きの深いフラットな上に、大好きな妖一さんは"待ってましたvv"とばかりの反応にて玄関まで駆けつけてはくれないクールな恋人さんなので。このドアが開くまでには、ほんのちょっぴり間が挟まるのだけれど。内鍵を操作する物音がすぐ中側から立って、ああもう、早く早くとドキドキが高まる。おあずけを強いられてる時のキングの気持ちがよく分かるよなと、そんなことにまで恋人さんつながりな存在をわざわざ持ち出して、さて。がちゃりと開いたドアに、高まり過ぎたもどかしさが妙な弾みになったみたいで、
「妖一〜〜〜vv
 あんまりベタベタするのは怒らせる元だと、解っているけど止められない。全国ン万人、韓国や台湾にも少なからずいるという桜庭春人くんファンが誰しも憧れて夢想することそのままに、両腕を広げて がばぁっと、その懐ろへ相手の肢体をくるみ込む。

  "あああvv やっぱ、ボクよりかは小さいトコが可愛いよなvv
   この細い肩や薄い胸の、何とも言えない収まりの良さvv
   甘い匂いがして髪も頬もさらさらふかふかで……………って? え…?"

 あれれぇ? 何かちょっと手触りや匂いが違うような。ほこほこと やに下がっていたものが、うむむ?と眉を寄せたのと、ほぼ同時、

  「…人ンちの玄関先で、一体何をしてやがるのかな、この糞ジャリはよ。」

 明らかに。自分の腕の中からではない、少し離れたところから、聞き慣れた愛しい人の…やや低められた冷然たるお声がしたものだから。うっとりと伏せていた瞼を上げた桜庭くん。なまめかしいほど白い胸元へ深く切れ込んだVネックの襟元もセクシーな、気の早い七分袖がバランスのいい肉付きの細い腕を包むという濃色のカットソーに、スリムなシルエットの黒いジーンズパンツを合わせた、相変わらずスレンダーな肢体を強調するよな恰好をして。その細腰に綺麗な拳をあてがって"自分たち"を見やっている妖一さんと真っ向から向かい合い、
"え? …ってことは?"
 そろぉ〜りと腕の中を見下ろして。そこにいた…こちらさんも顔見知りの可愛い子、頬から耳から真っ赤になった、小早川さんチの瀬那くんと眸が合って。どっひゃあ〜〜〜と、コントみたいにのけ反るリアクションを見せる羽目になったのでございます。………バラドルに転向でしょうか、桜庭くん。
(笑)








            ◇



「あのあの、ごめんなさいです。////////
「気にすんな。うっかりしたのは、この糞野郎の方なんだかんな。」
 本人より先に…ちょいと棘々しい言いようにて宥めてやって。こちらは恐縮し切って真っ赤になった可愛らしい後輩さんを来客の腕の中からとっとと奪還し、判りやすい大股にて足早にリビングへ引き返す妖一さんであり、

  "あちゃ〜。"

 これは間違いなく怒らせたなと、桜庭くん、到着早々に自失点をカウントしちゃった模様。
"もうもう妖一ってばサ、こういうことへは解りやすいんだから。"
 綺麗に整い過ぎているが故、時には酷薄そうにさえ見える鋭角的な美麗なお顔でもって。日頃はポーカーフェイスだって完璧の、何を考えているのやら判りにくい人で通っているクセに。打って変わって判りやすいまでの不機嫌なお顔をされて、一方的に責めつけられた桜庭くん。小さな子供みたいにちょいと唇を尖らせるものの、
"………でも、焼き餅だったら嬉しいかもvv"
 おいおい。そこで惚気が出るとは何とも素早い立ち直りだこと。
(笑) さてここで問題です。妖一さんはどうして、セナくんと自分とを取り違えて抱き締めてしまった桜庭くんに、毅然としていて品があるそのお顔が冷たく凍ってしまうほど、ああまで不機嫌になったのでしょう。

  @自分との付き合いも結構長い筈なのに、
   あっさりと間違えて、しかもなかなか気がつかなかった桜庭くんだったから。

  A自分への断りもなく、
   お気に入りのセナくんにベタベタした桜庭くんに腹が立ったから。

  Bいつもこんなラブラブなご挨拶をしているのかと、
   選りにも選ってセナくんから誤解されそうなことをご披露しちゃったから。

  Cその他(   )

 ………って、脱線のしすぎですかね。
(苦笑) まま、このくらいのことで"短い付き合いだったな"と破綻にまで運ぶ筈はなく。桜庭くんとても"早いとこ盛り返さないとな"なんて思っているくらいに、それこそ慣れたものであり。遅れて到着した広いリビングにて、いつもなら自分と二人で腰掛けてるビーズクッションのソファーに、既に…愛らしい後輩くんと並んで座ってる恋人さんの背中を見るにつけ、こっちこそがかすかにむっかりしちゃったほど。とはいえ、そんなことでいちいち拗ねていては、お天気屋だったり、はたまた気難しかったりする、気性の微妙な麗人・妖一さんの相棒は務まらない。それに、この小さな後輩くんのことだって、個人的には大好きな自分でもあり、
「あらためまして、こんにちは。久し振りだよね、セナくん。」
 傍まで寄って仕切り直してのご挨拶を差し向ければ、
「あ、えと。はい。こんにちはです。////////
 思いもよらない格好にて綺麗どころに囲まれちゃったと、恐縮しているのが手に取るように判る可愛らしい子がその小さな肩をすぼめて見せた。そんな様子へくすくすと微笑いつつ、肩から下げて来たサテン地の軽い素材のスポーツバッグを適当に降ろし、慣れた様子で窓辺のソファーから取り上げたハンガーに、春向けのブレザータイプのジャケットを掛けると、壁の隅にあったフックへと引っかける。さりげない態度にてという辺りが…いかにも"このフラットの使い勝手には慣れていますよ"と示しているよな風情でもあって。
"ふわ〜〜〜。///////"
 何だか…しっとりと馴染んで落ち着きがある空気の中にあって、言葉少なに通じ合ってるお二人なものだから。まるでお兄さんかお姉さんの新婚所帯に招かれたみたいだなと、片やは手放しにて喜びそうな、もう片やは逆に…照れ隠し半分に怒り出しそうなことを、ついつい思ってしまったセナくんであり。そんな義理の弟さんの反対側、愛する奥方
おいおいのお隣りへ、それは自然に腰を下ろしたアイドルさんへ、
「すみません。何だか突然お邪魔しちゃって…。」
 この、とってもお綺麗なお二人が…ごちゃごちゃと小競り合いっぽい前振りを消化してからやっと素直に甘え合うというややこしい付き合い方をしていることを、よくよく知っているセナとしては。自分という"他人の目"があっては尚のこと、金髪の先輩さんの方が素直になれず、なかなかいつものペースに入れないことだろうなと、そこまで考慮してひたすら恐縮しているらしくって。
"…相変わらずなんだから。"
 本当によく気の回る優しい子。こんなにも繊細な彼の想い人である大柄な青年を思い浮かべ、あの朴念仁には勿体なさすぎだよねなんて、それこそ余計なお世話なことを思った桜庭くん。胸の奥にチクリと感じていた大人げない焼き餅風味の棘を、自分の手でぐいと引っこ抜く。
「気にしなくたっていいよ。どうせまた、妖一が強引に誘ったんだろ?」
 ここの住人も先日まで着ていたが、それよりサイズの小さな泥門高校の制服、緑色のブレザーがやはり壁に掛けられてあって。セナくんが小さな肩に羽織っているのは、その代わりにと妖一さんから借りたらしき濃紺のカーディガン。制服以外では淡い色合いの服しか持っていないように見受けられるセナくんのものとは思えず。ということは…と、簡単に導き出せる推測であり。そこへ、

  「この雨ん中、駅前でじ〜っと待ってやがってよ。」

 後輩くんのふわふかに猫っ毛な髪をくしゃくしゃと弄りつつ、ぼそりと妖一さんが零したたった一言で、どんなシチュエーションだったのかも、それはあっさりと目に浮かぶ。大方、このセナくんの想い人である進清十郎さんと待ち合わせの約束があって、だがだが、今日は少しばかり肌寒いこぬか雨。少年がまだ在籍しているらしき部活はお休みになったけれど…もしかして、進の側からは"少し遅れる"なんていうメールでも来たのかも。一旦お家に帰ろうか、いやいやそんな手間を取らせたと判ったなら、きっと進さんを恐縮させてしまうだろうから…なんて。そんな風に思ったセナくんが、駅での待ちん坊を続けることにしたところへ、この、ご近所に住む玲瓏美貌のOBさんが通りかかり、風邪でも拾ったらどうすんだと、此処へ強制収容してしまった………と。
"ま、当たらずしも遠からじだろうさ。"
 桜庭くんに1万点。倍になってドン、2万点ってトコでしょうか。(判る人いないって。/苦笑)さすがは察しのいい方々ばかり。ほとんど言外でのやり取りにて、現状への把握了解が均されたところで、さて。
「じゃあサ、セナくんも付き合ってよvv
 そうと言ってアイドルさんがバッグの中から掴み出したのは、プラスチックの薄いケースに収められた、DVDらしきディスクの数々。ただし、
「…え?」
 どのケースにも…市販品ならばついている筈の、ポスターを縮小したようなあのカバージャケットが付いてはいない。個人で録画したディスクっぽい、プリンターで簡単に刷り出したレーベルがついているだけであり、だがだがタイトルはどれもこれも新作ばかりというアンバランスさ。
「これも、あ、これも。まだレンタルも始まってないのばっかですね。」
「うんvv
 でも"吹き替え版"なんだよ、凄いでしょと、桜庭くんがぱちんと小粋にウィンクして見せて、
「ケーブルやBS、CSなんかの衛星放送で先行放映される分の"吹き替え"収録済みのをね、ダビングして分けてもらったの。」
 これでお商売したら違法ですが、個人で楽しむ分には…どうなのかな、やっぱ著作権法とかに抵触するのだろうか。吹き替え版を制作した担当者が納得してるのなら構わないのかな?
(う〜ん)
「妖一は英語のヒアリングも完璧だから、オリジナルでも支障ないらしいんだけどさ。ボクはそうもいかなくて、それで貰って来ちゃったの。さあ、どれがいい? 適当に持って来ちゃったんだけど…色んなジャンルのがあるよ?」
 こういう場では"一番小さい子"に合わせてあげるのが基本。
おいおい 10枚近くあった内から、
「あ、これなんかどうかな。」
 アイドルさんが手に取ったのは、初恋の人を想い続ける少女の純愛を謳い上げて話題になったロマンスものだったが、
「あ…それは…。」
 小さなセナくん、その愛らしいお顔を"困ったな"という表情に染め上げてしまう。確か、必ず泣けますというのが宣伝文句になってた"感涙の超大作"のはずであり、
「………あ、そっか。」
 遅ればせながらそうと気づいた桜庭くん。ちらりと一瞬、視線を逸らしてから、
「じゃあ辞めとこうね。」
 こういうのは進と観なきゃねと、クスクス笑いながら冷やかしの茶々を入れ、
「えと、これだったら良いかな。ね? 妖一?」
 息詰まるカーチェイスと、CGやワイヤーアクションを極力押さえたスリリングな活劇が話題になった、元特殊部隊の一匹狼がテロ組織と孤立無援の闘いを挑む、こちらも超大作の代物をチョイスしたのだった。






            ◇



 さすがは衛星放送にて先行放送される予定の目玉作品の候補の中にあった代物であり、ストーリーはどうかすると在り来りな展開だったものの、主演俳優さんも敵役の凄腕の刺客もスタントマン出身という陣営にて構成された、今時には希少なリアルな活劇はなかなか圧巻で。操縦席を占拠された超高速特急列車の屋根の上での格闘という、ひやひやもののシチュエーションには、
『あっ、…危ないっ。』
 思わずのこと、そんな声がついつい飛び出してしまうセナくんが、ヒーローが危険に追い込まれるたびに、隣りにいた先輩さんの二の腕に捕まっては、肩を縮めてお顔を隠すのが何とも可愛らしくって。これがホラー映画でも、そして女の子でも、
"今時、そうまでして怖がる奴ぁはいないと思うぞ。"
 そですよねぇ。
(苦笑) 大方、これが感涙ものだったなら、泣きじゃくるあまりに…傍らに居合わせるのだろうあの朴念仁さんは、
"映画の粗筋さえ頭に入らない状態へと追いやられているに違いない。"
 だなんて。まるで観て来たようなほどに どんぴしゃりな推理を立ててしまう、金髪の先輩さんであり。
「さすがはS・Sだよね、空手の有段者だって言うしさ。」
 ほとんどスタンドインは使ってないんだってと、主役が見せた鮮やかだった活劇に桜庭くんがお褒めのお言葉を並べれば、
「え〜? あの人、ご自分であんな危険なシーンも撮ったんですか?」
 こんな本格的な映画だったら、何カ月もかけて撮影しているのでしょう? そんなことしてたら怪我とか消耗とか激しくて体が保たないのではと、それは素直にびっくりして見せる。だって今時なら、スタントマンさんのお名前が堂々とタイトルロールに出るくらい、当たり前なことなのにと。ちゃんとそれが判っているからこその"凄い凄い"という感嘆のお顔を見せてくれる可愛い子。(昔はそういう"トリック"はひた隠しにされたそうですが、今では、例えば…有名女優の演じる美女の、美しい脚線美や半裸の後ろ姿というシーンのみの"吹き替え"さんも、その名前を堂々と披露しているほどだとか。)やや興奮気味に、あのシーンはどうだった、このシーンのあれは相手が卑怯かもと。楽しげなお話が弾んでいる二人を、二人の間に挟まる位置から、こちらはやんわりと目許を細めて見ていた金髪の美人さんだったが、
"………?"
 ふと。そんなこちらを見やったセナくんが、チラッとながら…何か言いたそうなお顔をした。何でもない時でもその深色の虹彩が潤み出して見えるほど、それは大きな琥珀の瞳だけに、それが瞬けば…なかなかに物を言うというところだろうか。
「おい、ジャリプロ。」
「? なぁに?」
「喉が渇いた。何か、そうだな…コーヒー淹れて来な。」
 相変わらずの"王様・俺様"な態度で命じた妖一さんであり、
「あ、ボク、淹れて来ます。」
 立ち上がりかかった後輩さんの背中を…素早く回され広げられた手のひらで、ぐいと掴んで引き戻し、
"それじゃあ何にもならんだろうが。"
 こいつはよぉと眉を顰めた恋人さんの様子に、桜庭の方が先に気がついた。
「判ったよ。アイスがいい? 熱いの?」
「俺は熱いのでいい。お前は?」
「あと、ボクはあの…。」
 唐突過ぎて言いよどむセナの様子へくすんと笑って、
「そだったね。セナくんはコーヒー、ダメだっけ。」
 何かジュースでもないか見繕って来るよと、軽快に立ち上がったアイドルさんの大きな背中を見送り、さて。

  「……………。」
  「〜〜〜〜〜。」

 額をくっつけ合うように、何事か小声でのやり取りを始めた"泥門組"二人を肩越しにこっそりと見やりつつ、
"何〜んか、疎外感感じちゃうよね。"
 悪気はなかろうと思うのだが、やっぱり…ちょびっとばかり胸の奥がちくり。あまり誰かへの関心を寄せたりしないでいた妖一さんが、唯一の例外としてどれほどセナくんを大切にして来たのかはいつだって明白で。直接の本人へは当たりがキツイのを相殺して余るくらい、陰ながらそれはそれは気を遣ってやっていたのを知っている。
"…進の奴に発破かけとかないとな。"
 お前がしっかりしていないから、妖一がフォローに手を出すんだろうがと、一度しっかりクギを刺した上で説教してやらんとななんて、感慨深げにうんうんと頷きながら、微妙に自分勝手なことへの決意も新たにしたアイドルさんだったりするのである。居ないばっかりに散々な言われようですな、鬼神様。
(苦笑)







 さてさて。コーヒーブレイクを過ごしてから、じゃあ2本目の鑑賞会に入りましょうかと次の作品を選びかかっていたところへ、待ってましたのチャイムの音。学校帰りなら何であの白い詰襟を着ていないのかなと、一瞬錯覚しちゃったほどに。ついこないだまでとあんまり変化のない…真っ黒なざんばら髪にかっちりと鍛え上げられた恰幅の良い体。そしてこれこそ"相変わらず"の極みで、何とも無愛想なお顔のまんまな私服姿の"仁王様"が、このフラットまでセナくんを迎えにやって来た。
「進さん♪」
 雨に濡れちゃったでしょう? 寒くないですか?と甲斐甲斐しくいたわる少年へ、恐らく大学のチームメイトや先輩さんたちは絶対に知らなかろう、それはそれはやわらかな表情になって。大丈夫だよと、大きな手でぽふぽふと髪を撫でてやる清十郎さんであり。
「あのあの、それじゃあ失礼します。」
 実はこれからセナくんのお家に向かう彼らであるらしく、平日の午後なのに…余裕なんだろうか、それとも柄になく切羽詰まっているのかなと。余計なお世話の想像を巡らせつつも、慎ましいながらも幸せそうなオーラを放っている二人を送り出し。

  「…ねえ、妖一。」

 こちらさんもやっとのことで二人きりになったが途端。すたすたと立ち戻ったリビングにて、開口一番に何を訊きたい桜庭なのかは、蛭魔にも判っていたらしい。
「さっきの耳打ちだろ?」
「…うん。」
 さすがは察しの良さでも悪魔的な冴えを見せるお方。ぽそんと、ソファーの元居たところに腰掛けて。ついて来たアイドルさんのお顔を見上げ、そのまま口を開くのかと思えば…それは擽ったそうに"くすす"とまずは笑って見せた。
「んもう。何だったの?」
 自分ばっかり判ってて狡いようと、すぐ傍らにどさりと座って少しばかり声を強める桜庭くんのお顔を見ていて、
「だから…あのな。」
 ついつい思い出し笑いが先んじたのは、何とも可愛らしいことを訊かれたから。

  『あのあの。もしかして、桜庭さんと喧嘩でもしてたんですか?』

 いきなり何を言い出すやら。確かに、彼と桜庭とが熱心に映画の話をしているのを、口も挟まず見ていたが、それはただ単に…他愛なくも可愛らしいことを紡ぎ出すセナの感想を聞いている方が楽しかったからで、決して機嫌を損ねて拗ねていた訳ではない。それを言うと、だがセナはぶんぶんとかぶりを振って。
『違います。さっきの…。』
 桜庭が最初に選びかかった感涙作品。それをついつい嫌がったセナだったために、作品変更と運んだ訳だが、
『桜庭さん、蛭魔さんには何も訊かなかったでしょう?』
 そんなの絶対に訝
おかしいです、じゃあ辞めておこうかという形ででも、必ず絶対に蛭魔さんへも訊く人ですもの。小さなお手々を"ぐう"に握って、小声ながらも力説するセナであり、
『…お前ねぇ。』
 自分たちの間柄、そうまで把握されていようとは。それを思うと怒るよりも先に苦笑が止まらなかった妖一さんだったらしい。そして、
「そんなことに気づいてたんだ。」
 ホントにちょっとしたことだったのにね、セナくんて相変わらずに凄いよねぇと、感嘆の吐息混じりにしみじみとした声になったアイドルさん。なんだ、それで…人払いして欲しがったんだな。なのにまたまた焼き餅焼いたりして、セナくんに悪いことしちゃったなと反省する桜庭くんへ、妖一さんたら"くつくつ"と笑って見せた。

  「訊かなかった訳じゃあないし、あいつにだけ気遣いをした訳でもないのにな。」
  「あやや。気づいてくれてた?////////

 あの時、実はちらりと妖一さんの方を見やった桜庭くんであり、しかもその上、
「俺が案外と…油断すると涙もろい時があるって知ってたから。チビの前でああいうのを観ると困りはしないかって思ったんだろ?」
 あとあとで威張る時の威厳や何やに支障が出ないかと、そんな心配をついつい先走ってしてしまった彼だったらしくって。それで却下と運んだのが厳正なる正解。
「…当たりです。//////
 余計な心配だったかな、あははと笑った優しい人。それへと、
「まったくだぜ。」
 要らない気ぃばっかり回しやがってよと、真白き頬にいかにも鋭角的な苦笑を浮かべた妖一さんだがだが、
「今から観るか? その話題作とやら。」
 片膝立てて、その膝頭へ肘を引っ掛け…という、何とも威勢のいい格好でいた人が。そんな姿勢とは裏腹に、ふふんと甘く微笑っての、微妙な媚態を見せて挑発して来るものだから。そんなお顔もお前にだけだったら見せても良いぞと、美味しいことを示唆してくれているらしき、愛しい人の可愛らしさへ、
「…同んなじ泣き顔だったならサ。」
 こちらへと晒されていた二の腕へ、ぽふっておでこをくっつけて。

  「………でのお顔が、見たかったりするんですけれど。」
  「…っ。////////

 もっと欲張ったことを言い出したアイドルさんなものだから。おやおや、またまた一本取られた金髪の悪魔さんだったようでございます。


  ――― こぬか雨の降りしきる静かな音に紛れるように、
       はてさて、一体何と答えた妖一さんだったのでしょうねvv




  〜Fine〜  04.4.17.


  *久々に何ということもない話でございまして。
   サブタイトルはさしずめ、
   一番洞察力があって、気を回せる人は誰でしたでしょうか、というところかと。
   きっとセナくんも、お家までの道中にて、
   『お二人にすっかりとアテられちゃいましたvv』なんて
   真っ赤になって進さんへ話していることと思います。

ご感想は こちらへvv**

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