Dragon-slayer? 〜閑話 その2
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

 時に自然の猛威に遭い、また時に外地からの武力侵略にも耐え抜いて。その誕生からこちらのそれはそれは永い歳月、数多
あまたの先人たちがそれぞれの心意気をかけて守り抜き、築き上げて来たのだろう、悠久の歴史を誇る一大王国。それが、この大陸で最も大きく、最も息の長い国、王城キングダムである。これも気候穏やかにして土壌が豊かな国だからこそのことなのか、代々の王にもよくよく恵まれており、民ばかりを苦しめるような圧政はないまま。規律は重んじるが、だからといって頑迷なまでにも旧習で人々を縛るということはないおおらかな気風から、国中に進んだ文化文明が満ち、対外交流も活発で。そうでありながら…古い大陸に根付く"不思議な力"とも上手に折り合いをつけて来た、ある意味で"柔軟な"国でもあって。そんな奇跡のような安穏の中に健やかに育った国だから。侵し難い気品を載せた風格は厳然と重く、それを誇りに思う人々の手によって、何人たりとも揺るがせに出来ぬまま、現今に至るのだけれども。それが神の采配であるのなら、たまには厳しく鍛えねばならないとでも思われたのか。ほんの数年ほど前、建国以来の規模という大きな大きな騒乱に、その国土は包まれた。自然の輪廻、気候の巡り合わせの乱れでもなく、外国からの脅威でもなく、人と人との接触における、ほんのささやかなほころびから始まった…とされているその内乱は。実は実は、魔界から来た 邪よこしまな妖あやかしが"火種"を蒔いたせいで勃発した代物で。彼奴の狙いであった陽白の主上"光の公主"を炙り出すがための策略に、結果として…善良な人々はあっさりと翻弄されてしまい、慣れぬ疑心に心を閉ざし、国は乱れ、多くの悲劇が生まれもした。そんな妖魔による無体な蹂躙に、だがだが負けじと抵抗した人もいて。一条の光、未来への希望を守るため、混乱の中、人知れず尽力した方々の祈りが届いたか。今世の"光"は優れた楯によくよく守られ、艱難苦闘の末についには聖なる"覚醒"を果たし、忌まわしき邪妖を見事に成敗し、再びの安寧をこの地上に齎もたらした。



  ………のが、昨年の晩秋のお話で。


 その"光の公主"様は、ただ今"咒"という不思議な力のお勉強中。何しろ、覚醒してはいなかった段階の彼は、ごくごく普通の少年に過ぎなかったものだから。しかも、彼の気配を消すための結界を張ったと思われる、彼の周囲の人物たちは、その防壁の作用でもって彼の記憶も封じてしまったものだから。自分がそんな存在だと全く知らなかった少年は、咒というものの実在こそ理解していたが、扱い方なぞまるきり知らず。大地の力を借りずとも発動出来るほどの莫大な魔力を得た今、咒の制御というものをきっちり身につけておかないと、いつどこでどんな暴発をしでかすことやら。そこでの"お勉強"を基礎からみっちりとこなしており、騒動が収まってからこっちの もう半年もの歳月を費やしての学習は、なかなかの効率にて進んで、さて。





            ◇



 赤白黄色に緋のバラや、トルコキキョウにカラー、牡丹にひなげし、紫蘭といった、丹精された初夏の花々が華麗にもとりどりに咲き誇る、長閑な長閑な昼下がりの王宮の中庭に。爽やかな青空を背景に、可憐な花びらを舞い散らかし、威容をたたえたる城の楼閣さえ土台ごと撥ね上げかねないような、どすんという重量感たっぷりな地響きとともにその大いなる1歩を踏み出した存在が、それは突然に ぬうっと出現したものだから。

  「ひっ、ひ、蛭魔さんっ!」

 視野全部を埋めるほど馬鹿でかい相手の威容に呑まれてだろう。ひぃやあぁぁ〜〜〜っっとばかり、背条が一気に萎えたらしき頼りなくも力ない悲鳴を滲ませつつ、頭上の開けたバルコニーからお部屋へと後ずさりして戻りながら、助けを求めてお師匠様の名前を呼ばわった小さな王子様へ、

  「だ〜か〜ら。そんなして逃げ出してどうすんだ。」

 半ばパニック状態で、その懐ろへと背中から真っ直ぐに飛び込んで来た不肖の弟子を、こちらさんはバルコニーへ出ようとしかかっていたそのままの、いかにも冷静な足運びにて ずかずかと。容赦のないノリで体ごとあっさりと押し戻したお師匠様、
「しっかり対処を取らんかい。」
 漆黒の道着に包まれた撓やかな腕を伸ばし、びしっと相手を指差して見せた。何とも豪気な指示ではあるが、
「そんなぁ〜〜〜。」
 指示されたセナ王子と致しましては…ますますと情けない声を上げてしまうばかり。地上3階。一般家屋ではないため、地上から優に10m以上はある高みにいる彼らのまだ頭上から、大きな大きな顔をこちらへと擡
もたげて来ているその相手はどう見ても…。

  「こ、こんな大っきなドラゴン、どうやって対処するんですよう〜〜〜っ。」

 そだよねぇ。相手は身長20mはありそうな大物で。長いお顔の下半分、ぱっくりと裂けたお口には岩礫のような大きな牙を据え、爬虫類系統の巌のようなごつごつと頑丈そうな肌をし、背には膜翼、手足には鋭い爪を持つ、無表情なままに白銀の後光を背負ったところが神憑りで壮麗な怪物。実際に見たのは初めてだがこれは間違いなく伝説の生物、神の使いと呼ばれることもある、神話の中の暴れん坊のドラゴンさんで。何の覚悟も予兆もないまま、いきなりゴジラと向かい合わされてもねぇ。
こらこら ふかふかの柔らかい黒髪の中に もしも猫耳があったなら、絶対に"ふにゃぁ〜"と萎えて伏せられてしまっているだろう小さな王子様の、錦絹の装束に包まれたこれも小さくて薄い背中を自分の懐ろからぐいっと引っ剥がし、
「お前にしか対処出来んだろうがと言ってるんだよ。」
 綺麗な白い手で相手の小さな肩を掴んだままに、金髪痩躯のお師匠様はそれは張りのあるお声にて厳然と言い放った。
「こんな、身の丈が城ほどもあるような怪物が現れたら、普通の人間が切ろうが突こうが歯が立たんだろうが。禁軍の弩
いしゆみや巨大弓バリスタを持ち出したって敵いっこねぇ。」
「そんなこと言われましても〜〜〜。」
 泣き出しそうなお声を上げている小さな公主様にはお気の毒ながら、ああそうか、これは"適切な咒を使って対処してご覧なさい"というテストだなと。モニターのそちら側におわす皆様と、それから。このバルコニーがあるお勉強のお部屋の一隅に控えていた、瀬那様専属の護衛官にして、この王城キングダムでも屈指の剣客"白い騎士"こと進清十郎さんもまた、油断なく鋭く引き締めていたその表情を、納得の下、ようやっとやや和らげて見せている。光の公主として咒の力を自在に制御出来るようにというお勉強を続けているセナ様は、それは素直でよく出来た優等生であらせられるものだから、基本的な咒の韻律や集中の仕方はすんなりと身につけてしまわれ、嵐や波浪というような、大地の気の流れの荒れようを抑えるという大きな咒さえも何とかこなせるようになられた。だが、これは繊細な気性をした人物であるが故の難点として、突発事態にはほとほと弱い。繊細でなければ読み取れないささやかな気配にも耳を傾けられるようにと備わった気性であるらしいのではあるものの、撥ね上がった気持ちのままにとんでもない力や方向の咒を発動しかねなく、そこでと設けられた、これは一種のテストであるらしく、
「こういう輩へはどういう咒を使えばいい?」
 そうと気づけば、これはむしろ…なかなかに甘いご指導かもしれないアプローチ。今にも逃げ出しそうになっている小さな背中を支えるお師匠様からの、柔らかく低めたお声でのアドバイスがあって、
「えっと、えっと…。」
 心的恐慌
パニックと一生懸命戦いながら、頭の中のファイルを必死で掻き回して咒を思い出そうとするセナ様へは………向かい合うドラゴン自身さえもが"頑張って"という激励の眼差しを向けてくれているかのようで。(笑)
「えっと、えっと、えっと…。」
 愛らしいおでこに人差し指を添え、う〜んう〜んと唸って…幾刻か。
(ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく…ち〜ん。)
「よしっ!」
 やっと何とか気持ちの整理がついたらしい公主様。がばりと顔を上げると、自分を背後からしっかと支えて下さっていらしたお師匠様の手からその背中をついと浮かして…自分の力にてその場に姿勢を正しての仁王立ち。そして、胸の前にて小さな手を組み合わせては解いて、幾つもの咒のための印を結び、

  《βσξηγ…。》

 筒袖のあそびが宙を鋭く躍ってばさばさと音を立てる。それほどに切れのいい咒の切り方をなさった小さな手が、ついと頭上へ振り上げられて、

  「哈っ!」

 気合いとともに振り下ろされた。象牙を刻んだような愛らしい手が放った咒の印は、矢のような素早さで向かい合うドラゴンのお顔の…脇を逸れて遥か上空へと飛んでゆき。そんな唐突な攻撃には、小さなセナ様が両手で作った輪っかよりも大きかろうドラゴンの瞳がパチパチとせわしく瞬きをしたほど。対象に掠めもしなかった咒だったが、これには意味があるらしく。自分の専門分野ではないがため、息を殺して見守るしかない白き騎士殿が見つめる先、バルコニーにての睨めっこは依然として続いており。だが…。

  ――― それは溌剌と晴れ渡っていたはずの青空が。

 綺麗な青い色水へ墨を含ませた筆の先をとぽりと突き立てたかのように。じわじわと渦を巻き、空一杯に広がってゆく暗雲がある。あれほどの上天気の一体どこに潜んでいたやら、広がってゆく雲は重く暗く分厚い雨雲であるらしく。それを見届けていたセナ様は、再びその小さな手を組み合わせると、

  《ξρσζ…。》

 新しい印を結んでから、それを小柄
こづかのようにひゅんと投げ付ける仕草を向ける。すると今度はドラゴンさんの額にそれがまんまと命中し、

  「来やっ!」

 王子様の鋭いお声による命じに従って、空を覆った暗雲から…ザッと激しき音を立てて驟雨が降りそそぎ始めたから、これはドラゴンの属性に応じた対処というものを取ったらしいのではあるが、

  「…残念だったなぁ。」

 王子様の背後にて、余った手を胸元に引き、そのまま不遜にも腕組みをしていたお師匠様が、ボソッとした一言を放り投げてくる。
「そのドラゴンは炎属性のサラマンダーではない。ブルークリスタルドラゴンの属性は水だから、雨は効果ねぇぞ。」
 あ、ホントだ。
「♪♪♪」
 水に濡れて嬉しいのか、眸が細くなってるや。
(笑)

  「そんなぁ〜〜〜。」

 喜ばせてどうするという対処を取ってしまったと指摘され、またもやパニックに陥りかかった公主様。
「ほれほれ、とっとと何とかせんか。」
「え〜っと う〜っと。」
 何だかもうもう、眸が渦巻きになりそうなほど追い詰められた公主様は、やっぱり突発事態には弱いらしいから。これは何とかして鍛えてやらねばなぁと…オーバーヒート寸前という湯気が出そうなほどになって唸っているセナの後ろ頭を、こちらの顔を見られない位置関係なのを幸いに苦笑混じりに見やっていた蛭魔だったのだが。

  「うっと…? ふぇ〜っ! 怖いです〜〜〜っっ!」

 やれやれと蛭魔が苦笑したのをどう解釈したのやら。向かい合っていたドラゴンさんが、ぬうっとその首をこちらへより擡
もたげて来たものだから。自分の全身を覆うほどの陰が差したことへ"ひぃやぁ〜〜〜っ★"と身を縮めての、泣き声混じりな悲鳴を上げたセナであり。そして、

  「…っ!」

 あっと気づいた蛭魔が身を縮めたセナを咄嗟に懐ろへと掻い込んでやったのと、そんな二人の傍らを疾風のような勢いで何かが駆け抜けたのがほぼ同時。

  "…あ。"

 これは怖がらせ過ぎたと気がついて、竦み上がったセナをあやしてやるためにと抱き寄せたその小さな御身をこそ、何にも替え難いものとして守るためにと控えていた青年が、テラスの手摺りを蹴って中空へと身を躍らせており、

  「こ、こら、進っ! 待てって!」

 思わぬ伏兵の思わぬ行動へ、今度は蛭魔が珍しくも真剣に青ざめた。今の今まで動かずにいた彼だったから、説明しなかったがちゃんと察した上で機転を利かせて黙って見ていてくれているものと判断していたのに。ここは先にも触れたが地上10mはある高みだ。それに………彼の頼もしいまでに大きな手に握られていたのは、あのアシュターの咒を刻んだ聖なる剣。魔物を一蹴して持ち主を守るとされている伝説は真実で、禊の泉からセナの身を守り抜いた逸品であり、その大太刀を小脇に引き込め、膂力を溜めての構え方は、素人にも分かる…渾身の一撃を相手に食い込ませるためのものであり。事態が一転して、中空へと力強く飛び出した騎士殿の、弾丸のような攻撃と向かい合うこととなったドラゴンへ、


  「…桜庭っ! 避けろ!」


   ……………………………………はい?








 ………白々しいですかね。
(苦笑) 蛭魔が叫んだと同時に、雨脚が緩んで上がりかかっていた雨の中、パンと大きく弾けた目映い光があって。視野を叩いたその閃光が飲み込んでしまったのか、山のようだったドラゴンの姿が一瞬にして消え去り、
「……え?」
 セナがポカンとして呆気に取られてしまっている。まさかまさか、進さんが剣で突いた途端に風船みたいに弾けてしまったのかしら。そういえば………?

  「…進さん?」

 あの大きな頼もしい背中が、宙へと躍って…恐ろしいドラゴンへ突っ込んで行ったのを目の当たりにしたような?
「…っ!」
 蛭魔がざかざかと手摺りまで歩み寄ったのへ、最初は引き摺られるようだったのが数歩で追いついて自分からも足を速める。飛びつくように辿り着いた大理石の手摺り。井戸でも覗き込むかのように下を見やったセナの頭上で、蛭魔がその綺麗な作りの手を掲げ、指先を合わせてパチンと弾いた。するとそこから金色の光が溢れ出て、物凄い勢いにて彼らの眼下を落ちてゆく"落下物"を追いかける。包み込まれた"二人"が落下速度を緩めたのを確認し、
「俺たちも行くぞ。」
 間近になった鋭いお顔がちょっぴり憮然となっていて、もしかしなくとも怒っていらっさるらしいのは。生徒であるセナの尻腰のなさへというのではなく、自分の肝を冷やさせたほどのお騒がせをしでかした男衆たちへの"しょうがない奴らだよな"という想いからなのだろう。それが証拠に、
「掴まってな。」
「はい。」
 小さな肢体をやわらかく懐ろへと抱えたまま、口の中で咒を唱えたお師匠様。その途端に二人の体が重力から解放されて、軽やかにふわりと宙に浮いた。浮遊の咒は先日教わったから、どうせなら自分で飛んでみなというところ。そんな場合ではないと急いで下さったのは、先に落ちた二人を彼もまた彼なりに案じたからだったのだが、

  「…お前、今、八割ほど本気だったろう。」
  「当たり前だ。」

 騎士たるもの、お守り申し上げる方が悲鳴を上げて黙っていられるかと、結構な力を込めて頭上から振り下ろしかかっている進の大刀を、元の姿へと戻った…亜麻色の髪の白魔導師様が、お見事な"真剣白羽取り"にて両手のひらで挟んで受け止めていらっしゃる。前髪を一房だけ立てた柔らかなウェーブをしっとりと濡らしているところから察しても、先程の巨大なドラゴンはこの桜庭が得意の咒で変身していた存在であったらしくって。最初に登場した時は黙って見てたじゃないか、それともあれは怖くて腰が抜けていたのかな? 馬鹿を言うな、蛭魔殿の方針に気づいてのこと、それとも邪魔してほしかったのか? 冗談、そんなことしてたら僕がお前のこと、頭っから食ってやってたさ…と。無事に降り立った芝草の上にて、剣を挟んで偉丈夫と美丈夫とが口げんか付きの睨めっこを始めているもんだから。

  「…面白そうだから、少し放っておこうか。」
  「蛭魔さんてば…。」

 心配しながら後から追いついた二人もまた、呆れ半分、そんなお言いようを口にしていたりして。
(苦笑) 冗談はともかくも、
「進さんっ!」
 たかたかと小さな主人が駆け寄って来た気配に気がついて、やっとのこと、騎士殿が剣から力を抜いて刃を引き取り、鞘へと収める。お怪我はないですか? いきなりのことでビックリしましたよ?と、こちらの手を取り、真摯な眼差しで見上げて案じて下さる小さな主君。まだまだ稚い少年と向き合って、
「………。」
 ざんばらに不揃いの前髪の下できりりと鋭く切れ上がっている深色の眼差しやら、表情も薄いままに堅く結ばれた口許やらと、厳
いかつくて武骨なばかりの男臭いお顔が…ほんのりと柔らかい気色を帯びて和んだのを目撃した桜庭くんとしては、

  "御馳走様vv"

 こっそり苦笑するしかないのだが。そんな彼の頭上から、ふわりと…柔らかに乾いた大きなタオルを振り落としたのが、
「とっとと頭を拭け。」
 騎士様に勝るとも劣らぬ仏頂面の黒魔導師様。せっかくの玲瓏な美貌をそんな風に歪めちゃダメでしょうがと、こちらも不満そうに唇を尖らせた相棒へ、
「肝心な本人が動かんのでは"抜き打ち試験"の意味がない。」
 ああ、それで。セナくんの反応対応を見る前に、進さんが動いてしまったから、これでは何にもならんとばかり、仏頂面になっている彼であるらしく。こんな騒動の直後だってのに、もうそっちへと切り替えているとは…教育熱心なお師匠様であることよ。


  「でもね、妖一。ドラゴンは滅多に出ないと思うんだけど。」


   ………出るんですか? たまには。
う〜ん









            ◇



 この後、

  『なかなかアグレッシブルな特訓でしたね。
   ああ、そうそう。
   ザクロの樹を薙ぎ倒したところ、修復しておいて下さいませね。』

 毎度のこととて高見さんからやんわりと叱られ、

  『なあなあ、ドラゴンてホントにいるんだな。』

 あんな恐ろしいものが出るようなら、やっぱ、お前、ずっと此処に居てくれようと、お茶の席にて雷門国王陛下から改めて説得されたセナだったりしたのは、はっきり言って余談であるが、

  「…ダメなんですからね。」

 セナはセナで、自分を守って下さる誇り高き騎士様へ、あらためての厳命を授けていらしたりする。自分たちのお部屋へと下がって来たその途端。裾長の錦絹の衣の裾を翻すようにして振り返り、すぐ後から付き従っていた黒髪の騎士様へと向き直って。
「あんな、危ないところへ飛び出してくなんて。進さんは桜庭さんが化けてたって分かってらしたみたいですけど、それでも。蛭魔さんが浮遊の咒をかけて下さらなかったなら、どんなお怪我をしていたか。」
 少しばかり力ませたその大きな琥珀色の瞳をほのかに潤ませて。淡雪のようにふわふわな頬をほのかに朱に染めて。

  「進さんだけが痛い想いをするのって、絶対にダメなんですからね。」

 進の雄々しい二の腕にすがるようにして。自分の視線から逃すまいと、こちらの言い分を逸らさせまいと、必死の眼差しを懸命に向けて下さるそれは優しい公主様。下賎な剣客など見下げて下さればいいものを、幾らでも代わりがいると、鷹揚に構えて下さればいいものを。いちいちこんなに取り乱されては、こんなにも大切にされては、はっきり言って慣れのないこと、ただただ困ってしまう、こちらも不器用な騎士様であり。

  "もっともっと頼り甲斐のある腕前にならねばなりませんね。"

 日頃は油断なく緊張に尖らせている鋭い眼差しを、ほのかにやわらかく和ませて。くぅ〜んきゅ〜んとすがるような眸を向けて来る愛らしい主人の心配を何とか宥めようと、大きな手のひら、髪に添えて。そぉっと梳いて差し上げる進である。………う〜ん、微妙に通じていないような。何しろ寡欲な上に言葉少なな御仁ですからねぇ。健気で控えめな"お願い"だと、どう曲解されるやら。セナ殿下、いっそのことべったりと甘えた方が伝わりやすいかもだぞ?
こらこら



  〜Fine〜  04.6.21.


  *続け様でなんですが、
   またまた例の“続編”でございます。
   台風の暴風が荒れ狂う中、こういうお暢気なお話を書いてたりします。
   この様子では、セナ様があの村に戻るのはまだ先の話となりそうです。
う〜ん

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