春の足音?
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

 大陸の最北端に位置しているからだけでなく。その港が接している海を巡る海流も、冬場はその冷たい流れに流氷を乗せて訪れるがため。厳冬の最中には、城の尖塔も町の広場も、城塞周辺を取り巻く豊かな耕地も、あらゆるものが純白の雪に覆い尽くされてしまう王都だけれど。厳重な城塞に囲まれたの城下の町には、そこここに弾むような活気があって賑やかで。積雪は例年のことゆえ、雪の重みに潰されぬようにという考慮からがっつり頑丈な石作りの家が多く、降り積もった雪で嵩が増した屋根に家が押し潰される心配はないものの、市場や主幹道ではなくたって、通りが塞がれぬようにと雪をどける作業に人々は進んで精を出す。こんな厳しい気候の中を訪れた、遠来の旅人たちへの持て成しにも慣れた人々の笑顔は、それはそれは暖かく優しくて。これほどの自然の脅威にも屈しない強靭さが支えるものは、歴史ある国を厳格さではなく温かい手篤さで満たしている。そんな気風の国だからこそ、雪に覆われたその佇まいは、いっそ神聖なる王国には相応しい威容でもあって。

  「施政を担う王族が、
   代々、お呑気な王を輩出して来たからってのもあるんだろうな。」
  「………妖一、すっぱり言い過ぎ。」

 何がなんでも格式を優先するような、間違った誇りばかりに固執するような頑迷さはないけれど、古い大陸に根づく信仰…大地の力や精霊の存在を、今でも尊び信奉しているような国ではあって。国の行く末を決める“舵取り役”である国王からして、神聖なる陽白の精霊たちの存在やそれを大切に思う人々の信仰を疎かにしてはなりません、大事になさいと、そんな純朴な気質を持ち続けるよう、一番最初に学ぶような国だからか。それともそういう不思議な力が…驚くくらいリアルなものとして“実在”する土地だから、当然のこととして信じているのか。
「どっちだって良いさ、そんなもん。」
 そういうものを感じたり操ったり出来る者は限られていて、大半の人々はどうにもならない自然の脅威に、それでも自力で頑張っていて。そこんところは他所の土地と同んなじなのにね。自分の耳目で見て聞いて判断して、自分の手足で走ったり支えたりと働いて日を過ごすのが、実は一番 堅実で尊く正しいこと。大地の力を不思議な咒で操れるからといって、それだけで他者より“偉い”訳でもない。相手は何たって“大地”なのだから、身勝手をすれば大きな反動が返って来るのだと いつも重々肝に命じていなければならず。腕力は要らないとはいえ、集中によって気を練り、一気呵成に放出するそのための素地となる、自身の気勢をがっつり太々しく構えていなければならない身の上で。
「ま、俺くらいになると、わざわざ虚勢や空威張りで張り詰めてなくたって大丈夫なんだがな。」
 人間の厚みってもんが違うから? ははぁ、さいですか〜。

  「……………。」

 何ですよ、桜庭さん。何か言いたいことでも? 私しゃ単なる通りすがりのト書き読みですんで、私見はあんまり表明出来ないんですけれど。
“…よく言うよ。”
(笑)
 古来よりの不思議な力が実在する国・王城キングダム。大地を巡り、精霊たちを育む白の力は、だが、暗黒の闇から生じる邪妖や悪霊の跳梁をも招きやすく。見極められない人々がそれらに翻弄されぬよう、見守り制御する者として、人の側により近い位置へ“陽白の眷属”という人々が生じたそうで。時が流れて、歴史が進み、何かと便利になったのと引き換えに、その存在も随分と人々から遠ざかり。今ではほとんど神話となってしまったのだけれど。そんな平穏な沈滞を打ち破り、浮かび上がって来たのが…途轍もない企みを胸に、負界から訪れた邪悪な使者で。芽を摘もうとやって来た邪妖に刺激されたことで こちらも目覚めたのが、陽白の末裔“光の公主”である。


  ……… というところまでは、
       結構シリアスなシリーズだったんですけれどもね。
(苦笑)






            ◇



 王都の中央に聳
そびえる白亜の城は、城下を囲む外回りの城塞ほどではないながら、それでも一応は堅牢な城壁にぐるりと囲まれた広大な敷地の中に、様々な機能を持たせた施設・設備が取り揃えられており。聖堂や音楽堂に、代々の王たちが一線級の画家や職人などに描かせたり作らせた絵画や工芸品を飾っている秘宝館に。国の内外を問わない、古今東西の山のような書物を整理して所蔵してある図書室に。それからそれから、内宮の中庭には、さほどに豪奢で贅沢な拵こしらえではないながらも、四季折々の花が咲き乱れる庭園と、長い冬場にも薬草や南国の珍しい草木が永らえられるようにと設けられた温室が幾つかあって。長くて厳しいこの国の冬を、のほほんと心和ませながら過ごせている王族の方々だという訳なのだけれどもね。この冬はそんな温室に新参者が加わっており、

  「♪♪♪〜♪」

 そのまま軽やかなスキップを踏みかねない浮かれようのまま、内宮のお庭の一角、庭師の方が毎日の雪を払って下さってある通路を進むは、先の段落にて仰々しくもご紹介あそばした、陽白の末裔こと“光の公主”様、その名をセナ王子という御方で。そりゃあ大変なお方であると、仰々しくもご紹介いたしましたものの、ご本人様はというと…幼いと言っても差し支えがないほどに まだまだ年若く無邪気な御方。ちょこなんと小さなお体や細っこい手足は少女のように儚げで、黒々とした潤みが滲み出して来そうなほどの大きな瞳もあどけなく。ふわふかな黒髪を今はボアの縁取る幅広なイアー・マフにて取り巻いた…チョー寒がりの王子様。
(苦笑) 筒裾のおズボンから、肌着に内着に上着にコート。その全てが“綿入り・ボア付き・ダウン入り”という重装備にて、てことこ・ひょこひょことお庭を進む様は…こんな極寒気候には縁があると言えなくもない、ペンギンさんにさも似たり。(おいおい)背後には、こちらもやはりいつもの通り、屈強精悍、寡黙な侍従にして凄腕の護衛官、白い騎士こと進清十郎さんが付き従っており。まずは守りが固かろう城内だからだとか、正式には王族の主筋から微妙に外れた方だからだとか、そんな理由から彼一人で付いているのではなく、彼一人で完全武装状態の一個師団を余裕で薙ぎ倒せるだけの人物だから。そしてそして、彼がどれほどの忠誠心をセナ様に捧げているのかは筆舌に尽くし難く。彼をお守りするための戦いにて、その生命の灯火を楯にと捧げたことだってあるという逸話があるほどだとかvv あ・ほら、今も。
「…わっ☆」
 ひょこりと撥ねた足元が、微妙に凍っていたらしく。つるりと滑って のけ反るようになり、背後へと倒れてしまいかかったセナ様を、
「…っ。」
 片腕どころか大きな片手で十分足りるものを、両腕で柔らかく受け止めて、そのまま軽々と抱え上げてさしあげているほどの、そりゃあ行き届いたお守りぶり。
「はやや…。///////
 びっくりしたのも束の間、大好きな進さんの暖かな懐ろへ、大きなお手々で、なのに ふんわりと迎え入れられたのが。まるで夢の世界へのご招待ほどにもドキドキと嬉しいことだったので。ほんの少しはまだ冷たかった、色白でふかふかな頬が…一気に熟れたように真っ赤になった、正直者のセナ王子。抱っこされていることよりも、そんなお顔を見られる方が恥ずかしいですぅとばかり、ぎゅむとしがみついて来られる稚
いとけなさがまた愛らしい。そして…融通が利かない性分なのを良いことにおいおい、白い騎士様、大切な御身を抱えたまま、わしわしと頼もしい進軍を続ける先は、毎度お馴染みの中庭の温室である。………何だか最近はすっかりと“カメちゃんと遊ぼう”シリーズと化しております、このお話でございますが。(笑) こんなにも愛らしい容姿を裏切ってというか、やっぱり男の子だったんだねぇということか。ふかふかと温かな毛並みも、軽やかで柔らかい羽根もない、無表情で声さえ滅多には上げない爬虫類、ドウナガリクオオトカゲという体長1m強ほどのイグアナっぽいトカゲさんに、すっかりとご執心のセナ王子。寒いこの土地には本来生息しない種の彼だからと、その身を保護収容されている温室へ、時間が空けばせっせと通うのが日課になっている彼であり。いよいよ近づいて来た温室だとあって、あのあのとお声をかけて進さんから降ろしていただき、さてと見やった先………。
「………?」
 あと数mというところまで近づいて来た温室の外の。戸口のすぐ脇の雪の上に、何か黒っぽいものがあるのが見えた。白い色合いと拮抗する色みの…うごうごと動くところから何か生き物らしいと判ったと同時、ハッとした公主様が慌てたように駆け出している。

  「カメちゃんっ?!」

 暖かい土地の生き物、ドウナガリクオオトカゲの生態を持たされたスノウ・ハミング。本来の姿であれば寒いお山に住む聖鳥だから、寒さで寿命がどうにかなるという恐れはないのだけれど。下界で面倒が起こらないようにと与えられた仮の姿が南国の爬虫類だったことから…結局は面倒を招いており。こうまで寒い環境下だと“冬眠モード”に入ってしまうカメちゃんは、半仮死状態にも近いほどの熟睡へと意識が呑まれると、自身にかけられてあった封印の咒が解ける。解ければ聖鳥の姿に戻るので目が覚めるのだが、目が覚めれば咒が発動し…というややこしい状態になってしまうのだとかで。そこで、

  『だったら、寒い間は温室にいればいい。
   そうすれば“冬眠”自体をしなくて済むから、
   眠っては咒が解け、起きては咒に封じられという、
   忙しいことに振り回されないで済むだろうし』

 雷門陛下からそうと進言されての仮住まい。豪雪降り積もる晩でもぬくぬくに温かく、南国の果樹も豊富に植えられた温室にて伸び伸びと過ごしていたというのに…なんでまた。ここ数日ほどは新たに降ってはいないものの、まだまだ深い根雪の消えぬ中、何を取り違えてお外に出ている彼なのかと、そりゃあ驚いてしまったセナ王子。金魚が水槽から水のない外へと飛び出してしまったようなレベルでの無茶無謀に思えたのだろう、
「どうしてっ! なんで外にっ?」
 駆け寄って屈み込むと、胴体の両脇を掴んで抱え上げようとしたのだが、
「…はやや。」
 いつもならそりゃあ大人しく、セナ様へは特に懐いていて、甘えかかりこそすれ抵抗なんてしたことがない筈のカメちゃんなのに。今日は一体どういう訳だか、じたじたと暴れて、全身で“いやいや”と逆らう彼だというのも初めてのこと。
「カメちゃんっ。」
 寒いでしょう? ねぇ、中に入ろうよ。凍えてしまうよ? 今、全身で雪に触ってるんだよ? 自分だったらそんなしたら一瞬で凍ってしまうようなことで、しかも…裸同然のカメちゃんなのに。声を掛けるがそこは人ではない身の悲しさか、聞こえてはいように返事がないまま。彼の側からだってあんなに懐いていたセナ様を差し置いて、一体何に熱中しているのやら。ただただ雪の中へとお顔を突っ込んでいるカメちゃんだったりし。ねぇ何で言うこと聞いてくれないんだろうかと、懸命に声を掛けるセナ様の、すっかりと途方に暮れてる困りようを見かねた進さん、
「………っ。」
 あまり乱暴にはしないようにと心掛けつつ、その大きな手を伸ばしてがっしと捕まえれば…さすがにこれには逆らえなかったか、
「きゅ〜い〜っ。」
 さんざん抵抗してから釣り上げられた大きなカツオもかくやという様で、短い四肢を空中でじたばた振り回している姿が なかなかプリティvv …じゃなくて。
「カメちゃんっ。」
 お顔の高さまで上げていただいたカメちゃんの前へと回り、落ち着きなさいよとセナが頭を撫でてやる。日頃はのったりとしか動けない彼が、こうまで熱中してじたばたしていたのも思えば妙なことであり、
「中へ…。」
 寒い外にての立ち話も何ですし。進さんが促したのへ従って、こくりと頷いたセナの手より先に、

  “………え?”

 椿だろうか、お花と葉っぱを綺麗な飾りにデザインして浮き彫りにした、温室のドアの真鍮(しんちゅう)の取っ手。それを…なめらかな所作にて握った手があった。え?と息を引いてから顔を上げたセナの視野に収まったのが、
「…蛭魔さん?」
 挑発的なまでに勢いよく跳ね上げた金の髪も華やかに、淡灰色の瞳を飾った目許も鋭く、肉薄な緋色の口許もどこか酷薄そうでありながら、不思議と…風雅で端正という印象がその身に添う佳人であり。そんな美人さんでありながら、典雅な存在には収まらず、いつもシャープなデザインの黒装束に身を固め、揮発性の高い性分から むっかり来ればすかさず飛び道具や攻撃の咒を繰り出す、過激で苛烈でクール・ビューティなお師匠様。常であれば今時分は、談話室か自分の部屋で寛いでいるか、さもなくば…図書室で山のような難しいご本を片っ端から紐解いて、物凄いスピードにてのご自分のお勉強をなさっているかなのにね。セナとカメちゃんとのおデートの場になんて、これまで全く関心なかった筈では?と、ひょこりと小首を傾げた公主様であったのだけれど。そんなセナの丸ぁるいおでこを、ちょちょいと指先で突々いてやって、

  「さっきまで“誰か助けて”って言わんばかりの声を上げていたろうがよ。」
  「あ………。///////

 この蛭魔さん、光の公主でありながら何も知らなかったセナにとっての、咒をお教え下さる先輩導師様…なだけでなく、セナと同じ“陽白の末裔”にあたる人。しかも、こちらさんもまた“金のカナリア”という特別な能力者でいらっしゃり、普通の導師では比較にならないレベルの咒力を持っているというから、怒らせたらこの世はどうなってしまうのかと思えば…これ以上に恐ろしいお話はなく。
“そこまで言わなくても…。”
 同行して来たらしき桜庭さんがこっそりと苦笑していたが、それはさておき。この世を照らす光とその力全てを束ねるという、大きな力とお役目を負った“光の公主”の、補佐役でもある金のカナリア。なればこそ、セナの危機や心の動揺も過敏に嗅ぎ取れる彼であるらしく。素直ではない性格だから、判りやすい優しさはあまり見せない人ではあるけれど、いざという時には何をおいてもと飛んで来てくれるし、セナよりは世慣れた身の持つ知識とずば抜けた魔力とを全開にして助けて下さる頼もしさ。
「カメがどうかしたのか?」
 小さな公主様が、この物言わぬお友達にどれほど夢中かは、今や内宮の誰もが知っていることではあるが、ただのオオトカゲではないその素性は限られた者しか知らないこと。聖なる存在であるがゆえ、そんなままにて雑念渦巻く人世界を連れ歩くのは忍びないと、防御のための鎧の代わりに掛けられた封印の咒のせいで、仮のものとして得た姿であり生態で。そんな封印まで物ともせずにセナへと懐く姿は、こんな武骨な身でも妙に愛らしく、実を言えば…蛭魔や桜庭も可愛いと思ってやまない、そんな愛嬌を愛でられている彼だから。セナが心配すれば、大仰なと呆れず一緒に案じてやるのも不思議のないこと、こうして駆けつけもするというもので。
「はい。どうやってなのか自分でお外に出ていたらしくて。」
 進さんの手から渡されて、生まれたての赤子のように、大事そうにその腕へと抱えてあげたオオトカゲくん。寒かったろうにと心配しながら、冷えた肌目を小さな手のひらでそおと擦ってやっている。外套を脱ぐための控えの間、凍るような外気と南国のような中を間接的に区切っている通廊のようなエアロックの部分にて、説明を始めたセナだったのだが、

  「…あれ? この子、何か咥えてないか?」

 今は何とか落ち着いたらしく、じっとしているカメちゃんを、セナの薄い肩越しに覗き込んだ桜庭さん。カメちゃんを抱いたままなセナ様が、途徹もなく着膨れたお着物を剥くのへ手を貸していた、進さんの腕の隙間から見えた小さな存在は、言われてみれば…何だろうか黄緑色のものをお口に挟み込んでいるような…?
「はは〜ん。」
 言われて、こちらも何事かと覗き込んでみた蛭魔さんが、それを見て一瞬目を見張ってから…何とも擽ったそうな笑い方でその頬を暖める。
「フキノトウだな、こりゃ。」
「フキノトウ?」
 南の国に育ち、雪さえ見たことがなかったセナが訊き返すと、
「ああ。フキっていう、暖かい時期にだけ地上に顔を出す種類の多年草があってな、その芽花のことだ。すぐ近くに地下茎があったのが、温室の傍だったことから早めに芽吹いたんだろな。」
 雪割草や福寿草と並んで、早春に一番最初に姿を見せることで春を知らせる可憐な花としても有名で。
「これの匂いを嗅ぎつけて、それで温室から脱走してまで食べに出て来たカメなんじゃねぇのか?」
 手が短くって口まで届かない上に、唇が薄くて堅いからだろう。咥えたものを口の中へと引き込むのが容易ではないカメちゃんであるらしく。それでも、はぐはぐっと何度も空振りさせつつ、その小さな春の芽吹きをぱっくんと食べてるお騒がせ者。
「んもぉ〜〜〜。///////
 判りやすくも笑うとか、お尻尾を振るとかして見せる訳でもないのにね。柔らかい若芽を食べたことで妙に満足そうな様子に見えるのが、これまた…可愛くてしようがないようと。こぉいつぅ〜〜〜と言わんばかりに頬をほころばすセナくんも、なかなかどうして不思議な子であるが。それを挙げるなら、対になるものとして………、
「相変わらず 可〜愛い奴って思ってない? 妖一。」
「…悪いかよ。」
「悪くはないけどね。ただ、同じように見惚れてるお兄さんの方も、次元は違うけど可愛いよって思ってサ。」
 桜庭くんが“ホレホレ”と視線で指した先にいたのは、安心しての笑顔を溢れさせているセナくんを、表情は乏しいながらも…明らかに和んだ眼差しにて。一歩引いた位置からそれはそれは愛おしいと眺めやる、寡黙で誠実、屈強精悍な護衛官殿。人並み外れた鋭気と剛腕を誇り、真っ直ぐな信念を貫くためには頑迷なくらいに融通が利かなくて、そんな真っ白な気性を“白い騎士”と謳われた、それはそれは有名な猛将なのにね。

  “恋すりゃ人ってのは色々と変わるもんだからね。”

 ましてや、修行僧みたいに極めつけの堅物で。心身共に強靭な人には違いないが、その強さには実はあまり奥行きはなく。正義正道を順守することしか頭になかったらしき、子供と大差ないくらい単純なお兄さんに過ぎなかったに違いなく。

  “初めて心を揺さぶられて、
   それから…色んなことへ一気に開眼しちゃったんだろうからね。”
(笑)

 暑かろうが寒かろうが、しのぐ方法を知っていれば、若しくは我慢出来ればそれで良かった。腕っ節のみならず心掛けまでが か弱い者は少なからずいるから、善良な人であっても人を裏切ったり悪事に已なく手を染める場合もあると、そんな世の不条理も一応は知っていた。でもね、どれも同じに見える草が、種類によっては解熱剤になったりシップ薬になったりするなんて知らなかったし。誰かの笑顔を見ただけで、胸がドキドキしたり体中が熱くなったりするなんて。そんな不思議現象に関しては、士官塾の教授も着任先の上官も、誰も教えてはくれなかったろうからね。その人だけを特別に守りたいと思ったり、その人が大切にしているものまでもが、自分にとっても“大切なもの”になったり。
“親兄弟の話を聞かない彼だから、恐らくは天涯孤独な身の上なのかも。”
 だから尚のこと、人間には関心がなかったものが、
“セナ様に出会って…めきめきと開花しちゃった、か。”
 それも格別に可愛らしくて、なのに運命に翻弄されてた可憐な人が相手と来ては、ネ。可愛い人だよ、誰も彼も…と、こっそり“クスクス”と笑ってしまった桜庭くん。関わった皆して 生死の境を見極めて来いというよな窮地へと招かれるような、この世を太古の混沌へと引き戻すような、それはそれは大変な騒動に巻き込まれ。この自分さえもが…大事な妖一さんの行方を見失い、そのまま擦り切れちゃうんじゃないかってほど身も心もキリキリと絞り上げられたりして。そりゃあ、さんざん翻弄されもしたけれど。こんな幸せな今現在に辿り着けたんだものね、苦労した甲斐もあったってか?
「♪♪♪〜♪♪」
 自分だって大切な人を失わずに済んだんだもんね。そんなこんなな幸せを、秘かに“くぅ〜〜〜っ”と噛みしめていたらば。うふふんvvと、妙に緩んで笑ってる相棒に気がついた黒魔導師さんが、何だよ何が可笑しいんだよと胡散臭そうなお顔になって目尻を吊り上げて見せた…そんな時だ。


   「……………えっ!」


 セナ王子が妙に強張った声を上げ、その場にいた面々がハッとする。何だ食い意地が張ってただけかいと一気に和んでいたものだから、ほのぼのとしこそすれ、誰も警戒してはいなかった。あらためての視線を向けた先、やっと大人しくなったカメちゃんを抱いていたセナ王子…のその懐ろから、ぽんっと弾けた靄
もやのような煙があって。
「セナ様っ。」
 何か…怪しい邪妖でも飛び掛かった結果だろうか? 聖なる遺跡の真上に位置する王城であり、あのドワーフのお爺さんが彼なりに警戒して守っている空間…だとはいえ、どんな敵が襲い掛かって来るやも知れない、それは神聖な御身の方だ。目を離していた訳ではなかったが、それでも何と迂闊なと歯噛みした進が。その間近へと駆け寄りかかったのとほぼ同時、

  「きゅうぅ〜〜〜vv
  「………っ☆」

 セナ王子の姿を隠しかかっていたほどの濃さの靄が、何とか晴れたその後へ。くっきりとした姿を現したのは。セナ王子様と、それから………もう一人。

  「な…っ!」「はい?」「???」

 いつものパターンだったなら、ここで純白の尾羽も麗しい聖鳥が姿を現していたところ。だがだが、今日は…勝手が違った。びっくりして大きな瞳を見開いているセナ王子のその腕を、自分の懐ろへと抱え込むようにして。自分の身を懐っこくも擦り寄せて、無邪気にも ぎゅぎゅうとしがみついてる人物が、どこからともなく現れている。にゃは〜vvと、それはそれはご機嫌そうに笑っている男の子は…どう見ても。

   「セナ…様?」
   「実は双子だった…とか?」
   「阿呆、そんな訳があるかい。」

 とある事情で能力の一部を封じられていたものが、カメちゃんがらみの とある騒動で先頃解放されたお陰様、魔力の気配も咒を起動する際に放たれる大気の流れもちゃんと察知出来るようになっていたればこそ。そういった“何か”を感じられなかったからと、即座にきっぱり否定した蛭魔さんだったのだけれども。じゃあ、これって一体何事なのかは…彼にもさっぱり判らなくって。当然、
「…えっと?」
 妙に懐いて抱きついて来る、自分とそっくりの男の子に…まるきり心当たりがないセナ様の混乱もなかなかのもの。真っ黒でふわふかな髪も、背格好もお顔も声も。きゅん・きゅう〜んと嬉しそうに響かせている鼻声のトーンも、着ている服まで全く同じ。よくよく見れば…事情が判らずおどおどとしているセナ様に比べ、しがみついてる方の彼はすっかり屈託なく甘えるように振る舞っていて。そんな様子が尚のこと、ただでさえ幼く見える彼の風貌を、もっともっと小さな子供のように見せている。
「どういうことだよ、これ。」
 やっぱり魔導師である桜庭さんもまた、何の気配も感じなかったらしいから。咒に関わる怪しい何かの仕業ではない…とは思うのだけれど。それじゃあ何処から現れたこの“そっくりさん”であるのだろうか。何が何やら、一向に誰にも判らないままなこのややこしい事態を前に、

  「………チッ、しゃあないか。」

 自分の持ってる認識だけでは残念ながら埒が明かないと、口惜しいながらも潔く、素早く見切った黒魔導師さん。自分のお顔の真横まで持ち上げた白い手の、指先を擦り合わせてパチンと鳴らせば、

  「どわっっ!」

 何もなかった空中から、これまた突然“どさぁっ”と現れた人物が約一名。先にお顔をそろえていた二人の導師様と似たような、かっちりした“道着”という装いの。こちらもまた咒に携わる筋の家系の御曹司で、つい先日に蛭魔さんにかけられてあった封印の咒を解いたそのお人。名前を葉柱ルイさんというのだが、

  「いきなり何てことを しやがるかなッ。」

 亜空間移動ってのはな、合
ごうの間を途撤もなく強引に通過する代物なんだから、覚悟のない者を強引に飛ばしたり呼んだりすんじゃねぇよ、おい、聞いてんのかよッ、と。とっても危険な次空転移で、突然 無理から召喚されたことへ、たいそう憤慨なさっていらっしゃる黒髪の導師様。彼の憤慨ぶりへ、
“だよなぁ〜。”
 彼は“素人”じゃなかったから、それなりの対応が咄嗟に取れて無事だったんだろうけれど、
“素人だったら、途中の亜空間で迷子にだって成りかねなかったことだもんなぁ。”
 おいおい、そんな恐ろしいことを。
ぶるぶる まあ、きっと…蛭魔さんにしてみても、葉柱さんは心得がある人だからと、だから多少の無茶を仕掛けても大丈夫と見越した上での、こんな乱暴な仕儀だったんだろうけれどもねと。過保護な保護者さんからの、大甘で身びいきされた感慨にも気づかぬままに、召喚獣扱いで無理から呼び出したお相手へ、
「…あれを見な。」
 ついと顎をしゃくって見せるという、やっぱり傲岸な態度を見せる金髪の魔導師様。むっかりしたまま、それでも素直に、指示された方を向いた葉柱さんは………。


   「……………あ"?」


 まずは…その精悍な目許に座った翡翠色の眸を見張り、それから程なくしてお顔が凍ってしまい。呆然としつつも…眸だけが上下して、そこに立ってる瓜二つな二人の少年の姿を隅から隅まで検分する。それからそれから、ちょっぴり甘えん坊さんな方のセナ様を指差して、
「………もしかして片方はカメなのか?」
「良くぞ判ったな。」
 さすがはホントの飼い主さんで、こうまで原形を留めぬ変わりようでも、ちゃんと見分けはつくものであるらしい。そこまで通じているほどの飼い主さんへ、
「ま〜だ“隠し芸”のあるカメだったのかよ。」
 そういや、乗用の直立型のオオトカゲにも化けたっけな。お前は前以て知ってようから、驚きもしなけりゃ困りもしなかろうがな。こっちはそうはいかねえんだ。ちゃんと説明しといてもらわねぇとな。大体だ、頼りなくってまだまだ半人前のあれでも、一応は王族の人間だし、陽白の眷属でもあるからな。紛らわしい“ダミー”がうろうろされた日にゃあ、周囲だって余計な混乱するかも知んねぇんだよ。

  「………妖一、そこまで言うことは…。」

 間接的にセナくんも腐してなかったかと、さすがに窘めた桜庭さんである。そんな二人のやりとりも、もしかしたなら…蛭魔さんからの悪口雑言の方も、最後まで聞いてなかったらしき葉柱さんはといえば、
「………カメ、お前、何か食ったか?」
 そっくりなお二人に歩み寄り、きゅ〜んと甘えかかっている側のセナ様へとそんなお声を掛けたところが、
「きゅいきゅいvv
 嬉しそうに頷いて見せたから…やっぱりあんた、カメちゃんだったのね。
(苦笑) その傍らから本物のセナ王子も、
「はい。雪の下から掘り返した、フキノトウというのの芽花を食べてましたけど…。」
 先程、蛭魔センセイから聞いたばかりのお名前を告げれば、
「成程な。」
 うんうんと頷いて見せ、それだけでご納得された模様の、何とも頼もしい3人目の導師様。こんな時に何ですが、能力的にも、身についている良識やら物事への把握や解釈、反応・対応やらを見てみても、一番 一般人側に近いだろう葉柱さんだのに。自然現象がらみの不思議に一番強いのが、これまた彼だってのは…どかすると問題なのではなかろうか。

  “悪かったね、中途半端に不自然な存在で。”
  “斬新な切り口が好みだってのへ、何か文句でもあんのかよ。”

 いやそんな。怖いから怒んないで下さいよう。
ドキドキ 拗ねちゃったお二人は、ひとまず置いといて。事情を良く知るらしき葉柱さんは、好き好き好き〜vvっとセナ様に懐いている“そっくりさん”の頭を、大きな手のひらで愛おしそうに撫でてやると、
「春先の植物の芽には不思議な力が強く備わっているからな。」
 そんな風に言ってやんわりと笑い、
「そりゃあ冷たい雪の下から、それでも春が来たことを感じ取って伸びて来た芽だ。その特別な活動へ反応したカメが、それを食うことで、大好きな王子にもっともっと甘えたいとか、同じようになりたいと思ってた望みを叶えてしまったんだろう。」
 好きという感情の行き着く先は、好きな人との同化であって。相手のことを何でも知りたい、同じものを持ちたい、同じものを好きになりたい。そうすることで、その人に近づけるような気がする。同じ感覚を持つことで、その人と一体になれるような気がする。こんなにも愛らしくて、それは優しいあなただから大好きだよと。文字通り、その身で表現しちゃったカメちゃんだったらしくって。
「えと、それって…。」
 そっくりさんに懐かれたままのセナ王子が、おどおどと何かしら、訊きたそうにしているのへ、
「ずっとこのままって訳じゃあない。頑張って粘っても1時間くらいかな?」
 何せ代謝が違い過ぎるからな、こうまで大きく、しかも全く遠い姿でいるのには、そりゃあ沢山のエナジーが必要だから、ずっとずっとなんてのは無理な話、安心してて良いぞとね。まずはケロリと言い切って下さって、それからね?
「オオトカゲの姿では、いつもあんたがしてくれるような、優しい扱いへのお返しがなかなか出来ないだろう?」
 セナ様に抱っこされるとネ、とっても暖かくて嬉しいの、だからお返しがしたかったのと。お口は使えないからせめて、こっちからもぎゅううってしてお返しがしたかったのと、それでしきりと甘えている彼であるらしく、
「カメの方からは話せないが、こっちの言ってることは大体判る。」
 だから、せいぜい仲よくしてやってくれと、にんまり笑った葉柱さんであり、
「はいっvv」
 そんなことなら喜んでvv やっとのこと、こちらにも無邪気な笑顔が戻ったセナ様。突然出来た弟みたいに、ぴっとりくっついて来るカメちゃんを見つめ返すと、
「じゃあ、まずは温室の中へ入ろうね?」
 そーいや、まだ内扉前のエアロックにいたんですね、あんたたち。
(苦笑) 仲良く温室へと入ってく二人を追って、導師様たちに目礼を残してから護衛官殿が後に続いた。
「…そういや進の野郎、チビが二人になっちまった後はずっと石みたいに固まってやがったが。」
 そういう自分だって、今の今まで半分くらいは固まってたも同然だったくせしてね。不可解な出来事への綾が解けた途端に、こんな憎まれを言い出すことで調子を取り戻すなんて、

  “子供みたいなトコは、相変わらずなんだから。”

 くすすと微笑った桜庭さんへ、何だよと目聡くも鋭い目線を投げて来る黒魔導師さん。何でもありませ〜んと誤魔化してから、
「落ち着いたら喉が渇いちゃったな。」
 今からお茶でも飲まない? お二人さん。美味しいの淹れるからと、一遍に二人もナンパしちゃった桜庭さんが、扉を押して出て来た外にはね。冬の間中のずっと、雪を隠して灰色に垂れ込めてた雲が一片もない、濃青の明るい空が、何週間かぶりに頭上いっぱいに広がっていたのでありました。





  〜Fine〜  05.2.25.〜2.26.


  *書いても書いても終わらないお話になりそうになって、
   途中でちょこっと焦りましたです。
   別にはしょっても良かったかなっていう箇所が、
   きっと一杯あったんだろうな。
   とりあえず、春よ早く来てということで。

ご感想はこちらへvv**

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