冬が来る前に… 〜閑話 その7
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

 これまでのお話の中でも何度かご紹介していることだが、王城キングダムは古くて広大な大陸の北端部分に位置しており、首都である城下町も、その端は港にかかっているほどの、これまた北端の町。よって、晩秋から早くも冬支度にかかり、収穫の恵みを喜ぶお祭りはそのまま、港の一部が凍ってしまうがための“冬籠もり”をするための閉鎖準備の始まりを告げるものでもあるのだとかで。
「全部が全部、封鎖になる訳じゃないけどな。」
 今から準備に入り、寒波の強さに応じて、幾つの埠頭を封鎖するのかを検討したり、航路や便数の調整、搬入された荷の流通や旅人たちの足となる交通網の整理などにあたる、臨時の役所が建ち上げられるのだそうで。

  「此処くらいの大きな国ともなれば、そんな大掛かりなことになるんだなぁ。」

 感心感心と、初耳な対処に心から感服しているらしいのが、先日から瀬那殿下へのお客人として王宮に滞在中の葉柱さん。此処よりは南の泥門という村の北、それは峻烈な山岳地帯・アケメネイのお山の隠れ里からいらした人で、実は同じ里の出身ながら、同時に…陽白の眷属“光の公主”の覚醒に手を貸す“金のカナリア”でもあった蛭魔さんに課せられてあった“封印”を解くため、長旅の末にこの城まで運んだ人であり。一年がかりで蛭魔さんの居所を探した末に此処までやっと辿り着き、そのお役目も先日、一応は果たし終えたのだが。

  ――― 結界術に長けた導師一族たちの末裔であるらしいことから、
       様々な咒を学んでおられるセナ殿下にご教授下さる
       “新しい講師様”のお一人という待遇にて、
       引き続きの逗留・滞在をなさっておられるのだとかで。

 筆者がサイトへご来訪なされた皆様への説明を読み上げたのへ、
「………。」
 無言のままながら、何かか言いたげに精悍な趣の強い目許を眇めてしまわれた、ちょいと年嵩の大きなお兄さん。黒髪の導師様、一体何がご不満なのでしょうか? 言葉が足りておりませんでしょうか?
「…物は言いようだよな。」
 あやあや。/////// そんなぁ、肩書き的には間違ってはおりませんご紹介ですことよ?
「そうだよな。雷門陛下が直々にそうと執り成して下さったのだから、この王宮にてのお前様の肩書きは、セナ殿下へ咒をお教えする家庭教師の導師様。どこも間違ってはいないと思うぞ?」
 宝石のように品よく透き通った、淡灰色の眸をのんだ切れ長の目許をやや伏せて。肉づきの薄い緋の口許を吊り上げ、ちょいと意地の悪い表情になって、くくっと笑って見せたのが、彼が預かって来た“開封の咒”でもって封印を解かれたご当人。金のカナリアこと、黒魔導師の蛭魔さんご本人であり、
「ちゃんとレクチャーだって担当しているじゃないか。」
 言いようは穏やかで、いかにも相手を宥めているそれのように聞こえもするが、お顔に浮かべた笑みの種類が種類であるがため、到底そういった思いやりの心持ちから言っている彼には見えなくて。
「それはおまけみたいなもんじゃないか。」
 人が困っている様を見るのがそんなに楽しいのか、だとしたらちょいと悪趣味なんじゃないのかと…ますます彼を喜ばせるほど憤懣して見せるお客人と向かい合い、金の髪をした麗人が自分の指と変わらないほど真っ白な磁器のカップを持ち上げた。少しばかり冷えた朝の起きぬけ、目覚めのため香り豊かな紅茶を味わっているところという、何とも優雅な風景であり。ほっそりとした肢体を長々と伸ばしている姿は、ほんの少しほど怠惰なアンニュイさを滲ませている風情であるものの、
“こんな姿をしておいて、実は…些細なことですぐさまキレる、血の気の多い奴だってんだからな。”
 しかも、狙い違わず“降雷の咒”なんぞを唱えてくれる、物騒なまでの凄まじさ。時代が時代だったなら、どこからともなく機関銃が飛び出しているのでしょうね。
(笑) 姿の高貴さと反比例して、立派に胡散臭い青年なことへと目許を眇めている新しいお客人へ、
「まあま。君だって今のところは里へと戻りようがないんだから、しようがないじゃないか。」
 まだ幾分か、葉柱の気持ちというものを汲んだ上での声を掛けてやるのが、亜麻色の髪をした桜庭という白魔導師様。かっちりとした堅苦しい趣きをした道着の映える、背丈も筋骨も重々充実した体躯をしているその上に、それは健やかな華やぎを乗せた美貌も兼ね備えた、こちらさんもまた…いかにも女性受けしそうな端正さをたたえた美青年であり、
「カメちゃんがセナ様へ、ああまで懐いていてはサ。」
「う…。」
 あまりにも逃れられない絶妙な角度にて、的を射た言いようを差し向けられて。言葉に詰まった葉柱へ、蛭魔がますますと愉快になったか“くくくっ”と喉を鳴らして笑って見せて。………これではとんだ“おもちゃ扱い”かもですのな、葉柱さん。(う〜ん)桜庭が持ち出した“カメちゃん”というのは、葉柱の下界での旅のお供だった相棒、兼、移動手段の翼竜でもあった、ドウナガリクオオトカゲのことであり。亀のような姿をしている…訳ではなく、外海の暖かい国にいるという珍しいトカゲの“カメレオン”とやらから取った名前だそうで。牙のない、肌にごつごつとした凹凸もない、口の短いワニ…というのが一番近い体型だろうか。長い尾を引きずり、短い四肢でのったりと地を這う姿は見慣れればなかなかに愛嬌があり、暴れもしなけりゃ喧しく鳴くこともなく、至って大人しい子で。しかもしかも、

  “あの姿を裏切って、
   実は“スノウ・ハミング”なんて聖鳥だったりするんだものなぁ。”

 アケメネイの山岳地帯を舞う唯一の大形鳥類として、その優美な姿を拝めただけで幸いが降ると言われているほどの聖なる鳥。奥深いところに光を飲んだような色合いの純白の羽根をまとい、長々と宙に躍る尾羽根や頭の先に立ち上がっている小さな冠のような羽毛を、高貴な身分の人の衣冠のようにたとえられているほどの、何につけても神々しい話しかついて来ないほどの瑞鳥で。邪心がある者には触れさせぬその身へ、なのに触れても良いと許されている葉柱の一族にとって、下界へ降りる時の唯一頼りでもあり。飛行出来る能力を生かした翼竜の姿でいるようにという封印の呪文を族長さんに掛けられて、その息子である葉柱が降りて来た時に同行した子。…なもんだから、彼の背に乗らねば、あまりに峻烈なアケメネイのお山には帰れないという理屈は重々分かるのだが。

  『カメちゃんvv 可愛いvv

 ツマヨウジほどの小さなアオムシでも悲鳴を上げるセナ王子が、打って変わって、初見から一目惚れし、暇さえあれば膝の上へ抱きかかえまでして それはそれは可愛がっているお熱の入れよう。そして、これ以上はない陽白の貴人である御方からそうまで愛されては、応じなくてどうするかということか。カメちゃんの方からも…そうは判りにくいことながら、セナ様に猛烈に懐いているらしいがため、無理から引き剥がすのも可哀想だろうということになり。そんな成り行きの結果として、彼がいないと戻れない隠れ里へ、この黒い髪の導師様もまた戻れない身の上にあるという訳で。

  “可哀想だなんて、大の大人が後込みする事情じゃなかろうにさ。”

 一旦戻って、自分たちの方が改めて、春になったらアケメネイまでお邪魔するという話だって、ちゃんと持ち上がっていたんだのにね。まだまだ幼い公主様や物言えぬトカゲの心情を思いやってやった心優しき青年の、何ともお困りな様子のお顔を眺めやり、こちらは目一杯同情しつつ桜庭が苦笑したそんなところへ。
「…おや?」
 不意に“ばたばたばたっ”という慌ただしい足音がこちらへと駆けてくる。何事かと、それは素早い反射にて座していたソファーから身を起こした桜庭と葉柱だったが、そんな彼らの狭間に座っていた蛭魔はピクリとも動かず。
「火急らしいが、そんなに構える相手じゃねぇから落ち着きな。」
 その言をそのまま体言してか、落ち着いた様子のままでいる彼であり、言われてみれば…。
「小さい子、かな?」
「ああ。これはきっと…。」
 強襲をかけて来た刺客のものにしては、音の大きさや歩幅のリズムも随分と小柄な存在のもののようだし。それに、
「…っ、あ、ごごごめんなさいっ!」
 出合い頭に侍女や誰ぞとぶつかりかかっては、慌てているのだろうに恐縮そうにひたすら謝っているらしい声が聞こえて来て、

  ““………ああ、これは。””

 誰であるのか、分かったと同時、

  「葉柱さんっ! カメちゃんがっ!」

 ばったんと扉が開いて、勢いよく飛び込んで来たのが。先程からお名前がちょこちょこと出ていた“光の公主様”こと、セナ殿下その人で。厚手のものとはいえ、部屋着用のガウンを羽織った下は、何とまだ寝間着姿であるらしく。そんなはしたない恰好でふわふかな黒髪を少々かき乱してのご登場なのは、彼がどれほど焦って駆けて来たのかを物語っており。広々と奥行きのある王宮の内宮を、よほど一生懸命に走って来た彼なのだろう。はあはあと肩で息をする…などという姿もまた、普段の大人しくもお行儀の良い彼には滅多に見られぬだろう激しい態度でもあって。そんな姿へついつい呆気に取られてしまった桜庭や葉柱に代わり、
「くぉら、チビ。」
 黒魔導師様が、いかにも尊大な声をかけている。
「お前、自分が何様なんだか分かっているのか? んん?」
「えと…?」
 何様なのかが判っている蛭魔であるなら、それこそそんなお声の掛けようはなかろうにと。そんな些細な矛盾なぞ歯牙にもかけず、
「仮にも“光の公主”たる存在が、そんな風に“大変だ〜〜〜っ!”なんて泡食って駆けてくんじゃないっての。」
 諭すようにそうと言い、やっとのこと、むくりとソファーから身を起こした咒の先生は。殿下の傍らまで歩みを進めると、その手に掲げ持ったままでいた、白磁の茶器を小さな王子様の口許へとそぉっとつけてやる。
「甘くはないがな。飲みな。」
「あ、はい。」
 少しほどぬるくなっていて、その分、勢いよく飲んでも大丈夫になっていた紅茶。それをこくこくと飲み干したセナ王子は、それで何とか落ち着いたらしく。ふうと小さく吐息をついてから、あらためて葉柱の方を向き、

  「葉柱さんっ! カメちゃんがっ!」

 先程のお言いようを まんま繰り返したのであった。ちっとは落ち着け、公主様。
(苦笑)






            ◇



 当初は昼の起きている間だけ、リビングなどにて一緒に遊んでいたセナ殿下とカメちゃんだったのだが。ここ何日かは…さあおやすみのお時間ですよという時間帯になっても、カメちゃんが短いアンヨをしっかと殿下のお洋服にしがみつかせる構えを見せたため、
『寝相は良いですから、絶対に踏みつぶしたりしません。だから…。』
 セナ殿下が葉柱へそんな風にお願いした上で、同じお布団に引っ張り込んで一緒に寝ていたというほどのご執心ぶりであったという。そうして、何日かを過ごしての今朝方。ぬくぬくのお布団の中から“おはようvv”と抱き上げたカメちゃんが、妙にくったりとしており。まだおネムさんなのかなと抱き上げた体が………あんまりにも冷たかったため、
『カメちゃんっっ!?』
 控えの間から白い騎士様が…思わずその腰からアシュターの剣を一気に引き抜いて飛び出して来たほどの悲鳴を上げた彼であり。

  「…どうなんですか?」

 豪奢な天蓋の周辺から床までという長さにて、厚手の緞子のものはまだ柱に束ねたままにして、更紗のように目の詰んだオーガンジーのカーテンだけを降ろした、白い寝具でまとめられた清楚な寝台の上に。心なしか身を丸めがちにして横たわっている一匹のドウナガリクオオトカゲ。何ともシュールな図であるが、これって…もしかしてもしかすると。
「心配は要らない。眠っているだけだ。」
 肌へと触れてみたり、顎の下やら前脚の付け根やらをそっと触れてみていた葉柱のお兄さんがそうと告げ、カメちゃん、いよいよの“冬眠モード”に入ってしまったらしく。ということは、
「あああ…。」
 これでアケメネイへのお里帰りは来春までお預け決定。安心しなさいと言ったはいいが、そのまま どよんと落ち込んだらしき黒髪の導師のお兄さんは…この際放っておかれて、
「で。どうしたら良いんだ?」
「土の浅いところに埋めるとか?」
「え〜、そんなの可哀想ですよう。」
 比較的南方の土地に住んでいたので冬眠する種の動物には縁がないセナと、動物自体にあんまり関心がなかったので、生態にまでは詳しくない蛭魔や桜庭が、ああでもないこうでもないと素人なりに見解を並べ始めたのへ、
「いや。本来なら、毛布にくるんで暗い静かなところに そっとしておいてやればいいんだが…。」
 何とか気を取り直したらしき葉柱が、会話に加わって来て。とはいえ、

  「本来なら?」

 彼こそが最も詳しいのだろう事象だというのに、何とも曖昧な言いようをするのなと、揃って小首を傾げた面々だったが。

  「………あっ。」

 進がその大きな手でベッドの上から掬い上げるように抱え上げ、そぉっと受け取ったセナ殿下が、大切そうにお膝へと抱えていたカメちゃん。緑がかった濃褐色の肌が“しゅう…ん”と目映く光ったかと思うやいなや、いきなり“ぽんっ☆”と弾けるような音がして。次の瞬間には優美な“スノウ・ハミング”の姿になってしまったから、
「ありゃりゃ…。」
 以前に一度だけ、皆へも見せてくれた可憐な姿。鶴のような長い首に脚も長いスリムな肢体。キラキラと自ら光っている純白の羽根をまとった翼の健やかさや、床に流れるように垂れた長い尾羽根のつややかな美しさは、正に“神々しい”としか言いようのない見事さであり、
「この子の場合は難しいところなんだよ。本来はスノウ・ハミングだから、冬眠するほどの深い眠りに落ちればそのままかけてあった暗示の封も緩んで元の姿に戻ってしまう。」
 今の現象が正にそれだということならしくて、
「ほほぉ。」
「そういえば、そだったね。」
「えっとぉ…。」
 皆が複雑そうな表情になる。そう。元は、この美しい鳥だった“カメちゃん”なので、
「この子の状態でくるんで暗いところにそっとしておくんですか?」
「………そこが問題でな。」
 本当に“爬虫類”で、だからこその“冬眠”を始めたのならいざ知らず。実はスノウ・ハミングという、極寒の地に住まう聖なる鳥。だからして何カ月も眠り続けるなんて事は、体の機能的にも出来ない身だろうし、そうかと言って…目覚めればまたあの“ドウナガリクオオトカゲ”に変化(
へんげ)してしまうため。
「目が覚めた瞬間に、またぞろ体機能が眠りの方向へって向かうから…。」
 終わりのない堂々巡りが繰り返されるということだろうか。
「え? でもでも、それじゃあカメちゃんはいつご飯を食べるんですか?」
 お腹が空いたりして目が覚めるのだろうに、目が覚めた途端に体温が下がって機能が低下してという冬眠態勢に入っていては、スノウ・ハミングとしての体の維持が不可能にならんかという心配をしているセナ殿下であり、
「…確かに。」
「笑いごとじゃねぇよな。」
 笑うつもりでいたんですか、あんた。(
おいおい)こんな場でも剛毅なお言いようをなさった金髪の君、
「そもそも、何でこんなややこしいものに変化させといたんだ。」
 冬眠しない動物が幾らだっているだろうがと、目許を眇める蛭魔の言いようへは、桜庭以下、他にも同意見の者が多数いる模様。

  “ギャップが大きすぎるっての。”

 オオトカゲちゃんとしての姿も…ゆっくりとした動作や、口は利かないが“ぱかり”とお口を開いてセナ殿下のお顔を見上げたりする仕草なんかに愛嬌があって。それなりに可愛いものではあったけれど、こっちの姿の綺羅々々しさにはあまりに遠い。信心深い人間だったら平伏して拝むかもしれないほどというの美しさであり、何でまたこうまで別物へ化けさせたんだろうねと。前から疑問に思っていた面々を代表するかのように訊ねた蛭魔だったのだが、
「世話の手間が出来るだけ要らないのが良かったんでな。」
 いざという時はナップザックに突っ込んでも良いほど大人しかったしと、こちらさんも結構“アバウト”というか、豪快なお人であるらしく。
「去年の冬は平気だったから、尚のこと、気が回らなかったというのもある。」
 彼が自分の故郷であるアケメネイの隠れ里から“お役目”を帯びて旅立ったのが、昨秋の王城での隠れたる大騒動、題して“聖魔大決戦
こらこら”に決着がついてから、割と間もなくのこと。下界の動向が直に伝わって来るような里ではないながら、長老の占いによって“光の公主様”の覚醒を知り、それでと“頑張って来い”と送り出されて約1年。族長の息子だということで、彼もまた結構大きな咒を操れるだけの力を持つ導師様ではあるらしいのだが、それにしたって…全く面識のない相手を探す旅。泥門の導師の元に預けられたということと、気脈が読めない分を補うかのように本人が大きな“気”を持つ相手らしいということしか手掛かりはないままに、当て処なく歩いて歩いて、王城に辿り着いたのがつい最近。大きな“気”を持つ…と言ったって、日頃からそうそう臨戦態勢にある訳でなし。緊急事態の最中にでもならない限り、そんなに飛び抜けた存在感をたたえている蛭魔ではなく。となれば、そんな“気配”を拾う格好では到底探せない。よって、風の噂だけを頼りにセナ様と蛭魔たちの足取りを追っていた彼は、まずは順当に南の地方を旅しており。暖かい地方にいたことが幸いして、先の冬は連れの冬眠なんて心配もしないままで越した彼であるのだそうで。
「う〜ん。」
 実はただのトカゲではない、本来なら冬眠しない生き物な彼を、一体どう処したもんかと、渋面を作ってしまった葉柱の話を聞いていて、あっと閃くものがあったらしいのが、

  「…あ、そうだ。温室に放せば良いんじゃないか?」

 ぽんっと、自分の拳を手のひらへと打ちつけて見せた、雷門陛下。朝っぱらからお廊下を駆けていたセナ殿下…なんていう只ならぬ状況を聞いて、朝餉も半ばにて放り出し、この場に加わっていた彼であり。ほぉら見ろと呟いた蛭魔がセナに、軽めながら“こめかみグリグリ”のお仕置きをしたのへ、進が歯を食いしばってぐっと我慢したというのは余談だったが。
(苦笑)
「温室って…。」
 確かに、この王宮には分厚いガラスで天井や壁を覆った、隙間風のひとかけらも忍び込まない、それは出来のいい大きな温室が幾つかある。来賓に披露するための、珍しくも華やかな草花を取り揃えた前庭のものや、料理や医療関係に用いる南国のハーブを育てている内宮のもの。そして、
「ほら。中庭の、インコたちを避難させてるのだったら、植えてある樹とかそんなに弄ることもないし。温かいんだったら、カメもオオトカゲの姿に戻ったまんまで、しかも起きてて冬中過ごせるんじゃないのかな。」
 おお、それはそうかも。
「いいの?」
「構わないって。カメは草食なんだから、インコたちを食う訳じゃなかろうし。バナナとかオレンジ、アボガドにオリーブなんていう、好物の樹ばっか植わってるし。」
 それに。実は実は、彼の母上、皇太后様もカメちゃんを可愛い可愛いと気に入ってらして、暇を見つけては撫でに来るというほどだから、

  “女って…。”

 こういう系統のものは怖がるもんだと。思い込んでいる方が頭が固いのかなと、男衆たちが揃って首を傾げた反応だったりしたのだが。まま、皇太后様くらいの方ともなれば、珍しい物にも一般人以上に見識はお在りでしょうし、それに肝っ玉だって…下手に弱腰な男性以上に ずっと座ってらっしゃるのかも。

  “このシリーズって女っ気が少ない分、出て来た女性はみんな逞しいよな。”

 あはは…vv そういや そうですね。これから出て来る女性もそうなのかなぁ。だったとしても、あっさりあしらわれぬよう、心して構えておきなさいよ?






            ◇



 大慌てした割に、あっさりと解決策が出て。優雅なハミング・スノウの姿のままで熟睡していたカメちゃんは、温かい温室の中、シュロの樹の根元で小一時間も眠っただろうか。他のカラフルなインコたちを、小さな手に留まらせたり髪の上で遊ばせたりしていたセナ殿下と雷門陛下、そして。お二人の警護にと傍らにいたもんだから、こちらさんもすっかり立派な止まり木代わりにされた白い騎士様が待っていたところへ、元の
トカゲさんの姿に戻って のたのたと登場してくれて。無事に王子たちを“キャ〜〜ンvv”とはしゃがせた模様。よく通る可愛らしい歓声が立ったので、それと気づいた…こちらは一番間近いリビングにて模様眺めをしていた大人組の面々。
「案外、この冬に社交界で流行るかもしれないね。カメちゃんの仲間を飼うの。」
 桜庭が苦笑混じりに言い出して。
「此処のように温室がなくとも、そんなにだだっ広い家でないなら暖炉の前でも十分飼えそうな種だからな。」
 あり得るかもなと蛭魔が苦笑する。極寒の冬となるのだろう北国の王宮だのに、この冬もまた心暖かいままに過ごすのだろう人たちであり、しかもしかも、

  “春が来るのが格別楽しみだよな。”

 陽光だけでは心もとないからと、ストーブも焚かれているらしく。それで少しほど曇り始めた温室の窓に向かい、中ではしゃぐお子様たちへ優しい眼差しを向けた、導師様方であったりする。


  「…ところで。白魔法の咒だったら、そっちの方が詳しいんじゃないのか?」
  「ああ、ダメダメ。
   僕の知ってるのは特殊なのばっかだから、
   まだ力を制御し切れてないセナ様が下手に覚えちゃうと、
   城中がえらいことになりかねないんだ。」
  「???」
  「こいつの能力がどれほど特殊かってことと、
   チビの暴投ぶりがどれだけ凄いかってこととが掛け合わさると、
   どんだけエライことになるのかは、別の機会にきっちりレクチャーしてやるよ。」
  「? …ああ。」


  こらこら、無闇に怯えさせない。
(大笑)



  〜Fine〜  04.11.29.


  *風邪に翻弄されている内に、何だか物凄く間が空きましたね。
   まだ今一つ、本調子ではないのですが、ここらで場つなぎのお話を一発。
   ああ、もうすぐ新刊の発売日。
   王城メンバーのプロフィールが載るとかいう噂ですが、
   進さんや桜庭くん、高見さんチの家族構成とかが明らかになるのでしょうか?
   ウチのと全然違うだろってのは覚悟しておりますが、
   やはりドキドキしちゃってますvv

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