雪催い(ゆきもよい)
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



 この冬は案外と暖かい方だぞと。生まれてこの方のずっと、この国のこの地に暮らして来た異母兄の雷門国王陛下がそんな風に仰有っていた初冬の頃だったのだが、やはりそうそう甘い話はないということか。まるで新しい年の来訪にあたって従者よろしく厳かに付き従って来たかのように、暦が変わったその晩に、ちょいと厳しい寒波が王城キングダムの首都へと襲来した。そこはそれ、一般市民の皆様の住まいに比べれば、段違いの優遇にあるというのだろうか。北風や雪の冷たさも直には届かぬ分厚く頑健な壁の中にて守られている城内の、更に奥まった“内宮”で寝起きしている身であったので。様々に暖を取る工夫もなされているし、暖炉の薪だって惜しみ無く焚かれているのだけれど、それでもね。一番寒い時期であれ、着るものの枚数が1枚か2枚ほど増えるくらいで十分過ごせて、お外であっても たかたか動き回れば小汗をかくくらいだった南の地方でずっとずっと過ごして来た瀬那にしてみれば、
“う〜〜〜。”
 天井も高ければお部屋自体も広い広い、謁見の間や大広間なんぞでじっとしていると、ついつい“ふみぃ〜っ”と情けない声が洩れ出てしまうほど、王城の冬は寒くて堪らないものであるらしい。世界的なレベルでも有名有数の列強国であるがゆえ、新年を迎えんとしていた晩には、遠い海外からも多数の来賓を招いての祝賀の宴が催されていて。その場は人が多かったこともあって暖かだったが、それでもクシャミが出てしまい、ご挨拶などの礼は尽くした上で、少ぉし速めに退席させていただいたほどだったし。ふかふかなカシミアや、裏地の下に真綿を挟んである厚手で温かいお洋服を重ねて着ているのだが、それでも…油断をすると肩口やら腰回りから寒気を感じるとかで。当然、窓辺などからお庭を眺めるのだって、外からの寒気が一番にへばり付いている場所なだけに…そうそう長いことは堪能出来ずで。
“雪って、あんなにふかふかして見えるのにな…。”
 昨年、初めて地を覆うほどの積雪を見て、そりゃあ感動した小さな王子様。朝の陽射しを受けてきらきらと輝いていた、純白の真綿のような見栄えに“これはさぞかし柔らかくてふわふわと心地いいのだろう”と思い込み、自分のお部屋の寝室からテラスに出てみて、手摺りに積もっていたのに触れて…そのままその場に凍りつきそうになったという曰くがあるがため、

  「…? セナ様?」

 これも寒い国の工夫で、空気の層を挟んで二重になったガラス窓の前。雪ですっかりと白っぽく塗り潰された、窓のお外のお庭を眺めやる小さな御主人様へ、寡黙だが優しい護衛官殿が案じるようなお声をかけてくる。問題の…雪に触ったセナが凍りついてしまった折にも、畏れながらと駆け寄って、腰へ腕を回すようにして肩の上へと担ぎ上げ、そのまま大急ぎで暖かな部屋へ撤退し、足湯に湯たんぽを手際よく準備して…と、それはそれは素早く立ち働いて下さって、奥歯がガチガチと鳴り始めていたセナを何とか生き返らせて下さったのがこの進さんであり。それ以降、本人以上に寒さへの注意を払って下さる、やっぱり優しい騎士様へ、
「大丈夫です。」
 にこりと笑い、やはり綿の入った大きめの室内履きを足元にポコポコと鳴らしもって、お部屋の中ほどへと戻って来た。こんな風に寒さが厳しい国だからか、この王城ではチェスやダーツ、玉撞きといった室内の遊びが発達しており、また、手の込んだニット編みや木工細工や家具作り、陶芸などという工芸技術も盛ん。セナ王子もまた、高見さんからチェスを教わったり、材質や木目、色合いの違う木を組み合わせてモザイクのように模様を作る“組木細工”を習っていたりするのだが、その材料を広げたテーブルへと戻りつつも、ついつい口を衝いて出た一言が、
「…カメちゃんは元気なのかなぁ。」
 あははvv やっぱり気になりますか、温室に隔離したドウナガリクオオトカゲのお友達のことが。今のところはネ、まだまだそんなに積雪も深くはないので、温室まで頻繁に様子を見に行っても構わないのだが、あんまり戸を開け立てしては中の温度を保っておれないのでと、セナ自身も自分で我慢して“日に2回だけ”と逢瀬の時間を決めているほど。今日もお昼前に一度、彼のいる温室まで足を運んでいて、その気配を察して のたのたと、ベンジャミナの株の陰から現れたカメちゃんと、小一時間ほども遊んではいるのだが。
“やっぱり、姿を見てないと心配で。”
 そもそもの飼い主であり、彼をややっこしい身にした関係者の葉柱さんにも、お話は聞いたんでしょうに。確か、
“はい。カメちゃん本人は寒いところの鳥なんだから、寒いのがそのまま生死にはかかわらないって仰有ってらしたんですけれど。”
 本当は“スノウ・ハミング”という美しい聖鳥なのを、魔導師である葉柱さんのお父さんが特別な咒をかけてトカゲの姿にしちゃったという、なかなかややこしい身の上のカメちゃんであり。アケメネイという場所も気候もそりゃあ険しい山岳地帯に住まう鳥さんなんだから、心配は要らないと言われはしたんだけれどもね。
“でもでも、ドウナガリクオオトカゲは冬眠する種ですから………つい。”
 誰かがうっかりと扉を開け放ったりしないだろうか。時々は空気の交換にと天窓を開けもするそうなので、そこを閉め忘れられたりしないだろうか。1つを思えば幾らでも次が浮かぶほど、色々と心配になってしまう殿下なのだそうで。
(う〜ん) どうやらセナ王子は、オオトカゲの姿のカメちゃんの方がお好きであるらしい。
“いえ、あの。見かけで区別とかしちゃあいけないっていうのは重々分かっているんですけれど。”
 っていうか。…そういう順番なんだね、やっぱり。
(笑) 葉柱さんからお話を聞いた折、お師匠様の蛭魔さんに言われたそうじゃないですか。普通だったらそりゃあ優美な鳥の姿の方に惚れるもんだろうに、そっちにメロメロになってるとは微妙に変わった好みのチビさんだって。
“う〜。”
 しかも、寡黙なのが好みだってんなら、まま人間の好みへも統一性はあるってことなんだろうけれど…とも付け足されたんですってね。それってやはり、誰かさんのことを指しての揶揄だった訳でしょう?
“う〜〜〜。/////////
 おお、真っ赤ですぞ、殿下vv

  “それ以上の罵詈雑言は、筆者殿とて許しません。”

 はいはい、Morlin.の負け。怖いからそんな鋭い眼差しで睨まないで下さいませな、護衛官殿。
(苦笑) セナ様を困らせるような存在は、たとえ筆者でも許さないとする彼こそは。丁度今時分の凍夜の空に、孤高の存在として冴え映える碇星のように。深色の眸を凛々しく見張り、男臭くも精悍な風貌をきりりと張り詰めさせて。ただ一人、一番大切な御方のためにだけ神経を集中させている、凄腕の白い騎士。それはそれは厳格な重厚さの裡うちに、自分でその身に課した厳しい禁忌を背負いながら、なのに。堅苦しくも窮屈そうな枷としてではなく、それらさえ…峻烈な力を呑んでいればこその素養の一部であると感じさせてしまえる剛の者。豪にして苛烈。静にして荘重。戦場にあっては果敢なまでに躍動し俊敏に働く存在が、夜陰に紛れては深閑静謐、それ以上はないほど自我を封殺出来もする男であり。さすがにこうまでの“内宮”の室内にいる時は、必要がないし、何より穏やかではないいで立ちだからと。革の上着だの防具代わりの鋲付きの装備など、いかにもな武装はしなくなり、近衛兵としての制服に近い、襟元にシンプルなスカーフを結んだ詰襟の上着に、スリムなシルエットながら…実は動きやすく伸縮性のある生地で仕立てられた細身のパンツという、品よく絞られた装束をまとった白い騎士殿。厚絹仕立てで色合いも浅く、どちらかと言えば優美で軽やかな雰囲気の衣装な筈が、雄々しくも頼もしい彼が身にまとうと…不思議なもので。シャープなところがより強調されて、それはそれは凛とした装いになっており、セナ殿下の身の回りのお世話を受け持つ女官たちからの評判もすこぶる良いのだそうだが、それを殿下が耳にしたのは随分と後になってからのこと。何を着ようが、誰のどんな秋波をそそがれようが、知ったことではないという辺りが、相変わらずの朴念仁であり。

  ………あ、いやいや。

 他の人間が相手の場合だけ、知ったことではないという ぞんざいな姿勢になってしまう彼なのであって。お仕えする唯一の御方へは、ほんの1年と少しで見違えるほどにも細心の心くばりが出来るようになった…成長した白い騎士殿だったりする。そんな彼が、
「………セナ様。」
 これもカシミアの、ふかふかとした起毛が温かい膝掛けを、クロゼットから出して来て差し上げると、
「あやや…。///////
 小さな肩を縮めて見せて、こちらからの手出しや気配りへ、いまだに“すみません”と恐縮なさってしまわれる、相変わらずに小心な方。王子として過ごされたのがあまりにお小さい頃のことであり、しかもその後は記憶に封をされ、何の疑いもなく“生まれついての農夫の子供”として過ごして来られたせいもあって、誰かから傅
かしづかれるなんてとんでもないと、腰の低い、臆病な少年となってしまわれている彼であり。
“臆病…というのは。”
 ああ、そうでしたね。彼が及び腰な態度をついつい取ってしまうのは、所謂“小心”というのとは少しばかり次元が違うらしいんでしたっけ。世界中の陽光、お日様の力を束ねる“陽白の眷属”の頂点におわす“光の公主”という、高貴にして崇高、そして唯一にして絶対の存在である彼は。腹さえくくれば大地の力さえねじ伏せられるほどの、それはそれは大きな力を持つと同時に、全く逆の…些細な気配や気の流れの変化といった微細なものを敏感に感じ取れる、細やかな感受性をもその身に持っている。そんな繊細な感応器もを持っているが故、微細なことへも ひくりと反応してしまうような、過敏な気性をも併せ持っているという理屈になるのだそうで。小さき者の声まで聞けるがために、小さき者の心が理解出来る人でもある。
“それでなくとも、お優しい方だから…。”
 自分のような下賎な者へもそれは細かく心を砕いて下さる、勿体ないほどにお心の広い優しい方。殿下の御身を守るためであれ、無茶をしないで怪我をしないでと、その大きな瞳を潤ませて祈るように懇願なされる。そんな風に気に留め、案じていただけるのは、至極光栄なことではあるが、
“捨て置かれて構わないのに…。”
 こちらは身分の違う たかだか衛兵。そんな人間のことをなぞ、いちいち顧みる必要なんてないのにネ。踏み付けてくださって本望なのであり、使い捨ての存在だと割り切って下さいと、時にわざわざ言葉にさえするのに、そのたびに“いいえいいえ”とかぶりを振って見せ、
『そんな悲しいことを言わないで下さい』
 そうまで言って下さる人。有り難いことながら、それがこちらの彼には…時々“惑いのタネ”でもあるらしく、
“セナ様が徒にお心を苛まぬためにも。”
 もっともっと強く頑丈な存在にならねば、そうして信頼していただかねばと決意を固めてしまわれる辺り。王子の切なるお願いの真意が、判っているやらいないやら。年の初めの所信表明からして、これですからね。ほんに焦れったい方々であるらしいですよ、今年もやはり。








     aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif



 さて。蛭魔先生や葉柱先生から、知識や実践をとりどりに含めた“咒”のレクチャーを受けて午後を過ごしたセナ王子。その後にも温室を訪れて、ほかほかと暖かい中、オオトカゲのカメちゃんと“せっせっせ♪”をしたり、コロコロとゆっくり転がした木の実をカメちゃんが そりゃあおっとりとしたスローペースにて“持って来い”するのを飽かず眺めたり。それからそれから南洋の珍しい樹の下で並んでお昼寝をしたりと、屈託のないままに時を過ごしてから。速足でやってくる宵に急かされるように城内へと戻って、夕餉のお時間。いつもと同じく導師の先生方や…最初は固辞してらしたのを半ば強引に付き合わせる格好にした進さんと共にテーブルを囲んで。食後のお茶は国王陛下や皇太后様もご一緒し、国政のお仕事の中から拾われた面白いお話を聞かせて下さったり、外交方面への政策への助言を導師様たちからお聞きしたりして…さて。

  “ふや〜〜〜。///////

 先んじて湯たんぽを3つも入れて暖めておいてもらっても、やっぱり寝床の冷たさは苦手なセナ様のため。何と…騎士殿が珍しいご奉仕をして下さる。陽白の存在の始まり、白の神様へのお祈りをするには、たとえ公主様でも素足になって、極北の天を向いて跪
ひざまづかねばならなくて。おやすみになる前のお祈りをした後、ちょっぴり冷たくなった小さな小さな御々足の爪先を、大きな手にそぉっと包んで暖めて下さるのが、こんな冷え込む宵の日課になりつつあるそうな。ふかふかのお布団の中へと横たえられて、襟元肩口を直していただいてから。足元の方へと回られて“失礼致します”と、掛け布の下。大きな手の中へすっぽり包んで下さるのが、あのね? 勿体ないやら恥ずかしいやら、最初のうちは居たたまれないような想いもしたのだけれど。進さんの手があんまり優しくて暖かいものだから、いつしか…恐縮混じりな最初の緊張もどこへやらで、気がつけばぐっすりと眠ってしまっているセナであり。
“暖ったかいなぁ…vv
 あんまり気持ちがいいからか、すとんと眠りに落ちるがために、いつもいつも“おやすみなさい”を言えないのが残念で残念で、
“今日こそは…。”
 他愛のないお話しをしながら、何とか頑張ってみるのだけれど。総身を包む羽毛のクッションの柔らかさの中へ、あなたをお守り致しますという、それはそれは優しい想いが滲んだ温かさにくるまれてしまうと。
“……………ふに。”
 ああ、またです。夢の世界への境目に飲み込まれそうになってからでは、もうもう何かを告げる余裕さえありません。それでなくたって、足元なんていう遠いところへ下がってしまわれるのですもの。眠りの中へと意識が飲まれ掛けていながらの、小さな小さなお声なんて、そうそう届く筈がありません。
「…しん、さ…ん。」
 ふにゃりと蕩けそうになったお声で、頑張ってみてそこまで。いつだってここまでのセナ殿下の頑張りへ、くすすと小さく微笑んで。実はネ?

  “ちゃんと聞こえておりますよ。”

 夢の世界へ行って来ますという、小さな王子様からのかあいらしいご挨拶を。こちらも“しっかり聞き届けましたよ”と。見逃したのが残念だと、きっと王子が地団駄を踏むだろうほど、甘く甘く微笑んで下さって。しんしんと冷え込む夜も、お互いを大切に想うとっても暖かな中で過ごせる、それはそれは幸せなお二人なのでありました。




  〜Fine〜  05.1.03.〜1.05.


  *遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
   年明けと共に急に寒くなったせいですか、
   結構バタバタした煽りもあって、
   何か書く意欲よりも…ぬくといお布団さんの魅力に
   がっつりと負け続けてたお正月のフリータイムだったようでございます。
   今年も相変わらずな人たちしか書けない、進歩のない奴みたいですが、
   よろしかったなら、お付き合い下さいませですvv
(笑)

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