ちょこっと“閑話”でも…
    〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

  ――― 過ぎてしまえば今はもう懐かしい話だが。


 魔界からの使者の手により、悠久の歴史を誇る王国ごと数多
あまたの命が暗黒の淵に引きずり込まれてしまうのではなかろうかと危ぶまれ、どこか殺伐としていた陰鬱によりどこもかしこも寂れていた晩秋も、今は昔の夢まぼろし。人々は心からの笑顔を取り戻し、思わぬほど暖かな冬を越し、新たな生命たちの芽吹く 幸いあふれる春が来て。そして…季節は移って、そろそろ陽射しも目映い、躍動的な初夏がやって来ようかという頃合いになった。上辺が天井に届くほどという、見上げんばかりの大窓が壁の片側一面に連なった、それは明るい光の満ちた広々としたお廊下を進んでいた彼は、そんな窓の1つの向こう、涼やかな風のそよぎ込むバルコニーに、どこか心許ないご様子で立ち尽くしていらっしゃる方の、若木のように細くも撓やかな背中に気がついて立ち止まる。

  「おや、どうしましたか? セナ殿下。進も。」

 やわらかな若葉の萌え出した蔦の蔓が、そのところどころにからんだ白亜の手摺りに小さな手を載せて、遠い空の彼方を見通さんとするかのように振り仰いでいた少年が、自分へと掛けられた声に気づいて小さな顎をついと降ろす。晴れやかな光でいっぱいな青空を、どこか懸命に仰いでいた小さな人物。あっさりとした淡い色合いの筒袖のシャツと、足首あたりで絞られたデザインのズボンの上へ、体の側線に沿ったスリットが膝下まであろうかという裾から随分と上にまで入った、袖のない錦絹の上掛けを羽織っていらっしゃり、細っこい腰のあたりにて綾織りの飾り佩
おびでキュッと絞った…という、王族の初夏の日常着をお召しでいらっしゃる稚いお姿の少年が、いかにも心配そうなお顔で空を仰いでいらっしゃり。やわらかい黒髪をふわふわと風に揺らしていた線の細い横顔が、こちらからの声へパッと反応して、

  「あ、高見さん。」

 臣下にまでいつまでも丁寧な態度を通される、小さな小さな王子様。正確には現王の"義理の弟様"にあたられる方だからこの敬称は正しくはないのだが、何とも幼く、優しげなお姿をしておられるがため、臣下の皆も話の端々には"殿下"と呼ばず"王子"とお呼びすることの多い愛らしいお方。儚いまでに薄い肩越し、こちらを振り返って来られたその傍らには、簡単な型の鞣
なめし革の上着にオイルコーティングの利いたボトムという、軽装でいながらもいざという時には動きやすく戦いに向いた装束を身にまとい、王宮内であるというのに腰に帯びたる大太刀は…彼が尊きお方を守る職柄にあるが故に許された"武装"。がっちりと鍛え抜かれた体躯はそれだけで頑丈な盾となり、雄々しき豪腕のその膂力と鮮烈なまでの冴えにてその剣が振るわれる時、唸りを上げて走るだろう太刀筋は易々と空を裂く、それはそれは頼もしき勇者、伝説の"白い騎士"がまるで影のように付き従っており。こちらに気づいて、小さく、だが、丁寧な目礼を寄越して来た彼もまた、少々浮かない態度でいるような。

  「どうされたのですか?」

 この王国に、そしてこの城に。長く立ち込めていた"闇"を払って目映い光を齎
もたらした小さな王子様。王族の和子様であられるというだけでなく、陽白の主上"光の公主"という奇跡の存在でもあらせられ、人に仇なす負界の陰体を軽々と滅ぼすお力をお持ちの、それはそれは"聖なる方"であるのだけれど。なればこその魔界からの刺客に追われることを余儀なくされ。邪妖に襲われないようにとの配慮からだとはいえ、生まれ故郷である城を追われ、旅の空の下で母君とも死に別れたという、それはそれは悲しい思い出を、ご自身の記憶と共に封じられていた御方。まだほんの十代半ばという幼い御身に、例えようもない運命を背負われた方ながら、健気で一途で、思いやりの心も深くてお優しい、それは素晴らしいご気性をなさっておられ、

  「確か…お勉強のお時間でしたように思いますが。」

 宿命
さだめと呼ぶにはあまりに苛酷な深い悲哀を乗り越えて、刺客である魔女との戦いという苦難の末に、奇跡の御身へ無事覚醒なされたものの。それまでを普通の少年として過ごして来られた方なだけに、新しく得た力については色々と戸惑うことやら判断に困ることも多々おありだろう。この大陸に根付く不思議な力。大地や大気に満ちているとされる"気"を制御し練り上げて、手も触れずに事を成す"咒"というのがそれであり、陽白…光の眷属でいらっしゃる"公主"様におかれましては、ご自身の身の内にも莫大なる力をお持ち。そこで、発動のさせ方と制御法とを学んでいらっしゃる途中であり、その師というのが、こちらもまた"金のカナリア"という奇跡の存在、セナ殿下とは"対(つい)"の存在でもある、蛭魔妖一という青年黒魔導師なのだが、

  「はい。咒のお勉強中でしたのに、蛭魔さんが戻って来ないんですよう。」
  「………おや。」

 大きな琥珀の瞳をおろおろと、いかにも不安だと潤ませているセナ殿下である。日頃から…ほんの些細なことへまで大仰に頭を抱えてしまうところのある、人一倍繊細で心配症な彼であるものの、
「もう2時間も戻られません。」
「そんなになられますか。」
 それはなかなかに長丁場。彼の傍らに控えていた進もまた、あまり動じない人物であるものが…どこか浮かぬ顔でいるのは そんなせいであったらしい。
「ですが、お城の外に出掛けられたのでしたら…。」
 正規のルートでの外出である場合は、それが王族の方であれ、警備の関係で一応のチェックはするので、近衛隊長であるこの高見の耳目へも情報が届く筈。そんな気配さえ届いておりませんがと言いかけて、ああと思い直した彼だったのは、
「咒を使ってのお出掛けなのですね?」
 この小さな"公主様"へ、手づから"咒"という魔法をお教え奉っている青年なのだ。自らも途轍もない魔力と術の数々をその身にたたえ持ち、様々な無茶がこなせて、色々と無体を繰り出せもする、ちょいと困った節もなくはない御方。同じく導師様で、こちらも…前世は人ならぬ身だったという、相当なるお力をお持ちでいらっしゃる桜庭春人というお連れの方と、その強大な魔法力を存分に生かした大喧嘩をなさっては、お堀の形を変えて下さったり、セナ様のお勉強の手本にとはいえ、季節に合わないお花を大量に咲かせて庭師を驚かせたり。退屈だからと…城塞の外へ足を延ばされ、先の戦乱以降、いまだ身を伏せていて農村なぞを襲っている野盗の類いを片っ端から狩られたり、城下の猫どもを口寄せにて たんと集めて、春の恋を煽るような大合唱を夜中まで響かせたりと、結構な悪戯もしでかして下さるやんちゃな方で、

  "外海からの…残虐さで名を馳せている海賊団の襲撃を、
   咒を使ってあっさりと追い払って下さったのは助かりましたしね。"

 これは丁度いいお稽古になるからと、生徒であるセナを連れて、港どころか沖合の遥か遠くまで見渡せる"展望の塔"へと登られて。沖へと出ていた国王直属の海軍へは戦略的な指示を与え、その一方でセナ殿下へ"風を起こせ"の"波を立たせろ"のと咒のお浚いを命じ、散開していた相手の陣営の情報網を巧妙に撹乱して一か所へと掻き集めると、一気に大嵐を招いて沖合のそのまた向こう、水平線の裏へまで追い払ってしまった、恐るべき魔導師様であり。魔力のみならず戦いの駆け引きの妙にも長けた、何とも奥の深い人物であるのだが、
「セナ様に何処へとの言伝てもないままに、ですか?」
「はい。」
 その点は、高見にも怪訝なことよと首を傾げさせる。ようよう使いこなされて脂の乗った鞭のように、強靭な芯の通った撓
しなやかな肢体を漆黒の道着に包み、輝く金の髪に白い肌という色素の薄い見目を、だが、怜悧なまでの鋭き眼光や冴えたる表情、鷹揚にして威容を孕んだ所作に、深き智慧から汲み上げられる隙のない言質…といった、強かな素養で持って練り固め。それはそれは堅く雄々しく鍛え上げられたる攻撃的な人格をした、途轍もないほどに"自信家"でおいでだからか、どちらかというと揮発性の高い、少々乱暴者でもある彼であるのだが。そんな彼でも…セナ殿下へだけは、特に優しく心を砕いて接しておられる。相手が特別なお方だからというような型通りの配慮ではなくて、彼自身からの思い入れとでもいうのだろうか、思いやりがあって心配症なセナ様の気性のようなものをちゃんと把握しておいでであるからこそ、直接の当たりは雑でも、必要以上に心配せぬよう、困らぬようにと、いつもいつも思慮深く振る舞う方なのに。それが…セナ殿下にこんなお顔をさせるような"行方不明"状態になってしまわれるとは。

  "それは確かに妙ですね。"

 ふむとこちらも神妙そうなお顔になった、近衛連隊長の高見さん。
「そもそも、どうして居なくなってしまわれたのですか?」
 柔らかな仕草で小首を傾げて見せ、詳細を訊いてみることにした。確か、セナは最初に"帰って来ない"という言い方をした。ということは、どこかに"出掛けた"蛭魔であり、そのことに関してはセナも了解しているということになろう。そうと訊き直されたのだと察したセナ殿下は、こくりと頷いて説明をなさる。
「今日は"浮遊術"のお勉強をしていたんです。」
 彼がお勉強中の"咒"というのは、広い意味では"魔法"のようなもので、呪文のことであったり魔力のことであったり、それを発動させられる素質・素養のことだったりするのだが。先にも述べたように、セナ殿下は"光の公主"としてお目覚めになられるまでは、咒というものに直接関わりのなかったお方で、存在や威力はご存知だったものの扱い方なぞはまるきり知らない。ただでさえ"人外の力"であるその上に、膨大なる力を一気に得てしまった殿下でいらっしゃり、それに振り回されないようにと、制御の方法を基礎から学んでおられたのだが、
「仕組みや呪文のお勉強が一通り進んで、それでは実践に移ろうということになり、この上空で先に待機していてあげるから、咒を使って浮かんでおいでと、そういう段取りだったのですが。」
 バルコニーの上、先程までセナ様が見上げていらした頭上はといえば。気持ちがいいまでの目映い青で埋め尽くされているばかりで、雲も小鳥も浮かんではおらず、何の影もない。そうまで高いところに駆け上がってしまった彼だというのだろうか。
「ある程度の高さまで到達したら、合図にチカリと光を放って合図にするからと仰有ってらしたのですが…。」
 お師匠様が浮かび上がった時には多少の雲が浮かんでいたらしく、それでそんな打ち合わせをしたらしいのだが。それから………待てど暮らせど"合図"はないままに二時間も経ってしまったと。

  "………う〜ん。"

 これが何かしらの…例えば戦いの最中の作戦上のことであったなら、何を悠長に待機しているか。向こうに何か支障が生じたに違いないのだから、とっとと対処に動け…と運ぶところだが。
"咒という微妙なものが相手ではなぁ。"
 単純に考えても、遥か上空の彼方まで様子を見に行く術などない。難しい咒だからと、こんな緊急事態を繕って、奮起したセナにそれを試させようというお師匠様なのか? だとしたら…こんなにも動かないまま、ただただオロオロしていた彼である現状へ、
『とっとと探しに来んかいっ!』
 そんな風に怒鳴りつつ、キィイ〜っと眉を吊り上げて、とっくに戻って来ている筈だろう。
"お気の短い方ですからねぇ。"
 怒ってるお顔の方が多いのではなかろうかと思うくらい、手際が悪いとすぐさまプチンとキレてしまわれる方だという印象が、最初の1カ月で城中に浸透してしまったほどだから…推して知るべし。
(笑)

  「蛭魔殿も、その咒とやらでお空へ昇って行かれたのですか?」

 ここから見えないほどにも高い天空へまで上がれるとは、さすがは名にし負う"金のカナリア"殿だと、感心半分に伺えば。
「いいえ。」
 セナ王子はふりふりとかぶりを振って見せ、
「何でも、ボクの"力"はどう暴発するか分からないそうなので、それを制御するのにはどれほどの力があっても足りないくらい。なのでと、蛭魔さんは咒を発動なさらず、桜庭さんが真っ白な鷲に変化なさってその背に乗られて飛んでゆかれたのですが…。」
 懸命に詳細をご説明下さったセナ様のお言葉に、

  "…はは〜ん。"

 高見さんが…何にか感づかれた模様。
「一体どうなさったのでしょうか。まさか…誘拐とか襲撃とかに遭われておいでなのでしょうか。」
 だとしたら、こんなところで じっと待っていてはいけないのでしょうかと、再びオロオロし出す王子に、
「大丈夫ですよ。」
 にっこりと。それは頼もしく笑って下さって高見さんで。
「あの大魔導師様を誘拐出来るような魔物がそうそう出現する筈がありません。第一、桜庭様もご一緒してらっしゃるのでしょう?」
「はい…。」
 切りつけてくるような鋭さをたたえた、いかにも鮮烈な容姿の蛭魔さんとは打って変わって。亜麻色の髪をソフトに流し、笑顔を絶やさぬ瑞々
みずみずしい見目のそれは柔らかな、こちらは…いかにも優しい印象のある白魔導師さんであるのだが、彼もまた 名にし負う高名な魔神の生まれ変わりとかいう特殊な身の上でいらっしゃり。それがために内容している咒の力は無尽蔵だそうだし、殊に大切な妖一さんの身に関わることへなら、他を見切って鬼にだってなれてしまえるというくらい思い切ってるお方だそうで。先の騒動の時にそういった素養を遺憾なく発揮した彼らであったことはまだ記憶にも新しく、そんな彼らの身に危険が迫っているとはどうにも考えにくいでしょうよと、聞きようによっては随分なお言いようにてセナ様を宥めた高見さんであり、
「ささ、お部屋へお戻りなさいませ。そのうち、二人ともけろっとして戻っていらっしゃいますよ。」
 優しく微笑んだまま、殿下とその従者とを室内へと導きいれようとしかかったその時だった。

  「…っ。」

 何かの気配を察したらしく、ずっと跪くようにして控えていた進が表情を硬くして立ち上がり、

  「………あ。」

 それに気づいて…彼の視線が固定されている空の方をと見やったセナ様と高見がほぼ同時に視野の中へと捕らえたのが、

  「鷲…?」

 青空にいや映える健やかなる翼をゆったりと広げて、大きな大きな純白の大鷲が1羽、こちらへと滑空してくる。その聖なる色調とは裏腹に、雄々しき脚に植わった爪やクチバシの鋭さが恐ろしい、正に猛禽ではあるものの、

  「…わっ。」

 バルコニーへと軽やかな羽ばたきとともに舞い降りたその途端に、しゅん…と白い閃光が周囲にほとばしり。それが収まった後には、

  「桜庭さんっ!」

 2時間も前に見送ってからこっち、彼らがずっと待っていた、優しい容姿に柔らかな物腰の白魔導師さんがその姿を現した。しかも、桜庭のまとう明るい色合いの道着の懐ろ、これもやはり桜庭の羽織っていた白いマントにくるまれて、大切な宝物のようにその痩躯を腕の中へと抱え上げられている人物がある。少しばかり身を丸めるようにしている様子が どこか力なく。いつもなら 過ぎるほどに溌剌としていた、それはそれは闊達な彼には、珍しいまでの憔悴振りにも見えたものだから、

  「…蛭魔さん?」

 普段は陶器のように冷たくも真白き頬や、油断なき冴え冴えとした眼光をたたえている筈の目許が、何故だか…ほんのりと朱に染まっており。


  「お加減がよろしくないのですか?」

  「////////


 お熱でもあるのではと、だからお帰りが遅かったのですねと…邪心なく心から案じているらしきセナからの声に、常のように威勢よく怒鳴り返すでなく、ますます頬へと血の色を上らせた魔導師様。何とも応じようがないと、身を縮めるようにしてもそもそと、お顔を桜庭の胸元へと伏せて隠してしまった彼に代わり、

  「ちょこっとね。外で"具合"が悪くなったの。
   だから今日は、お勉強もここまでにしてあげてね。」

 屈託のないお声で桜庭がそうと言い、しかも…少々強い眼差しにて まじと見据えられてしまったため、

  「あ、はい。」

 プライベートだからと踏み込むことを拒絶されたような気がして、セナもそれ以上は言及出来ず。それでも、無事でおいでならそれで十分です…と、やっとのこと小さなお胸を撫で下ろして見せたのであった。






          ***



 その日の宵になって。二人の魔導師様たちに割り当てられたお部屋を訪れたものがあった。もう一人には同座させたくはなかったか、室内に導きいれたくはないらしかった桜庭が誘う格好にて、庭へと場を変え、

  「…一体、何があった。」

 どこまで本当に"不明"なままなのか。そうと訊いたのは、言葉少ななまま ずっとセナの傍らに控えていた進であり。早々と眠りについたセナを見守るお役目があるのに、今だけ…高見に任せて大切な主人の傍らから離れたのは、どうしてもきっちりと確かめておきたかったからだろう。とはいえ、

  「別に話しても良いけれど。
   君はともかく、ご心配下さってるままなセナ殿下には、
   事細かにかみ砕いて説明しないとまだ分からないんじゃないの?」
  「………。」

 そこは不器用な彼だから。桜庭が言う意味合いの方は珍しくも分かったらしいものの、それへの抗議抗弁というのを巧妙な物言いで素早く返すなんて出来なくて。已なく言葉を呑んだ進に対して。悪びれないままな態度を保っていた桜庭は、だが、

  「不敬な物言いは詫びる。それと、今日のは確かに調子に乗り過ぎた。」

 一転して、神妙な声で自分の非を詫びて来た。

  「セナ様がどれほど心配なさったかも分かってる。
   でもさ、いくらしっかりした作りのお城の広いお部屋をあてがわれてたって、
   時々は誰の目もないところで息抜きしたくもなる。」

 わざわざの監視なんて勿論のこと されてはいないが、それでもね。警備上の都合で、何処にいるのか、誰といるのか、いちいち挙動を把握されているのは、元来の性分が奔放な彼にはたいそう窮屈なのだろう。ましてや日頃の蛭魔はずっとずっとセナの教育にかかりっきりで忙しい。自分にとっては何にも替え難い愛しい人なのに…という想いもつのってのこととはいえ、大人げない我儘には違いなく。少しばかり肩を落とし、小さな吐息を洩らした美形の魔導師は、

  「これだけは理解して。今回のは、妖一には科
とがはない。」

 この自分が突発的な悪戯心から無理から攫うようにして、彼を城から遠いところまで引き離して連れ去ったのであり、すぐに戻らなかったのも、
「妖一はただ、僕の意を酌んでくれただけなんだ。」
 決して惚気ではなく、真摯な瞳で。白魔導師さんはそうと言い切った。悪ふざけはよせと撥ね除けようと思えば出来ないことではなかった筈で、自力で城まで戻ることだって彼には簡単なことだったのに。無理からその身を攫い、凌辱にも近い格好で挑みかかった自分をそのまま受け入れてくれたのだとか。
(おいおい…。///////)

  「あれで、妖一は優しい子だからね。」

 攻撃的で果敢な、いかにもな乱暴者のように振る舞っているが、心根は優しいし思いやりもある。情況を読む力もあるし、それ以上に人の想いを汲む感受性だって豊かで、ただ。ついつい賢さが勝ってしまって、合理的な答えというものも無視出来ないものだから。無視は出来ない現実というもの、誰もが恐れて言えないなら自分が買って出てやろうとしてのこと。感情を廃したような冷たい言動が出たり、その結果として言葉が足りなくて誤解をされたりしやすいのだと。その誤解が歯痒いらしく、切なそうに眉を寄せる桜庭で。

  「だが、あのような羽目外しが重なっては、
   ますますのこと、セナ様のご学習が遅れてしまう。」
  「…そうだよね。」

 手短な進の言いようの真意も、桜庭には重々と分かって…ますますのことその頼もしい双肩を縮めて見せた。きっと妖一さん本人からも、柔らかな髪を綺麗な手で撫でもって、やんわりと叱られたに違いない。早く二人っきりに戻りたいなら、ホント、本末転倒なことをしましたと。苦笑と共に反省して見せる白魔導師さんだが、

  "………。"

 ふと。その表情豊かな目許をやんわりと細めると、

  「………ねえねえ、もしかして。」

 警備のためだろうか、小さな火が灯された灯籠の光がかすかに明るいだけな、初夏の庭園の夜陰の中。ほとんど表情の動かない偉丈夫さんへ、そろりと小声で囁きかける。


   「君もセナくんと早く二人っきりになりたいんだったりして?」
   「…っ。////////


 今度の絶句は、その息の引き方にも狼狽の色が濃くて…おやおや、分かりやすい人だこと。
(苦笑) 戦いにおいては相当に鉄面皮な鬼神様も、慣れぬことへは随分と初心なもんである。

  「判ったよ。
   君の願望のためにも、勿論、僕自身の願いのためにも。
   セナ様のお勉強の邪魔はしません。いい子でいます。」

  「………。///////

 何だか妙な問答ですが、聞いていたのは…辺りに咲き誇る薔薇の花たちだけ。初夏の緑と呼応して、こちらも艶やかに開いた花々の存在感が、秘やかに、されど華やかに立ち込める甘い夜。擽ったい微熱を孕んで静かに静かに更けていったのでありましたvv





  〜Fine〜  04.6.15.〜6.18.


  *これもまた"Web拍手"のしゃれ劇場に使おうと書き始めたんですが、
   途中からそっちに使うには結構な量となったので、SSとしてUPしました。
   …こんなんばっかですね。
とほほん

  *あの寒村に戻るつもりだと表明したものの、
   セナ王子、まだちょこっと"咒"のお勉強が必要なので、
   王城の王宮内に引き留められている模様でございます。
   そして、自分の本能に忠実な(おいおい)桜庭くんのみならず、
   生真面目な騎士様も、実は…愛しい人と早く二人きりになりたいらしいですvv

   …城から出てった話に至ってしまうと、
   4人揃ってるお話は書けませんし、高見さんも出せませんのでね。
こらこら

ご感想はこちらへvv**

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