ボクの中の大切
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 


 いくら春が間近いと言えど、この時期の早朝の空気は殊の外に冷たくて。まだまだ曇りがちな色合いの日が多い、北国特有の低い空が、凍るような黎明の青から明け切らぬ時間帯。それでももう起き出している人は少なくはなく、


   ――― しゃりんしゃん、じゃきり、がしゅ・しゃりん…と。


 冴え冴えと冷えた空気の中に散っては響く、涼やかで冷ややかな金属音が、人の気配のほとんどない殺風景な室内を満たしている。大きな窓があるせいか、明かりは灯さぬままの寒々とした広間に満ちるは、対峙している二人分の足さばきや所作の音と、激しくも間断ない剣撃の音。小気味よく擦れ合う音の狭間、不意にトーンが競り上がって来ては激しい攻撃の意を示して一気に放たれるのは、間近に競り合い、渾身の一撃同士の叩き合いになって剣と剣が強くはぜる衝撃音で。リズミカルなそのテンションが依然として落ちないで続いていることが、そのまま、双方ともにまだまだ体力も集中力も落ちてはいないことを物語っている。
「哈っ!」
 大胆にも力強く、相手の懐ろ目がけて深々と斬り込めば、手元の鍔にて受け止められて、迫った間合いを押し返されて。
「呀っ!」
 そのまま…踏み込みながらの一撃が返って来て、素早く切っ先が宙を薙いで見せるのへ、攻撃の疾風を間一髪で躱した先にて呼吸と態勢を整えて、次の凌ぎ合いへと意識を切り替える。単なる手合わせの“習練”だからと、お互いが手にしている剣は刃を潰してあるとはいえ。重みは真剣と同じだし、西欧流の剣術は元来、刃にて相手を“斬る”のは二の次。殴り倒して突き刺すのが基本なので、練習だからと気を抜けば たちまちどえらいことになる。
「立ち合いで鋼の剣を使う時は、習練であれ楯を持つもんなんじゃあないのか?」
 体の動きを見るための棍棒を使う素振りや立ち合いでなし、且つ、がっつりと重い鎧をまとうんじゃあないのなら、それもまた“どえらいこと”にならないようにという基本だろうによと、奥まった一角の頑丈そうな柱に凭れ、ぼそりと不審げに呟いた咒のお師匠様だったが、
「彼らほどの手練
てだれになると、いろいろ彼らなりのセオリーってのがあるんだろうさ。」
 そんな蛭魔へと桜庭が苦笑混じりに応じてやる。特に声を潜めてはいない。むしろ ぼそぼそとした声では通らないだろう喧しさであり、互角の斬り結びは双方ともに衰えを知らぬまま、ますますと伯仲して来た模様。そんな中で、

  「………あっ。」

 細い声にての悲鳴が思わずこぼれたというような頼りなさにて上がったのは、高々と振り上げられし雄々しき腕で、上段から振り下ろされた剣の一撃がとうとう決まったかと、その声の主へ思わせたからだろう。………だが。
「…っっ!」
 それを自分の剣の根元で受け止め、剣撃に乗っていた剛力の勢いを脇へと受け流しつつ躱すと…先程までのように突き返さずに釣り込んで引き寄せて。無防備にも空いた格好になってしまった脇腹へ、素早く引き込んで構え直した剣の切っ先が………。
「…まいった。」
 楯によるフォローがあったとしても間に合わなかったろうほどの、それはそれは素早い剣さばき。ただただ体力膂力にまかせて闇雲に剣を振り回してしまっては、効率も悪いし隙だらけになるのがオチであり。経験値の高い剣士は体に染ませたものとそれから、これもまた“蓄積”から割り出す洞察によって、切り込んだ最初の太刀を相手がどう躱すか、それを追っての次の太刀で相手をどこへどう釣り出すか。そういった先の展開までもを想定した上で、展開を見切った攻撃を繰り出すものなのだそうで。一瞬の遅れが命取りになるよな激しい戦いの最中にあっては、そのほとんどは反射的なそれとして織り成される代物であり、
“それでもサ。ほんの一瞥で相手陣営の構えを見極めて、数人が相手なら…最初の一手でこいつとこいつを左右に薙いで、下がった切っ先ギリギリでこいつを捕らえ、通り過ぎた太刀を返しつつ残りのこいつの脇から跳ね上げてフィニッシュ…っていう段取りを瞬時に固めて。しかも、それへと体がまた しっかりとついていくんだもんね。”
 全てを一瞬でこなせるんだから、大した反射なもんだよなと、白魔導師様があらためて“うんうん”と感慨を込めて唸っている。舞台が舞台だったなら、超高速演算装置にて制御されている先進のコンピューターさえおっつかない、瞬時という速度で“認識→解析→対応→作動”を処理出来てしまう、人間の認識統合力と反射…脳のシステムと経験値の蓄積の恐ろしさ、というお題がつくところかと。
「連敗記録ばかりが伸びてゆきますね。」
 こんな早朝の手合わせにしていただいて助かりましたよ、でなければ部下たちへ示しがつかないなどと冗談めかして言う連隊長さんだったが、完全に平和になってからその地位に任じられた訳ではない。戦乱の最中から既にその役職にあった、つまりはそれ相応に凄腕な筈の彼をして、こんな隙を作らせてしまったほどの、鋭さと素早さ。そして…よくよく練られた剣技の奥行きの物凄さよ。勝敗がついたということで互いの緊張感を解き、剣を引いて一礼を交わし、広々とした剣技用の道場の、中央部から窓辺へと戻ってくるお二人さん。背もたれのない長椅子のようなベンチが幾つか据えられてあり、それらの傍らには、シンプルだが頑丈な卓があって、清水を満たした壷とカップが伏せられてある。ほのかに呼吸が乱れている彼らなのは、単なる習練とは言え、真剣本気な集中にて対峙し合っていたればこそ。数年来の戦乱も治まっての平和が訪れていても、職務として剣を携帯している若者たちを統率している連隊長さんが、連敗し続けているようなお相手さんといえば、
「…進さん。」
 立ち合いを見やっているその間のずっとずっと、掻い込んだ胸元でその小さな手に握り締めていたタオルを、セナ王子がおずおずと差し出した人。仄かに汗を滲ませていた精悍な横顔から、対峙の間中に 漲(みなぎ)らせていた緊張感をするすると解きほぐし、表情の薄いお顔のままながらも目礼をしてタオルを受け取った、セナ様付きの護衛官、進清十郎さん、その人で。王族の一員であるのみならず、陽白の眷属“光の公主”という神々しきお立場のセナ様をお守りする、唯一の存在たる“白い騎士”。
“そんな大役だってのにたった一人で十分だってのは、まま判らんではないよな。”
 今発揮されたばかりの剣の腕前のみならず、弓に格闘、騎馬の早駆けでも歴代の記録に名を連ねているほどの優れた武人であり。また、そんな武骨な男なら、さぞや気の利かない朴念仁であるのだろうと思われるところだが、
「…お寒くはないのですか?」
 このようなところにお出でいただいてという恐縮半分、残りは寒がりな主人への心配に深色の眸を曇らせるような、事がセナ様の話に限るのならば、十分すぎるほどに…頑迷さを粉にしてまろやかな融通さへと転じさせるような気遣いがこなせるようにもなって来た青年剣士であり。そんな憂慮へ、
「大丈夫です。」
 ゆるゆるとかぶりを振ったセナ様には、
「こいつが寒さ除けの咒をかけてやったからな。」
 亜麻色の髪の白魔導師さんを指差して“心配はいらねぇよ”と何故だか自分が胸を張る、金髪の黒魔導師様。こちらさんも…見かけの過激さや言動の乱暴さを裏切って、それはそれは過保護な後見人であるという、相変わらずの相性をしてらっしゃる皆様なのだが、今更なご紹介はともかくも、

  「こんな時間帯に鍛練を積んでいたとはな。」

 ほぼ一日中をセナ様の傍らにて過ごす護衛官殿。さっきも述べたがいくら平和な時勢になったとて、要人に護衛は必要で。悪意を帯びた刺客ばかりではなく、例えば災害や事故に遭われた時にも、その御身をお守り奉らねばならないからで。そのためには、楯になれるだけの体力膂力や集中力に、鋭敏な勘と反射神経と、それからそれから。対人関係における要領や世辞は多少下手くそでも構わないから、いざという場で主人を守れるだけの“臨機応変”が素早くこなせなければならず。そのためには、心身共に鈍
なまらせるようなことがあってはならない身でもあったりし。一体どこで何時、その鋭利な気勢と腕のほどを保つための研磨をしいている彼なのかと、常々 不思議だった後見人さんであったらしい。
「しかも相手は近衛隊長。こんな贅沢な手合わせはねぇよな。」
 何たって、現在の王城キングダムで一、二を争うとまで言われている剣の使い手にして、部隊の若い衆たちを相手に、その剣術の指南役まで受け持っている専門家。平和な時代ならそれなりの、精神修養や集中の向上という方向での指導師範を務めているというから、それはそれは優れた剣士様である高見さん。そんなお方を手合わせの相手にとし、しかも全くの負け知らずで居続けるとは。
“そうまで始終 張り詰めてやがるのか…。”
 セナの傍らにある時は勿論のこと、その身の反射を研ぎ澄ます習練の時でさえ、一分一秒でも無駄にはすまいと、伸びるものならどこまでも高みへ至るのが目標であるらしき彼だというのが…それほどまでに集中している彼であるというのが伺い知れる。簡単に髪や額の汗を拭い、着替えて来ますと道場奥の小さなドアへと向かった彼の、大きな背中を見送っていたセナへ、
「ほら。俺らも部屋へ帰るぞ。」
 こんなところで待ってても寒いばかりだろ、進だって心配するぞと促して。まだ随分と静かな城内の、通廊側へと出る大扉へと向かった“見学者”たちであった。








            ◇



 一般的に剣の総称というと“ソード(sword)”だが、騎兵の持つ剣は“サーベル(saber)”と呼ぶのだそうで。そんな呼び分けにでさえ、いかにも…戦う人が実践の場で奮う専門的な武器なのだという生々しさのようなものを感じてしまう。進は高見さんのすぐ前の代の“近衛連隊長”だったそうであり、先の内乱が本格的にならんとしかかっていた発端の頃に、邪妖にその身を乗っ取られていた王妃を疑ったことから国を追放されたとか。その後、セナやその母である側室アンジェリーク様の行方を捜しながら、大陸のあちこちを渡り剣士として放浪。そんな中で様々な流派の剣術も見て来たせいか、
『進の剣術には、東洋流の独特な傾向も含まれていますね。』
 西洋のそれが、先にも述べたような重たい剣で“殴って突き刺す”ものならば、東洋の剣術は、鋭利な刃で“斬って捨てる”ものが主流。三日月のような薄刃の青龍刀や、細身なれど鍛鉄で拵えて切れ味は抜群の和刀しかりで、そういや日本の武具には、鎧はあるけど“手持ちの楯”ってのはあまり見ませんよね。肉を食べてる西洋人の基礎体力ってのはそんなにも違うのかなぁ? …って、それはともかく。

  「…進さん。」

 体を清め、すっかりと着替えてから、セナ王子の居室へと戻って来た護衛官殿は、窓辺の椅子から立ち上がって迎えて下さった小さな殿下へ、その胸元に右の手のひらを伏せ、丁寧な一礼を示した。
「すみません。」
 お起きでいらしたその傍らに、ちゃんと控えていなかった不心得を詫びている彼であるらしく。無論のこと、
「そんなこと…。」
 彼の職務を“そんな程度”と軽んじるつもりはないけれど、今朝の場合は…セナが勝手に早起きして進の習練の様子を見たいと思っただけのこと。それへまで進が詫びることはないと、かぶりを振った王子様。伏し目がちになったままの剣士様の傍らへと寄ると、
「どうかお顔を上げて下さいませ。」
 懇願を込めたお声をかける。いつもいつも必ず“一線”を引いてしまわれる進さんが、セナには時々歯痒くて辛い。彼は自分で言った筈なのに。あの、緊張の連続だった邪妖との対決という修羅場の中で、この王城キングダムの間近まで辿り着けた晩のこと。セナのことをセナとして…自分が仕えるべき王家の人間だからではなく、セナだからこそ愛しいと、守りたいと思ったと、そうと確かに告げて下さったのに。なのに…平和が戻っての安寧の中、彼はといえば…間近にいてこそくれるものの、いつだって一段下がってセナを見ている。一歩引いたところでセナを守ってくれている。そうした方が広く周囲に警戒の目を配りやすいのかもしれないが、セナ自身からまで遠ざかっているのは、明らかに彼がそこへ“身分の差”という境界線を引いているからだと思えてやまず。
“…こんなことなら。”
 やっぱり自分は王子になんか戻りたくはなかったなと、時に そうまで思うセナだったりするらしい。何も知らないままで…あの小さな寒村にいた時のように、セナの側から甲斐甲斐しくも世話を焼き、寡黙な進さんが恐れ入りますと、すまないなと小さな会釈を向けていて下さった頃に、出来るものなら戻りたい。今だってそう。そっと手を伸ばしてお顔へ触れようとしたら、こんな下賎なものへ触れてはなりませんとでも言いたげに、僅かながら すっと身を引いてしまわれる。………とはいえ、
「………。」
 それへと切なげなお顔をなさるセナ様だと気がつくと、何を思い出したか…今更ながらにハッとして。それからそれから、彼なりの逡巡だろう、落ち着きなく視線を泳がせた末に、
「………あ。///////
 大きな手のひらを伸ばして来ると、セナ様のやわらかな額髪を そおと梳き上げてくれる進さんで。
「すみません。」
 さっきと同じ文言でも、今度のはね? 優しい響きのそれだから。自分を罰するお詫びじゃなくて、つれなくしてごめんなさいと聞こえて…素直に嬉しい。二人しかいない時だけは、畏
かしこまらないでくださいと、それこそ泣き出しそうなお顔になってお願いしたの、やっと今頃覚えて下さった進さんらしい。ぽふぽふと髪を撫でて下さる大きな手のひらの温かさも、いたわるような深色の眼差しも、間近にあってくれないと寂しいばかりな自分はまだまだ子供なのだろうか。進さんのこと、却って困らせているのかな?
「………っ。」
 離れてゆこうとした大きな手を、そっと捕まえて自分の頬へとあてがう。重たそうな剣を自在に扱っていらした頼もしい手。大きくて力持ちで、機能的にお仕事をこなす、大人の人の手。

  ――― こうやって触れてほしいと思うのは、いけないことなのかな。

 セナの助けをし、セナを守るためにと頑張って下さっている手だけれど。いつだって届くところに控えてて下さる、頼もしい手だけれど。決して求めては下さないのが、時に歯痒い。愛しいと言って下さったのに、だから守りたいのだと言って下さったのに。先の秋にだって…セナがドワーフさんの咒のせいで小さくなってしまった折に、心からの気持ちを込めての口づけをして下さった筈なのに。こんなにも傍に居ながら時々遠い人。それが切ないセナ様であるようだ。そして、

  “………セナ様? ///////

 それは一途な頑張り屋さんではあるのだけれど、根本的に繊細で可憐でいらして。そんな危なげなところを、力だけはあって頑丈な自分こそが守って差し上げたいとしながら、けれど。時折…不遜にも自分の両腕
かいなの中へと封じ込めてしまいたくなる愛しい人。やってみたなら恐らくは容易いことだろうだけに、自らへ尚の禁忌を強いねばならない。意識して身を引き、後方へと控えていなければならない。大切だけれど抱きすくめたい、守らねばならないけれど奪い去りたい、そんな“難しい相性の人”だから。自分にとっては初めて対峙することとなる、そんな魅惑や誘惑の香をおびた人だから。何につけ頑張ろうと、何だか方向違いなものへも決意の拳を堅く握り締めたくなる騎士様であるらしく。安寧の世には不要とされる剣術の腕前も、こんなものに卓越していたって偉くも何ともないと分かっていながら、それでもね? セナ様をお守りするためならばどこまでも高めたいと頑張れる、やっぱり不器用で一本気、生真面目なのが取り柄の、相変わらずな騎士様であるらしい。


  ――― 大切って色んな形があるみたいで、ついつい振り回されてしまうよね?


 自分にだけ正直でばかりじゃあいけない時だってあるのだし、相手が困るのなら、それってやっぱり“大切にしてる”って言えないのかも? 想う気持ちに疚しい陰りなんてないのに、ならばどうしてこんなに切ないのかと、お揃いの想いに同じほど胸を切なく絞り上げてるお二人さん。人を好きになるのって、性格や場合によってはこんなにも難しいことであるらしいです。


  「不器用にも限度があるよね。」
  「…お前はもうちょっと慎みを覚えた方が良いんじゃねぇのか?」
  「あ、ひっどーいっ。」
  「どさくさに紛れて抱きつくな〜〜〜っ☆」





  〜Fine〜  05.3.25.〜3.26.


  *今のウチのお話の中で“一番焦れったい二人”というと
   この人たちではなかろうかと思いまして、ちょっといじったらこの勢いです。
   一体どこが噛み合ってないのでしょうかねぇ?
   双方ともに引き過ぎなんでしょうかね?

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