人騒がせな闖入者 〜閑話 その3
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 
 今世に知られている世界中の大陸や島といった"大地"の中、最も大きなこの大陸の中で最も広大で強大なる自治国家が"王城キングダム"であるとされている。その首都である城塞都市の中央部には、この国の悠久の歴史を紡いだその中核、代々の王族の方々の住まう白亜の王宮があって。威容を誇る城郭の中には、優雅な尖塔そびえる見晴らしのいい楼閣もあれば、古今東西、外地のものまで様々に蔵書を取り揃えた巨大な図書館もあり。歴代の王たちのお抱え画家が描いた珠玉の名作やら、代々の姫たち王子たちを喜ばせた、細工の見事な工芸品を飾ってある広間もあれば、天使や天馬が戯れる彫像つきの天然石の泉水や、それは柔らかな緑の芝が果てしなく広がる開放感たっぷりな庭もある。

  「♪♪♪」

 梢の先に若い青葉の瑞々しく煌めく初夏。陽射しも目映く、風も爽やかに、それはそれは気持ちのいい季節ではあるが、でもね、同んなじこの季節、ちょこっと厄介なものもお目見えしたりする。

  「………?」

 朝の風に さわりと揺れたは、撓やかに伸びた若い枝。軽やかな足取りにて、ハミングしながらお庭のお散歩を楽しんでいたセナ殿下が、何げなくその下を通り過ぎたまでは良かったが、ふわふわの髪の上へポトリと何かが落ちて来た感触が。

  ――― 朝露かな? それにしては冷たくなかったけれど。

 髪の隙間を染みて来てひやっとするよな感触ではなく。見えない頭頂部へ小さな手を伸ばすと、やっぱりそこには髪とは違うものがある。無造作に摘まんで退けたそのまま、何だろうかと目の前へと降ろした………ら。





   「いやあぁぁあぁぁぁっっっ!!!」



 突然 立ち上がったこの絶叫に、テラスで優雅にもお十時のお茶を楽しんでいた魔導師様たちが勢い良く立ち上がり、すわ一大事とばかりの初速にて、彼
の人の傍へと駆けつけんとしたその脇を。

  「「え…?」」

 弾丸のような加速に乗っての前傾姿勢も勇ましく、そ〜れは真摯な表情を強ばらせてぐんぐんと追い抜いていったのが、

  「…今の、進だったよね。」
  「………ああ。」

 意外な人物だったがため、毒気を抜かれ、キョトンとして…ついつい立ち止まる。金髪痩躯の妖冶な姿に、峻烈華麗な麗しさをたたえた黒魔導師様と、やわらかい亜麻色の髪をし、青年らしい健やかなる美貌をたたえた白魔導師様。二人がついつい顔を見合わせ合ったのは、たった今 鳴り響いた悲鳴が、いつぞやの…妖魔との最終決戦の際、あの騎士殿の身にとんでもないことが起こった折に、セナ殿下がその悲哀の想いを振り絞るようにして放ったその悲鳴と全く同んなじだったからで。

  「進に何かあった訳じゃないの?」
  「らしいな。」

 だからと言って、じゃあ大したことではなかろうと片付けていい訳でもない。むしろ、彼が"馳せ参じる"状況であったということが重大で。専属の護衛官であるからという"義務"からだけでなく、あの男がそうそう簡単に"愛しき王子様"を自分の保護の外へ放り出す筈がない以上、

  "…何かしらの策謀か?"

 妖魔にとっては忌まわしき存在である"光の公主"たる御方。凄まじいパワーをお持ちではあるものの、今はまだきちんと制御出来ないでいらっしゃる修行中の身なればこそ、どんな魔手が伸びてくるやも知れないとあって。新たな危機を想定し、再び芝草を蹴立てるようにして駆け出した彼らだったのだが。

  「…っ☆」
  「な…っ!?」

 そんな彼らの向かわんとしていた先。広大な庭園の一隅に設けられてあった小さな木立ちの中から、緑の梢の重なる天蓋をばさばさばさっと突き破り、とんでもないものが"ぬう"と顔を突き出したものだから。彼らの足が…呆気に取られて再び停まった。

  「あれって…もしかして。」
  「………ああ。」

 何だか頭痛がして来たぞと。セナ殿下に魔法の"咒"をお教え奉っている"センセイ"が、金の前髪を掻き分けるようにして、その真白き額を指先で押さえて見せる。強いて言うなら…パセリの中から ぬぼうと頭と胴の半分ほどを突き出したアオムシ。そういう構図だったが、パセリの方が一応"木立ち"と呼んで差し障りがない規模の大きさだったから…推して知るべし。
「おいおい。」
 だってさ、あたしも苦手なんだもん。そんなもんをわざわざ細かく描写しろだって?
「威張って言うことかい。」
 まあね。
(ごほげほ) 柔らかい若葉をお食事中だったらしきアオムシさんが、どういう訳だか、物凄い比率の巨大化をして見せており。こないだのゴジラに続いて、今度はモスラですかい。(笑)

  「あ、失敬だな。あれはブルークリスタルドラゴン。」

 ファンタジーらしい優雅で高貴な竜に化けたんだのに突然変異した爬虫類と一緒にしないでよねと。こんな情況下であるにも関わらず、不服そうに唇を尖らせた桜庭の腕を掴んで、
「ともかく急ごう。」
 蛭魔が促す。
「チビが何かの弾みで…恐らくはビックリした勢いでデタラメに大きくしちまったに違いない。」
 大方そうだろうという経過は桜庭にもお見通しだったが、
「?」
 それでどうして、蛭魔がこうまで切迫しているのかが判らない。
「進が助けに行ったじゃない。」
 だから大丈夫でしょうがとあっけらかんとしている相棒へ、
「それが問題なんだっての。」
 も少し踏み込んで考えんかと、蛭魔は眉を逆立てて歯噛みする。
「進の奴は後先考えねぇから、たとえ 元は小さな虫であれ、チビを…殿下を脅かしたものだってことで、容赦なく切り捨ててるかも知れん。」
「あ………。」
 そこまで言われて、桜庭にも彼が何を憂慮しているのかがやっと判った。それは…あんまり"いい運び"ではない。虫ならいいのか?じゃあ犬や猫なら? 人が変化させられたものだったら? 卓越した手腕の持ち主である進の、研ぎ澄まされた判断力がそうそう極端だとも思えないながら、大切なセナを守ることの方をこそ優先するあまり、その感覚がどんどん麻痺していかないと誰が保証出来ようか。それに、後になって…繊細なセナが気にかけはしないか。ささやかでも命なのに、たかがそんなことで啄
ついばんで良いものかと。
「急ぐぞ。」
「うん。」
 まったくもって手のかかる"公主様"であることよ。
(苦笑)





            ◇



 柔らかな若葉を透かして降り落ちる、木洩れ陽のモザイクがきらきらと目映い木立ちの中。道着装束に懐く風を振り切るようにして、ざかざかと急いで駆けつければ、山のようにでっかいアオムシの城壁のような胴を前に、身体の前面へと正眼に構えた剣を楯に、大きな背中へセナを庇っている騎士の姿がやっとこ見えるところまで追いつけて。

  「ったく。何しとんだ、お前はよ。」
  「ふえぇぇ………っ。」

 師匠様から軽くながら"こつん"と頭をこづかれて、小さな王子様が肩を窄(すぼ)めた。何がどうなってこんなことになっているのか、彼にも重々判っているらしく、
「大体こんな咒はまだ教えとらん筈だ。」
「はい…。」
 苦手なアオムシとのご対面に驚いて、ぶんぶんと必死で振り回した手が…知らず何かの咒の印を結んでしまったものと思われる。よって、ご本人にも どんな咒を振るったのかが判らないらしい。よっぽどのパニック状態だったのだろうが、

  "もっと怖いものに育ててしまってどうするよ。"

 騎士様が駆けつけてくれたので何とか落ち着きはしたものの、ただ振り飛ばしたかったというだけのデタラメな手の動作がたまたま刻んだ咒であるがため、可哀想に元に戻してあげられない。
「払いのけようとして無闇矢鱈と撫でたりこすったりしたんだろ。そんで意味なくデカくなっちまったんだぞ?」
 自分の指先、何かが絡み付いたのを退けようと指同士を擦る仕草をして見せた蛭魔であり、
「あやや。///////
 すみませんと恐縮するセナくんは清純すぎて気がつかなかったらしいが、
「………妖一。なんかやらしいぞ、その言い方。」
 こらこら。絶倫大魔神様、脱線しない。
(笑) 噛みつきそうなお顔になった相方様からもしっかりと拳骨を頂いてから、さて。関係者一同が集まったところで、

  「正確な咒が判らんというのは厄介な話だな。」

 蛭魔がむむうと細い眉を顰めて見せる。
「掛けた咒を解いてやるのがベストなんだが、それが出来んということだからな。」
「そうだよね。近いものとか似てるものの解除の咒を唱えても、きっちりと効くとは限らないし。」
 この道のエキスパート二人が困ったなと口許を曲げている。
「どうにもならないのでしょうか?」
「いや、どうにかは出来るんだがな。」
 一番手っ取り早いのは、大きくなれという咒を解くのではなく、小さくなれという咒を改めて唱えるという対処法。元へと戻すのではなく、上から更に別の咒をかけることになるので、
"俺らの咒がそう簡単に解けるとも思えんのだが。"
 不自然を重ねること故に、あまり勧められるものではないという点がちょっと気になったお師匠様。炎を吐いたり毒素を蒔いたりするような、はたまた狂暴にも牙を剥いて人へ襲い掛かるような、いかにも危険な相手ではないことを幸いに。さてどうするかなという思案を始めんとしたその矢先、

  「………げっ!」

 彼らの頭上にかかっていた緑の天蓋が、めきめき・わさわさ…と一気に引き剥がされて。そのまま、ばりんばり・むさもさと軽快に咀嚼する気配が随分と高みにて続いている。

  「………見上げて確かめるのが恐ろしいが。」
  「うん。」

 お背の高い二人の魔導師様たちに挟まれていたセナ殿下には、そんな会話だけで状況をビジュアルに想像出来てしまったのだろう。

  「ひぃえぇぇ…っ。」

 怖いですぅと騎士様の広い背中にしがみつく。がたがたという震えがそのまま伝わったか、

  ――― っ!

 剣を構えた雄々しき腕や、セナを庇っている背に隆と張った筋肉が収縮し、瞬発力がぐぐいと溜まる気配が傍らの人々へもありありと届いて。

  「おいっ、進っ。」

 相手は罪なき…蝶々の子供だぞと。本気も本気、鋭く冴えた気を剣へと集約させている進に、ぎょっとした蛭魔が制止の声をかけているのが………見様によっては妙な案配。見苦しい虫なぞ、だんっと踏み潰しそうなイメージのある"乱暴者"で通っているお師匠様なのにねぇ。

  "ね? 優しいでしょ? 妖一ってばvv"

 ………呑気に惚気てる場合でもないと思うぞ、白魔導師様。(まったくだ)そうこうしている間合いさえ振り払い、その大きな手に構えられてあった大太刀"アシュターの護剣"を、覚悟の英断という意志を込めてだろう、じゃきりと堅く握り込んだ白い騎士様。切れ上がった鋭い目許や、頬骨の立った、男らしくも凛々しい、武神様のように厳つくも鋭い面差しをますますのこと堅く強く尖らせて。何物かへと向かう"気"を逞しいまでの剛さにて剣の切っ先へ集中させたかと思う間もなく、

  ――― 哈っっ!

 放たれた気合いに連なった一閃。まるで幻の如くに、白銀の鋭い光が稲妻のように宙を疾
はしり、次の刹那にはもう、大剣の刃は鞘の中へ音もなく収まっていた。その豪腕は確かに何かを切り裂いており、剣に込められてあった気概も見事に昇華されているのが導師様たちにはありありと判る。だが、

  "………何を斬ったんだ?"

 対象である筈の、壁のように大きな胴体までは結構な距離があった。彼ほどの剣の使い手であるならば、相手に切っ先を触れさせずとも…その剣撃の破砕圧だけで、対手を怯ませたり どんと突き飛ばしたりが出来るものであるらしいが。こうまで質量の大きな相手に、それだけで対処出来るものだろか。


   …………………。


 剣が鞘へと吸い込まれて、幾刻か。微妙な間合いが垂れ込めて。そして…。

  「…んん?」

 辺りの空気が震え始める。それが自分たちが向かい合ってた側からの震動だと気づいたと同時、

  「わっ!」「…っ!」「きゃっ☆」

 進以外の3人が、思わずのこと、腕や手で目許を覆ったのは、

  ――― ぱんっと。

 唐突に凄まじい閃光が弾けたから。音がしたのではないかと錯覚したほど、質量があって自分たちに叩きつけたのではなかろうかと身を竦ませてしまったほどのその光は、皆の瞼の裏を一瞬だけ赤く灼いてからあっさりと収縮し、音もなく消え失せて。

  「もう大丈夫ですよ。」

 穏やかな低い声が、心地良い響きでそうと言い、

  「………あ。」

 直接、そんな声を掛けられたセナ殿下がお顔を上げると、そこには何の気配もない。よくよく見回せば…足元に、かさかさと草の間を去ってゆく小さな虫を見つけられたかも知れなかったが、
"わざわざ探すな。"
 妖一さんから"やめとけ"という目配せをされて、桜庭くんが苦笑する。どうやらお見事に"咒"が解けたらしいのだが………それって、騎士様がやったってこと? 導師でもない、セナや蛭魔のような陽白の末裔でもない人なのに? 何が何やらとキョトンとする方々の中、

  「あ、そうか。」

 桜庭がぽんと自分の手のひらを拳で軽く叩いて見せて、
「?」
 小首を傾げたセナや蛭魔へにこりと微笑った。
「ほら。彼の剣には、咒を解く能力もあるんだよ。」
 持ち主への咒の影響力を打ち砕くばかりではなく、かつて…セナが封じられていた水晶珠の封印の咒を解いたこともあった護剣。
「あの時なんて、今以上にそんな心得なんかまるでなかったのに、それでも見事に咒を断ち切っちゃったんでしょ?」
 桜庭も居合わせはしたが、あいにくと意志には目隠しがされていたのでその眸で見た訳ではない。でもでも、それを彼がやってのけたからこそ、この四人が今ここに顔を揃えていられる訳で。



  「で。」
  「?」
  「そもそも何でまた、お前、このチビから離れてたんだ?」
  「セナ様へ失敬な物言いをするな。」
  「自分の力を制御出来ん未熟者なぞ、チビで十分だろうがよ。」
  「えと…すみません。//////
  「そうじゃないでしょ? 何でセナくんを独りで放り出してたの?」
  「あ、あの。それは…進さんが帽子を取りに行って下さってたんですよう。」
  「帽子?」
  「はい。ボクの苦手な虫が落ちてくるかもしれないからって…あの…。」
  「…ふ〜ん。」
  「なるほど。」


 騎士殿、そういう時はですね。あなただけが戻るのではなくて、一旦一緒に戻るのが一番の得策ですよ? 苦手なものがいるだろう場にセナ様をお一人でお残ししてどうしますか。それとセナ様も。畏れ多くも光の公主様への叱責などと口はばったいことではありますが、生きとし生ける者すべてを平等に扱わなくてはいけないのではありませんか? 大好きになれとまでは申しませんが(それだと別の意味で問題です)、妖魔相手のとき以上の扱いは可哀想というものですよ?

 ………と。

 例によって例のごとく、高見さんからまたまたやんわりと叱られてしまった、性懲りのない方々でございましたそうな。




  〜Fine〜  04.6.26.〜04.6.27.


  *これもまた"しゃれ劇場"に使おうとしかかったネタでございます。
   そんなせいでしょうか、
   このシリーズは『閑話』になだれ込んで以降、
   すっかりと"ギャグもの"に変身しつつあるような。
(笑)
   本編があまりにシリアスだった反動でしょうかね。

ご感想はこちらへvv**

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