夏至小暑
 

 沖縄では早くも梅雨が明けたそうで。発色のいいコバルトの海を背景に学生らしい少女たちが、ほっそりとした身にカラフルな水着をまとって互いに水を掛け合いながらはしゃいでいる浜辺の様子が、朝のニュースの中、画面いっぱいに映し出されていたっけ。それに比べて、東京の土曜の朝はどんよりと分厚い雲に覆われた空で始まった。それでも明るさはあるので、日中もしかしたら薄日が射すやもしれず、
『洗濯物、一応干してくけれど、出掛けるなら取り込んで乾燥機に放り込んどいてね?』
 夏はお盆があるので、出版の世界では暮れと同様に発行物の締め切りが前倒しとなるのだそうで。スケジュールがいよいよ詰まって来た兆候から、今週もまた土日出勤となってしまった母であり。父もまた、システムを止める訳には行かないからと平日モードの後詰め勤務。小学生の頃はまだ、瀬那の側が土曜が休みじゃなかったからピンと来なかったけれど、
"大変なシフトの仕事なんだな。"
 両親ともに働き者だなぁと、遅寝のパジャマのままで二人を見送りつつそう思った。それから…顔を洗って普段着に着替え、トーストを焼き、母が用意してってくれたサラダとロレーヌ風のハムエッグを平らげて、
「…さて。」
 今日はお昼下がりにお客様が来る。それを ほやんと思い出し、
「リビング、片付けとかなきゃ。」
 テーブルの上を片付けながら…自然とほころんできてしまう口許に気づきもせず、鼻歌まで出て来かねないくらい、それはそれは分かりやすい浮かれ模様の、小早川さんチの瀬那くんだったりするのである。



 春季大会が完全に終わってしまうと、野球やサッカーやその他のスポーツと違い、秋大会までは…インターハイや国体、ユース選手権はおろか、これという公式戦も何一つないのが、今のところの日本の高校生アメフトの世界。よって、部活の方は"自主トレ&合宿、時々 交流試合"モードに入っているのだが。それはそれとして、学業の方では来週にも期末考査が始まる。それを終えたら夏休みに突入、逆に言えば、それが一学期最後の関門でもあって、成績如何
いかんで夏休みへ食い込む"補習"が待っているのはどこの学校でも変わりない。
『そろそろそちらも試験なのではないのか?』
 自分の学校での日程が発表されたことでそれに気づき、自分の勉強はいつもの事とて気に留めず、その代わりのように気遣うようになった他校の後輩さんへ、それと訊くよなメールをくれた進さんに、つい…その通りですと答えてしまったのが、週の初めのこと。
"ダメだな、ボクって。"
 それでなくたって今年の末から来春にかけて、大学受験が控えている進さんなのに。加えて言うと、彼の側から持ちかけて来た時は決まってこちらへわざわざ足を運んでくれる。結構な遠出になるのにと、それもまた気が引ける。だが、そうかと言って、彼のお家へ伺いますと言い出すのも…それはそれで図々しくて失礼なことかなと思ってしまうセナくんであり、
"如才がない人は、こういう時どうするんだろう。"
 どうにも中途半端にしか気が回せない自分を歯痒く思う。まもりお姉ちゃんに今度聞いてみようかな。でも、お姉ちゃんはそれこそよく気がつくから、そんな人がいるの?なんて、罪のないお顔でにっこり微笑って訊き返されかねないな、と。そんなこんなグルグル考えてたら、
『明日が楽しみだ。』
 昨夜の遅くに、そんな短いメールをくれた進さんだった。セナくんがまたぞろ…遠慮から立ち尽くし、足元を見つめてもじもじと気に病んでいるのではなかろうかと、そうと推察しての気遣いに思えて。………某アイドルさんが聞いたら、
『それは考え過ぎだよ。こいつにそんな細かいところなんてないない。』
 ただ本心から"早く会いたいな"って思っただけのこと。まま、それをちゃんとセナくんへ伝えられるよになったのは進歩だけど…なんて笑われそうだけれど。それでもね、好きだよって、大切に思ってもらえているのがとっても嬉しくなって。だったら、こちらも進歩なくうじうじしてないで、嬉しいことへは嬉しいですって正直でいなきゃって、頭を切り替えた。
"えと、おやつは何にしよvv"
 こないだはコーヒーゼリーを自分で作ってみたんだっけ。甘くないようにっていう加減が分からなくて、お父さんの好みに合わせて作ったら。自分には苦かったけれど、進さんには丁度良かったみたいで。
"今日も暑くなりそうだから…うん。"
 朝ご飯の食器を洗い終え、手を拭きながら…閃くものがあったらしい。そのまま冷蔵庫へと手を伸ばすセナくんである。
"レモンのゼリーがあったから、あれを凍らせてシャーベットにしよっとvv"
 こらこら、お勉強がメインなんでしょうが。
(笑)



            ◇



 進さん本人は試験前の復習というもの、いつも大して手掛けないのだそうで。先
まえに、幾ら得意な分野でも、彼自身の試験とは丸きり範囲も違うことへの個人教授だからと、あんまり頻繁にお世話になっているのが心苦しくてつい、一度だけ話題にしかけたら、
『試験だ何だと慌てて取り繕っても身につくものではないのだし、日頃からの蓄積があるなら、そうそう恐れることもない。』
 よほどの自信があるのか、そんな言い方をしていたっけ。それに…自信がないというセナの助けをすることで、もしかして自分でも気がつかないでいた落とし穴が見つかるかもしれない。こんなに実のある学習はないだろう?と、理路整然と並べられては、
『…よろしくお願いします。』
 ペコリと頭を下げるしかなかったりして。そのお相手、進清十郎さんが視線を落としていたのは、その大きな手の中には頼りないくらいの、ファイルから外された一枚のルーズリーフだ。小さめの幼い字で数式が連ねられてあり、上から順番にそれらを辿っていた彼の視線が下の方で止まって。それから"うんうん"と頷くと、
「この公式関係はもう十分身についたな。」
 問題集から選んだ幾つかの例題を、制限時間内にきちんと解けたセナくんだったので、進さん、わずかながら眸を細め、よしよしと満足そうなお顔になった。途端にホッとしたように息をつき、
「試験範囲はその公式のトコまでなんです。」
 それへの"お墨付き"がもらえたので安心したのだろう、
「数学はずっと成績が上がって来ているんですよ? 先生やまもりお姉ちゃんにも褒められました。」
 にこにことそれは嬉しそうに、まるで擬音がそのまま音を立てそうなほどの笑顔を見せるセナくんだったものだから、
「…っ。」
 進さんには正直言って思わぬフェイント。男臭くて端正な顔立ちの"表情"そのものはあまり動かなかったものの、視線だけがゆらと動いて、あらぬ方へと泳いでしまう。
"…いかんいかん。"
 この少年の態度から、過ぎるほどの遠慮や物怖じがなくなって、もうどのくらいになるのだろうか。最初の頃は何故だか ひどく怖がられていて、それがそれでも少しずつ薄れた次には。純粋な"尊敬"というか"年上・先輩"に対するお行儀や礼儀というものが、頑強なプロテクトをかけているかのように、どこか堅苦しい態度として彼の言動に必ずついて回っていた。それが…ほどけてくれたのは、いつ頃からだったろうか。寒いからつい、身を寄せ合ってしまった冬のころ? それとも、寒を耐えて春を待つ、梅のほころびを観に行った頃のこと? 互いの間の"垣根"のようなものがどんどんと低くなり、それにつれて、素直に伸び伸びと振る舞ってくれるようになったのは嬉しく思うが、そうなると。彼の持つ魅力の中の、可憐で幼
いとけない部分や、柔らかで無邪気なところなどがますます浮き上がって来てしまって、その結果、眩しすぎて正視出来ないくらい、な、状況を招いてしまっている始末。
「???」
 どうかしましたか?と、大きな琥珀色の瞳を見張ってかすかに小首を傾げる仕草がまた、何とも愛らしい彼であり、
「いや…。」
 声まで強ばりかかった口許へ、やわく握った拳を当てて"何でもない"と誤魔化しながら、
「数学はこれで良いとして。」
 足元に置いていたのは自分が提げて来た紙袋。その中から、姉から譲られた参考書を引っ張り出す。
「物理の方にかかろうか。」
 途端に、セナが"うにゃ〜"と眉を下げて、何とも言えない情けないお顔になった。数学以上に苦手であるらしく、だが、進にしてみれば、
"………。"
 誤魔化し切れたかなと、安堵の吐息をそっとこぼせる間合いになった。
「試験範囲はどこなんだ?」
「えっと…。」
 市販の参考書と教科書では、扱う順番が違っていて当然。セナの側でも一応は、必要だろからと用意していたらしくって。テーブルの端に積んでいた教科書の中から、いかにも素っ気ないデザインの表紙の"物理"の教科書を取り出して。
「落下とか振り子の運動エネルギーのところだったと思います。」
 ぱらぱらとめくっていたその時だ。二人がいたリビングルームの片隅で、突然自己主張を始めた機器がある。
「あ…。」
 ちょっとすみませんと会釈をし、立ち上がったセナがパタパタと向かった先では、壁際に据えられた小卓の上に据えられた電話が、液晶ディスプレイをチカチカと光らせながら転がるような電子音を立てて鳴っている。駆け寄った彼の小さな手が受話器を掴み、
「はい、小早川です。」
 会話を始めて、
「…あ、はい。いえ…母がいつもお世話になっております。」
 どうやら知った人であるらしいと分かって、肩越しに何となく眺めやっていた進は視線を手元へと戻した。しつこい勧誘か何か、セナを困らせるような輩からなら…と案じたためだが、メモを取り始めたくらいだから、知己からの伝言の連絡だったのだろう。手元には小さな字が連なったルーズリーフ。几帳面そうに見えて、だが、書き直しの消し跡だろう、別な数字の断片が妙に転々と残っている辺り、結構大雑把なところもあるらしいと分かる。小さな身体で、何につけ遠慮がちで、ちょっとばかり臆病な。そんな彼だからと、他のところまで同じ枠やカラーで決めつけてちゃあいけない。フィールドの上であれほど果敢なところを見せる彼なのだと、少なくとも自分は肌身で知っている。普段の生活の中では、ちょろっと声高に怒鳴られただけで跳び撥ねるほど萎縮するような子であるのに。ボールをがっちりホールドして駆け出せば、もう誰にも止められない。あの突破の速さや技術は、単なる"持ち前の素養"から発しているものではない。強い意志に支えられていればこそ、的確で安定感のある判断が出来るのだし、反射や機転に鋭い冴えが生まれもする。もう逃げないと、唯一自慢に出来る脚なんだからと、胸を張って頑張れるようになったんですと、心から楽しそうに話す彼を知っている。そして、
"………。"
 彼に関して、知る人が限られることを知る人間であるのが純粋に嬉しい。もっともっと、誰よりも沢山。どんな些細なことでもいい、彼を知りたいと思うようになったと気づく。アメフトに関すること以外へは、とことん寡欲で無関心・無感動で…とは一体誰のことなのやらと、知らず、苦笑がこぼれてしまう。
「すみません。」
 電話を切ってぱたぱたと戻ってくるセナに、肩越し、ちらっと視線を向けると、
「…あ。」
 それと同時、何にか気づいたというような顔になり、向かい合って座っていた元の位置ではなく、進のすぐ傍らへと寄って来る。
「???」
 大きなソファーにゆったりと腰掛けていた進であったが、堅い椅子ではない分、少しばかり体が沈んでいて、素早くさりげなく座位置を横にスライドさせて身を譲るということが咄嗟には出来ず、
「何か、糸が出てます。」
 まるで仔猫の一点集中よろしく、セナの注意はその"不審な糸"とやらに集中しているらしく、すぐ真隣りへ膝から乗り上がって来ると、
「取りますね。」
 厚みのある肩の向こうへ手を伸ばす。まるで…そう、腰高窓の外側のすぐ下の壁に引っ掛かった何かを取るような図を想像していただくと分かりやすいかも。大きな肩に身を寄せて、そこへちょっとだけ乗り上がるようにして、広い背中の真ん中辺り、Tシャツの襟から伸びていた細い糸屑へと手を伸ばす。
"………。"
 ソファー越しの向こうからかかれば良かったものを、いやいや、背中をくりっと向けてもらえば良いものを、こちらへ来かかっていたそのまま足を運んだセナだったがため、こういう体勢になってしまい、肩の上へと乗り上がった"小さな仔猫"に他意はないのだろうけれど、
"………。/////"
 こちらの肩口や首元へぐいぐいと押しつけられる薄い胸板や、鼻先にふわふわと揺れる、やわらかそうな猫っ毛。やはり薄着のTシャツ越しに伝わって来る、それらの温みと甘い匂いにすっかりと気を取られ、何を手伝えば良いのやら、身動き出来ずにいたお兄さんだったが、
「えと…。」
 目当ての糸を摘まんだらしく、自分の体を支えようとしてか、小さな片手がこちらの胸板の真ん中へと添えられるに至って、
"………。"
 ああそうかと。彼の身体がずり落ちないように、やはり小さな背中へ向こう側から手を回して支えてやることにした。これは、そうですね…よじよじと"お父さん登り"をしている、コヒグマくんとヒグマさんの図というところでしょうか。(by ぼのぼの。古すぎて、判る人いないって。/笑)ほんの数刻、セットアップ時の睨み合いくらいの間合いの後、気になっていたらしき糸屑をどうにか取り除けたらしいセナだったが、
「………あ。」
 肩先に支えていた背中が…微妙に小さく撥ねて、
「あのあの、ごめんなさい。」
 身を起こすと、肩のところからこちらの顔を見やって来る。
「くっついてた糸屑じゃなくって、ほつれてたタグの糸だったらしいんです。」
 そう言って"そろぉ〜っ"と見せたのが、メーカーのロゴが刺繍された小さな襟タグ。雑な機械縫いだったのか、その端の始末がほどけていたのを引っ張ってしまった彼であるらしい。よくあることだが、自分の服ではない。早とちりしちゃいました、ごめんなさいと、面目なさそうに首を竦めているセナくんへ、
「構わんさ。」
 どこのメーカーであるのかなんて、元より関心はないのだし。それよりも、
「………。」
 背中に添えた手もそのままに、じっとお顔を見つめると、
「…え? あ。」
 やっとどういう体勢にある自分たちなのかに、セナの側でも気がついたらしい。
「えと…。/////
 真っ赤になったそのお顔が何とも愛惜しい。いつもいつも自分ばっかりが恥ずかしがっていると、進さんばっかり余裕でいると、いつぞやセナくんはそんな風に思っていたが、そんなことは決してない。進さんだって不慣れで初心
うぶな"恋愛ビギナー"に違いはなく(ぷぷvv)、こんな風にぎゅうぅっとくっつけばドキドキもする。ただ…セナくんよりも先に状況把握をし、先にどぎまぎして、先に落ち着くだけのこと。膝立ち姿勢で進さんの肩口、ほとんど懐ろに転がり込まんという辺りに、自分からくっついていたセナくんは、だが、
「あの…。/////
 柔らかく細められた視線に宥められ、大仰にわたわたと慌てるタイミングを逸してしまった模様。時折、そう、どちらかのお家で過ごしている時にだけ、見せてくれる和んだ表情。切なくなるほど優しくて、まるで何にかのご褒美みたいに希少で、こちらからの視線を外せなくなる。まるで"魔法"みたいだなって見とれていると、
「………。」
 その眼差しがセナくんの眸をやさしくまさぐった…ような気がして。
"えと…。"
 そぉっと近づいて来たお顔に。あ、えと…と、予感するものがあって。恥ずかしくって うつむきかかったところを、こつんと、おでこに顎の先をくっつけられて。
「…あ。」
 それだけの仕草、合図でもって、素直に顔を上げちゃうようになってたセナくんでもあって。
"えとえと…。/////"
 こちらから手を添えたままになってる、進さんの堅い肩や広い胸板の感触。シャツ越しの温み。ドキドキと耳元で立ち騒ぐ鼓動の音。無意識にこくりと喉が動いた、そんな緊張を抱えたままで眸を閉じれば、柔らかで暖かい感触が唇に触れて、

   「………。」

 不思議と。この瞬間を境に、ああまでガチガチに固まっていた緊張は、驚くほどするするとほどけてゆく。互いに柔らかすぎる箇所だから、本当に触れているのだろうかと不安になるのか、確かめるように何度も唇の先で辿られ、それが擽ったくて、つい。小さく身じろぎをしたのをどう感じたか、こちらの背中を支えていた手に力が籠もる。そこから逃げ出されるのを恐れるような仕草。彼のような威容を持つ男にそんなものを感じてしまうほど、心はほどけて…至上の幸いを感じる刹那。
"………。"
 最初は手をつなぐだけでドキドキしてたのにね。いつからかなぁ、腕の中、抱きしめてもらって、それが気持ち良いって嬉しくなったの。深くて良い匂いのする懐ろの中は、とっても安心出来て、なのにやっぱりドキドキもして。それが…キスとか、してもらえるようになって。これって、守ってもらえるとか、庇ってもらえるとか、そういうんじゃないんだって思っても良いのかな。進さんからの"特別"の高みへと囲い込まれてくだけじゃなく、こっちからも"欲しい"って思って良いのかな。誰かと争ってまで誰かから奪ってまで、何かを欲しいって、そういえば思ったことない。でも…、

  「ん………。」

 漠然と巡らせていた想いも、やがては蕩けて…判らなくなる。わずかに離れた相手の唇。それが寒いと頼りない腕に力を込めたところまでしか…。



 気がつくと、頼もしい胸板の端っこへ、茹だったみたいな顔を伏せている自分。さっきまでの膝立ちではいられなくなっていて、進さんのお膝に横合いから乗っかっていて。髪を肩を、そぉっと撫でてくれている大きな手と、何も言わないまま、見下ろしてくれてる眼差しとを肌に感じる。
"えと…。"
 やっぱり顔を上げられない。だってまだ、こういうキスには慣れてない。唇から少しだけ浮いて離れて。頬を触れるか触れないか、かすかに伝って辿り着いた先。シャツの襟から覗いていた鎖骨の上へ、熱い何かが触れた気がする。でも…。触れただけの何かの痕跡は、今となっては探しようがない。
「…小早川。」
 いつまでも微熱に惚けていたものだから。さすがに心配になったらしく、進さんが声をかけて来た。どこかくぐもったような声だったのが、後にも先にも初めてのこと。はにゃ?と顔を上げると、どうしていいやらとそれは分かりやすく戸惑うお顔が見下ろして来ていて、
「………。」
 それをじ…っと見上げていたら、何だかもっと不安そうな困り顔になったものだから、
「…vv
 やわらかい頬、進さんの胸板のコリコリするとこへ擦りつけながら"くくっ"て笑ったセナくんで。小さな肩の震えにドキッと胸板がたじろいだのも一瞬、
「…こら。」
 何ともないのだと判って、少ぉし怒ったような声になった進さんへ、セナくん、ぎゅうぅっとしがみつく。幸せで幸せで、どうにかなっちゃいそうだなって思った。こんなに恵まれてて良いのかなって。もしかしたら…それが逆に不安になって、それで思わずしがみついちゃったセナくんなのかも。そんな心境を知ってか知らずか、
「………。」
 進さんの優しい大きな手は、セナくんの小さな肩や柔らかな髪を、さっきまでみたいにそぉっとそぉっと撫でてくれる。新しい季節はほんのすぐそこ。青葉よりも色濃い空が厚い雲間から見え隠れしている。去年は一緒に触れられなかった真夏の風や陽の光だが、今年は果たしてどんな風にやって来るやら。せめて翻弄されませんようにと、優しい想い人さんのお顔をこっそり見上げるセナくんだった。



  〜Fine〜  03.6.22.〜6.25.


  *夏休み企画まで秒読みということで。
   確認のために
甘いお二人さんを書いてみました。
   でも、意識すると何だか筆が進みにくいもんでして、
   締めが中途半端になったのが悔しい限りでございます。


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