花 時 雨
 



          



 春の雨には"菜種梅雨"とか"卯の花腐
くたし"とか、なかなか愛らしい名前が付いている。せっかく咲いたお花にかかって散らしてしまうから"無粋な雨だ"って意味があるんじゃないのかしらと、自分なりの優しい説明をしてくれた、一つ年上の幼なじみのお姉さんも、この春からは晴れて大学生になり、少し遠くの学校の教育学部へと通い始めている。
『今度はセナが受験生ね』
 部活もほどほどにしてお勉強を頑張りなさいね、分からないことがあったらメールとか電話で何でも聞いてねと、相変わらず瀬那へはとことん過保護な彼女であったのだが、どこへ進学するのかはまだ話してはいない。
"…だってサ。"
 一番最初に話したい人へ、まだ話していないのだもの仕方がない。決めたのはとっくの昔。進路指導が始まった去年の秋頃はまだどこか五里霧中だったところへ、ガンガンと説得を受けて…つい先日になってやっと決めた先。だから、まもりどころかセナの父親にもまだ伝わっていないかも知れないほどに真新しいお話なのだが、
"でも…。
 卒のない まもりだから、案外とセナの母親からもう聞いているのかもしれないなと、そんな風に思って…傘の陰で小さく苦笑する。朝から降り続くこぬか雨は、さあさあという淑
しめやかな雨音によって周囲の物音を包み込んでいたけれど、それでもね。
「?」
 そろぉりと見上げたお隣りさん。傘をわざわざ上げてまで…というのは何だか憚られるものだから出来なくて。傘の縁という庇が邪魔になっている限られた視野の中、彼がさしている黒い傘の柄を持つそれは頼もしい大きな手とか、ジャケットの胸元から下、あとは足元しか見えないのに…何でだか、
"えっと…。////////"
 ドキドキしちゃって頬が赤くなる。セナくんにはそれだけ存在感の大きい人だから仕方がない。新学期が始まってからは、双方どちらもばたばたと忙しくって。だから、ずっとメールのやりとりだけだったの。それぞれの新しい環境下に落ち着いてから、初めて逢うことになるんじゃないのかな。泥門の駅から乗ったJRの電車の中では、当たり障りのないことを時々ちょこっと笑い合いながら話していたのにね。こちらの駅について、やはり降り続く雨の中を住宅街に入って来て。こんな天気だからか、すぐにも人通りもなくなってしまって、ふと。静かになったなって意識してからこっち、何だかお口が回らない。ちらちらと、そこにいるのが間違いないことを確かめるように覗き見やるので精一杯で、ドキドキが邪魔をして何を話したら良いのか分からない。そうなると、お相手さんはすこぶるつきの無口だから、ピタッと会話がなくなってしまうのが………。
"あやや、どうしよう。///////"
 気まずくはないんだけれどもね。むしろ、セナには何もかもが嬉しくてしようがない。もう十分大人みたいに大きくて骨太く、何でも出来そうな進さんの手をこんな間近に見るのも、ストライドの広い長い脚のその歩幅に置いてかれないようにと、少しばかり急ぎ足になるのも、それもこれも久し振りで…嬉しくて。大好きなご主人様にお散歩に連れ出された仔犬みたいに、はしゃぐ気持ちがそのまま滲んで出ているに違いないお顔が、ずっとずっと ほやほやと緩んでしまって困ってる。

  ――― でもね。

 お互いの傘が邪魔になって、お顔が見えない進さんの方はどうだろうか。こういうのって退屈じゃないのかな。ボクって気が利かないからなぁ。大学の部活はランクも上がって何かと大変なんだろに、せっかく空いたお時間をボクなんかに分けてくれて…。どうでも ゆっくり休んでもらわなきゃいけないななんて、そんなことを思ってしまうセナくんだったところへ、

  "…あや?"

 ふわりと。セナくんの小さな背中に何かが触れた。雨の湿気を吸って少し重くなった、制服のブレザーの生地越しのその感触は。押すでなく、でも、ただ触れているのよりは少しほど…意志あっての力が籠もっているような。
"えと…。"
 そろぉって。今度は傘の縁を持ち上げるように外側へと傾けて、お隣りさんのお顔を見上げると。高さが違うことで重なった傘の下。ちらちらと傘越しに伺っていたこちらからの視線の気配に気づいてなのか、それとも…何につけこそこそとしてはいない彼だからなのか。穏やかな表情のまま、こちらを見やってくれている優しい眼差しに出会ってしまった。
"えっと…。////////"
 あのね、これって…進さんの方からも、こうやって逢えるのが待ち遠しかったよって思ってくれてるって事なのかな? 大きな手のひらを広げて、セナくんの小さな背中に触れてくれている。えとえと…//////と、真っ赤になったセナくんは。何だかご許可が出たような気持ちになってしまい、
「………。///////
 お返しみたいに、でも、こそこそって。やっぱり背中へと手を回して、進さんが着ているジャケットの裾を、小さな手できゅうと掴んでしまったのでした。ねえねえセナくん。さりげなく隠れて…のつもりかもしれないけれど。後ろから見たなら、二人の腕が交差して…十分と仲睦まじいシルエットになってますことよ?
(微笑)






            ◇



 久方ぶりのおデートは、あいにくの雨となったからではなく、昨夜やりとりしたお約束のメールの段階から"セナくんのお家にて時間を過ごしましょう"ということになっていた。進さんの所属するU大学のアメフトチームは、さっそくの春季リーグの開催を迎えており、週末の試合に向けての練習もきっちりと始まっているのだけれど。週の半ばからは"調整モード"に入るその上、新入生でありながら もう"準レギュラー"扱いということでベンチ入りの要員へと名前を挙げられてしまった進さんは、まだレギュラーではない一回生部員たちが日々の鍛練として基本の体力充填トレーニングを毎日こなしているのを横目に、レギュラーの方々と同じ"調整"をして体調を整えなさいと、監督さんから申し付けられている………のだが。まるでその場に立ち止まったら呼吸が出来なくなって死んでしまう回遊魚みたいに、それはもうもう練習好きな人だから、監視の目もなく放っておいたら苛酷な自主トレに取りかかることは間違いなくて。そんな本マグロな進さんを
こらこらよくよく知っているセナくんとしては、

  『じゃあ、明日はお逢いしませんか?』

 ボクんチ、誰もいないんです。独りでお留守番なんで、お勉強とか見てほしい…んですけれど。自分の側のそんな都合を持ち出して、お願いしますなんて言って甘えてみたりした。進さんは優しいから、きっと断れないに決まっていると。少しでも休んでもらおうと、そんな風に小さな企みを構えたセナくんだったのだけれど。…でもね、セナくん? 日頃は奥ゆかしいまでに大人しい子がそんなことを突然言い出すなんて、それはそれは判りやすい違和感満載の"我儘"ってことになる。そんな嘘を言って、自分から自主トレへの執着意識を剥がさせるつもりだなということくらいは、案外バレバレだったりして。いつまでも単純に"そうなのか"と丸のみしてくれている進さんだと思っていたらば、それこそ失礼に当たりますから気をつけなければいけません。……………あ、でもまあ、それもまた清十郎さんの側からの甘やかしということで、お二人の間のささやかでいじらしい愛情の現れ、外野がとやかく言うことではありませんね、うんうんvv

  「今、コーヒー淹れますね。」

 凍るほどにも冷たかった雨でなし、途中からはほこほこと暖かいほどだった帰途を経て。小早川さんチへと到着した二人。頬の赤みもまだ引かぬまま、セナがちょこまかとキッチンへ飛んで行ったのを見送りながら、こちらさんも慣れたもの。リビングの隅、マガジンラックに団扇と一緒に差し込まれてあったハンガーを手にすると、脱いだジャケットをそこへと吊るして、鴨居の縁へと引っ掛ける進さんであり。…良くご存知なんですねぇ。
(笑) その間にも、ぱたぱたぱた…とキッチンからどこぞへ、それは判りやすくも駆け回る小さい方のスリッパの音は、二階の自分のお部屋から駆け降りてくると、
「これ、羽織ってて下さい。」
 渋いグリーンのサマーニット地のカーディガンを差し出した。あのね、親戚のお兄さんが、セナが大きくなったら着なさいねってお下がりを送ってくれた服が結構あったの。親戚の中では一番じゃないかってくらい、とっても背丈の大きなお兄さんだったから、もらったは良いけど着れっこないかもと苦笑っていたのが、
「…わあvv
 ほら。セナには膝丈のワンピースほどもある大きなカーディガンも、進さんにはちょうど良いvv 先の冬辺りから進さんのお着替えにって使ってもらってて、従兄弟のお兄さん、重宝しておりますよ? ありがとうです。
「………っ。」
 セットしたコーヒーメーカーに呼ばれるまで数分ほど。その間にキッチンへ戻ってカップや何やと用意しようと思ったセナだったが、くるりと踵を返しかかったその途端。体の回りを揺れた小さな手を、素早く、そっと掴まえられた。こちらさんは…制服のブレザーを脱いだところへ、ソファーに放り出してたトレーナー生地の上着を羽織っており、着替える寸暇も惜しんでバタバタと、何ともお忙しい様子を呈して下さった可愛らしい子であったのだが。
「あ、あの…。////////
 これもやっぱり、進さんには気づかれていたこと。セナくんにとって、進さんは相変わらず眩しい人だから、傍らに寄るのにも"熱さまし"が必要なのだと。それで、ばたばたと泡を食ったように駆け回って誤魔化していたらしい。まま、判らなくはないことですよね。だって考えてもご覧なさい。どこぞの賃貸マンションのCMじゃあないけれど、最も気を抜きまくって日常を過ごす"自宅"という場所に、いきなり超有名なアイドルさんがオプションでついて来たらどうします? ………って、それだと桜庭くんという実例が超身近にあるから、この人たちには"例え"としては不適切だったかしら。
(苦笑) とはいえ、進さんの側にしてみれば、せっかく久々に会えた恋人さんなのに ちっともお顔を見せてくれないまま、逃げ回るみたいに振る舞われるのは詰まらない。ちょっとここへお座りなさいなと、捕まえてしまってもそこは無理もないこと。でもでも、
「えと…。////////
 だってね、セナくんが落ち着けないのもまた、仕方がないことなんですよう。大学生になった進さんは、さっきまで一緒だった蛭魔さんや桜庭さんに言わせれば"大して変わってない"そうだけれど、セナくんにとっては…えっと、その。////////

  "ますますとっても、大人っぽくなっているんだもの。///////"

 ざんばらで真っ黒な前髪の下。強い自負の光を含んで鋭角的な目許や、清冽なる意志の下にきりりと引き締まった口許も雄々しい、少しほど頬骨の立った男臭い精悍なお顔にも、肩や胸板も広い背中もそれはそれはかっちりと鍛えられ、成熟の頂点を極めんとしている屈強強靭なその体躯にも、重厚さのその上にますますの気魄がうっとりしそうな厚みで加わっているし。だのに…何て言うのかな。高校生だった間はね、まだどこかに…餓
かつえた自分に向けてのそれは厳しい禁忌的なところがあって。だからね、落ち着いた人に見えて、でも実は、抑え切れない躍動の生気にもあふれてる人でもあったのに。試合なんかでフィールドのこっちと向こうとに向かい合おうものならば、斬りつけて来るような真摯な気魄をセナへも容赦なく向けてくれた、剥き身の刃のような激しい人でもあったものが。それが今は…ちょこっと違ってる。おたついてるセナのことを"どうどう"と柔らかく宥めてしまえるほどに本当に落ち着いてて、でも。もう完成しちゃった出来上がったんだよと、頂点に腰掛けて達観してたり老成しているのではなくて。伸びやかな躍動の気配を上手に馴らして、ずんと余裕でいる進さんだって判る。
"だってさ。///////"
 セナくんが恥ずかしくて緊張しちゃって じたじたって慌てるのへ、前は進さんも一緒になって、どこか"困ったな"ってお顔をしていたものが。いつの間にか…引き寄せたセナくんの小さな体をそれは手際よくお膝に掻い込み、大きな手のひらでセナくんの頭をやわく鷲掴みにして。大好きだけれど近づくにはそれなりの熱さましが必要な、広くて深くて暖かな、進さんの懐ろへと…まだ首が据わっていない赤ちゃんを抱っこするみたいに、お顔を伏せさせてくれる。力加減が判らないからなんて言っては、誰かとこんな風に睦むこと、セナ以上に不慣れだったに違いない、あの進さんがだよ? 自分から引き寄せて、ぎゅううって抱っこしてくれてるんだよ? そんな中、
"…あ。//////"
 Tシャツと重ね着した木綿のデザインシャツのさらりとした風合いの下、

  《 大丈夫だぞ。先日に逢って楽しかった、あの時の続きなんだからな。》

 そんな風に。囁くみたいな心音が"とくとくとく…"って響いて来るのを聞いていると、進さんの…凭れ甲斐のある胸板の感触や、大人みたいな男臭い匂いのことも思い出せるから…。

  「えと…。//////

 愛らしい恋人くんが そぉっとお顔を上げて見せ、自分から"ぽそん"て懐ろへ凭れ直してくれたら、はい、調整終わりvv 何と言いますか、こちらさんもそれなり、いやいや、十分すぎるくらいに物慣れて来ているじゃあございませんかvv そこへと、
「………あ。」
 かちんと、コーヒーメーカーのスイッチが落ちた音がして。今度は打って変わって、それは名残り惜しそうにその身を剥がして、キッチンへと向かったセナくんだったのでございます。















          



 愛しい愛しい清十郎さんの、ますます許容の増した頼もしいところを重々堪能した小さな瀬那くんは、芳しいコーヒーと自分にはココアを作って運んで来ると、だが、進さんのお隣りではなく、ローテーブルを挟んだお向かいに腰を下ろした。せっかく和んだものがキッチンへ行ってる間に冷めたのではなく、
「あの…。」
 何かお話ししたいことがありそうな彼であり。だからこそ、帰途の道中でもどこか堅い背中や肩をしていたらしいなと、清十郎さのも居住まいを正して背中を伸ばす。そんな姿勢を取ってくれたのを感じ取り、セナくん、こくんと息を呑んでから、

  「ボク、R大学を受験するって決めました。」
  「………。」

 大学に進んでもアメフトを続けたい。だとして、どうやって進学先を決めたら良いのかな。チームが既にあるところで、学力の間に合いそうな学校? アメフトを優先させて考えるのだったら、チームの編成とか個性とかも調べておいた方が良いのかな。アメフトの実力だけじゃなく、お勉強の成績も良かった進さんみたいに、どこだって選び放題って訳にはいかないものね。それに、これを忘れてはいけないのが、

  《 小早川瀬那は、何ひとつ実績のない"素人"だということ。》

 高校生時代の数々の実績は全て、アイシールド21として披露したり培ったりしたものであり、一部の方々にはその正体もバレているが、それにしたって"高校生アメフト"という限られた世界での話。大学の各チームの関係者の方々もそれなりの関心を持って探りを入れて来られているが、それはそれで…ややこしい裏事情がバレたら今度はどんな待遇を強いられるやら。まさかとは思うけれど、色物っぽい"秘密兵器"扱いは御免だし、あまりに先行きが不安すぎるので、チーム内の皆には"卒業しちゃうまでは内緒にしててね"って、くれぐれもと念を押してあるくらい。そうまでひた隠す"アイシールド21"という存在がまるきり嘘だとは言わない。始まりからいきなり"ノートルダム大学がどうのこうの…"とよく判らないヒーローに祭り上げられたという意味での「嘘の仮面」をかぶってはいたけれど、フィールドに立っていた時は真摯に真剣に務めたセナだったから、今は胸を張って自分がそうだと言えもする。ただ。公的にはずっと名前を隠していたのだから、そこはやっぱり、それなりの見返りは受けねばならずで。何より、誰のフォローも望めない状態で再び"アイシールド21"を名乗るのは不可能なこと。そうと思っていたところへ、

  ――― R大学へ来い。

 自分にアイシールド21を演じさせた張本人、金髪の悪魔さんが、そんなお誘いの声をかけて来たのだ。
「考えようによっては、また蛭魔さんに頼るってことなのかもしれませんけど。でも、ボクが走りやすいようにって、いつだって完璧の作戦を弾き出してくれた人です。」
 いくら持ち前の素養があったとて、初心者のセナがああまで一気に才能を伸ばせたのは、判りやすくも万全な策を綿密な計算で弾き出せ、しかも絶妙なパスワークによる正確無比な投擲をこなせる、あの先輩さんの優れた知力と機転と技術という"実力"があってこそ。その上、当然と言えば当然のことながら、アイシールド21としてのセナのことを…実力という意味でも、性格やら気性やらというプライベートにかぶるあれやこれやも、善しにつけ悪しきにつけ
(笑) 最もよく知る人でもあって。

  「何につけ一番にベストな、
   全力を遺憾なく出せる環境を選ぶのが大切なんだぞって言われたんです。」

 それは本当にもっともだと思う。幸いにして…その蛭魔さんが専攻した"経済学部"だけは、政財界の著名人を数多く輩出しているほど かなりレベルの高い学校だけれども、一般文系の"文学部"などでいいのなら、そこそこに…頑張れば何とかなりそうというランクの大学だそうで。
"蛭魔さんもお勉強見てくれるって言ってらしたし。"
 ………それって、地獄の特訓じゃないのでしょうね。砂漠で封筒ばら蒔きクイズとか。(こないだっから、懐かしいクイズ番組特集と化してないか? 次はアップダウンクイズかな? ハイ&ロウか? ベルトクイズQ&Aってのもあったぞ?
/おいおい) 余談はさておき。進学における決意のほどを、一番に知らせたかった進さんへとご報告して。はふぅと一息ついたセナくんは、

  「……………。」

 何とも言葉を紡いでくれない進さんへ、ほんのちょっぴり"うう…"と口ごもる。
"えと…。"
 これで終わりではないと、進さんてば気づいているからかしらと、小さく深呼吸をひとつして、
「ただ…あの。R大学のアメフト部は、今年が創部1年目なんですよね。」
 セナくんは…進さんもとっくにご存知かもしれないがと、"現状"の一端というところを語り始めた。一体どんな手で立ちあげたやらの、ぎりぎり間に合った今年から始動という生まれたてのチームであり、
「進さんのいる一部リーグへは、早くて3年後、ぎりぎり四回生になられた時にでないと、上がれてないかも知れません。」
 とんでもないネックがあったもんで。それにしたって、毎年確実に入れ替え組へと勝ち上がり、上へ上へと支障なく上がれればの話。そうやって上がっていった最後の年に、やっと同じリーグのチーム同士として戦えるのだから、気の長いことこの上もないし、
「四回生ともなれば、進さんも就職が決まってらして…プロとして活躍なさってるかも知れませんよね。」
 相手がいるいないではなくて、あのフィールドを巧みな作戦に乗って駆け抜けるスリリングなところが好きだから、それで続けたいのには違いないのだけれど。せっかく進学してまで続けるアメフトなのに、一番の壁だと思ってやまない、最高にして最強の好敵手である進さんと、もしかしたなら一度も戦えないだなんて。それは…ちょこっと寂しいような、空しいような。そう。この一点のみが、蛭魔さんからの勧誘へ一番に頭を悩ましたポイントだったりもした訳で。
「………。」
 ふみみとしょげて、小さな肩を落とすセナに、

  「それはどうだろうな。」

 進さんのお声が届いた。ふみ?とお顔を上げると、
「もしかして、ウチがリーグのランクをを降りることだってあるかもしれん。」
「………。」
 いや、それはないでしょうと。セナくんが大きな瞳を差し向けて無言で訴えたのへ、
「………。」
 口許へ拳を持ってって、いかにも誤魔化しのための咳払いをする進さんという…なかなか珍しいものをご披露下さって。それから、

  「どうせ蛭魔のことだから。本人の野望だの企てだのもあるのかもしれない。」
  「野望?」

 小首を傾げたセナへ、
「ああ。普通だったら、大学アメフトを制覇したければ、出来るだけ上位リーグのチームに入って、そこでの勝ちを重ねてトップになるのが一番の近道だと、そう考えるもんだが、蛭魔はそれを選ばなかった。」
 蛭魔ほどの有識者なら、そのくらいのこと簡単に判ろうものが、誰ぞの手垢のついたチームはごめんだと、自分の意のままに弄れるチームを立ちあげることを選んだ、相変わらずに強引な"ワンマン大王"様であり。
「だがな、例えば…サッカーの"天皇杯"のような、リーグの枠を度外視したトーナメントの大会を主催したなら。」
「………あ。」
 トーナメント戦ならば、参加チームの数にもよるが…そんなに日程に縛られることもないのだし、賞金をつけるとか試合を全国ネットで中継するだとか。そう言ったオプション次第で、参加チームだって幾らでも募れるかも。そんな規模のものともなれば、運営組織から何からと人手も手間暇も資金もベラボウにかかってしまい、そうそう簡単に立ち上げられるものではない…と思うところだが、

  "あの、蛭魔さんなら………。"

 一体どんな、どこまでのコネを持っているやら、結局在学中には解らずじまいだった、底の知れない恐るべき人なだけに。しかも今なら、全国規模にて知名度の高い"桜庭春人さん"という、それは人目を引くだろう大看板まで常備なさってる人だから。
おいおい 今更 何をしでかしたとしても、もはや いちいち驚く身内はいない筈だ。こらこら
「だから。」
 進さんは"くすん"と小さく笑って見せて。
「こんな言い方はしたくはないのだがな。先のことは全て蛭魔に任せて、お前はお前のやりたいようにやれば良い。」
 不安げなお顔をしているセナくんへと、励ましの言葉をプレゼント。本当は。大切なセナくんのこと、他所の誰かに任せたくはないのだけれど。あの何でも有りの悪魔さんには、自分なりに一目を置いている進でもあって。アメフト選手としてのセンスや技能は元より、様々な手配への驚くべき手腕や人としての奥深さや、それより何より、セナくんのことをそれは大切に見守ってくれているようだと知っているから。だから、任せて間違いはなかろうと思う………その反面で、
"それもまた、素直に喜んで、手放しで安堵していて良いことではないのだがな。"
 おやおや、まあまあvv なかなか練れて来ましたね、鬼神様vv その一方で、

  「………あvv ////////

 ホントはね、もう決めたことだとは言え…少なからず不安だったの。こんな微妙な選択をしても良かったのかなって。でも、うん。進さんが大丈夫だよって言ってくれて、ごちゃごちゃなニュアンスも含めて解ってくれたから。途端に心配が全部掻き消えてしまった現金さに、自分でも"あやや/////"と呆れつつ、それでも ほころんでしまうお顔は止められなくて。それで、恥ずかしいなと真っ赤な頬を両手で包むようにしていたら、進さんがね、くすくす笑って…それから。静かに席を立って、すぐ傍まで移って来てくれたの。ふわりと、間近になった進さんの温みと匂いと、

  ――― それから…やあらかい“ちう”と。

 窓の外にて、いつの間にやら上がっていた雨にも気づかないまま。小さなセナくん、夢見心地で…新しい季節のふんわり感を堪能していたのでありました。春や春、春爛漫の花おぼろ。どんな年度となりますやら、とりあえず、不安も払拭出来たところでいよいよのスタート…みたいでございます。
(笑)




  〜Fine〜  04.4.19.


  *久々じゃないですかね、ノーマルVer.での"進セナ"は。
   …って、仮にも"進セナ"という看板を掲げているサイトの
   管理人の台詞じゃないですよね、まったくもう。
(笑)

  *ちょいと辻褄合わせに終始した、面倒なお話になってしまいましたが。
   いえね、蛭魔くんのいかにも彼らしい"野望"を考えたのは良いんだけれど、
   それにセナくんを付き合わせるとなると、
   当分の間は進さんと直接対決が出来なくなるという、
   悲痛なデメリットが生じた訳でして。
   ウチのセナくんはこういう選択を致しましたが、はてさて。

ご感想は こちらへvv**

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