12月に入ると、街にあふれるのは…何と言ってもクリスマス向けのディスプレイだろう。ヒイラギやモミの木の緑に、鉢植えのポインセチアの深紅。雪の白と、オーナメントの金。それは華やかなデコレーションがそこここに煌めいていて、これらに拮抗出来る色と言ったら…サンタのブーツの黒くらいかなぁ?
「赤ってのはサンタの衣装の色だろ?」
「それが違うんだって。」
時間つぶしに駅前のケーキ屋さんのショーウィンドウを覗きつつだったせいか、交わす会話もどこか季節柄なものになっていて。白いスプレーで型紙を型抜き塗装されたらしいトナカイとソリの絵の隙間から、見本のクリスマスケーキと一緒に棚に並べられたサンタクロースのお人形を見やり、
「クリスマスに“赤”なのは、十字架に架けられたイエス様の血の色だとか、逆に、生まれたことを祝って季節外れなのに木に実なったリンゴの色なんだって説があって。サンタの衣装が真っ赤になったのは、コカコーラが宣伝のために会社のテーマカラーの服を着せたのが始まりなんだって。」
昔から真っ赤な服を着てた訳じゃないらしいって、確か まもりお姉ちゃんが言ってたよ? そうと付け足すと、雷門くんは“うんうん”と感慨深げに頷いて、
「そっか、さすがはグローバルなお宅の人だから。」
だからそういうことにも詳しいんだな、さすがだなと、しきりと感心していたけれど。
“…あれ? 待てよ。桜庭さんから聞いたんだったかな?”
ケーブルTVの“ジャリプロ倶楽部”っていう情報番組の中、桜庭春人さんが担当していたトレンドコーナーでも、そんなお話を去年してらしたような。どっちだったかなと小首を傾げてる瀬那に気づかぬまま、モン太くんが駅舎の天井近くへ掲げられてる時計を見上げた。
「遅っせぇな、小結。」
「うん、どしたんだろね。」
いつも約束や待ち合わせ時間はちゃんと守るのにね。相槌を打ちながら、でもね、それを気にして殊更にじりじりしている訳じゃないって、お互いに分かってる。何か、何でも、いいから話題にしてなきゃ落ち着けないだけ。だって、今日はね…。
「あ、来たぞ。」
「ホントだ。お〜い、こっちだよっ!」
まだ手袋は早いからと、剥き出しの小さな手を振ったセナに気づいて。小柄な二人以上に小さな同級生がぱたぱたと懸命に駆けてくる。今日は土曜日で、学校はお休みなんだけれど、大事な御用があって一緒に出掛けることにしていた3人で。
「十文字くんたちは誘わなくっても良かったのかな。」
「あいつらはほら、バイクがあるからさ。」
一緒に行くとなると、却って頭数が半端に余っちゃうからな。雷門くんの言葉へ小結くんも盛んに頷いて見せて、それもそうだねとセナも小さく笑い返す。そうして3人は切符を買うと、揃って構内へと足を運んだ。今日は特別な日。今から、ううん…昨日から一昨日から。ずっとドキドキしながら待ってた日。
「あ、快速が来たぞ。」
「わあ、待ってよ、雷門くん。」
駆け足では滅多に遅れを取らない身なものの、瞬発力のある雷門くんだからスタートダッシュでは敵わない時も少なくはないセナだったし。力持ちだが、その分だけ駆けっこが苦手な小結くんを待っててあげなきゃって、ついつい出遅れていると、
「ほら、急げっ!」
ドアのところで閉まらないようにって仁王立ちしてる雷門くんだったもんだから、あやや、皆さんからの視線が集まっちゃったよう。
「ら、雷門くんっ。///////」
お気持ちは嬉しいけれど それはちょっと…と思いつつ、急かされるよに駆け足になって車内へ飛び込めば、車掌さんや駅員さんが飛んで来るまでには至らずに間に合って。乾いた冬空に“ぴりりり…っ”と鳴り響いた笛の音が、何だか…ボクらの大好きなゲームの始まりを連想させて。心が別なドキドキでちょっとだけ逸ったセナくんでもあった。
◇
かたたん・かたたん。レールの継ぎ目で軽く弾むのか、車輪がレールを蹴ってる音が響く車内。朝からお天気も良くって、座席の背もたれやドアの長四角の窓からは、乾いた光が金色のまま目一杯なだれ込んで来ていて眩しいくらい。でも、週末のお昼前なのに、行楽にとか遊びにとか繰り出そうっていう学生の姿は少ないみたい。そういや期末考査の真前だもんなと、雷門くんが言って、ああそうだったと、今更ながらに思い出す。ボクらだって同じなのにね。それどころか、定期考査も内申書に大きく影響するのだから、学外の模試以上に頑張らなきゃいけない筈なんだけれど。先週一杯でそっちの緊張感がちょっとばかり緩んでしまってたボクらだったからね。
“っていうか、別口の緊張感が張り詰めちゃったんだよね。”
そっちのが新たに“時限発火装置”みたいに動き出したのへ、すっかりと飲まれちゃったのかも。今や最高潮に達しようとしているドキドキ。ああ落ち着かなきゃと、羽織っていたスタジャンのポケットに手を入れると。そこには…先客がいて。
“………あ。”
ちょっとだけ堅い、小さなもの。真っ赤な錦の袋に入ってて、口を綾紐の花結びで飾られてる小さな小さなお守り。
『小早川の能力を信じていない訳ではないのだが。』
言いたいことがあれば理路整然と言ってのけ、曖昧なことは口にさえ上らせない。そんな人が…何と言えばいいのやらと、困ったように大きな手で自分の頭を掻きつつ差し出してくれたもの。頑張れと、そういえば一度も改まってそうと言われたことがなかったからね、そんなつもりは全くない進さんだって、ちゃんと判ってて。むしろ…神頼みなんて嫌いな人だろうにわざわざ買って来てくれたんだと、そっちの方がずっと意外で。それでびっくりして目を見張ってしまったセナへ、
『こういうことは“当事者”以外には、本当に何も出来ないものなのだな。』
ますます困ったと言葉を探してたお顔を思い出す。

この秋は皆してそれぞれに忙しくも慌ただしく。進さんや蛭魔さんたちは自分たちの初年度にあたる 大学のリーグ戦が始まって忙しくなり、セナたち受験生はいよいよの追い込みに“待ったなし”の状態になり。その秋があんまり寒くもならないうち、それでも暦の上では“冬”へと突入した頃合いに、まずは進さんたちの方の大学アメフトリーグが終盤を迎え。U大学は一部リーグのブロックトップで、決勝トーナメントへと駒を進めて余裕のゴール態勢に入り。祭日に催された準決勝で見事勝ち残って、関東大学アメフトの王者決定戦である“クラッシュボウル”への切符をゲット。
――― そして…その興奮がまだ覚めやらぬ翌日に、
セナを“放課後、泥門の駅前まで”と呼び出した“白い騎士”様で。
いよいよの決勝戦を前にして、F学舎の構内にあるクラブハウスにて合宿中の進さんだった筈なのにね。一体何の御用だろうかと、お勉強会を早退させてもらって急いだ駅には、トレーニングウェア姿の凛々しい人が待っててくれて。
“…はやや。///////”
お姿を見つけて胸がドキドキして来たセナくんを、今更…なんて思わないでね。だって、すぐ前の日に そりゃあカッコいい勇姿を一杯一杯見せてくれたばかりな人なのだもの。あの人の背中を押す力になるために届いてお願いって気持ちを込めて。声が嗄れちゃうかと思ったほど夢中になって、観客席から名前を叫んでたセナだったんだもの。そうして応援しないと負けちゃうような試合だったのではなく、むしろU大学側に余裕さえあった展開ではあったのだけれど。水も漏らさぬ戦略を立てての“計算づく”で挑める頭脳的なゲームでありながら、ひょんな瞬間に、意外な刹那に、何がどう転ぶか判らないのもまた、スポーツ全般に潜む“魔”であり、アメフトというスポーツのスリリングな醍醐味だからね。巧妙な布陣、見事に重なってたトラップ。それが隙を衝くような絶妙さで働いて、相手のシューターがフィールドを駆け上がってゆく場面では、胸が締めつけられちゃうほどハラハラしたし。それだからこそ…進さんの瞬殺のタックルが鮮やかに決まると、あんまり興奮したもんだからって、女の子みたいな“キャ〜〜ッvv”なんて声も飛び出してたと思う。そんなワクワクを、最上の興奮をくれた人が。昨日のスタジアムに来ていた数千人もの人たちを全部、すっかりと魅了した張本人が。U大学のチーム指定の、膝下まである大きくて長いグラウンドコートを羽織って、悠然と胸を張って立っている姿は、
“…カッコいいけど、目立ってもいるよなぁ。”
本人にはそんなつもりは欠片かけらほどもないのだろうが、何たって存在感が違うから。その重厚さと自負の強さから自信あふれる態度が自ずと出てしまう人であるのも相変わらずで。くすすと、ちょっぴり困ったように笑ったセナくんが、パタパタって駆け寄ってゆくと。周囲を行くのが皆、緑のブレザーという同じ制服姿であるにもかかわらず、尚且つ、相変わらず小柄なセナは、それが下級生でも横並びになった男の子たちの陰になってしまうと…もはや前方からは見つけられない“埋まりよう”だというのにも関わらず。
「………。」
それは静かに。でもね、セナくんには ちゃんと判る笑顔を見せてくれる。こちらを ちゃんと見つけて目顔で会釈をしてくれる。その目顔で、改札口前から少し外れた辺りへと誘導してくれて、
「こんにちはvv」
ふわふかな髪を揺らして ぺこりとご挨拶するセナくんを、ちょっとばかり眩しそうに目許を和ませて見やる進さんなものだから。あやや、何か恥ずかしいなって。////// セナくんの側にまで胸の内側辺りから頬へと、照れ臭さが滲み出して来たりして。だって、進さんが愛しいなという優しい眼差しをしみじみと下さったのと同じほど、セナくんにしてもね、何日振りなんだろうって想いがしたから。眼下のフィールドを悠然と駆ける進さんを直に“観る”のと、こうやって互いに相手へと向かい合って“逢う”のとは全然違うもの。
“…確か、最終戦の次の日くらいにお逢いして。”
それから振りだから、10日振り…かなと数え直して。そんなもの“日が空いた”うちに入らないと思うなかれ。何たってこの春からは“お隣りの駅”というご近所同士になった二人だったから。それまでが割と“3日と空けず”なノリだったので、1週間以上空くなんて随分なことであり、
“…それだけ、進さんへの中毒が進んでるんだ、ボクって。///////”
お声や温もり、どんな形ででも補完が追いつかないと“寂しいよう”という中毒症状が出てしまう症候群。…って、こらこら。言うに事欠いて 何て恥ずかしい言いようをなさってますかい。(苦笑)
「あの…。」
今朝一番に届けられたメール。放課後、泥門の駅前までと、セナくんを呼び出した簡潔な一文。一応“今日は何時までですからその時に…”というお返事をしておいたので、そんなにお待たせしてはいないと思うのだけれど。人の流れから少しだけ離れた辺り、向かい合ってる二人の後ろの柵の向こう、ホームに入って来た電車の巻き起こす風が吹き過ぎる。がたたん・がたたんという結構な音にも何らめげないまま、男らしくも精悍で、鋭角的に厳しいお顔を、それはそれは真摯な表情で塗り固めていらした、至って剛直な人は。
「………これを。」
やっとお口を開きつつ、まとっていたグラウンドコートのポケットから、大きな手には玩具に見えるほど頼りない、小さくて平たい真っ赤な錦の袋を…セナの方へと摘まみ出して見せた。
「あ………。」
進さんのお爺様が世話役をなさっている神社のお守り。金の糸で“学業成就”と刺繍されている。
「本当は、自分が住む土地の神社のものが一番なのだが。」
生憎とセナがどの神社の氏子さんなのかを知らなかったし、そこまで言うなら本人を神前まで連れてって祈祷していただくのが本道だが。そこまでの仰々しいものは、まさかに考えていなかった進でもあろう。それどころか、
「小早川の能力を信じていない訳ではないのだが。」
こんなささやかな応援激励さえ、ちゃんと頑張っている人へは出過ぎた真似だと思っているらしい彼であり。恐る恐る両手を伸ばしたセナが、もしかして…彼が初めて誰かのためにとした“神頼み”の証しを小さな手の中へそぉっと収めると、
「推薦入試を受けると聞いた。」
深みのある声がそうと紡いで、
「………あ。」
セナがハッとする。実はセナたちにとっても、つい先日いきなり聞かされて決まったこと。自分たちのR大学への進学を心待ちにしていて、この1年間の受験勉強を根気よく見ていてくれていた“金髪の悪魔さん”こと蛭魔さんが、
『聞いて喜べ、おまえらの受験日が早まったぞっ。』
そんなの喜べませんてと、全員が驚愕した恐ろしい段取りの変更を告げて下さったのが、実は10月の終わり頃。本来、英語検定取得者や帰国子女にのみ設けられていたR大学の“推薦枠”の条件を、一体何をやらかしての結果やら…体育や芸術など個々人の才能への評価を考慮する、いわゆる“一芸推薦”へも広げ、お前ら全員、まずはそっちを受けろと言って来たものだから驚いたのなんの。
『こっちもな、三部リーグの最下位チームとの入れ替え戦に集中してぇんだよ。』
そんな正念場だってのに、まだまだ年明けまで待って付き合うだなんてまだるっこしいこと やってられるかと。ここまで我慢して来れたことの方が、思えば奇跡のような忍耐だったかも…な、気の短い先輩さんからのお達しにより、急遽、論文書きの突貫ゼミを受け、内申書に不備はないかのお浚いをし、面接の予行演習を積み。推薦枠の増加というのが急な話なのは他の受験生にも同じこととて、経済学部のみが有名な学校でもあり、志望者はあまり集まるまいとの見込みの下、その本番、入試日が…実はその週の週末、月末の27日という間際にまで迫っていたセナであり。そんな大変な話を、大事な時期にある進さんへ告げることもあるまいとずっと黙っていたセナだったのを責めるでなく、ただ、
「少し前に桜庭が教えてくれたのだが。」
何と言えばいいのやらと、困ったように大きな手で頭を掻いて見せる進さんが。何とか思い立ってわざわざ買って来てくれたもの。受験に関しては、そういえば。“頑張れ”とか何だとか、この1年のずっとを振り返ってみても、一度も改まってのお言葉をかけてもらったことがなかったのを思い出す。受験だけじゃない。アメフトにしてもそう。鍛え方が足りないとか、弱音を吐くなとか言われたのも、勝手に出て来ていただいたセナの見た夢の中でのことだったし。そんな言いよう、解釈によっては強い者からの勝手な驕りになるとかいう、ややこしい理屈からではなくて。頑張っていることを知っているから、わざわざ言うまでもないと、そういう順番。だからこそ。応援するなんて苦手だという戸惑いから、たいそう困っている進さんなのだとありあり知れて。
“進さんがお守りだなんて…。”
神頼みなんて嫌いな人がと、そっちの方がずっと意外で。それでとびっくりして目を見張ってしまったセナへ、
「当事者でないと、本当に何も出来ないものなのだな。」
ますます困ったと苦笑をなさる。だが、
「却って気を悪くするかもとも思ったのだが…。」
そんな言いようをなさったのへは、
「いいえ、いいえっ。」
小さなお守りを自分の手のひらに見下ろしていたセナが、ハッと顔を上げて大きくかぶりを振って見せた。
「凄く嬉しいです。だって、進さんが…。///////」
そう。自分の技量をのみ信奉している人が。神様だとか、信仰心だとかを鼻であしらう人ではなく、それらの崇高さはちゃんと理解した上で、けれど、自分は頼みにしないで来た人なのにね。これが、俺も勝ち進むからお前もトーナメントを決勝まで勝ち上がって来いとかいう問題なのならともかく、今回に限っては当事者はあくまでもセナなのであり、進さんは自分でも言ったように見守ることしか出来ない身。そんな自分に出来ることの限界へと歯噛みし、もしかして…見かねた たまきさんや桜庭さんからアドバイスされたのかも?
「本当は、ボクらにも急な予定変更だったんで、物凄くドキドキしてたんですけれど。」
小さな手に包み込まれた深紅のお守り。セナのためにと思って下さった、そんな事実だけでも十分に幸せだなと、身体中が温かな“嬉しい”で一杯になる。いつだって前向きで、誰にも自分にも 恥じないほど強くあろうと走り続けている人が、こんな和んだ瞳を向けてくれる。支えたいと思ってくれる。それが何よりも嬉しくて、
「えと…。///////」
耳まで真っ赤になってしまったセナへ、昔だったら言ってくれなきゃ判らないというお顔をしていた筈の人が、ちゃんと判っているからとやわらかく笑ってくれて。
「…わっ。」
そんなしていた不意を衝いて。すぐ背後から、快速電車が発車したらしき勢いのいい突風が吹いて来て。セナのふわふかな髪を舞い上げて、いきなり叩きつけた強い風に。制服の裾を引っ張るほどはためかせ、揉まれかかってた小さな肢体を、懐ろの中、易々とくるみ込んでしまえた人。こんな風に手を貸せることじゃないのが歯痒いと、言葉を探して探して訥々と言わんとしていた不器用な人が、あのね?
「ひゃあ。//////」
風に叩かれたお耳や頬が少し痛かったのと、思わずのことながら、自分からもぎゅうってしがみついたセナくんだったものだから。
「…そんなされると、試合中に思い出しそうだ。」
「あ…。///////」
こんなこと、さらって言えるようになったんだもの。何だか狡いなあって、ますます真っ赤になったセナくんだった。

そんなに人数がいることでなしと、審査に1週間しかかからなかったほどのこと。自宅に合否を知らせる通知を郵送で届けてもくれるそうなのだけれど。一刻も早く結果を知りたくて、誘い合うようにして発表を見に行くことにした彼らであり。
「ダメだったら一般受験を受け直すのか…。」
本来はそっちを狙っての地道な勉強を続けて来ていた彼らだったのだが、こんな土壇場でのこの展開。受け直しになったら、そこはやっぱりプレッシャーも微妙に増すことだろうなと。何でこうも負担や試練を増やして下さる先輩さんなんだろうかと、その…桁の違う傍迷惑さをあらためて思い知った彼らであり。(笑) せっかくのいい天気も気分の浮上にはあんまり効果がないまま、快速電車は目的の駅のホームへとすべり込む。R大学は総合大学と謳うほどの規模はなく、それでも広々とした敷地の中、マンションのような小ぎれいな校舎が緑に囲まれて点在しており、
「…掲示版のところだろね、やっぱり。」
ここの大学生の方々には既に一部面識もあるのだけれど、合同練習は此処ではやんなかったから。受験しに来た時に初めて通った立派な正門。そこを通って、冬の芝を左右に見ながらなだらかなスロープになった道なりに進めば、中央管理棟なのだろう、一際モダンな建物の前の広場へと到達し。それと同時くらいに…やっぱり見に来ていたらしいラインの3人が声をかけて来て、皆と合流したセナたちが、ガラス扉のついた掲示版の前で中に掲げられたプリントや何やを見回していると。管理棟の玄関から出て来た職員さんが、少し大きめの模造紙を筒にしたもの、小脇に抱えてやって来た。
“………あ。////////”
もしかして、もしかして。ドキドキが外に聞こえそうなくらいに鼓動が高まってしまったセナに、いつもあんなにお元気なモン太くんが…やっぱり緊張しきったお顔を向けて来て。どうしよ、どうしよとこちらもますます緊張しきっていると、
「…ほら。落ち着け。」
十文字くんの大きな手が、強ばってた手を掴んでくれた。どんな困難にもちゃんと胸張って立ち向かえるくせに、案外と他愛ないことへは腰が引けたままなセナだと、よくよく知ってる彼だったんだろうね。落ち着けって言われたのへ、お顔を上げて“うんうん”って一生懸命に頷いて。合格した人の受験番号が並んでる発表の用紙を張り出してる職員さんの背中を、皆で見守って…。
――― それでね? あのね?
◇
――― ぴ・ぴぃーーーーっ。
乾いた冬空の高みへと、鋭い笛の音が健気にも切りつける。広いグラウンドのあちこちへ、ポジション別に散ってのトレーニングに勤しんでいた面々が、その音で手を止め足を止め、監督やコーチの待つ前へと集合し、
「明日の当日に備えて、今日はここまで。いいな? 調整に徹するように。」
いよいよの決勝戦、クラッシュボウルを明日に控えて、体を休める必要もあろうからと、そんなお言葉をいただいて。そこでの解散となったレギュラー陣営の皆々様だったが、
「進くん。」
小さな体ながら、大男たちの狭間を縫うようにして近づいて来たマネージャーさんが、名指しをした一回生選手へとわざわざ向かい合い、
「い〜い? 監督も言ってたでしょ? 調整よ、休養なのよ? 準決勝の時みたいに、前日の夜中までトレーニングしてたりしたら いけないんですからね。」
油断も隙もないくらいに練習好きな一回生レギュラーくん。どうやら無尽蔵な体力を誇る彼であるらしいけれど、それでもね。物理的な問題として、最良で2時間近いゲーム本番に備えるためにはどうしなきゃいけないかくらい、彼にだって重々判っていように、
“一体、何に気を取られていたのやら。”
まったくもうと、お姉さんぶって“怒っているのよ”というお顔をする彼女へ、かくりと頷いて了解しましたというお返事。寡黙なお侍さんみたいな後輩さんの大きな背中を見送ったマネ嬢だったが、
“………そういえば。”
さっきベンチで聞こえた電子音。基本設定のままかと思いきや、意外に可愛らしい子守歌を設定してあった着メロが鳴ってたのは、確か彼の携帯じゃなかったかな? そう思って…ずっとずっと見やってみて。ベンチからタオルを取り上げて、あ、携帯に気づいた。他の子ならともかくも、あの彼が持ち込むのは珍しいよね。しかも、無音モードに切り替えるの忘れてるなんてね。何だか興味津々という趣きになって、どうするのかなと見守っていれば、
――― あっ。///////
ちょっとびっくりしたくらい。意外なほどの優しい笑顔で、メールを読んでた彼だったから。え? 嘘々、あんなお顔も出来る人だったんだと、しばし呆然としたくらい。むくつけき荒くたい男衆たちに囲まれても、気っ風では負けやしないというほどに気丈でおきゃんなマネさんが、実は弱かった“甘さ”で腰を折られて あわあわと慌てたくらいに。それは優しく、それは柔らかなお顔になってた進さんが、愛惜しげに見つめていた液晶画面には、
【着信;from 小早川
進さんへ。
皆で発表を見て来ました。
ご心配をおかけしましたが、皆、合格してました。
明日のクラッシュ・ボウル、
これで胸を張って観に行けます。】
Congratulations!
〜Fine〜 04.12.03.〜04.
*そうなんですよ。推薦入学ってのがあったよねと、
こんなぎりぎりになって思い出しまして。
いえ、本年度の話を書くこととなった当初辺りにも
触れなかった訳でもなかったと記憶しているのですが、
それにしたって…。(笑)
あれほど頑張った受験勉強は何だったのかと思わないで下さいね?
大学に上がってからの最初の1、2年の必修教科の授業で役に立ちますからね。
(文学部だったのに、いきなり数学をやらされようとは思わなかったもんな〜。)
*ところで、地の文章での進さんの動作や何や、
気を抜くと ついつい敬語表現になってしまうのが困りものでして。
(なさるとか、仰有るとか。)
アドニスの方としっかり混同しておりますです。
こっちの進さんは“お兄様”じゃないんだってば。(笑)
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