The trick of spring
 

  王城高校はそのスポーツ部門の目覚ましい活躍ばかりが注目されているが、実は"文武両道"を謳い上げている進学校でもある。卒業生たちの有名大学への現役進学率も高く、よって入学時に中学側から設定された偏差値ランクも結構高い方。とはいえ、がっちがちのガリ勉たちばかりを育成するでないゆとりのある校風は、学生たちへも余裕の気風を植えつけるようで、春先の新入生歓迎を兼ねた球技大会に始まって、修学旅行や各種スポーツ大会への応援団編成、学園祭だの体育祭だの、生徒主体にて催される年中行事の華やかさも、地元では結構有名。主に秋の初めに集中して催されるそれらの祭典の他に、春の卒業式を前にもうひとつ有名なお祭りがある。受験を控えているがゆえ、秋頃のお祭りには思い切り参加出来ない三年生たちが、進路も決まったその上で高校最後の馬鹿騒ぎ、屋台の出店や寸劇、ゲームブースなどなどと、学園祭ばりのあれこれを企画し、ぱぁ〜っと派手に遊んでしまう"逆・予餞会"が催される。一応は"自由参加"となっているものの、これもまた後輩への気心の引き継ぎとばかり、ほとんどの学生たちが参加して、毎年それは賑やかに…ちょっぴりほどは惜別の涙もありながらの、早い春の一日を過ごす彼らだったりするのだが。



  ――― で。


    「…いたか?」
    「いや。まだ見つからない。」
    「ホントに正門前って約束だったのか?
     駅の方とか西門も結構大きいから間違えてるとか。それか、時間を間違えたとか。」
    「そんなことはない。」
    「…なんで。」
    「大きい桜が両側に植わっている門に、1時だと言っておいた。」


 何度も確認を取ったしと、むんっと胸を張って大威張りな言いようをする大柄なチームメイトくんへ、少々呆れ顔で痒くもない頬を人差し指の先でかりかりと掻きながら、
「………じゃあ、どうしてこんなに探しているのに見つからないのかな?」
 ぼそりと訊くと、
「………。」
 たちまち相手が機能停止状態に凍ってしまう。ターミネイターかい。…いや、こんなところで公開漫才をしている場合じゃなくって。
「フリーズしてる場合じゃないぞ。」
 所謂、うららかな花曇りの空の下。正門から本校舎の昇降口へと続く、ちょっとした遊歩道のような長い前庭のその辺り。制服私服、何かしらのキャラクターらしきコスプレも混じえた、同人誌即売会の会場もかくやとばかりに
(笑)賑やか華やかな雑踏の中で、一番多い制服姿だというのにもかかわらず、その飛び抜けて高い上背とそれぞれに際立った端整な容姿のおかげで結構目立っている二人連れがいたりする。片やはジャリプロ所属のタレントで"庶民派アイドル"の桜庭春人くんといい、さらさらの軽やかな髪にきめの細かそうな肌目をした、すっきり優しい面差しの好青年。爽やかな人懐っこい笑顔が売りの、愛想の良い今時風な彼とは何もかも対照的なのが、もう片やの"連れ"の青年で。五分刈りとかクルーカットだとかいうほどではないが、それでも短めに刈った黒髪に、凛と冴えた鋭角的な面差し。真っ直ぐで強靭な視線を放つ深色の眸といい、意志の強さを感じさせる口許といい、能面のように表情が乏しいせいか、時として恐持てなお顔に見えんこともなく。そんなせいでフィールドの鉄人とか仁王様とか呼ばれては…いやそれは筆者が勝手につけたネーミングなのだが。(笑) 歩くランドマークさんなのは間違いのない長身は、無駄のないながらもがっちりとした肉置きを鎧っており、凄腕の格闘家もかくやという完成度。そんな具合で、肉体要素ハード的にも雰囲気的にもかなりがところ"重厚"でありながらも、しゅっと撓やかに伸びた背条と高校最速を謳われている機敏な動作とが、見やる者には切れの良い印象を与えている、何とも機能的な最強の高校生で、お名前を進清十郎という。そんな…ゲーム中はたいそう頼もしいラインバッカーさんの大きな肩をポンポンと叩いてやり、
「招待券がないと中には入れない。だから、セナくんはまだ構内には入っていない筈なんだ。お前はもう一度、携帯で連絡を取ってみろ。俺は一応、西門の方へ回ってみるから…。」
 言いながら長い脚を繰り出して、今にも駆け出しかかっていた桜庭くんが、おやと言葉を途切らせたのは。昼下がりからの30分ほど、この辺りを一緒に見回っていたチームメイトの進清十郎くんが、その表情を固定したままあらぬ方を向いていたから。ちょっと目には分かりにくいが、日頃ならば剛い光を帯びた鋭いばかりな目許をしている彼のその眼差しが…心なしか呆然という色合いにて見開かれていて、
「…どした?」
 怪訝そうに声をかけ、返事がないので仕方なく、その視線の先を"点々々…"と辿って振り返ってみたところ。
"…?"
 彼が見やっていたのは受付近くに設置されたとある出し物のブースである。生徒や教師経由でしか入手出来ないように配布された"招待券"を持参した、正式なお客様しか入れないようにとチェックをしている受付なのではあるものの、国境の検問じゃあないのだからそうそうきっちり取り締まってはおらず、時に擦り抜ける困ったお客もいるようで。そんな雑踏の端っこの方にて、
「困りますってば。/////」
「まあま。じゃんけんで負けたんだから観念なさい。校内に入りたかったのでしょう?」
「ですから、あのあの。待ち合わせてる人が…。」
「だったら放送で呼び出したげるって言ってんのに、名前は言えない? おかしいじゃないの。」
 そんな風な押し問答の声がして、テント状の囲いの中から"ほらほらvv"と外へ押し出された人影がひとつ。途端に、外で待ち受けていた女生徒たちが"はう〜vv"とばかり、桃色の霞をふんわりとまとっていそうな、甘い甘い溜息やら感嘆の声やらを上げて身もだえをしているのが見える。
「可愛い〜いっ o(><)o
「ねっねっ、だから言ったでしょ? アイビーっぽいのが似合いそうだって。」
「あらでもレースのプリプリ風だって似合いそうよ? こんなに童顔なんですもの。」
 勝手なことを囀
さえずる彼女らの中に見え隠れする人影は、そんな彼女らと大差ない背丈の小柄な人物で、
「は〜い、記念写真撮りま〜す。」
 そんな声がかかったのへ、我に返ってハッとした桜庭が踏み出しかけたその傍らを、
「…わっ!」
 一陣の風がしゅんっと駆け抜けた。高校最速の疾風があっと言う間に辿り着いた"鉄のカーテン"に両手をかけて、一気にこじ開けられた女生徒たちの壁の向こう。無理から着せられたらしい…純白の丸襟ブラウスと赤系統のタータンチェックのジャンパースカートという格好のまま、困惑もここに極まれりという涙目になっていた小さな少年がいたものだから…。

  "…あ〜あ。頼むから女の子には手ぇ上げないでくれよな。"

 あの子の苦衷とあっては我を忘れかねないのも判るけれど、だとしても大会出場停止はごめんだぞと。冗談半分ながらもそんな物騒なことを胸中で呟いてしまった、傍観者Aの桜庭くんだったりしたのであった。




            ◇



   『進さんっ!』

 地獄に仏(おいおい/笑)、頼もしい救世主がやっと現れたとばかり。愛しい人の首っ玉に可憐にも飛びついたその瞬間を捕らえてしまったポラロイドは、その場できっちり没収された。携帯電話のカメラ機能にてこっそり撮られた画像たちも、
『プライバシーの侵害や肖像権の問題ってのは知ってるだろう?』
 ある意味でその筋の専門家
、芸能人なればこそそういう無断撮影に遭うことも多いけれど、それに関してはとっても迷惑しているんだよねと、やんわり言って聞かせた桜庭の弁舌が功を奏して全部消去された。こうして、無理から迷子になりかかっていた小さなお客様は、やっとやっと招待してくれたお友達と会うに至ったのであった。


「どうだい? 落ち着いたかい?」
「…はい、何とか。」
 冒頭でご紹介したように、王城高校の最後の年中行事がこの"逆・予餞会"というやつで。進が大威張りで言っていたその通り、昨夜から今朝にかけて3回も確認した約束を守って、12時45分に到着した正門のところでちゃんと待っていた小早川瀬那くんが取っ捕まってしまった出し物は、手芸部と演劇部のOG有志たちが毎年立ち上げる困った企画。名付けて"変身クラブ"というものである。当初は変装を希望するお客様に舞台衣装を着せてやり、記念撮影と運んでいたものが、いつの代からか目ぼしい可愛いお客様をやや強引に着替えさせ、自分たちの自慢の衣装を着てもらって悦に入るという形に主旨がエクスチェンジしてしまったから、通りすがりの美少女や美少年たちにはいい迷惑。女装の無理強いなど目に余る行為に苦情が出ることも多々あって、羽目外しはせめて自校の生徒だけを対象にしなさいなぞという、何だか中途半端なお達しが出たのは確か去年の話ではなかったか。無理からのお着替えをさせられていたものだから、探していた進からの携帯電話への呼び出しにも応じられなかったセナであり、
「あれには参るよな。去年は僕も取っ捕まったし。」
 同情を込めて、桜庭がしみじみとした声を出す。場所を中庭に移し、多少晴れて来た青空の下にテーブルを並べていた"バドミントン部"の出店喫茶にて何とか落ち着いたご一行。進の睥睨で十分怖がっていたお嬢さんたちだったので、今年度はもう、これ以上の度が過ぎた盛り上がりはないだろうけれど、
「まだセナくんのはサ。あの服でも…バストショットだったら、スカートだってのも分からないから良いって。」
 紙コップでこそないが、何だか微妙な味のカフェオレにて暖を取りつつ、そんなことを言う彼に、
「…桜庭さんはどんなカッコしたんです?」
 ちょっとドキドキ、でも、先程までの"拉致監禁(みたいなもんだ/笑)"による衝撃は随分収まったらしいセナが訊く。頬杖をついてコーヒーカップの縁を"つつつ"と手入れの行き届いた指先でなぞっていた桜庭は、小さな思い出し笑いをほのかに頬へと滲ませて、
「直衣
のうしって知ってる?」
「えっと、確か平安時代の貴族の…って………。」
 歴史や古文で習いましたよと視線を宙に泳がせたのは、そこに何かを思い出そうとした彼だからだが、その視線がふと止まり、
「…それって。」
 何かを確かめるように見やった優しい顔容
かんばせが、くすくすという苦笑に塗り潰される。
「まったくさ、源氏物語じゃないっての。」
 そんなほど仰々しい衣装まで揃えてたんか。恐るべし、王城演劇部。
(笑) お仕事以外でまで仮装・扮装させられようとは思わなかったと苦笑する優しいお顔に、ついついつられて小さく笑ったセナだったが、
「えっと、進さん?」
 ちょうど桜庭とは反対側のお隣りにて、さっきからずっと黙りこくっている本来の招待主に気がついて、窺うような声をかける。本人にはそこまでのつもりはなかったのだろうが、遊び半分のお祭り気分でいたお嬢さんたちを一睨みで一気に怖がらせてしまったことを悔いているのか、それとも、とっとと迎えに出なかったものだからセナくんを怖い目に遭わせてしまった
(笑)ことで自分を責めているのか。ただむっつりと黙っている彼ではないと、何だか様子がおかしいなと、セナの側でもそこはきっちり気がついていて。
「あの…。」
 言いにくいことなのかなと、お行儀は悪かったが座ったままの姿勢で、屋外用のちょっと重い椅子をガリガリと…引き摺るみたいにして傍らへ寄る。周りが喧しいですけれど此処まで近いなら小さな声でも聞こえますよという距離。庇のある大壁の軒下に擦り寄った仔犬のような構図であり、耳打ちでの内緒話が出来るほどの間近まで、ガタコガタコと椅子ごとわざわざ来てくれた少年の、真下から見上げてくる大きな眸へ、
「………。」
 その愛らしい気遣いに"ほこり"と進が微笑って見せた。あまりに薄い笑みだったが、向かいにいた桜庭にも十分に読み取れた、それはそれは温かな…幸せそうな代物だったものだから、
"…う〜ん、またまた見せつけられてしまったか。"
 他人の恋愛のサポートやフォローをしている場合じゃないのかもなとか何とか、思った彼だったかどうかは…芸能記者に聞かれるとまずいので内緒だが。
(笑) 見てないよ、聞こえてもないよと、ふいっと視線を逸らしてくれたお友達にも小さく苦笑をこぼしてから、
「さっき、女の子の格好をしていたろう?」
「あ、はい。」
 進はやっとこ、その重そうな口を開いた。テーブルの上には、手芸部の元部長さんから没収したポラロイドの写真。飛びついた相手のお顔まではフレーム内に収まっていないが、誰かの胸板に頬をくっつけ、ふにゃんと泣き出しそうになっている愛らしいお顔が…小さな肩に挟まれて立ってしまった丸い襟がこっち側の頬を半分ほどを隠しつつも、きっちりと全部写し込まれていて、なかなか美味しいスナップではある。…あ、いやその、げほんごほん。
(笑) それを目撃して…それが一体どうした彼なのかと"きゅうん"と愛らしく小首を傾げたまま目顔で問えば、

  「それを見て、その…悪くはないと思ってしまった自分が、少々分からなくてな。」
  「はあ…。」

 それはまた。
(笑) 成程、その扮装をさせられていた本人には、何とも答えようがないことかも。何しろ本意からではなかった女装なのだし、日頃だってそれほど意識して"可愛い"という格好をしてはいない…と思う。冬の間中ずっと着ていたオフホワイトのあのコートは、まもりの見立てだったからちょっと"可愛い系"だったかも知れないが、今日だって…お尻が隠れるほどのちょっと大きなサイズだが、それでも男らしいカーキイエローのスタジャンに、白いシャツに上へ重ね着たのは胸元で切り替えのあるアースカラーのトレーナーとモスグリーンのワークパンツ。スタジャンはお母さんの見立てで、まもりに言わせれば"明るい玉子色でよく似合っているわよ"とのことで。

  『こんな淡い色のもあるんですね。』
  『そりゃあ探したもん。
   まもりちゃんが言ってたみたいに、セナくん、暖色系が似合うから。』

"…えっと。"
(…笑)
 小柄なことへのコンプレックスも全くないとは言い切れず。速さと機敏さが大事なランニングバックなのだから身軽なのは良いことだよと栗田先輩に言われて、最近では自信もついて来てはいたものの。未だに"やっぱり男の子よねぇ"というのよりも"可愛い"と言われることの方が多いという自覚はある。
(…ふ〜む)

  ………けれど。

 雄々しくて頼もしい、この大好きな人のこと。そういった感情の裏返しだとか憧れだとかで好もしいと思っている訳では決してない。ギリシャやローマの神殿の彫刻像みたいに重厚で存在感のある、いかにも男らしい人だけれど、ホントはとってもやさしくて温かくて。それに、何につけ凄い人だと思っていたものが、あちこちに拙いところとか朴訥なところとかも一杯抱えている人で。自分を甘やかさない厳しさと裏腹、小さなセナへは…繊細なことへは覚束ないらしい手とそんな自身へのもどかしさを時折滲ませた表情にて、それはそれは頑張って優しく接してくれる人だ。ついつい大雑把になってはその場で反省し、きっちり謝ってくれる律義で不器用な人。そんな彼の、嘘をつかない真摯な眸に搦め捕られて、気がつけば惹かれていたという順番なのだし。
「…あの。」
 小さくて小さくて、だのに懸命なところがまた、ひどく愛らしいこの少年が、無理から着せられた不本意な女の子の格好。直球ですとんと"愛らしさ倍増"だったと感じたにもかかわらず、それをだが似合っていたとか可愛かっただとか、褒めてしまってはセナに悪いのだ…とも感じたから。それで自分のそんな感覚を、それじゃあいけないと、困惑しつつ叱っている彼なのだろう。
"………vv"
 もうもう、こんな人なんだから、もう。真面目に考え込んでいる難しそうなお顔さえ、とっても愛しく思えてくるじゃないですかと、セナはふわりと微笑って見せて。
「男だから似合う筈ないのに…って、そう思ってくれたんでしょう?」
「…ああ。」
「嬉しいです、それvv」
 とっても間近な、ほぼ腕の中、懐ろ圏内。そんな位置からにこりと笑ってくれた、小さな可憐なお花の愛らしさに、

  「………。/////

 ポンっと言う音がしたんじゃないかと思うほど鮮やかに、耳朶から頬から赤くなった"ロボ・コップ"さんに
おいおい、陽焼けしてなきゃあもっと分かりやすかっただろうねと、愉しそうなクスクス笑いがついつい零れた桜庭くんである。
「…なんだ。」
「別っつにぃ〜♪」
 校庭のあちらこちらには、まだ冬枯れのままな桜たち。けれど良く良く見やったならば、膨らみかかったつぼみを梢に揺らしているのが判る。新しい季節はもうすぐそこ。色々な"こんにちは"の前には、ちょっとだけしんみりしちゃう幾つかの"さよなら"さんたちもいる。でもでも永遠に逢えなくなっちゃう訳でなし…と、おセンチにならないように馬鹿騒ぎをする、今時のお元気な高校生たちの賑わいに、桜たちまで笑いさざめいて見えた、早い春の昼下がりであった。






   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif

    「このイベント、有名なんですね。
     駅からこっち、ここへ向かう人ばっかりで、とっても判りやすかったですよ?」
    「らしいね。まあ、僕たちは入学前から知ってたけれどもね。」
    「???」
    「進のお姉さんも、ここの卒業生だからね。」
    「あ、たまきさんもなんですか?」
    「うん。しかも…演劇部だったんだな、これが。」
    「えっと…?」

      ――― それってもしかして。

     あの妙な"変身しましょう"の出し物に、たまきさんも一枚噛んだことがあると?
    「あの…。」
     そのお姉さんの弟さんへと視線を向ければ、
    「今度ウチに来る時は気をつけた方が良いぞ。」
     珍しくもそれとありありと判るほど、悪戯っぽく"くすり"と薄く笑って見せる進であり。
    「そ、それって…。」


      ――― どういう意味なんだ、清十郎さん。
    (笑)





   〜Fine〜  03.2.24.〜03.2.25.


   *思い立ってすぐと言うノリで書き上げたので、
    ちょっと説明っぽいト書きが多いかも。
    学園ものをこんなに書いているのは実は凄んごく珍しいので、
    甘えてるみたいですが、どうかご容赦くださいませです。
    ああ、3月4日が待ち遠しいようvv


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