カボチャ大王、寝てる間に…。
 

 
 キリスト教の暦の上では、10月最後の晩は地獄から亡者たちが放たれるのだそうで。生まれ故郷や亡くなった村へと一斉に戻って来るのを迎え撃って追い返すために、人々はそれぞれ亡者が驚くような怖がるような扮装をする。庭やら窓辺やらへカボチャを刳り貫いて作ったランタンを並べ、架空のモンスターやら宗教上の魔物やら、工夫を凝らして怖いものに化けて。皆で一緒に一晩夜通しで過ごすことで、邪気が入り込むのを防ぐそうで、これが彼の有名な“ハロウィン”のお祭り。子供たちも遅くまで起きていて良いし、何人かで組んで家々を回り、

  《
trick or treat!

 悪戯か、もてなしか。お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞと唱えれば、それぞれの家の家人たちが苦笑混じりに小さな魔物たちへと、キャンディやクッキーなどのお菓子を振る舞ってくれるところなぞは、丁度日本の“地蔵盆”と一緒。
おいおい 一致団結、協力し合っての秋の実りの収穫が済んだ村の、クリスマス前の小さな祭典。これからやって来る冬に向け、気を引き締めないと風邪を拾ってしまいますよと、皆して元気な顔を確認し合う、そんな行事なのかも知れません。

  「セナ? 支度は出来ているの?」

 ここは“雨太”という小さな村。鄙びた片田舎ではあるものの、ご多分に漏れず、村人たちは数日前から準備しての仮装やら扮装やらに余念がなく。また、お母さんたちは子供たちに振る舞うための、焼き菓子や砂糖菓子を作るのに忙しかったり。村の端っこ、小さな小さなお家でも、優しいお姉さんが小さな弟くんへの声をかけている。それは優しくてよく気のつく、村の若い衆たちに大人気のお姉さん。今夜は何と…黒装束の魔女に化けた。つばの広い尖んがり帽子に、真っ黒なワンピースとやはり漆黒のマント。けれどでもね。それでは何とも地味だから。マントの裏は真っ赤だし、お帽子が飛ばないようにと、縁から下がって髪をくぐらせ、うなじに結んだおリボンも赤。金色の糸を使っているリボンを巻き付けて作ったタクトを、魔法の杖代わりに手に持って、キッチンから居間を通って弟くんが居るだろう寝室へと向かえば、
「まもりお姉ちゃん…。」
 頭の上へは三角のお耳。ふかふかのモヘヤのお袖と襟の暖かそうな、真っ黒いセーターとおズボンという恰好の、ちょっぴり小柄な男の子がどこか困ったようなお顔をして立っていた。
「あらあら。ちゃんと着たのねvv」
 可愛いわ、よく似合ってvv それは嬉しそうににっこりと微笑うお姉さんだったが、お手製らしき黒猫もどきの扮装をさせられた男の子の方は少々困惑気味。
「ボク、今夜はこの恰好なの?」
「そうよ。魔女のお供の真っ黒な子猫vv セナったら、ホント、可愛らしいカッコがよく似合うからvv」
 もうもうこの子ったら、なんでこんなに可愛いのvvと。何も語らぬうちから…瞳に浮かんだハートの形が彼女の胸中を全てを伝えて来るようで、
「えと…。」
 去年はセナの方が魔女だった。(但し、半ズボンで。)その前は確か狼男の子供だった。(今年のカッコと大差無かったような。)毎年毎年ちゃんと衣装を縫ったり編んだりしてくれる、優しいお姉さんなのは嬉しいんだけれど。その衣装がまた、村中の人々たちから“似合うよvv”“可愛いよvv”というお褒めのお言葉ばかりいただくのだけれど。でもね、あの。
“今年は、モン太くんも小結くんも、牙とか爪とかつけた狼さんの扮装を着るんだって言ってたのにな。”
 見た目がまだまだ小さいとはいえ、男の子だし。それにね、お友達が大人っぽいものへと背伸びをするのが、ついつい気になっちゃうお年頃。いつまでも鬼ごっこや冒険ごっこに興じてばかりではいない。お家の畑仕事のお手伝いなどに頼られる辺りから、大人の側でも察してほしいのだけれども、ねぇ? ……………と、思いはしたが。
「首回りとか苦しくない? あ、そうそう。ちゃんとケープも肩に掛けるのよ? 陽が落ちてからはずっと寒くなるから、良いわね?」
 柔らかで暖かなマリア様みたいな笑顔にて。良いわね?なんて、念を押されたりなんかしたりなば。……… 一体 誰が逆らえましょうか。
(笑) ああ、いけない。お鍋を火にかけたままだったと、慌ててキッチンへ戻るお姉さんを見送って、小さなセナくん、こっそり“はぁあ”と溜息をついたのでありました。






            ◇



 とうに陽は落ち、そしてそして。日頃は静かな小さな村が、今夜だけは…夜更かしにと明かりが灯され、空の星々が少しだけ、悪戯をしに降りて来たよう。小さな村だが年寄りもいれば子供たちも沢山いる、過疎と呼ぶにはまだまだ溌剌とした、明るい生気に満ちた土地。それぞれに頑張っての扮装をした人々が、教会に集まってのミサをしてから。さあ、それでは家に帰って夜明かしを致しましょう、鈴音ちゃん、良かったらウチへ来ない? あ、嬉しいですうvv 神学校のどぶろく先生はどうなさったのかしら、それがね、ご機嫌でお酒を召してらしたのだけれど、あんまり陽気にはしゃいでらしたものだから、酔いが早めに回ってしまったらしくて…。お母様方、お姉様方の間では、早速にもお喋りの花が咲いている模様。そしてそして子供たちは、

  「
trick or treat!

 決まり文句を口々に、馴染みのお家を回っては。クッキーやキャンディ、チョコでコーティングされたプレッツェルなど、色々なお菓子をもらってワイワイとはしゃいでる。中でも、
「セナくん、可愛いvv」
「魔女の黒ネコなんだねぇ。まもりさんも毎年々々器用なこと。」
「はい。今年のお菓子は あたしも作ったんだよ?」
 一番人気の小悪魔グループ。黒猫さんと狼さんと、それからそれから巻き角の羊に見える…実は悪魔なんですよの3人組は、どこへ行ってもどっさりと振る舞いをいただける。琥珀に潤んだ大きな瞳が、それはそれは愛らしい。小さな黒猫さんに人気が集中するものだから、中には“此処で食べて行きなさい”と、生クリームのデコレーションも豪華なケーキを御馳走してくださるお家もあるほどで。
「いやぁ〜♪ 毎年のことながら、お前の人気はただもんじゃないよな。」
 これでも大人版の狼なんですよの爪つき手袋をはいたモン太くんが、それにしてはお菓子が大量なのをほくほくと喜んでいたりする。小結くんも恐らくは喜んでおり、
「えと…。//////」
 こういう展開を“美味しいvv”と解釈して、図に乗ることが出来るよな子なら良かったんだけれども。そろそろせめて“お兄ちゃん扱い”してほしいお年頃のセナくんにしてみれば、あんまり手放しでは喜べない模様。そうこうする内にも、持って来ていた袋が一杯に膨らんだので。それじゃそろそろ帰ろうかと、良い子の3人、村の真ん中の広場で“また明日ね”とお別れした。村の端っこにあるお家に帰ろうと、いつもからは考えられないほど、夜中なのに明るい道をてこてこと進んだ小さなセナくん。まもりお姉さんは2つお隣りの洋裁店のおばさんのところにいるのを確かめてから、先にお家へ帰りつく。静かなお外にはビロウドみたいな夜気がつるんと垂れ込めていて。とことこ歩く速度に風が動くのか、頬や髪をつるつるとなぶって…触るとちょっと冷たいかな? 手入れの行き届いた小さな庭の中を突っ切って、お家を取り巻くポーチに上がり掛けた足が停まったのは、

  “お月様が綺麗だな〜。”

 無言のままにこちらを見下ろしている、真珠色の月の光があんまり澄んでて綺麗だったから。村の中も回りも、そろそろ本格的な秋の装いにその色合いを染め直しているようで。澄んだ空気の中、何もかもが壮大で綺麗で。それらに見とれるたび、セナはいつだって小さな胸が一杯になる。全ては神様の祝福あっての幸いで、自分のような小さき者にもこんな素晴らしい感動を与えて下さってありがとうございますと。胸の前にて小さく十字を切った、敬虔なるクリスチャンの小さな少年であったのだが………。






  「…ありゃあ“白の力”に満ちた魂の保持者だな。」
  「うん。間違いなくそうだろね。」

 とはいえ、まだ何も知らず何にも接していないからっていう、無垢だからって段階の話だろけれどと。くつくつと楽しげに笑った存在が立っていたのは、セナのいるお家の前からは相当に距離のある、国境代わりの森の“上”。黒々としたシルエットになって地平線に浮かび上がる森の…少しほど上空に。月からの光は微妙に避けて、人ならぬ者が約2名ほど、ふわりと危なげなく浮かんでいる。双方ともに、一見したところは人と変わらぬ姿態をしているが、何の支えもないままに中空へと浮かんでいるなんてところからして、立派な“人外”と言わざるを得なく。片やは、亜麻色の髪をふわりと流し、健やかにも若々しい、青年風の端正な容貌をした存在で。花のように華やかな印象の、その名も桜庭という黒の妖魔。そして、
「暢気なもんだよね。ハロウィンのお祭りか。」
 愛らしい扮装は確かに微笑ましかったがという苦笑をし、
「すぐお隣りの王国では、なんと王位継承権を持つ王子様二人が、命をも狙い狙われっていう物騒なことになってるっていうのにサ。」
 同じ地上で、この温度差は何事だろうねと、半ば呆れているらしき連れの言いようへ、
「仕方がなかろう。まだ まるきり公けにはなっていないこと。」
 というか、公けになっては不味いことらしいからなと、嘲笑気味に笑い返したのが。金髪痩躯に匂い立つような美貌を載せた、こちらは蛭魔という通り名の、やはり黒の妖魔である。地上で人々が来るな来るなと魔除けの騒ぎを行っているのは、今晩だけはあなた方のような存在がやっぱりやって来るからなんでしょうか?
「馬鹿言えよ。俺らは年がら年中そこらを飛び回ってる。何も今夜だけに限った話じゃあないさ。」
 ははあ。でもでも、それじゃあ。今宵だけは、あの騒ぎが怖くって、人々には近づけないとか?
「それもねぇな。第一、向こうからは俺らは見えない。だから、俺らが怖がってんのかどうか、計りようがないってもんだろうがよ。」
 え? 見えないんですか?
「よっぽど修行を積んだ聖職者か術師でもなければね。気配さえ感じることは出来ない筈だ。」
 亜麻色の髪の妖魔さんが“くすすvv”と屈託なく笑う。どこか悪戯っぽい、軽やかな雰囲気の存在の方々で…妖魔というより精霊さんに近いのかと思えば、そうでもなく。

  「これでもな、死者の魂を拾うのが役目の、結構格は上の魔物なんだよ。」

 判ったら態度を改めなと、胸高に腕を組んで斜め上から見下して来た、黒づくめの金髪悪魔さんだったが。だったらなんでまた、そんなところに浮かんで、遠巻きに村のにぎやかな夜を眺めているの?
「僕らが見ているのは、そっちじゃあないんだよね。」
 こちらはまだ物言いが穏やかな、亜麻色の髪の妖魔さん。足元を見下ろして見せたのでそちらへとカメラを向けてみますと………。





            ◇



 国境の森まで何とか逃げ果
おおせたものの、此処から先はどうしたものかと。慣れぬ夜道を駆けさせた愛馬の首をいたわるように撫でてやりつつ、そんな余裕の陰で…実のところは少々途方に暮れている人物がいる。さして仰々しくも派手めかしたいで立ちではないながら、衣服の上へ革の胸当てや籠手を装備し、腰には大きな太刀を提げているということは、単なる農民ではないらしいが。それでは…旅人や渡り剣士であるにしては、あまりに手荷物がなさすぎる。屈強精悍な体躯は日頃の鍛練で練ったものだろう、見るからに厚みのある、重量感というのか存在感というのかがあって頼もしく。がっちり出来上がった身体つきの者にありがちな、鈍重さや圧迫感が微塵もないのも特筆すべき点だろう。動作は機敏で切れがあり、所作の1つ1つもなめらかにして速やかで。これもまた鍛練の成果として得たものなのか、機能美と呼んでいいほどに、無駄のない動作が彼の気配を上手く夜陰の中へと紛れ込ませてもいる。徒にがさごそと音を立てれば、追っ手へ簡単に居処を明かしてしまうからで。…ということを案じているということは。この青年、いかにも清廉潔白そうな、道徳のテキストを毎朝音読しているような、融通利かずなほどの正義漢に見せながら、実は実は前科数犯のお尋ね者とか?

  《 おいおい、さっきの俺らの会話を忘れたんか?》

 おやや? この声は。闇夜に浮かんでランデブーと洒落込んでらした、妖魔さんではございませんか?

  《 誰が“ランデブー”なんぞしとるかっ!》
  《 やだなぁ、妖一ってばvv 照れちゃってvv》

 こらこら、素に戻らない。
(苦笑) そっか、さっき言ってましたね。

  『すぐお隣りの王国では、なんと王位継承権を持つ王子様二人が、
   命をも狙い狙われっていう物騒なことになってるっていうのにサ。』

 じゃあ、この人が生命の危機に晒されてた王子様の片方だと?

  《 ああ、話半分だったよな。そうじゃねぇんだ。
    二人ともが狙われてるっていうんじゃなくて、
    こっちの王子さんが、もう片やの兄弟王子に狙われてるんだ。》

 ほほお。月の光だけが光源という夜更けで、しかも鬱蒼と木々が生い茂った森の中。追っ手から身を隠してのことなれど、これでは…どんな方なのかが良く見えませんが。それでも先程つらつらと並べました通りに、なかなかに鍛え抜かれた肢体をなさり、しかもしかも、涼しく冴えた眼差しは、まるで冬の夜空の孤高の輝き、北の天頂に一際輝く碇星のようでもあって。

  “…どうしたものだろうか。”

 おお。あまりに無表情なんで判りにくかったのだけれども、この方、一応は途方に暮れて、しかも困っておいでのご様子。

  “兄上からの誤解を、一体どうやって解いたものやら…。”

 はい? 今、兄上と仰有いましたよね? じゃあ、この方は第二王子でいらっしゃる? でもだけど。王位継承権を巡る争いってのは、普通は順当だと継げない立場の人や陣営が蜂起して起こるものではないのでしょうか。お兄様がこの方を誤解して追い回しているというのは、何だか順番が訝
おかしいような。

  《 そこがこいつらの国の現状の面白いところでな。》

 こらこら、人の生き死にが関わってるのに不謹慎な。…って、そっか、あんたらは妖魔だったか。
(う〜ん) …それで何が面白いのかな?

  《 こいつは弟で、しかも野心というもんがさらさらない。
    関心があるのは自分の強さを伸ばすことだけで、
    体や腕力の強さは勿論のこと、精神力の強さも忘れずに修養していてな。
    先々では兄上の補佐をしつつ、国のために働こうと、
    それしか考えてはいない、究極におめでたい奴なんだがよ。》

 そこで溜息をついた金髪の悪魔さん、

  《 ところが、そんな風に欲がない清廉潔白な身のこやつには、
    驚くほどに人望が集まっておってな。
    外国からまで是非とも臣下にお加え下さいって訪ねてくる名士が
    日ごと来訪しては絶えないらしくてな。》

 さして年の離れぬ兄弟。片方にばかりそうまでの人望が偏ったら、もう片やはどうなるね。悪魔さんは“くけけ…”と笑い、

  《 嫉妬と疑心暗鬼に凝り固まってしまった兄王子の心はな、
    こいつがいつ反旗を翻すか、自分を追い落とすのかってことで
    不安で不安でしょうがなくなった。
    自分勝手な思い込みからノイローゼ状態にまで陥った兄王子は、
    とうとう昨夜、こやつに刺客を差し向けたんだ。》

 おおお。それは…怖い。

  《 だろ? これはさすがにのっぴきならぬ事態だが、
     事を荒立てては民も動揺するだろうし、
     周囲の列強国に付け入られる隙にも成りかねない。
     そこで、兄王子様ご乱心が収まるまで、
     安全のためにも身を隠されてはと進言されてな。》

 そやって こっそり城を出たところが、今度は何と、民衆を味方につけてのクーデターを起こす気だと、勝手な妄想はますます膨れ上がっているらしいんだとよ。黒づくめの妖魔さんは鼻で笑って説明を締めくくったが、

  「……………。」

 くどいようだが追っ手を持つ身。静かに静かに気配を殺しての潜伏を、今夜一晩、この森で過ごすおつもりなのだろうか。第一、どうしてまたお一人でいらっしゃる? たとえ一刻を争うような出奔遂電であったにせよ、供の者の一人くらいは連れてゆく筈。だって、やんごとなき身の方々には、身の回りのことだって自分ではこなせないのが当たり前ですからね。

  《 ああ、その辺は心配ない。》

 はい?

  《 こいつはな。
    礼儀作法をも学ぶような、東洋の武道を鍛練していたらしいから。
    あまり周囲の人間を煩わしはしなかったらしいぜ。》

 ふ〜ん。さっきからどうも…いやに詳しいんだね。………はっ、まさかまさか。この王子様の命を“拾い”に来たあんたたちなの?

  《 さぁて、どうだろなvv》

 にやにやと笑って見せたは、金髪の方の妖魔さん。自分たちの眼下…というか、足元に、ご立派な図体をなさっているのにも関わらず、途方に暮れたように佇む、雄々しき体躯の王子様を見下ろしていたのだが。何を思ってか、その綺麗な手を持ち上げると、

  ――― パチン、と。

 冴えた夜陰に響いて鋭く。指を鳴らしたその瞬間に。彼らが見下ろしていた頑丈そうな王子様、ふっとその姿を消してしまったのである。






            ◇



 綺麗な月についつい見とれていたものの。もう随分と遅い時刻だと、我に返った小さな少年。細い肩に羽織ったケープを掻き寄せると、改めてお家の玄関ポーチに上がりかけたが、

  ――― え?

 視野の物凄く端っこに、今まではなかったものが現れたような感触があって。風に梢が揺れるような木も植えてはいないし、そこには何もなかった筈で。そんなところに“不意に”現れることが出来るだなんて。もしやもしや………、
「……………えっと。」
 そろぉおぉぉっと。ゆっくりと振り向いたセナくんの、少しほど斜め後ろの柵の向こうに。手入れと仕付けの善さそうな栗色の馬を従えた、黒髪で大柄な青年が一人、何の前触れもなく立っていたりする。でもね、ここは町外れのお家だから。誰かが近づくとなると、必ずもっと手前で気がつく筈なのに。それに、外から来た人が通りすがるには、この時間だともう閉めちゃってる木戸をどうやって抜けたのかが問題でもあり。今夜という日が日なだけに、まさかまさかと遅ればせながら怖くなって来て。小さなセナくん、手から提げてた袋を取り落としたけれど、足が竦んで動けなくって。
“ふえぇええぇっっ!”
 亡者とかお化けなの? だとしたら、どうしたら良いんだろうか。教会で聞いた聖書の言葉を唱えれば良いの? けどでも、礼拝で聞くのは幸いや感謝のお言葉ばっかだし。そんなのでも怯むのかな………。ドキドキしつつもそんなこんなを頭の中で巡らせることが出来たセナくん。よ〜しと何か一言言ってやろうとしたのだが、そんな彼に先んじて、青年の方が先に口を開いて言うことにゃあ。

  「………お前。まさか亡者か?」
  「違いますって。」

 そうまで真顔で訊かないでやって下さいませ。後々のトラウマにでもなったらどうしますか。
(苦笑)



 一見コントのようだったが、双方ともに真剣真面目。何せ、片やは…忽然と現れた、しかも屈強大柄で武装までしている相手と向かい合うこととなったか弱き少年。そしてもう片やは、一瞬前までは森の中にいたはずが、瞬き1つの間合いのうちに、こんな開けた町並みの外れに立っていた青年だったりするのだから。何が何だか、自分の身の上に起こったことが、今一つ把握出来てはいなかったりするのだが。
「…あのあの、こんなに寒い夜中にお外にいるのも何ですから。」
 なんと。か弱き少年の方が、先にそんなことを言い出して。
「良かったら中へ入りませんか? 何もありませんが、お茶でもお淹れしますから。」
 こらこら。見ず知らずの人をいきなり家へと上げてどうする。これには、
「………。」
 そんな応対をされた張本人からして、ぎょっと面食らったような顔を…したんだろうな、かすかに眉が震えただけだが。すると、
「そんなお顔をなさらないで下さいませ。僕はあなたを知りません。ですから、危害を与えるような遺恨はありませんし、それに…このまま此処にいては風邪を引いてしまいますよ?」
 そういう方向で掻き口説いた少年だったが、
“………そうではないだろう。”
 かすかに驚いていたものが、今度は表情を引き締めて。強い意志に引き結ばれていた、青年の凛々しい口許が初めて動いた。

  「少年。見ず知らずの人間へそうもあっさりと無防備に接してはいけないと、
   親御や年寄りたちから学ばなんだのか?」

 自分ほどにも鍛え抜かれていればともかく。こんなにも…月下にひっそりと開いた、小さな宵花のように、儚げな佇まいの少年なのに。易々と捕らえられ、攫われたり危害を加えられたりしたらどうするのだと、そんな風に諭したところが、
「あのあの、僕には父も母もいません。」
 まずはそんな弁明をし、
「それと、一緒に住んでるお姉ちゃんや教室の先生から、見ず知らずの人に気安くしてはいけないと、確かに習ってはおります。けれど…。」
 おずおずと上げた小さなお顔。潤みの強い大きな瞳に、まだまだ子供の色濃い輪郭の、するんとした頬と小さな顎と。ふくりと開いた小さな口許が再び動いて、
「ただ。剣士様は悪いお方ではないと思いました。先程から、お馬さんがそれは懐いて離れません。ただの乗り物、道具扱いなさっていない証拠ですし、それに…。」
 そう、それに。
「驚かれたり戸惑われたり、それがそのまま瞳に反映なさる方だから。この方は嘘はつけない人って思いました。///////」
 セナには何と表情豊かな眼差しだろうかと思えたから。だから、信じるに値すると判断したのですよと言われて、

  「……………。」

 剣士様の方は声もない。長い間仕えて来てくれた側近たちの中でも、ごくごく限られた者たちにしか なかなか意志が伝わらない不器用な身を。ここ数日ほどは不甲斐ないとか歯痒いとか恨めしくさえ思っていたというのに。なんと…初対面のこの子は、こちらの意志や感情を、瞳に読み取れると言うのだから。
「ホントですよう。今、そんな筈はないってお思いになられたでしょう?」
 いやまあ、それは流れからして予想のつく答えですけれど。それでも、
「…何か心配事を抱えていらっしゃるのですね。でも、この村に居れば大丈夫ですよ? だって今夜はハロウィンだから。剣士様がどうやって入って来られたのかは分かりませんが、今夜は一晩中大人たちが起きております。だから、何か…追われていらっしゃる何者かが現れたなら、村中が大騒ぎになってそれと判る筈です。」
 追っ手があるなぞと、一言も言ってはいないのに。またもや思いを読まれてしまい、
“…成程な。それで、警戒は要らぬという私の人性も読み取れたのか。”
 人の心が読めるとは、何とも不思議な子供だと。気味が悪いと思わずに、不思議だなで終わるところは、こちらさんもやはり大物なのかも知れなくて。さあさ、どうぞお上がり下さいと、小さなお家のポーチを示す少年へ、王子はやっと…心からの微笑を、今度のは普通一般の人が見てもそれと判るレベルにて口許へと浮かべて見せ、


  「少年。」
  「はい?」
  「無礼にもまだ名乗っていなかったな。私は進清十郎という。」
  「あ…えと。ボクは瀬那といいます。//////」


 わざわざのご挨拶に、セナの頬がほのかに染まる。何とも凛々しい剣士様の本当の正体も知らぬまま、されど…凛々しくて頼もしい、素敵なお方だなって。何だか憧れの想いがムクムクしてきたセナくんだったようでございますvv










            ◇



  「さあて、俺らも一働きしに行くかな。」
  「え? 何の話サ。」

 彼らのやり取りを一緒に見守っていたそのままに、キョトンとする桜庭へ。切れ長の眸をますますと吊り上げるように細めて見せると、
「例えばだ。何となく言動が危ない御仁が、朝っぱらから“鷄が喋った”だの“ネコが笑った”だのと口走ったらどうするね。」
 そんな素っ頓狂な“例え話”を始める蛭魔であり、
「…それって。」
「いくら第一王位継承者でも、そんな危ない奴を次の王位になんぞ据えられるか?」
「そりゃまあ、考え直すだろうね。いくら血統順とはいえ。」
 政権を巡る確執には良くあるような、頼りない王こそ持って来い、傀儡扱いにして国政をほしいままにしてやろう…という腹黒大臣でもいるような王宮ではないらしく、
「まだ一応は病床におわす現王へ、今だに政務のお伺いを立ててる頼りなさだっていうからな。」
 揃いも揃ってシロネズミばかりの、何とも健全で…頼りにならない顔触れ揃いの首脳部だとかで。頼もしき国王様に頼りまくって来た弊害が、こんな時になって露呈したというところだろうか。
「ところが、あの第二王子の腹心たちは違う。何たってあの寡黙な野郎の意をきっちりと酌めるほど、察しが良くて頭も切れれば忠義にも厚いっていう、これ以上はない陣営だそうだ。」
 元からそうだったというよりも、彼があまりに寡黙だったもんだから鍛えられたという方が正しいのかも?
(笑)

  「で、これからそういう小細工をしに行く訳だね?」
  「そういうこと♪」

 どしたの、いい人ぶっちゃってと。連れに訊かれた金髪の魔物さん。にたりと笑ってきれいな淡灰色の瞳を細める。馬鹿だな、考えてもみろよ、あんな愚人が王になったら、疑心暗鬼にも磨きがかかって、片っ端から人々を断罪し抹殺してゆきかねない。あっと言う間に反乱か何かが起きて、国は滅びてしまうだろう。

  「………それがどうかしたの?」

 愚かな人間たちがそんな理由で滅びるのは、言わば“自業自得”じゃない。仲間な筈の人の気持ちを疑ったり試したり。信じるってことを忘れた自分を棚に上げて、身勝手に怒ったり恨んだり。悲しみや恨みに浸された魂は“黒の力”の素になるから、そういうのを集めてるボクらにとっても嬉しい限りじゃないか。亜麻色の髪の青年邪妖。彫の深くて壮健そうな、精悍な男らしさが若々しくも滲むお顔に、いかにも怪訝そうな気色を浮かばせたが。

  「だから馬鹿だというのだよ、お前は。」
  「何だよ、それ。」

 むすりと怒った相棒へ、良いか? よく聞けと金髪の悪魔さんが咳払い。

  「反乱が起こって一気に人死にが集中して。国が滅んでしまったら。
   その時だけは良いさ。こんな風に飛び回らずとも、工夫をせずとも魂が拾える。」

 それも、お前が言ったような。黒の力の素になりそうな、理不尽な死にようをした魂ばかりがだ。けどな、そんなに山ほど拾えたってそれは一時のこと。そして、そんな時期が過ぎれば、今度は果てしもなく無の大陸が広がるばかりなんだぞ? 他所の国が攻め入っての滅亡じゃない、内紛にての滅亡だからな。どう転んだって結局は国力を失ったままに衰退してくだけだろうさ。そうなったら俺ら、その後のずっとずっと、次の王朝が芽生えるまで、このだだっ広い担当地区を空しくも退屈に見下ろして、風を枕にするばかりの日々を送らにゃならなくなる。

  「それでも良いのかよ。」
  「う〜〜〜、それはちょっと…。」

 困らせたり嘆かせたりを楽しむ相手、自分たちがちょっかいを出す人間そのものが全くいなくなるなんて…そりゃあ確かに退屈かもだな。相棒の言いように、すっかりと丸め込まれた亜麻色の髪の邪妖さん。了解したなら、さあ急ごう。今夜は城でも夜明けまで、人が沢山起きていようから。それにもしも、あの黒髪の武骨な王子が現在進行形にて追われている身なのなら、細工は早いに越したことはない。皇太子が乱心したと、追っ手やそれを操る輩たちに、一刻も早く思い知らせてやらねばならん。

  「こんなうつけを王にしたなら、
   海外からの来賓たちも多く居並ぶ戴冠式にて、
   大恥をかくことになるぞよと、闇の中から囁いてやらねばならん。」

 そうと言って連れを急かした悪魔さん。実は実は…去年のハロウィンで、悪魔の扮装をした旅人だと思い込まれて。あの小さな坊やから、取って置きの美味しいお茶を御馳走になってしまった。魔物はネ、借りを作った人間には手が出せない。それどころか、恩を返さねばならない。そんな身だってことが連れにバレるのは、何だか面白くないことだったから。いかにも“理に適ってることなんだぞ”と、ごちゃごちゃ並べて煙に撒いて。さあ、あの王子を無事に国に帰してやろう。そうすれば…義理堅いと噂の第二王子のことだから。今宵のずっとを追っ手から匿ってくれた、優しい一時を一緒に過ごしてくれた小さな少年のこと、シンデレラを探した王子と同じく、草の根を分けても捜し出すに違いない。

  “城へと迎えないまでも、
   それなりの生活の補佐くらいはしてやることだろうから。”

 それで少しは恩が返せる。貸し借りなしの身になれると、擽ったげに苦笑をし、金髪痩躯の悪魔さん、ハロウィンナイトの空を、風のように渡ってゆくのでございました………。




  〜Fine〜  04.10.31.


  *文字通りの突貫で書き上げて、アップしたところで力尽きました。
   未明のうちに読んだ方には、何ともお見苦しい状態だったことをお詫びいたします。
   (ここの後書きもなかったしね。)

ご感想はこちらへvv**


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