ポッカポカなので…

 



 陽光も柔らかにホカホカと暖かくなったり、そうかと思えば足元からジンジンと這い上って来る底冷えが戻って来たり。厳冬の最後の悪あがきと、駆け足でやって来た春の先触れとが、結構熾烈な鬩
せめぎ合いを始める頃合いになって、
“こういう時期に油断して、ついつい風邪を引いちゃうんだよね。”
 いつまで経ってもちんまりしていて細っこいからか、風邪や怪我へはお母さんやまもりお姉ちゃんからいつもいつも心配されがちだけれども。実はこれでも結構丈夫な方なんですのにねと笑って見せたら、
『…そうかな。』
 風邪で寝込むほどの熱を出したことだってあったろうが。あと、精神的なことではあったが、やはり倒れたことだって。そんな風に並べて下さった人は、
『倒れるほどに追い詰めたのは俺だったのだが…。』
 生真面目なところから、肝心なところをやっぱり思い起こしたらしく。反省の構えに入りかかったのへ、
『あっ、あのあのっ!』
 今はホラ元気ですよう、進さんと一緒にトレーニング続けているから、今年の冬はまだ風邪引いてないですし。慌ててぶんぶんっと腕を振ってまでして“元気っ”をアピールする瀬那くんであり。……………いやはや相変わらずみたいですよ、こちらさんも。
(笑)






            ◇



 冒頭にも並べたように、このまま一気にもう春なのかなと思わせるほどの陽気が続いたかと思えば、そんなの甘い甘いと言わんばかりの寒気が戻って来たりもして。そしてそんな風な、急激な寒の戻りがやって来ると、セナがどんなに“平気です”と言っても聞いてくれない優しい恋人さんは。そうまで寒い中を、わざわざセナのお家まで足を運んで下さっての逢瀬をいつも構えて下さるほどの、おデートでも文字通り“風にも当てず”という可愛がりよう。この春からの進路もおめでたいことには早い目に決まってしまい、早い目の春休み状態にあったセナだったりし。ならばとばかり…先に進学して新規のチームを立ち上げ、彼らの追従を待っていた頼もしい先輩さんに大学のグラウンドで早々しごかれている日々でもあるのだが、
『こうも寒いんじゃあな。』
 体を温めるだけで日頃の倍も時間がかかるのは効率的じゃあないし、体が動かず余計な怪我でも拾ってはそれこそ意味がないと。おサスガの合理主義からぱきぱきと判断しての指示を、前日から下さっての中止になることも結構あって。それでの…お家でのデートとなるのが、実は実は楽しみでしょうがない、正直者のセナくんです、はいvv

  「…で、こっちの方が大きいけれど仔犬なんだそうですよ。」

 並んで腰掛けたリビングのソファーにて。いつものように、セナの母上の編集部が発行している分厚いグラフ誌を一緒に眺めている。進さんのお膝に開いた本の、ページをめくるのはセナくんの小さな手で。屈託のないお話を持ち出すのがセナの方なら、一枚の写真からよくもそんなに、様々な感慨やら可愛らしいお話が浮かぶものだと感心しつつ。微笑ましいこと、胸がほかほかと温められて嬉しいと言わんばかりに、いつもは鋭い眼差しを心持ち和らげて聞き入る進さんで。ちょうど今、彼らが眺めていたのは、籐籠にもぐり込んで遊んでいる、種類の違う二匹の仔犬。片やの方が明らかに大柄なのに、半年の年の差があって、しかも小さい方がお兄さんだとお母さんから聞かされて。ビックリしちゃいましたと、屈託なく話していたところ。

  ――― え?

 いえいえ、リアクションがないのは特に不審じゃあない。声に出しての、何かしらの言葉を紡いでのお返事がなくたって構わない。お顔を上げれば、眸と眸が合えば、ちゃんと聞いておりますよ? うんうん、そんな風に思ったの? 深色の眸がちゃんと受け止めて下さるのだし。ただね、身を寄せ合うように凭れ合っていたものが。何だかちょっと…バランスが、重みが強くなったような気がして。
「…進さん?」
 何か御用でしょうかと。セナくんがお顔を上げたのと、座って少しは縮まる身長差であれ、やっぱり…頭上から覆いかぶさる格好になってた進さんが、ぐらりと倒れかかって来たものだから。

  「………はややっ?」

 そこはやっぱり“何事〜っ?”っと、あたふたしかかったのだけれども。ばったんと倒れ切るまでには至らなくって、まずは“ほう…っ”と安堵の溜息。
「進さん?」
 かくりと胸元側へ倒れたお顔。そろぉっとその懐ろへともぐり込み、下から覗き込めば、いつもなら涼しげな光を宿した眼差しが、やんわりながら閉ざされていて。まぶたの縁から頬へと伏せられた睫毛が…思いの外に長いことへドキリとする。
“はやや…。///////
 まだまだ単なるウォーミングアップ段階の自分たちと違い、大学の後期試験とやらが終わった途端に始まる合宿にて、U大学でのレギュラー入りもほぼ確定という身の進さんは、部の方の練習はなくたって、毎日の自主トレーニングを怠らないでいらっしゃるに違いなく。さぞかし、健やかな消耗という意味合いのもの、回復するには違いないながら…多少は疲れてもおいでのことだろうに、
“なのに…。”
 セナくんのお家まで、こうやってわざわざ運んで下さる優しい人。泥門高校にいるなら1駅だったものが、でも今は。セナくんの方が…登校日以外はR大学にいるか若しくはお家という、ちょっと距離が開いた間柄になったからね。しかも、こっちから逢いに行きますからって言っても聞いてくれなくて。風邪でも引いたらどうすると、
“お姫様じゃないんですのに。”
 そぉっとそっと手を伸ばして。少しばかり頬骨の高くなった、男らしくも精悍なお顔に触れてみる。すうすうという静かな寝息は乱れもしなくて。あの濃色の眸が閉ざされただけなのに、何とも静かで落ち着いた表情になるから不思議だなって。ついついじっと、見取れて見惚れていたらば………。


   「………セナくんたら優しいんだねぇ。」


 突然のお声に、わたわたわたわたっっと、そりゃあもうもう慌てたセナくん。
“あっあっ、そうだった。///////
 真っ赤〜〜〜〜っに染まったお顔を、さっきまで進さんの頬へと当てていた小さな手のひらで包み隠しながら、あわあわ慌ててる後輩さんを、
「そんな野郎、構うこたないから蹴っ飛ばして起こしてやれや。」
 過激な言いようで窘めつつ、ちょいと眇めた眼差しで見やって来たのが、
「蛭魔さ〜ん。///////
 実は居たんですよの金髪の悪魔さん。そして、そのお隣りにこちらもやはり同席していたのが、
「妖一、過激〜〜〜vv
 だから喜んでどうしますかと、出来れば止めて下さいなという眼差しを向けたセナくんへ、肩をすくめた桜庭さんで。ええはい。この、いつものリビングルームには、いつもと違う顔触れも実は同座していたんですねぇ。
『進が来るんだってな。』
 練習がお休みだと前以て分かったならば、必ずメールを入れるセナであり。それを受けて、自分の毎日のトレーニングや試験のためのお勉強のスケジュールを、早朝と宵へとぎゅぎゅっと押し込め、こうやって逢いに来て下さる愛しい人の動向を、セナは一片だって語ってもいないのに嗅ぎつけた、相変わらずに地獄耳な蛭魔さんで。
『あの仏頂面がどこまで緩むものなのか、後学のためにも見て置きたいと思ってな。』
 そんな思わせ振りなことを言って、のっけからセナくんを真っ赤にさせた先輩さんだが、真相を言えば…、
『今じゃあ僕も、あんまり進の傍には居なくなったでしょ? そんな野放しのまま、むっつりと黙んまりで通してはセナくんを困らせてないか、確かめたかったって言うから、相変わらず過保護なもんだよね。』
 後日にそうとこっそり話してくれて、苦笑が絶えなかった桜庭さんで。思い詰めたあまりに…いつぞや引っ繰り返ったセナくんだったのが、どうしても忘れられないからと、進さんの朴念仁なところ、どうしても信用し切れないでいるらしいお姑様だというから…成程、過保護だ。
“誰がお姑様だっ!”
 はいはい、すいません。
(苦笑) そんなお二人が先に来ていたことへ、こちらさんも怪訝そうなお顔になったものの、近況なんぞを語り合い、それからそれから、いつものこととて、進も楽しみにしていたグラフ誌の新刊を持ち出すと。あっと言う間に二人の世界が出来上がってしまったから、これは…心配するまでもなかったねとは、やっぱり桜庭さんのお言いよう。まるで小さな子供が母から御伽話を読んで聞かせてもらっているかのように。大きな体を窮屈そうに縮めて、セナが指さす紙面を一緒に覗き込み。可愛い小鳥ですね、わあ、綺麗な森ですねぇと、1つ1つへ感慨を述べるセナの言を、1つだって拾い漏らすまいとするかのように熱心に聞き入っている。この少年の柔らかで繊細な感性に出会うまでは、ただの写真だったろうにね。舌っ足らずな声での魔法を唱えると、あら不思議。ブロッコリーのような森の写真が荘厳さを増し、真っ青な河を背景にしたカワセミの姿が、何とも鮮烈に浮かび上がって美しくなる。

  “ホント、変われば変わるもんだよな。”

 それまでの彼には必要がなかったもの。暑くたって寒くたってトレーニングは続けたし、花が咲こうが仔犬が生まれようが、自分の生活空間には関係がなく。時に悲しい事件や災害の大きなニュースが報じられれば、そこはさすがに感じるものもあったけれど。正しく強い心根の人間であれば何も間違いはないのだからと、やはりその足は止まらなくって。疲れるという言葉を知らない、歩き続けて走り続けて当たり前な、止まると死ぬんじゃないかという、回遊魚の本マグロのような人…だったのにね。
こらこら 昼間のこんな時間帯に眠くなるだなんて、そんな効率の悪い状態を招くような、無茶な時間や体の使い方なんて絶対にしなかった、ロボットみたいな奴だったのに。愛しいセナくんに逢うためならば、優先順位もあっさりと差し替えちゃうぞと、やっとのことで“普通”の感覚になった青年。だもんだから、桜庭さんには、人前でのうたた寝なんてしちゃった進さんが、そりゃあ微笑ましく見えて仕方がなかったのだそうで。

  「いやぁ〜、春も間近いねぇvv
  「何を言ってやがるかな。」

 まだまだ寒いぞ、浮かれてんじゃねぇっての。呑気な恋人さんの言いようへこそ、怪訝そうなお顔になった綺麗な悪魔さん。そいや、こちらさんだって結構な過保護を受けていらっさるのにね。親の心、子知らずってですかね。
(苦笑)


   ――― 起きねぇみたいだな。重いだろうよ、手ぇ離しても良いんじゃねぇか?
        だ、大丈夫ですよう。///////
        だよねぇvv そんなの愛の力で支え切れちゃうもんなんだってvv
        お前は黙ってろ、この年中“常春”頭ヤローが。
        あ、ひっど〜いっ!

          ………………?

        あ。///////
        お。
        アラ。


 目が覚めた進さん、懐ろにセナくんを見下ろして…そのまま掻い込んでしまったものだから、どんな騒ぎになったかは………皆さんのご想像通りではなかろうかとvv ////////
こらこら





  〜Fine〜  05.2.19.


  *風邪と遊んでもらっているのに飽きました。
   でも、やっぱり頭の方は ほややんとし続けてるみたいです。
   とほほんなお話でごめんなさい。


 
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