Surprise Holiday
 

  まだ少しほど"梅雨入り"には間があって。雨になれば肌寒い日の続くこともあるけれど、朝から陽の照る上天気ともなれば、昼を待たずして小汗の滲む、所謂"夏日"にさえなる時候。それでも真夏に比べれば、緑の風やら若葉のはためく梢からの木洩れ陽やらと、まだ何とか爽やかなオマケもついて回る、過ごしやすい良い季節には違いない。列車の冷房もまだ入らず、窓からの風に髪を掻き回された少女たちが降り立ったホームで手鏡を広げる姿がなんとなく愛らしい、そんな週末の正午頃。
「…あ、進さん。」
 改札口を出るとそのまま歩道橋の上に立つこととなる、中空の待ち合わせ広場。JRの快速が停まるQ駅の、駅ビルやショッピングモール、映画館やゲームセンターなどが集まったアミューズメントビルなどが、それぞれの中腹同士で行き来出来るようにと、カラフルなアスファルトの敷かれた歩道橋の上で繋がっていて。そこへと出られる中央出口で、今日は待ち合わせた二人であり、
「待ちましたか?」
 小柄な少年がやわらかそうな髪を跳ねさせながら、軽快な足取りでパタパタと駆け寄るその先に、それは大きな青年が待っている。声を掛けるよりも先に、その視線はこちらを捉えていたようで、仔犬のように駆け寄って来た少年へ、
「いや。」
 待ってなんかないと、和んだ眸と穏やかな声で応じてくれる人。初夏の乾いた陽射しの下、涼しげな色合いのTシャツに重ねたジャケットのかっちりとしたラインが、日頃あれほど雄々しい彼の肩口や上背を思ったより細い目に引き締めていて、
"着痩せして見える人なんだな。"
 彼の存在感は元来相当なものなのだが、加えて、上背が随分ある人でもあるのだが。それでも、どういう訳だかこういう雑踏の中では気配を沈めていられる不思議な人。
"試合中とはまるで逆だもんね。"
 少年期を終えたことでやや頬骨の立った男臭い面立ちは、一言で表すなら"精悍"というところだろうか。双眸は鋭くて冴えた印象。聡明な深色の光が宿り、それが外へ向けて射るように真っ直ぐ、迷いなく振り向けられる。当初は…今以上に自分に自信のなかった瀬那としては、その眼差しがまた畏怖の対象でもあったのだけれど。今では、
「…どしました?」
「いや…。」
 にこぉっと笑って見つめ返しては、逆に…何故だかたじろいだように。進の側から視線を逸らされる時もあるほどで。しかも、
"???"
 それがどうしてなのか、よく分かってない辺りは…世間ずれの度合いという点でいい勝負な二人なのかもしれない。
(笑) 時間が合えば、何はなくとも逢おうという約束を取りつける彼らは、依然として…直接的な表現を外部からされると、往生際悪くもたじろいだり赤くなったりするものの、ちゃんと告白もし合った"恋人"同士であり、互いの存在感を傍らに感じているだけで十分至福、特別なイベントなんか必要ないほど相手へぞっこんに惚れ込んでいて。例えば、お膝抱っこした小さな温みの丸ぁるいおでこに自分の額をコツンとくっつけて、大きな琥珀の瞳がちょっと含羞はにかみながらも見つめ返してくれるのを堪能するだけで2時間は軽く保つというお兄さんであり、片や、無口で頼もしい青年の懐ろへと掻い込まれ、その大きな手で髪なんか梳いてもらったりすると…ドキドキが止まらなくなり時間が経つのを忘れてしまう少年であったりするほどに、それはまったりとした自分たちの世界をいつでもどこででも立ち上げられる、出来上がってる人たち、なのである。おいおい 今日も今日とて、これという外せないほどのお目当てのある待ち合わせではないのだが、そういう時はごくごく一般の恋人同士…どころか、お友達同士でも楽しむところの"街歩き"を堪能する。そんなもの、わざわざ紹介するほどのことじゃないとお思いになられるかも知れないが、セナくんの方はともかくも、進さんの方がそんな…目当てのない時間の使い方をするだなんて、これまでの彼を知る人々にはともすれば信じがたい行動であるのだそうで。何もがちがちの合理主義だという訳ではないのだが、商店街に行くからには買い物という目的があってのこと、そういう目当てもなく徘徊して何が楽しいのかよく判らんと、最も付き合いの長いお友達に面と向かって言ったことが何度もあると、セナくんもそのご本人からこそりと聞いていて。それで一応は何かしらの目的、イベントのようなこと、携たずさえて来るようにしてはいる。

  「今日はPスポーツさんの"アメフトの日"でしょう?」

 このQ駅周辺に広がるQ街プラザには、大きめのスポーツ店が幾つか点在していて、ファッション性重視の"スポーツカジュアル"派の方々向けのお店から、色々なスポーツを満遍なく網羅した装備や道具のお店、そして、各種スポーツのどれか1つに力を入れた専門店と、食い合わぬようにレベルやカラーがそれぞれ絶妙に分かれている。セナが口にしたPスポーツさんというのは、タイプ2の"満遍なく網羅"店。有名な某シューズメーカーの商品を中心に取り揃えたフランチャイズ店でもあるらしく、店の前に設けられたディスプレイブースにちょっとした座席まで作って、大型のスクリーンプロジェクターでのビデオ上映をしているのもご贔屓筋には有名なポイント。野球の日とサッカーの日は海外のと国内のと…ということで2日ずつあるのに、その他のスポーツは、水泳も陸上も卓球もテニスもゴルフも、体操も柔道もフェンシングもラクロスも、ひとまとめのローテーション制。でもでも、リクエストボックスへの投票が多ければ、同じ競技のものが続くこともあり、今月の予定表によれば、アメフトの日が5日もあるらしい。上映されるのは、もっぱらアメリカはNFLの随分と過去のゲームのビデオばかりではあったが、
「最近の試合しか知らないから楽しみですvv
 屈託なく軽やかに笑う小さな恋人さんに、
「………。」
 そうかと。言葉にはせず、だが、わずかに眸を和ませる進清十郎さんであり。じゃあ行こうかと歩き出す彼の動作に促され、
「………vv
 こちらも素直に足を速める、小早川瀬那くんだ。
"何か楽しみだな、ホント。"
 ビデオ鑑賞が、ではなく、数日振りにこの彼と逢えたことが。表面的にはまだ時々微妙な含羞みが立つものの、心の奥底ではしっかりと大好きなとの認識も強い、誰にも何にも替え難い愛しき人。それだのに…通う学校も所属するチームも違い、しかも距離が結構ある関係で、練習がハードだったり行事があったりすると、たちまち逢えなくなる人でもあって。それでなくともどんどん加速がつくように"好き"が育ちつつある今は、逢えない日が重なると切なくて切なくて。これだけは毎日欠かさないで交わしているメールを開くだけでも、逢いたさと切なさはつのるばかり。
"まるで中毒だな、これ。"
 進さんに逢わないと体の中で何かが満たされないままになる。心に虚ろなところが出来る。進さんは自律心や克己心の強い人だから、そんな依存に満ちた泣き言を言うと嫌われるぞって…自分を叱咤して頑張ってみるのだけれど。存在感が途轍もなく大きな人なんだから、これはもう仕方がないとも思うセナだ。
「………。」
 傍らにいる人をちらと見上げれば、視野に収まるのはすっきりと整った彼の横顔。鼻梁の線は意外と細く、寡黙に閉ざされた口許は最も端正で。均整の取れた、その上、申し分なく発達した身体つきに、その男らしい容貌はこれ以上はないほど凛々しく見合って素敵だと思う。………と、
「…あっ。」
 脇見が祟って、舗道のブロックの境目に躓
つまづきかかったセナを、
「………。」
 まるで予測があったかのように、ひょいっと背中から脇へと腕を回して体ごと浮かせ、転ぶどころか たたらさえ踏ませない余裕のフォロー。
「あ、ご、ごめんなさい。/////
 うっかりしてましたと真っ赤になるセナへ、注意の一言もなく、大きな手でぽふぽふと髪を撫でてくれながら、小さく小さく"くすり"とやわらかく笑ってくれる優しい人。とは言っても、いくら小柄だとはいえ高校生の男の子を片腕で軽々と、足が浮くほどのノリで支えられる膂力は凄まじく。最初に触れたが、ジャケットの下に隠れているその肉置き
ししおきは、隆として豪。肩も腕も、背中も、頼もしいまでの瞬発力に満ち満ちていて、その腕により繰り出されるタックルは"槍のようだ"と評されてもいるほどに鋭く素早く、威力も大。ゴールを目指して擦り抜けようと駆けてゆく"敵・標的"を、必ず仕留めて地に叩き伏せる様は、まるで超一流の闘牛士のようでさえある。このセナにしてみても、試合となれば真っ向から挑み合う敵同士。何度捕まり、何度フィールドへ叩き伏せられたか、もはや分からないくらいに処されてもいる間柄だが、その度に、ふふんと笑う進さんに、こちらも"う〜〜〜っ"と唸り返せるまでにはなった。これもまた彼らにしてはかなりの進歩であり、勝敗率としては対等なくらいの割合にて、そのタックルを空振らせているセナであればこその、立派な"威嚇行為"の応酬でもあるのだろう。………話が逸れたが、

  "………あ。"

 髪も服装も、清潔な身だしなみを保つ以上には大して構わないらしい進さんなのに、傍へと寄ると不思議と清涼な香りがして。すっかり大人なその匂い、セナには身が萎えるほどに魅惑の素養。
"困っちゃうよな。"
 これからはいよいよの薄着のシーズンだのに。この匂いといい、ちらと見上げたお顔のすぐ下。すっきり引き締まって深みのあるおとがいに喉元。Tシャツのゆったりとした襟のすぐ上に覗いている、鎖骨の合わせ。シャツそのものを力強く押し上げて雄々しい胸板の存在感。

  "うう…。"

 ほのかに陽に灼けたその肌の露出が多くなるにつけ、

  "眸のやり場に困るかもしんない…。/////"

 去年はまだそれどころじゃなかったけれど、今年はそうはいかないのかもと、ちょっとばかりおマセさんなことへ、早くもドキドキしているセナくんだったりするのである。

  ………とはいえど。

 そんなことを秘かに思う彼へと向けて、足首や脛の可憐な輪郭を露出する七分パンツをはくのは、出来れば止めてほしいと、切実に思ってるお兄さんだったりするのは、果たして気がついているのかな?
(笑)







            ◇



 辿り着いた目的の店には、だが、妙な人だかりが出来ていた。間口の広いお店のその幅全部を取り囲むほどの、お客さんたちの壁。
"…あれ?"
 確かに、日頃からも利用客は多くて、奥行きのある明るい店内はいつも若い客たちで適度に埋まっているものの、いつもであればこんな風ではない。天井を高く取った、見通しよくすっきりとを心掛けた、そんな店内であり、こんなにごった返しているところは年末や新学期などの売り出しのシーズンでも見たことがない。ちゃんと月の初めの"今月の行事"を刷ったチラシはチェックしてあるのにな、それとも何か、他のキャンペーンが割り込んだのかな。そんな気持ちを抱えつつ、
「…んと。」
 何とか背伸びをしてみるものの、割合的に"お兄さん"たちの多い、高さのある人だかりの壁に阻まれて、何がその中心部で繰り広げられているのか、小さなセナには全く見えない。爪先立ちしたまま、
「とと…。」
 ちょろっと、横手へよろけかかったセナの方をばかり見やっていたらしき進さんが、再び…難無く腕を差し伸べて支えてくれて、
「あ…と、すみません。/////
 やさしい視線へ頬を染めた、丁度そのタイミング。それまではただざわざわと、居合わせた人たちの所謂"私語"だけでざわついていた周囲の雰囲気。それを均して客人たちの注意を集めんとするかのように、

  【お待たせ致しました♪】

 マイクというより拡声器を使った呼びかけの声が不意に立ち上がり、集まっていた人々のみならず、周辺を通りがかった雑踏の人たちまでもがその注目をこちらへと集めて来た。小型のハンディメガホンを持ってディスプレイブース中央に立っているのは、スポーツメーカーのロゴが紋代わりに入った、目にも鮮やかな黄色いハッピを販売員用の上着の上へと羽織り、額には鉢巻きといういかにも"進行係でっす"という恰好で固めた若い店員さん。店長さんではないけれどよく見かけるお顔で、あとで分かったが"店長代理"さんであるらしい彼は、店の前のみならず通りの方へも呼びかけるような大きな声にて、

  【Pスポーツがお届け致します、
   第一回アームレスリング大会を、ここに開始と致しま〜〜〜す♪】

 それは高らかに開催の一声を放ち、それと同時にリズミカルなBGMが流れ出し、集まっていた人だかりの前列の方にいた人たちが"わ〜っ"という歓声を上げた。
「…あやや。」
 これはやっぱり、何かしらのイベントが割り込んで、常設のビデオの上映はお流れになったらしい。
「どうしましょうか。」
 今日のお目当てがさっそくにも ふいになってしまい、しかもこのお店自体がイベント会場化している。見て回るだけでも楽しかったお店なんだけれど、これでは喧しくて不快かもと、別のところへ向かいましょうかというお顔を向けたその時だ。

  【今のところのエントリーは18人ですが、飛び入り参加も大歓迎ですよ。
   5位までの豪華賞品目指して、
   どうですか? そこの背の高いお兄さん。彼女に良いとこ見せましょうや。】

 びしっと。伸べられた腕の先の人差し指は、人垣の中に一際高く飛び出していた、某ラインバッカーさんを間違いなく指差していて。
"…あやや。"
 どう考えても"素人"向けの催しである。スポーツに関心のない客層にはどうしても、必要のない時には見向きもされない種の店だからと、参加賞には店名のロゴの入った帆布製の小銭入れだの携帯ストラップだのを用意しての、ネームヴァリューを上げちゃおうキャンペーン、に相違なく。だのに、選りにも選って…アメフトという本来在籍中の舞台上では言うに及ばず、基礎体力からしても"素人"とは言い難い進へと声を掛けたのは、

  "…気づいてないから、か。"

 結構いつも覗いてゆく彼らだが、他にも利用客は多い店。ましてや冷やかしの日の方が断然多い素通り客の顔である。加えて言えば、一応は全国レベルのその知名度も、日本では…サッカーや野球ほどメジャーではないスポーツでのもの。よって、この店長代理の青年、正社員らしいとはいえ彼らのお顔を一々覚えてはいなかったのだろうと思われた。とはいえ、たかだかキャンペーンイベントだ。こんなのただの"振り"であり、さほどの無理強いもされはしなかろうこと。あやや、話を振られちゃいましたね…なんて、後から笑い話になっちゃうネタが増えたくらいにしか感じてなかったセナの傍らから、

  「預かっていてくれるか。」

 聞き慣れたお声でそう言われ、はい?とそちらを向くと、脱いだジャケットをほいと手渡されて…ぎょっとした。

  「し、進さん?」

 見上げれば、監督に呼ばれたからちょっとフィールドに行って来るというような、微妙に真摯な気配を孕んだお顔になっている進さんで。セナの傍らに居たいのだけれど、どうか聞き分けて愛しい人と、いやそこまで大仰ではなかったが。

  『彼女に良いとこ見せましょうや。』

 どれが連れだか分かりにくいほど人が沢山集まっていた場だったから、相手からのそれがセナを指しての言葉だったかどうかは怪しいものだったが、進としては間違いなく、その言葉にちょっとばかりそそられたらしかった。だが、
"…進さん?"
 日頃はアメフト以外の何物にもあまり関心を寄せない。好奇心も持たない。それは、セナとの交際が始まっても劇的なまでにはまだ変わっていない点であり、それでも以前に比べたら驚くほどに周囲を見るようになったと、彼の姉やら桜庭に言われたものの、実は…その大半がセナの視線や興味が向いていたからという順番なもの。自惚れでも何でもなく自然な感触でそれと分かっているセナとしては、だが、この行動が果たして"セナへ良いところを見せたい"と、そんな起点からのものかどうかには少々、
"???"
 らしくないなとちょいと小首を傾げてしまった。冒頭でも触れたように、際立つ気配を容易に消せるのは日頃の鍛練の余波、意識せずとものことらしいが、それと同時に…目立つことをしたがらない人でもあるからだ。目立つ見栄えをしていることとか、人並み外れた能力の持ち主なのだとかいう点への自覚は薄いから、結果として衆目を集めるような困ったことになるケースも多々あるのだが(何をどうしての結果とまでは、今は挙げませんが/笑)、そんな時は自慢の…韋駄天ばりの健脚を駆使すれば良い。
おいおい …いや、そうじゃなくって。わざわざ人目の集まっている場に進み出るということ。これまで一緒にいる時に、そんなことへと身を起こしたり足を向けたりしたことなど、一度もなかった進さんだったから、セナくんには意外すぎて、
「…?」
 キョトンとしてしまったのである。




   ――― そしてそして、



  「優勝は飛び入り参加の彼に決定っ!」
(は、早い…。)


 さして本気で力むこともなく、勿論、肘当て用のコブを張られた特設リングをついうっかり掴み潰すこともなく。
(笑) 我らがラインバッカーさんが、あっさりと次々に勝ち抜けたのもまた道理。例年恒例のイベントならともかくも、いかにも突発的な販売促進イベントで。そうそうこんな街角に力自慢が大勢集まっているものでなし、そうともなれば、腕力も握力もずば抜けた彼の独壇場になるのは目に見えていて、
"う〜〜〜ん。"
 なればこそ、ある意味で"玄人"がアマチュア相手に大人げないと言われかねない参戦でもあった訳だが、何故に、日頃は慎み深い彼がこんなイベントへ飛び込んだのか、その理由が……………ようやっとセナにも判ったのは、

  「賞品のジャンボ・マシュマロくまさんと、
   当店でのお買い物にも使える全国共通商品券、10万円分を進呈致します〜〜。」

 進行係の店長代理さんがそう言って拍手をあおり、お揃いのハッピを着たお姉さんが抱えて来たのが、幼稚園児くらいはありそうな大きな縫いぐるみ。それと、水引も派手に豪華な、商品券の入った御祝儀袋とを恭しく進呈された彼であり、2位3位、敢闘賞などという方々への表彰が済んでお開きとなったその途端、
「ほら。」
 戻って来た彼からその大きな縫いぐるみを"ほい"と差し出されて、
「あ…。/////
 頬が真っ赤になったセナだった。

   "あんなの覚えてたんだ、進さん。"

 もうもうずっと前の、季節だって2つも前の頃のこと。ふかふかな側
がわ生地が不思議と心地いい感触の縫いぐるみ。大きなクッションもあるんですよ、気持ちいいんでしょうねなんて、他愛なくも無邪気に言った自分の一言。まさかにずっとそればかりを頭から離さずにいた訳ではなかろうが、それでも、そのクッションらしき縫いぐるみを賞品の中に見た途端、素早く思い出してくれた人。
「…わあvv」
 この大きさだからか、中身はビーズとダウンの二層であるらしく、淡いベージュの大きなクマさんの、お顔もお腹もふかふかでサラサラした触り心地はやっぱり気持ちよくて。交換するように手渡したジャケットを羽織った進さんは、それ以上にやわらかいのではないかと評したセナくんの頬が、戦利品へと嬉しそうに擦りつけられる様子に、小さく笑って見せている。それからそれから、

  「どうする?」
  「はい?」

 それを抱えて歩き回れるか?と目顔で訊かれ、

  「そですね。あんまり嬉しいから見せびらかしたいですけれど…。」

 人込みの中で汚してしまうかも知れないしと、ふゆんとしたお顔でクマさんと向かい合い、しばし名残りを惜しんでから。少し離れた酒屋さんにて、自宅までの宅配を頼むことにして。やっぱりやさしい大好きな人の傍らへと、ぱたぱたと駆け戻る小さなセナくんだったりするのである。

   ――― 凄かったですね、進さんの力こぶ。

   ――― そうか?

 何ならぶら下がってみるか?なんて言い出すほどに、珍しくもテンションの上がっている騎士様から戦利品を捧げられたばかりな小さな姫様は。こちらもちょこっと浮かれていたか、まだ振り上げられてはいない二の腕へしがみつき、

   ――― ダメですよう。

 こちらは見せびらかすの、勿体ないですもん…と。ぐりぐりとおでこを擦りつけたものだから、

   ――― そうか。////////

 表情こそ平生を保ちつつも、たちまち真っ赤になった進さんだったりするのであった。いやはや、これは間違いなく、先々で尻に敷かれそうな雲行きである。
おいおい こうまでの力自慢でさえ押さえつけちゃう威力とは、高校最速のみならず"高校最強"のレッテルも、セナくんの方へと譲られる日は近いのかも知れなかったり?こらこら




   〜Fine〜  03.5.30.〜6.1.


   *夏休み向けにと、ちょぉっと企んでるお話がありまして。
    それと平行して書いておりましたので、
    何だかちょっと短いお話ばかり続いておりました。
    今回は…長さだけはちょっとは読みごたえあったかもとか思ってますが、
    いかがなもんでしょうか?

    ところで。
    これは更新日記にも書きましたが、
    6月末までは、実はまだ彼らって大会中な筈でして。
    こんな早くに暇な人たちにしてしまってて………すすす、すいませんです。


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