冬の凪
 

 
  急転直下な展開ながら、推薦入試というものを受験することとなり、幸いにも…という言い方は語弊があるかもしれないが、面接と論文という形式の試験に挑んだ全員が見事に合格。よほど目に余るような素行上の問題でも引き起こさない限りは、希望した大学へ春から無事に通える運びと相成って。年明け前に進路が内定したものだから、冬休みは久々にのんびりと羽を伸ばして過ごせて、スキーなんかにも行ってみたりした、瀬那くんたちだったりする。勿論、

  “クラッシュ・ボウルもクリスマス・ボウルも、
   甲子園ボウルもライス・ボウルも、ちゃんと観戦しましたvv”

 日本のアメフト界の最終決戦は、高校生のも大学生のも、社会人のXリーグも、サッカーやラグビーに合わせてか、それとも本場アメリカのスーパーボウルに合わせてか、冬場の12月から1月に集中しており。今年は三年生になってた彼は“選手”という当事者ではなかったがため、自分のコンディションや集中力(コンセントレイション)を目標に向けて高めるという格好での調整に注意する必要などは全くなかったものの、
“フィールドに立てないって、やっぱり物足らなかったな。”
 一応は受験生だったんだから、それは致し方がないと分かってはいるのだけれどもね。敬愛する諸先輩さんたちが、皆さん、奮戦なさっていたのを観戦していただけというのは、やっぱり何だか歯痒かったらしい行動派。殊に、

  “………もうすぐ なんだものね。”

 本場アメリカのNFLで全米チャンピオンチームを決定する“スーパーボウル”が開催されるのが1月末から2月の頭。そしてその約1週間前に、ご当地アメリカはフロリダにて、ジュニアの国際交流試合が毎年催されている。『グローバル・ジュニア・チャンピオン(GJC)』と呼ばれるもので、アンダー19(U-19)世代の5チームが一堂に会し、順位を競うという大会で。出場するのは、アメリカ、ヨーロッパ、カナダ、メキシコ、それから日本からの各選抜チーム。日本チームは主に大学チームの一回生たちで構成されるというその代表へと選ばれるには、まず“トライアウト”という選抜練習に参加しなければならないのだが、これが何とクラッシュボウル…関東大学選手権の決勝戦直後、本年度だったら12月8日から開始されており、12月中に代表36人が選抜されてしまうというから、
“甲子園ボウルにもライスボウルにも、レギュラーで出てた進さんなのに。”
 年明けに開催される社会人チャンプとの決戦を控えていて、尚且つ、そんな物凄い代表にも選ばれただなんて。先々でもアメフトを続けたいとし、アメフトのことしか頭にないような彼にとってはどっちも気を抜けない大事なこと。故に…双方ともへ“合格”と“勝利”という十分な成果や結果を残せた、大変なスケジュールを難無くこなせた集中力には、今更ながらに感嘆の念を禁じ得ないセナだったりするのだが、

  『それを言うなら、蛭魔なぞはもっとあれこれと手掛けていたろうに。』

 エリアリーグから上の三部へと昇格するための“入替戦”に向けて、週末毎の最終戦には集中が要ったろうに、そんな中で…セナたち、来期の頼もしき戦力になろう後輩さんたちを推薦入試に当たらせるべく、特別集中講座も開いていたというし…と。進さんは自分ばかりが特別“大変”だった訳ではないぞと、けろりとしたお顔で言ってらした。
“…そうなんだよね。”
 あちこち危なっかしいものを上手く流れに乗せて鍛え上げるのがお得意な、金髪痩躯で悪魔な先輩さんは、本人の意欲が高まらねば何ともし難いというような、ともすれば自分の手ではどうにも出来ないことへまでどうにかしちゃえる、相変わらずに凄い人。今期は新生チームと後輩さんたちという2グループを相手に、そりゃあお忙しかったにも関わらず、進さんが言うように…彼
の人もまた しっかり選抜されていたりする。
“あと、キッドさんと番場さんも、佐々木さんも選ばれてるって言うし。”
 金剛兄弟の二人も勿論のこと選抜されており、さすがは黄金世代という頼もしい陣営に、主催者の皆様は感無量だったとか。
『お前は残念だったよな。』
 報告会という訳でもなかったが、新年早々のライスボウルの観客席にて顔見知りたちで顔を合わせた機会というのがたまたまあって。こちらが泥門のOB陣営で出向いたその場へ、高見さんとご一緒してらした桜庭さんへ、蛭魔さんがそんな言い方をしていたのまで思い出してしまったセナくんであり、
『いいもん。僕には来年もあるんだから。』
 ひょいと伸ばされた長い腕があっと言う間にセナを捕まえ、
『僕は早生まれだから、来年もトライアウト受けられるんだもの。だから来年、セナくんたちと受ければ良いだけのことだよ〜だ。』
 懐ろにセナを抱き込み、あっかんべぇと舌先まで突き出してという、妙に子供っぽい言い方をしていた桜庭さんであったのへ、
『勝手にしなっ。』
 但しセナは返せと、これも少々喧嘩腰に言い返していた蛭魔さんであり。二人の綺麗どころに思わぬ“取り合い”をされちゃった、小さなランニングバッカーさん、

  “…あれってもしかして、少しは妬いてた蛭魔さんだったのかなぁ?”

 高見さんと桜庭さんは大学も同じだし、何と言っても“ツインタワー・パス”のコンビネーションは いまだ健在だっていう話だそうだし。
“そんなお二人でご一緒してらしたのを見かけて、わざわざ こっちから声かけた蛭魔さんだったものな。”
 …って、それはまた。あははvv どうなんでしょうね、そりゃ。
(剣呑、剣呑)

  「…小早川?」

 かりこりかりこり…と。スプーンの先にてカップの底を微かに鳴らしながら。いつまでもいつまでも紅茶を掻き回している少年に気づいて、こちらさんはコーヒーを味わっていらした偉丈夫さんが不審げに声をかけてくる。
「…え? あ、あやや。///////
 ついついぼんやりと考え事なぞしていたところから、お声をかけられてやっと我に返ったセナが“あわわ…//////”と慌てたこの場所は、小早川さんチのリビングルームで。泥門高校では受験に挑む三年生の登校日が週に1日だけとなる3学期。その受験に決着がついているセナなどには、微妙に早めの春休みのようなものと化しており。そんなところへ“遊びに”とわざわざお運び下さった進さんとのお久し振りの差し向かい。嬉しくって嬉しくって舞い上がっていたものが、そのまま ふっと気を逸らしてしまったお行儀の悪さに、ついつい焦ってしまったのだけれど。お向かいのソファーからひょいと無造作に伸ばされた手が、ふかふわなセナの髪をぽふりと撫でて。どうか落ち着きなさいと優しく宥めて下さるの。セナの大好きな大きな手。温かい手。トレーニングでダンベルを使うせいで手のひらにマメがあるし、珍しくも突き指でもなさったか、伸縮性のある肌色のバンテージテープを薬指の付け根に巻いている。
“昨日まで、合宿だったんですものね。”
 週末を利用して重ねて来た集中練習や合宿を終えたばかりな人。27日には結団式があり、30日には開催地のフロリダへ向けて出発してしまう進さんで。手配の何やかやは本人がすることではないながら、それでもね。僅かな間のオフになった日。ゆっくり骨休めをして、それから…いよいよの本戦への精神集中とか、それなりに手掛けなきゃならないことは幾らでもあろうに。
“わざわざ来て下さったんだものね。”
 クリスマスには時間を作って下さったけれど、それ以降はというと、実を言えば…電話かメールのやり取りしかしてはいない。代表に選ばれたからには忙しくなる、というのを重々承知していたセナが遠慮をしたからで、電話もメールもむしろ進さんの方から頂いたものへのお返事というパターンが多かったほどであり。そんな遠慮が却って彼に気遣わせてしまったのだろうか、寂しがっていまいかと慮
おもんばかってくれたのだろうかと、今日のご訪問へも微妙に恐縮しているセナだったりするのだが、

  「…何だか、2年前を思い出すな。」

 はい? コーヒーカップをかちゃりとソーサーへと戻した進さんの声は、相変わらずに深い響きが心地よくって。ついついうっとり聞き惚れてしまったので、意味を理解するのに微妙に間が空いた。
「2年前、ですか?」
 こそりと聞き返すと、それはくっきりと頷いたラインバッカーさん。濃色の眸は相変わらず、揺るぎもしないで堂々と据わったままだったが。頑迷そうなくっきりした意志を映して、いつも強情そうに引き締まっている口許が、ほんの少しほど…微かに笑みにほころんでいて。

  「やたら怖がられて、及び腰で構えられていた頃を思い出した。」
  「あ………。///////

 セナが一年生で自分が二年生だった最初の冬。二人の間にあった齟齬もほどけて、何とか向かい合ってはくれるようになったが、それでもね。確かに視線を逸らさないでこちらを向いていたセナではあったけれど、随分と堅く身構えられていたと思う。向かい合っているというのは、対峙しているという構図とひどく似ていて、間近く思えて実は一番遠い間柄なのかも。警戒されているのかな、他校の人間というだけでそんなにも緊張してしまうものなのかな。桜庭のようにソフトに構えて、愛想を振り撒きつつ相手を宥めるなんて、この“お不動様”には到底出来っこなかったから。いつもいつもこちらを意識し、瞬
まじろぎもせずに見つめ返してくれてたセナだったことが…それはそれは歯痒くて。いつになったらもっと屈託なく傍らに添ってくれるのだろうかと、切なくも思っていた頃を持ち出した進であり。
「えと…。」
 やはり。どうやら自分でも気がつかないでいたセナだったらしく、相変わらずに大きな瞳をぱちぱちっと瞬かせてから、ふしゅんと萎んでしまった小さな肩が…愛らしいと思える自分には、果たして気がついている進なのだろうか。セナが及び腰だったのと大差なく、進の方だって自分がいかに不器用か、いかに強欲かを思い知り、自己嫌悪を覚えていたのにね。小さな両腕を目一杯広げて、こんな不器用な奴を理解しようとし、こんな朴念仁を…多少のことでは鈍いんだからダメージもなく大丈夫なのに 傷つけまいとして、それは精一杯に頑張ってくれていた愛しい人。
“…ああ、そうだった。”
 自分がそんな我儘を言い出し、そして。時に強引に引き寄せたりもしたのへ、少しずつ少しずつ警戒を解いていってくれたのを思い出す。無表情だし寡黙で無粋で物知らずで、臆病な彼にはさぞや怖かったろうし、手を焼きもしたろうにね。警戒が強いことがこちらを傷つけているのではないかと、そこまで汲んでくれた、こんな小さな身でどこまでも懐ろの広い人。いくら愛らしい姿だと言っても、自分に比べれば非力であっても、彼もまたちゃんと男の子であって。力では敵わないからという理由では、我を折るようなことは一切なくて。自分たちにとって神聖な場であるフィールドでは、誰を相手にしても恥じることのない真摯な態度を忘れずに。諦めることを選ばず真っ向から挑みかかる、果敢な“挑戦者”であり続けている人で。

  ――― いつだって、そうだった。

 どんな窮地をも乗り越えて来た。必ず、昨日より成長した自身を明日へ連れてゆく人だった。だから。他者にはとんと関心が沸いたことのなかったこの自分が、初めて眸が離せなかった存在となり、フィールドを離れれば、それがそのまま執着心となって彼の姿を追ってしまった。そうして…楽しいとか困ったとか、ささやかなことへもころころと表情の変わる無邪気な彼を、可憐で愛しいと思うようになるのに時間はそうそう掛からず。そんな彼との距離があることへ、切ないとかやるせないという不可思議な感情を初めて覚えもしたのであって。

  「…えと。///////

 思い出したという同じ“2年前”なら。困ったように肩をすぼめたセナを前にして、どうしたものかと大いに焦ったことだろうけれど。こちらだって少しは成長もしたから、あのね?
「………。」
 向かい合わせという位置から立ち上がり、どうしましたか?と見上げてくる視線へ薄く微笑い返しつつ、テーブルの縁を回って、すぐ傍らへとお引っ越し。
「はや…。///////
 ほぼ一カ月も逢えなかったその上へ、今度は半月も遠く離れてしまうのだものね。詰まらない駄々こねで困らせている場合ではない。放っておくといくらでも遠慮をして、どんどんと後ずさってしまう人だから。小さな肢体、くるみ込むように懐ろの中へすっぽりと収めると、ふわふわと甘い香りのする髪に鼻先を埋めて、

  「…すまない。調子に乗り過ぎた。」

 久し振りに逢えたものだから思っていたより浮かれているらしいと、小さな子供をあやすように“ぽふぽふ”と頭を撫でてやりつつ胸元へ引き込めば、
「あやや…。//////
 あまりに唐突な…しかも進には珍しい大胆さへビックリしてだろう、ますます固まっていたセナの薄い肩から ようやっと力が抜けてゆき、

  「…今日の進さんって、なんか意地悪ですよね。」

 自分の側からも、その頬を擦り寄せて来てくれる。ホントはずっと寂しかったの。でも、そうと口にすることさえ、進さんには気を遣わせてしまうかなと思ったのだろう優しい子。お友達とスキー旅行に出掛けたのだって、気晴らしという格好で少しでも忘れてようって思ったからだったのにね。晩に掛かって来た短いお電話で、あっさりと心が彼の元へ引き戻されちゃった効果の物凄さ。
“ああ、やっぱり…。”
 ボクって進さんの中毒なんだ。逢えないと、お声が聞けないと、どうにかなっちゃうんだ。それどころか、こんなしてぎゅううってされないと、体温とか匂いとかを忘れそうになると、昔のビクビクしていたボクにまで引き戻されちゃうんだ。進さんのこと怖がっていて、それで進さんを傷つけてしまう、いけないボクに。
「ふに…。///////
 まるで一つになりたいみたいに、広くてちょっと堅い進さんのお胸に頬っぺをつけて、お胸同士をくっつけて。また少しの間お別れしちゃうの我慢出来るようにって、きゅう〜んって甘えていたら、進さんの大きな手が顎の下へとすべり込んで来て。

  「はや…?」

 掬い上げられたそのまま、あのね……………ここからは内緒なんだもの。//////// タマに訊いたって教えてもらえませんようvv





  〜Fine〜  05.1.18.〜1.25.


  *久々の“進セナ”だったのに、何だか妙なお話になってしまいましたな。
   久々だというのが既に問題な、ややこしいサイトになりつつありますが、
   どうか呆れず、付いて来て下さいませです。

ご感想はこちらへvv**

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