春が、来ました。

 テレビのニュースやワイドショーでも、ご近所の人とのご挨拶の中にもという勢いで、桜の便りをあちこちから聞く。いわゆる花曇りとか花冷えだとか。寒の戻りにさえ"花"という描写がついて、何となく甘い華やかなものになってしまう季節に入った。
"ここの川べりにも桜があったんだな。"
 乗って来た電車が、鉄橋の上、がたたん がたたんと渡った大きな川の、山の手側の土手に沿って。枝にたわわに花をつけた、桜の並木がちらりと見えた。あの人が毎朝のトレーニングで走ると聞く川沿い。じゃあ毎朝あの桜を見ているんだろうなと、そう思っただけで何だか頬が熱くなった小早川瀬那くんだ。古くからの由緒ある町だから依然として緑が多くて、先日"枝下(しだれ)梅"を見に行ったお寺みたいに、自然の息吹が季節毎に感じられる環境が、いまだ色濃く残っている場所柄なのだろう。もうすっかりと慣れた駅に降り立ち、約束した時間よりもちょっとだけ早いなと腕時計で確認。自宅の最寄りの駅で、ついつい…発車しかかっていた快速に飛び乗ってしまった。ホントはその次のに乗るつもりでいたんだけれど、目の前で丁度出かかっていたその微妙なタイミングが、ついつい持ち前の俊足を擽
くすぐったというところであろうか。………困った癖というか、感覚が身についたものである。まま、これにきっちりと付き合える、やはり俊足な恋人さんだから、うっかりと後へ取り残してしまうという心配だけは要らない訳だけれど。
"こ、ここここ、恋人だなんてっ。"
 ………まだそういう、うろたえもった台詞を言うかな。
"だって進さんは、あのあの、アメフトの先輩さんで…。/////"
 つくづくと往生際の悪い子であることよ。第一、進清十郎さんのことだとまでは、まだ一言も言うとらんのだが。
(笑)

  "………えっと。/////"

 ふいっと筆者に小さな背を向けて
(いやん)、20分も早く着いてしまったなと駅前の回りを眺めてみる。濃紺のGジャンに、ピンクと茶色の色使いが春っぽい、切り替えデザインのトレーナーとグレーの綿パンと。相変わらずに小柄で童顔、大きな眸とふかふかな頬をした少年には…年齢不相応なまでに愛らしい恰好な筈が、そりゃあよく映えている。肘に提げ手を通したバッグは、いつぞやの梅見の時に持って来たもので、中にはテーピング用のあれやこれやが入っている。今日は関節部へテープを巻く練習に付き合ってくれるというお話で、だから"ウチへいらして下さい"と誘ったセナくんだったのだが、進さん、何故だか強引に、
『いや、今回はウチの方へ来てくれ』
と言って来たので、拒む理由もなし、素直にお言葉に甘えることにした。進さんの通う王城高校のアメフト部では、もう既に春季大会への本格的な調整トレーニングが始まっているそうで。そんな中にせっかく時間が空いたというのに、疲れる遠出をさせるのも忍びないし。
"…もう四月、か。"
 桜の開花とともに、あちこちで新しい生活がスタートする。セナの通う泥門高校でも明日は入学式が執り行われるし、セナはめでたくも高校二年生となる。
"……………。"
 ということは。進さんには最後の高校生生活になる1年が始まる訳で。受験してか推薦を受けてか、大学へと進むのか。それとも…昨年の今頃から既に山ほどのお声掛かりがあるという、実業団チームへと進むのか。今でさえ、学校が違うから…逢うのに随分と手間のかかる間柄だのに、
"もっと逢うのが難しくなっちゃうんだよな。"
 アメフトというスポーツへ、高校よりもずっとメジャーな認識を与えられている世界。それだけに練習量だって半端ではなく、拘束される時間も多くなろう。進さんには願ったり叶ったりな場所なのだろうけれど、随分と忙しくなるのだろうし、そういうことに翻弄されないまでも…遠くて新しい環境の中に馴染むうち、お友達にすぎないセナの事なんて、あまりに小さくてあっと言う間に雑事の中へ埋没してしまうのかも。
"…うっと。"
 あの毅然とした頼もしい背中が、当然ごとのようにどんどんと遠ざかってゆくような気がして。置き去りにされることを思って、ちょこっとばかり落ち込みかかったセナくんだったが、
"…えっと。"
 慌てたようにプルプルと首を振る。髪の先に頬を打たれつつ、
"まだ1年もあるんだ。"
 そうと思い直す。知り合ってまだ1年目、大好きだと意識して自覚してからなら、まだ…えっとうっと、半年くらいかな? まだまだ知りたいし、もっともっと好きにもなるに違いない。だって、それは頼もしくって素敵な人なんだもの。自身にとっても厳しくて、信念や道理を絶対曲げず、真摯で…不器用なほど厳しくて。だのにその分、慕ってついて来る小さなセナへは、頑張って頑張って優しくあろうとしてくれる。恐らくは慣れのなかったことだろうに、衝動に任せて扱わず、壊れやすい宝物のようにそっとそっと触れてくれる。愛しいからこそ、愛しいと感じるその想いよりも、セナの気持ちとか尊重しようとしてくれる、本当の"騎士"みたいに紳士で懐ろの深い人。だから、
"勝手にしょげて、心配かけてちゃあ いけないんだから。"
 悲観的に考える癖はなかなか抜けないが、それでもね。あの人にまつわることへ、憂慮とか暗雲とか、負の要素を勝手に差しかけちゃあいけないと、うんっと気張って気持ちを立て直したセナだった。

  ………で。

"えっと…。"
 進さんは約束した時間か、それより10分ほど前には迎えに来てくれることになっている。お家を知らない訳ではないが、支度や段取りというものもあるだろうし、勝手に早く伺うのもどうかと。そこはセナくん、お行儀よくわきまえて、
"何かお土産でも買ってこうかな。"
 手ぶらで良いんだからと、進さんご本人のみならず、お母様からもお姉様からも言われてはいるのだが、お邪魔するたび、それはそれは良くしていただいてばかりで。お母さんはお料理が上手な人なので、お食事だとかお菓子だとか、必ず何かしら腕を振るって下さって。殊に和菓子のラインナップは物凄く、おはぎに練りきり、草団子にお汁粉と、これまでのところ、同じお菓子を二度出された覚えは全くない。(余談ですが、関東で"田舎しるこ"と呼んでいるお汁粉が、関西では"おぜんざい"です。相手方のエリアの甘味處で普段のように注文すると…えらいことになりかねませんので要注意。)
"うっと…。"
 駅前から真っ直ぐに伸びる商店街。コンビニやスーパーマーケットに慣れたセナには、あんまり店先に立ち止まっていると"買って行きな"と構われそうで、そしてそうなったら恐らくは断れないだろうなと思い、ついつい腰が引けてしまう"対面方式"のお店屋さんばかりが連なっているのだが、
"………あ。"
 店の前のアーケードのかかる通路へと、ちょっとばかり張り出された木箱の上、今日のお買い得という札をつけて、ずらりずらりと並べられていたのが瑞々
みずみずしい苺たちだ。つやつやの粒ぞろいで、円錐形の真っ赤な果肉もそれは愛らしく、
"美味しそうだな。"
 甘いものは苦手な進さんも、果物ならば。ビタミンが一杯だから食べてくれるんじゃないのかな。何だかお手軽な品物での間に合わせみたいだけれど、これ、買って行こうかなと。そんな風に思っていると、
「あ、お兄ちゃん、こんにちは。」
 不意に、ジャケットの裾を後ろから引かれた。
「え?」
 振り返れば…小柄なセナの視野の下の方だから、これまた随分と小さなお相手が、わざわざのご挨拶をしてくれている。
「あ、えと…まおちゃんだ。」
「うんっ。」
 仔猫のみぃみちゃんの飼い主で、髪に小さなぼんぼりをつけた幼い女の子。にこぉっと笑うお嬢ちゃんへ、
「まお、お客さんに失礼しちゃいけないよ。」
 店の中から、お母さんらしき人が声をかける。ということは、この八百屋さんは まおちゃんのお家であるらしい。
「いちご、買うの?」
「あ、うん。美味しそうだなって。」
 セナの返事にニコッと笑うと、小さな店員さんは…ぱたたってお店の中へと入っていって、
「???」
 どうしたんだろうかと思う間もなく、ぱたたって戻って来て。
「はいっ。お味見っ。」
 小さな手で差し出されたのは、随分と大きな苺である。
「え? あの、だけど…。」
 もしかしてこれって。
「まおちゃんのおやつなんじゃないの?」
 それを削ってしまうのはさすがに忍びないなと、苦笑混じりに遠慮すると、

  「うん。でもね、まお、もうイチゴさん、飽きたの。」

 ………はっきり言いはる。丁度お買い物に来ていた奥様方や、そのお客様のお相手をしていた、こちらはアルバイトさんだろうかお姉さんなどが、ついつい"ぷくく…"と吹き出してしまい、
「…あ、じゃあ。1口だけ。」
 これでは断り切れないかもと。周囲からの注目を浴びつつも、小さなまおちゃんから手渡された…恐らくは特別な苺をいただくことにしたセナくんである。香りの立つ、張りのある新鮮な果肉は、やはりたいそう瑞々しくて。甘さが勝っているものの、こんなに大きな粒だのに仄かな酸っぱさもしっかりと口に残る、何とも爽やかな後味がする、随分とランクが上の苺であるらしい。
「美味しい?」
「うん。とっても美味しい。ありがとうね。」
 ニコッと笑えば、まおちゃんも満面の笑みを見せ、近くにやって来たお母さんのエプロンへと恥ずかしそうにしがみついた。
「あ、あの…すいません。」
 何だか妙な運びになってしまって、可愛いお嬢ちゃん用の特別なお取り置きだったらしいのを堪能させていただいて、と。お母様へ頭を下げての会釈をすれば、
「いえいえ、そんなの良いんですよう。こっちこそ、この子がご迷惑おかけして。」
 にこぉっとおおらかに笑ってくれたその手には、明らかに売り出し用とは違う、立派な苺のパックが1つ。

  「お味見したのと違うのを売る訳にはいきません。
   何だか押し売りみたいで悪いけど、
   こっちを売り出しの値で買ってくれませんか?」






            ◇



 思わぬ形で、化粧箱に入れても良いような上等の苺を手に入れてしまったセナくんで。いかにも春めいた甘酸っぱい香りを手に駅前へと戻れば、通りの向こうから丁度、大きなお友達がやって来たところ。
『すまなかったな、遅れてしまった。』
 時計を見れば、約束していた時間にあと5分というところ。これで"遅刻"を詫びるとは、さすが高校最速カップルの時間感覚はどこかが違う。
(笑) そのままてくてくと並んで歩いて歩いて。長い板塀のその向こう、古風で大きなお屋敷へと到着し、玄関にてお母様にご挨拶して、お土産を渡して。進さんのお部屋へと、いつものようにお邪魔をしたセナくんだったのだけれども………。


   「………苺、味見をして買ったのか。」
   「何で分かるんですよ。/////


  ――― はてさて、何ででしょうかしらvv
(笑)







   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 何故またわざわざ自宅へとお誘い下さった進さんだったのかというと、道場脇の古桜が満開になったので、毎年恒例のおウチでのお花見を催すことになっていたのだとか。雄々しき門弟さんたちがそれぞれの勤め先から帰って来てから始まる"宴会"には、未成年でもあることだし無理から参加させる訳にも行かないが、
「綺麗なもんでしょ? ご町内でも評判のサクラなのよ?」
 昼間の内の"女子供の花見"なら問題あるまいと、姉や母にセナくんを呼んで呼んでと押し切られたのだとかで。
「ほらほら、桜餅にお花見団子に、ちらし寿司もさくら鯛の箱寿司もあるのよ? たっくさん食べてね?」
「こっちのミルフィーユはあたしが作ったのよ? あと、イチゴのムースもシュークリームもあるのvv」
 甘いものを食べてくれる、カロリーにこだわらず、美味しいものを美味しいと食べてくれるお客様に、女性陣、腕を振るいまくった模様。
「えとえっと…。」
 熱烈歓迎へ"はやや…"とばかり、少々面食らっている小さなお客様に、
「無理に付き合うことはないぞ、小早川。」
 苦笑しつつも直接の助け舟は出さず、家族たちに構われている小さな少年の様子へ随分と眸を和ませている、高校最強のラインバッカーさんだったりするのである。




   〜Fine〜   03.3.31.


   *バカップル話が続いております。
(笑)
    長々と引っ張っておいて、妙なオチですみませんです。
    ネタは"明星チャルメラ・とんこつ味"のCMからです。
おいおい
    ところで本誌の方では、ホワイトナイツ vs ナーガだそうで。
    しかも、瀬那くんが観戦に出向いているとか?
    きゃあ〜ぁvv 進さん、頑張らねばですぞ♪


戻る