13日は金曜日
         〜白い帽子と 路地裏のマリア。
 

 
今年は“13日の金曜日”が、のっけの二月と翌月の三月にある。

「そういや、リメイクされたんだってな。あの映画。」
「あれじゃね?
 エイリアンとかなかなか廃れねぇし、
 オーメンなんて新しいの作ってウケてたし。」
「負けてなるかってか?」
「ジャパニーズ・ホラーも台頭してっし。」
「おれ、まだ“リング”は平気だったが、
 あの“呪怨”ってのがどうにも怖くてよ。」
「ああ、あれな。」
「小技がまた多くてよ。
 思いがけないにも程があるタイミングで、
 あの真っ白いガキとかがのべって出て来るじゃん。」
「そうそう、ガラスへの写り込みとかさ。」

いきなり始まったホラー談義へ、

  「だあっっ、いい加減にせんかっっっ!!!」

やはりいきなり怒鳴ったそのまま。
ちょっとした風呂桶くらいはありそうな大きさの、
ボールが詰まった金属製の大きなカゴを、
自分の頭上へ高々と抱え上げた人物があって。
突然MAX状態までテンションが上がったらしき攻撃態勢へ、

 「お、落ち着け、カズ。」
 「そうだぞ、備品に当たってどうするか。」

いくら何でもいきなりそう来るとは思わなんだか、
ややうろたえた様子で後じさりつつも、口の減らないチームメイト二人へ、

 「当たりてぇのはお前らへ だっての。」

そこぉ動くな、覚悟はいいかと、
ややもすると目許が座った感のある表情のまま、
虚ろに微笑ってさえいる彼こそは、
ここR大学アメフト部の、新人ながらも将来有望なラインの筆頭。
十文字一輝という青年で。

 「バレンタインデーの話はあえて避けてやってたのに。」
 「そうだぞ? カズ。
  なんかお前、今年は空振ったらしいし…って、わあ待て待て!」

明らかに当てこすりな会話をしていたお友達目がけてと持ち上げたカゴ、
どひゃあと後ずさりをしつつ、大きにのけ反る彼らの慌てようへ、
満足したのか、それとも…力が抜けたのか。
そのまま、それもまたはた迷惑にも、背後へがしゃんと落っことしてしまい。

 「うあっ。」
 「ひゃあ。」

当たりはせなんだが、それでもとんでもない物音が立ったのへ、
おおうと竦み上がった二人だったのも意に介さぬまま。
大きな溜め息、はぁあと零すと、
部屋の真ん中に据えられてあった、ベンチタイプの長椅子へ、
その身を どさりと落とし込む。
確かに直接には触れちゃあいないが、
まだ十代、若しくは二十そこそこという年頃の話題、
この月の“13日の金曜日”と来りゃあ、
二月ならではな、もう一つの大きなイベントが、
すぐさま浮かびゃあしませんかというもので。

 「なあなあ、カズよ。」
 「何も俺らに当たらんでもさ。」

部室内を取っ散らかしてると、うるさいクチもあるのでと。
堅い床へ落とされたカゴが、何とか無事なの確かめながら、
蓋からこぼれた幾つかのボール、ひのふのと数えつつ拾い上げた黒木くん、
カゴへと収め直してそのまま、蓋の上へと腰掛けて、

 「第一さ、今年の当日がまさか土曜になろうだなんて、
  しかもその土曜と日曜がここの受験日になろうだなんてのは、
  結構前から判ってたことだろうがよ。」

そう。今年の某イベントデーは、なんと土曜日と相成って。
よって、会社や学校の大半はお休みになるから、
義理チョコ配らなくて済むわなんて、ほっとした女性も多ければ、
やた、朝からのずっと大手を振って好きな人と一緒にいられるのねと、
やはり“嬉しい〜vv”とばかり、飛び上がった方々もおいでだったろうけれど。
そこまでくっきりはっきりと相思相愛な仲なのかな、
第一 俺らは男同士だし…なんて。
忘れたころにそんな原初の不安が見え隠れすることも大有りな、
何とも微妙なお付き合いをしている人がある十文字くんにしてみれば。
登校日だから、部活があるからと出向いた先で、
当たり前のように顔合わすという、そんなさりげない背景が、
どれほどのことありがたい毎日であったことか。

 「…それってズボラって言わんか?」
 「まあまあ、トガもそこまで言うな。」

あれで、時々はちゃんとどっか他所で逢うようにも心掛けてはいるらしいし…と。
何でか詳しい黒木くんによる、執り成した声までが、
心なしか丸くなってた、誰かさんの雄々しい背中をグサグサと突いたので、

 「だっ、だってしょうがねぇじゃんかっ!
  バレンタインデーだぞ? バレンタインデーっ。
  くれるくれないかは相手が決めんのによ、
  何でこっちから そんなシチュエーションにってセッティングが出来んだよっ。」

もしも瀬那にそんな気がなかったら催促するみてぇだしよ、
大体、これまでと違って毎日毎日逢ってんだからよ、
そういうイベントものはもう要らねって、思ってっかも知れねぇし。

 「…で、その結果。」
 「一昨日どころか、昨日も。何の連絡もなかったらしいぜ?」

練習もない(正確には各自でこなせとの厳命ありな)2連休だってのに、
そういうイベントはともかくも、
じゃあどっか行って羽伸ばそうかと、
そんな電話の1つくらい、何で掛けられねぇかね、あいつはよ。
だから、あれじゃね?
そんなお誘い自体が、やっぱ催促につながらねぇかって。
そんな浅ましい男じゃねぇよなんて、片意地張ったその結果がこれってワケ?

 「…お・ま・え・ら・なあ。」

こっちが黙ってりゃあいい気になって、
ようもそこまで言いつのってくれおってと。
再び、そのがっちり雄々しい双肩へ、
お怒りのオーラを背負って立ち上がった十文字くんだったのへ、

 「だからさ。
  浅ましくねぇって、腹ぁくくったんなら、それを通せって言ってんだ。」

鉄製のカゴのうえ、後ろ手ついての足を組み、
その爪先で苛立つお友達を指さすようにしつつ、
黒木くんがにやりと笑い、

 「俺にしてみりゃ、期待したって良かったのにと思うがな。」
 「な…っ。」
 「それは俺も思ったな。」
 「トガ?」
 「だから。」

   ―― セナの方だってよ、もしかして考え込んでたんかも知んねい。

え?と、意外な言われようへ表情が弾かれたのへ、
これだけの会話を続けつつ、
やっぱり本は手放してないんですよというアイテムだった、
今日は某ハルヒ嬢の活躍コミクスから視線を外すと、

 「お前はよ、くれる側が決めることだって言ってたが。
  向こうは向こうで、
  もしかして迷惑なんじゃあないのかなって、
  こっそり案じてたかも知れねって言ってんだ。」

男の子らしいちょっとぶっきらぼうな優しさを、
いつもいつも見せてくれる十文字くんだから。
そういう甘いイベントとかでベタベタすんの、ホントは迷惑なんだけど、
セナがそういうので喜ぶんならって、付き合ってくれてるだけなのかも…。
 *注:此処は花柄か透過光処理した背景を想定して読んでください。

 「セナがそんな考え方をしねぇと、どうして言い切れるっ!」
 「ううっっ。」

真顔のお友達から、ビシィッと指さされ、
今度は十文字が大いにのけ反る番となったほど。

 「おおっ、さすがは今月は“少女漫画月間”な、トガっ!」

こらこら黒木くん。そんな楽しそうに囃したりしないように。
(苦笑)
大ふざけな合いの手や冗談はともかく、
思わぬ観点からのご指摘には違いなかったものなのか、

 「…そんな。」

今の今までは自分の一方的な苛立ちに燻されての不貞腐れていたものが、
意外な形の“向こうの気持ち”を突き付けられ、
ぐうの音も出ずというカウンターを喰らってしまった十文字であり。

 「まま、浮かれてる人間ってのは最悪の事態なんて滅多に考えねぇもんだしな。」
 「そんなもん用心してる段階で浮かれてねぇし。」

適切な突っ込みをかたじけないと、
妙なコンビがうんうんと頷き合ってのさてそれから、

 「じゃあな。俺ら、走り込みがあっしよ。」
 「え…?」

まだ昼休みで、あの悪魔の主将殿も、
今はまだ酷使型のトレーニングをする時期じゃねぇと言ってはなかったか。
寒い中でも燃焼率を上げとくのは悪いこっちゃあないけれど、
消耗が過ぎて、勘が鈍ると怪我の元とか何だとか、言ってたはずなのに?

 「お……。」
 「おや、セナ坊。」
 「カズなら中にいんぞ。」

掛けかけた声が中途で止まり、
彼らと入れ替わり、部室へ入って来たのが、
まとまりの悪い跳ねっ毛を躍らせ、
またぞろ寒気が戻って来た中を駆けてでも来たのか、
柔らかそうな頬、真っ赤にした、
童顔小柄なチームメイトさんじゃあないですか。

 「あ、あの…十文字くん。」
 「なんだ。」

あ、いっけねー。何かトゲあったんじゃね? 今の声。
そうじゃねぇよと視線を外した彼だったらしいが、
それって“機嫌が悪いです”というのの上塗りになると、
気づいていますか? もしも〜し。

 「あ、えと…。//////////

ほらご覧。出端をくじかれ、ちょこっと落ち込んだらしいセナであり。
うつむいてしまって視線が泳ぐ。
ああ、気温は元に戻ったが、西日が随分と高くなったから。
横手になってる窓からは、暖かな陽気がふんだんに差し込んでいて。
実は少ぉし甘い色合いなんですという、セナの髪をも暖めており。

 「………。」
 「…うん。」

何が“うん”だか、実のところ、十文字にも判っちゃいない。
ただ何となく、こういえば促しになるかなと思ったまでのこと。
何か咬み合ってなかったのも、今のでチャラにしようぜと、
そんな感じの“もういいよ”であり。
そして、

 「…あのね?」

セナへもちゃんと通じてるあたりが、
やっぱり…些細なこと、案じる必要ないんじゃないの? あんたたち。
(苦笑)


  あのねあのね? 今年の〜〜は、土曜だったでしょ?
  そいで、でもあの、直前までは毎日遅くまで練習があったし、
  だから、土曜に頑張って早起きして作り始めたんだけど。
  頑張ってレベルの高いの目指したのがいけなかったのか、
  何度も何かおかしい出来になっちゃうし、
  冷やして固めなきゃいけないのが結構あって、
  そいでそいで、出来るのに時間が足りなくなっちゃって。
  昨日もかかってやっと出来たの、夕方だったもんだから、
  それからお電話しても、
  間に合ってないにも程があるしで…だから、あのね?



  「2日も遅れちゃったけど、受け取ってもらえますか?」

  「………………………………………え?//////////


真っ赤っ赤になったセナが両手がかりで差し出したのは、
蝶々結びにしたリボンが角っこに貼ってある、
真っ白でつるつるな化粧箱で。
小さめのホールケーキくらいが余裕で入りそうな大きさのそれであり、

 「………。//////////

おずおずと受け取った十文字が、傍らにおいて、そぉっと開けば、

 「…………………………っ。(おおおおおっっ)」

中に入っていたのは、チョコレートだけじゃあない、
ワッフルだろうか台座の上へ、
メダリオンのようなのとそれから、網目になったチョコが配され、
フルーツや生クリームに、小さめの花まで飾られた、
正しく“ケーキ”レベルの可愛らしいスィーツじゃあありませんか。

 「あの、あの、2日も遅れてごめんね?//////////

  えっとね、十文字くんて甘いの苦手かなとも思ったんだけど、
  こういうのは別だって言うし。
  でもそれが遅れてちゃあ
  意味ないんじゃないかなとか思っ…っ、十文字くん?


小さな小さな恋人さんを、
有無をも言わさずがっしと抱き締めた純情なお友達が、
あれで2日ほど悶々としたのを買ってやり、
昼休みの間だけは部室に近づく者を、誰であろうと排除に回ってやろうと。
そうと思っての仁王立ちになってるライン組の二人を見やって。

 “……あれじゃあ、何が起きてんのかモロバレなんだがな。”

苦笑が絶えなかった悪魔さんもまた、
そんな彼らに免じて今日くらいは大目に見てやろうと思ったらしく。
それもこれも、その当日から始まった、異様な陽気のせいかもしれない。
だったら今宵は元に戻るそうなので、
しっかりと温もっておくんですよ? 誰かさんと誰かさんvv






   〜Fine〜  09.02.16.


  *色んな意味で選りにも選って、久し振りにも程がある“十セナ”です。
   どんなシチュエーションにあっても相変わらずの彼らですが、
   それでも たまには触れておきたくなるから不思議。

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