ここ数年ほどのいわゆる“例年”ならば、残暑を引きずっての蒸し暑さがいつまでも続いたその挙句、衣替えを過ぎての長袖が、朝晩はともかく昼間は鬱陶しくてしょうがなく。体育祭だの文化祭だのの準備は、脱いだ上着をそこいらにうっちゃての、汗だくでこなさにゃならなかった…というのが定番だったものが。
「今年は九月の内から寒かったよなぁ。」
「そうそう。
まだ衣替えじゃあなかったんだって“今朝”んなって気がついたほどだしよ。」
衣替えだなんてフレーズが、一番似合わないだろうお年頃。そういう切り替えを必要とするのは中学高校時代までで、大学生ともなれば自分のセンスで選んだ服装を気ままに着ていい身。センス云々はとりあえず置いとくとしたっても、よっぽどはた迷惑な格好でない限り、暑けりゃランニング姿でもいい、寒けりゃナンボでも重ね着OKという身の上となって久しいというに。今更のように、そんな“時節もの”会話を暢気に交わしている約二人ほどと、
「〜〜〜〜〜。」
一応は同座しているのが もう一人いて。昼食をとるのにとお邪魔している講義室。少し離れた窓辺の席へと陣取ると、コンビニで買ったものだろう、小倉あんパンを手にしたまんま、どこか焦点の合わないお顔を“ぼへーっ”と晒しているばかり。
「いい加減、浮上して来んかね、あいつもよ。」
「何だなんだ? また何か考え込んでやがんのか?」
そんなの柄じゃあねってのと、遠慮斟酌なんて微塵もない大声にて言ってのけた黒木の声へ、
「…っ。」
さすがに誰のどういう態度をあげつらったのかはピンと来て、顔を上げると鋭い一瞥を寄越して来たものの。子供のころからの長々と、腐れ縁を育んで来た同士なだけに、他の半端野郎は怯ませられても、こちらさんにはさしたる脅しにもなりはせず。
「おらおら、どうした? カズ。」
「ガンくれただけじゃあ、俺らにゃ効かねぇぜ?」
「うっせぇなっ!」
なんて頼もしいお友達なんだろかとばかり、せいぜいの腹いせ、忌々しげに鼻息ついた彼は十文字一輝といい、ここまでで既にお察しのとおり、大学に通うお年頃の 仲良し青少年3人組の一角を成してもいて。地元じゃあちょいとは名の知れた悪(ワル)だったものが、そのまま一緒に上京し、同じ大学へ進学したまでは…まま いいとして、
「まさかまさか、俺らがアメフトやり始めようなんてなぁ。」
「誰が思うかってんだよなぁ。」
高校在学中は、一応野球部所属だったが、半死人状態の幽霊部員に過ぎなくて。(『G・W』ってつくづく偉大だなぁ) 地道な練習なんてかったるいからとサボッたその分、喧嘩に明け暮れてたので、ガタイと体力には自信もあったけれど。それでも本格的なインカレスポーツになんて、縁が出来たのだって偶然の産物、ついてける筈なんてないと思っていたのにね。気がつきゃ…関東大学リーグに殴り込みをかけたと評判の、R大 新生チームのラインマンの主力。実はずぶの素人たちばかりだったってのに、勢いよく煽りつけたフィクサーの腕がよほどよかったものか、最初の1年目をあれよあれよの連勝で成り上がってのその結果。在籍していた3部リーグの優勝を飾った立役者となり、入れ替えで上がった2部リーグでも、始まったばかりな秋の星取り戦、今のところは勝ち越しの絶好調だったりし。
「か〜〜っ、もっと早く目覚めてりゃあな。」
「しょうがあんめ。
俺らがいたよな田舎にゃアメフト部があるガッコなんてなかったし。」
この大学に進路を定めたのだって、それが目当てという進学じゃあない。自分の学力と希望する傾向からランクを絞り込み、そこへ立地条件だの何だのとあれこれ加味して弾き出しての結果、まま無難だろうと選んで受験したところ、そこに居合わせたのが、離れ離れになってた幼なじみの瀬那であり。
“離れ離れになってたってのは、俺たちにゃあ微妙な形容詞だがな。”
それが苦だったほど彼を意識していたのは十文字だけだったし、そんな十文字自身はと言えば、季節の変わり目なんぞにちゃっかりと、しょっちゅう逢ってたって話だし。
「ま、わざわざ逢いたいと思うほどには、
離れ離れな距離が憎かったには違いなかったんだろうがな。」
「う〜るせぇよ。////////」←あ
そんなこんなな縁のあるお友達との再会から、お付き合いも再開したまではよかったが、そりゃあ愛らしいお友達は、実は…意外なオプションつきの存在になっており。
『…アイシールド21?』
現代絵画の新星として、大きな科展で最優秀賞を取ったとかいうのは聞いていたし、それが縁で再会が叶ったようなもの。喧嘩三昧に叩き上げられ、がっつりと鍛え上げられた体つきをした、野蛮なくらいに荒くたい十文字と並ぶと、十分 年下の女子に見えるほど、小柄で童顔、そりゃあ愛くるしい風貌をしている内気そうな男の子。誰へでもそれで通っていた筈の、それはそれは愛らしくって、可憐で無垢で清純で……
「〜〜〜〜〜。///////」
夏休みに遠路はるばる遊びに来てくれた、片田舎の川畔の木陰や。待ち合わせた街の片隅、人影少なな階段の陰。内緒のおまじないのように口づけ交わしたその折に、胸へと抱いた小さな肢体は、いつだって壊れそうなほど繊細なそれだったのに。
『おうよ。突然現れ、高校アメフト界を席巻したシューティングスター。
高校最速の弾丸ヒーローってことで、その名を知らねぇ者はないくらい、
そりゃあ活躍したランニングバックでな。』
悪魔のようなどころか、悪魔そのものな男に真実を聞かされ、
『えとあの、僕としては何だか…成り行きが発端だったんだけれども。』
自分にそんな素養があろうとは気づきもしないままでいたところを、悪魔の魔眼に見初められ。そこから始まったのが、天才少年画伯とアメフトボウラーの二足の草鞋。それでもうんと楽しかったよと、健気に微笑ったその笑顔に絆(ほだ)されて、気がつきゃ自分たちまでも、その悪魔が仕切るチームの一員になっていたのが昨年の春のこと。
“そりゃあま、確かに充実はしていたさ。”
体を動かすのは基本的に嫌いじゃあないし、一途に頑張るセナと一緒なら、随分と頑張れての底力を出せたから、どんな苦難も艱難も乗り越えられたし。敵陣営を突き進むセナの行く手を阻む者、片っ端から薙ぎ払って血路を開く“リードブロッカー”というポジションがまた、色んな意味から的を射ていて、嵌まったの何の。始めて1年という素人が、優秀選手に居残ったほどの進化ぶりは、あの蛭魔でさえ目を見張ったというから推して知るべし。
“でもなあ…。”
ここでまたぞろ、胸の奥から振り絞るような溜息が洩れる。芸術家だと思ってた小さなセナは、実は優秀なスポーツマンであり、しかも、そっちの世界でも一目置かれているほどのレベルの存在。
“遠くなったよなぁ…。”
あの、片田舎の夏休みから始まったのだ。そこから何年経ったやら。自分も結構遠くまで来たつもりだったけれど、セナはもっとずっと遠くに立ってたなんてなと、それを思っての気鬱が絶えない。机の上、なけなしの筆記用具が入ったバッグにはクリアケースも忍ばせてあり、そこに挟まれているのは、今朝の新聞に載っていたのを切り抜いた記事。
『希代の新星・小早川くんの夏空シリーズ新作、入選。』
合宿で忙しかった夏休み。それでも地道に描いてたらしい作品が、どこやらいう外国の有名な品評会で入選したのだそうで、それを讃えた記事が、全国紙の文芸欄で結構大きく扱われていた。それだけならば構わない。頑張ったなで済む。
―― ただ、
『昨年、怒涛の連勝を見せたデビルバッツ、今年は1部へ昇格か?』
秋リーグで無名の新参ものがいきなり全勝無敗の破格の進撃を見せ、しかもしかも そこには、協会が特別招聘したNFLユースの代表チームと、エキジビションゲームとはいえ 互角に戦った全日本代表に5人送り出し、ベスト11に選ばれた選手は3人もいて。そのうちの一人は、高校生時代に頭角を現した“アイシールド21”ときては、今後の躍進から目が離せない、と。どこのスポーツ新聞も書き立てているその内容の中心にはいつだって、小さなセナのユニフォーム姿が必ずあって。
「……。」
アメフトの世界にはしのぎを削り合うライバルとやらも大勢いて、どいつもこいつも半端じゃあない奴ばっかりで。その真摯な気持ちが真っ直ぐに、セナへと向いてるのが判るから。他の奴なんぞより自分を見よと、真っ向から挑みかかる奴らの気迫や姿勢が、いかに純粋崇高かが判るから、それだけに。威容にさえ気圧(けお)されそうになるよな、まだまだ小者な自分じゃあ、そのうち、セナを先導する“盾”にもならなくなりそうで。
“3年も出遅れたってのは結構きついよな。”
セナが始めたのは高校に上がってから。その初年度から注目を浴びてたというからには、今のセナと肩を並べている強豪たちは、そのほとんどが当時からの付き合いがあるということだ。最初から強かった訳じゃあないと語った奴はザラにいるし、試合中にいくらでも伸びる、無限の可能性を秘めているなんて言ってた奴もいる。だって昔は、都会っ子の大人しさ、自分たちがばたばた駆けてくのの後ろから、懸命に“待って待って”と追っかけてた、小さな小さなセナだったのに。今やとんでもない野郎どもに追われても決して怯まず。それどころか、追いすがれぬ速さで先頭切って翔ってて。
「遠くなっちまったよなぁ。」
言いたくはないがつい、口を衝いて出るほどに、愛しいあの子との距離感を感じてしまう、今日このごろの十文字くんであるらしい。
「何だよ湿っぽいな。」
お前が沈むと空気が重くなるばっかで、はた迷惑なんだよと、牛乳のテトラパック片手に黒木が傍までやって来て、
「俺らだって極力協力してやってんじゃん。」
「そうそう、出来るだけ二人っきりの時間を増やしてやったり。」
もう一人の連れ、戸叶までもが言葉を添えたが、
「その協力ってのはもしかして、当番を俺とセナへ押しつけるアレか?」
「あ、人聞き悪いなぁ。」
「早朝のドラッグストアまでのデートとか、
放課後遅くのスタジアムまでの遠出とか、
お邪魔しちゃあ悪いかと思うから、二人だけで行かせてやってるだけじゃんか。」
友達想いな心遣いじゃんかと悪びれもせずに言う彼らへと、
「…おまえら二人へ割り振られてたもんだって有っただろうが。」
忌々しげに凄んだものの、それが効く相手じゃないのは、こたびの冒頭でもご覧に入れており。人の煩悶、おちょくって楽しいかとの恨めしげに、低く唸っては見たものの、
「〜〜〜もういい。」
彼らを相手に腹を立てても詮無いと、今日はそこまで意気消沈の十文字くんであるらしい。
“……ああ、セナが足りないぜ。”
ふらりと立ち上がったそのまんま、大きな背中をやや萎ませて、講義室から表へと、ふらふら出てゆく彼であり。
「荷物も置いていきやがってまあ。」
「まあ、放課後は部活へ来るんだろから。」
個々への居場所としての“教室”はないのが大学ではあるが、気が晴れりゃあ行く場所は決まってる。こっちがそう読むことだって判っているのだろうからと、追いもしないで居残っていた二人へ向けて、
「黒木くん、戸叶くん。」
声変わりはしたらしいが、それでも伸びやかな少年の声が掛けられて。おおと肩越し、振り返れば、似合わぬ憂いを背負って出てった誰かさんの想い人、小さな韋駄天さんが戸口に立っておいでじゃあありませんか。
「外から見えたんで回って来たんだけど……。」
彼なりに駆けて来たのか、小さな肩が上下しているのが何とも健気。お行儀がいい彼のこと、他の教室では講義も始まっているので、大声掛けて呼ばわるのは避けたのだろうけれど、
「…間が悪い。」
「つか、ツイてないのは昔からなんじゃあ。」
ほぼ入れ違いの擦れ違い。もう少しいれば逢えたのにねと、しょっぱそうに微笑った黒木らで。だって、あんな風に陰々滅々を装ってた誰かさんではあるけれど、
「あのあの、えと、あの……………十文字くんは? ///////////」
えとあのっ、窓んトコに居たでしょう?
えとほら、髪の毛、金色ですぐ判るし。
何だか元気が無さそうだったけど、どしたのかなとか、
それと今日は、えとあの、今日は……、れ、練習が長引いたら、
真っ直ぐ帰ろってことになるだろから、
そしたらあのボク、ついつい寝ちゃったりして、
十文字くんまで違う駅で降ろさせることになっちゃうから。
そしてらおんぶまでさせて送らせちゃって、
肝心なこと言えないで終わったらやだし…。/////////
「……ほほぉ。」
「そんなして帰ってんのか、家まで。」
照れ隠しか、しどもどもじもじと、秋物シャツの肩すくめ、要らぬことまでついつい並べてしまった小柄なお友達を見やりつつ…。同じJR沿線の、セナは自宅、十文字は下宿先まで。一緒に帰ってくのは知ってたが、たまにはそんな帰り方にまでなっていたとは。図らずも知ってしまった二人の目が点になったのは言うまでもなくて。そして……。
“今日は?”
“…………………あ、そかそか。成程ねぇ♪”
秋のさなかの、彼らには特別な日。その小さな両手が懐ろに抱きしめている、リボンのついた何かの包みが、何も言われずとも全てを物語っており。
「さっき向こうへ出てったぜ。」
「荷物はクラブハウスに持って来って、言っといてくれな。」
「あ、はいっ。//////////」
ありがとうと頭を下げるのもそこそこに、真っ赤っ赤になって とたとた駆けてく、小さな小さな お背(おせな)を見送って。それから……幾刻か。
「ぬぁにを深刻ぶってやがるかだよな。」
「“遠くなっちまったよなぁ”じゃねぇっての。」
知らず覚えてしまったセナの時間割だと、授業がない自分らと違い、彼には受講している講義がある時間帯だってのにね。生真面目なセナがそれをわざわざサボってまで、探してたのはさて誰なんだか。
―― セナの側からもこうまで慕っているのに、
一体どんな心配や杞憂がいることか。
「何か、腹立って来たな。」
「おお。明日の買い出しは二人に押しつけちゃろう。」
幸せものにはそのくらい、苦労を上乗せしたって罰は当たるまい。いやさ、こんなものは苦労にならぬと、気分はまさにシンデレラの継姉のごとしで、
………愛からだよね? それ。(苦笑)
何はともあれ、
HAPPY BIRTHDAY! TO KAZUKI!
〜Fine〜 08.9.30.〜10.01.
*とうとう年に一度という七夕更新になってしまった“十セナ”で。
これってサーチ登録上、
サイトの扱うジャンルから外した方がいいんでしょうかね。
業務連絡はともかく。(苦笑)
こちらのセナくんは、心配しなくとも十文字くんしか見えてませんから。
努力する天才と呼ばれた朴念仁にも、
好敵手としての意識しかしてないんだから安心なさいと、
黒木くんたちだけじゃあない、
蛭魔さんだって重々判っていようにねぇ?(笑)
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