正蒼の碇星 
〜白い帽子と 路地裏のマリア。続編 C
 



 何も選りに選ってそんな日に極寒が戻ってこねぇでも良いだろうがって思ってよ。その直前までは、桜が咲く頃の日和とか言われてた、そりゃあ暖かな日が続いていたのに、いきなり“真冬並みの寒波”が南下して来やがって。鬱陶しいなっ、アラスカへ帰れってのっ。


  「カズ、アラスカから来たんじゃねぇって。シベリアだ。」
  「うっせぇなっ、こんなもんは ノリだノリ。///////


   おやおや、真っ赤だぞ? お兄さんたら。
(くすすvv






            ◇



 関東地方だけは土曜ぎりぎりまで暖かさが居残っていたものが、日曜にはとうとう、南下して来た寒波にやはり くるみ込まれてしまい。ちゃんと装備をしていれば、震え上がるほどってこともないけれど、都心の真ん中、渋谷なんかでも雪が舞ったっていうから極寒には違いなく。自分は頑丈だし平気だが、あいつにはこれじゃあキツイかもしれないと、柄になく気を回してメールを打てば、

  【平気だよ。
   それより、十文字くんこそ、ちゃんと暖かいカッコして来てね?】

 逆に気を遣われてしまったくらいだったから。あいつが心配しないようにって、最初はそこまでは考えてなかったマフラーを足して、家から出た。待ち合わせたのはRという街で、前によく逢ってたQ街よりも奴んチ寄り。これは寒くなるって分かる前から決めてたことだからな。勘が働いたのかな、だったら俺って偉いかもな。濃紺のダウンジャケットの襟元、浅い緑のマフラーに顎を埋めて、そんなこんな考えつつ、電車のドアに凭れて窓の外を眺めやった。冷たかった耳の先や鼻の頭が車内の暖かさに解凍されてくのが擽ったい。今回はこっちからのお呼び立て。二人とも春休み前の試験休みだったから、平日の明日でも逢えないことはなかったけれど。まんまその当日ってのは何か気恥ずかしくて、前の日にしたんだよな。でも、やっぱ。あまりに見え見えかもしれない。あいつの真似して郵送で何か送った方が、向こうにも面倒はなかったかもなって思わないでもなかったけれど。そんなしたくはなかったんだ。だってよ……………。



   「その…逢いたかった、からよ…。」


 やっぱり寒かったからか、頬を真っ赤にしてた。なのに、先に手を伸ばして来て、
『十文字くん、頬っぺ冷たいよ?』
 お耳の先も真っ赤だしって、ああそうか。俺、頭は短く刈ってるからなって間の抜けた返事をしながらも…。あ・それ、俺が先にやりたかったのによ。////// わざわざ手ぶくろ外して触ってくれたのが、半地下になってた改札口前を満たしてた 人いきれの生ぬるさの何倍も暖かくって。小さい手だな〜、それに柔らかいしよ。あ、でも。突き指したのかな、今は貼ってはないけど、同じ手から湿布の匂いがしたぞ? そうと訊いたら、ちょっとあたふたして見せてから、体育の授業でちょっとと困ったように笑って見せた。そか、冬場は手も思うように動かねぇもんな。そうそう、突き指って関節をやたら引っ張っちゃいけないんだってな。軽い脱臼だからそうしなきゃって理屈は合ってるんだけれど、限度を超えると関節の周囲の筋肉を逆に断裂させかねねぇんだと。だからそぉっと冷やすしかねぇんだってよ。………って、何を色気のねぇ話をのっけから。相変わらずの、凄いねぇ〜物知りだね〜って感心している幼い顔へと、ポケットから取り出した薄い包みを差し出して。
『え?』
 キョトンとして見せるセナのおでこへ、ペトリと張り付けるように載せてやり、
『これはあくまでも口実だ。』
 判ったなと言い切った。この日のためっていう商品じゃなく、普通の板チョコを何とか頑張って自分で包んで持って来た。それをまずは渡してから、その、
『?』
 手に取って、でも。やっぱり訳が分からないって顔になってるセナへ、どうかすると偉そうに、もしかすると喧嘩腰に…はならないように抑えて抑えて。先の一言を言った俺だった。


   ――― その…逢いたかった、からよ…。


 だ〜〜〜っ、何度もリピートさすんじゃねぇっ!/////// そうさ、悪かったな、逢いたかったってのが一番の本音なんだよッ。何て言って渡そうか、好きだ…ってのは何か照れるし、第一、あいつが言うのと俺が言うのとじゃあ、カラーとか重さとかが違い過ぎねぇか? いやいや、そんなもんを理由に逃げるのは卑怯だろうがよ、俺。そんなこんな色々と考えて…頭ん中がぐちゃぐちゃになって。恥ずかしいなんて自分の都合ばっか優先してんじゃねぇよ、でも、もしかしてあいつはサ、お友達って感覚の内での“好き”って言ってんのかもしれないしな。そこへ、俺みたいな奴が妙に重たい“好きだ”ってのを返したら、びっくりして引かねぇかな…。普段使ってねぇからよ、しわが浅い上にしっかり錆び付いてた“のーみそ”を、フル回転して…あっさりオーバーヒートしちまって。そいで基本に返ってみたら。何でメールしたいのかな、何でチョコのお返ししたいって思ったのかな。そんなに義理堅い人間じゃない筈なのに、何であいつにだけは…丁寧にっての忘れないで、そんな柄にないことを必ず思うほど大事にしたいのか。


  ――― そんなの………簡単じゃんか。


 逢いたかった。
「こんなもん、ただのお返しで、俺にはただの名目だ。」
 そんなことより優先したかったこと。こんなものに振り回されて誤魔化したくはなかったこと。頬に当てられたまんまのセナの手を、自分のデカぶつな手で上から覆って、
「お前に逢う理由になるんだったら何だってしてぇって思った。」
 だから、こっちはあくまでも名目だかんなと、妙に大威張りで言ってのけ、


  「その…好きだからな?」


 身長差を縮めるように少しだけ上体を傾けて、耳元への内緒話みたいな言い方になったのは、やっぱギリギリで恥かしかったからだろう。///////
「………あ。///////
 うわ〜〜〜、真っ赤になったぞ、こいつ。あ、ちょっと待て待て、俺って何か外してる? 思ってた以上に興奮して余計なことまで言ってるのかも? 何か、何か凄げぇ喉が渇いて来たぞ。特に誰かしら注目して来てるって筈もないのにな。何だか居たたまれなくなっちまって、
「い、行こうぜ。」
 小さな手をこっちから掴むと、ぐいって引きかけて…思い直して顔を見る。あらためて“行こうな?”って目顔で訴えると、
「…うんっ。//////
 凄げぇ満面の笑みってので頷いてくれた。うわぁ〜〜〜////// そんなフェイントなしだ、なしっ!
(笑)








            ◇



 とりあえず改札口前から撤退して、3階分くらいの吹き抜けになってるコンコースの広場を横切って、ショッピングモールのガレリア…ガラスだかアクリルだか、透明な天井のアーケードが続く通りまで向かいかけたんだけれど。そっちへ渡る横断歩道の手前、
「…あ。」
 何にか気がついたって顔になったセナが、向こうからギュッて、つないでた手に力を入れて来た。視線は通りを挟んだ向かい側に向いてたから、今はあんま会いたくないって誰か、俺の知らない知り合いってのを見つけたのかな。繊細なことへは鈍感だけど、そういう…相性や間の悪い奴との遭遇とかには、自慢じゃねぇが縁も多いから。察しがついたそのまんま、向こうへ渡らない横へと進路を変更する。冷やかしの客でも入りやすいようにと戸口が開放されてる店が続いてるショッピングモールとは趣きが違って、どうかするとビジネス街っぽい方へ連なってる舗道を進み、別のビルのエントランスに入る。上層階には会社の事務所が入ってるここも、1、2階にはレストランやブティック、カルチャーセンターの分室なんかが入っているし、地面の下で地下街につながってるから、ちょっと迂回をした訳だけれど。
「…セナ?」
 横吹き抜けってでも言うのかな。壁とかガラスとかが嵌まってない一階の、広々としたエントランスの端の方、下へと降りる階段へ向かおうとしたら、セナの足が止まってしまった。吹きさらしだから寒いだろうにって、どうした?って顔を向けると、

  「十文字くんってやっぱり凄いなって。」

 そんなことをポツリと言い出す。真っ赤な頬は寒いからか、それとも…気持ちが揺れているからか。つないだままの手を見下ろして、
「ボクなんか、友達と逢ったらどう紹介しよう、やっぱり“お友達”でいいのかな、でもそれってボクには嘘なのにって思って。勝手に疚しいなって思ってたのに。」
 形だけの“お返し”だったら、郵送でかまわなかったろうに、わざわざ逢いに来てくれて。しかも、そっちは名目だからなって、やっぱりわざわざ言ってくれて。さっきは凄い嬉しくてね、泣きそうになっちゃったの。そんなことを訥々と語る彼であり、

  “こいつ、自分で言ってること判ってるのかな。”

 誰に何を誤魔化したって良いけどよ、俺本人へそんなことポロっていうか? やっぱ天然だな、こいつ。何だかこっちまで赤くなりそうな気分でいると、

  「ボクって変なのかなって。」

 これまた唐突に、そんな言いようをする彼で。何ですて?と。意味合いを掴みかね、聞き耳アンテナをしっかと立てれば、
「十文字くんは、ボクのこと、頼りないから放っておけないとか、そう思ってくれてるんでしょ? それって、強くて頼もしい人なら男女の関係なく自然に思うことじゃない。」
 守ってやらなきゃ、傷つけないようにしなきゃっていう、強い人が儚げなものへと持つ優しい気持ち。


  「………でも、じゃあボクはどうなんだろって思ったの。」

   ………はい?


「仔犬とかアイドル歌手とかへ可愛いなって思えるし、小さい子供には手を貸してやんなきゃっても思う。なのにさ…。」
 ほうと。小さく吐息をついて。心なしかお顔をうつむけて。セナはぽつりと呟いた。

  「なのに…十文字くんみたいな男らしい男の人のこと、好きだって思うなんて。
   やっぱりボクって、どこか訝
おかしいのかな。」

 それが不安で、もしかして疚しいと思ってしまい、でも、好きなのが疚しいなんて考え方は、構ってくれてる十文字に悪いのではないかと思う。さっきの反応、誰か知り合いに逢いそうになってそれでと沸き立った自分の感情を噛みしめ直して、それから。そんな想いの堂々巡りを持て余し、気が重くなった彼であったらしくって。………ああまったく こいつはよ。なんでそうまで、奥行き深く考えちまうかな。俺なんざ、却って武器になるんじゃねぇかってほど鈍感で頑丈だからよ、そんな…怖々とした眸で見ないでくれよ。何にもしてねぇ内から傷つけたような気がすんじゃんかよ。日頃以上に潤んでる、黒々とした大きな瞳に見とれながら、

  「………1つだけ、訊いていっか?」

 勝手に声が出てた。え? と。大きな瞳を見開いて、こっちを見上げて来たセナへ、ま・いっかと苦笑をし、まだ形になってない思ってたことを、話し始めた十文字で。
「お前サ、他の男にも………その“ポーッ”てなるのか?」
「………え?」
 だから…その。一緒に並ぶのは大きな勘違いだろけど、サッカーの○○選手とかプロ野球の◇◇とか、アイドルの桜庭春人とか。そういう奴にも、俺に思うような気持ちになんのか? 細かく訊き直すと、髪の裾がマフラーの中から引っ張り出されるほどのかぶりを振って見せる。それを見てほぉっとマジで溜息をついてから、
「じゃあ、問題はないんじゃねぇのか?」
「………え?」
 こういう言い方は、そっちの嗜好がある人を差別してるみてぇだけど、今は堪忍な。
「だからよ、お前が俺を意識してんのは、その…ホントだったら女に思うような“好き”って気持ち、なんだろ?」
 なんか。俺、わざわざ何を言ってんのかなって思いつつ、思ったまんまに話してて。見やった先で、
「…うん。//////
 セナがこくりと頷いた仕草が、うわっ、可愛い…じゃなくってだな。/////// からからに干上がりそうな喉を出来るだけ意識しないようにして、俺は尚も話し続けた。
「きっとそれってのはヨ、俺が俺だからってのが始まりだと思う。友達ん中で一番好きで気になってて。これってもしかして、その…恋愛ってのの“好き”と一緒かもって意識しだすと、ますます止まらなくなって。」
「あ…。///////
 ますます真っ赤になって、呆気に取られたような顔をしたセナが、
「な、んで?」
 何で判るのと呟いたのが口の形で判ったけれど、今は言いたいこと、一気に言わせてもらおう、躓
つまづいたら続けらんなくなりそうだ。
「あのな、男同士でも…例えばヒーローとかスポーツ選手に、カッコいいとか凄げぇ強いのが惚れ惚れするとかって思うことはあるだろがよ。」
「うん…。」
 自分より強い奴とか、得意分野の畑が違ってて、それなのに…それだから? 自分には出来ねぇことやれる奴ってのには、悔しいけど一目置いちまうよな?
「別に男だからって“守ってやりてぇ”って方向にだけしか、誰か何かを好きになっちゃいけないって事はないと思う。」
 ただ傍にいてぇって思ったり、そいつを支えたいとか思ったり、それは人それぞれで違ってて当たり前だし、それに…。

  「お前も十分凄げぇ奴なんだぜ?」
  「え?」

 思い出すのは、あの夏休み。自分は気恥ずかしくて言えなかったことを、彼は何の衒いもなく口にした。雨上がりのブロック塀に浮かんだ影を、聖母様の絵のようだねって綺麗だねって、堂々と口にした。それをキザだ変だとさんざん笑われ、傷つけられた嫌な思い出しかなかったろうに、それでも逢いたいって勇気を奮って電話して来てくれた。
“俺からは…とてもじゃねぇけど出来なかったろうからな。”
 そいで一生、思い出すたびに地団駄踏みたくなる想いにかられ続けていたのかも。…そうだな、俺も狡いよな。
「え…?」
「俺だって、お前に随分と甘えてる。ちゃんと言わなきゃいけないこと言わないで。だから今、お前そんなに怖い想いをしたんだろ?」
 潤みの強い瞳の縁へ、そぉっとそぉっと手を伸ばし、親指の腹を頬の縁へと這わせてやって。あふれかけてた涙を拭った。

  「お前だけの勝手なんかじゃねぇぞ?
   俺だって、お前んコト好きだ。
   ずっと一緒にいて、人目がないなら いつだってギュッてしてたいほど。」

 人目がないからってのはやっぱ狡いかな。言いながら…引き寄せた小さな体は、抵抗しないままにこちらの懐ろへと収まった。封じ込めるみたいに両腕を回し、小さな背中へ蓋をする。ああ、こうまで間近になると顔が見えないのが残念だな。けどでも、いい匂いがする。コートとジャケットとで遮られてる筈なのに、細っこい体の線は接してる腕や胸へありありと伝わってくるし、見下ろせば…耳の先がホントに真っ赤だ。大丈夫かって、片方の腕を解いて髪をわしわしと撫でながら訊いたら、見下ろした頭が動いて…コクッて頷いた動作。ああなんか、体中がほこほこと温もってきた。急激に熱くなってドキドキするような、爆発しそうなそれじゃあなくって。照れ臭いような擽ったいような、ほんわかした温もりに、体の芯がじんわりと温められてる。そんなにも寒いんかな、やっぱ早く、囲いのあるトコに入った方が良かねぇか? 後ろ頭へ手のひらを添えて、ほら、こっち見なと促せば…あ、こいつ。イヤイヤじゃねぇだろが。/////// ちくしょー、そんなするのまで可愛いじゃねぇか。/////// あ…でも手が。小さなセナの手が、こっちのジャケットにしがみついてる。だったらサ、これって無理強いじゃないよな。言葉で苛めてやしないよな? そろぉ〜って、やっと見上げて来た真っ赤な顔が、唇を咬んで一生懸命に堪(こら)えようとしながらも、その口が嬉しそうな形になっては、なのに…眸の方は泣きそうにくしゃくしゃって歪むから。あ、あ、えと、あの…泣くなってばよ。やっぱ、嫌だったか? お前、いつだって俺に気ィ遣ってばっかだろがよ。…違う? 何で泣きそうなのか、自分でも判らない? あ〜、う〜っと、それはだな〜〜〜。///////


   ――― 大寒波が来ていて、人通りが少ない日で良かったね。
(笑)


 それぞれなりにシャイなお二人の、でもでもアッツアツな相手への想いは負けなかったから。これ以上の本物はないんじゃないのと、微笑ましく想いつつ、これ以上の“追跡出歯亀”はここまでにして。二人で暖かい春の到来を待ってて下さいましね。





  〜Fine〜  05.3.16.


  *あああ、何でこの二人はいつもいつも、
   ちゃんと、申し分なく、しっかと両想いなのに余計な躓きを拾うかな。
(笑)
   そんな繊細なセナくんがいじらしくって、
   ますますメロメロの骨抜きになってしまう十文字くん。
   こちらさんは逆に勢いで行動する子だから、
   大学進学で上京して、その勢いで学生結婚(同棲?)だってしかねないです。
   ………あと2年か。我慢出来るか? カズくんよ。
(苦笑)

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