ヒマワリ、黄色 
〜白い帽子と 路地裏のマリア。続編 D
 



          




 夏休みも中盤の八月へと突入すると、やれ、高校生の夏の祭典“高校総体
(インターハイ)”の開幕だの、甲子園への出場項が出揃ったのと、この暑い中でも、学生スポーツの世界は元気凛々な話題が尽きない。
“そうは言うけど…。”
 ウチのガッコの野球部は、県予選でも早々と敗退したしなぁとぼんやり思う。午前中だってのにもう汗が滴る日盛りの中。乾いた熱風を頬に感じながら、少しキツい傾斜のある坂道を、自転車の立ち漕ぎで頑張って登り切る。暑さは引かないが、それでも結構な風が吹き渡り、ズボンの腰から出してるオーバーシャツの裾をあおってはパタパタと躍らせるので、少しは爽快。水不足になるかと危ぶまれた梅雨も終盤に過ぎるほどの雨が降ったので、水には困っていない耕地が若い苗やら稲のピンと真っ直ぐな葉の濃緑で埋め尽くされてて。頭上には浮かぶ雲も少ない、夏空の青との拮抗も目にはそりゃあ鮮やかで。

  「………田舎だよなぁ。」

 こらこら、そんな身も蓋もない。
(苦笑) 自分が立ってるこの道も、一応は舗装された公道で、町へと続いててバスも通る“幹線道路”ではあるものの、さっきから1台としてすれ違う車がないのってどうよと苦笑い。沿線にある学校が休みになると、途端に路線バスが日曜・祝日モードの本数になるほどにのんびりした土地。件くだんの高校野球に頭数合わせの“助っ人”として一応は参加した身だが、途中から代打で出た彼だけが2打席2安打を放った他は、鳴かず飛ばずの結果に終わり、今年も残念ながらの一回戦敗退。よほどにくじ運が悪いガッコなのか、昨年などは…結果的には県代表になった強豪校と一回戦で当たってしまい、3回コールドで負けたんだっけ。とはいえ、
“負けて良かったって感じだったがな。”
 暇で暇でとうんざりしてたし、それから…あのね? ちょっぴりほろ苦い思い出があったから、あんまり好きじゃあなかった夏が、

  『………あの。覚えてますか?』

 まだ声変わりしてないのかと思ったほどのか細い声で、恐る恐るのようにかかって来た一本の電話。声とその持ち主の記憶とが、頭の中でつながったその途端に、鮮やかに思い出したのは…草いきれの中の緑や、原っぱの空の青に、それはそれは綺麗に映えてた真っ白な帽子と、それを何度もかぶり直してた小さな手。一夏だけのお友達だった男の子。何とも愛らしくてホントは大好きだったのに、ついつい意地悪しちゃってそれっきりになっちゃった。毎日逢ってりゃそんなもの、2、3日で縒
りも戻せたのにね。遠い都会から来た子だったから、ごめんも言えずのお別れになっちゃって。あんな可愛い子を傷つけたってことだけが、柄になくも いつまでもいつまでも胸に苦かったっけ。それが…なんと4年振りに連絡をくれた。何でもなく教えておいた電話番号を覚えててくれて、ドキドキしながら掛けて来てくれて。それだけでも十分にビックリものだったのに、久し振りにこちらへ遊びに行くんだと、そんな嬉しいお話を告げてくれて。

  ……… それからは。

 これといってやることもないままにダラダラと惰性で過ごすばかりで、あまり良い思い出がないものと決めてかかってた、暑いばかりの夏という季節が。正に打って変わってという勢いにて、彼にはたいそう心弾むシーズンへ、あっさりと塗り変わってしまったのである。………若いって素敵。
(苦笑)







          ◇◆◇



 昨年の夏休みは八月中をずっとこちらで過ごした彼だったけれど。今年は八月から合宿があると綴ったメールを七月に入ってすぐにも送って来たセナであり、
“………合宿?”
 何年も逢っていなかったものが、数年前の小学生だった頃の姿から辿ってあっさりと見分けがついたほど、いまだに稚い容姿・風貌をしている彼で。大きな眸にふわふかな髪をしたお顔の幼さ・愛らしさは“個性”として置いとくとしても。腕脚も細けりゃ、胸も薄く背中も小さい。ひょいと掴んだ手なんか、品のいい和菓子の羽二重モチみたいなほど柔らかさで、ここいらの女の子の方がよっぽど雄々しいぞと思えるような頼りなさであり。そんな彼が一体また何の“合宿”に参加するのだろうかと、合宿といえば体育会系のものしか浮かばない十文字が怪訝に思っていたところ、
『そりゃあれだ、取材を兼ねた合宿じゃねぇのか?』
 文化系の写真部や映研なんかでもよ、文化祭に出展する作品の製作も兼ねて目新しい被写体を目的にって合宿組んで遠出するって話は良く聞くし。幼なじみでツレの庄三が、そんなのもあんだぜと話してくれて。絵画が得意な彼なのになんでまたと理解に苦しんでいたものが、あっと言う間に何だ成程と合点もいって。その後で、

  【 今年は七月中にそちらへ遊びに行くのですが、
   十文字くんの都合はいいですか? また一緒に遊んでもらえますか?】

 そんなメールが届いたもんだから………実は至極焦りまくった。部活の方はあっさりと早めに敗退してくれたから、真剣本気で打ち込んでた奴には申し訳ないくらいに非情なようだが、オッケーオッケー問題はない。ただ、
『…七月中っていや、お前、補習はだいじょうぶなのか?』
 ええ、ええ、去年も夏休みは八月始まりに等しい身の上でございましたよ。平常点はともかく定期考査の得点に赤点が一個でもあったらば、それを埋めるための“補習”を受けなきゃならなくて。それが期末考査だったなら、すぐ後の長期休暇に食い込む意地の悪さなのも、昨年しっかり体験済みの身。試験開始の正に直前に来たメールへのお返事が、2、3日かかってしまったのは、それからの数日を完徹で過ごしたからに他ならず。
『まあ…カズは“やれば出来る”くれぇには頭いいから。』
 半分からかうような言いようの浩二に、ホントだったらヘッドロックの1つも食らわしてやりたかったけれど。そんな余裕さえないまま、試験期間だった5日間を駆け抜けて。これでも補習組だったら、そんときゃバックれるまでだと宣言したところ。………最初からそっちを選ばない辺りが、不器用なんだかお馬鹿なんだか、それとも“根は善人”って奴なんだか、と。浩二と庄三の二人からやっぱり腹を抱えて笑われちまった。だ〜〜〜っ、うるせぇよっっ!






            ◇



 そんなこんなあって、何とか“フツー”に迎えた夏休みが始まって。
“………お。”
 駅前でキョロキョロと、小さなスポーツバッグを両手で提げたまんまにて。周囲を見回してる姿に…ついつい見とれた。そういえば一学期中は互いに忙しかったから、GWにも逢うことは適わずでメールのやり取りばっかだったっけ。春とは名ばかりの長っ尻な寒さの中で逢ったのが最後になってた、都会から来た小さな幼なじみのセナは、やっぱり…相変わらずに愛らしく。遠目にも表情が伺えるほど、大きな眸なのも相変わらずなら、ふわふかなくせっ毛が、なのに手入れの良さを思わせて、指通りが良さそうなつやをたたえてるところも変わってない。トロピカルな配色のTシャツの上、冷房よけにか羽織っていたのが、七分袖のオーバーシャツで。襟の縁やら袖の山、ぴしっと真っ直ぐなアイロンのラインが入ってて、いかにも“隙なく身ぎれいにしてます”という、都会の子ならではな垢抜けた印象がする。
“だよな〜〜〜。ここいらじゃあ下手すりゃ女でも、何年ものだって思うほど年期の入った よれよれTシャツ着てたり、茶の間で使うようなどこぞの米屋の団扇持って歩ってたりするもんな〜。”
 だからって、組み紐の提げ緒がついた香木の扇子を持ち歩いてる女子高生もどうかとは思いますけれどもね。
(苦笑) 清潔な身なりの何とも爽やかなセナを、相好を崩していつまでも見惚れていてもしょうがない。ついつい…どうしても にやつきかかる顔を何とか引き締め、歩み寄りながら小さく手を挙げ、言葉少なに“待ったか”と声をかければ、
「十文字くんっ!」
 たちまち“ぱぁあっ”と明るくなったお顔に、

  “…だ〜〜〜〜〜っっ! 待て待て待てっっ!!///////

 口許をぐぐっと固めてた箍
たがが一気に吹っ飛びそうになったほど、ドえらい威力のとんだフェイント技を掛けられつつも。手荷物をとっとと持ってやり、バス停までを“こっちだ”と先導する。途中、自分で自分の頬を軽くはたいたのは、
“いかんいかん、ま〜た誤解されっぞ?”
 どうにも照れ屋で、ぶっきらぼうで。およそ気の利いた優しいところなんて、誰ぞに示した経験があるかどうかどころか 縁さえなくて。ただでさえ…短く刈られた髪形の いやよく映える、挑発的なまでに鋭角的な面差しをした。肩も背中もがっつりと大人ばりに体格がいいお兄さんが、そんなに無愛想だと恐持てさ加減が増すばかり。日頃の“十文字一輝”ならば、喧嘩の腕っ節でここらをシメてる関係上から言っても、それで全然問題ないのだが。今日ばかりはそれじゃあいけない。そんな無愛想なところばっか見せてたら、怖がられるだけならともかくも、繊細な彼からは“迷惑がられているのでは?”なんて誤解されてしまいかねないからね。嬉しくて堪らないって顔はやっぱ癪だしカッコ悪いけど、
「暑かったろ。姉崎んトコならクーラー使ってて涼しい筈だ。そこまでは我慢しろな。」
 肩越しに相手へと振り返り、口許を何とか真横に力ませながら“にっか”と笑って言ってやれば、
「うんっvv」
 おおお、待ってましたの笑顔が眩しい。口許だけでなく目許も細めて、小首を傾げて。やっとのことで肩から力を抜いてくれた模様。それからそれから…えっと、あの。一応はJRの駅前なんで、ここいらじゃあ人出のある方な街だから。バス停までのアーケードのある商店街は、通行人も自転車も通って結構混んでた。それでかどうか。

  “………え?”

 十文字が裾を出して羽織ってたシャツの、裾がそぉっと引っ張られた重みがあって。何だろ、何かに引っ掛けたかな?と。反射的に も一度振り返れば、小さな手でそぉっと掴んでた張本人が…怖ず怖ずとこっちを見上げて来てて。おおう、ちょこっと積極的になってないか、お前。東京の繁華街に比べりゃ、こんなもん“もうお盆休みなんですか?”ってな程度の人込みだろから、迷子になる筈はなかろうにな。まま“恋人結び”とかっていう? 指をからめるようなアレで手をつなぐのはまだまだ恥ずかしいけど、こんくらいなら、まあいっか。振り払ったりせずただ“にっ”と笑ってやれば、ホッとしたよに口許や頬がほころんだのがまた、凶悪なくらいに可愛くて。やべ〜〜〜、俺、夏ばて前に“熱中症”とかいうので引っ繰り返るかも知れねぇと。確実に1度は上がった体温を持て余しつつ、半ば本気でそんなことを思ってしまってた十文字くんだったりしたそうな。


  ……… 頑張れっ、若造。今年の夏も猛暑だそうだぞ?
        ↑ こらこら、励ましになってないって。
(苦笑)












          




 今年もやはり、彼には親戚にあたる姉崎さんチにお世話になるというから、初日はそこまで送ってやって。2週間の滞在中の何日かは、さすがにそちらのお家でのお出掛けや歓待へお付き合いをする彼だそうだが、それ以外の平日は、ごく普通にお出掛け出来るからと念を押し、じゃあと別れてから…数刻後。濡れ縁から庭へと向いた障子窓を、全部開け放ってた自宅の居間にて。暇そうにごろっちゃしてたら、早速にもメールが届いて…がばりと起き出す現金さ。時刻表やら、この春に出来た、プールや遊歩道のある市民公園の案内ちらしやパンフやら。新聞差しを引っ繰り返しての大騒ぎを始めたもんだから、
「なーんね。この夏はどっこも行かんて言うてたに。」
 一端の男子高校生が、外から明るいうちに帰って来るのは、この辺りでは珍しいことじゃあない。夜遊びしたきゃあ、まずは原付きで良いからバイクでも手に入れないと、それなりの街なり街道なりまでの往復が適わないからで。でっかい図体で鬱陶しくも、ごろっちゃしてたかと思やぁ今度は、見るからに嬉しそうに携帯との睨めっこをし。それから始まったこの熱心な“働きぶり”へ、掃除を一段落したばかりの母がやれやれと眉をひそめていたほど。
「うっさいな。それよか、○○○文化館の改装って、先週末に済んでんだよな。」
「ええ、ええ、済んでますよ。」
 夏休みは小学生中心の絵手紙教室とか工作サークルの活動があるっていうから、暇ならそこに混ぜてもらうといいよと。事情を知らないお母さん、冗談半分に言い置いて台所の方へと立って行ってしまったが。そこには“夏の野草花”という四季折々の花を展示している温室があるってこと、この坊っちゃんたら夏休み前に小耳に挟んでおいたらしくて。そんな女の子向けの情報に細かくなってるってことは…と、もしも気がついていたのなら。ちょっとばかり胸躍る期待が出来たかも知れませんのにね? お母様。
(くすすvv)
“よ〜し。明日は姉崎と買い物だって言ってるから、明後日は晴れたらプールだな。それからえっと…。”
 あまり引っ張り回さない範囲で、でも、炎天下を歩き回るよりは何かの施設に入ってのイベント消化を。そんな感じで、あんまり得意ではない“プランニング”なんてもの、練り始めたお兄さんであり。庭先、錦木の垣根に沿って、母が酔狂で植えたヒマワリが、随分伸びてるお顔を揃え、こぞって見守るそんな中。ガッコの宿題よりもややこしく、でもでも、課題なんかよりも何倍も楽しい苦行へと。短く刈った頭を掻き掻き、奮闘していた午後でした。






            ◇



 ………と、頑張ったんですのにね。

  “………ううう。”

 まずはと構えたプールの予定が、だのに。明け方だけ僅かに晴れてた空が一転にわかに掻き曇り。恨めしげに睨んでみたのが却って不味かったか、朝ごはんを食べ終えた頃合いには、遠くにまだ多少は見えていた明るい雲間もすっかり埋まり、どこまでが空でどこからが雲かも分からないほどの様相になってしまい。それでも約束したから遊びにってセナがわざわざ家まで来てくれたその直後を、まるでじっと見計らってたみたいにね。雲の色まで鈍色に、重暗くなったかと思ったら、そこいらに乾いた大豆が降って来たかのような大音響と共に、会話さえ通じにくいほどの大雨が降り出して。
「すっごーいっvv
 最近は東京でもね、たまにこういう雨降るよって。でもなんか、道がセメントだから水が溜まるだけって感じがしてね。
「こういう匂いはあんまりしないの。」
「匂い?」
 聞き返せば、うんと頷く。雷がなければ怖くはないのか、ニコニコとはしゃいでさえ見えて、
「何てのかな。土の匂い? お習字の墨みたいな良い匂い。」
 二人一緒に急いで立て回した障子戸の向こう、今日はさすがにヒマワリもちょっと項垂れて見えて、でもね、
「何しよっか♪ あ、そだ。十文字くんのお顔描いてもいい?」
「それだけは止せって。」
「え〜〜〜、なんで?」
「だから、だな…。/////////
 向かい合って、じっと凝視されなきゃなんないなんてよ。正直にそうと言えなくて、
「俺なんか詰まんねぇ顔じゃんか。」
「そんなことないもん。」
 むう〜〜〜っと膨れたセナの、それこそ…むしろ描かれる側に向いてる稚いお顔へ、ポケットから取り出した携帯を向けて、
「おら。カメラ映えする顔、ゲット。」
「あ、やったな〜っ。」
 勝手に撮るのはマナー違反なんだからと、掴みかかって来た小さな重み。後込みするよに、ずりずりと結構素早く逃げを打ったが、真っ直ぐ前進して来た相手の素早さには敵う筈もなく。
「消しちゃうんだから。」
「何を〜〜〜。」
 何も本気で言い合ってる訳じゃあない。頭上にかざされた携帯の取り合いっこ。ちょっとした取っ組み合いの真似ごとのつもりが、

  「…わっ☆」
  「あ…。///////

 もはや“お約束”かもの雪崩込み。のしかかって来たセナの、小さな肢体の重みや力を甘く見ていたか、それとも。こんなこと、例えば日頃の浩二や庄三なんかとの取っ組み合いと同じよなもんだと、お軽く構えていたからか。後ずさったものの、茶器などをいれた水屋箪笥に背中がぶつかり、こりゃまずいと脇へ進路を変えかけた途端に…上に載っけてた何かが落ちて来たもんだから、それを咄嗟に弾き飛ばすのに片手を伸ばしたらバランスが崩れた。落ちて来たのは回覧板用のファイルで、結構堅いからセナに当たっちゃ可哀想だと思っての反射だったが。
「えと…。///////
「う…。///////
 押し入れの襖に穴を空けるほど吹っ飛んでったファイルは、この際どうでもいい。お互いに薄着で、Tシャツと木綿のデザインシャツ越しの、お互いの温みがいやに生々しく伝わってくるのが………ますますのこと、体温を高めてしようがなくて。
“…これってどっちの鼓動だろう。”
 ドキドキとトクトクと、耳元に引っ越して来たみたいに、くっきり心臓の音。間近になった眼差しが、探るように…でも、強引にではない優しさで。ちょっぴり臆病そうに覗き込んで来たのへ、

  “えっと………あのその…。////////

 何も言われてないのに、あのね? 判ったみたいな気がして。なのなら、えっと。イヤじゃないってことだよね?
「〜〜〜〜〜。////////
 ぎゅうぅって眸をつむって。ぽふんって。広くてちょっと堅いお胸へ、飛び込むみたいに身を落として寄り添えば。大きな手のひらが髪をゆっくりと梳いてくれて。それからね?

  「…怖いなら、何にもやんね。」

 落ち着いた声に、え?って思った途端に、体が強ばってたのから力が抜けたから。それで“あっ”て気がついた。まるで食べられちゃうのを前にしてたみたいにね、体中をガチガチにして、物凄い覚悟してたみたいだったから。十文字くんにも、それがあっさりと届いちゃったんだ。それで“怖い想いさせてごめんな”って、言ってくれたんだよね?
「………。////////
 抱っこされてるのは、いい匂いのする温かくて頼もしいお胸。怖かったんじゃないのにね。ただ、ちょっと。そう、ちょっとだけ。恥ずかしかっただけなのにね。そうと思った小さなセナくん。しばらくほど、雨の音を聞いて、黙っていたけど。お顔を上げると…ずりりと体を持ち上げて。
「???」
 え?ってお顔になってる十文字くんのお顔、こんな間近に見るのって初めてかなって。それで嬉しくなったそのまんま、あのね? そぉっとね、追っかけるみたいに………………ちうしたのvv そしたらね?

  「………………っ☆ ////////

 真っ赤になった十文字くん。どしよ・どしよと眸が泳いでから、とりあえずは起き上がろうとしかかって…。
「あ…っ!」
「うあっ☆」
 あ〜あ。横から少しほどすべり込んだカッコになってた、卓袱台の端っこへ、ごつりとおでこをぶつけてしまった十文字くんだった模様です。キスひとつで こうまであたふたするなんて。少しは進展したかと思えば、やっぱり相変わらずみたいですよと。いつの間にか、トーンを落としてた雨脚が、ちっとは落ち着きなさいませ、二人を宥めてくれていたようでした。












          




  ――― あのね、お盆も合宿で潰れちゃうんだけど。
       その代わり、九月前には戻って来れるの。

 だから…と言いかけ、そこまでで思い切った助走が尽きたのか。それ以上は言葉が出なかった彼に代わって、
『じゃあ、そのあたりで映画でも観に行くか?』
 遠出からの帰りで疲れてるかもだが、Q街までなら出て来れっだろ? なあ付き合えよと、こっちからの強引なお誘いってカッコに持ってけば。ホッとしたみたいに笑って見せて。ホント、お前ってば気ぃ遣いすぎ。日頃どんな連中に囲まれてんだかな。むしろそっちが気になっちまう。
『泳ぎに行くんも良いな。Rタウンにでっかいプールが出来たんだろ?』
『あ、それじゃ、ウチに泊まってってよ。』
 そしたらね、起きてからずっと、丸一日とか遊べるでしょ? 屈託なくも言い出して、お前…深い意味までは考えてねぇか。
“都会もんのクセに、そゆとこは晩生
オクテだから参るよな。///////
 たった2週間なんて、ホント、あっと言う間だった。全部が全部、逢えた訳じゃあなかったし、出掛けるどころじゃない大雨が、またぞろ降った日もあったしで。予定なんてどこへやら、逢えただけで“もういいや”なんて。近所の川の土手への散歩や、高台にある展望台公園までの自転車の二人乗りなんかで済ませちまう日の、何とも多かったこと。そんなせいでか、
“ごめんな? 何か随分と陽焼けさしたかも。”
 そうこうするうち、次の駅までは“各駅停車”の特急が来たんでお喋りも此処までと。カバンを持ち直して…名残り惜しげに見上げて来るセナへ、じゃあななんてお別れの一言よりも言いたいことがあったりし。けどでも、何てのか。俺の柄じゃあないかもな。どうしよ、えっと。/////// 何より照れ臭いことだったから、どうしたもんかって迷ってたんだけど。え〜いっ! この際だっ!
「あんな。」
 風で乱れたか頬にかかってた、羽根みたいに手触りの良い髪を掻き上げてやりながら、つい…耳元で言っちまった。

  「………ずっと好きだからな。」

 だ〜〜〜っっ!!/////// やっぱ照れ臭ぇ〜〜〜っ!////// 何より“だせぇ〜っ!”って、自分でも思ったけどよ、何てのか、こういうのってちゃんと言わねぇと。ほら、ただでさえ俺ってば、態度では上手く示せねぇ“ぶっきらぼう野郎”だし。/////// だせぇ〜〜〜っとは思ったけど、言ったことに後悔はない。笑いたきゃ遠慮なく腹抱えて笑えよなって、開き直りつつも顔を離せば。

  「あ…えと…。////////

 おおう、真っ赤に熟れた顔。ちょびっと困ったように唇を咬んでいて、
「…ずるいよう。///////
 何で帰り際に、そんなこと言うのと。今からしばらく逢えなくなるのに…と。恨めしげに睨まれてしまい、
「あっ、いやっ、あの…っ。」
 慌てて宥めようとしかかったところへ、懐ろへ……………ぽそりと。小さな温みが凭れて来る。わざわざ告白するなんて、本気の本音だからこそ十文字が恥ずかしいくらい照れたように。セナにしたって…これを冗談と思ったならば笑って済んだもの。そうじゃないから、自身の心を見透かされたようだったから、胸が騒いで止まらない。小さな手が十文字のシャツをきゅうと掴んでて、上げられないお顔の熱さが、シャツ越しのほぼ直に伝わって来る。
「悪りぃ。」
 ああ、なんて小さいんだ、お前。このまま独りで帰すのさえ忍びなくなる。こうなりゃ人目なんか気にしてられっかって。うんと、覚悟決めて……………。

  「…え? ええっ??」

 カバンごと。小さな体をひょいと抱えた。もうとっくにホームに着いててドアも開いてた特急に一緒に乗り込んで、ホームからは奥になる向こう側、ボックス状態に向かい合ってる座席へ適当に足を運ぶ。座席の上へやっと降ろしてやったその途端、列車がガタンと大きく揺れて、
「あ…。」
 何たって田舎の駅だ。そんなに停車時間だって長くはなかったから。車窓の景色もなめらかな加速を得て、置き去りにされるかのように後ろへと流れ始める。当人たちが照れてしまったそれほどには、注目を集めていなかったのか。そのまま乗り込んでしまったものを追ってまで、他人の恋路や痴話喧嘩に関心を寄せるほど暇な人もなかったか。乗客も少ないまんまの車内にて、自分と向かい合って腰掛けた十文字へ、セナが呆気にとられて見せるから、

  「家まで送る。独りきりになんて、やっぱ出来ねぇ。」
  「あ………。///////

 だってね、それだけの距離がある二人なんだもの。お家までかかる今からの時間を、たった独りで。好きな人との距離をしみじみと感じながら過ごさなくてはいけない子。だっていうのにその上へ、未練を一杯背負わせるようなこと、言ってしまったから。一緒にいる時は何も言わなかったくせをして、別れ際なんて微妙な時に、しかも一方的に“俺んこと忘れんな”に等しいことを言ってしまった十文字であり。嬉しいとか擽ったいとか、そんな顔をしなかったのは、言われずともそうしただろう、そのくらいにお別れするのが切なくて…ホントに胸が痛くなるよな、そんな心持ちでいた子だったからで。こんなに大好きなのに、どうして。一緒に噛みしめられる時には言ってやれなかったのだろうか。恥ずかしいだの照れ臭いだの、自分のことばっかになっていて。セナの方からはいつだって、気が弱かろうにいつだって。えいって頑張って、真摯な想いを告げてくれているのにね。それを思えば、あのね? またしてもズルをした揚げ句に、彼を独りになんて出来なかったから。
「いいな?」
「………うん。///////
 恥ずかしそうに項垂れてた首。でもね。真っ赤なお耳のまんま、こくりと頷いた小さなセナが、顔を上げると…笑ってくれたから。手を伸ばしてもやっぱり逃げないで、髪の毛もしゃりと撫でると嬉しそうに甘えてくれたから。かたたんかたたん、電車の轍の弾む音に乗せ、もうちょっとだけの二人きり。言葉少ななのは変わらないまま、それでもいつも以上に温かく、ずっとずっと視線を絡め合って過ごせたみたい。またしばらくは逢えなくなるけど、きっときっと大丈夫。双方共に、誰よりもあなたへは嘘はつけない、そんな真摯な想いを大切にしているから、きっときっと大丈夫vv 青い空の下、沿線沿いに植えられてたヒマワリの一群の、地上のお陽様みたいな鮮やかな黄色をきっと忘れない。そんな風に思って顔を見合わせた二人だったから、ね? 大丈夫vv








  clov.gif おまけ clov.gif



  ――― あ、いけね。夏休みの終わりに逢うんなら。


 宿題に追われてちゃあ逢いになんていけねぇなと。だからどうして君はそう、まずは真っ当な義務を果たそうと構えるんだろうかね。やっぱ、根が善人だからかな?
(くすすのすvv




  〜Fine〜  05.8.01.


  *うわぁ〜〜〜。
   久々すぎて、背景資料を全部忘れ去っておりましたわよ。
   セナくん、もう名前出てたんですね。
   Q街って、このお話にも出て来てたのか…ってなもんで。
(苦笑)

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