びいだま緑の にわか雨 
〜白い帽子と 路地裏のマリア。続編 F

 


単調な雨脚から目を逸らしたその先にあったからという順番で、
今やっと、背後のショーウィンドウに気がついて。

  ――― あ。これってもうDVDが出るんだ。

セナがそんな声を上げて。
俺へも“見て見て”ということか、
そのまま…こっちの着ていた半袖シャツの袖口を つんって短く引いて来て。
あ〜?とか ん〜?とか、あんまり関心はありませんと、
ずぼらにもそんな行儀の悪い声をついつい返しかかった俺だったけど。
目許を細くして“ね?”なんて言って、
音がして来そうなほど微笑ってやがるの、視野に入ったらもう、
足元へまで飛沫の飛んでくる雨脚さえ気にならなくなって、
声もないまま 口開けて、言われたまんま従ってる情けなさ。

  「ほら、これ。凄く面白いって話題になってたでしょ?」

田舎町にたった1軒、以前は楽器店の片隅にあっただけだったものが、
そこの跡取り息子が何とか父上を口説いて口説いて、
それでやっとこ独立してお店を構えて下さった、メディア系のレンタルショップ。
今時はインターネット使っての配信とかダウンロードとかも普及してるし、
送料無料のコンビニへの発注なんてものも出来るくらいで、
田舎は店舗がないから少し先の快速が停まる繁華街まで出なきゃなんなくて不便だとか、
今は何が流行っているのか、情報が来なくて“困る”なんてこと、
もう言い訳にもなんない御時勢だけれど。
お向かいの本屋みたいな、
一体それっていつのベストセラーだと思いたくなるよな古いポスター、
堂々と貼りっ放しの店先は、やはり。
遠来のお友達に自分まで笑われそうで恥ずかしく。

  “そんな無神経な奴じゃあないけどよ。”

こっちのウィンドウにしたって、
さして目新しくも珍しい何か、増えてなんかなかったけれど。
ふわふかなくせっ毛の髪のところどころに、
逃れ損ねた雨粒の小さいの、ちかちかとまといつけたまま。
同い年とは到底思えない、小んまくて幼くて…愛らしい横顔、
楽しそうに ほころばせ、セナがガラスに指を当てて差したのは、
年末から正月にかけて、全国一斉ロードショー公開されてたファンタジー映画の
予約特典付きとかいうDVDの、先行予約のためのポスターで。

  「もう出るんだね。」
  「ホントだ、最近はサイクル早いのな。」
  「雑誌とかでも扱ってて、結構 話題作だったのにね。」

そういう映画は観客動員数が減らない勢いを得て、
大都市での公開の後を地方の劇場が引き継いでの延々と、
“ロングラン・ロードショー”となるものなので。
ビデオにせよDVDにせよ、レンタルもセルものもなかなか出回らないのにな。

  「取り上げられたのも、実は根回しの宣伝に過ぎなかった、とか?」
  「それか、そうやってテレビや雑誌で中身まで紹介しちゃったから、
   観に行かなくてもいっかになった人が多かったのかも?」

うがったことを言い出すセナに、
ああ、俺そっちかもなんて、調子のいいこと言って合わせると。
実はボクもそう…なんて。
にっこにこで言葉を返してくれる笑顔が。

  「…っ!//////////

………ちっくしょうめ。////////
某レコード社の夏祭りコンサートのポスターで
桜色の口許持ち上げて、媚びっこび 満開で笑ってるアイドルの
何倍も可愛いじゃねぇか、このヤロが。

  「? どうしたの?」
  「…なんでもねぇよ。////////

今年も夏休みに入ってすぐ、遊びに来てた幼なじみ。
同い年の、なのに そうは見えないまんま、
やっぱり一緒の高3になっちまった、小さなセナ。
小さい頃のたった一度、一緒に遊んだ夏休み。
つまらない見栄から苛めたかっこになっちゃって、
それから数年、逢うこともかなわないままになってたのが、
ひょっこり顔を見せてくれた、逢いに来てくれたそれからは、
少しずつ少しずつ、繋いだ手が放し難くなるくらいに、
距離を狭めて…好きって気持ちも濃くしてって。

 『男同士なのに気持ち悪いって…思われてるかと。』

だってこいつ、凄げぇ奴だから。
こんな小さくて可愛いのに、全然恐持てもしてなくて か弱そうなのに、
妙に譲らないとことかあって、自分に素直で嘘つくの嫌いで。
恥ずかしいからって逃げちまった、
何にも知らないセナに八つ当たりしちまった俺なんかよりもずっと、
今だって“逢いたいから”ってだけで来てくれるくらいにずっと、
自分の思うところへ胸張って顔上げて、頑張れる凄い奴で。

  ――― だから、好きになるのなんて、凄げぇ簡単なことだったくらいで。

じっと横顔ばっかみてたら、その頬が…何でだか真っ赤になってって。
何だなんだ?って、セナがじっと見てるウィンドウを見やれば、
あ・そっか。/////////
いきなりの雨になって外が暗いから、窓が少しほど鏡みたいになっていて。
こっちがじっと見てたのを、視線は合ってなくとも判ってたセナだったらしくって。

  ――― 何だよ。/////////
      十文字くんこそ、なんだよぉ。/////////

ちょっぴり下からの上目遣いで、
真っ赤になって言い返してくる様子もまた、
………髪の毛ぐしゃぐしゃしたくなるほど可愛いじゃねぇか、困ったもんだ。

  「………あ。」

店先に張り出された幌を、太鼓でも叩くかのように鳴らしてた雨脚がふと弱まって、
すぐ目の先の通りに、さぁっと陽の光が射し入った。
水たまりが眩しいくらいに光ったのは、まだ陽が高いせい。
通り雨だったね、そうだな…なんて。
片やは見上げた、片やは見下ろした、相手と顔を見合わせて微笑い合い、
まだちょっと、霧みたいな雨の残る日中へと踏み出す二人連れ。


  ――― あの、あのね?
       どした?
       十文字くん、R大に進学するってホント?
       ああ。メールで知らせてたろうが。
       それって…あのあの、ボクも一緒なんだ。
       ……………ふ〜ん。////////


さして大ごとでもなさそな振りを装いたかったのによ。
あり得ないくらい判りやすいとこにあった水たまりに片足突っ込んじまって、
動揺のほどがあっさりとバレちまった。
ああ、ああ、そうだよ、嬉し…じゃなくってビックリしたよ。/////////
お前はてっきり芸術大学とか行くもんだって思ってたからよ。
うん………一緒に通えたら楽しいだろな。/////////



恥ずかしくってじっとしておれなかったか、ちょこちょこっと先へと駆けてって、
早く追いつけ〜〜〜なんて顔して振り返った愛らしい幼なじみへ。
ああ、ちょこっと目暈がするかも、暑さ負けかななんて、
体力だけでも推薦入学されそなお兄さんが、
こちらさんもまた何とも可愛らしいこと、思ってたりする、真夏の昼下がり。
ふかふかの雲たちが、水たまりの中、強い風に追われてる遥か上空からは遠すぎて。
地上では、それも暑さのせいか、
思い出したように泣き出した蝉の声がどこまでも通りそうなほどに風もなくて。
それでも どこの軒で、ちりり……んと。
か細い風鈴の音がした、町屋の路地の静かなひとときでございます。






  〜Fine〜


   *高校野球とか観ていると、無性に書きたくなるのがこのシリーズで。
   最近のアニシーでも、なかなかの男前に描いてもらってる十文字くんですが、
   何でだか彼には、青臭くて不器用で、でも逃げる自分が一番嫌いな、
   永遠の真夏の高校生であってほしいです。
(苦笑)

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