かくれんぼ



  【進さんへ。
   小早川です。
   来週の火曜日に、Q街のスポーツショップへお買物に行くのですが、
   都合がよろしければご一緒して下さいませんか?
   防具のことでよく判らないところとか教えてほしいです。】

  【小早川へ。
   昼からならば都合がつく。
   Q駅の駅前に1時で良いか? おって連絡を…。】



            ◇



 三月、弥生も終盤に入れば、春もそろそろ"名ばかり"ではなくなり、気候も日を追って暖かに穏やかに和んでゆく。社会人の方々には怒涛の"年度末"であったものが、それでも何とか一段落。進学・進級を控えた学生さんたちには、宿題もない余裕の春休みだったものが、それでも折り返し地点という頃合いだろうか。新年度を待つ、ちょっぴりワクワクな凪の季節。どんなに寒くたって二人なら平気だった恋人さんたちには、重たいコートを脱いで軽やかに駆け出すシーズンだ。さあ、ワタクシを本当に好きだというのなら、あなたのその手でしっかと捕まえてごらんなさいvv ほらほらこっちよ、ウフフフ、アハハハハ♪ ………………失礼致しました。



 そういうふざけた真似には縁がない…と当人たちは思っているらしいが、その実、上記の例と大差無いほどの結構な度合いで、傍迷惑なまでに甘い間柄な恋人たちだったりする、とある人たちがいる。そういう睦まじい間柄だということは、ごくごく限られた人々にしか把握されていないのだが、そんな風に"限られて"いるがために、アテられる濃度
インパクトもまた集約されてて思い切り濃いのではなかろうかと。たまきお姉さんや桜庭くんに溜息混じりの苦笑をさせている彼らは、片やが史上最強のラインバックとの誉れも高き、進清十郎くん、17歳。寡黙で無愛想…もとえ表情乏しく、威風堂々、高校生とは思えないほど泰然とし、いかにも"戦う騎士"という厳しくも冴えた風貌と鍛え抜かれた鋼はがねのような凛々しい体躯が素晴らしい、高校生離れした青年で。もう片やは、光速のランニングバックにして謎のアイシールド、仮の姿は"新米主務"という、小早川瀬那くん、16歳。大きな琥珀の眸がどうかすると愛らしいくらいにキュートな童顔をした、今時は中学生でももう少し大きいぞ…とついつい思ってしまうくらいに、こちらもある意味"高校生離れ"した小柄な少年で。心許ないほど臆病な面も強い、ちょっとばかり萎縮しがちな男の子だが、感性豊かで、ここ一番の克己心はなかなかのもの。

  "えっと、ブロウの仕方はまもり姉ちゃんから教わったから、と。"

 ただでさえ学校が違い、チームも別で。自宅からして少しばかり離れて遠いため、学生としてほぼ毎日、一日中スケジュールが詰まっているも同然なくらいに忙しい彼らには、一目逢うだけでもなかなかの手間とエナジーが要ることなのだが、それでもね。愛しい人に逢えるのなら、愛しいあの子と触れ合えるのなら、直に声が聞けて目の前にその存在を感じることが出来るのならば。授業と部活の後となる、宵の遠出も苦にはならない。それはそれは無口なダーリンと、恥ずかしがり屋で謙虚なハニーなものだから、逢って何をするということも特にはないのだけれど。向かい合うと視線を逸らさず、いつもいつも楽しそうに笑ってくれるあの子が愛しい。時々恥ずかしそうに、頬を染めて俯
うつむくこともないではないけど。その顔へと手を伸ばし、やわらかな頬に触れれば、逃げもしないで促され、きゅうんと見上げてくる甘えた眼差しが何とも愛惜しい。片や、大人びて男臭く整った面差しが何とも素敵で、判りやすい表情はあまり見せない人だけど、深色の眸が和むとそれはやさしい光を帯びる。大きな手がそれは機能的に動くのもカッコよくて、その所作にいつもついつい見惚れてしまう。寡黙な人ではあるけれど、そのお声は短い一言でも深く響いて印象的で。こんなにも魅力ある人がわざわざ自分に会いに来てくれてるなんて、その事実だけで何だかほわりと嬉しくなる。

  "服は…うん。今まで着て行ったことがないのを組み合わせて、と。"

 今は春休みだからね。新しい年度が始まるとまた、何かと忙しくもなるけれど、今だけはね、少ぉし余裕で逢えるのが嬉しい。4月に入れば、ボクの方はともかく進さんの方はそんなことも言ってられなくなるから…と、セナくん、何やら落ち着きなくも、部屋中に色々と取っ散らかして何かしら検討中であるらしい。


  "明日が楽しみだなvv"


 うくく…vv と笑ってみたりして。ホント、さっきから何を企んでいるんでしょうね、この子は。




            ◇



 さてさて、二人が待ち合わせをしたのはいいお天気の昼下がり。彼らの住まうそれぞれの町の丁度中間辺りに位置する、少し大きめなショッピングモールのある駅で。映画館だとかちょっとした展示場などもあるので、買い物だけでなくちょっとした街歩きにも人々が繰り出す、結構にぎやかな繁華街。約束したのは午後1時だけれど、進さんはいつだって15分は早く来るから、今日はセナくん、30分も早く来た。一頃はね、相手を待たせてはいけないって両方で思うあまりに、どんどん早く来るようになってしまって。さすがに2時間も早く来るのでは…これでは待ち合わせの意味がないなと進さんが決めたこと。他にも人が沢山いるような中では、大柄な進さんを小さなセナくんが探す方が効率がいい筈だから、セナの側は出来るだけ時間通りに来るようにと、早く来てはいけないよと、そういう取り決めをしたのが、確か…秋季大会の前だったかな? それからしばらくは逢えなくて、やっと解禁になってクリスマスに待ち合わせた時。ライトアップされたツリーの傍に、見慣れた黒いコートのあの大きな姿を見つけたの、凄くドキドキしたのを覚えてる。

  "素敵な人だもんな…vv"

 がっしりとした存在感も頼もしく、その実力は全国レベルで注目されてる凄い人。なのに…何故だか孤高の人だった。人を見下すような傲岸な人でもない、こちらが拙い素人と分かってもなお、真正面から対してくれたような真摯な人なのに。何故だろうか、その身にいつも張り詰めた空気をまとっていて。フィールドでも街の中でも、いつも一人、孤高に際立った人だっていう印象が拭えなくって。

   "うっと…。"

 最初はね、実を言うと少し…ううん、沢山かな。ボクも怖かったんだ、進さんのこと。試合が終わってからもね、畏れ多いっていうのかな、どこか"雲の上の人"って感じだった。それが、ひょんなことから…フィールドの外で正体を見顕されて。けれど、そこから憧れみたいな想いがぽちりと生じた。ねえ、もしかして。少しは認めてくれたのかな。どのチームにもいるだろう、ちょっと足の速い選手っていう"十杷ひとからげ"ではなくて。ボクをボクとして把握してから、またフィールドで再会しようなって言ってくれたのかな。そう思ったら何だか無性に嬉しくなって。怖いって思ってたの、ちょっとずつ消えてった。それにさ、フィールドから離れると別なものも見えて来る。進さんが変わるのではなくて、だけど、フィールドでは判らなかった色々なことが見えて来る。目線が高くて、アメフトに関係のない、必要ないことは一切知らず、それで良しとして来た人で。そんな人がね、わざわざ…拙いボクなんかに合わせてくれる。歩く速さも目線の高さも、見ている先に何があるのかも。そういうのに注意を払うの、苦手だったろうに気遣ってくれる。慣れないことを、だけど放り出さずに。時々はまだ言葉が足りない人だけど、それでもね…小さなボクを壊したり怯えさせたりしないようにって頑張ってくれる、とってもとっても優しい人。誠実で頼もしくて、だのに………こんな言い方は不遜だけれど、時々ね、しゃにむにボクのこと意識してくれる、実は情熱家でもある人。

  "………。/////"

  ……………っ。あ、いけない。何か色々と思い出しちゃった。/////

  "…うっと /////。早く来ないかな、進さん。"

 そうと思ってセナが見回した駅前には、自分と同様に待ち合わせだろう、どこか手持ち無沙汰な雰囲気の同世代くらいの人たちが一杯立っている。暖かくなって来たからか、コートだとどうしてもみんな似たような恰好や色合いになっていたものが、今はそれぞれに淡い色や濃い色やで彩られていて。陽気のせいだけでなく、何だか軽快な街の空気と風である。上り下りと順次電車が着くたびに、読みかけの文庫本から顔を上げ、出て来る人の群れへ向けて背伸びをする少女の耳元でイヤリングが揺れる。MDでも聴いているのか、それでも目線だけは改札口へ向ける人。メールの最中だろうか、携帯電話の液晶をただただ見下ろしてばかりいる人と、待ち方も多種多様。そんな中で、セナもまた、改札口を気にしながらも、その割には…少しばかり離れたガードレール代わりの柵に凭れて、体も駅からは反対になるようにと背中を向けていたりする。

  "判るのかな、進さん。"

 ちょっとだけ、悪戯を構えてみたんだ。だって今日はサ、エイプリルフールだもん。だから昨日から準備して、このところいつも着ていたジャンパーとかジャケットとかはわざと避けて、こないだまもり姉ちゃんと買い物に行って見つけた濃紺のGジャンに黒い綿パン。水色のトレーナーは中学生の時に着てたもの。まだ着られるのがちょっと"ふぬぬ"だったけど、この際は都合がいいかなと白いシャツと合わせて着てみた。髪形もね、いじってみたんだよ。猫っ毛のクセっ毛で、いつもなかなかまとまりにくいのだけれど、初めて自分でムースを使ってみたんだ。撥ねてるところは押さえて、横の髪は一旦立ててから流すようにして。ちょっと桜庭さんみたいかもなんて、いつもと感じが変わってこれも成功vv そこへ黄色いレンズの細身のサングラスをかけて、ほら、変装の出来上がり♪

  "もうそろそろだよなvv"

 いつもよりも何だかドキドキ。気づかない進さんかもしれないな。だって、おしゃれとかにあまり関心ない人だもん。以前にもバッグの中にサングラスを持ってたボクへ、
『もしかして目が弱いのか?』
 そんな風に真剣に訊かれたもんね。弱視だからゲームでもアイシールド使っているのかって。違いますようって言ったのに、ブルーベリーと牛乳を摂るようにって念押されちゃったもの。………ちゃんと守ってるけど。
おいおい 約束だからボクが先に来る筈はないけれど、それでも…って一応ぐるって見回して。それから後は改札口だけ見てるのかも? ああ、だったら早い目に"此処ですよ"って声を掛けないとな。ビックリするかな、いつものボクじゃないから。

  あ、電車が来た。快速だ。

 改札を出る人、入ってく人。人の流れはどちらも少し少ない。お昼時だからだろうな。食事のためにっていうお出掛けや待ち合わせなら、もっと早くに来てるだろうしさ。肩越しに見やっていた幅のある改札口。入る人用・出る人用、それぞれに5台ずつほども設置されている自動改札機は、通せんぼ用の仕切り戸が、それでも がちゃんばたんと引っ切りなしに開閉してて。

  ……………あ。

 やっぱり目立つ。それとも、ボクの見つけるのが早いから? 奥まった通路から流れて来る人波の中に、一際背の高いあの人を見つけて…ああ、ドキドキが始まっちゃった。いつもより強くて大きなドキドキだ。ぎこちないとすぐにバレちゃうぞ。そっぽ向いてるのはわざとらしいから、少しだけ横向きに態勢を直して。背後の柵に肘を引っかけるみたいな、ちょっとだけ尊大なカッコになって。まだそんなに待ってもないんだよって、気のない振りでそちらを見やる。大きい手で切符を入れた自動改札を抜けて、屋根のある構内から出て来ると、真っ黒な髪や広い胸板に陽射しがあたって、ああやっぱりカッコいいなぁ。こんな時でも気を抜いたぼんやりした顔はしないんだ。ほら、大きな歩幅ですぐ横を追い抜かれた女の子たちがハッとしてる。ずっと目線で追ってるのがこっちからだとよく判る。今日はアイボリーのトレーナーだ。あれって左側の二の腕のところに何かのエンブレムが刺繍されてて、でも進さん、何の紋章だかは知らないって言ってたっけ。お母さんが買って来たものだからな、だって。お洋服は練習着や靴下やアンダーシャツ以外は自分で買ったことがないって。進さんらしいなぁ。///// …と、ちょこっと見回してる。やっぱり一応は探してくれるんだな。約束はしたけど、都合とかで早く来ちゃうこともあるかもしれないって。そう思ってくれるんだ。やさしいなぁ。そんな進さんを試そうとしてるのかな、ボク。

  ………うっと、でも。

 今日はエイプリルフールなんだもん。それに、進さんが…今週の末からは春季大会に向けての調整で本格的な練習が始まるからって言ってたんだもん。だから逢える内に沢山逢って"逢い溜め"しておかなくちゃって思ったんだもん。そいで…楽しい何か、こんな悪戯もたまには良いかなって。

  うっと、うっと…。

 こんな時って何だか不思議な葛藤が幾つも沸き起こる。見つけてほしいような、でも、成功してくれなきゃ残念なような。だって、そのために色々頑張ったのにって思うとね、あっさりバレては詰まらない。でもでも、判らなかったら? こっちからは相手が見えてるだけに、こんなに傍にいるのにって寂しくなるかも知れないし。いよいよの正念場に興奮しちゃって、頬に耳に炭酸が弾けるみたいな"さぁーっ"という音を立てて血が上って来るような感覚。小さな胸に沸き立った葛藤と戦いつつ、だが、実質は1分と経ってはいないその間合い。あまりキョロキョロとはせず、あからさまには探していないような素振りの彼
の人は、


   ――― ………。


 ふと。その視線をひたりと留めて、そこからすたすた、軽快な足取りで歩み始める。歩調が明らかに変わったから、それまでは"探査モード"だった彼なのらしいが…そうとは判らないくらいに堂々としたものだったような。真っ直ぐに真っ直ぐに、迷いもせずに歩みを運んで、辿り着いたその先は。


  「待ったか? 小早川。」

  「… 〜〜〜。」


 お見事なほどに、セナくんの真正面だったものだから。しかも柔らかな眼差しは、いつものそれで。見破ったぞとかいうようなお茶目な気配はまるきりなかった、いつもと全く変わりないお顔でいた進さんだったものだから。

  "怒るのは筋違いなんだろけど…。"

 ちょっとばかり…釈然としないセナくんだったりするのである。



            ◇



「…小早川。」
「はい。」
「何か怒っているのか?」
「怒ってなんかいません。」
「………。」

 それにしては。あまり視線を合わせてくれないような気が。自分とは身長差がありすぎる小さな彼とは、わざわざ見下ろさねば視線は合わせにくいのだが、それでもいつだって…振り返れば"にこぉっ"とばかり、目映いほどにも微笑ってくれるのに。今日は何だか、顔を合わせたその時から様子が訝(おか)しくて。やはり待たせてしまったのかな。メールでは"1時"と言っていたが、もしかして"12時"の間違いだったのかも。今此処で携帯電話を出して確かめるのも何だしな。いや、それよりも。そんなことで怒るような彼ではない筈だが。珍しくも自分の先を歩く小さな背中。それもまた、視線が合わせられない、お顔が見えない要因で。滅多に怒らない彼だけど、だからこそ、一旦怒ってしまうと妙に迫力があって。下手に触れてはいけないと、ついつい臆してしまうほど。…いや、それは惚れた弱みで自分だけが感じる"度合い"なのかも知れないが。(さりげなくノロケております、このラインバッカーさん。/笑)

  "………。"

 覚えがないまま、てくてくと。問題の駅前からどのくらい歩いただろうか。目的だったスポーツ店へ向かってはいるのだが、縦に連なって歩き続ける二人は、到底"連れ"同士には見えなかろう。周囲の人々の服装もめっきりと軽快になり、雑踏の見通しもよくなって。そのお陰でそうそうはぐれる心配もなくなったのは良いけれど、それにかこつけて手をつなげなくなったのはちょっと残念かも。何となく取りつく島もない今、それだって良い切っ掛けになってくれたろうにと思う辺り。今日の進さん、めっきり弱気でございます。
(笑) だがだがさすがに…こちらの戸惑いが伝わったのか、

  「…ごめんなさい。」

 根は優しい子なだけに、いつまでもヘソを曲げているのは失礼だとか、勝手に不機嫌でいるのは理不尽だとか、思い直してくれたらしい。ひたっと歩みを停めると、傍らのブティックと小物屋さんとの間の壁に身を寄せながら、背後の大男さんの方へやっとこ振り返ってくれて。それから、ちゃんと謝ってくれた。
「勝手に怒り出したりして。訳が判りませんよね。ごめんなさいです。」
 ちょびっと、恐縮しているセナくんに、
「あ、いや…その。」
 そのなんだ、えっと。進さんも面食らってか、俺が何か気づかなかったのかなと訊く。大きな手、髪に伸ばして来て、
「…アイスクリームとか、何かつけたのか?」
 普段はさらさらと指で梳けるのに、何だかごわっとした手触りへまたまたビックリしたらしい。それでもそんなにハードなムースじゃなかったから、何度か梳かれるといつもの髪形に戻ってしまった。柔らかい髪に戻ったからか、進さんのお顔もちょっと和んで。そんなやさしいお顔になったのが、セナくんにもやっぱり嬉しくて。
「…あのあの、ボク、今日は"変装"してみたんです。」
 何だか恥ずかしかったけれど、ちゃんと白状することにした。不機嫌だったのは、そう、そんな子供じみたことに夢中になってた自分が恥ずかしかった裏返しもあってのこと。
「髪形も変えて、服だって…進さんと逢う時に着たことない感じのって意識して変えてみて。」
 袖の長いGジャンは肩を窄
すぼめるとなお大きい。指の付け根くらいまで下がった袖口から、小さな手がちょこっと覗いているのが何だか可愛くて、これのどこが"感じを変えてみた"なのか、進には少々分かりにくかった。(笑)
「でも、進さんには簡単に見破られちゃって。ううん、見破る以前だったんでしょう? 何かそれが詰まんないなって、我儘なこと思って怒ってたんです。」
 説明しながら仄かに頬が赤くなる。いくら正直者でも、感情的な憤懣をこんなあっさり宥めてしまえるなんて、そうは出来ないことだろう。ごめんなさいと、非を自分に引き取る彼なのも、いつものことだが…だからこそ。ちょっとばかり歯痒くて。

  「…謝るようなことではない。」

 髪から浮かした手。柔らかな頬へとすべらせて。

  「知っているだろう? 俺はどうでも良いものには全く関心は向かない。」

 そんな風にすっぱりとした言葉を返した進である。
「その分、特別な対象には途轍もなく集中出来る。どんなことでも見逃すまいとな。」
「…あ。」
 そうだ、そういえば。試合の後、あの土手で再び出会ったその時に、試合用の装備もなく、アイシールドもつけてなかった自分をあっさりと見切った人ではなかったか。
「今日は小早川に逢いに来たのだから尚のことだ。」
 だから見落とす筈がないではないかと。傲岸な言い方かも知れないが、それが真実なのだから仕方がないと、真摯なお顔で言ってのける進さんなものだから。
「…はい。/////
 特別な対象。そんな凄い言葉を、本人へけろっと言ってしまえるとんでもない人。自分の方こそ、途轍もないランクの"特別な人"なのに。会ったことさえないような人たちからも、ライバルとか目標とか、社会人チームからは即戦力にとかって注目されてるような、文句なく"全国レベル"の人なのに。

  「…小早川?」

 頬の赤みがなかなか引かず、ぽうっと惚けている小さな少年へ、壊れものでも扱うかのように…の割にはぐいっとばかり。自分からも近づきながら、背中と頭へ添えた手で小さな体を引き寄せて。自分の胸元、みぞおち辺りへお顔を伏せさせる。途端に、
「あ、ああああ、あのあの。/////
 我に返って…今度は大いに慌てたセナの小さな背中を、ポンポンと軽く叩く大きな手。

  "………あ。"

 落ち着きなさいと宥めてくれてる。こんなされたら却ってどぎまぎ、興奮しちゃうのにね。人目もあるのに何だかラブシーンみたいで。…あ、でも、実はそんなに見られてないもんだよって、確か桜庭さんが言ってたっけ。それこそ、さっき進さんが言ってくれたみたいに、関心がない見ず知らずの他人にそうそう注目しはしないって。前にどこかで言われたみたいに、お兄ちゃんと弟みたいに見えるのかもね。
"………。"
 そろぉ〜って。こっちからも手を伸ばして。進さんの背中のぎりぎり端っこへ手を延ばして掴まると何だか落ち着ける。凄い凄い人だけれど、全国の人たちから注目されてるほどの人だけれど、今だけはゴメンね。ボクだけの進さんだから、誰にも…アメフトにも譲れない。ゴメンね、この我儘だけは譲れないよ。





「ところで、何を買いに来たんだ?」
「あ、えっと。首回りと肩のところの防具なんです。」
 やっと何とか落ち着けて、顔を上げたセナくんであり。話題も変わって、なめらかにお話が始まって。
「今使っているのが何かちょっとキツイみたいで。部の備品のって、小さいのは1つのサイズのしかなくて、それで作ってもらえることになったんですよ。」
「作ってもらえる?」
「はい。蛭魔先輩が領収書もらって来いって。部費で落とせるから任せろって。」
 …また校長先生を騙くらかすんだね。あ、いやまあ、ちゃんと装具をつけないと危ないスポーツなんだから、必要経費が出るのは当たり前…なのかな?
「そうか。それならPスポーツよりもLボウルの方が良いな。」
「そうなんですか?」
「ああ。採寸が本格的だし、素材も選べる。」
 こっちだ、と。いつもの癖で延べられた手。その大きな手へ、素直に自分の小さな手を載せて。いつものように、大きな背中の少し後からついてゆく。暦が回って一年目。沢山の"いつもの"が出来た二人に、新しい季節の陽光は、それは穏やかに微笑んでくれているようだった。









     aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif



 さてさて、翌日は泥門高校での在校生の登校日。入学式の準備やら大掃除やらという、ちょっとしたお仕事のためと、各クラブによっては新入生の勧誘活動の打ち合わせなどのためにと設けられている開門日で、


    「あ、セナ。おはよう。」
    「おはよう、まもり姉ちゃん。」
    「あのねあのね、セナ。あたし、昨日、見ちゃったの。」
    「? 何を?」
    「あの人よ、アイシールド21さん。」
    「………っ☆ お、お姉ちゃんっ?!」
    「此処のご町内だったなんてね♪ あ、でも遠いのかもしれないけれど。」
    「ああああああ、あのあの、それって…?」
    「お昼ごろに駅前でね、紺色のGジャンに黄色のサングラス掛けてた男の子を見たのよ。セナくらいに小柄で、でもどこの子だかまでは知らない子だったんだけど、でもでも…何でだか見覚えのある体格だったから、誰だろな誰だったかなって一生懸命に思い出してみて。それでピンと来ちゃったの。あれは絶対に"アイシールド21"さんよっ。」
    「……………そ、そうなの?」
    「もうもう感動しちゃったわ。また逢えないものかしら。」

      紫のアイシールドの人ってか。

    "………緑です。"


  あ、そうだったわね。ごめんごめんvv
(笑)





  〜Fine〜  03.3.16.〜3.25.


   *春もたけなわですね。原作様はまだ最初の春から初夏という辺り。
    こんなに先行しちゃっても良いのかなと、
    とりあえずは行事やイベントを浚ってみております。


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