君がいない日 〜恋につきものな禁断症状について
 

 

          



   【進さんへ。
    小早川です。
    6時を過ぎましたので帰りますね。あとでメールします。】



 これをそうと決めたのも、あの小さな少年の方だった。いつもいつも、彼の学校がある泥門の駅前にての待ち合わせをしている平日の放課後。とはいえ、王城の最寄り駅からは結構な駅数がある。自宅のある駅を快速で通り過ぎたそのまた向こうで、その快速への乗り継ぎが上手く行けば良いが、電車待ちになると30分以上はかかるというから、陽の短いこの冬場、練習でくたくたになった身でわざわざ逢いに来てくれるのが何だか心苦しいと彼は言い、

 『練習が終わるのが6時を過ぎるようなら、その日はメールだけにしましょうね?』

 何とか考えて考えて、彼なりに言葉を選んでくれたんだろうなと思う。人への気遣いをいつもいつも忘れない繊細な子だから。実を言えばそのくらいの"寄り道"なぞ、余裕で平気なのだが、その気遣いに応じたいと…つい頷いてしまった自分であり、

 『ああ、そりゃあお前の自業自得ってもんだな。』

 彼との件については、唯一の理解者であることに加え、こういう方面への経験値も上だということから、何かとご意見を拝聴している"幼なじみ 兼 チームメイト"は、けろりとそう言った。
『現に遅くなったって全然平気だったんだろ? なら、逢えたら元気も沸いてくるんだよとかさ、逢えない方が辛いとかさ、言いようってもんがあるだろうに、あっさり"判った"って引いたお前が悪い。』
 引いたことで"ああやっぱりキツかったんだ"なんて思われてるかもね…なんて、奥の深いことを教えられ、人との付き合い、コミュニケーションというものは、何とも奥が深いんだなぁと、つくづく思ってしまった進清十郎であった。



            




 どうしてだろうか。そういう感情に、気がついたら捕らわれていた。生まれてこの方と言っても大仰ではないくらいに、これまでのずっと、何かへ誰かへ執着なんてしたことは一度もなく。強くて正しい人であれば良いのだと、ただそれだけを何の疑いも持たぬまま目標にし、敢えて言えば…日々、明日へ連れてゆく"自分"とだけ向き合っていたと思う。やり残していることはないか、至らないところはなかったか、とだ。そんな子供らしからぬ冷め方を、両親からは苦笑でもって見守られていたものが、それが…アメリカン・フットボールというものを知ってからは。いきなり方向性を定められた想いをすべて連れて、それへと真っ直ぐのめり込んでいた。元々、祖父が営む道場での鍛練が日常茶飯の一部になっていたお陰様で、体は丈夫だったし、運動は好きだった。瞬発力や体力全般と、判断力や解析力、そして気魄が物を言う、いかにも男らしいこのスポーツを初めて観た時に、まだ幼かった清十郎少年は何とも鮮やかに心奪われ、以降はこれへのプラスになるならと、運動や勉強や生活習慣まで、何もかも順番が逆になったほどである。

   ………とはいえ。

 まだこの時点では"人"への関心や執着というものには縁がなく。彼をしてそうさせるまでの人物とは、まだ一人として出会ってはいなかったということになる。基礎的な道徳はきっちり叩き込まれていたから、人を見下げてはいけないとか、感謝や尊敬の心は大切であるとか、そういう基本には困らなかったが、それなりの年齢になれば抱くものならしい"理屈抜きで浮き立つような感情"とか何とかには、縁がないまま思春期も半ば。どこに出しても恥ずかしくない
(のかな?)"アメフト馬鹿"の"朴念仁"で通って来た彼だった。………ところが。

   『えとえと、あのあの…っ。/////

 あの小さな少年の、何とも幼
いとけなくも一途で懸命な様子に心を鷲掴みにされて以降は。どうしたものか、なかなか難しい"人との調和・融合"というジャンルにおいて、何かとお勉強させられている日々だったりする。最初は単に、歯ごたえのある相手が出て来たなという意味合いの、アメフトという土俵の上での関心だった。あんなに小さいのに、怖くても辛くても"逃げない・引かない"ところに奮い立ち、しまいには焦燥さえ感じ。そして…ユニフォームや装備をまとっていない平生の彼の、信じられないほど稚いとけない様にぎょっとした。初見の時は"彼があのアイシールド21なのか"と見切っただけであったが………ちょっと待て、と。あんな小さな子がフィールドに立つのは、逆に反則ではないかと思ったくらいだった。おいおい
『進さん。』
 たった1年しか年齢に差はないというのに、何もかもが自分とは全く違う。小さいからだろうか、当初は何もかもが"早回し"に見えた。それはクルクルと表情を変え、惜しみなく動き回る。表情豊かで感受性も豊かで。そのどんな表情も溌剌としていて愛らしい。最初のうちは自分の言動が時に彼を萎縮させたり困らせたりもしていたようだが、馴染んでしまうと惜しみなく笑顔ばかりを向けてくれて。
『…進さん?』
 大きな眸でこちらの眸の奥底まで射通すように見つめてくれるものだから…そうは見えないかも知れないが、たじろがされることしきりであり。そのくせ、他愛ないことなどへ ほこりと微笑うと、ずっとずっと見惚れていたくなる。なのに。何故だろうか、その愛らしい彼が"可愛い"だの"気に入ってるんです"だのとその笑顔を振り向ける対象へは、ついつい…憮然としてしまうこともある、不可解な自分を見つけたりもして。
(ぷぷっvv) そんな風にいつもいつも新しい発見があって、それらが…どうしてだろうか、何ともくすぐったくてやはり嬉しい。そして、だから。そんな彼と逢えない日は、練習のハードさには耐えられた身が、勢いづくよに萎えてしまったりもするのである。




 今日も今日とて、それでは解散とフィールドから下がってみれば、6時という彼との約束のリミットをやはり過ぎていた。丁寧というか几帳面というか、バッグの中に待機させてあった携帯電話にはきちんと彼からの伝言が届いており。いくらなんでも"6時きっかり"という見切りではないらしいが、ということは。やはり練習後の疲れているだろう彼を、それだけの時間、無為に待たせてそれなのに間に合えず。がっかりさせてとぼとぼと帰らせていることになるのでは? いや、がっかりさせてとか とぼとぼとだなんて、そこまで自惚れてはいけないにしても、その同じ時間で何か出来たろう彼の貴重な時間を無駄遣いさせて、やはり申し訳ない。冬場は良いが逆に陽が長くなる夏場は"サマータイム"を導入してもらわねばなと思っている進だったが…今時の若い衆にはまず判りっこないぞ、それ。
(笑) あ、待てよ。アメリカのスポーツやってる面々だから、案外知ってるかも?
「………?」
 用具やグラウンド整備の当番以外は、ロッカールームにて制服に着替え、三々五々、帰途に着く。確かに練習はハードだが、それくらいは余裕でこなせなくてはレギュラーにはなれないエリート軍団。今からどこぞへ寄り道という豪傑たちも珍しくはなく、最寄り駅までの間にある商店街の喫茶店や飲食店は、王城の制服で埋まる時間帯。そんな商店街の一角に、舗道に少しばかり飛び出すような格好で、白塗りの小さなワゴン台が出されてあった。低い枠を柵代わり、アースカラーというのかパステル調というのだろうか、淡い色合いの小ぶりな縫いぐるみたちが無造作に満載に積まれてあって。どうやらそこはファンシーショップであるらしいのだが、
「……どした? 進。」
 デフォルメされたデザインが、いかにも…幼い年代から中高生や大学生まで、女の子たちにもれなく受けそうな可愛らしさの縫いぐるみ。
「………。」
 そんな愛らしいアイテム(ちなみにシャーベットピンクのウサギ、耳の根元にリボンつき)を、この…本気の睨めっこを構えたなら、力強くも迫力のある睥睨に鬼でも逃げ出しそうなほど恐持てのするお兄さんが、その大きな手に取ってみたものだから。
「…し、進?」
 しかも、じっと見下ろした大きな手のひらの中、何度か"くしゃくしゃ"とその感触を確かめるかのように握ってみたりしたものだから。
「進〜っ。」
 一緒に歩いていた桜庭が、立ち止まった相棒に気づいてから…どんどんと顔を引きつらせていったのは言うまでもない。驚きの衝動のままに大きな声を出しそうになったのを、何とか思い止どまって、
「何だなんだ、お前。そんならしくもないもん、どうするつもりなんだ、おい。」
 出来るだけ声を低めて訊いてみる。何しろ、くどいようだが学校最寄りの商店街だ。前後左右には同じ王城の、しかも一緒に練習から上がったばかりなアメフト部の面々ばかりが帰宅、若しくは寄り道のために通行中。それでなくとも…桜庭・進という憧れの両先輩は下級生たちから何かと注目を浴びているというに。自分の方ならともかくも、雄々しくて頼もしい"進先輩"がそんな可愛らしいものに関心を寄せてる図なんてものを見せた日には………。ついつい見回したその視線の先にいた下級生の二人連れが、
「…あ、あの。お先に失礼致しますです。」
「せ、先輩、さようならです。」
 慌てて挨拶して小走りに先を急ぐ。何だか顔が引きつっとったな、今の後輩たち…と、却って気の毒になってしまうほど。だというのに、当のご本人は。
「何ていう素材なんだろうな、これ。」
 そんなことを呑気に訊いてくる。
「? 何が?」
「この布地だ。」
 よくよく見れば、今流行のビーズクッションという手合いらしく、中で適度な重みをさらさらと移動させているその"側
がわ生地"が気になった彼であるらしい。差し出されたウサギを握ってみて、
「おお、やわらかいvv」
 思わぬ感触につい顔がほころんだものの、
「…ちょっと待てって。」
 何で自分まで釣られてるかねと、これは自身へ向けての"待て"も兼ねた一声。
「だから。何でいきなり…。」
「小早川がな、気に入ってたんだ。」

   ――― ………ははあ。

 やっとのことで合点がいった桜庭である。





   『あ、これこれ。気持ちいいんですよ、ほら。』

 一体何日ほども前のことだったのか、それだけ逢っていないのだなということまで思い出す。従姉妹が同じようにして"ほら、柔らかいでしょう"なんて言いつつ触らせてくれて、それで初めて知ったという新素材。きめの細かい"側生地"がマシュマロみたいにやわらかくって、
『同じ素材の枕とか敷きパッドとかもあるそうですよ?』
 ふかふかしてて気持ちいいんでしょうねなんて無邪気に笑った彼だったのを、ふと思い出しての行動で。ほらと手に載せられた自分としては、彼の頬の方がよほどやわらかそうだなぞと天然なことを言ってしまい、頬を真っ赤にして腕を振り回すほど照れさせてしまった…じゃなくって。
(笑) その柔らかさがそのまま彼につながる"情報"になってしまった。また一つ増えた"条件づけ"。アイボリーホワイトのコートの色。自分の目線どころか顔より下に髪が来る高さの背丈。小さな手、舌っ足らずな声。先日"似ているな"と気がついたのがミントバニラの匂いで、そして今日は…これである。そのうちアメフトへの"順番ごと"と逆転するかもしれない勢いで、小さなものばかりのその数ばかりが増えつつあるのが自分でもちょっと不味いなと気づき始めていはしたのだが。
「お前さ。もしかして…禁断症状、出て来てんじゃないの?」
 半分くらいは諦め顔で、桜庭がそんな忠告をしてくれた。
「禁断症状?」
「そ。何日くらい逢ってないんだ? セナくんと。」
「………。」
「おいおい、そんなに間が空いてるのか?」


 そうだな、明日は逢いにゆこう。
 何も駅前で待ち合わせることでしか逢えない相手ではない。
 前以て連絡をしておいて、彼の側の都合も聞いてのことではあるけれど。
 どうしてもと言えば、6時を過ぎても逢ってくれるのではなかろうか。
 ある意味、随分な我儘だけれど、
 もうもう押さえ込めないのだからしようがない。
 彼を連想させるもの全てが愛惜しいのだからしようがない。


 この人形を持って行ったら、あの小さな彼はどんな顔をするのだろうかなどと、唐突に思いついた企みに、ついつい…きわめて薄くながらも頬が緩んだ"フィールドの鉄人"には、
「…だから、進。」
 脱力しつつの閉口気味に"あのなぁ"と、チームメイト殿が何かしら言いたいことがありそうな顔をするのだった。












          



 …っくちん、と。しゃっくりにも似た小さなクシャミが飛び出して。途端に、
「あら。風邪なの?」
 すぐ傍を歩いていた幼なじみの従姉妹が、すかさずのように頭ごと胸元へ抱え込む。おでこに手のひらを当てるためらしいのだが、そんなの手だけ伸ばせば出来ることではなかろうかと、思いはしても言い返せない、相変わらずに押しの弱い自分である。
"…進さんには結構言いたい放題してるんだけれどな。"
 とはいっても、つけつけと勢いよく、とまではいかないが。それでもね、こんなことされたら、きっと真っ赤になって"あややっ/////"って、慌ててもがいちゃうと思う。そうと思ったその途端。
"………。/////"
 ついついあの大きな手を思い出し、思ってる端から少し顔が赤くなったものだから、
「熱はなさそうだけど。…風邪薬、買って行く?」
 心配そうな声になり、丁度通りかかった薬局を指差すまもりに、
「いいよぉ。ちょっと鼻の先がくすぐったかっただけなんだから。」
 でもね、と。まもりが案じてくれるのはいつものこと。彼女から見れば自分は幾つになっても、同じ高校の制服を着ていても、いじめられては泣いていた、小さな小さな小早川さんチの瀬那くんであるらしい。
"こないだは久し振りに寝込んだしな。"
 そんな間近い前科があるのだから、彼女が心配するのも無理ないかもと。ははは…と力なく苦笑しつつも、その同じ頭の片隅で、別なこと、思い出してる。

   『同じ2錠なんだな。』

 進さんが不思議そうに呟いた声とか、体を起こす時に背中を支えてくれた大きな手の感触とか。抱えられてぴったりくっついたことで触れられた、頑丈そうな肩や胸板などの体の質感だとか、吐息を感じられそうなくらいに、普段よりも間近だったあの大人っぽいお顔だとか、きゅって引き締まってたおとがいや首条。お父さんとは全然違う、けれどやっぱり大人っぽくて冴えのある、いかにも頼もしい男の人の匂いだとか。そりゃあもう色々と、ぱぁー…って勢いで思い出しちゃって。まるで初恋のあれこれに身もだえする女の子みたいじゃないかって思って、その"初恋"っていうフレーズにますます顔が赤らむ悪循環。
「セナ?」
「あ、あああ、えとえと、何でもないっ。/////
 慌てたせいで、ついつい駆け出してしまってた。自慢の脚力をセーブなしで…だ。

   「…セナ?」

 取り残された まもりがキョトンとしていたが、小さな背中はもう見えない。



            




 何かしらの伝説や神話にでも出て来そうな、まるで闘いの神様みたいな雄々しい存在。その高い上背に見合っただけ、がっしりと完成間近いところまで鍛え上げられた体つきは、けれどあれほどの沢山の装具を着けることを考えると、徹底的に無駄なく絞られた上であれほどの馬力が出せる、極めて効率的なそれなのだなと気がついて。それを…毎日こつこつと鍛練を怠らず続けることで、きちんと保持出来ている彼の精神力までもが凄いなと、あらためて感嘆する。筋肉の束はパワーをつけるには大きくなり、瞬発力をつけるには撓
しなやかになるのだそうで。そのバランスがきっちりとれているからこそ、鞣なめした革みたいな浅黒い肌がぴったり張りついた彼の体は、むくむくと厚すぎず、しゅんとシャープに締まっているのだろう。鋭角的で彫りの深い、表情の乏しい大人びた面差しは、どこか重厚なまでの落ち着きに満ちていて。寡黙なことがそれに輪をかけるから、近寄り難いほどの厳然とした印象を周囲に与えてしまう人だけれど。よくよく見れば気がつくのにな。何かに笑ったり和んだりして柔らかくほどけると、それはやさしい眸になる人なのにって。大きな手は温かいし、男らしい口許は…言葉少なだけれどだからこそ、希少な言葉を深い声で紡いでくれて。いつもは身長差があるものだから、座ってやっと首が痛くない高さになってくれるその人のお顔が、もっと近くなったのがドキドキした日をつい思い出した。

   『同じ2錠なんだな。』

 あれは冬休みが明けたばかりくらいの頃だったっけ。不慮の事故プラス自分の不注意から、久し振りに風邪を引いて臥せってしまった時のこと。わざわざお見舞いに来てくれた進さんは、慣れないことだろうに何かと世話を焼いてくれて。(『葛湯』参照)お昼にはご飯の用意までしてくれて、お粥とお稲荷さんとを食べて満腹になった自分の小さな手へ、薬局の白い紙袋に書いてあった通りのお薬を渡してくれながら、進さんは唐突にそんなことを…本当に心から不思議そうに呟いた。
『? 何がですか?』
『いや。俺とお前だとさして年齢差もないから同じ量なんだろうなと思ってな。けど…。』
 こうまで体の大きさが違うのに、薬品類の分量が同じで良いものなのだろうかと、ふと思ったそうである。
『…そういえばそうですよね。』
 まま、厳密にとなると、成分によっては…あまりに体格のいい人へは多めにとか、逆に小さすぎる大人には減らすということだってあるのかもしれない。けれど、こういう時に対処薬として処方される薬品は、抗生物質以外は…解熱剤にせよ消化薬にせよ、体が本来持っているところの耐性を補うためのものがほとんどであり。となると、参考になるのはやはり"免疫力"で、それを培って来た"歳月"すなわち"年齢"が重視されるという理屈かと思われる。無論、そんな小理屈を思いつけるようなセナではなくて。ましてや、風邪っ引きで"とろとろ・ふにゃん"と思考も少々蕩けていたから、
『ホントだ、不思議ですよね。』
 何だか いいかげんな相槌を打ったと思うのに、進さんはふわって笑ってくれて。その大きな手で髪を掻き回すみたいにして、頭を撫でてくれたのだった。

   "嬉しかったなぁ〜。/////"

 怖い人でしかなかったのに。先輩方からいかに人間離れした凄い人なのかと吹き込まれていて。実際に対してまた、途轍もない人だと実感し。屈強なだけでなくとんでもないスピードも備えた、これで同じ高校生だなんて不公平じゃないかと思うよな人で。しかも態度や信念はあくまで毅然と雄々しく男らしくて。彼という人物を構成する、どこのどの要素を取ってみても、居並ぶなんてとんでもない、そりゃあ畏れ多い人だったのに。何故だか関心を持ってもらったらしくって。………そしてそして気がつけば。風邪を拾った不注意を、わざわざ見舞って案じてもらえるようにまでなっている。そしてそして………。
"………。"
 これは不遜で我儘なことなのかも。でもでもね。………逢えないと寂しい。とっても寂しい。自分から決めたのに。何だか気が引けるからって、またしてもこっちからの一方的な言いようで"遅くなったならメールだけ"だなんて偉そうなこと決めたのに。
"…進さん。"
 部活が終わって駅前まで走って。6時きっかりというのはあまりに杓子定規だから、それから30分ほどは一応待ってみてから…肩を落としつつメールを打って、とぼとぼと帰る習慣がついた。よくよく考えてみれば6時というのは却って無茶な設定だったかも。運動系の部活、しかも花形クラブともなればそんな早くに終われるなんて滅多にないことだろうし、後片付けやら着替えやらにも時間は掛かる。ミーティングや何や、そういうの全部を重ねたら、あっと言う間に当たり前に超過している時間だ。
"でもなぁ。"
 だからって、こっちから言い出したことなのに。もう辞めましょうなんて簡単には言えない。疲れているだろうにと心配に思ったのはホントなんだし、ボクなんかが振り回して良い人じゃない。寂しいくらい我慢しなくちゃって、メールは毎日もらってるんだから、我慢しなくちゃって思うのだけれど。



   ………でもでもやっぱり。

   進さんが足りない。

   あんな大きな人だから、

   居ないと逢えないと"ぼこぉっ"て一杯削られたみたいに

   ものすごく寂しい。


   "……………っ。"


 そうだ、明日はこっちから逢いにゆこう。
 何も来てもらうばっかじゃなくても良いんだ。
 前以て連絡をしておいて、一応は進さんの都合も聞いてのことではあるけれど。
 どうしてもと言えば、逢ってくれるのではなかろうか。
 自分から決めたくせに、ある意味、とっても我儘だけれど、
 もうもう押さえ込めないのだからしようがない。
 彼を想うと寂しさが涌くほどまで苦しいのだからしようがない。


 それまでの"しょんぼり"から打って変わって、やっと"ふふ…vv"と小さく笑えた。コートのポケット、携帯を手探り。さっき打ったばかりのメールさえ、まだ見ていない進かも知れないから、今はちょこっとお預けだけれど。逢いたいですって、それだけを一言打ったらどんなお返事をくれるのだろうか。こらこら、そこまで自惚れちゃあいけないぞ。でもでも、反応はちょっと知りたいかも? にこにこ笑って見上げた宵の空には、細い細い立春の三日月が、ちょっとだけ呆れ顔で少年を見下ろしていた。




   〜Fine〜  03.1.31.〜2.2.


   *ちょっとばかし息抜きしたくて連ねてみたのですが。
    結局ただの"バカップルな話になってしまいました。
    もっと切ないお話とかは…無理みたいですね、うう"。


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