小春日和
 

  *思わぬタイミングでネ落ちしたので、
   準備していた秋のお話のネタが まるまる半月分ずれ込んでおります。
   よって今話は"まだ10月"という設定のお話でございます。
   我儘を通させていただいて恐縮ですが、どか、ご容赦を…。

  *彼ら、アメフト高校生たちの秋大会に関しては、
   『日本アメリカンフットボール協会』さんの
   "高校選手権"というページを参考にさせていただきました。
   (http://www.amerikanfootball.jp/)
   それによりますと、全国大会というよりも、
   正確には"関東大会&関西大会"が並行して 11月を使って催されます。
   どちらもトーナメント方式の大会で、
   その2大会の優勝チームたちが相覲
まみえるのが、
   決勝戦の"クリスマスボウル"な訳でして。(今年は 12/21です。)
   関東大会に出場する枠は8チーム。
   東京都代表は3位まで出られまして、
   あと、神奈川県と静岡県、埼玉・茨城・千葉は1エリアにまとめられてて、
   これらのそれぞれの第1位。計6チームがそのまま出られます。
   そして残り2枠を争って、
   今年の場合は…北海道1位、神奈川2位、埼玉・茨城・千葉エリアの2位、
   それから東京都の4位とで戦ったのが、
   10月最終週の"プレーオフ"2試合でございます。






 10月半ば、体育の日の連休に催された学園祭では、なんと"シンデレラ"を演じることとなってしまい。当日までは不安や興奮にドキドキしたものの、蓋が開いてみれば なかなかに楽しかった"本番"も終えて。部活の方も月末日曜のプレーオフまで試合はない。そのプレーオフにしても、都大会優勝した身の自分たちにとっては、残り枠の代表にはどこが選ばれるのかを観に行く立場の試合であって。いよいよの全国大会直前ながら、妙にぽっかりと空いた感のある 10月となる瀬那たちだった。


「………あっ。」
 不意を突くよなタイミングにて、ダイニングに軽やかに鳴り響いたチャイムの音へ、それはそれは俊敏に反応して。藤色のカーディガンの裾を翻し、短い廊下を"たたたっ"と駆け抜け、玄関ドアに体当たりしかかるほどの勢い
ノリで三和土たたきに駆け降り、
「い、いらっしゃいませっ♪」
 サンダルを履くのも もどかしいままに外へと飛び出そうとしたものだから。バランスを崩しかけて"あわわ…"と つんのめりそうになりながら。ドアを開くと門扉の方へ、それでも嬉しそうな声での元気なご挨拶。ポーチの先の短いアプローチを挟んで、門扉の向こうに立っているのは。秋の昼下がりの陽射しに真っ黒な短髪と肩先を暖めた、それはそれは愛しい、何よりも大切で大好きな人。
"…進さん。/////"
 お顔を姿を見ただけで、ああ、なんか やっぱり素敵だなって。Tシャツの下、胸の奥で何か形を持ったものが"きゅんっ"て撥ねたような感覚を感じてしまうセナである。綿のデザインセーターにブレザータイプのジャケットという この普段着姿。先日の学園祭でも見た筈なのにな。詰襟制服の堅苦しいイメージから解放されたラフな恰好。でもでも、肩や背中の線は頼もしいまでに かちっとしているし、濃色のワークパンツをはいた脚も…腰高に見えながらもバランスよく長くって。それはもう、すっかりと大人びた姿、体格をした人で。夏場にTシャツと綿パンという軽装になっていても、練習着のトレーニングパンツ姿でいても、隙なく強かに鍛え上げられた肢体は、重厚な存在感を伴って、程よい緊張感を保ったままでいて。今だって…野趣あふれて鋭いながらも、なのに端正な面差しは勿論のこと。顎の線の下、すっきりと引き締まった おとがいや首元の辺りの、いかにも男の人らしい色香だとか、門扉に軽く掛けられた大きな手の頼もしさだとか。そこに一日中立っててもらう訳にも行かないのだけれど
(まったくだ)、このままずっとずっと飽かず眺めていたくなるような素敵な人。
「いらっしゃいです。」
 さあさ、どうぞ上がって下さいと。ポーチまで出てドアを押さえていると、門扉を通って入って来た大きな進さん、その視線がセナくんの上から離れない。彼の側からだって、数日ほど間が空いた逢瀬になるのだ。久し振りに逢った可愛らしい愛しい人を、飽かず眺めていたいらしかったが、その微笑ましげな凝視にあって、
"…あやや。/////"
 お顔に何か付いてるのかな、お昼に摘まんでたクロワッサンの屑がお口についてたのかしら。勘違いして自分の口許を両手でパタパタと払って見せるセナくんの愛らしい仕草に、進さん、くすりと…今度は何とも分かりやすく小さく微笑ってしまい、
"うう…。/////"
 ますます真っ赤になった幼さ炸裂の、でもでも…これでも今や現在の高校生の中では"実力NO.1"との誉れ高き、俊足ランニングバッカーくんである。




            ◇



 今日はさしてご用向きのある逢瀬ではない。最初の"言い訳"や冒頭部分にも並べたけれど
おいおい、公式試合のないことで ぽかりと空いた10月半ばの折り返しとなる日曜日。学校もお休みで、双方ともに何となく"会いたいから…"と約束を取り付けただけのこと。いくら試合がないとはいえ、スポーツマンに"継続は力なり"は大切。日々のトレーニングは欠かしてはいないし、試合の緊張感やテンションというやつも、遠のくことで忘れてしまっては士気にも関わるということで、昨日は…前主将のセッティングした練習試合をこなしたセナたちであるのだが、慣れというのは恐ろしく。何でこんなチームが関東大会を前に敗退したんだろうか、そして、何で蛭魔さんてば こういうややこしいチームを見つけてくるのが得意な人なんだろうかというほどの(笑)クセのある強豪ではあったものの、きっちりと叩きのめしてその余韻も残さない辺り、やっぱり相当に強くなったということか。一方の進さんの方も、アメフト部の活動の方からは とうに引退しているが、こちらさんもやはり…毎日の鍛練は欠かしてはいないし、惜しくもデビルバッツに都大会決勝で負けた後輩さんたちだが、それでも東京都二位ということで関東大会に出場する王城ホワイトナイツの"練習台"という形にて、日々の練習にも付き合い、勘を鈍らせることのないようにと精進をきちんと続けている真面目な御仁。
"それで模試の順位が落ちないなんて、凄いよなぁ。"
 ご本人からではなく、その御学友から漏れ聞いたこと。王城では三年生に上がると、学校からも"半義務的"という形にて、指定された回の全国模擬試験を"受けて来なさい"と言われ、成績の提出を求められるのだそうで。これまでの"普段"と全然変わらないままなのに成績が揺るがないんだもんね、受験のためにってガリ勉してる奴には厭味な存在かもだよな…なんて。ちょこっとほど唇を尖らせて、本人の目の前にて、セナに"言いつけて"くれた桜庭さんで。
"…でも。"
 拗ねる真似っこをしていたアイドルさんも、あれで実はめきめきと順位を上げているのだと、お返しのように言っていた進さんだったが。
「小早川。」
 今日は両親も揃って休日出勤で居ませんから、階下でのんびりしましょうと通されたのが、大きな窓が庭へと向いた明るい居間。ソファーを勧められて腰掛ける前に、進さんは提げていた風呂敷包みをセナへと差し出した。
「母がどうしても持って行けと言うのでな。」
 厚手のちりめんだろう濃紫の風呂敷は随分と大きく、トートバッグ全盛の今時に、こういう包みを無造作に提げて来た男子高校生というのも珍しいが、
"なんでかな、進さんには違和感がないんだよね。"
 確かに、寡黙で静謐な印象を持つ人ではあるが、だからといって"純和風な容姿だ"ということもないのだけれど。そういえば風呂敷だの浴衣だの、もしかしたら紋付き袴だってしっくり似合うだろうと思わせてしまう人であり。
こらこら 基礎体力の保持にと、実家の道場にて合気道を嗜んでいる彼なせいだろうか…? それはともかく、
「開けても良いですか?」
 応接セットの真ん中に据えられたローテーブルに載せられて、縁から"ことん"という音がしたから、どうやらお重箱らしいなと察し、一応訊くと清十郎さんはお向かいでソファーに腰掛けながら こくりと頷く。物によっては冷蔵庫に入れた方が良いものかもしれないのでと、テーブルの傍、膝立ちになって確認のために風呂敷を解いたセナは、中から現れた大きめのお重箱(3段重ね)に、おおうと少々びっくりした。
"そっか。進さんが提げてたから…。"
 体格の良い、手も大きい進さんが提げていた時の"対比"ではさほど大きく見えなかったが、間近に向き合うと…A4版の雑誌がすっぽり入りそうなほど、大振りの重箱だったと分かって。一番上の蓋をパカッと取ると………。

  「…うわぁ〜vv

 一番上の段に収められてあったのは、大きなパイが1ホール。美味しそうに蜜色のつやの出た、生地のリボンが綺麗に交差した網目の隙間から、中に詰められたオレンジ色のペーストが見えて、
「パンプキンパイですねvv
 さっくり美味しそうだなぁと、甘いの大好きなセナくん、お顔をニコニコとほころばせる。ワクワクしつつ次の段を開けると、そこにはずらりと…大きめの笹かまぼこのような白いのが並んでいて。
「…お焼き、ですか?」
「ああ。中身はイモではなくカボチャらしいが。」
 こちらも いかにもホクホクと美味しそうで。セナくんの頬には"うふふvv"という嬉しそうな笑みが浮かびっ放し。
「次は、っと。」
 最後の段には…何となくお察しの方もおいででしょう。濃茶に甘く煮られたカボチャさんたちが、角をまるくしてふんわりと、八分目ほども詰められていて。
「うわぁvv
 素直に喜んでくれたセナくんだったことへ、進さん、ホッとしたように息をつく。こんな"カボチャづくし"を前説明もなくいきなり持って来られても…と、面食らわれたらどうしようかなんて、実は内心でずっと案じていたらしい。
「お母さんが作られたんですか?」
「ああ。」
 お料理上手で和菓子も得意な、それは優しげな進家のお母様。セナくんもお邪魔するたび美味しいおやつを出していただいていて、その腕前のほどは重々知っている。
「だが、一番上の焼き菓子は姉が作ったものだ。」
「たまきさんがですか?」
 この…いかにも"修行一筋"頑迷な武道家風の偉丈夫然とした彼の実姉とは到底思えないほどに
こらこら、純和風のお家も何するものぞと、マイクロミニにブーツという恰好でパジェロミニを乗り回している、今風の進んだ女子大生さんであるお姉さんで。それでも…お母様のお手並みを見て育ったせいなのか、こちらは洋菓子がお得意という、やっぱりお料理上手な人でもある。
「なんでも、10月の末にはカボチャにまつわる行事があるのだろう?」
 進さんはそうと言い、
「はい。ハロウィンのことですね。」
 たまきさんが言い出したのか、成程なと、ここまではすんなり納得したセナだったが、
「外国の冬至だとか何とか、姉さんが言っていたのだが。」
「あ…ええと、はい。そう…ですね。」
 自分も詳細まではちょっと詳しくなかったセナくんだったので、たまきさんの大ざっぱな説明、そのまま肯定するのは少しばかり気が引けたらしい。
(笑) ここで筆者が余計なお世話の説明をするなら、たまきさんの説明は微妙ながらちゃんと正解ですのでご心配なく。欧米では10月最後の晩は、魔界冥界から亡者が解き放たれるとされていて、それを追い返すために、皆して怖げなお化けの仮装をして夜通し起きている。そんなお祭りが"ハロウィン"だ。子供たちは近所の家々を周り、
『Trick or treat!』
 悪戯か もてなしか、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞと言っては、お菓子をもらって歩くので、西洋版の地蔵盆だと思って良いそうな。
(笑) 冬至というのもいい線いっていて、正しくは"立冬"の方ですが、本格的な冬が来る直前、季節の変わり目だから、体調を崩さぬよう用心しなさいねというところから来た風習なのでしょうね。(冬至が起源とされている行事は"クリスマス"で、こっちの余談は…機会があればまたいつかvv)
「あ、でも。カボチャのランタンは"冬至"だからって持ち出されたんじゃないって聞いたことがあります。」
 日本では、冬至に食べると健康で過ごせるなんて言いますよね。だもんだから冬の野菜だと思ってたらカボチャの旬は夏なんですが、それはともかく。冬場には少ない緑黄色野菜を食べることで、ビタミンを取り、風邪に備えたんでしょうけれど、西欧のハロウィンのカボチャは、それとはちょっとばかり起源が違う。まず、魔物のお顔をしたランタンは正式名称を"ジャック・オ・ランタン"というんですが、もともとはカボチャではなく蕪
カブだったそうで。そもそも"ハロウィン"という風習は古代ケルト民族の宗教行事がその発祥。彼らが住んでいたアイルランドでは、昔からカブでランタンを作る風習があった。このハロウィン・ランタンの"ジャック"というのは逸話の中に出て来る人名で、悪魔を騙したジャックという男がいて、死んでから地獄の門に辿り着いた彼は、だが、悪魔との契約が皮肉な形で発動して地獄へ落ちることも許されず、明かりを灯したカブを手に暗い道を歩き続けることとなる。そのお話から来ているランタンであり、それがいつしか…南米から渡って来て広く普及した、栽培しやすくて馴染みのあるカボチャと取って代わったのらしい。
「小早川は何でも知っているのだな。」
 ふ〜んと素直に感心した進さんからのお言葉へ、
「あ、いえ…。/////
 いつだったか まもりから聞いた話の受け売りなので、これを褒められるのはちょこっと気が引けたセナくんだ。
「えと…そうそう。パイの方、切って来ますね。」
 話題を変えようとしてか、大きなお重箱を頑張って抱えて、キッチンの方へと向かってしまった小さな背中。尻を隠すほど長いカーディガンのせいで、却っていつもより小さく見える後ろ姿に、
「………。」
 後ろ姿だからこそ遠慮なく、和んだ眼差しをずっと貼りつけて追った鬼神様である。






            ◇



 美味しそうな頂き物を手早く家のタッパウェアへと移してから、三角に切り分けて来たパンプキンパイと、進さんにはコーヒー、自分にはミルクティを運んで来て。まずはおやつを味わってから、そうそう、写真が出来上がって来たんですと、先週催された学園祭のスナップを収めたアルバムを広げたセナくんで。可憐なシンデレラさんは、練習中の風景から こそりと撮られていたらしく、魔法使い役の雷門くんとのツーショットや休憩中で菓子パンを頬張っているお顔のとか、なかなか微笑ましい写真がいっぱい。当日の写真は、やはり…あのパールピンクのドレス姿のものが多くて、
「カツラがくすぐったくてダンスのシーンでは大変でした。」
 微笑うセナくんに、
「そういえば、小早川はワルツも踊れるのだな。」
 進さんがあらためて感心する。
「あ、いえあの…。/////
 実はデタラメにただ体を揺らしてただけなんですようと肩を竦めると、
「それでも。きちんと絵になっていたと桜庭が褒めていたぞ。」
 ダンスの専門家ではないけれど、それでもプロの芸能人が言うのだから間違いはなかろうと。疑いもせずに言い切るところが、
"はやや…。/////"
 純朴素直で、実直で。相変わらずに真っ直ぐな人。正道を迷いなく突き進む、それはそれは心の強い人。こんな進さんだから、時々はね、その純白さが痛いほど眩しいなと思ったり、自分みたいな卑屈で弱虫な子が傍に居ても良いのかなとか、そんな風に…それこそ卑屈にも思っちゃうことだってなくはないけど。そう思っちゃいけないって、ちゃんと決めたから。高みへ高みへ駆け続ける進さんの背中、ただただ真っ直ぐに追いかけるんだからって。嬉しいことに気にかけてもらえているからには、戸惑うことで"どうしたんだろう"なんて気遣われて、その足を止めさせちゃあいけないんだからって。

  「………あ。」

 アルバムのページの間からはらりと落ちたのは、秋季選手権大会のトーナメント表。プレーオフ前なので、まだ2つの枠がブランクになっている表ではあるが、セナの所属する泥門デビルバッツは神奈川2位との対戦が決まっている。
「11月に入れば、集中しなくてはいけなくなるのだな。」
 昨年の秋季大会、進さんとは都大会では当たれなくて、この関東大会の方の決勝戦でぶつかることとなって。奇しくもあの"決勝で待つ"という言葉通りに運んだ決戦となったのを思い出す。(…という運びになろうと思ったら、どっちかが3位になんなきゃいけないんだなということに気がついた。そうか、そうなるか やはり。
う〜ん。都大会でも当たっていれば こだわらなくてもいんですがね。)
「えと…はい。」
 進さんの言いようは、完全にセナの立場だけを思っての一言で。昨年までの自分を振り返ればたやすい推量なのかもしれないが、
"…進さんて、わざわざ意識して集中してたのかなぁ。"
 失礼かも知れないけれど、我が道を行く人だからなぁと。強い強い克己心に支えられている人だから。それに、何につけ"特別なこと"はしない人で。日頃から均等に張り詰めている、日頃から冴えたる集中を怠らないでいる人だから、そんなの必要ない。余裕に満ちた孤高の高みで、挑戦者たちを悠然と待ち構えていた人。だから。自分の視点からはそんなこと、考えたことさえなかったのではなかろうか。………となると、
"ボクへってことで、わざわざ考えてみてくれたんだな。/////"
 そうと気づいて、ほわんと赤くなる。こちらから進さんのことを思う時には、1年遅れる身がもどかしいなんて思ってたのにね。よその学校のちっちゃな後輩さんにもちゃんと目を届けてくれているのが、とても光栄で嬉しくて…。
「マークしているチームはあるのか?」
 チーム名ではなく学校名が連なったトーナメント表。進さんが手にしたプリントをお向いから覗き込み、そうですね…と呟いて。
「なんだか毎回活躍するチームが目まぐるしく変わるんで、どこが強豪っていうこともないみたいですし。」
 昨年の自分たちがそうだった。弱小チームとして有名だったのが大きく化けて、今や押しも押されぬ"有名強豪校"扱いをされている。こちらも引退した身だのに、後輩さんたちのためにスカウティングに飛び回ってくれている"ご隠居様"こと蛭魔先輩も、古豪以上に新参チームの方が、底知れなくて手ごわいかも知れない…なんて言っていた。

  「…でも。」

 ぽくぽくと美味しかったカボチャのパイ。甘い香りが匂い立つ、半分ほど飲んだミルクティのカップ。大きな窓から斜めに射し込む金色の陽射しに温められた、柔らかな色合いのソファーや家具や、大好きな人の大人びたお顔。こんなこと言っちゃうのは不謹慎かなと、思わないでもなかったけれど、

  「進さんほど、意識してしまう人って…いなくって。」

 勿論、手ごわいだろう選手という意味での話。これって自惚れなのかな、でも…ホントに。すぐ次の試合で対峙する相手を毎回真摯に見据えて相対する姿勢は、相変わらずに初心者気分が抜けないせいか、今も変わらないことだけれど。進さんへと感じたほどの、きりきりと思いつめるほどの想いを据えたいとする人は、まだ なかなか現れない。
「理想が高いのは良いが、時によるぞって、蛭魔さんからもさんざん言われてるんですけどもね。」
 どんなに誉めそやされても決してお天狗さんにはならない謙虚なセナだが、それでもやっぱり難はあって。アメフトという土俵の上での"憧れの人"が、この、進清十郎という途轍もないプレイヤーなものだから、遠くの美景にうっとり焦がれるあまり、すぐ間近への注意が疎かになりかねないという難点がなくはなく。遠くばっか見ていて足元の小石に躓
つまずいても知らねぇぞと、選りにも選って、あの…高飛車・傲慢さでは日本一かも知れない先輩さんから、そんな風なクギを刺されてもいたらしい。………で、そんな言いようを、真っ直ぐストレートにぶつけられた"ご本人様"はといえば。

  「………。」

 彼らにとっては至上で崇高なアメフトのお話だからこそ、もじもじとなんかしないで くっきり言い放ったセナだと。そういう理屈は分かるらしいが、それでも…それならば。

  「………。」

 敵として相対するという意味からでも"相手"を持たず、結果、依存心なくずっとずっと自分とだけ向き合って過ごして来たものが。久方ぶり、もしかして初めてかもしれないというほど、強烈な敵愾心を燃やした相手であって。それがために…これまで内側にばかり向けていた闘争心やら指向性やら、全てを思い切り、無限に広がる外へと解放したその反動もあってか。寡黙で冷静だなんて何処の誰のお話?とばかり、何がなんでも自分だけに集中してほしいなんて切ないくらい思ってやまない好敵手さんから、舌っ足らずな甘い声にて…面と向かって"あなたが至上です"なんて言われた日には、

  「………。」

 そりゃあ言葉も凍るというもので。
(笑)

  「…進さん?」

 互いの間に挟んでいたローテーブルの上へ身を乗り出して。紅葉のような小さな手、お顔の前でササッと振ってみたセナくんだったが、進さんが"再起動"するにはもうちょっとだけ時間を要してしまい、


  "想い人がライバルだというのは、成程、考えものなのだな。"


 ただでさえ不器用なのに ややこしい間柄になったもんだと、つくづくと思い知らされつつも。その胸中は…やっぱりほこほこ温かい、年中"常春"気分になってしまった、フィールドの仁王様。心配してお膝近くまで回って来てくれた…幼
いとけなくも繊細で、底なしにやさしい愛しい人。今年の残りと来年は、直接対峙する間柄にはならないけれど。その間にめっきり緩んでしまわないよう、ちゃんと意識しなくてはなと。ご本人の小さな手をお膝に捕まえながらもそんなことを決意しちゃってたりする、案外器用な進清十郎さんなのであったりした。う〜ん………やってなさいってか?





  〜Fine〜 03.11.1.〜11.3.


  *なんだか妙なお話になってしまった。反省、反省。
(笑)
   何かしらの"イベント"をからませるお話が続いていたんで、
   ごくごく普通の、何ということもない日の描写って
   省略と詳細のバランスが結構難しいよななんて感じちゃいます。
   それでなくとも、取り留めのない"いちゃいちゃ話"、
   この人たちの場合は特に…際限が無くなって困るんですよね。
(笑)


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