小春日和 U― A
 


        



 坊っちゃまのお部屋に場所を移してのお勉強会は、アイドルさんの全国模試の順位が目出度いことに100番近くも上がったご報告から始まって。
「へぇ〜〜〜。凄いな、そりゃ。」
 久しく聞かない景気のいい話じゃねぇかと、差し出された成績票を眺めつつ、喜んでくれた妖一だったが、
「日頃"トップ50"の圏内から落ちないような人に言われてもね。」
 春人が苦笑する。ちなみに、幼なじみの進清十郎くんも、依然として結構な順位に揺るがずという成績を保っているため、そんな彼らに比べたら さほど大それたことには思えなくって。嬉しくはあっても あんまり表立って喜ぶ機会はなかった春人であったらしい。拗ねたつもりはなかったが、素っ気ない言いようをしたのを拾ってくれて、
「何言ってる。」
 間に挟んだテーブル越し、伸びて来た暖かい手がくしゃりとこちらの前髪を掻き回す。
「ちゃんと頑張ったから出た結果だろうがよ。素直に喜びな。」
「…うんっvv
 最近になって気がついたこと。この"悪魔のような"と人々から把握されている青年は、それはそれは気が短くて、すぐにキレてはマシンガンを構えたり相手を蹴り上げたりするのだが。何故だか、桜庭には手を上げる。ごつんと叩いたり、今のように髪をいじったり引っ張ったり。必ず“手”を出す彼であり、陽に焼けない白い綺麗な手がこちらへ"すいっ"て伸びてくると妙にドキドキする。
『褒める時でも蹴る人なのに。』
 ボクはいつもそうされてますよと言って、あの…さっきついつい焼き餅の対象に思い浮かべた小さなランニングバッカーくんが、不思議ですと小首を傾げていたほどで。
"…えへへ♪ /////"
 それってサ、ボクだけ特別ってことなのかも? そういう方向で勝手なことを思っていると、思いがけないしっぺ返しがあったりするから、ホントに油断も隙もない怖い人でもあるのだけれど、
"このくらいのドリームぐらいは良いよねvv"
 自分の胸の裡での内緒。だったら構わないよねと、そう思うことにした途端。先程までの煩悶はどこへやら。こんなささやかなことへ ぽうとして、あっさり頂点まで舞い上がれちゃうから…恋心って凄いなぁ。
(笑)
「♪♪♪」
 何となく機嫌も良くなって。大好きな愛しい人のお顔、書き物用にしては少し広めのテーブルを挟んだ真向かいに堪能しつつ、にこにこと笑っている桜庭に、
「………。」
 妖一の方はというと。何だか無表情に近い顔になり"まじっ"と真摯な眸を向ける。どんなに悪態をついても、すげなく振って適当にあしらっても。めげたりしないで"好きだよvv"と、ずっとずっと懐いてくれてた、いつだってこの笑顔、向け続けててくれた彼だから。
"ちっとも頼もしくない顔なんだがな。"
 深色の眸も細い鼻梁も、やさしい笑みを浮かべた口許も。全てがなめらかなラインで構成された、妙齢のお嬢さん方に大受けのそれはそれはソフトな面差し。このところ ずんと大人びて来て、多少は…問題集に向かい合ってる無心な顔なんかは、結構凛々しい時もあるのだが。どういう訳でか、自分と向かい合ってる時は、むしろ…どちらかといえば、相当に ゆるんでいる、情けなくもだらしない顔と言った方がいいのかも。………でも何だか、このところ。

  "………。"

 この、どこかキングの"遊んで、遊んで♪"と共通点の多い、とろけそうなほど幸せそうな笑顔。見てるとこっちまで、釣られて ゆるみそうになるから…慣れって怖い。気が抜けるとか緊張感が沸かないとか、そういう意味ではなくって。何だか のほのほ。肩から力抜いてて良いんだって、そんなような穏やかな気分になるから不思議なもので。

    「…なあ。」
    「んん?」
    「その顔。」
    「顔?」
    「他所でやったら許さんからな。」
    「???」

 そんなにみっともない顔してる? 自分の頬に手をやり、小首を傾げるアイドルさんへ、そうじゃねぇよ馬鹿と いつもの悪態をつき、

  「安売りすんじゃねぇって言ってんだよっ。」
  「………え?」

 だからだな。何で肝心な時はとことん鈍いんだ、この野郎と。がりがりと後ろ頭を掻いて見せ、

  「その顔は"俺用"に取っとけ。」

 分かったなと、きっちり念を押すと。窓辺のテーブル、柔らかな陽射しを片方の肩口に受けていたアイドルさん。しばし、表情を止めて"フリーズ状態"になってから、


  「…………………………………………あ。//////////


 今時、蛍光灯にしてもテレビにしても、こうまで反応の遅い家電はまずは無いので。ものがテレビやPCだったら容赦なく蹴り飛ばしているだろう、気の短い坊ちゃんが、
「…分かれば良い。/////
 ふんと息をつきつつも、こちらもやっぱり赤くなって見せたから。見栄えの大人チックさに相反して、中身はなかなかに可愛らしい二人でもあったようである。

    「じゃあ、今日は伸開線の問題いってみようか。」
    「うううう、三角関数は苦手だよう。」
    「んなこと言って逃げ回ってんじゃねぇっ。こないだのベクトルなんざ、基本からありゃりゃだったじゃねぇかよ。中学で習うとこだったんだぞ、ありゃあ。」
    「…はぁ〜い。」


 お勉強の方も頑張ってね。
(笑)






            ◇



「なかなか珍しいタイプのダチが出来たんだな。」
「はい。」
 ご当人に邪魔されつつも キングのお家も骨組みと屋根が何とか完成したので…と、小休止していた武蔵くんに訊かれて、テラスまでお茶とおしぼりを運んで来た加藤さんがにっこりと笑う。本人の内面や、お仕えしているお家のご家族の事情を匂わせるものは絶対に見せない、それはそれはよく出来た執事さんだが、何となく…社交辞令を越えてるほど嬉しそうな笑顔に見えて。
「随分と打ち解けてるみたいだし。」
 この屋敷にまで呼ぶような知己というと、自分か、あの真ん丸で愛嬌タップりの栗田しかいなかったものが。ああまで和んだ顔で歓待しているような相手が出来たとは、この彼にしても意外なことであったらしい。だが、
「ま、悪いことではないよな。」
 つるんと剥かれた柿を頬張り、ふむふむと味わって。
「あのまま"独りでも平気だ"なんて片意地張ってるトコなんざ、見てたくはなかったからな。」
 くくっと笑った彼の言に、加藤さんもますますの笑顔。
「さようでございますとも。」
 珍しくもそんなことまで言い出すから、執事さんもまた、あの優しげでおおらかなアイドルさんを、坊っちゃまのお友達としていたく気に入っていらっしゃるご様子だ。ちょっと扱いが難しい、けれど、親しんでみれば分かりやすくて。人付き合いに執着薄く見せていて、実は…優しくて深慮のある。そんな奥行き深いところが仇になっての"孤高"にいるせいでか、時々こそりと寂しそうな横顔を見せることもある妖一さんに。屈託のない、けれど案外と根性はある、つれなく撥ねつけられても"負けないぞっ"てついて来てくれてるお友達が出来たこと、彼を良く良く知る者には何よりの幸いであるらしい。

  「惜しむらくは、桜庭様が女性であらっしゃらないことです。
   そうだったなら、結婚まで突っ走っていただくのですけれど…。」
  「…おいおい、おっさん。」

 おいおい。そんな"くぅ〜〜〜っ"と奥歯を噛み締めてまで残念がってどうする、加藤さんてば。
(笑)













   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


   ――― くちん☆

 不意にクシャミが飛び出して。はややとお鼻を手の甲で擦っていたら、隣りにいた人がジャケットの懐ろから"しゅるるっ"て、カシミヤだろう薄手のストールをマジシャンみたいに引っ張り出して、スタジャンの首回りへとふんわり巻いてくれた。
「あ、あやや。/////
 寒いのへも耐久性がある自分には必要ないが、こんな時のためにと準備していた彼なのだろう事が易々と偲ばれて。
「すみません。」
 ほのかに進さんの匂いがする、ほわりと暖かなグレーのストールの感触へ、小さな顎先を埋めつつお礼を言った瀬那だった。………実は実は このストール。たまきさんが買ったばかりのを居間に出しっ放しにしていたものだから、要らないのかなと ちょろまかして来た進さんである…というのは、此処だけの話である。
(笑) それはともかく。
「でも…寒かったからじゃないみたいなんです。」
 来週には関東エリアの方の大会がいよいよ始まる。今更がつがつとキツイことをやっても体を削るだけだからと、週末の練習は午前中だけの"自主トレ"とされており。それでも何だか落ち着けない瀬那だったのを察してか、戸外を歩こうと誘ってくれた進さんであり。昨日までは"インディアン・サマー"とやらでほこほこと暑いくらいだったものが、今日はまた秋らしい空気が戻って来た様子。せっかくの連休で遠出する人の方が断然多いせいか、住宅街の並木道はどこか寒々と見えるほど閑散としていたが、それでも…金色の蜜をまとったような秋の陽射しが、風のない中に街路樹越し、満遍なく降りそそいでいて何とも暖かな色合い。足元で乾いた音を立てる枯れ葉をくしゃりと踏んで、
「何か埃でも吸ったのかもしれません。」
 くしゃみの原因へ細っこい肩を窄める小さな恋人さんへ、
「それとも、どこかで誰かが噂をしているのかもしれないな。」
 なかなか時代がかったことを言い出す進さんで。しゃれでならともかくも、デートの最中に大真面目にそんなことを口にする高校生って…今時いるんだろうか。
「噂…ですか?」
 そりゃまあ、間近に迫った全国大会とあって、あちこちでさんざん噂されてる人でもありましょうが。誰かさんの胸の裡
うちででも、引き合いに出されていたくらいですしね。(笑) 足を止め、顎の下に手をやって、
「そうでしょうか?」
 こちらさんも良い勝負で、考え込んでみるセナへ、進さんはやっぱり大真面目にこう言った。
「だとしたら けしからんことだがな。」

  ――― はい?

「この俺に断りもなく、いい度胸だ。」
「…あの。/////
 それって、あのあの。埒
らちもない噂話ごときで、大切な愛しい人に くしゃみをさせるなんて、以っての外だという意味でしょうか。それとも、恋人である自分に断りもなく勝手に噂なんかして、百年早いぞ けしからんという、お言葉そのままな意味なんでしょうか。こちらさんも相変わらずなご様子です、はい。




  〜Fine〜  03.9.13.〜11.7.


  *日付が恐ろしいですね。
   『小春日和』ラバヒル+α 編でした。
   実は実は、文化祭のお話よりも先に書き始めていたんです、これ。
   ムサシの正体が明らかになり、
   うわわっと驚いた勢いで思いついたんですね。
(笑)
   頭の中の我流の設定に"修正"を入れたかったんですね。
   それにしてもなぁ。
   てっきり姿さえ消したような人かと思えば、実は身近にいると来て、
   だったら在校生なのかと思いきや、
   あんな格好で"瀬那たちがもう会っていた"とするだなんて。
   しかも凄い好みなんだもの、どうしよう〜〜〜vv
(まだ言うか。)

  *それにつけても。
   昨年度から既にチームに居ただろう人なのに、
   (流れから言って復帰するよね? 彼。)
   何を今更、
   桜庭くんたら"新参者扱い"しているのかしら…?
   というよなお話でしたが。
   ラバくんがヒーさんに"ほの字"になったのが、
   つい最近、今年度になってからだから…ということで。
   (これだから連載中のお話をいじるのは怖い。ひ〜ん。)


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