幕間 〜一旦停止。

 
 どこかへ出掛けるでなく、どちらかの家でのほほんと過ごす時の必須アイテム。セナが必ずのように持参して来て、進も楽しみにしているのが、とあるグラフ雑誌である。大きく分厚い、重みもある写真中心の本で、空や海が主役の、あまり人の手の入らないような土地の風景や、花、動物、昆虫などの写真。時には街角やら機械の一部という作品も有りの、様々な写真を集めた月刊誌で、少年の母の勤め先が発行しているものだとか。結構な分厚さで、定価もなかなかなものだが、
『タダで貰えるんだそうです。』
 そんなせいで贅沢な絵本代り、ずっと当たり前のものとしてこの本と接して来たセナだから、花の名前や雲の形、結構詳しい子だったのだろう。愛らしい仔猫のスナップや街角のディスプレイをコラージュしたページがあるかと思えば、息を飲むほど清冽に真っ青な、一面全部、海だけという斬新なページもある。連休最後の半日を、のんびり過ごそうと構えた二人だったので、
「今月号を昨日もらって来ましたvv」
 重かっただろうにわざわざ持って来てくれた少年に、いつもは鋭い視線を殊の外やわく緩
ゆるめる進さんで。いつもそうしているように、ソファー代わりのベッドの縁へ二人並んで腰掛けて…身を寄せ合うように紙面を眺めることにする。座ると身長の差は少し程縮まるが、それでも進さんの方が上から覆いかぶさるような格好になるのは致し方なく。そんなため、セナくんはお膝の上の紙面と、それから…可愛いですね綺麗ですよねと声をかけつつ、時々進さんのお顔を見上げたりして。ちょっと忙しそうかも知れないが、その仕草がまた愛らしくて、なかなかにほんわりした睦まじさが醸し出されていた…その最中。

  「………あ。」

 何かに気づいたからと呼びかけたような声に聞こえて、
「?」
 セナがそちらを見やると、次の瞬間、

   ――― っくしゅ☆

 小さな小さなクシャミが飛び出した。見上げた先のお顔は向こうを向いていて、だが、軽く鼻の下か口許か、手の甲で擦る仕草があっただけで、そのままこっちへ向き直ってくれたけれど。
「…小早川?」
 どこか"ぽかん"と。薄く口を開いて見とれていた少年の様子にかち合って、それへと…彼の側からもたいそう面食らったらしい声をかけてくる。(………いえ、慣れのない人にはただの呼びかけに過ぎませんが。)
「…あ あっと。すみません。」
 ぽかんとしていた顔だなんて、なんか恥ずかしいの見られたちゃったなと。含羞
はにかむように小さく笑い、セナは素直にこう応じた。
「進さんでもクシャミするんだなって、ちょっとビックリしました。」
 おいおい。今時の若者ならば、此処で…お軽いノリから裏手で軽く相手を叩く真似"突っ込み"が入るところだが、当の本人である進はというと、
「………。」
 意味が良く分からなかったのか、端正な無表情はあまり動かない。ただ…瞬きをして見せたので、
「あ、ごっごめんなさいっ。/////
 失礼なこと言っちゃったと、遅ればせながらにセナがわたわた慌てて見せて、
「………。」
 そんな様子が相変わらずに、何とも…愛らしかったものだから。俯きかかったお顔の動きを阻止するように、小さな顎の下、するりと片手を差し入れる。
「あ…。」
 強引にならないように、されど、容赦なく。萎縮して俯いてしまうのを阻止するように、いつもいつもこうやって"下を向いちゃダメだ"という教育的指導をする人で。
"なんか…。/////"
 逆らわないままされるままになりつつ、先生みたいな、お父さんみたいな進さんだなと、こちらもまた、いつもいつも"ぽわん"となってしまうセナくんである。………ここに進さんの幼なじみのお友達が居合わせたならば、

  『ただでさえセナくんは小さいからね。
   それが俯いてしまうと、進の目線から完全にお顔が見えなくなるだろ?』

 そんな風に、あっさりと真相を見抜いてしまうのかもしれないが。
(笑) それはさておき。温かで大きな、ちょっと乾いた感触の手のひらの中へ、軽く包み込んでしまえる小さな顎と柔らかな頬。慣れた手つきで下からひょいと掬い上げた愛らしいお顔。どこか恥ずかしそうに…少しばかり上目遣いになって"きゅう〜ん"と見上げてくる幼いとけない様子がまた、
「………。」
 微笑ましいほど、切なくなるほど、好もしくてしようがない。どうしてまた この愛しい子は、今一つ物慣れないままに その小さな頼りない様を覗かせるのだろうか。もはや自分を怖がってはいないのだろうに。むしろ何かしらでこちらを傷つけはしないかと、それにばかり気を取られているのだろうか? まだまだ"畏怖"や"遠慮"という垣根が二人の間に残っているようで、それが進には何とももどかしいが、それでも、彼の側から甘えてくれるようになった、凭れてくれるようになったのは大進歩。愛らしさからのみならず、健気な真摯さ懸命さからも、途轍もない"癒し"をくれる大切な人。

   「…。」
   「………っ

 額の端っこへ顔を寄せ、そこへ小さく口づけて、
「うう"…。/////
 真っ赤になりつつも…手を離してくれないものだから俯けず、困ったなというお顔になるセナを嬉しそうに鑑賞する、最近ちょっと困った人になりつつある進さんなのでもあったりする。



   ――― 閑話休題
それはさておき



 何とか落ち着いて再起動したセナくんは、
(やだなあ、この表現/笑)
「なんでクシャミが出そうな時って動きが止まるんでしょうね。」
 唐突にそんなことを言い出した。
「???」
 ちょいと疑問の焦点が合わなかったらしく小首をかしげる進さんへ、
「さっきの進さんもそうだったでしょ? ボクも、歩いてる時なんかだったら立ち止まってしまいます。」
 ああそういう意味かと、キョトンとしていたお顔が立ち直る。
「欠伸は別に、何か しながらだって出るのに。あ、でも、咳が出そうな時も、手が止まりますね。」
「…そうだな。」
 実際の話、お料理の途中で出そうになると、どっち向いてて良いやらと焦る時がありますな。特に火を使っている時。フライパンや鍋に向かって…って訳には行かないし、両手は鍋の柄と菜箸とで塞がってるからお口を塞げないし。あわわと慌てて周りを見回し、大急ぎで鍋から手を離すのは、クシャミの衝撃から振り飛ばしかねない"危険"を回避するためなのだろうけれど、筆者は菜箸まで投げちゃいます、はい。
(笑) そして"ゴキブリでも出たのか?"と誤解されます。
「勢いがあるからな。その馬力が出るのと引き換えに他の動作への力が捩れると、経験から分かっていてのことではないか?」
 ハリケーン並みに結構な風速だそうですからねぇ。またこれを調べた人も調べた人だが…医療関係の人だろうか、やっぱり。(空気感染とか飛沫感染とかの資料にってことで。)
「あ、そうか。」
 かっちりと説明されて、嬉しそうににこにこと笑うかわいいお顔。だがだが、それが…ふと。
「あ…。」
 ふにゃと不安定になって…小さな手ががっしと目の前のシャツを掴む。
「???」
 どうした? と。のぞき込みかけたお顔がふっと俯いて…。

   ……… っくちん☆

 やわらかな髪が目の前で揺れた。
「あはは…。/////
 どうやら原因は、新しいグラフ誌がまとっていたらしき…縁
ふちを化粧切りしたことで出る紙の細かい切り屑らしいなと、セナにも判ったその時だ。
「え? え?」
 ふわりと体が持ち上がり、本が畳へ滑り落ちた音。膝裏と背中に回された腕がセナを軽々と抱え上げ、そのまま躊躇なく立ち上がった進は、器用にして素早くも今まで腰掛けていたベッドのカバーを素早くはがすと、そこへとセナを寝かしつけてしまったから、

  「あ、あのあのっ!」

  ………過保護がすぎるぞ、旦那。




   〜Fine〜 03.5.7.


   *何か変な方向へよじれてしまったです。
(笑)
    いい天気が一転。
    ちょこっと肌寒くなったので思いついた話なんですがね。


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