幕間
 
〜ちょっとしたコト。

  軽やかな風も爽やかに、どんどん初夏めく週末の雑踏。春季都大会が終わってやっと一息つけたからと、さっそく"お出掛け"の約束を取りつけて。待ち合わせの場に見つけた大好きな人へ"お疲れ様でした"なんて、ただ彼岸にいただけのギャラリーみたいな言いようをしたら。きょとんと眸を丸くした進さんから、苦笑混じりに軽くこつんと、ゆるく握った拳の先にて おでこをこづかれてしまった瀬那くんである。こんな風に直接には逢えなかったけれど、試合会場が同じだったりした時は、擦れ違いざま、頭にぽすんと大きな手を載せられたり、もしゃもしゃと髪を撫でてもらったり、どさくさ紛れに構ってもらえたのが嬉しかった大会だったが、結果はさておき。(…苦笑)

  「…あ。」

 結構大きな繁華街の人波の中でも一際目立つ、その人に気がついたのは瀬那の方が早かった。だが、
「おお、進じゃないか。」
 相手の方は、その高みにある視野の中、存在感の大きい"連れ"しか目に入っていなかったらしい。がはは…と豪快に笑いながら、その大きな手でばふばふと進の肩を親しげに叩く。相変わらずに大きな上背で、
"うひゃあ〜〜〜。"
 自チームの先輩にも栗田さんというたいそう大柄な人がいるけれど、それよりもっと大きい人で。それに加えて大きな声と大きな動作の、豪放磊落
ごうほうらいらくという気性なのがありありとしている、何とも豪快な人。確か名前は…、
「お久し振りです、大田原さん。」
 そうそう。王城ホワイトナイツの中核で、いつも起重機ばりのパワー全開なプレイを発揮していた大きい人。進さんの先輩さんにあたる人で、ということは…卒業なさって大学に進んだか実業団チームに入ったか。
"ボクもお世話になったなぁ。"
 勿論、試合でお手合わせいただいたという意味だが。進のような気鋭の俊足ではなかったものの、その疲れ知らずな馬力と機動力はやはり脅威であり、栗田先輩という頼もしい"楯"が立ち塞がって防いでくれなければ、何度放られ何度潰されていたことか。そんな彼からのご挨拶だろう手痛い応酬に、しゃんと立った姿勢が全く揺るがない進もまた、とんでもないほど強靭な足腰をしているということで。
"…ボクには入り込めない世界だ、うん。"
 ミクロの決死圏か、はたまたガリバー旅行記か。小さな小さなセナとしましては、縮尺が違う別世界の"怪獣大戦争(いや、戦ってはいないけれど)"を、頭の上に"ほやや"と見上げるばかりである。
「大会、見たぞ。相変わらず容赦のないことだったな。」
「ありがとうございます。」
 高層圏での会話は、見た目の迫力とは裏腹、なかなか和やかに続いていて。都大会の結果や知己たちの近況報告など、セナの知っていることから知らないことまで、それでも普通の世間話というレベルの内容。ほとんど大田原の方ばかりが話していたやり取りだったが、
「…お。」
 ここでやっと、相手の腕にちょこんと掴まっている、小さな存在に気がついた大田原であるらしく。どこかおずおず、まるで"お父さんの同僚の知らないおじさん"を見上げるような構図だったものだから、
「誰だ? まさか、お前の子ってこたないよな。」
「………☆」
 相変わらずに裏表のない明け透けな人であることよと、滅多に物に動じぬ進でさえ、思わず苦笑しかかった…とセナには見えた会話だったが。
(笑) そういう単純な人だけに、決して下世話な冗談ではないらしく。だがだが、ならば。本気でそうと思ったということは…。
"そんなにも小さな"子供"に見えちゃうの?"
 こちらも裏とか深いところだとか、余計な思惑の存在を捻
ひねくることなく受け止めたセナが"あやや"と固まりかかっていたらば…そこへ。

  「友人です。」

 進の、落ち着いた声がそんな風に応対した。それへと、
「友達? そりゃまたえらく小さいな。小学生か?」
 やはり思ったままだろう、まるきり遠慮のない言葉を返した大田原であり。っ・がーん☆とばかり、それは分かりやすくショックを受けたらしきセナの、小さな小さな背中に手を回し、
「高校生ですよ。それに、自分が敵わないくらい物知りで優しい子なんです。」
 極めて大真面目な顔になって、そんな言いようをした進であったのだった。



            ◇



「…すまなかったな。」
「え?」
 真剣なお顔ながら和やかな眸をしていた進だったと、あちらもそれなりに付き合いが長かった間柄だから気がついたのかどうなのか。だっはっはっはと豪快な笑い方をし、それじゃあまたなと駅の方へ別れた先輩さんであり。乱暴な言いようをされて、セナが傷つきはしなかったかと、これでも冷や冷やしていた進さんであったらしい。それと、
「あの人は俺と同じで大雑把な人だから、小早川を"恋人"だなんて紹介したら、余計にややこしいことになりそうな気がした。」
 だから。無難に"友人"だと紹介したのだと。それをわざわざ詫びた進であり、
「あ、いえ、そんな…。/////
 何につけても律義な人だなと。そう思って…頬がぽうっと熱くなる。決して器用ではないけれど、相手の気持ち、殊に、セナの気持ちを頑張って酌んでくれる。下手な弁解が嫌いで、何も語らぬことで自分が誤解されても別に構わないと、昔はね、何につけそんな風だったんだよと桜庭さんが言ってたけれど。すぐに立ち位置を引いてしまうどこか臆病なセナであること、重々注意していて、ホントは"ただのお友達"なんかじゃないぞと、念を押してくれた進さんなのが嬉しい。それに引き換え、
「ボクの方こそ、あの…。」
 ちょっともじもじ、柔らかな頬を赤くして。
「進さんが"友達"以外の紹介の仕方をしたら、嬉しいけど困ったことにならないかなって思っちゃいました。」
 セナもまた、ごめんなさいと頭を下げた。進さんは嘘がつけない人だから。自分に強い自負があり、自分の意志で選んだことを何故に恥じたり隠すのだと、それこそ頑迷なくらい真っ直ぐなことを言ってのけそうな人だから。そうなる展開だって十分予想され、そしてそれだと困るなと、嘘なり誤魔化しなり言ってくれないかなと、そんなことを期待しちゃった小狡い自分。
「嘘ついてほしいなんて、いけないことですもんね。」
 ちょこっと肩を竦めるセナへ、
「………。」
 進さんは仄かに眸を細めて…薄く笑った。
「これは"方便"だ。構うまいよ。」
 もしくは"ものは言いよう"ってトコですかね。友人という範疇
カテゴリーの中、実を言えばもっと限られた…ただ一人の"大切な人"なのだけれど。そこまでの詳細を言い触らす必要もなかろうと、今回は"お相子"になった小さな嘘を、くすくすとお互いに笑い合う。
「あ、映画。始まっちゃいますよ?」
 シャツの袖を引き、急がなきゃと見上げてくる幼
いとけないお顔に眩しげに眸を細めて、大きなのっぽのラインバッカーさんは、愛しい人の促すまま、今日のお目当て、映画館までの道を急ぐのであった。………あんたたちの足なら、大丈夫なんじゃないかい?





  〜Fine〜  03.4.23.


  *ぶっつけ書きです。
   本誌は何ですか、中坊の進とか出て来てて、
   それは美味しい展開だとか。
   ああうう、でもでも、
   ゾロの"鋼鉄を斬る"の回でも買わなかった本誌なのに。
   そんな葛藤から頭を冷やそうと書いてみました。
   何が切っ掛けになるやらでございます。


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