アドニスたちの庭にて “冬来りなば、春遠からじ”

 


 学生さんたちには結構長かった冬休みがやっと明けて、寒い中を学校まで登校する日々が始まった。暖冬だと言われていたが、やはりそれなりの寒さにはなるんだななんて話しながら、冬休み中に慌てて発注したらしい新品の冬用のコートを羽織ってる雷門くんと並んで歩く朝の道。駅から山の手へと向かって上る、このなだらかな坂道は、毎朝、白騎士学園へと向かう生徒たちで埋まることから、白騎士の坂なんて呼ばれてもいるそうで。手前から初等科中等部、それから高等部という順番で敷地が道沿いに並んでいるため、坂を上るほどに人数が減ってゆき、制服やら顔触れの趣きやらも大人びてゆく。
「…そういえば、正月はどうしてたんだ?」
 俺は親戚んチに行ってたけどって、そうと訊かれて、
「ん〜、別に。」
 どっかへ旅行に行ったって訳でもないし、家でのんびりしてただけだったよなんて、そんなお返事を返した瀬那くんだったけれど。
“…だって、別に話すことじゃないだろし。///////
 進さんと初詣でに行ったとか、進さんと映画を観に行ったとか、進さんのお家に招かれてお身内でのお正月のお祝いに混ぜていただいたとか。そういうのはいちいち話さなくてもね?…と。大好きなお兄様と過ごした冬休みのこと、ちらりんと思い出してしまったセナくんだったりする。急に寒くなった年の瀬とお正月だったけれど、出先ではいつも、冷たい風から庇うように楯になって守って下さったし、スケート場で転んだ時も、セナくんの小さな手を大きな暖かい手で温めて下さったし。初詣での人込みの中では、はぐれないようにってずっと手をつないでて下さったし、それからそれから…って、お惚気は もういいってば。
(笑)

  「…何を赤くなってんだ? お前。」
  「あ、いやその、えっと…。///////

 問われて落ちず、語るに…しっかり落ちてますが。
(苦笑) 高等部の正門をくぐり、一年生の昇降口まで辿り着いたところで、あっと何かを思い出したのが、雷門くん。
「いっけね。部室に体操着置いてたんだっけ。」
 お母さんからちゃんと持って帰れと注意されてたのに、結局冬休み中は持って帰れずだったので、
「思い出した今、取りに行った方が良いよ。」
「だな。」
 まだ時間には余裕もあるしと、やはり二人で運動部の部室が居並ぶ“長屋棟”へと足を運ぶことにする。中庭奥の校庭や体育館に間近い位置にある、横に部屋が連なった正しく“長屋”という外観をした平屋の建物で、部員が多い野球部のは一番手前の大きいのを割り当てられているのだが、
「…あっ。」
 そんな長屋棟の裏手から、突然 速足で飛び出して来た人影が。思わぬこととて避け切れなくて、危うく転びかけたセナに気づいて、
「ごめんっ。」
 相手が振り向きがてらに手を伸ばしてくれたから。冷たい冬芝の上へ転ばなくて済んだのだけれど、
「ごめんね。」
 短く謝ってそれからね。飛び出して来た時と同様に、大急ぎという勢いでそこから駆け去ってった…その人は、
「…あれって、A組の。」
「うん。」
 同じ1年だったし、2時間体育や芸術選択教科の授業ではお隣りの組と合同になるせいで、セナたちにも重々見覚えがあった男の子。どうしたんだろと首を傾げつつ、雷門くんが部室に入ってったその後という間合いにて、同じ裏手からもう一人、のっそりと出て来た人があり。向こう様でも中に入らないで待ってた子がそこに居残っていようとは思わなかったか、
「…え?」
 少々虚を突かれたようなお顔になった。そして…セナの側でも、

  “………あ。”

 どうしてさっきの子があんなにバタバタって飛び出して来たのか。やっと判って…ちょっぴり切なくなってしまったのでありました。






            ◇



 白騎士学園高等部の年間行事は…というと、スポーツ関係も文化部門のものも、主に二学期中に集中しており、
「三学期は特に何もないんですよね、これが。」
 強いて挙げれば入試と卒業式と、その後の予餞会くらいでしょうかと、高見さんが話して下さった此処は、毎度お馴染み“緑陰館”二階の執務室。パネル型のオイルヒーターを三基ほど出し、楕円の大テーブルの傍らまで寄せて暖を取りつつ、各部各クラスから上がって来ている案件の書類を整理しながらの穏やかな会話。何たって秋口の生徒会選挙で他に立候補者が出ず、所謂“信任投票”だけで再任が決まった陣営だったので、秋の行事の数々にも昨年もあたった実績があってのお見事な対応をしてしまい、史上最強の生徒会との名をまたもや高めた余裕の顔触れ。よって、この時期の運びというものにも重々通じていらっしゃり、特に急ぐものもないせいか、それぞれに手分けして書類をチェックしている手元も至ってのんびりしたもの。
「内部進学する方が多いせいか、三年生の方々にしてもそんなに受験一色に染まるということもありませんしね。」
 部活での引き継ぎや執行部の人員の様変わりとやらも、そんなにバタバタしたものにはならないと続けた高見さんのお言葉へ、ふと。今月の予定をコピーした生徒会報の各ページを、職員室や管理室、生活指導部、執行部などという、配布する予定の部数別のお山へ仕分けしていたセナの手が止まってしまったのは、

  『外の大学を受験するんだって。』

 自習になった音楽の授業で、しょんぼりと窓の外を眺めてたあの子がそんなことを言ってたの、ついつい思い出したから。セナと同じで幼稚舎からこの白騎士に通ってる子で、セナみたいに上級生の“お兄様”がいる。幼なじみの優しい人で、ホントの兄弟みたいに仲が良くって。セナも二人が並んで歩いてるのは時々見かけてて、親しげなの、よ〜く知ってたほどだったのだけども。そのお兄様は三年生だったから、夏休みからは受験体制に入ってしまったんだって。それは仕方がないことだから、あんまり逢えなくなったのは寂しいけど、じっと我慢して応援してたんだけど。ところがね、

  『進学先がアメリカの大学だって…今頃になって言い出すんだもん。』

 卒業したって逢えると思ってた。ご近所に住んでて、家族ぐるみでのお付き合いもあって、親戚みたいなもんだったから。休みの日とかには顔を見れるって。メールで連絡すればサ、また遊んでももらえるって思ってたのにね。一緒にいたのがあんまり当たり前すぎたから、突然外国に行くんだなんて言われても、何が何やら判らなくって。そんなの聞いてないって、ちょっと前まで拗ねてたんだけど、
『昨日、学校帰りに友達と“ミドウ”へ寄り道してね。そしたらサ、お兄ちゃんはいつもこれ頼んでたなとか、こんなこと話して大笑いしたことがあったなとか、いきなり ぶわって思い出しちゃって。』
 友達の前で泣きそうになって困ってさ。そいで、拗ねてちゃダメだって、楽しいことをもっと一杯思い出にしとかなきゃって思って。今朝は“我儘言って拗ねててごめんなさい”って言いたかったんだけど…、
『でもネ、なんか…やっぱり素直になれなかったんだ。』
 どうしてずっと黙ってたのって蒸し返しちゃって、そいで…って言って。その子がまた泣き出しそうになったから、二人で教室から出てって、あのね。誰もいなかった緑陰館をお借りして、そいで…貰い泣きっていうのかな、セナもその子と一緒になって泣いちゃったの。そんなこんなを思い出しちゃって、何だか…しんみり気分になっちゃってね。
『セナは良いね、進さんはまだ二年生だから。』
 お外の大学に行くとしたって、まだ1年あるもんね。
『喧嘩なんかしちゃダメだよ? って言うか、思い出したら泣けちゃうことばっかりなんてのはダメなんだから。』
 今、一番悲しい立場の人なのに、そんな風に言ってくれたのが、胸につきんて痛かったの。

  「…セナくん?」

 急に黙りこくってしまったから、どうしましたか?って高見さんが案じて下さって。慌てて“何でもないですよう”って笑って見せたんだけれどね、
「貸しな。」
 その手に持ってたプリントを蛭魔さんが取り上げてしまって、
「ほら、進。」
 桜庭さんが、もう立ち上がってた進さんにセナくんのコートをロッカーから出してあげて、
「今日はもう良いから。お家にお帰りなさい。」
 あやや。そんな…皆さんの目に余るほどぼんやりしてたかな。ふしゅんって肩をすぼめたセナくんへ、進さんがお顔を覗き込んで下さって、
「…帰るぞ。」
 短い一言だったけれど、伸ばされた大きな手の親指の腹で、目許をちょいって擦って下さった。

  「…あ。///////

 泣いたのバレちゃってたんだ。一応は目薬を差したのにな。まだ赤かったのかな。お兄様が心配そうに“じっ”て覗き込んだままになってしまわれたので、あのあのって立ち上がって“帰ります”ってお返事したの。コート来て、カバンは…進さんが持ったまま離して下さらないのでお預けして。皆さんにぺこってお辞儀して、お廊下に出る。

  「何があったんだろうね、セナくん。」
  「ええ。目が真っ赤でしたものね。」

 苛められたとかいうんじゃないですね、それだったら蛭魔くんが黙ってはいませんし。優しい子だから誰かの何かに同情したんだよ、きっと。室内の空気もちょっぴり沈んでしまったその中で、セナくんが手をつけてたプリントを何となく眺めていた蛭魔さん、

  “…ったくよ。他人のことでああまで泣くかね、普通。”

 実を言えば。セナくんたちが此処へとやって来た丁度その時に、陽あたりがよくて暖かい屋根裏部屋でPCをいじってた。天井板と梁を隔てて、聞くともなく…彼らの会話やすすり泣きの一部始終を聞いてしまった彼であり、
“………。”
 可愛くて素直な後輩くんが、お友達のために零した涙があんまり切なかったもんだから。問題の三年生のお兄様のこと、彼なりに調べてやって。今夜にでもね、一緒に泣いてあげてたお友達にこっそりと“密告のメール”を出す予定。


  【 安心なさい。
    お兄様は身勝手に遠くへ行く訳ではありません。
    あなたとの約束を守るためにアメリカのとある研究所へ行くんですよ?
    宇宙飛行士になって、宇宙からの絶景を見て来るからって。
    だから、アメリカへ勉強と訓練をしに行くんですってよ…。】


 だからね、きっと明日には、あの子もセナくんにも元気が戻る筈。そんなこんな思いつつ、窓の外へとお顔を振り向けた蛭魔さんの視線の先には、大小二つのコート姿の背中が、弱い冬の陽光の中を遠ざかってゆくところ。


  ――― 進さん、ハンバーガーって食べたことありますか?
       駅前の“ミドウ”ってお店のが美味しいんです。
       ホントはいけないことですけれど、今から寄り道しませんか?





  〜Fine〜  05.1.13.


  *何だかしんみりちちゃいましたね。
   寒い季節だからこそ、寄り添い合って暖かく過ごしてほしいです。
   明日はきっと、元気になるから。ね?

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