アドニスたちの庭にて  〜 路地裏のアウトロー・ボーイ
 

 
 気がつけば随分と気候が良くなった。春先の風は時に強く吹きつけて、満開の桜に無情の試練を与えてのち、菜種梅雨だの卯の花くたしだのという しとしとと鬱陶しいこぬか雨を齎
もたらしもしたのに。この何日かは からりと晴れ渡り、雲ひとつない空の青さがまるで夏のように目映くて。

  「なんか暑いくらいですよねvv

 一応は、校則にて"校内校外に関わらず、移動中はきちんと制服を着付けること"となっているが、こうまで陽射しが目映かったり暑かったりともなると、朝の放送等にて"上着を脱いで水分補給に心掛けましょう"などと、日射病や熱中症への注意が勧告されることもあり。今日も今日とてそんな注意報が出たものだからと、濃色の詰襟という窮屈な上着を早速にも脱いだ小柄な少年が、代用にと薄手のカーディガンを肩に羽織って、大好きな黒髪のお兄様の前になり後になり、嬉しそうにまとわりつくようになって一緒に歩いてゆくのが…何とも可愛らしい光景で。まるでロングコートチワワの散歩みたいだと言ったのは、今は此処にいない金髪の誰かさん。

  「元気なもんだね、瀬那くんて。」

 校舎から少しほど離れた辺りのポプラの木陰に建つ、古びた洋館仕様の小さな校舎。生徒会棟"緑陰館"の二階の窓から、団扇代わりの下敷きでお顔をパタパタと扇ぎながらそんな二人連れを見送ったのは、こちらも早々に上着を脱いでの腕まくりという恰好でいる、生徒会長の桜庭春人さん、二年生。
「確か今日は"2時間体育"があった日だろうにさ。あの足元の軽やかさったらどうだい。」
 やっぱり若いってのはそれだけで凄いよねぇだなんて、よほどに年の差があるような言いようをなさるものだから。テーブルに出したPCのキーボードを軽快に弾きつつ、ワードにて何かしらの文書を手際良く作成なさってらした、執行部部長の高見伊知郎さんが、何を言い出すことやらと"くつくつ…"と楽しそうな苦笑をなさる。
「そうは仰有いますが、会長だって蛭魔くんがらみの機動力は大したものじゃありませんか。」
 カタカタカタ…と、忙しそうな手はまるきり休めないまま、そんな言葉をおかけになったのへ、

  「え〜? そうかなぁvv ///////

 何だ、判っちゃってた? やっぱり恋の炎って点火力が違うんだよね…などと、嬉しそうにお惚気を繰り出されるのへ、はいはい そうでしょうともと。ちょっぴり気のない相槌を、片手間とは思えない絶妙なタイミングで打ち続ける、こちら様も相変わらずの方々だったりする。



  ――― 筆者、結構調子に乗っております。
       これって もうもう"シリーズ化"してもいいでしょうか?
ドキドキ







 白騎士学園高等部の春先の恒例行事"青葉祭"が間近くて、各クラスでは球技大会に向けての練習なんかが始まっていたり、文化系の各クラブでは発表会に向けて、上演・展示作品の仕上げ段階に入っていたり。放課後になっても何となくざわざわとにぎやかな今日この頃。新しい校舎や授業やらには何とか慣れたものの、まだちょっと先輩方へは畏怖の念ばかりが先に立ってしまう新入生たちにとって、二年三年の先輩さんたちに仲良くしていただいたり、クラブ活動を決めたりする切っ掛けになるのがこのお祭りで。幼稚舎からの一環学習を謳っている学校なのだから、中等部時代からのほとんど同じ顔触れの方々ばかりの筈なのではあるけれど、先に高校生になられたお兄様方の大人びた様子や頼もしさには、やっぱり何となく違った印象を感じてもしまう。

  "進さんだって…。////////"

 初等科の頃からずっとずっと好きだった人。そんな頃からもう既に、いかにも武道を嗜んでおりますという雰囲気の、生真面目で落ち着いた佇まいをなさってたのだけれど。今にして思うと…まだまだ青くて。折り目正しく清廉潔白な清
すがしさの中に、伸びやかな柔らかさやら、削りたての危なっかしい脆さのようなものも持ち合わせていらしたような気がする。それが今や、威風堂々としたこの頼もしさはどうだろうか。威容に満ちた、されど物静かで凛然とした、態度や眼差し。決して驕らず、だが、何者へも怯むことなく、体も心も真っ直ぐ強靭に伸ばしていらしたその成果は、惚れ惚れするほどの男ぶりとなって、こうまでの成熟を迎えつつあって。

  "あやや、どうしよう…。////////"

 こんな素敵な人が、自分のこと、見守って下さってるんだなぁって思うと、もうもうそれだけで胸がドキドキして来て、お顔が茹だったように赤くなる。ああ、いけない。今日は進さんとお買い物に来たのに。生徒会棟の消耗品を色々と揃えなくてはならなくて。駅の向こうの商店街まで行って来ますと、桜庭さんや高見さんに手を振って、お出掛けして来たんだったっけと。頑張って現状を思い出したは良かったが………。

  「………あれ?」

 商店街の取っ掛かり近くの、電器屋さんの店先辺り。真っ赤になったお顔を両手で包み込み、落ち着かなくちゃと立ち止まったセナだというのに気がつかなかったのか。頼まれてた紅茶の詰め替えパックって、宇治謹製って書いてある此処で買うんだったかな、なあ…と傍らを見下ろした進さんが、自分の周囲にあの愛らしい弟くんの、可愛らしい撥ねっ毛を載っけた小さな頭が見当たらないことに気がついたのは、結構な幅と長さと品揃えが自慢の駅前商店街の、深度 数十mほどというくらい、随分と中程まで進んでからのことだった。









            ◇



 ご近所の商店街にて、いきなりお連れの進さんとはぐれてしまったセナくんだが、とはいえ…さほどややこしい繁華街でなし。陽気のいい平日の昼下がりとあって、買い物客やら学校帰りの学生たちやら、人の出足も結構ありはしたけれど、お昼間開いてるお店はほぼ一直線の主幹道へとに向かい合っている分かりやすさであって。余程のことでもない限り、ややこしい脇道やら路地に入り込まない限り、行方不明系の"迷子"にまでなることはない筈なのだが。

  "〜〜〜〜〜ふえぇぇっ。"

 キョロキョロと所在無げに辺りを見回していた、頼りない風情に目をつけられたのか。いきなりお店とお店の間から伸びて来た手に捕まえられて、何人掛かりだか、足の先が時たま浮くほどの力で抱えられるようにして。路地の奥の奥の奥の、そのまた奥という、もうもうどこだか判らないくらい遠いところまで運ばれてしまったセナくんであり。ポイと放り出された先にあった、煤けて冷たい壁に体当たりするよな格好でやっと体が止まったと思ったら、

  「お前、制服着てねぇけど白騎士学園の生徒だろ。」

 そんな声が掛けられた。な、何事なんだろか。今日は暑くなりますよっていう注意報が出た日でも、学校の外に出る時はやっぱり制服は着てなきゃいけなかったの? 見回すと辺りは何だか薄暗くて、まだ3時くらいだったのに、もうこんなに暗くなってるの?…と。何だかすっかりと混乱しているセナくんである様子。そんな彼を値踏みするように、へらへらと薄ら笑いを浮かべつつ眺めやっているのは数人の青年たちであり。
「なんだ、こいつ? すっかりビビってやんの。」
「まだ一年じゃねぇのか?」
「え? 高等部か? 中等部じゃねぇの?」
「でも、ネクタイしてねぇぜ。」
 あまりに小さなセナくんの怯え切った頼りなさげな様子を、なかば からかうように嘲笑してから、

  「なあ、判んだろ? このじょーきょー。」

 最初に声を掛けて来た一人が、にやつきながら ずいと踏み出して来た。
「俺ら、別にお前んコト、どうこうしたい訳じゃないんだ、うん。」
「そうそう。ただよ、何か懐ろが寂しくてよ。」
 へへへと笑い声が起こる。だんだんと目が慣れて来て、自分の前にいるのは、3人ほどの高校生だとセナにも見て取れた。此処まで通う電車が同じなほど、ほんのすぐご近所にある"黒美嵯高校"の、緑色したブレザーの制服を着ている彼らであり、
「白騎士の生徒は何でもカードで買ってるって? でもヨォ、小銭くらいは持ってるよなぁ?」
 そんなに遠くまでは離れてなかろうけれど、それでも…此処がどこなのか全く判らないセナには、振り切って逃げ出すことも不可能で。
"…そういえば。"
 日頃はね、あんまりこの商店街には来たことがなかった。学校に来ていてのお買い物なんてそうそうないし、学園の敷地の中に"生協"さんもあるから、文具や本、制服のシャツや体操服や上履き、お弁当やおやつなどという大概のお買い物はそこで済んでしまう。それに…実はあんまり良い噂を聞かない場所でもあって、

  『駅向こうの繁華街で黒美嵯高校の顔役張ってる奴と…。』

 白騎士の生徒たちが乙に澄ましてお上品すぎるせいもあって、此処へとしばしば運ぶ者も実のところは少なくて。それで情報量もさしてないもんだから、どこまでが本当なのかは定かではないが。それでも…そんな種類の話題に上るような、ちょいと危険な場所なのだ。

   "ふえぇぇ………。"

 どうしよ どうしよ、お財布渡したら許してくれるのかな、でもお小遣い日の前だし、生協カードとクオカードと…後はホントに小銭くらいしか入ってないしな、そんなの渡したら"馬鹿にしてんのか"って却って怒らないかな。………あっ、いけない。高見さんから預かったお紅茶とお茶菓子のお金がある。これを、取り上げられたらどうしょうか。エルフィンの上製生菓子と堺屋のかるかん羊羹を買わなきゃいけないのに…って、何だか やたら細かいことまでもが、セナくんの緊張している脳裏をぐるぐると回っており、
「ああ? 何とか言えよ、何とかよぉっ。」
 凄みを利かせたお声にて、そんな風に怒鳴られて、
「ひえぇぇっっ!!」
 もうもう限界ですぅ、堪忍して下さい…と言わんばかり、とうとうその場にてしゃがみ込んでしまった、そんな時だ。
「ケッ。どうしようもねぇな、こいつ。」
 鼻先で笑いながら、セナの方へと手を伸ばしかかったリーダー格の不良くんの後頭部へ、

  ――― かぁ〜〜〜んっ☆、と。

 狙い違わぬピンポイントにて、お見事にぶち当たってからその足元へと転げたものがあって。
「いってぇーっ!」
 思わぬタイミングだったことと、思わぬ攻撃だったこと。2倍の衝撃に襲われたがために、たかだか空缶に襲われたものが…たいそうな狙撃にでもあったかのような感覚を招いたらしく、
「誰だっ、こんな舐めた真似しやがったのはっ!」
 なかなかに堂の入った言い回しで凄みつつ、自分の背後を振り返る。他の面々もこの急な展開には多少驚いた模様。何せ、自分たちの溜まり場にて取り掛かってた"恐喝"であり、自宅での爪切りくらいに安心しきってもいたからで。
おいおい

  「あんま こういうベタなこたぁ、したくねぇんだがな。」

 どうやら此処は、路地と路地とが重なって交差し合うことで出来た、死角のような場所らしく、
「クリーニング屋の裏で、こんな汚ねぇことやってんじゃな。須藤のおっさん、怒らせたら凄げぇおっかねぇんだぜ?」
 そのクリーニング屋さんの店主の名前なのだろうが、土地勘のないセナには何が何やら、良く判らない会話である。

  "…誰?"

 後から登場した人物があって、しかもそれは、此処に顔を揃えていた3人の黒美嵯高生たちの"仲間"ではないらしい。一体何者なんだろうかと戸惑っているような、微妙な緊張が彼らの間に生じたのが判る。彼らの仲間に入りに来たのか、それとも彼らを諌めに来たのか。どっちにしたところで、この路地裏の入り口側で対峙している彼らなので、セナとしては…好むと好まざるにかかわらず、この成り行きにも付き合わざるを得なくって。
"…大きい人だな。"
 なかなかに上背のある青年だ。彼もやはり黒美嵯高校の制服を着ており、だが、ネクタイは堅結びだし、ブレザーのボタンも全部はだけての全開状態。そんな着崩し方をしていても、がっつりと頼もしい肩をしていることや、胸板が雄々しい厚さであることが透かし見えて。腰も張ってて、そこへのベルトの絞め方がカッコいいな、
"進さん…よりかは細いけど。"
 それでもかなり鍛えている人だなと判る。黒美嵯高校はスポーツ奨励校としても有名なので、何かの部活で毎日しっかり鍛えてる人なのかな。でも、そんな人がこんな中途半端な時間にこんなとこにいるのは変だよな。新たに現れた人物に意識が向いたせいで、何となく蚊帳の外にされてる間合いに立場が変わったセナは、まだドキドキしていつつも…そんな闖入者さんをじっとじっと見つめてしまった。

  「何様だよ、貴様。」

 ああ"?と、再び凄んだ青年へ、ふんと鼻先で笑って見せる様にも貫禄があり、それがそうだと判ったからこそ、完全に舐められたとでも思ったか、
「こんの…っ!」
 ザリっと。ローファーの靴底で砂を軋ませた音がした。何の身構えもしていない相手へ、有無をも言わせぬタイミングにて、一気に掴み掛かって不意を突いてやろうとしたらしかったが、

  「あぎゃっ!」

 みっともない悲鳴を上げたのは、何と突っ掛かって行った方。ぼぐっという鈍い音がして、ざりり・じゃりというコンクリートの上で砂を踏む靴音。それから、がたた…と。傍らに積まれてあったらしき木箱が盛大に倒れる音がして、突っ込んで行った青年が、ここからだとT字になって折れている左側の路地の方へと、一瞬という鮮やかさにて跳ね飛ばされてしまったらしい。彼が一体何をしたのか、セナには全く見えなくて。それは、残りの面子にも同じことであったらしい。
「て、てめえぇっ!」
 獲物として脅していた非力な坊やの前でのこの醜態。このまま引き下がっては示しがつかないと感じたか、それとも…仲間がやられたのは油断していたからだと思ったか。もう一人が拳を振り上げて突っ込んで来たのを、

  ――― うわ…。

 ついと。その体を半分ほども片側にずらして、さして身構えもしないままに、片方の腕の先、拳を固めて待ち構えただけ。相手が突っ込んで来た勢いを生かしての、みぞおちへの正拳が見事にめり込み、避けた格好になって何もいない空間へとかざされた相手の拳は、ひくりと痙攣してから力なく垂れ下がってしまう。
「く…。」
 相手の方が場慣れしている。まるでボクサーみたいに無駄のない動きをこなせるほど冷静であり、しかも、腰の座りようはどうだろう。理屈はどうであれ、あれほどの勢いで突っ込んで来た手合いを、壁のような安定感の中で受け止めてしまったからこそのカウンター。強靭な足腰だったからこそ可能だった攻撃であり、
「こ、この野郎…。」
 たった一人残された青年が、ここでやっと…セナの存在を思い出したらしい。
「近寄んじゃねぇよ。俺に何かしやがったら、こいつが無事じゃあ済まねぇぜ。」
 伸ばされた手が、いかにも乱暴にセナの腕を掴んだ。引き寄せられたセナをこの闖入者が助けに来てのことだと思ったらしいが、

  「ああ? なんだ、そいつは?」

 鋭角的な作りのお顔の、切れ上がった目許をぐっと眇めて見せつつ、そんな言いようで突っ撥ねた彼には、確かにセナにも見覚えはない。それでもね、
"ふみみ…。"
 そんな言いようはないと思うの。良く判らない他所の学校のお兄さんの懐ろ近くまで、強引に引き寄せられてて。
「無事じゃあ済まないって、素手でどうしようってんだ。」
「うるせぇっ!」
 あああ、無責任に煽ってるよう、この人ってば。大きな拳だから、これで叩かれたらさぞや痛いんだろうな。…進さん、今頃心配してるんだろうな。ごめんなさいです。

  「〜〜〜〜〜。」

 せめて。泣きながら商店街に戻って進さんを探すなんていう、みっともない真似だけはするまいと。叩かれても我慢するんだもんとばかり、ぎゅううっと身構えて眸を瞑ったセナの覚悟を見やった闖入者さん。

  「………。」

 やれやれと小さく…擽ったそうに苦笑して。短く刈られた金の髪を、こちらさんも大きめの手のひらでごそりと掻き上げてから………。








            ◇



  「あ、セナくん。見っけ。」

 まるで隠れんぼの鬼さんみたいな言い方で、路地からひょこりと出て来た小さな人影へ視線を留めたのは、
「桜庭、さん?」
 ちょいと しゃくりあげてしまった余韻がまだ残っていたがため、妙なところで抑揚が途切れたセナくんが。意外な人に会っちゃった、でも何でこんなとこに居るんだろうと言いたげなお顔をする。愛らしくって、表情豊かなお顔に向けて、こちらさんも柔らかで微妙な苦笑を返すと
「進が血相変えて緑陰館へ戻って来たんだよ。君が行方不明になったって。ここの通りを 20回も往復したのに見つからないって。」
 それで、僕と高見が"捜索隊"に駆り出されたの。にこりと笑った桜庭さんだが、そのお顔がすぐさま他所ゆきの…他校の代表さんと向かい合う時のみたいな、薄氷を思わせる緊張感を帯びた笑顔に擦り変わる。

  「…で。君がこの子にちょっかいをかけたのかな?」

 まだ潤みも消えてはいないままの、涙に赤く染まった瞳をしたセナをこの表通りまで手を引くようにして誘導して来たらしき人物。黒見嵯高校の緑色のブレザー制服を適当に着崩した、なかなか精悍な面差しの屈強そうな青年に、真っ向からの強い眼差しを向けた桜庭であったが、

  「あっあっ、違うんですっ!」

 セナが慌てて二人の間に入った。二人とも上背があったため、小さなセナの丁度頭上で見交わされていた
(笑)鋭い眼光同士であったが、

  「この人はボクの事、助けてくれたんです。」

 誤解のないようにと懸命になって説明する。良く判らないままにここの奥の路地へと引き摺り込まれてしまったセナであり、桜庭さんたちから預かったお金を取り上げられたらどうしようかと震えていたところへ、この人が現れてくれたこと。あっと言う間に3人もいた不良さんを倒してしまって。それから…気が萎えてしまって泣き出した自分に付き合って、何とか落ち着くまでずっと傍らにいて待っててくれたこと。そんなこんなを説明するセナの背後から、すっとその気配が遠くなり、

  「え? ………あっ!」

 あのっとセナが声を掛けると、さっき見せてくれたあの…擽ったそうな苦笑をしつつ、

  「もう はぐれんなよ。」

 高校生のお兄ちゃんになったんだからな、と。ちょっとばかり からかうような言い回しをし、あばよとその場から立ち去った。軽快な足取りだったので、あっと言う間に買い物客の雑踏の中に紛れてしまい、
「あ………。」
 ボク、まだ ちゃんとお礼を言ってないのに。小さな肩をしょぼんと縮めたセナくんへ、

  「…なんだったら妖一に言伝てれば良いさ。」

 桜庭さんがそんな言いようをする。はい?と、何でここにいきなり蛭魔さんのお名前が出て来たんでしょうかと、小首を傾げて見せた後輩さんへ、

  「今のはね、十文字くんっていって、妖一のアメフトの後輩なの。」
  「………え?」

 意外なことを教えて下さった生徒会長さんであり、
「中学校までは相当なワルだったらしいんだけど、それでもね。アメフトだけは真剣にやってるってよ。」
 まあ、それを言うなら、妖一だって相当に幅を利かせてたらしいけど。何だか怖いことをちょろっと付け足してから、
「別に"子分"って訳じゃないんだろけど、此処いらで騒ぎを起こされちゃあ鬱陶しいからって、あっと言う間に目ぼしい不良は全員伸して。今じゃ"顔役"だって言うから凄いよねぇ。」
 くすくすと笑う桜庭さんだが、
「…蛭魔さんの後輩?」
 それで、高校の制服を着てたってことは………?

  「ボクと同い年…なんでしょうか。」

 あ、そうなるね。けろりと笑う桜庭さんだったけれど。高校に入学して まだ1カ月と経ってないのに、上級生を全部制圧しちゃっただなんて…。

  "…そんな怖い人だったんだ。"

 でもね。くすんくすんって泣き出したセナくんのすぐ間際に、同じようにしゃがみこんで。どうしたら良いのかなってちょっと困ったようなお顔をしながら、大きな手で時々そぉって頭を撫でてくれたよ。途中でお友達らしい人たちが来たのへ、伸びてる不良さんたちを任せて。そいでボクの手を取って、まだ路地の中にあった…小さな駄菓子屋さんまで連れてってくれて。何でも好きなもんを取りなって、ごろごろとチロルチョコの入ってたボール紙の箱を差し出してくれたの。…そうまで子供だって思われたのかな? でも、涙が止まったのも事実だし…。
おいおい そんなこんなを話していたら、

  「…油断も隙もねぇな、おい。」

 そんな声が傍らから割り込んで来て。そっちを見やると、
「あ。」
「蛭魔さん。」
 やはり、路地の入り口の壁に凭れ掛かって。腕組みをした格好にてこちらを見やっていた、白騎士の制服姿のやたら細っこい人影があった。

  "油断も隙も…?"

 っていうのは、どういうつもりなお言葉だったやら。間隙を行き来する買い物客の雑踏をかいくぐり、すぐ間際まで歩みを運んで来た色白金髪の麗人は、
「向こうで進の野郎が血相変えて探してたぞ。」
 顎をしゃくってそんなことを伝えて下さり、
「あっ!」
 いけない いけない、ボク、お買い物の途中だったんだ。物凄く前の時点まで記憶をフィードバックさせた小さな弟くん。二人の先輩へペコリとお辞儀をすると、蛭魔さんが示した方へとカーディガンの裾をひるがえしもってパタパタ駆けてゆく。そんな小さな背中を見送りつつ、

  「…十文字の野郎が助けたって?」
  「うん。」

 ここいら締めてるんだもん、彼にしてみりゃ当然のことなんだろけどサ。何だか、後にまだ何か続けたそうな言いようをする桜庭くんであり、
「…何だよ。」
 中途半端な物言いだなと、吊り上がった淡灰色の眸を眇めた恋人さんへ、


  「だってさ、やっぱ口惜しいじゃんか。
   妖一がボク以外に付き合ってる子なんだもん。」

   ………………………… はい?


 な、何だか、それって物凄い発言じゃないのでしょうか。

  「くだくだ言うならお前とは切れるからな。」
  「…やだもん。」

 こちらはずっと、どこか淡々としたお顔のままに。セナくんが駆けていった方ばかりを見やっていた桜庭くんが、やっとのことで妖一さんと向かい合い、

  「今日は遊んでくれるんでしょ?」

 ふわりと微笑って見せて…美人な恋人さんを苦笑させる。





  ――― まあ、良いけどな。………あ、けど。
       なに?
       俺、明後日試合あっからな。
       む〜〜〜、またお泊まり無し?
       しゃあねぇだろが。負けたら責任取ってくれんのかよ。
       うう…。何で毎週毎週、それも週末に試合があんのさ!
       俺に怒るな、文句だったら協会に言え。




  な、なんと言いますか。
  相変わらずに、
  どっか変で どっかミステリアスな、彼らであるご様子です。




   〜Fine〜  04.3.16.〜3.17.


   *さてさて、やっとご登場いただきました十文字くんでして。
    最近の彼の活躍ぶりに、
    どっかで主要な扱いで出したいなって思ってたんですが、
    …選りにも選って、この話のこんな役どころです。
(苦笑)
    さて、十セナになるか、それとも十ヒルになるのか、
    先々でのお楽しみということで………。
こらこら


back.gif