アドニスたちの庭にて  〜 緑陰、色濃し
 

 

 重なり合った若葉の隙間から零れ落ちてくる木洩れ陽が、光のモザイクみたいで目映い。朝の内はそれは透き通っていた陽射しがどんどんと力を増すにつれ、木陰の色も濃くなって。頭上で さわさわわとポプラの梢が揺れるたび、真っ黒な髪やら純白の体操着に包まれた頼もしい肩やらへ、小さな金貨みたいな陽溜まりが不意に現れるのが、少し離れた傍から見る分には妙に印象的だった。

  「…あれって、進だよね。」

 あんなとこで何やってんだろ、と。前髪の一房だけ器用に立ち上げた、やわらかな亜麻色の髪を時折吹きすぎる涼風になぶらせながら、生徒会棟"緑陰館"に向かっていた足を つと止めたのは、生徒会長の桜庭春人さんである。彼の視線の先には緑陰館の名前の元にもなっているポプラの樹があって、味わいのある洋館の傍らにその長身を健やかに伸ばしている。萌え初めの柔らかな緑がやさしい陰を落としている木下闇には、こちらへ そのよく張った雄々しい肩先と背中の端っこを覗かせる角度にて腰を下ろしている、剣道部二年の偉丈夫さんの姿が見えており。彼も生徒会の面子なのだから、此処まで来たなら中へ入ればいいのにねと、小首を傾げつつ足取りを速め、
「し…。」
 気安く声をかけようとした桜庭くんへ。肩越し、こちらへと振り向いた黒髪の偉丈夫さんは。無言のままに"す…っ"と、そのよくよく引き締まって無駄口を一切叩かない きりりとした口許へ、人差し指を立てて見せる。
"…え?"
 そんな格好にてこちらを向いたことで彼の懐ろがわずかに開き、そこにいた"もう一人"の姿が目に入った。ぶかぶかのジャージにくるまれて、お膝の上へ足元からすっぽりと抱えられ、広くてやや堅いだろう頼もしい胸板に、ふかふかだろう頬をくっつけ小さな肩も寄せてと、すっかりその身を凭れかけさせて。ふにゃんと蕩けそうになって転寝の真っ最中であるらしき、小さな少年こそ、この偉丈夫さんこと進清十郎さんと"絆の誓約"を結んだ可愛らしい弟くん、一年生の小早川瀬那くんである。
「おやおや。」
 桜庭くんから少し遅れて歩みを運んだ、執行部部長の高見伊知郎さんも、微笑ましげな二人の様子へ声を低めてくすくすと微笑い、
「球技大会の練習でしたか。」
 二人ともが体操服姿なのへピンと来たらしきことを囁かれる。間近に迫った"青葉祭"で、セナくんはドッジボールに出るらしいと、この緑陰館でも決まったその日に話してくれていたのだが、
「進とドッジボールの練習?」
 途端に、さも意外そうに 尚のこと眉を寄せたのが桜庭くんだ。その語調の大仰さへ、ご本人から…無言のままながらも、物言いたげな"ジロリ"という攻撃的な視線を向けられても、さすがは幼なじみで怯むこともなく。
「だって、進て遠慮を知らない剛腕じゃないか。」
 遠慮もなしに すっぱりと言い放つ。要領が悪いというのか、これもまた一種の不器用さなのか。この偉丈夫、頑迷そうなその見た目のまんま、手加減というものをよく知らない男でもあって。まさかにいちいち渾身の力を込めるような真似までは そうそうしないとはいえ、球技ではいつもかなりの重いボールを投げる。サッカーでゴールキーパーを任せたら味方も泡を食って遠くへ逃げるほどだし、バスケットもハンドボールも…以下同文。
おいおい バレーボールではサーブとスパイク専門要員として重宝がられているそうだが、ボールのラリー状態にでもなろうものなら"味方殺しのトス"などという不名誉な名前で恐れられてたりするそうで。(笑)
「遠投させれば凄いんですけれどもね。」
 サッカーでは一度、ゴールからのGKパスがそのまま相手ゴールのネットへ弾丸のように突っ込んだことがあり、遠慮がちな言い方をした高見さんの台詞へかぶせて、
「団体競技に向いてるんだか向いてないんだか。」
 桜庭くんが肩をすくめた次第である。このお話ではフットボール部ではなく剣道部の進さんですしね。
(苦笑) そんな彼なので、ドッジボールなんていう学童向けの競技自体は彼向きなのかもしれないながら、この小さな弟くんと向かい合っての練習だなんて到底無理な話だろうにと、思ったところを正直に口にした桜庭だったらしかったのだが。人を何だと思っているのだと、あまり動じない彼には珍しくも 判りやすくムッとしたようなお顔になった当のご本人よりも先んじて、

  「大丈夫らしいぜ。」

 そんなお声が挟まって。おやと振り返れば、
「あ、妖一〜〜〜vv」
 まだ一応は合服着用の義務がある期間だというのに、濃紺の詰襟制服をすっかりと脱いだ上で肩に引っかけ、彼らの輪の少し後方に立っていたのが、やはり二年生の蛭魔妖一さん。現生徒会の隠密であり、会長の愛人でもあ…………×××××

  「? どしたんだろ? モーリンさん。」
  「さてな。」

 俺は知らないと、細い肩をひょいと竦めてから、
「さっきまでの練習とやらを通りすがりに見ていたが、この剛腕野郎め、壊れものでも扱うみたいに やわいパスしか投げねぇんだかんな。」
 現金な奴だとなと くつくつと笑う、金髪の諜報部員さんである。…あんた今、ト書き部分へ"ジャマー"流したわねっ。
おいおい 筆者からの抗議は聞き流し、いやん
「まま、怪我させられちゃあ俺も困るからな。」
 むしろ助かると言いたげな付け足しをした彼だったのは、
「そっか。蛭魔くんもB組でしたね。」
 学年を縦割りにする共同競技のバレーボールでは、このセナくんと同じ組。それで尚のこと注意して観察していたんですねと高見さんが苦笑する。
「縦割り競技で勝ったチームには、文化祭での参加優先権が与えられますからね。」
「あ、そっか。」
 ここ、白騎士学園の文化祭は高等部のものと大学部のもの、双方ともに大掛かりで華やかな催しとして有名で。だが、例えば模擬店などは学年で1軒までというような制限がある。食品を扱う特殊な出し物な上に、各運動部がこぞって…もはや伝統になっている出店を たんと出すので、数が増えれば監視や管理が難しくなるためであり。そういった制限ものへの優先権と出店場所を選ぶ権利をも勝ち取れるとあって、お祭り好きの三年生辺りは結構張り切るらしい。
「妖一も模擬店がやりたいの?」
 というか。風来坊よろしく、飄々としているクセして学校行事に関心があろうとは意外だなぁと、深色の眸を見張った桜庭くんへ、
「展示だの寸劇だのは準備期間からバタバタして鬱陶しいからな。」
 その点、模擬店だと前日の設営と当日が忙しいだけだから…なんて言いようをする彼だけれど、
"そんな言い方をして、どうせ当日の当番だってバックれるくせに。"
 何たって男子校。お祭り大好きという気風も勿論ありはするが、それよりも。お客様としてやって来る、ご近所のかわいい他校生(女子限定)がお目当てだという手合いが張り切る種目だ。だからこそ人気も高いのだろうが、
「一年や二年はそういうのにまだ関心がないからか、遊び心の方が勝るのか。最近は"ウェイトレス"の仮装をして客集めをする傾向があるそうですからね。」
 ウケ狙いにも限度があるから、人選には要注意という一種の"挑戦"ですが。
(笑)
「そっか。文化祭には入場者アンケートがあるからね。」
 そっちでも獲得票の多い出し物へは表彰があって、学年毎の1位には学内にある小じゃれたカフェテリアで使える"お好み食券"1週間分が一人ずつに進呈されるとか。
「秋の限定メニューは格別ですものね。」
「あれって隣町にある調理師専門学校の生徒が作ってる卒業課題なんだってな。」
「そうそう。一応の費用制限があるとはいえ、毎年毎年手が込んでるんだってねぇ。」
 な、何だかお話がどんどんと逸れていってるような気が。

  「まだ半年も先の秋の話はともかく。」

 強引に話を戻して下さってありがとう、桜庭くん。
「でも、そんなに凄まじい特訓をした訳?」
 見ていた蛭魔も"手加減していた"と言っていた。それに このおチビさん、なかなかスタミナがある方で、いつだってお元気にたかたかと、動き惜しみをしないで駆け回っており、そんな"働き者さん"な姿には皆して感心しているほどだのに。
「授業中の転寝とは次元が違うでしょ?」
 いくら くたくたになったといっても、出先の、しかも学校でこうまでぐっすりと午睡をしてしまうだなんて、よくせきのことではなかろうか。責めている訳ではない。むしろ心配げに、すぐ傍らへと屈み込んで愛らしい寝顔を見やる桜庭へ、
「そんなにも気持ち良いのかね、このお兄さんの膝の上ってのは。」
 蛭魔が楽しそうな苦笑つきにて茶々を入れ、
「そういえば、セナくんのクラス。練習用にってコートを割り当てられた時間帯が早朝ばかりだった筈ですよ。」
 高見がそうと思い出した。昨日の朝も今朝方もと、今と同じ体操着姿の彼から朝のご挨拶をされたのでちょっと調べてみたらしく、
「確か、今日で3日連続の筈です。」
「あやや、偏っちゃったもんだね。」
 これでも名高い名門校で、入学する時の競争率も結構高く。よって、この少子化の御時勢にあっても生徒には困っておらず、縦割り競技が例年のこととして成立するほど、今時には珍しくも1つの学年に結構なクラス数がある高校。よって、練習希望へのグラウンドの振り分けは、学年ごちゃ混ぜの公正なくじ引きで決められているのだが、
「ドッジボールにバスケット、フットサルという指定3競技の全てが結構な広さを必要としますからね。1チームでは練習にならないだろうからって、アトランダムに2クラス1組っていう振り分けにしていますが、それでもスペースが足りてなかったみたいなんですよね。」
 それでと設けた早朝枠であり、これで全部のクラスやグループに均等に練習の場を割り振れたのは良いけれど。選りにも選ってそんな時間帯にばかり当たっていたとは、お気の毒というもので。
「それにしたって、この寝方って。」
 さすがにこうまで間近い視線や声が多少は刺激になるのか、時折"ふにに…"と小声で唸っては身じろいだりもするのだが。進のものだろう大きめのジャージにくるまれたまま、小さな肢体をより縮めては、頼もしい懐ろの奥へ奥へと擦り寄ってゆくばかりで、起きる兆しは全くない。
「きっと加減を知らねぇ張り切りようなんじゃねぇのか?」
 くつくつと笑う蛭魔に、成程ねぇと他の方々も声を押し殺しての苦笑をし、そんな周囲からの視線も物ともせぬままに、くうくうと眠り続ける小さな少年へ、桜庭会長、蕩けそうな優しい視線をあらためて差し向ける。

  「何かさ、ペットショップの仔犬や仔猫のケージの前って離れがたいと思わない?」

 時折こぼれる木洩れ陽に照らされて、温かそうな色に染まっているふかふかの髪。ちょっぴり拗ねたような形に立っている輪郭の唇は仄かな緋の色を少し濃くしていて、浅く合わさった隙間からちらりと覗くは真珠の白か。小さな顎を引き、こちらも柔らかそうな頬を凭れている頼もしい胸板にふにふにとくっつけており、軽く伏せられた睫毛の陰がその頬の縁に落ちている。小さな手を無造作に胸元に載せ、力なく萎えた腕や脚を深みのある懐ろへと造作もなく抱え込まれて。小さな肢体を丸めて眠る、いかにも幼い子供のようなポーズが、そぉっと覗き込んでいる者には何とも言えず堪らない愛くるしさで。正に"小動物"の無垢なる愛らしさにて、小さなセナくんがうにうにと小さく身じろぎをするたびに、女子高生のように"可愛い可愛いvv"と声なき歓声を上げる会長様の後ろ襟をむんずと掴んで、
「おら。俺らは中で待ってようぜ。」
「え〜〜〜。もうちょっと良いじゃんか。」
「ダメですよ、会長。」
 ちゃっちゃとお仕事を片付けていただかないと、あっと言う間に"青葉祭"当日になってしまいます。
「またまた"決済地獄"に嵌まってしまっても良ろしいのですか?」
「うう…。」
 高見さんまでもが急かしたことで、お母様とお父様に手を引かれたおもちゃ売り場前のお子様よろしく
(笑)、会長様も渋々ながら立ち上がり。3人がすぐ傍らの緑陰館へと立ち去って………。


  「……………。」


 蛭魔が見ていたとは気がつかなかったなと、小さく小さく…ちょいと見には判らないくらいの微かに、唇の端にて苦笑をする進さんである。小汗をかいたための休憩にとこの木陰に並んで座って…さして時間も経たない内に、くうくうと舟を漕ぎ始めた小さな練習相手。そのままでは汗が冷えないかと思い、起こさぬように引き寄せようと そぉっと…手を伸ばせば、かくりと首が大きく倒れても目を覚まさぬほどの熟睡ぶり。早朝練習の話は先に聞いてはいたので、成程なと やや安心し、ジャージを着せて膝の上へと抱えてやった次第なのだが。

  "……………。"

 ボールを渡し合っていた時のやりとりを思い出して、ついの苦笑が再び零れる。間を空けて向かい合ったは良かったが、あまりに小さな彼を見てから…ハッとした。桜庭や蛭魔のちょいと失礼な言いようのその通り、やっぱり加減が分からなくって。まるで花壇に咲く可憐なお花へ目がけてボールを投げようとしているような気分に駆られ、それでと、ふんわりとした山なりのボールばかりを放ると、

  『もうっ。進さん、手加減してませんか?』

 柔らかな頬をぷくりと膨らませ、これじゃあ練習になりませんと、もうもうと怒って見せた愛らしい子。初めてのお祭り行事に心からワクワクしているらしく、それでの勢いがついてのことだろう。いつもは遠慮がちな大人しい甘え方ばかりする子が、初めて遠慮のない物言いをしてくれた。ぷくりとした肉つきの柔らかそうな口許を少ぉし尖らせて、も一回投げて下さいと放り返されるボールの球威がさして強くはなかったので、その力加減を参考に何度か投げてみて、やっと"そうそう、これくらいのですよvv"というお墨付きをいただいて。それから、

  『…あっ。////////

 我に返ったかのように、途端に真っ赤になった可愛らしい子。すみませんっ、生意気な言い方しちゃって、どうしよう、あのあの、ボク…と、すぐ傍らまで飛んで来て。視線を下に俯いて、自分の体操着の裾をもじもじといじっていた姿が、愛らしかったが気になって。

  『こら。』
  『あ…。////////

 いつもの如くに小さな顎をひょいと持ち上げ、ほんの少しだけ瞳を緩めれば。セナの側でも察しは早くて、困り顔がほわりと…今度はちょっぴり嬉しそうな桜色に染まったのが、何とも可憐で愛惜しかった。

  "…少しずつ、か。"

 少しずつ、少しずつ。彼から自分への遠慮や畏怖という垣根が低くなってゆくのが、もどかしいやら擽ったいやら。これでも気の長い方だと我慢強い方だと思っていたのに、
「う…ん。」
 そおと抱えた稚
いとけない温みが、後れ毛を擽られて身じろぎしては小さな寝言のような呟きを零すたび、桜庭が言っていた"見飽きない愛らしさ"とやらに、ぎゅうぎゅうと胸の奥を締めつけられては困ったような笑みが洩れてしようがない。今までのずっと、遠く離れて見守って来た存在。幾度となく、その傍らへ寄り添いたいと思ったものの我慢して来た、その感情。今にして思うと…さほどに頑張って圧し殺していた訳でもなかったと思う。だのに。もう我慢しなくても良いのだとなった今、どうしてだろうか、その頃よりも厳しい禁忌を自らへ唱えねばならなくなった。以前は知られてはいなかった想い。それが素通しになり、彼の側からも慕ってくれて。ただの"想い"が確固たる"絆"になったからこその重みであり、ずっしりと充実していはするけれど、それと同時にこれまで以上に意識をし、大切にせねばならなくもなった。何しろ直に触れているもの。ちょっとでも至らねば、あっさり壊れたり傷ついてしまうかもしれない繊細なセナだから。大雑把で荒くたいばかりな自分は、他でもない自分のこの手で…心ない言動で彼を傷つけてしまいかねないかも知れず。
"…柄にない、か。"
 そんなことは最初から判っていた筈で、それでもこの子が愛惜しいから、何にでも耐える覚悟は山とある頼もしい お兄様。これは差し詰め、その手初めの贅沢な苦痛という代物なのかもと、愛らしいセナくんの寝顔を…爽やかな風の吹き抜ける木陰にて、ただただ見守っているのだが。


  ――― 一体 これのどの辺が、
       覚悟の必要な"苦行"なんでしょうかねぇ?
(苦笑)








           ***



 お邪魔虫がいつまでも"野次馬"していては無粋だからと、緑陰館へ入っていった生徒会幹部の皆様だったが、
「妖一ってばサ、セナくんに随分ご執心じゃない?」
 ちろりんと。斜めに構えた視線を、自分の恋人さんへと投げた生徒会長さんであり、
「何だよ、薮から棒に。」
「別に〜。」
 古びた軋みの音が鳴る階段、ぎしぎしと先に駆け上がってく、すらりとした長身の精悍な背中を見送って。

  "独占欲が強いのは相変わらずだよな、こいつ。"

 根っから悪い奴ではないのだけれど、嫉妬の気持ちがあんまり度を越すと、あの可愛らしい子を相手にだってどんな八つ当たりをするか判ったもんじゃないと来て。本来の自分の柄ではないけれど、これは気をつけなくてはなと、溜息混じりに秘かに心する諜報部員様であったりするのである。いやはや、どちらさんも何かと大変なんだねぇvv ワクワクやドキドキがいっぱい詰まった、青い季節でございます。







  〜Fine〜  04.3.26.〜4.1.


  *何かこっちの蛭魔さんて、どんどんと人格が変わってってないか?
うぬぬ
   それはともかく。
   何だかこのところのウチの進さん、影が薄いなと思いまして。
  『月の子供』の"第一の山場"での活躍を前に、
   じゃあ他のお話では他の人を…と動かしてたら、
   進さんは寡黙さばかりがぐんと発揮されてしまってたんですね。

ご感想は こちらへvv**


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