初夏めいた陽射しの強さに比例してだろう、そよぐ風に遊ばれて柔らかそうな葉が揺れているポプラの木陰も色濃くて。学舎からは少しばかり離れた場所だから、関係者以外は滅多に近寄らず。そんなせいで人目も届かず、ある意味"安心感"があるからだろうか、
「進さん、大丈夫ですか?」
「…ああ。」
緑陰館の屋根裏ロフトにて、何にか狼狽しかかったそのあおり、勢いよく立ち上がったその結果として、低い天井にまともに頭をぶつけてしまった、瀬那くんの"お兄様"こと、進清十郎さん。特に切ったりするような怪我はなかったようだが、大掃除からは免除され、ちっと休んでろと皆様から外へ追い出されてしまい、
『ホントにしようのない奴だよな。悪いけどセナくん、見ててやってよ。』
桜庭さんからもそうと言われたものだから、氷嚢ひょうのうを作ってさし上げて、涼しい木陰にてお手当てにと励んでいる。
「思いきり ぶつけたんですもの、痛かったでしょう?」
同じように座れば少しは身長差も縮むため、進さんが胡座をかいてるすぐ傍らに膝立ちになって、お兄様の大切な頭の痛かったろう箇所へ、そぉっと"ふうふう"と息を吹きかけてあげるセナであったのだが、
「//////// い、いや、もう本当に大丈夫だから…。」
日頃から寡黙な人ではあるけれど、それでもね。お口を開けば手短にきちんとお話ししてくださる人であった筈。それが…何だか しどもどという心許ない口調になった清十郎さんで。此処に他の皆様が居合わせたなら、何とも珍しいことよと呆れつつ、だがだが、揃って苦笑なさったに違いない。それというのも、セナくんのその所作、頼もしい肩にちょこりと小さな手を添えての"膝立ち姿勢"であったため、ふうふうというリズムに合わせて…ついのことだろうが、小さな温もりがぐ〜んと間近に寄っては離れるというのを何度も何度も繰り返しており。お互いにまとった夏の制服、薄い木綿ブロードのシャツ越しに、甘い香りのする存在がたいそう間近になるのが、何だか…落ち着けないお兄様であるらしい。
『いつぞやは、しっかとお膝に抱えてたのは誰だっけ。』
転寝しちゃった小さな弟くんを、涼しいからと"風避け"代わり、その懐ろへちゃっかりと抱きかかえてた人なのにねと。それとの違いを笑われたことだろう。あれは完全に"風邪を引かないように"という無垢な気持ちからの行為であり、加えて、自分の側から起こした行動だったから…何も意識するところはなかったのでしょうか。
「でも…。」
心配するあまり、自分の方からいつになく大接近しているという"車間距離"に依然として気づかぬまま、セナくんが心配そうなお顔をする。何たって、自分の目の前でごっつんとやらかしたお兄様だ。この、剣道界では名の通った豪腕剣士さんが、文字通り"頭を抱えて"しばし蹲うずくまってしまった図という、世にも珍しいものを目の当たりにし、まだ少々動転してしまってもいるのだろう。眉を下げて、うるうると琥珀色の眸を潤ませるセナくんの、木洩れ陽に温められた柔らかな前髪をぽふぽふと撫でてやり、
「先の大会の決勝戦で面を一本取られた時は、
こんなもんじゃないくらいの衝撃を浴びたからな。」
だから…このくらいは平気と、小さく口許をほころばせた進さんだったのだが、
「………え?」
おやや? セナくんのリアクションが、ちょっと変です。それは愛らしくも"かくり"と小首を傾げて見せて、大きな瞳を尚も大きく見開いている。どうした?と。進さんが目顔で問うと、
「あ…えと。///////」
あれあれ、考え違いをしてたかなというお顔になったセナくん、
「あの…進さんて、高校生になってから一度も負けたことないと思ってたんですよ。」
でも、一本取られたって。それも決勝戦出? それって、こないだの試合では負けちゃったてことでしょうかと、おずおずと訊いたセナくんへ、…ああと、やっと得心がいったらしきお兄様、
「剣道の立ち合いは、先に2本取った方が勝ちだ。」
「あ…。///////」
正確には、制限時間内に2本取るか、もしくは片方のみが1本取っていた場合に勝ちとする。だからして、優勝した人だって打ち込まれて1本取られている場合はある訳で。
「ご、ごめんなさいっ! ///////」
なんてこと。お兄様がずっとずっと打ち込んでらっしゃる武道なのに、そんな簡単なルールも知らなかったなんて、と。小さなセナくん、真っ赤になっておろおろと大きに狼狽しまったが、
「仕方がない。小早川は試合を観に来たことがないからな。」
「うう…。///////」
気にするなと、大きな手のひらが髪を撫でて下さる。あのね、進さんたちの試合は何も平日にばかり開催される訳じゃない。だから、行こうと思えば観に行けたの。でも、それさえしなかったセナを知らず責める格好になった一言ではなくて、
「恥ずかしかったのだろう?」
「……………はい。///////」
だって、セナのお友達が剣道部にいた訳じゃなかったから。
『あれ? なんでお前、こんなとこに居るの?』
そんな風に訊かれたらどうしようって、それが恥ずかしくて、中等部時代も、それから去年の大会も一度として観に行けなかったの。それに、
"お一人で"型"の剣舞をなさってるのを観るのが一番好きだったし…。"
空手や合気道などでは良く知られているが、実は剣道にもそういう部門がある。基本の竹刀捌きの色々をきちんと体得しているのかを示すもので、進さんの見せる安定した中に鮮烈な切れのある動きや居住まいの示す見事な"機能美"には、いつも ほうと溜息混じりに見とれたものだ。
「…ふみ。///////」
やさしい頼もしい進さん。中等部に上がってどんどんと背が伸び、雄々しくなられて。あっと言う間に屈強精悍な青年になった進さんは、威容さえ感じさせるほどの印象的な存在感でもって、人々の群れから抜きん出たところに立っていらして。ずっとずっと、遠くから見ていることしか出来なかった人だったのに。今では何と、セナの大事な"お兄様"で。こんなにも間近にいて、セナのためだけに ほこりと微笑って下さって。
"なんか夢みたいだな…。///////"
ずっとずっと見ていたよと、言ってくれた。傍にいて守ってあげたいと言って下さった。何にも出来ない、こんなにもひ弱な子なのにね。
"………だから、なのかな?"
そういえば。先程、お掃除に入る前。進さんはこんな一言を口にした。
『………大きくなってしまうのか?』
セナがも少し背丈が伸びるかもというお話へ、何だか…思いも拠らなかったというお顔をなさったようだったけれど。もしかして…進さんは小さい子がお好みなのかしら。チマってしてて可愛いから、ボクのこと、好きでいて下さるのかしら。
「…あの。」
そんなこと、訊いちゃいけないって思ったけれど、でもなんかね。例えば…進さんには桜庭さんていうとっても綺麗で素敵なお友達がいる。可愛らしくなくなったら、見向きもされなくなるのかなって、何だかちょこっと心配になっちゃったの。
「進さんは、あの…ボクが小さい方が良いですか?」
ん?と。小首を傾げる進さんへ、
「あのあの、大きくなったら嫌ですか?」
えいっと、思い切って訊いてみた。すると、
「そんなことはないぞ。」
きっぱりと。いやいや、不思議なことを訊くんだなというお声で応じて下さって。
「ただ。」
「ただ?」
「小早川は小さい子だからな。
小さい子が好きなのではなくて、小早川が小さいから、
ああ小さいと可愛いのだなと思うだけだが。」
「えと…。//////」
何だか複雑なような、いやいや、単純なのかしら? 言葉が足らないんだか、多いんだか、そんなお言いようをなさるお兄様だったけれど。セナくんにはちゃんと通じているらしく。真っ赤になって困ったように…恥ずかしそうに笑って見せる。ああ、そうですね。こんなにも稚く、こんなにも愛らしい子。ずっとずっと見守って来た、優しくて一途な子。だから愛惜しくて堪らない清十郎さんなんでしょうね。
――― ざ…っ、さわっ。
ポプラの梢が風に揺れて、やわらかな木洩れ陽のモザイクが躍る。随分と色濃くなった木陰にも、金色の光が時折降りそそぐ。頼もしいお兄様と かあいらしい弟さんとを擽るように照らすその光は。いつまでも仲良くねと、祝福してくれているようにも見える、綺麗な綺麗な初夏の構図でありましたvv
おまけ 
「そりゃやっぱ、小さい子の方が可愛いよねvv チマってしててサ♪」
「そうさな。お前みたいに無駄に大きくてもな。」
「何だよ、無駄にってのは。」
「持て余すわ鬱陶しいわで、困るだろうなと。」
「ひっど〜〜っい!」(あははvv)
「構わんだろ、幸いにして俺の好みの範疇だったらしいんだから。」
「う………。///////」
してやったりと、にまにまと笑う妖一さんだが、
ウチの桜庭くんだもんな、やっぱ天然ボケなのね。う〜んう〜ん
〜Fine〜 04.6.14.
*ホントは『しゃれ劇場』に使おうと思ってたのですが、
存外と長い展開になったので、お話としてUPしました。
何だかんだ言って、いちゃついてるだけな人たちです。
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