アドニスたちの庭にて  〜 閑 話 A
 



          




 幼稚舎から大学院までの一貫教育を、随分と昔から続けている、ミッション系のとある男子校。戦時中はさすがに…神道一色になった世情の中でキリスト系施設を存続させるのはよろしくなかろうということで、こそりと閉鎖状態におかれたものの、戦後は復興に呼応するかの如く、いち早く再開されて。主に財閥や政界関係者の子息たちが通う、ブルジョア系のお坊ちゃん学校としてその名が通っているものの、校風は開けっ広げで健やかに明るく。質実剛健なんて一応掲げてあるものの、大学部の学園祭にはアイドルだって呼んじゃうくらいに、今時風な柔軟さも併せ持つ、この御時勢に ある意味余裕たっぷりの学園であり。とはいえ、さすがは歴史ある学校。色々と他では見られないような、しきたりだとか伝統だとかも隠し持つ、侮れない一面もちらりほらりと。…おのれ、伊賀者かっ。
おいおい いやそのえっと、ごほんげほん。そうではなくって…この学園の高等部にのみ、秘やかに伝わる"絆の誓約"というのがありまして。心細げでどこか覚束ない風情の下級生を上級生が見初めて"弟"とし、学校内での保護監督を担い、校則や礼儀などを教え、人との関わり方などなどを指導する。弟として保護された下級生は、原則として…他の上級生がイジメや何やで手を出さないように、周囲の他のお兄様方も協力して見守って下さるとか、お兄様が無理強いをなさった場合は自分の側から関係を解消することが出来るとか。これもまた明文化されてはいないものの、数々のオプションもあるらしいと口伝にて伝わっているというから…暇というのか平和というのか。こらこら

  ――― ボクが守ってあげましょう、判らないことがあったらお訊きなさい。

 その"弟"を見初めた上級生は、自分が守ってあげるからと申し出て、相手からのOKを受けるとお互いの校章を交換する。入学年度によって色の違う校章なため、襟に並んだ学年章との組み合わせが違えば、ああこの人には弟がいるな、お兄様がいるのだなという目印になるという仕組み。………そうは言っても今のこの時代、男女間の交際だって昔に比べれば随分と開放的になっているのだからして。そんな古き良き時代の古風な代物なんか、すっかり風化しているものと思いきや。飛び切り愛らしい下級生や政財界の有力権力者の子息なんかへは、熱い求愛が降るようにそそがれるというから…判り安いんだか、判りにくいんだか。


  ――― そしてそして。


 そんな伝統の下、それは愛らしい新入生の小早川瀬那くんを巡っての、ちょっとしたドタバタがあった。ちょっぴり大人しくって愛くるしいセナくんに、複数の"お兄様候補"が名乗りを上げたがっていたらしく。だが、どういう訳だか、誰も直接にはなかなか申し出ない。そんな奇妙な緊迫感の中で、初等科時代から8年間も片思いしていたセナくんを、そのお相手の進さんの側でも…実はずっとずっと見守って来たことが判明し、不器用さん同士のじれったい恋心が何とか通じ合って事なきを得て。今はもうもう、誰に憚ることもないまま、幸せ一杯の弟くんとお兄様である模様。

  『そういえば。』

 そんな すっとんぱったんが収まってからの数日後。ふと、セナが何かに気がついたらしくって。

  『どうしたの?』

 お声を掛けて下さったご本人、生徒会長さんへと訊いてみたのが、

  『桜庭さんて、一年生の時、あのその…お申し出されなかったんですか?』

 有名財閥の御曹司だし、タレントさんとしてデビューしたのは中等部時代からだったから、一年生の時には既にご本人自体も有名人でもあった筈。今でこそ随分と上背のある青年っぽい容姿をなさっているけれど、それでもね。あまり骨ばらない、やさしい面差しをなさっているから、上級生の方々にしてみれば…守ってあげたい無邪気な"弟"候補として、申し分なかった対象だったろうにと、そんなことへと気がついてしまったらしきセナだったのだが。

  『だってボクは入学してすぐにも、
   妖一をどうやって落とそうかって、それしか考えてなかったからねvv
  『…ははぁ。////////

 もしかしたら。求愛したかった人も、あるいは居たのかも知れませんが…。
『きっと、桜庭くんの蛭魔くんを追っかける気魄に負けちゃったんでしょうねvv
 高見さんたら、そんな…思い切りのいい笑顔で、それはそれは朗らかに仰有らなくっても。
(笑)
『なんて根性のないっ。』
『お〜い、妖一。何でそこで君が憤慨するのかなぁ?』


  ――― 閑話休題。
それはともかく






 熱くて重たいティーポットは進さんへとお任せして、カップを温めたお茶のセットをトレイに載せて二階のお部屋まで帰った来たセナくんへ、
「あ、クッキー、いただいてますよ?」
 高見さんの丁寧なお声がかかる。見やると例のクッキーは、テーブルの上、大きめの白磁のお皿に綺麗に広げられていた。紙袋から半分ほどを移して下さったらしく、全部でも良かったのにとセナが言い足したものの、そこはさすがにご遠慮なさったのだろう。高見さんも大人の味ですねと褒めて下さって、桜庭さんはバターの風味が立ってて、ボクもこっちの方が好みかなって言って下さった。何より、次々に手が伸びるのが、口先だけのお追従じゃない証拠、かな?

  「進、早く食べないとなくなっちゃうぞ。セナくんのお手製クッキーvv
  「僕たちが作ったあれよりずっと上等ですよ?」

 桜庭さんたちのお言葉に、セナくん、あらためてハッとした。

  ――― あ。

 そっか。蛭魔さんが作ったってことは、高見さんや桜庭さんや、そしてそして進さんだって、去年作ったってことになる?
"うわ〜〜〜、そんな構図って なんか蛭魔さんの場合以上に想像出来ないよう。"
 筆者がいつもの"こらこら"という突っ込みを入れそうな、そんな とんでもない感慨を胸に覚えていたセナくんだったが、

  "………あ。"

 進さんの手がお皿へと伸びたのを見て、ついつい息を呑んでしまう。早くも初等科時代から、甘いのお嫌いな人だったものね。運動会で皆に配られたオレンジジュース、彼は持参した緑茶を飲んでいて、結局ジュースの方は封も切らなかったのを知っている。一体どうやってもぐり込むのやら、毎年のように隣りの女子校からロッカーや下駄箱へと届くバレンタインのチョコレートの山も、中等部時代からこっち、帰り道に立ち寄る交番へ"落とし物"として届けている彼だと知っている。彼へという宛名を書いたカードがついていても、覚えのない人が言伝てもなく置いてったものには触れる訳にはいきませんと、断固として引かず。半ば迫力でもって遺失物として引き取らせている、至って強腰な人。…って、そういう細かい事実までもを知っているだなんて、もしかしてセナくんもストーカー行為をしていたのでしょうか。
(笑) そんなまでして甘いものを拒む人が、自分なんかが作った出来損ないのクッキーを食べてくれるなんてと、ドキドキしつつ見つめるセナくんであり。さくりと齧って、もくもく。残りを口に入れて、黙ったまま もぐもぐ。

  「……………。」×@

 ついつい、他の方々までもが固唾を呑んで見守ってしまった微妙な沈黙を物ともせず。セナくんが淹れてくれた紅茶を、砂糖も入れずに静かに口にして………おもむろに一言。

  「…うん。これなら食える。」

   ………おいおい。

 いつだって凛然と顔を上げ、今時の若者とは思えないくらいに…まるで古風な武士のように重厚な存在感のある進清十郎さんは。それは威風堂々としていらっしゃりつつも、強き自負の下に静謐なる佇まいをした、無駄口を一切利かない人でもあって。寡黙で口下手な彼なのは皆も重々承知していることなれど………いくら何でもそれって、ねえ?
(苦笑) よって、言った途端に、残りの3人からの非難の目が向いたのは言うまでもない。他に言いようはないのかという、言葉を選ばないかという、こんの無神経男がという、抗議や非難や窘たしなめの籠もった視線だったのだが、そんな一方で、

  「ありがとうございますvv

 そうまで言葉足らずな寸評でも嬉しいセナくんであるらしい。にこにこという音がしそうなほどに満開の笑顔を見せた彼であり。真意はちゃんと通じているからか、それとも…大好きな進からの言なら何でも構わないのか。

  "やっぱ、恋って凄いよなぁ。"

 理屈とか何とか全然要らないままに、何でも肯定されちゃってんだもんなぁ、と。感慨深げに頷く人がいたりして。
(笑) そのまま幸せの淡い桜色の霞がかかってしまいそうになった執務室だったものの、

  「さあて、美味しいお菓子の差し入れで落ち着いたところで。」

 高見さんが絶妙なタイミングにて場の空気を立て直して、もうすぐやってくる連休に催される、新入生歓迎のお祭り"青葉祭"の打ち合わせが始まった。このところは連日これにかかり切りの皆様であり、進さんは剣道部の、高見さんも英語研究部の部活動を一時お休みになってらっしゃるほど。

  「セナくんも手伝って下さいね。」
  「あ、はいっvv

 各クラスに配布する書類のコピーや、その書類自体に誤字がないかを確認する読み合わせなどなど、お手伝い出来るお仕事はたくさんあるのだそうで。セナくんにも"ふぬぬ"と思わずの気合いが入る。可愛らしいマスコットくんの加入によって、大人びた皆様のお顔も柔らかくほころんで。春も爛漫。窓辺に揺れるポプラの梢も さわさわと小さく微笑っているようだった。




  ――― 季節は 淡くも甘やかな春から 鮮やかで爽やかな初夏へ。
       緑陰ますます色を深める 青い季節へと、
       彼らを包む 風と時、音もないまま切なくも流れつつあった…。





  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


    「セナくんは、進のことを"お兄様"って呼ばないんだね。」
    「あ、えっと、あの………。////////
    「…っていうか、今時、そんな風に呼んでる奴なんか いるのか?」
    「そ、そうですよう。」
    「だってサ。セナくんがそんな風に呼んでるトコ、一度くらいは見たいじゃない。」
    「そんなぁ…。/////
    「確かに、そうと呼ぶセナくんは愛らしいかも知れませんが…。」
    「が?」
    「呼ばれる側の反応が、僕は恐ろしかったりしますけど?」


      「………成程なぁ。」


      ――― おいおい、あんたたち。
    (苦笑)



  〜Fine〜  04.2.18.〜2.20.


  *何しろ この顔触れですんで、
   当分の間は からかい半分に遊ばれてそうな、弟くんと そのお兄様ですが。
   純真なセナくんはともかく、
   お兄様の方は…いい加減にしとかないと後が怖いと思います。
(笑)


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