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ぽかぽかと温かい。ここんとこのここいらは、結構な速足で秋めいて来ていて。ちょっとした拍子に油断をすると風邪を拾いかねないくらい肌寒かったのが。気まぐれにもまた少しほど季節が戻ったかと思うほど、今日は朝から、陽だまりにずっといると暑いくらいの陽光が降っていて。こちとら、あんまり良い体調という訳でもなかったので、学校に来はしたものの、午前中は机に突っ伏す格好で転寝して過ごした彼であり。何とか持ち直した昼休みを、スポーツドリンクと購買で買ったサンドイッチで済ませて、さて………。
「………んぅ。」
そんなに時間は経っていなさそうながら、結構深く熟睡出来たよなと。降りそそぐ陽光の目映さを、白い小手を額あたりへかざすようにして遮りつつ、うっすらと眸を開けたのとほぼ同時。
“……………んん?”
鼻先に何かほやほやしたものが見えた。それに、懐ろに何か…感触はそうでもないが中身が柔らかそうなものを、ふわんと抱えているような気が。ほんの数センチほど、顔はそのまま目線だけを下げたところが、
「あ、あの…。」
「…っ☆」
見覚えが重々ある、でっかい瞳と鉢合わせる。
「な…っ!」
小さくて頼りない肢体をした下級生。芝草の絨毯をベッドにして寝転んだ記憶はちゃんとあるが、一体いつの間にこの子を添い寝の相手に招いたのか。今にも“ごめんなさい〜”と言い出したげな、申し訳なさげに眉を下げた表情をしてはいるが。他の誰かさんならともかくも、自分へこうまでの甘えっぷりを示す子ではない筈だから、
“あちゃ〜〜〜。”
これは…もしかしなくとも、自分が寝ぼけてやらかしたことならしいと、瞬時に悟った金髪の悪魔さん。だけれど、そんな癪なことを認めるのもまた癪だったから、
「こんの野郎が〜〜〜。」
「ひゃあ〜〜…。///////」
冗談半分、抱えたままになってた腕の輪をきゅううっと縮めて、いつものおふざけよろしく“ハグ”の真似事へと持ってゆく。陽に暖められた側はともかく、地面へ直に寝転ぶのは、実は案外体を冷やすもの。
「馬鹿だな、お前。」
何を悠長に付き合ってるんだと、お叱りの言葉を続けかけてハッとする。いくら校舎から離れている空間だといったって、あまりに静かすぎるから。それで気がついたのが、
「…って、授業、始まってんじゃんかよ。」
一番肝心なことを思い出し、驚きながら がばっと身を起こせば。その勢いに振り落とされるようにこちらの腕から滑り落ち、すとんと芝の上へお尻を落とした小さなセナであり。
「どうして起こさなかったんだ。」
こっちの方こそ勢い込んで、肩を揺するようにして訊いてしまった蛭魔さん。幼稚舎からのずっと此処に通っているという、生え抜きの“白騎士生徒”のセナだから、サボタージュなんて一回だってやったことはなかろうに。校則や先生の仰有ることは世間様で通じている“法律”以上のものとして、絶対に守らねばと肌に馴染んで身についてるような子であるものが、何でまた…そんな大胆なことをしたのかが腑に落ちない。
「…うっと。///////」
こうして問い詰めている自分を見やるお顔も、さして逼迫してはいなくって。どちらかと言えば、授業をサボったことよりも、蛭魔に誤解され“何をべたべたくっついてやがる”と、そういう方向で怒られないかと、それが怖くて萎縮していた彼だったらしくって、
「あのあの、すいません。」
予鈴が鳴ったのに起きて下さらなかったから、このままだともしかして、蛭魔さんまで授業に遅れちゃうよねって思いはしたんですけれど。そうと早口で言いつのった小さな後輩くんは、
「でも何だか。起こしちゃうのが忍びなくって。」
「はあ?」
だって蛭魔さん、凄い気持ち良さそうになさってらして。ひなたぼっこしてる金色の猫みたいで、綺麗で可愛く…あ、や、あのその。///////
「起こすのがいけないことみたいに思えたんですよう。」
それにボクの方までほかほかして来て、このまま寝ちゃいたいなって思っちゃって、と。驚いたことには、セナくん自身もつられて少しだけ、ほんの十数分ほど此処で一緒に眠っていたらしいから、この子も案外と肝が太いのかも知れなくて。
「何だかドキドキしちゃいました♪」
先生に叱られちゃいますね、でも、ついついお寝坊しましたって、ホントのこと、正直に言えば良いんですし。ドキドキしたと言いつつ妙にはしゃいでいるところ、この坊や、案外と度胸があるんでないかいと、
“…やっぱ、生粋のお坊ちゃまってのは よく判らん。”
俺んチは所詮“成り上がり”だからな〜、こういうところで生まれの差ってのが出て負けるんだろうな〜、心しておかんとな〜と。妙に関心した反動で、すっかり毒気を抜かれた観のある、金髪痩躯の敏腕諜報員さんであり。
“ったく、どいつもこいつも…。”
俺なんて どうしようもない人間なのにな。関わったって良いことなんて一つもない。感情を捨てて、世を拗ねて。寄って来んなと咬みつくために、隙を見せないためにと、相手に真っ向から向かい合っているような、全然可愛げのない奴だってのにな。こいつといい、あいつといい、何でまた俺なんぞにもわざわざ懐くかな。こうまで屈託がない奴だから、あの鉄面皮の朴念仁も易々と射止められて、8年も見守ってたってことなのかな。そんなこんなを思うと、我知らずの苦笑が口許や頬に滲んで来て、どんなに噛み殺しても止まらない。
「蛭魔さん?」
「…何でもねぇよ。」
もう五時限目も終わりそうだから、六時限目はちゃんと出な。黒みの強いのが潤んで見えるほどな、それは大きな瞳に向けて、半ばは誤魔化すように にやっと笑いかければ、
「蛭魔さんも。」
六時限目、出るんでしょ? 他意のない微笑を向けられて、ああしまった、わざわざ説教めかして言わんでもこいつならちゃんと授業にも出るんだ、要らないこと言ったばっかりに…と。寝起きで不調な悪魔さん、う〜〜〜っと困り顔になったものの、
――― ま・いっか。
こんな格好で言いくるめられるのも悪かない。天使に逆らうとろくなことがないというしと、それこそ柄にないことを思いつつ、丸ぁるいおでこへ額を合わせ、クスクスと笑い合うお二人さんだったりするのである。
◆◇◆
“…ああ、しまった。時刻表を調べてなかった。”
ちょいと野暮用があって、遠出をする予定が出来た。道程は把握出来ているが、途中で乗ることとなる快速の出る時間が判らない。無為に時間を潰すのも馬鹿らしいし、何より待ち合わせの相手がいること、下手に乗り継ぎに失敗して約束した時間に遅れるのはまずいからと、携帯を開いてi−モードで調べようとしたのだが、
“…あ。”
間が悪い時は重なるものなのか、電源が切れかけている。朝も早よから気が付いたのが、良かったやら悪かったやら。チッと舌打ちしつつも、怒っていても始まらないからと。とりあえず…電話は充電器に差し込んで、仕方がないかとノートタイプのPCを開いた。これもまた、このアパートを譲ってくれた従兄弟の置き土産。なんとキチンと電話ケーブルにつないで使っていたらしいため、携帯を繋がなくてもよく、宿題だ課題だというものへの本格的な検索には助かっているものの、ヤフオクやオンラインゲームなどなどには関心もないので、日頃はあんまり使ってはいなくって。
“ま、メールタイプのへの一番安い契約だしな。”
こういう非常時に助かっているのでと、そのまま自分も使い続けているのだけれど。このところはあまり開かなかったよな、結構バタバタしてたもんなと、慣れた手順で起動させ、ネットにつないで路線を確認。平日の昼下がりなのでと心配した快速の時刻表もチェックし終えて。さて、これで終わりだと回線を切りかけた手が止まったのは、画面の上部に開いていた横長のダイアログに視線が留まったから。どこかのプロバイダのトップへのリンクが張ってあるのだろう、お馴染みのボックスで。最新のニュースが何行か並んでいたのだが、その中に、
“………へえ〜。”
ついつい関心を引かれたものがあった。こんな時期に何でだろうな。もしかして来季に日本でもゲームを開催するって話のかな。プロ野球では開幕戦を日本でやったりしてもいるが、アメフトでそれってのはまだ早いだろうにと。そんなこんな思いながらクリックした先は、そのニュースの詳細を展開したページになっており。アメリカNFLのとあるチームのゼネラルマネージャーが、某テレビ局の招きで来日中という記事が写真付きで扱われている。丁度今頃というと、NFLも本番真っ只中もいいところ。なのに何でまた、結構有名で今シーズンもいい戦績を出しているチームの関係者が、呑気にも日本なんかに来ているのかなと意外に感じて。その記事の側でも“?”がついた記述が多いので、早さだけが取り柄、真相までは掴んでいないらしかったのだけれど。こんな風にアメフトがらみの話が、ネット上とはいえ“ニュース・トピックス”として日本で扱われるようになるとはねなんて、そっちだけで妙に嬉しくなった彼であり。
“続報とかあるかもしれないから、小まめにチェックしとこうか。”
あいつならとっくにキャッチしている話なんだろうな。ああでも、昨夜は潰れてたんだしな。それでなくてもここんトコは、学校行事に向けての手配だなんだで、関係者でもないのに忙しいとこぼしてた。案外と“世間の動向”なんていうマクロなことへは目が向いてないかもだななんて、漠然と考えていた彼のその眸が、
“……………え?”
その記事へと添えられてあった写真へと釘付けになった。自分は直接逢ったことがない人だけれど。彼本人もまた、思い出したくないのか自分にはあまり話してくれず、何の折だったかに学生アメフトの古いグラフ雑誌で姿を見て“ふ〜ん”なんて思った程度の“見覚え”だったのだけれども。
“これって…。”
そんなに鮮明な写真じゃあない。拡大しても粒子が荒れるだけのところをみると、担当記者が遠くから勝手に撮った代物であるらしく。それでも、
“似て…ねぇか?”
アメリカから来た人物だというのも、符合しないではない条件付けだ。ゼネラルマネージャーとやらの名前は立派なアメリカ風だったから、それではこの人物は、
“通訳とか、秘書とか?”
ワイシャツにネクタイという恰好からしても、そんな役どころを匂わせる。ああ、どうしよう。気になり始めると妙に頭から離れない。何たって、あの彼がずっとずっと、見ないようにしようという形でずっとずっと、思い出すまいと思うことでずっとずっと、意識し続けている人物のことなだけに。そうそう簡単には振り払えず、さりとて…。
“直接訊くってのもなぁ。”
そっと肩越しに見やったのが、隣りの部屋へと通じている戸口。恐らくは二日酔いのせいで、なかなか目覚めないでいる“彼”が、何も知らないままに寝入っている部屋だ。今の彼にこれを確かめさせるなんて、ちょっと酷だよなと十文字は溜息をつく。そうだったならともかく…違ったら? いつまでもなかなか塞がらないその傷へ、塩をなすることにならないか?
“…しゃあねぇか。”
依然として気になりはしているものの、今は押さえて。彼に正すという形ではない方法で確かめた方が良いだろうと、心当たりを何人か脳裏に並べる。そんなタイミングへ、
「…あれ?」
問題の部屋の方から、小さく声が立ったので。慌ててPCの電源を切ると、充電中の携帯電話を制服の上着のポケットへとねじ込んで。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、
“落ち着け、落ち着け。”
平生の顔でいなければと。深呼吸してから足を運んだ。
「あ、起きたな。
…ったくよ。ほんの30分遅刻しただけで、あの様はないだろうがよ…。」
〜Fine〜 04.11.11.〜11.15.
*あんまり日を置いてもなんですので、
例のお話、続きを急ごうと思いまして。
でもでも、進セナの香りがここんとこ薄いのも寂しかったので、
前半で思いっきり、セナくんに惚気ていただきましたvv
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