アドニスたちの庭にて “緑風、颯はやてA

 


          




 人はいつまでも純真無垢ではいられない。親の言い付けを守り、先生がいけないって言ってたよと、大人の中でも特に格のある偉い人の言葉を、まんま“人であるためのお守り”みたいに順守するのも、せいぜい一桁までの年齢が限度だろう。都合が悪いのに融通を迫られたり、自分の力不足に足元を掬われたりして、ついつい嘘をついたり誤魔化そうとしたり。そんな“汚れ”を罪悪だとし、後ろめたく思うのも最初のうちだけ。みんなだって同んなじじゃないか、少しくらいの嘘は仕方がないって。そうやって自分へ言い訳をし、同じ想いを抱えた仲間を見つけ合って、要領のいい“大人”になってくもんで。そんな切っ掛けはむしろ早く迎えた方がいい。大きくなってからだと、それだけ痛みも大きいから。自分が信じて来たものを、そのまま信じてちゃいけないんだよって、足元から掬われるんだもの。そんな大きな衝撃は、ゲシュタルト崩壊を招きかねない挫折感となり、人によってはトラウマにだって成りかねないし、事によっては…清濁合わせ呑めない純粋さの強さのあまりに歪みが生じて、過激な原理主義に走る恐れだってあるのかも?

  “そんな大仰な話じゃあないんだけれど…。”

 それでも…ついつい思い出すのは。随分と早い時期から優等生でいようとした自分と違い、健悟は随分と遅くまで天真爛漫なままでいたクチだったということ。その巨大な権勢や影響力を誇示するためにと“愛国心”という言葉をかざしつつ、実は徹底した“個人主義”がまかり通ってるアメリカは、なればこその自由の国だ実力主義の国だと開放的に見せといて…実は結構“階級意識”の根強い国でもあったから。どんなに家庭が裕福だろうと、本人に飛び抜けた才能があろうと、少数派の異邦人
マイノリティだってだけで…勝手に色眼鏡越しに見られても、それが普通で当然で。そんな環境下にあって、立派な有色人種カラードの日本人だってのに、よくもまあ十代半ばまで無垢なままでいられた、正に奇跡のような子供だった。
『笑ってるお顔が一番好きだよvv』
『そうそう。ケンゴが笑うと皆が幸せになるからね、』
 決して過保護なのではなく、ただ…夢をたくさん食べて、誰よりも高く羽ばたいておくれという、親や周囲の大人たちからの豊かな愛情にのみ くるまれて育った子供。現実世界のシビアで厳しい面も、それなりの年になればなったなり、ちゃんと知ってはいたらしいが、まだ直接触れたことはなかったというような。まだまだ余力があったからと、少年のまま、純白の羽で軽やかに飛び続けていた彼だったのだが。



 いくら周囲の人々からの愛情に恵まれていてのこととはいえ、そのままでいるにはそろそろ限界かもしれない年齢であったところへ、選りにも選って家族から引き離されてという単独で、日本なんていう“異郷”へやられたもんだから。様々な障壁に弾かれて、当初は相当凹んでしまっていた彼だったらしい。はっきりとしたいじめがあった訳ではなかったらしいが、あまりにオープンでがさつな、強気の振る舞いばかりを通すものだから、こいつには 思いやりでくるむという“日本の常識”が通じないと決めつけられて。一ヶ月もしないうち、誰からも親身には相手にされなくなってしまったのだそうで。はっきりと突き放す訳ではないながら、何がいけないのかを直接指摘してくれない、揶揄もしてくれない。上っ面ばかりが優しげな、そんな湿っぽさへの居心地の悪さに。強気の彼とて すっかりと辟易していたのだろう、そんな時、

  『お弁当、一緒に食べない?』

 ぶっきらぼうではあるけれど動き惜しみをしない、そんな部活の後輩さんを、素直な天真爛漫で明るい子だと、すんなり把握してくれた小さな先輩さん。こちらさんは自分とは逆で、人気が有り過ぎたがために間近にまでは近寄り難いとされていた、そりゃあ可愛らしい人が、
『独り同士でお揃いでしょ?』
 そうと言って自ら手を伸べてくれたのが、そりゃあ嬉しかったって、
“喧しいくらい、メールで寄越して来やがってよ。”
 彼らはまだ知らなかったことだけれど、小さなアイドルさんもまた やっかみからの苛めを受けたことがあったから。勿論、根が優しい子だろうと思ったのが先なんだろうけれど、遠い異郷で独りでいる姿が何だか気の毒にと思いもしたのだそうで、
『ホントはさ、準備室の整理、手伝わせたかったからだろ。』
 彼にしてみりゃ他意はなく、ただ明けっ広げが過ぎるだけ。とはいえ、直截な物言いは確かに少々思いやりに欠けて聞こえるし、一歳でも年上ならば格上の“先輩”だというのに、そんなことを考慮しているとは思えないような口利きをする健悟へ、
『えと、うん。棚にも手が届かないおチビだからね。』
 年下からのぞんざいな口利きに遇っても、ちょっぴり及び腰な笑い方をするくらいで、いちいちムッとしたりはしなかったセナであったらしいのだけれど。でも、そこはやっぱり先輩さんだったから、見て見ぬ振りはせずに通した。どうして周囲と行き違っちゃったのかも、一緒に考えてくれた。周囲の子らが“先輩にタメグチなんて失礼だよ”と忠告したのへ、
『敬語だって? どんな奴か判らないうちから媚びを売るなんて真っ平だ。』
 ともすれば頑迷なほど、そうと言って憚らなかったし譲らなかった健悟だったが、
『うん、媚びるのはボクも勧めたくはないな。』
 セナはそんな風に前おいてから、
『ただね、敬語っていうのは、何も…相手を持ち上げたり自分をよく見てもらうためにばかり使うものじゃない。例えば謙遜するのは、自分を冷静に律して、自分の力や器を把握するためでもあるのだし。』
 こんな風に、一応の注意はツボを逃さずキチンキチンと授けた人でもあったそうで。そんな結果、
『目上には、へりくだって わきまわるんだってサ。』
 正しくは“わきまえる”と言われたのを、変梃りんな言い回しで覚えてしまった後輩くんだったが。そんな心根を焦らずやんわりと教えて下さった“お説教”さえもが、当時の健悟には相当嬉しかったらしい。

  “…そうだな。俺にもそこまでは出来なかったかもな。”

 そんなことがこなせるような“大人”ではないからだけれど。一緒にやんちゃをやろうと持ちかけたり、機嫌や意見が噛み合わなくての喧嘩をすることはあっても、教科書に出て来そうな正論とやら、わざわざ語ったことは一度としてなかったし。むしろ、親しいからこその辛辣さを差し向けて、挑発ばかりしていた方かも。
“…俺もガキってことかもな。”
 好きな子の気を引こうとして、意地悪をしたり悪口を言ったり。相手に自分を印象づけたいけれど、いかんせん構い方をよく知らなくて。好きなら撫でれば良いのに、好きってこと、バレるのはヤだからって叩いてしまう天の邪鬼。嫌われるに決まっているのに、お馬鹿なものを選んでしまうような、救いようのない子供と一緒だなと。こんなにも小さいのに偉大な先輩さんを前にして、重々思い知らされたらしき筧くんの気持ちも知らず、
「あ、これ。持って来てくれたんだ。」
「うん。読みたいって言ってたでしょ?」
 でもでも、思い出したんだけど。水町くんてば台詞のやりとりのあるトコしか読んでなかったんじゃなかったっけ? ありゃ、バレてた? やっぱり〜、だって話してて辻褄が合わなくなることが結構あったもん。途中で相手側に寝返ったシノビのハリアーのこと、ずっとずっと味方だって思ってたろ。うん、だってハリアーって、柳姫のことが好きだったじゃない。そんな奴が姫の父上の陣営を裏切る筈ないって思ってサ。
“………一体どんな小説なんだろう。”
 ホンマにね。
(苦笑) 1年間逢えずにいたブランクなんてどこへやら。屈託のない会話を淀みなく紡ぎ続ける天然さん二人には、どんなに我慢してもこらえ切れない苦笑がついつい浮かんでしまう筧くんであり。そんなタイミングにこっちを向いたセナと眸が合い、
「ああ、えっと、その…。」
 こほんと咳払いをして誤魔化してから、
「小早川さんは青葉祭では何に出るんです?」
 話題を変えがてらに訊いてみた。来週にも迫ったゴールデンウィークに催されることとなっている、此処、白騎士学園高等部恒例の、新入生歓迎の全校球技大会のことで、
「ボクはバレーボールだよ。」
 にっこり笑った先輩さんへ、
「おや。」
「あららvv」
 この反応はもしかして。
「まさか二人とも? 背丈あるから?」
「っていうか、ウチのクラスってバレー部が多いんだ。」
 補欠だろうがレギュラーだろうが関係なく、部員はハンデとして所属している部の種目には出られない。それでそうなったのと言う水町くんに、う〜〜〜っと唸って、
「負けないんだから。」
 おお、こんな小さいのに敵うと思っているのだろうか。
(笑) これは蓋が開いてから分かったことだが、セナのいる2−Bはバスケとドッジボール、フットサルに力を入れたらしく、その煽りで…全チーム中、一番平均身長が低いバレーチームになったそうだが(苦笑)、それもともかく。
「ホンットに負けないんだからねっ。」
 勇ましい勝利宣言(?)をして、びしっと二人を指さした先輩さんではあったのだけれど。それじゃあそろそろ帰りましょうかと石の長椅子から立ち上がれば、一気に身長差が出来てしまって、

  「やっぱり…勝つのは難しいのかな。」

   こらこら、もうそれかい。
(苦笑)







            ◇



 校舎の前でじゃあねと別れて、自分たちは体育の授業だからと、ロッカー室経由で更衣室へ足を運んだ。男ばかりの学校だけれど、それでも自分たちの長身は目を引くらしく、教室移動の時になど、先輩なのだろう顔も知らない手合いから、珍しい生き物でも見るかのような、無遠慮な視線が飛んで来ることもしばしばで。
“思いやりでくるむものなんて偉そうに言うほど、徹底されてる訳でもないじゃないかよな。”
 かつて健悟を爪弾きにした連中の態度や言い分とやらをそこに重ねて、結構傲慢なもんだよなと…思いはしても顔にさえ出さない。慎重で冷静、悪い言い方で誰も信用していないような節のある自分が、なのに、
「駿?」
 子供っぽい屈託のなさからだとはいえ、随分と傍若無人なところもある幼なじみの彼だけは…懐ろ深く潜り込んで来たって警戒を感じない。家族同然という過ごし方をして来てお互いの気心が知れていて、裏表がない奴だからというのもあったけど。それ以外にも何かがあって。

  ――― こちらから捕まえておきたいと唯一思ってる存在。

 妙に冷静で早々と大人びてしまったその延長、自己防衛の盾を築き、到底“素直”でなんかいられなくなった自分と違い、いつまでも子供で溌剌としていた目映いほど健やかなところに憧れたのか、それとも。無垢であることに潜む、これからいかようにも汚れやすい、そんな身の危うさに惹かれてしまったということならば、やっぱり素直ではない自分なのか。自分の行動にでさえ、そんな裏表を洞察するような人間だから、
“だから…なんだろうな。”
 いつまでも子供で、でもそれが煙たくはない。むしろ、そうでいてほしい奴。穢れのない彼が傍らにあるということが、自分の周囲に乾いた清潔を招いてくれるような気さえする。

  “実質は、散らかしまくり汚しまくりのガキだけどな。”

 くつくつと笑えば“何だよ、何か面白いものがみえたのか?”と、脱ぎかけてた靴下から注意を逸らし、好奇心旺盛な大きな眸をこちらへと不躾なまでに向けて来るやんちゃ坊主。何でもねぇよと振り払い、途端にぷうと膨れた頬を指先でぐいと押して、とっとと着替えなと急かしてやる。更衣室にはクラスメートたちの姿もほとんど無いし、そうこう言う内に予鈴も鳴った。そんな室内を見回してから、

  「………で?」

 あらたまって訊いて来た健悟の真意はやはりあっさりと伝わって。
「で?、じゃねぇよ。全部人に任せ切りやがって。」
 それは分かりやすくも目許を眇めた駿からの不平へ、
「言ったろ、俺にはそういう…内偵とかするのなんて無理だって。」
 しかも ましてや、小早川サンが間近に居るよな天国なんだもん〜〜〜vvっと やに下がり、完全に職務放棄の構えを見せるのかと思いきや、
「目を引く存在らしいからサ。意識して聞いて回らなくたって、ある程度の肩書は俺にも掴めてるんだけど。」
「…こら。」
 叱咤の声を飛ばされても“へへへっ”と笑って意に介さず、満面の笑みを見せる無邪気な相棒さんであり、

  「…ま・いっか。」

 ちゃんと関心はあるままなのは良いとして、それならそれで不用意に近づくのはご法度だからな。何だよ面倒だな、調べろって言ったり近づくななんて言ったりしてよ。やっぱ駿に任せる。なんだと…と、やはり意味深な言葉をやり取りしている彼らであるようで。


   ――― はてさて。






to be continued.











   おまけ



 ………さてとて。こちらは毎度お馴染み、緑陰館のお二階の執務室。さして時間帯もズレてはいないため、こちらでもやはり昼食をとっておいでの皆様であり、
「そういえば。」
 この春先から中華料理に凝っているというお母様お手製の、二段重ねの塗りのお弁当箱を机に広げていた桜庭会長が、横手に座してた幼なじみさんへお行儀悪くも箸の先を向けて見せ、
「最近、セナくんてばお昼休みには来てくれないね。」
 今みたいに行事前の忙しい時って、お手伝いのついでって感じで、ほとんど毎日みたいにお顔を見せに来てくれてたのにネ。まるで副会長さんの責任のような言及へ、ご本人さんは…黙々と箸を動かしていらっしゃるばかり。茶道のお家元だから、お食事のマナーにも厳しいご家庭なのでしょうか。
“単なるシカトだって。”
 だって、セナくんが色々とお喋りを振り向けるのへは、随分とやにさがってるからね、こいつ…と。そんな風に辛辣なまでのお言いようとなられた会長さんだが。………やにさがってる進さんって、ちょっと想像が追いつきませんです、はい。
(苦笑)
「まま、今年はお仕事の方だってそんなにも立て込んではないでしょう。」
 執行部の陣営が自分たち同様に去年度と変わっていないため、昨年の蓄積が物をいい、それはてきぱきと手際がいい。そんなおかげで、首脳部の方々の負担も一気に減っているというこの春なのだが。
「けどサ。」
 感受性の豊かな会長さんと致しましては。当たり前のようにずっと傍らにいてくれた可愛らしいお顔が、前触れなしに居なくなったのが、やっぱりつまらないのだろう。
「セナくんチの玉子焼きって、凄んごく美味しかったんだもんvv
 こらこら、あんたもかい。
(苦笑) さては時々つまみ食いしていたな?
“やだな、人聞きの悪い。”
 ちゃんと“一対一”で取り替えっこしてましたと、筆者に念を押してから、
「二年生になったのをキリに、お弁当を辞めて学食で食べてるのかなぁ?」
「そういえばいつも一緒のあの野球部の男の子も、めでたくレギュラーになれたそうですしね。」
 そんな彼が昼休みも練習にグラウンドへ出向いてしまうのでと、他のお友達と食べるようになったのかもね。そうそう、他のお友達といえば、
「このところ下級生の子たちと一緒にいるのを見かけますよね。」
「ああ、あの凄く背丈のある子たちだろ?」
 そっか、もしかしてあの子たちと食べてるのかな? そうかも知れないですね。茶髪の方の子とは中等部にいた時のお友達だったってお話でしたから、久し振りに逢えて懐かしいんでしょうね…と。さらりと交わされていた二人のやり取りに、


  「………っ!!」

  「…何でそんなにも大仰に愕然とするかな、このお兄様は。」


 日頃の鉄仮面ぶりはどうした、さっきとは打って変わって箸まで取り落としてからにと。進の見せたそりゃあ珍しいほど判りやすい“驚き”の表現体へと、いっそ呆れた桜庭会長へ。
「それも言うなら“鉄面皮”ですよ。」
 一応の訂正を入れてから、
「僕らが彼らを知っていたことが意外だったようですよ?」
 しょうがないなぁという苦笑を、くすすと口許に浮かべた高見さんの仰有りようは、まだ穏やかなそれだったが。一方の桜庭さんはといえば、
「そっちの方が失敬だよな。」
 情報力では歴代随一の生徒会だってことを持ち出すまでもなく、あんなまで目立つ新入生たちに僕らが全然全く気づいてないって思ってたの? 妖一に調べてもらうまでもないほどのフラグつき注目株だってのに、それに気づかないほどのトンチキだと思われてたんだね…と。不機嫌ですというお顔を隠しもせず、目許を眇めてむっかりとして見せる会長様であり、
“そういえば、蛭魔くんもこのところお昼休みには来ませんよね。”
 ということは…八つ当たりですな、こりゃ。
(苦笑) 恋は人をいかようにも塗り替えると言いますが、どちらさんも一端の男衆でありながら、こんなにまで呆気なくも振り回されているところがまた可愛らしいことと、すっかり傍観者という態勢にて、にっこり微笑った執行部長さんだったそうですよvv




   〜Fine〜 05.4.22.〜4.24.



  *何だか途中でごちゃごちゃになってますな。
   一気に勢いで書いたもんで。(うう…。)
   お元気印の水町くんに引き換え、筧くんはやっぱり難しいキャラです、まだ。
   寡黙な人って、ホント、何を考えてるんだか。
   (だから、ウチの進さんはどんどん“変な人”になってくんだろうか?)
おいおい

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