待ち合わせ。U 〜おまけ劇場
 


 きちんとセットされてあった髪が頭の下で押し潰されて、その根元が柔らかくうねり、金の髪がソファーの濃色の布の上で渦を巻いている。それに縁取られた白いお顔が、目を伏せて…少し苦しげに細い眉を寄せている。
「…ん、んん。」
 最初のうちは抗いを込めて肩の先に添えられていた白い手。今は、片方は力なくパタリとすべり落ちており、もう片方は…無意識のうちだろう、すがりつくようにこちらのセーターの胸板辺りを やわく掴みしめている。脱ぎかけのコートの上で、この綺麗な痩躯がもがいていたのも1分ほどのこと。今はくったりと力なく、大きな体の下に組み敷かれているばかり。ツンと澄まして怒っていたのを、帰途の道々に何とか宥められたものだからホッとして。お久し振りのリビングに入るなり、搦め捕った腕の中に抱きすくめての軽いキスから…ついつい勢いに乗ってしまって、このソファーへと倒れ込み。顔ごと逃げようとするのを執拗に追って、口唇をねじ伏せて、何度も何度も緋色の美肉を味わった。懐ろの中で うんうんともがく柔らかい抵抗さえもが甘くて嬉しい擽ったさで。甘えるような鼻声がしたのへ、それさえ食べ尽くしてやろうという勢いで柔らかな唇を制覇し、そのまま歯列の間へと舌をすべり込ませて口腔内を制圧する。同じ温度に温かな、薄い舌を搦め捕って…深く吸い上げ堪能すれば、相手からの抵抗もあっさりと影を潜めてしまい、こうなればこちらのペース…かと思いきや。

  「…あのな。」

 まだ少し名残り惜しかったけど、それでも唇を離して白いお顔を覗き込めば。軽くながら こつんと、綺麗な拳でおでこを叩かれた。こっちを見上げる眼差しも…縁を赤く染めた目許こそ、わずかほど甘く潤みかけてもいたけれど、それでも芯は冴えたままであり。
"呑まれなくなったなぁ。"
 少し前なら、これでもう"何が何やら…"という感じになって流されちゃってた人なのにね。それどころか、
「これだって立派な"力づく"だぞ?」
 ありゃりゃ、鋭いご指摘。叱られちゃった。
「えと…ごめんなさい。」
 力づくなんてしたら口利いてやらないって約束してたのは、いまだに有効。あやや、どうしようって今頃になって胸の奥がひんやりしてくる桜庭くんだったけど。でもでも、これは仕方がない。だって、とても愛しい人なんだもの。好きで好きでたまらない人。金色の前髪を透かして覗く、賢そうな白い額の下には、切れ上がった目許に綺麗な淡いグレーの瞳。真っ直ぐ見つめられるのへ照れ隠しに視線を逸らして、そのまま伏し目がちになると、長い睫毛の陰が白い頬の縁に落ちる。内側に品のいい光沢をひそめた象牙のように、それはきめの細かい白い肌は、触れれば向こうから吸いついてくるほどで。するんとなめらかな弓形
ゆみなりに保たれたまま、細い顎にまで続いている少し冷たい頬や、細い鼻梁や肉薄な口許のなんと妖冶なことか。玲瓏っていうんだよ、こういう、透き通るような綺麗さのこと。こんな素敵な、しかも恋しくてたまらない人に、2週間も間を空けた久方ぶりで逢えたんだもの。つい…体が止まらなかったの。しょぼんと肩を落としての"ごめんなさい"が効いたのか、
「…ん。」
 今回は不問に付してくれるのらしく、吐息混じりの短いお声と共に撓やかな腕が伸ばされて来て、あらためてこちらの肩へと掴まる。それがどういう意味かをきちんと読み取って、彼の細い背中へまで腕を差し込んだ桜庭くん。すくい上げるように身を起こしてやって、脱いでる途中だったコートを後ろへと引き抜いて差し上げる。その間、座り直した彼の懐ろの中に掻い込まれる格好になっていた"愛しの妖一サマ"はと言えば、
"しょうがない奴だな、まったく。"
 性懲りもなく…とか何とか思いつつ、でも、何だか和んだお顔になっていて。くしゃくしゃになった髪を綺麗な指の手櫛で簡単に梳くと、そのまま、こちらの懐ろに頬をくっつけたままでいてくれる。随分と手放しで甘えてくれるようになったなぁって嬉しくなる。日頃の彼は、そりゃあもう。セナくんにも言ったように、凄っごく我儘で豪快なくらいに俺様で、頭も切れるし何となれば…奥の手のマシンガン掃射なんていう禁じ手も繰り出せちゃう、もうもう無茶苦茶な人なんだけど。毅然とした態度でそれを差し向ける人だから、薄っぺらなチンピラの脅しとかやんちゃとかとは一味違ってて。しかも、どこかで理路整然とした理屈とか、逆に…公開されても良いのかななんていう、それは恐ろしい"内緒の裏書き"とかがくっついて来るもんだから、逆らえる人って…まずはいない。そんな人がサ、向こうから懐ろにもぐり込んで来てくれるの。こっちが甘えかかっても"しょうがないなぁ"って顔で許してくれるの。これって凄くない?


    「ねぇ、さっきはさ。」
    「んん?」
    「セナくんを楽しませてたボクに妬いたの?
     それとも、ボクなんかと嬉しそうに話してたセナくんに妬いたの?」
    「まぁた、そういう…。」
    「だって気になるもん。」


 こんな風な、気持ちを試すみたいなこと、少し前だったら怖くて訊けなかったな。嫌われるのが、疎まれるのが、何よりも怖かったからね。答えを待って腕の中を覗き込むと、
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。あ、まさか苛めてたんじゃなかろうな。」
「そんなことしないよう。」
 ほら、そうやって庇うじゃないのと、またぞろ拗ねたくなった…性懲りのないアイドルさんだったが、

  「…チビは、お前とは違う。」

 こちらの懐ろへと頬を伏せたまま、妖一は静かな声でそうと言った。
「………。」
 どういう意味だろ。ちょっと複雑な気分のままで待つと、
「あいつは、ただ元気で笑っててくれりゃあいい。ちーと鈍臭いのが頼りないが、進の野郎もついてるしな。思う通りに好きなことをしててくれりゃあ良い。」
 お母さんみたいなことを言い、くくっと短く笑ってから、

  「けどな、お前は違うんだよ。」

 声の輪郭がはっきりしたのは、妖一が顔を上げたから。見下ろしてたこちらと視線が合ってもまじろがず、
「お前は…居てくれないと俺が困る。俺がどうにかなっちまう。」
 だからその…と語尾と視線が少しだけ萎みかかったのへ、こちらから追いついて手を差し伸べるの。
「…うん。判った。////////
 あんまり"好き"とか直接的な言葉では言ってくれないけれど、彼にとっては精一杯の、こういう言い方がほわんと嬉しい。ちょっとだけ弱みを滲ませての言いようだなんて、この"俺様"さんが まずはしなかろう言い回しだもの。ちょっとだけ困ったような、照れたお顔で言ってくれるのが、たまらなく嬉しい桜庭で。判ったよって応じたのへ、ほっとしたらしき妖一さんは、

  「だからってこともないんだがな。」
  「???」

 あれれ? まだ何か? 小首を傾げて見下ろすと、
「その、芸能界ってとこでは…スポンサーとか大物俳優とかの中に、仕事を回してほしけりゃ…その、一晩付き合えなんて無理を言い出す奴がいるらしいが。」
 慣れぬ話題だからか少々口ごもる蛭魔くんに、ありゃりゃと春人も鼻白らむ。

  "妖一ってばよく気がついたよな、そんなこと。"

 まあ、確かにそういう話はよく聞くし、小綺麗な若い子たちがここぞと集まってる場でもあるから、そっちの傾向がある人には垂涎の場なのかも。ボクは"ホモ"じゃないから、そういう情報には疎いんだけど。やっぱりそういうのってちょっと怖いなって思う。………え? 違うって。ボクの場合は、ただ、大好きな妖一がたまたま男の子だったってだけの話なんだし。そんなこんな思っていたら、

  「そういう話が降りかかって来たら、隠さないで俺に言え。何とかしてやる。」

 妖一さんの真っ直ぐなお声が届いた。凛と冴えた声。悪魔のような人が、正義の味方みたいなことを言う。
「そういうのって、やっぱ嫌い?」
 策士さんではあるけれど、そういうことへはまだまだ無垢な分だけ潔癖そうだもんなと感じつつ、一応訊いてみる桜庭くんへ。む〜んとどこか考えてるようなお顔になって。それから…こりこりと頭を掻きつつ、
「ん〜〜〜。まあ、そうやってのし上がるんだって覚悟してる奴もいるだろうしな。本人が納得してるんだったら、それは個人の勝手だからな。」
 困ったような顔で、だが、さほど嫌がってはいないという雰囲気を示す彼だったものだから。おや?と。ちょっと意外な感触だなぁと思ったところが、

  「ただ、お前だけはダメだかんな。」

 畳み掛けるようにくっきりと言い切る妖一さんで。…はい?と、深色の眸を見開けば。

  「お前は俺んだからな。
   どっかの爺さんや年増に良いように触らせる訳にゃあいかんのだ。」

  "………あ。"

 相変わらず勝手なんだから。なんだよ、違うのかよ。ん〜ん、その通りで〜すvv ふざけた言い方に紛れさせて、きゅううって妖一に抱きついて。凄っごく嬉しかったのを噛みしめる。俺んだ だって。ボクは"妖一の"なんだって。うわぁ、どうしようって思った。嬉しすぎても鳥肌って立つんだなぁ。ホントに腕とか背中がゾクゾクってした。良いのかな、こんな幸せで。こうやってその身を預けてくれてるだけじゃなくて、思い入れまで…気持ちまで振り分けてくれるだなんてね。それってさ、離れている時も一緒ってことだよね? 傍にいなくても妖一のこと、感じてて良いってことだよね? 妖一も感じてくれてるってことだよね? 撓やかな背中は大人しくされるままになっていて。やわらかな力をそっと込めて…ぎゅうって抱いたまま、
「…でもね。うん。ボクは…大丈夫だと思う。」
 こそっと。思うところを囁いた。
「?」
「ウチの社長、ミラクルさんて、そういうのの打診に鈍い人なんだよね。」
 ともすれば笑い話にさえなってること。それを思い出しつつ語って聞かせる。
「こないだもね、とある企画制作会社の人が、しみじみとこんなこと言ってた。去年の秋頃かな? 冬からCMとかで流す新商品のイメージタレントに起用したいって話があって、そこの女社長がボクのこと、その、欲しいって言って来てたんだって。」
 でも、ミラクルさんが"またそんなご冗談を♪"なんて言って、間に受けなくてサ。結局話は流れたんだけど、タレントさんを大事にする事務所なんだねって感心されちゃったの。だから大丈夫だよって言ったのに、
「………。」
 妖一ってば…何だか怖いお顔になっちゃって。

  「…どこの会社だ、そりゃ。」
  「あ、や、だからさ。話は流れたんだし…あの、さ。」
  「良いから、言え。」

 業績対決って形で対抗馬の方にテコ入れして、合法的にスマートにボコッてやるから とっとと言え。
おいおい え〜、なんか告げ口みたいでヤダな…と言い渋る桜庭くんを、さあ、ここで問題です。妖一さんはどうやって口を割らせたのでしょうか?こらこら




  〜Fine〜  04.1.14.〜1.16.


  *相変わらずにべったべたにいちゃついてばかりの こちらさんでございます。
   いえね、何だか二人きりになると、どうしても。
   誰かさんが片意地張らなくなった分だけ、
   弾みがついて急激に甘さが増したお二人さんなようでして。
   でも、このままな人たちじゃあないかもしれません。(うふふのふvv


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