緑の風に…
 




 いいお天気だった昼間の温気の名残りを、静かに静かに冷ますように。網戸にして開けた窓からは、カーテンを揺らして心地いい風がそよぎ込む。机に並べたのはお揃いのマグカップが二つ。すっきりとしたデザインので、奥深い色合いは濃紺のと濃栗色の色違い。

  「………♪」

 ちょっぴりお行儀は悪かったけれど、座ってる回転椅子を後ろへ ぐいっと引き気味にして、机の縁に腕を重ねて、そこへと頬を乗っけてね? まるで今にも動き出すんだよっていう、そんな奇跡でも待っているかのようなご執心ぶりで、ずっとずっとご機嫌なままに、2つのカップを眺めてる。

  “………Vvv ///////

 泥門に出来たフィールド・アスレチックへと遊びに行って、最高記録を出した記念にってもらった賞品で。イタリアの有名な工房のだそうだけれど、セナにとってはそれよりも、もっと別の、もっと貴重な、価値のある大切なカップ。

  “だって進さんとお揃いなんだものvv

 進さんと一緒に参加した、丸太のコースを制覇する“障害物競走”は、最初は“競争”だったものが、途中から二人協力
(?)しての攻略戦となり。飛び抜けた数値の記録を叩き出したということで、実は顔見知りの誰かさんだった“オーナーさん”から、記念品にと頂いたもので。良いもの貰いましたねって、笑ってお顔を見上げたら、あのね、そしたら進さん、こう言ったの。

  『小早川の家へ行った時に使わせてくれればいい』

 お揃いなんだよ? しかもウチにあるけど進さん専用の。もしかして些細なことなんだろに、そんなことが何だか嬉しいvv キッチンに置いといたら、お母さんやお父さんに使われちゃうかもしれないからって、それはヤだからって、こうやって自分のお部屋に持って来てるあたり。
“…もしかして、夢見過ぎかなぁ?”
 だって、相手は進さんなんだもん、しょうがないよねvv///////とばかり、嬉しくてついつい、頬を染めつつ、目許まで細めちゃうセナくんで。

  “相変わらずにダメダメだよなぁ…。”

 どこのロマンチストな女子ですかと、思いはするけど上辺だけ。人が想う気持ちは単純じゃあない、年齢を重ねるほど何層にもなっていて。一番上の“建前”は、内側の熱や動揺をいかようにも隠してくれる筈なのにね。今のセナくん、修行が足りないせいだろか。早く使う機会が来ないかなって、そりゃあもう判りやすくも、ただただ“はにゃ〜んvv”と蕩けているばかり。

  “………あ、でも。”

 おやや? どうかしましたか? セナくん。
“進さん、戦意が随分と高まってらしたから。”
 ボクの側だけ いつまでも、こんな ふにゃふにゃしていちゃいけないのかもと、お顔を上げると椅子の背へと凭れ直す。………ええっと、そんな感じでしたかしらね? あの楽しい騒ぎの時って。






            ◇



 アスレチックのあった公園からの帰り道。元はグラウンドだったそこへ“走るために”という変わったデートのために通っていた二人が、一頃常連だったくらいに休憩にと立ち寄っていたほどに、すっかりお馴染みなファミレスへとやっぱり寄り道。いつもの席だったシートの大きな窓辺から見える景色も、確かにちょっぴり趣きが変わってて。

  「あの辺が確か林みたいになってたんですよね。
   そこが切り拓かれて、あのフィールドアスレチックになったんですねぇ。
   ということは、あのグラウンドって、あの辺の奥だったんですね。」

 大きな緑地公園を縁取る道沿いの桜も今は、若い青葉を揺らしてる。少しばかり高台にあるお店。窓の向こう、連休の人出が行き来しているまんま、大きな見取り図みたいに展開されてる公園の全景へ、小さな指を向けて1つ1つお浚いするセナへ、
「………。」
 進さんは口数が少ないまま、けれど、優しく細めた眸を向けてくれて。それがあんまり優しくて…大人のお兄さんみたいだったから。
「あ、えっと…。////////
 いけない、いけない。何だかいつにも増して子供みたいなことしちゃったと、肩をすぼめて居住まいを正す。そこへとオーダーを運んで来たウェイトレスさん。お決まりの口調でそれぞれの飲み物を置いて、ちょこりと腰をかがめる会釈とともに、去ってゆくのを見送って。ちょうど空気が入れ替わったみたいになったので、セナはおずおずと…口を開いた。

  「6月の末に、試合、ありますよね?」

 あのあのね、ちょっと端折った言い方になっちゃって。誰と誰が、どのチームとどのチームがってところ、一番肝心なことなのに、ついつい言えなくて。なのにね、うむとくっきり頷いた進さんは、

  「いよいよだな。」

 真っ直ぐな眼差しでちゃんと判ってたってお返事してくれた。沢山あるチームをそれぞれの戦歴でレベル別にブロック分けしてあるのが大学
(インカレ)のアメフトなんだけれど。春の対抗戦では、アメフト連盟主催のじゃあない“交流戦”が行われるので。チーム同士の協議とか、あるいは、毎週のようにアメフトのゲームを催してる川崎球場なんかだと、参加したいフェスティバル系の主催団体への申し込みをすることで、ブロック枠を超えた相手とも試合が出来る。R大デビルバッツは昨年出来たばかりのチームだったから、進さんが所属してるU大のチームとは本来だったならまだまだ対戦なんて出来ないのだけれど。この時期の“交流戦”だけはランクの差なんて別物だからって、蛭魔さんがあちこち手当たり次第にオファーをかけた中にU大も入ってて。しかもしかも“受けましょう”というお返事を、即答でいただけたとか。ここ3年ほどの連続優勝を続けてる、大学アメフトの覇者なのにね。
『ま、抱えてる選手数も半端じゃなかろうからな』
 もしかして、一軍選手たちは出して来ない、リザーブメンバーたちへの練習試合って見識しかないのかもしれんがな。蛭魔さんはそんな風に言って苦笑してたけど。あのね? それでも嬉しいセナだった。どれほどのレベルの差があるのかが分かるだろうし、
“もしかして、進さんも…見学という形でだけでも来てくれるかも。”
 受験期間の一年とちょっとは“おあずけ”だった。大学に上がって、やっとのこと、本格的な試合も幾つか、久し振りにこなしてて。さすがは歴戦の勇者たちが集いし大学というレベルで、ブランクを埋めながら、体を慣らしながらの参戦は、一方
ひとかたならぬ大変なものだったけれど。微妙に顔触れが変わっているから、後衛のボクらもラインの皆も、勝手が違って戸惑いも多かったけれど。蛭魔さんの巧みな戦術にも磨きがかかってて、今のところは同勝同敗。対戦相手に格上のチームも混じってることを思えば、新人が半分もいる陣営のそれだとは思えない、結構な戦歴で。だからって…もはやインカレ界のトップクラス・プレイヤーである進さんに、ひけらかせるほどとは思わないけれど。でもね、頑張ってますってこと、言葉より何より判りやすく、嘘のない形で示すことが出来るから。
「頑張りますからね?」
 ドキドキを押さえつけるよに、誤魔化し半分、はしゃいだ口調で言い切れば、

  「負けはしないから。」

   ――― え?

 向かい合っている進さんがセナへと向けていたのは、深色の眸の真摯な眼差し。でもでも・あのね、でもね?
「えと…?」
 何かが判らない。そんなせいで、動きや表情が止まってしまったセナの。窓の明るさにそちら側の輪郭が淡くぼやけている頬を、実在していると確かめるかのように。大きな手のひらが伸びて来て、そっと、触れて。
「…小早川?」
「あ…、あ・はい。」
 U大は強いチームだから、リザーブ陣営でもそう簡単には負けないよという意味? それともそれとも、もしかして。だったら良いな、でもでもあんまり望み過ぎると違った時にがっかりするから。それでわざと高望みしなかったこと…かも? 大好きな人で、それと同じくらいに。置いてかれたくないって思っている、セナの目標でもある偉大な人。そんな彼を、小首を傾げて見つめ返せば、

  「星取り戦であろうがなかろうが、それが正式な試合であるのなら、
   俺たちは例外なく万全の布陣で全力で当たる。だから、」

 負けはしないと。この、とことん融通の利かない男の場合、他人任せなことではないからと。同じフィールドへ自分も立つからこそ、口に出来る一言であり。ということは?

  “…進さんも出るんだっ!”

 厳密には監督さんが決めることだろうけれど、どういう態勢・姿勢なのかは…昨年の1年間を体験済みの進さんだからね? 対外試合へはどういう布陣で望むのか、相手によっての編成替えをするのかどうかも判っているから。それでの、この断言だということか。更には、

  「それまでに、不甲斐ない真似をしでかさぬよう、
   スタメンからも外されぬよう、重々と注意せねばな。」

 もしかして。これって…進さんならではの“ジョーク”だったのかもと思わないではなかったけれど、話の流れが流れだったから。
「そ、そんなっ。///////
 あのあのっ、そんな大仰なこと言い出さないで下さいようと。妙にまともに受けてしまって、あたふたしてしまったセナくんだったの。だって、進さんとこそ、同じフィールドで向かい合いたいって、また対決したいって。ただそれだけを楽しみに思って過ごしてた、長い長いブランクだったのだもの。だってのに、あのね? そこまでの欲はありませんなんて、そんな言い方していたセナくんだったのが、セナくんらしい遠慮だと判っていたのと…それからね? 進さんたら、セナくんの慌てようへ、楽しそうに口許をほころばせて、そりゃあ判りやすくも笑ってくれたから。

  ……… もしかしなくとも。

 進さんの側だって、待ちに待ってた対決なのに。やっとのこと、真剣勝負の同じ舞台へと追いついてくれたセナくんだってのに。なのに、まだ おあずけでも良いですだなんて、遠慮の塊りみたいな言い方されたのが、ちょっぴり“カチン☆”と来ていたりして。それでと踏み込んだこと言ってみたのかも知れません。………どっちにしたって、可愛い人たちですけれど。
(苦笑)  テーブルの上、レモンスカッシュのグラスの中で、不ぞろいな氷がカラランと揺れて。まるでセナの心持ちみたいに、細いストローがくるりと回る。真っ赤に頬を染めて、何とか取り成そうとしている可愛い人へ、表情をあえて抑えていたちょっぴり意地悪なお不動様、我慢もたまらず、とうとうクスクスと楽しげに吹き出してしまい。あ〜〜っと膨れちゃった恋人さんからの逆襲に遭いそうな気配です。窓の外にはあふれる新緑。梢に揺れる青葉たちも、気がつけばその色を深めており。拙くも微笑ましい彼らへと、やっと再び相まみえたからには、思い切り頑張ってと、さやさやとエールを送っておりました。






  〜Fine〜  05.5.31.〜6.17.


  *うっかりと放って置いたら、他のお話に次々追い抜かれてしまい、
   気がつけばこんなにも日が空いてしまいました。
   しまった〜〜〜。
(苦笑)
   焦り丸出しの妙な締め方ですみません。
   待望の対決を目前に…している割に、
   緊張感の欠片もなく、芸のないほど甘い甘い方々ですみません。
   直前の話が話だったので、
   こんな彼らが“一騎打ちだっ”と突っ込み合ったなら、
   ………進さんがついつい、取っ捕まえた後のセナくんを
   お姫様抱っこしてどっかへ駆けてくかも知れません。
(おいおい)

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