シンデレラの渚
 

 
いつもの朝に、何とはなく眺めていたテレビ。
全国の天気予報の前に、
各地の中継地からの朝の風景をリレーで届けるコーナーがあって、
もうすっかりと明けた東から、まだ黎明の中にある西までの、
山間の緑の森やら、町なか、
早起きのパン屋さんなどの中継画面が次々と紹介されてゆく。
七月に入って、早くも蒸し暑い日々が続いたせいだろうか、
梅雨明け前の初夏の風景にはどれも、
初々しい緑や涼やかな風をばかり選ばれていて。
期末テスト前で学校での練習が禁じられたからと、
自主トレにと近所を駆けて来てから、
慌てて制服に着替えながら ついた朝食のテーブル。
目に鮮やかな瑞々しい緑や渓谷の清流が次々に紹介されてたその次に、
画面にポンと広がったのが…人の姿の見受けられない静かな風景。
望遠撮影なのか、まずは遠目の遠景が映り、
少しずつカメラが寄ってゆく。
ゆるやかな弧を描く砂浜と、そこへと静かに打ち寄せる波と。
黎明の沈黙から最初の暁光に染まり始めたばかりであるらしき、
静かな静かな渚の風景。
波が少し高いのか、海の色には白い波頭が幾つも立っていて。
今日は気温も上がるため、水が恋しい人出も多いだろう、
どうか予報警報には十分にご注意くださいと、
お天気キャスターさんが告げていたが、

「……………。」

瀬那の視線は、遠浅の渚にただただ釘付けになっていた。
ほんの数週間ほど前に訪れた、間違いなくその渚を覚えていたから。
繰り返し繰り返し打ち寄せる波の音が何とも静かで、
閑散としていて、人の姿のない浜辺。
空はまだ、黎明の青から白へと塗り変わったばかり。
そんな渚をただただ歩いたのを思い出す。
待ち合わせた訳ではなかったけれど、
その日のうちにも東京へと戻ることになっていたセナと、
此処でも毎日の習慣としてランニングをこなしていた進さんと。
お互いに逢えるとは思ってもいなかったものだから、
相手の姿を見つけた時はきっと同じような顔をしていた筈で。
だのに、それほど戸惑いもせず、そのまま並んで歩き出した。
ランニングの途中だった進さんは、それでも歩調を少しほど緩め、
此処でのいつものコースを無言のままに辿っていて。
セメントの堤防に刻まれた階段を上り、
人気の少ない朝の砂浜に降りる。
波打ち際の砂は夜の間の満ち潮の名残りか、
湿り気を吸って少し重くて、
そこに進さんの足跡だけが延々と刻まれてゆく。
その後をセナはわざとゆっくり続き、
まるで足跡を1つずつ拾っているかのように後を追う。
随分と特別な、場所と時間だったのにね、
日頃以上に妙に会話がなくて。
それでも…何故だろう、無理から言葉を探そうとは思わなくて。
進さんもね、さほど意識してはいない様子で、
大きな背中が黙々と、ゆるい足取りのジョギングを続けていて。

  ――― さあさあ・ざ…ん、と。

繰り返すは潮騒の音。髪を梳く潮風の磯の匂い。
いつもと違うシチュエーション。
朝一番の光が射したら、セナもお宿へ戻らなきゃならなくて。
でもね、どうしてだろうか、その時は、
そんなの忘れてただただ歩いた。
何かしらの遊びのように、進さんの刻んだ足跡を辿って。
いつまでもそのまま歩いていられると思ってた。

  ――― 小早川。

いつの間にか、進さんがこちらへと振り返っていて。
そろそろ宿まで送ろうと、こちらへとゆっくり戻って来て。
ああ、そうでしたと思い出す現状。
微妙に"日常"ではなかったけれど、それでもね。
二人、ホントは逢える筈のなかったそれぞれの流れに戻らなきゃならなくて。
なんだかシンデレラみたいだなって、
取り留めのない想いが他愛のないもの、思い浮かべたその途端、

  ――― あ。////////

ふわりと。大好きな匂いが間近にまで寄って来て、
やさしくて、でもドキドキする温みが小さなセナをくるみ込んで。
潮風と潮騒と、他には誰もいなかった渚で、
秘密のキスして魔法をかけた。
ガラスの靴はないけれど、きっと忘れないって魔法を…。










clov.gif おまけ clov.gif   


………ねえ、進さんたら狡いんだよ。
宿まで手を引いてくれたのが、
まるで迷子を連れてたみたいに見えたぞって、
たまたま窓から見てた雷門くんに言われちゃったの。
それに、この中継カメラ。
この角度からこんな遠くから、もしもあの日も映されてたんなら。
ボクの方はお顔が判った角度なんだもの。
ね? 狡いでしょ?
そんなこんな思い出してたせいか、
朝ご飯を食べる手も止まってて、お顔が赤いけど熱かな?
お母さんに心配されちゃった。
だいじょぶだもん。///////
テレビだってもう別の場所、ヒマワリ畑を映し出してる。
カリカリのトーストに齧りついて、
東京のお空はいがかなものかと窓から見やって、

  ――― さあ、いつもの一日が始まるよ!




  〜Fine〜 04.7.2.


  *久々の散文調SSに挑戦してみました。
   でも、何か妙に長くてクドイです。
   こういうの、向いてないのかなぁ…。

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