寝 顔
 

 
ふんわりと。
意識が浮かび上がってくる。
さっきまで一体どこにもぐり込んでいたのかも忘れ去り、
耳目の制御という"お務め"へと、意識があたふた立ち戻る。
肌が温もりを感じて、耳が慌てて周囲の気配を拾う。
視界に飛び込んでくる天井も壁も、部屋の中はぼんやりと明るい。
…あれ? 此処ってボクの部屋じゃない。
それにベッドじゃないや。畳の上に敷いたお布団だ。
体の片側が、何か、温かいものに触れている。
頬をくっつけてるところから、胸もお腹も腰も、太腿の辺りまでも。
なんだか大きな何かだな。
そう思いながら、どんどん目を覚ましてゆく意識が、それの正体に辿り着く。
こそって上げてみた視線が捉えたものと、
ゆるやかに目覚めた記憶とがほぼ同時に到達した答え。

  ――― 進さんだ。

男らしい匂いと、すぐ間近になってる…男らしい色香をたたえた喉元と。
すっきりした顎や おとがいから下りる線は、
合わせが浮き上がっている胸元の鎖骨へ続いていて。
頼もしい胸板、懐ろへ、しっかとくるみ込まれているからとっても温かい。

  "…えと。////////"

そうだった、昨日はバレンタインデーで。
そいで進さんがウチに遊びに来ていて。
そろそろ夕方だなって頃合いに、お母さんから電話があって。
春に創刊号を出すっててんやわんやしている、
別の部署の応援に行くことになったからって、
悪いけれど今夜は帰れないのって。
お父さんは三交替制の夜勤の日だったから、
あややこれは一人でお留守番かぁってカレンダーを見て思ってたら、
進さんが泊まってくれるって言い出してくれてvv
そいで、頑張って八宝菜とか酢豚とか作って、楽しい晩ごはん食べて、
NFLのオールスター戦のビデオとか観て。
それからそれから、あのその………えっと。
バレンタインデーなんだし、えっとその。//////////

  "…うっと。////////"

進さんはやっぱり優しいなぁ。
どんどんと高みへ追い上げられちゃって、
何が何だか判らないまま先に寝ちゃったのに、
ちゃんとパジャマ着てるってことは…。
着せてくれたってことだもの。////////

  "…えと。////////"

此処からだとよく見えないから、懐ろの中からそぉっとそぉっと身を剥がして。
進さんの二の腕に載っけてもらってた顔を少ぉしだけ後ろに引くと、
ちょっぴりうつむいた角度の精悍なお顔が やっと視野に収まる。
長い目の前髪の陰、
彫の深い、少しばかり切れ上がってる目許に仄かに陰が落ちていて、
案外と細い鼻梁の線とか、きりって引き締まってる口許だとか。
やっぱり凛々しくて素敵だなって、見ている端から胸がきゅんってしちゃうのvv
ああ、こんな間近にじっと見つめるのって久し振りなのかもしれないなと思った。
だってね、普段は…そんなまじまじ見るのってなんか恥ずかしいし。//////
それでなくたって、
進さんの深色の眸は吸い込まれそうになっちゃうほど綺麗だから、
長い間なんて見つめていられないもの。
シャツとか何かしら着ている時は、かっちりとしぼられて見えるけど、
褐色の肌が見えるとたちまちにして、
隆と撓
しなった肉置きも頼もしい、それはそれは雄々しい姿になってしまう人。
無駄な脂肪も無駄な筋肉も寄せつけていない、
彼の望む機能にだけ添って、練り上げられ培われた力強くて綺麗な肢体。
この腕がどんなに容赦なく敵の進軍を引き留め叩き伏せるかを知っている。
肩が背中が滑らかに速やかに連動し、途轍もない瞬発力を発揮する。
長く締まった脚もそう。
これだけの肉体を保持しつつ、音速の騎士という異名を誇るほどに俊足でもあって。
狙われたらその照準からは逃れられない
"鬼神の槍
スピアタックル"が相手を必ず仕留める、脅威のラインバッカー。
他には何も要らないからと、ただただフィールドを駆けることにだけ、
アメフトにだけ全力を傾けていた人だったのに。


  ――― …ねえ、後悔してはいませんか?


無心に眠るお顔に、心の中でそっと囁きかけてみる。
何にも煩わされることなく、
今のあなたのその寝顔のように、


  純粋に、なればこそ健やかに。


ただただ真っ直ぐ、微塵ほどの迷いもなく。
脇目も振らずに走っていた人だったのに。

ボクという小さな存在と出会って、
覚束ない存在をいたわるために、立ち止まることを覚えた優しい人。

奥行きが出来たとか、可愛げが出るよになったとか、人間らしくなったとか、
彼を前から知る人たちは"喜ばしいことだ"と言うけれど。
この人は元から奥行きの深い人だった。
この人は元から純朴な可愛らしい人だった。
この人は元から思いやりを知っている人だった。



  ――― …ねえ、後悔してはいませんか?














            ◇



まるで全力疾走を何度も繰り返した後のように、
薄い胸板を上下させ、額に前髪を貼りつかせ、
頬を染めたそのまま、
深い眠りの誘
いざないに吸い込まれていった可愛い人。
手のひらで汗を拭ってやりつつ、細い髪を払いのけ、
まだ幼さの色濃い顔にしばし見入る。


  …………………………。


すうすうという小さな寝息の稚
いとけなさ。
まだ仄かに熱をこもらせた柔らかな肌。
頬の縁に落ちた睫毛の陰。
まだまだあどけない肉づきのこの口許から
助けを請うように、譫言のように何度も名前を呼ばれ、
その甘くて舌っ足らずな声に煽られて、
こんなにも小さな身へついつい苛酷なことを強いたようで。
くうくうという寝息の穏やかさにほっと安堵しつつも、
自分の身からほとばしった欲の深さや、
もしかして力任せに組み敷いたことにならなかったかという不安に、
いつもの如く、胸のどこかがちりと痛んだ。
細い首に腕、薄い肩や胸。
しゃにむにすがりつく力さえ弱々しい、何ともまろやかに脆く儚い存在。
気をつけて扱わなければ簡単に壊れてしまうような繊細な存在。

  ――― しかも。

この少年は際限なく優しい。
その優しさは、若竹の撓
しなうほどにも我慢強いところから発していて。
他人の痛みをよくよく理解し、他人の負担になるのを嫌い、
どんなに辛かろうと痛みを背負おうと、それを耐えてしまう粘り強さを彼に授けた。
こんなに小さな体なのに なんと懐ろの深いことかと、
いつだって思い知らされてばかりいる。


  "…だというのに。"


どんなに求めても、まだ足りないでいる自分に気がついた。
声を聞かなければ寂しいし、顔を見なければ落ち着けない。
気がつけば彼のことばかりを考えている。
そんな時がたまにある。
こんなにも誰かに何かに餓
かつえたのは初めてだ。
最初はただ傍らにいるだけで良かった。
屈託ない笑顔でやわらかく微笑ってくれると、
胸の奥から擽ったくも暖かな何かが沸き出してくるようで。
それで十分、満たされていると、至福だと思っていられたのに。
許されることならば、この腕の中に取り込んだままでいたいと、
そんなことまで思うことがある。


  "しかもその上…。"


早く次の春が来てくれないかと切実に思う自分もいたりする。
彼と同じフィールドで早く早く相覲
まみえたい。
あの、誰にも止められない光速の走
ランに立ち塞がり、
真摯な瞳を互いに差し向けあって対峙したい。
瞬間の駆け引き。刹那の攻防。
体感した者にしか判らない、一種の…究極の、崇高なる、エクスタシー。


  ――― 狂おしいほどに愛惜しい存在と、至上無双の好敵手。


小早川瀬那くんと アイシールド21。
いくら同一人物だからとはいえ、そのどちらもが欲しいと願っている。
自分の中に、こうまで強欲なものが潜んでいようとは…と、
始末に終えなくて苦笑が洩れる清十郎さんであり。
愛らしいお顔で健やかに眠る愛しい人へ、今は意識を引き戻し、
風邪を引かないようにと、脱がせ散らかしたパジャマを引き寄せる。



  ――― まだまだ春は名のみです。
       良い夢を抱えておやすみなさいです…。


  〜 Fine 〜  04.2.17.


  *某様vv 進さん、タッチダウンしましたよvv
   いや、そんなことを請うと言うてはった訳じゃないのですが。
(笑)
   思い切りの私信で申し訳ありません。
   思い切り甘甘の進セナが書きたくなっての代物でございましたvv

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