たとえば こんなエピソード

        *秋季大会を迎えてあまりに胸躍る展開になったそうなので、
          そんな本誌に合わせたお話を構えてみました。
          微妙にいつものウチの設定とは違います。ご注意下さい。

  

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 日本のアメフト青年たちにとっての正念場は何と言っても秋である。大学生たちの"星取り"試合、つまりは各リーグ戦の本番も九月から十二月だし、高校生たちの全国大会の頂点も秋。秋季の都道府県大会を経て代表権を得た地区大会により、関東・関西、それぞれの雄が決定し、全国大会決勝にあたる"クリスマスボウル"への招待状を獲得する。それを目指しての夏は苛酷で、そして……………。


  ――― この夏は、誰にとっても二度とない至高の夏となった。




 同じ団体球技の野球やサッカー、ラグビーに比べれば、知名度はそれなりにあっても普及度の方は低いスポーツだったものが、本場アメリカのそれを衛星放送で中継放送するようになったせいもあってか、ここ数年は人気を上げつつあるアメリカン・フットボールで。それでもまだまだ、ほとんどの一年生選手が春の大会にて初めて本格的な試合を体験すると言ってもいいほど。言ってみれば大学や実業団のチームに上がるための"基礎"を身に染ませる期間という観のあったレベルであったものが、
「いやはや、昨年度といい今年といい、目玉になりそうな選手やチームの多いこと。」
 関係者たちが ほくほく顔になるほどに、個性たっぷり、勿論のこと実力も白眉という、先々の頼もしい注目選手たちの多い今日この頃。それのみがテレビという身近なメディアを席巻していて、それがためにプロのスポーツ選手と言えば野球しかないように言われていた時代は過ぎ去り。例えば少年漫画やテレビアニメに触発されて一から始めた子供が、今や世界レベルの舞台で通用するほどの蹴球プレイヤーに育っていたりするように。ハリウッドの青春映画でしか知らない、派手で華やかなれど今ひとつ馴染み薄なスポーツ…だった時代ももはや昔日の話。単純に見せて実は奥の深い戦力面での機知やら、各ポジションの特異性とだからこその名手たちの秀逸さ。そして、そんなプレイヤーたちが披露する技の機能美と爽快感。一度でもこの熱狂に染まれば病みつきになること間違いのない、そんなスポーツ。それがアメリカン・フットボールであり、本場のアメリカに較ぶべくもなく、随分と後進国であるのだろう日本でも、学生のレベルでこれだけの顔触れが揃う時代が来ようとは。

  「将来的には薔薇色と言ってもいいのかもしれないねぇ。」
  「いやぁ、まだ早いっすよ。そんな台詞は。」
  「そう言いつつ相好崩しまくりじゃないか、君だって。」

 来たるべき新時代という遠目の展望に気が逸る大人たちが勝手な未来図に浮かれている間際にて。当事者である学生さんたちはといえば…案外と。昔とそんなにも変わらない内容の、青春の葛藤や苦悩と戦っていたりもするのだから、面白いっちゃあ失礼だがそれでも面白いもんである。時代がどんなに変わっても、一人一人が体験する人生も青春期も一つしかないし一度しか通れないには違いなく。どう説明してもされても、通過しなくちゃ理解できない、そんな期待や不安もまた、時代や世情が変わっても変わりなく実在するとあってはね。人間の本質はそうそう変わるもんじゃないってことでしょうね。はい、ババの話はこれまでじゃ。
こらこら





            ◇



 古今より、鉄は熱いうちに打てと言う。鋼は鍛えれば鍛えただけ強くなる。何の痛みも苦しみも知らず、ほややんと育っちゃいかんとまでは言わないが、要領ばっか良いままに挫折を知らずに大人になっては困りもの。叩かれ強い人間の方が、重圧や試練にも負けることなく ますますの強さを着実に得ること間違いなく。何の痛手も知らない奴より、本当の意味での"優しさ"を知っていて、頼りになるには違いない。挫折は若いうちに知っておいた方がいい。要領がいいばかりな人間は、たとえ順調に渡り歩けても、勝ち組とやらに成り果
おおせても、気がつけば…多くの失笑や陰口と引き換えに、人として大切な"信頼"とか"友達"という宝を失っているかも知れないのだからして。

  "何を一丁前に説教たれてるかな。"
いやん

 筆者のMCに内心でちょいと眉を吊り上げたのは、勝たなきゃ意味がないと先だっても豪語していた、泥門デビルバッツの独裁者、蛭魔妖一さん、その人である。設立当初から監督もコーチも不在。戦歴も公式のものでやっと1勝という、弱小も弱小、無名も無名なチームを、その…色んな意味で驚くべき智慧と手腕とによる策謀で、とんでもないチームへと大化けさせた"陰のフィクサー様"であり。その驚きの巧知のなせる技、どこまでが計算通りだったのかは今もって不明だが、アメリカ大陸という…途轍もなく広大で、彼らを知る人もいなかろうという孤立無援のフィールドにての地獄の特訓を低コストにて実現させて。急造チームを叩いて叩いて鍛え上げて帰国したという、まだ十代とは到底思えぬ恐るべき実績を持つ参謀様であり。

  ――― そして。

 彼にとっては最後の秋。二度のうちの最後のチャンスである"クリスマスボウル"への挑戦を眼前に、限られた時間内でやるべきことはやり尽くしたと、少しも萎えることのない鋭さと強かさにて、開戦布告の場となるセレモニー、開会式の場へと部員一同を伴って足を運んだ彼だった、のだが。

  「…あ、蛭魔。」

 背後から気安く掛けられた声に"あん?"と注意を引かれた。耳に覚えのある声で、結構な人数による雑踏の中でもよく通る、健やかに張りのある声。詰まらんおっさんに詰まらん挑発を受けて、かったるいな、まったくよと。せっかく新品の靴下をおろして来たのに、電車の中でよその中年のおじさんに爪先で擦られて汚されちゃったわ、プンプン…くらいのささやかな不快感を胸中にて転がしていた身には、気分を変えるのに丁度良さげな声だったため、素直に振り返った金髪の悪魔様が、

  「………な。」

 ほんの数秒のことながら…その身と表情とを固めて凍らせてしまったから。これは正しく尋常なことではなくって。

  「久し振りだよね。」
  「…もしかして、桜庭、か?」

 うん、と。それは爽やかに笑って屈託なく頷いた長身の青年は、健やかで伸びやかな気性をのせた笑顔だけをそのままに、造作という点でかなりのイメージチェンジを果たしており。この後、開会の式典へと入場して、その姿を晒すことで場内の女性ファンたちを絶叫させることとなるのだが…それはともかく。
「例の、夏休み前のアメリカのチームとの試合で囁かれてた"負けたら日本から出てく"っていうの、ホントに守って国外退去しちゃったのかって心配してた。」
「バカ言えよ。」
 ケッと鼻先で笑うと、だよねぇと可笑しそうにクスクス笑い返す屈託のなさ。どういうものか、この青年、会う機会のあるごとに、わざわざ自分へ名指しで声をかけたり笑顔を向けたり、多大なる関心を向けて下さっていて。最初にその写真を無理から撮ったのはこっちだが、まさかあれを友情の芽生えだとでも思ったか。妙に懐いて下さるのが、実のところ…蛭魔にも解せないままになっていた。何と言っても天下のアイドルさんなのだから、それにしか目が行かない胡亂
うろんな人間だって多かれ少なかれ近づいてくることだろに。そんな輩はロクでもないと、本人が判っていなくても事務所の人間がまずは教える筈だろに。愛想も人相も悪い、口汚くてすぐに手が出る足が出る、な、気の短い乱暴者に、一体どういう刷り込みをなされたのか、いつだってニコニコと懐いて下さるものだから。相手を選ばす強腰の、怖いものなしな蛭魔には…珍しくも調子が狂うことこの上ない相手になりかかっていたのだが。

  「…あ。この頭?」

 あんまりまじまじと見つめていたから気づいたらしく、
「イメージチェンジ、してみました。」
 にこりと。悪びれもせずに言う。いかにも貴公子然としていた、やわらかでふさふさと、ゴールデンレトリバーの毛並みを連想させるほど長めだった亜麻色の髪は、カラーリングはそのままながら、泥門のラインの長男坊とお揃いじゃあなかろうかというほどまで、さっぱり短く刈られており、しかも顎や鼻の下には故意に伸ばしているらしき不精髭まであったりして。

  「いやにワイルドになったもんだな。」

 戦略の主旨変えか? アイドルも年長さんになると色々と大変だなと聞いたような口で悪態混じりな言いようをすると、桜庭は小さく苦笑し、小ざっぱりした自分の頭を掻いて見せた。

  「もうジャリプロは辞めたんだ。」
  「………へえ。」

 ごめんね、写真撮っても使えなくして。少しだけ済まなさそうに眉を下げた彼だったが、不思議と蛭魔の側にそういう落胆は沸かず。むしろ…やっと本人の素顔に出会えたというような感慨が沸いて来て、興味が尽きず視線が外せない。

  "顔つきだって、結構変わったぞ。"

 何というのか、こう…芯のようなものが一本通ったような感がある。以前の彼には、どこか"及び腰"とでも言うのか、悪く言って余裕の無さげな、弱腰なところがなくもなく。まじっと睨みつければ、ふんわり微笑って…そのくせそそくさと視線を外したものだったのに。こうまでタッパがありながら優しげな風情が自然と馴染んで見えたのも、スポーツマンなら少なからず持っていなければここ一番で気概が萎えるだろう、勝利への貪欲な執着だとか、獰猛果敢なところが彼には感じられなかったせいだろう。

  "………。"

 そう。ガラリと変わった訳じゃあない。でも、精神的なところで強靭になったということを目に見える形にまで高めたからこその豹変。そんな印象があったから…外見が変わったことよりも、しっかとした自信から押し出されている鷹揚そうな雰囲気に呑まれて、ああこいつ変わったなと感じた蛭魔であり、

  "こいつもこいつで、何かあって…それを乗り越えたってことか。"

 勝たなければ意味がないと、いつぞやは非情な言いようをしもしたが。その実、頑張ってる奴は好きだから。前向きで挫けないぞという眸、強靭なまま真っ直ぐに、溌剌と力ませて不敵そうに笑う顔は大好きだから。ふ〜んとしみじみ、嬉しそうに相手のお顔を眺めやる。ともすれば不躾な、そんな眼差しを受ける側の桜庭も、実を言えば…嬉しくてしようがない。

  "…やっと関心持って見てくれたね。"

 いつだって"ジャリプロの"という冠詞つきでしか見てはくれなかった、身近な知己の中のもう一人のアメフトの鬼。その情熱も、アイデンティティーや快楽さえもアメフトの上にしか見い出せないくらいののめり込みようが進と同じでありながら、日頃はそうと感じさせない飄々としたところがあって、要領というものも心得ていて。そんな蛭魔だったものだから、最初のうちは…彼もまた年齢相応の、自分と変わらぬ一高校生だと思っていた桜庭だったが。

  ――― ひょんなところで、思いもかけず。

 自分が認めた人物しかその視野の中で対等に見ようとしない、どうかすると進よりも周囲に無関心な人間なのだと気がついた。進と同じくらいにアメフトに夢中で、本人自身を含めて身の回りの何もかもがそのためにしか存在せず帰着しないと思っているような、ある意味、一途で真摯な彼は。そんな自身の物差しによって、自分にとっての"無駄"を徹底的に排除している合理主義者でもあって。この年頃なら当たり前のものとして持っているだろう知己・友人、彼らとの交流や親交。それによって支えられたり支えたりする絆のようなもの。形のない、頼りない、されど まろやかで温かい、大切なものを。寡欲な進がそうであるように"気がつかない"のではなく、あると気づいていながら"要らないから"と無関心でいる。必要だからと関心が沸くのは、それを打破し乗り越えることで自分を高めてくれる、揺るがない"強さ"を持つ者だけ。そんな風に割り切って、孤高の高みに悠然と背条を伸ばして立つ人であったから。自分に対しては"芸能人の"というオプションが先に有りきという見方しかしてくれないのが癪だった。そんな彼と対等になりたい、ちゃんと向かい合ってほしいという願望は結構以前からあって、
"…進に対するそれとは微妙に違ったけどね。"
 自分なんかよりもよほど眸を引く、それは華やかな存在感。がさつで乱暴な危険人物を装って…事実、彼自身はそうであるつもりだったのかも知れないが。その妖冶で印象的な姿態にあっては、そんな素振りなぞささやかな煙幕に過ぎず、向背に従う霞のように振り払われるばかり。傲岸で強引な我儘三昧な言動も、強かな自負の上にしっかと据わった強気な視線によって放たれたなら…彼のために叶えてやれない方が無能なのだと、そんな錯覚を招くほど。何て綺麗で何て偉そうな人かと思い、何て判りやすい定規で人を計っているのかに気づいたその途端、どうしてもどうしてもこっちを向かせたいと思ったよ。ジャリプロの誰それへではなくて、彼の一番に真摯な眸で、彼の方からこっちを見てくれるようにって。

  "今はただの好奇心からかも知れないけどね。"

 本当に"こいつめ"と躍起になってくれるだけの人物になればいいだけのこと。ねえ、そんなこと思ってしまった僕は、まだまだどこかで性根が甘いのかな。それとも、今日此処で見かけるまで、蛭魔のこと すっかり忘れてたほど、アメフト人間になったからこその、これはご褒美なんだろうか。



  ――― もしかして、随分と鍛えた? 筋肉ついてるけど。
       う…と、まあな。
       かなり無茶しただろ。ほんの二カ月であちこち引き締まってるし。
       他人のことは言えないだろうがよ。
       オレは元からタッパとか大きいし、ちゃんと"男顔"だし。
       厭味かよ、こいつ。
       だってサ。…お願いだから、オレより大きくはならないでね。
       はあ? なんでだよ。
       あはは♪ なんででもだよvv





   〜Fine〜  04.6.30


  *なんだか尻切れトンボなお話で、申し訳ありません。
   某H様の日記絵の3ショットに撃ち抜かれましたvv
   強かそうなお顔になって、肩寄せ合って並んでて、
   何にか同じ目線を向けて語らい合ってる妖一さんと桜庭くん(ともう一人)。
   その構図に"ぎゃあぁっvv"と心灼かれた勢いで書きました。
   自己満足のみの塊です。心の汚物かも知れません。
おいおい
   不用意に読んじゃったあなた、どうもすみません。

   今回のコミックスの谷間はホントにきついです。
   次ってアメリカ修行前半戦と王城の(というか進さんの)樹海特訓篇でしょう?
   当たり前のことながら、今のこの大騒ぎを手に取れるのは
   まだずっと先なんだなぁとしみじみ感じておりますです。
   その頃にはまた、何か新しい爆弾展開が起きているのでしょうかしら

ご感想は こちらへvv**

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