聖夜の尻尾 〜critical situation その後
 


 いわゆる"クリスマス寒波"とかいうのがなだれ込んで来て、今週はずっと底冷えが続いてた。年が明けて二月頃になったら、恐らくはこんなもんじゃないくらいの厳寒になるんだろうけれど、それでもね。秋からこっち暖かい日が多かったから、細かい針を含んだみたいな風が顔や足元なんかに吹きつけたりすると、鈍
なまってた感覚には尚のこと堪える。

  "雪が降って来たって驚かないぞ。"

 ほうと。白い息を吐き出しながら、ちらっと空を見上げたが、ビルの窓に灯された明かりたちの上に広がるぼんやりとした暗闇は、何とも読みようのない無表情。

  "…ま、いいんだけどね。"

 コートの襟元、キャメルのマフラーに顎を埋めて。プラットホームを足早に、でも、目立たないように急ぐ。外はとっくに真っ暗だけど、嬉しいことに早く終われたんで、まだ さほど遅い時間じゃない。となると…顔が差しちゃうと不味い。さほど強烈な個性で売ってる訳じゃないからね。冬場は帽子やマフラーっていう"小道具"も自然に使えるし、さりげなく振る舞っていれば そんなに見つからないんだけれど。それでも、今日みたいな日はドキドキも大きい。だって、ファンの子たちに捕まってる場合じゃないんだもん。

  "…急がなきゃ。"

 ボクのこと、待ってる人がいる。年末は暇になるって言ってたから、じゃあ毎日でも逢いたいって言ったら、仕事に集中しろって小突かれちゃったけど。でもネ、何かネ、嬉しそうだったって判る。大々々好きな恋人さんのことだもん、目線がチラッて逸れただけでも そのくらいはお見通しだっつーのvv じゃあ、早く引けたならその晩は逢おうってことになって。昨日・一昨日は連続してアウトだったけど、今日は念願叶って早仕舞いっ! スタッフさんとの挨拶もそこそこ、そそくさとスタジオから飛び出して。タクシー拾うよりか早いからって、JRでゴトゴト帰って来た。誰にも見つからないようにって、窓の外を眺める振りして、その実…何も見てなかったよ。早く早くって心の中でお念佛みたいに呟きながら、思ってたのは…あの人のことばかり。

  "………妖一vv"

 その名前を思うだけで、胸の底からほこほこと暖かくなる。色合いの薄い、細い線で構成された目許や口許はそれは綺麗で。玲瓏っていうのかな、怜悧な光をその身に宿して、凍った夜空に冴え映える冬の月みたいに、そりゃあもう飛び切りの美人で。しかもそれだけじゃあない。悠然とした孤高に身をゆだね、何が襲来しようがいつだって自信満々の超"強気"な人。誰よりも強くて賢くて、それからそれから。こっそり優しくて…ボクにだけ可愛いところを見せてくれる愛しい人。

  『無理して来なくてもいい。』

 素っ気ない言い方してたけど、ホントはね。休める時は休めって言いたいんだよ。でも、勿論 聞いてやんなかった。無理なんかしてないって言い切った。だってホントだもん。寒くたって疲れてたって関係ない。むしろ、逢えたら元気になれるのにね。妖一は自分のこと、特にボクにとっての存在価値ってのを、ホンットに分かってないんだから、もう。仕事が立て込むと、滅多に向こうから連絡くれなくなるのもそう。ロケなんかで遠いとこに離れてる時なんか、声くらい聞きたいのにね。メールもくれなくて、だから、こっちから目一杯送りつけちゃるんだ。携帯だけでなくPCにも。そしたら"なんて事しやがる"っていって、絶対に返事や反応が来るからねvv 怒りながら、でも、長いこと相手してくれる。早く逢いたいって言うと、馬〜鹿って、こっちはせいせいしてるなんて、わざと意地悪を言う。なのにサ、話すことがなくなっても切らないでいてくれる。ねえって呼びかけるだけのへ"ん〜?"って、低めた甘い声で律義に応じてくれて。それだけで胸がきゅうってなる。皆からは"悪魔"なんて呼ばれてて、怒らせると(怒ってなくても?)冗談抜きに恐ろしい人なんだけど。ホントはこっそり優しくて…ボクにだけ可愛い人。

  "…よし、遅刻じゃないぞ。"

 繁華街は避けて、自分たちの地元も避けて。でも、あんまり何もないとこじゃ間が持たないから。こないだ適当に降りてみた真新しい乗換駅が、なかなか使い勝手がよかったから、待ち合わせするなら そこでっていうのが続いてて。きれいな駅前は見通しもいいし、お店も多く、待ち合わせには向いていて。じゃあって そこからどこへ行くにも勝手がいいのに、地元の人しか使ってないみたいで、時間帯によっては物凄く閑散としてる。だもんだから、今日もそこでって約束した。妖一は人込みがあんまり好きじゃないらしく、出掛けるよりかは"自分チで過ごさないか?"って言い出すことの方が多い。実はボクもその方が気が休まるから、最初はね、気を遣ってくれてるのかなって思ってたけど、これに関してはそういうのじゃないみたいで。(ほらネ、ちゃんと判るんだよ?)でも、今日は…逢えるかどうかが"ボク次第"でどうなるか判らなくって。此処だと少しだけどスタジオに近いからって…その分だけ早く逢えるしさって。そんな風に言ったらサ、

  『こんの“甘えた”が。』

 あやや、ちょっと怒らしたかな? だから、急いでんの。駅前の通りの一番端っこ。横に長い駅ビルの向かい側の、何とか会館の前の小さなレンガ広場。膝下コートの裾が広がりの限界で突っ張るくらい、ストライドを目一杯使って、走ってはないけど急いで向かうと、

  "………え?"

 え? え? え? え? ちょっと待ってよ。なんで?

  「妖一っ?!」

 新興の住宅街やら そこへの動線だからって伸びてる商店街があるのとは反対側だから、こっちには人影も殆どない、寒々しいばかりなそんな空間。イヌツゲだろうか常緑の植え込みを抱えた、こちらもレンガ積みの花壇の縁を。時々ブーツの爪先でつつきながら、常夜灯の下で一人立ってた人。黒いコートが夜陰の中でなお小さく見えて、やっぱり小さな白い顔が、妙に痛々しく見えて。なんで?って思いつつ、思わず呼び掛けてた声が、少しほど調子っ外れだったからか、
「? どうしたよ?」
「どうしたじゃないっ。」
 挨拶もなしなのはお互い様。愛しい人の痩躯に駆け寄ってから、あらためて周りを見回した。
「なんで…此処が見えるお店、一杯あるじゃないか。」
 何も此処に立ってなくたって良かったのに。道の向こうには、喫茶店とかファーストフードの店とかがまだ開いてる。駅ビルの2階は通り沿いがガラス張りの通路になってるんだから、そこから見下ろしてたって良かった筈。ボクが来たのを確認してから、此処へ来るんで良かったのに…もうっ。
「ああもうっ、こんな冷たくしてっ。」
 普段は白い頬や耳朶が、緋色になって冷えきってる。ああもうっ、手袋もしてないじゃないかっ。クォーターバックなんだから、手は大事なんだろうがっ! なかなか外せない自分の手袋。まだるっこしいって歯で咥えて引っ張って脱いで、冷たくなってた綺麗な手を両手ごと包み込む。そしたら、

  「…出がけにバタバタしてたからな。」

 襟元のグレーのマフラーに口許まで埋まった陰にて、小声でそうと言ってそっぽを向いた妖一で。………え? それって、もしかして。大急ぎで、慌てて此処に来たんで、うっかり忘れたってことなの? いつだって冷静な人が?

  "あやややや…。////////"

 自分の都合ばっか言うんじゃないよって、てっきり怒ってるって思ってたのにネ。
「……………。」
 ちょっと感動して、それで言葉が出て来なくって。そしたらそれをどう解釈したのか、横を向いてるのさえ居たたまれないって感じで手を離そうとしたがったから、離すもんかって力を込めた。
「…離せよ。」
「やだっ。」
 まだ温ったまってないでしょって強引に引き寄せたら、むむうって口許を尖らせかかって。…でも、何か思いついたらしくて、

  "………え?"

 今度は、ふわって向こうから近づいて来て。背伸びをしかかるから、ああこれはと気がついて。耳打ちしやすいようにって体を傾ける。(凄っごく"ツーカー"でしょう?)そしたらさ、そしたら…妖一ってば なんて言ったと思う?


  「………温っためてくれるんだろ? すぐにでも。」


 どひゃあぁ〜〜〜っ!//////// なんてこと言い出すかな、この人はっ。ぎぎがぎご…と音がしそうなほど固まった首を、それでも何とか回して前へ向け、そぉっと見下ろしたお顔はといえば。強かにも"ふふん"なんて笑ってるしサ。ついこないだまで、この件に関しては…ボクの方が完全に優勢だったのにね。一体いつの間に、こんなにいけないコト言うようになったんでしょう。

  「?」「…。」

 呆気に取られている場合ではない。…ええ、ええ、判りましたとも。ならばきっちりと暖めて差し上げましょう。途中で堪忍してって泣いたって容赦しないぞ、いいね?




   指をからめて手をつなぎ、冬の夜道へ進み出る。
   木枯らしも底冷えも何のその。
   凍てついた道を ほこほこと、春の笑顔で歩いてく。
   しっかりとした足取りは、もしかして


   ………ホテルも既にチェック済みなんでしょうか。
おいおい
   まだ未成年なんだから、ほどほどにね。
こらこら




   〜Fine〜  03.12.17.



   *桜庭くんファンの方へ。
    何だか不審な人にしてしまって すみませんです。
    わたしも大々々好きなんですけどね。(苦笑)
    妖一さんとの恋に とち狂っていることを前提に、
    しかも心の声だけでお送りするとなると、
    幸せ絶頂な今の彼では、どうしてもこうなってしまうようです。

   *このお話は あくまでも
    『critical situation〜混迷の12月』の後日談でして、
    クリスマス云々って仄めかしていたのは、これではありません。
    どかすると、そのお話の直後ってところかもです。
    なんだかややこしい設定みたいですが、まま、深く考えずvv
    これもDLF”と致しますので、よろしかったらどうぞvv
    (いるんだろうか、こんなややこしいの持ってってくれる人。)


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