Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    Sweet Snaiper
 


 時折 風だって吹き抜けるし、グラウンドからだろうか、遠くからの声もする。水を打ったような静寂…とまでは さすがにいかないものの、それでも人通りのない此処は、見渡す限りの左右のどこらにも、何の気配も感じられなくって。校舎側の遠いどこかから届くのは、どうやら管弦楽みたいだから…形だけかかってる音楽鑑賞用のクラシックのCDかしら。あんなの聴いたら却って眠くなんのにな。まま、先生方にしてみても、教室で大人しくしていてくれるのならば重畳ってことで、この時期はあんまりムキにはなんないのかも。
「………。」
 家から背負って来たデイバッグ。その中から取り出したパーツを、1つ1つ確かめながらセットしてゆく。一番のお気に入りで、だからこそ慣れている作業でもあるのだけれど。主幹部のパーツだけ、今日のためにと特別なのを誂えたからね。昨日のうちに一応の調整はしといたけれど、こういうものは…その場その場の条件が変われば、それが響いて何とでも変化しちゃうもんだから。机の上とかPCの中での、計算や手順に手抜かりが一切なくたって、上手くいくのかどうかだなんて“結果”だけは、本番になんなきゃ何とも言えない。
「………。」
 出来るだけ物音を抑えての、丁寧な作業を機械的に慎重に進めるその手が、時々どうにも動きにくくなるのは、ここが吹きっさらしの屋外で寒いせい。一種の塹壕
トーチカなんだからと、こっちの姿が見えにくいよう、枝が密集している茂みを選びはしたが、そもそも、相手が見えなきゃしょうがないのでと、お廊下に隠れる訳にも行かなくてのこの運び。小さなその身は何とか覆い尽くしてくれてるものの、冬枯れした植え込みの一番端っこ、小さなツツジの茂みの陰というのは、これでなかなか…じっとしていると寒いもの。
「………。」
 あんまり待たなくても良いように、時間はきっちり計算して来たんだのにね。ジャケットの下のセーターの下のアンダーウェアの背中とパンツへとそれぞれに貼った、スヌーピーのクールジョーVer.のイラスト入りの“貼るカイロ”が、お尻と背中を何とか暖めてくれてるからね。もうちょっとの辛抱と、組み上がった愛機を懐ろに抱え込み、背後に植わってた桜に凭れて、じっと待つこと………10分ほど。
「……お。」
 都立のガッコが皆そうという決まりはなかろうが、ここのはチャイムではなく目覚まし時計みたいなベルの音で、授業の始めと終わりを知らせてる。火災報知機の音と間違えないかと訊いたらば、その場で長い腕を伸ばし、壁の報知機を何の衒いもなく鳴らして見せて。ほら違うだろ?と、それは分かりやすく説明してくれた、怖いもんなしの立派な不良の総大将。(よい子は真似をしないでね?) 挑発的なやんちゃばっかだという悪名高き、賊徒学園高等部の、現在只今、足掛け3年目に入ろうという長丁場にての総長をはってるお兄さんが、今日は晴れたら基礎練やっからと、マネージャーのメグさんと打ち合わせてたのを覚えていたから。教室のある校舎と部室のある特別棟とを繋ぐ、打ちっ放しのコンクリートの渡り廊下のポーチへと、ぞろぞろ、ぞろぞろ、私服がほとんどな生徒たちが、かったるそうに出て来たのを、息を殺して慎重に慎重に見つめて…見つめて。
「…でよぉ。」
「マジかよ、それ。」
「あ〜あ、知らねぇぞ。」
 職員室からはちょいと離れた、特別教室ばかりが集中して入る旧校舎。受験がらみで授業ももうない、そんな三年であれ、遠慮して近づかないアメフト部のあるところだから、こっちへ来るのは部員だけ。都大会のみならず、その上の関東大会までという、破格の快進撃をした秋大会以降は…ちょっことね。あまりに高揚していた気が緩んだ反動が大きかったか、元通りのテンションにまで持ち直すのは、なかなか大変だったけれど。キャプテンが怖かったからとか、勝ってる間だけ気持ちよかったからだとか、そんな半端な気持ちでだけで、やってた連中はさておいて。特に脅したり命じたりをした訳でもなかったのにね。大会中と同んなじペースで、グラウンドを走り、ストレッチをこなし。坊やが吹くホイッスルでのラダードリルを続けてる総長さんだってのを見かけて、
『何で集合の号令かけてくれねぇんですよ』
『自分だけ特訓ですかい?』
 とばかり。あっと言う間に戻って来た、頼もしい仲間たちの顔触れたちが、まだちょっとばかり寒いのも何のそので、春に向けての調整中。
“一年はともかく、二年の連中は、やっぱ賊大に進むんだろか。”
 都立の学校だから、学内進学でも外部からの受験生とは扱い上の差も大してなかったはずで。そんでも同じ仲間でアメフトを続けたいって思っているのなら、それが一番の選択だろうしね。それに…アメフトより先に、仲間とかヘッドへの岡惚れとかがくるよな、どうしよもない連中だしなあと。坊やってば、自分のことは棚に上げて、相変わらずに勝手なことを思ってる。………そう。何だか不審な挙動のこの彼。実は実は、毎度お馴染みの“あの子”なのだけれどもね?

  “………っと。”

 呑気にもバカ声上げての移動中だった面々が、後方から来た“とある気配”に気づいた模様。さわさわと、すぐ間近の者から遠くへと渡される気配の連動のよなものがあって、背後を見やったり立ち止まりして、皆で待ち受けるのが当然の、その存在。
「ヘッド。」
「ちわっす。」
「ルイさん。」
 純粋な体育会系とは微妙に異なる人種の面々だけれど、所謂“やんちゃ筋”にも不思議なくらいに同じ“絶対厳守”の基本として共通するのが、厳しいまでの“上下関係”とその間柄における礼儀の徹底。単なる年功序列ではなく、実力が物を言うという点も同じであって。そんなせいでの“先輩不在”という、一年の時からの最強の、そんな彼らの頂点に立つのが。純白の学ランの長い裾を颯爽とひるがえし、通用口の扉からぬうっと出て来た長身の総長さん。直毛の黒髪をきりりと整え、鋭角的な目鼻立ちをしたその風貌も至って硬派な雰囲気の、荒くれ連中が慕ってやまない、部活と“族”の総大将。それが、この青年、葉柱ルイという彼なのだが。
「お、今年も結構 集まりましたね。」
 他の皆がそうなように、こんな時期では大した授業もなかろうに。だったら さしたる荷物もない筈が、何故だか…大きめの紙袋を両手に下げていた彼であり、
「凄ぇな、毎年。」
「中学でもこんなもんでしたもんね。」
 畏怖の対象という訳でもないせいか、それとも…こんなもの知るかとばかり、放っぽっとかずに持って来た辺りの彼の人性がそうさせるのか。馴れ馴れしくもからかい口調で、周囲の連中が囃し立て、
「うっせぇな。置いとく訳にもいかねぇだろうが。」
 窓際の席だったし、今日はそれでなくたって暖かく。端から溶け始めてのことか、おかげさんで朝から甘い匂いがずっとしていた。恐もての総長さんがそんな匂いを背負ってるってのも、それはそれで収まりの悪いことかも知れずで、
「毎年どうしてるんすか?」
 怖いもの知らずな後輩に訊かれて、
「あ? 自分で食ってるぞ?」
 あっさり応じるところもまた豪気。言っちゃ悪いが、誰かにやってそれで腹とか壊されたりしちゃあ不味かろう。それに、せっかくの頂き物を他所へやるってのも外聞が悪いし、何より母上が絶対にそういうことを許さないお家だそうで。そりゃあ大変だ、俺、腹は丈夫ですから引き受けますよ、いやマジでなどと、まぜっ返す声が沸く。甘い誘惑、お菓子の話題になったからか、
「チビさんは? 今日は来ないんですか?」
 誰ともなくの声が上がったが、甘いものであの子を思い出すとは、あんた、さてはまだ一年だな。修行が足りてないぞ?
(苦笑) 訊かれた側には、だが ちゃんと、それで通じたらしくって。
「ああ。昼に連絡なかったからな。」
 このチームのマスコットということになっている、小学生の小さな坊や。金髪に金茶の瞳、そりゃあ可愛らしい面差しに、華奢ですんなりした手足の、まるでお人形さんのような あの坊やは、まだ小学校の低学年生だからね。お昼以降の授業があるのは水曜だけ。だからして、火曜日の今日は来れない日ではないものの、だったら向こうの下校にあたる昼休みにでも、総長さんの携帯へ“迎えに来い”という連絡がある筈だから。それがないということは、何か用事でもあるんだろうという判断が下るのがいつもの流れであり。

  “まあな。一旦家へ帰ったからよ。”

 この一式を取りにってのと、俺だってチョコはもらったからな。登校中にそこいらの中学生や高校生、OLのお姉さんからももらったし、それと、五年と四年の女子が“ヒル魔くんファンクラブ”なんてのこっそり作ってやがってさ、ブログまで立ち上げてやがってよ。携帯で取った隠し撮り写真を勝手にアップしてやがんのは参ったが、まあ…匿名メールとか出して妨害して脅すほどのことでもないしって、今は静観してっけど。その子らまでもが紙袋に一杯くれたのを家まで持って帰ってから、取って返すよにバスで此処までやって来た。防寒用にと赤外線綿の入ったワークパンツに、ミリタリー柄のジャケットと漆黒のセーターにスウェット。シューティング用のグローブまで嵌めてと、装備をきっちり固めて来たから、気分は一端のスナイパーだぜvv 愛用のサブマシンガンへ、これも特注のマガジンをぶっ込む。黒くて冷たいスリムなボディ。それを両手で掲げて顔の前、照準のための尖んがり、フロントサイトとリアサイトとをピタリと合わせ。発射用の圧縮ガスのボンベの冷たさも我慢してお口をきゅううっと堅く結ぶと、

  ――― ファイアッッ!!

 敢えて音にするなら“シタタタ………ンッ”というところか。火薬を使った“発砲”ではなかったので、それで却って判別のつけにくい、ちょこっと奇妙な音がしたのだが、

  「………っ!!」

 さすがは付き合いが長いというか、しっかり覚えがあったのは総長さんだけ。途轍もない反射にて顔を上げ…左右に避けると被害が広がると思ったか、手にしていた紙袋を手前に掲げて、とりあえずは顔や喉元を庇った彼であり、
「ヘッド?」
「どうしたんすか? …って、あたたたっ☆」
 傍らに立ってたメンバーたちが、まずは総長さんへと怪訝そうな声を上げつつも、次の間合いには…飛来して来た何かに背後から襲撃されての悲鳴を上げている。小さな弾丸は、一定の量を一気に射出されているらしく、したたたん、したたたたんと、何度か繰り返してからやっと止まり、
「こらっ! 辞めねぇかっっ!」
 それを見澄ましてガバッと顔を上げたそのタイミングへと、すかさず再びの襲撃があったから堪らない。
「がはっ!」
 何発かがそのお口へとジャスト・インし、びっくりしたのと多少は痛かったのとで圧倒されたか。一瞬とはいえ怯んだそのまま、その場にしゃがみ込んで けんけんっと咳き込む葉柱のお兄さんであり、
「ヘッドっ!」
「大丈夫っすか!」
 何が起こったやらがまだ飲み込めないクチの面々が、すわ、どっかのグループからの闇討ちかと、半ばパニックを起こしながらもバタバタと右往左往する始末。そんな騒ぎの起こる中、広い背中をお仲間に摩
さすられていたヘッドご本人が、

  「こ〜の〜やろぉ〜が〜〜〜。」

 呪いにでもかかったかのような低いお声を出してみせ、ゆらりと立ち上がったのを見て取ったか。少し離れたツツジの植え込みがガサリと揺れて、

  「どうだ、参ったかっ、ルイっっ!」
  「何に参らにゃならんのだ、こら。」

 じゃじゃーんと立ち上がる格好にて飛び出した小さな陰に、やっとのことで皆の得心が行ってたり。物騒なサブマシンガン…のモデルガンを抱えた彼こそは、先程から話題に上がっていた小悪魔、もとえ、彼らのチーム・マスコットのヨウイチ坊やであり。
「ちょっとやそっとじゃ溶けない弾
たまだが、それでも用心にって、熱伝導率の低い素材で特別な銃身をわざわざ作ったんだぞ?」
「…手間ぁかけてくれてありがとよ。」
 それは自慢げに“えっへん”と、反っ繰り返りそうになりながらも一丁前に胸を張った坊やへと、襲撃されたのにお礼を言うところが…やっぱ終わっているかもな総長さん。ということはと見回せば、彼らの足元周囲にカラフルにも散らばっていたのは、かの有名な“○&m”の粒チョコだったりし、

  「考えてみりゃ、節分の時と同じパターンじゃねぇか、これ。」
  「違うも〜ん♪」

 炒った大豆を撃ったあの時のは“成敗”で、今度のは“奇襲”だも〜んと。やっぱり勝手を言いながら“…っくしょん☆”と思わずのくしゃみを1つ。ああほら、あんなトコで待ち伏せなんかしてっから。大きな歩幅で歩み寄りつつ、手慣れた様子で学ランを脱ぐと。風を孕ませるように ばさりと広げ、背後までへと回してやってから。小さな肩にかけてやったそのままひょいと…坊やには引き摺るほどもの長さの詰襟ごと、その腕へと抱え上げて差し上げたお兄さん。まだ“弾丸”残ってるぞ、バカこっち向けんな危ないだろが、ちゃんとしたチョコの方がよかったか? 別に、俺もそんなにも好きって訳じゃあないからな。何事もなかったかのように、自然な会話を交わしつつ、部室のある棟へスタスタと歩みを進める彼らだったが、

  「凄げぇ〜〜。」
  「なんか、カッコよくね?」

 小さな坊やといつもいつも連呼しているが、それでも身長は もう120センチはあるのだからね。乳幼児に比べればそれなりに、手足の長さもあっての五頭身以上の体バランスをした、言わば“少年”でもあって。だからして、ひょいっとその腕へ抱え上げるとどうなるか。前腕へ座らせて向かい合った自分へとしがみつかせるような、所謂“子供抱き”のままだと、坊やのお顔がお兄さんの肩口の上…どころか頭の上へまで持ち上がり、その身を随分と乗り上げるような高さバランスになってしまう。高い高いとあやすのならばそれでいいが、寒かったろうに ほら此処にお入りと、懐ろ深くへ風から匿おうということになるならば。

  「…あれって、恋人同士がやる抱え方、だよなぁ。」

 お膝と背中とに手ぇ回してて、しかも横抱きのあれって“お姫様抱っこ”って言いませんか? 一年から訊かれて、まあな、学ランの裾が長いからな、ああやって捌かねぇと引き摺るんだろうよ、と。誰へともなくの言い訳めいた弁明をついつい選んでしまう幹部たちであり、
「…で。この荷物はやっぱ、俺たちで持ってった方が良いんでしょうか。」
 すっかりと置き去りになってる、義理と本命、入り乱れてそうな、いかにも豊かな品揃えのチョコレートの詰め合わせが2袋。ちゃんと女性からもモテているのにね。本気の方が心なしか多いほどに。なのにあの、こまっしゃくれた小さな男の子の方が、あんなにも大切な総長さんなんだねと、あらためて見せつけられたような気がした面々でもあって。この場にはいなかったメグさんが、後日になって二人へ言ったのが、

  ――― 食べるものを粗末に扱っちゃあいけません。
      …ごもっとも。
      ごめんなさい。

 だったということを補足して。公認のバカップルの今年のバレンタインデーは、やっぱり何とも賑やかなまんま、晴れやかに過ぎてったようでございますvv



    Happy St.Valentine day !




  〜Fine〜  06.2.13.


  *ちなみに、阿含さんからも、
   高級チョコレートの詰め合わせの大きいのが毎年届いているそうで。
   …かかりつけだと認めてほしい相手でしょうに、
   わざわざ虫歯にしたいんでしょうか、歯医者さん。

   「もともと、父ちゃんのことを武蔵と張り合ってたって話だったからな。」
   「だから。お母さんの言う冗談を真に受けてんじゃねぇよ、お前はよ。」
   「何だよ、何で“冗談だ”って決めつけてんだよ。」
   「…だって、ちゃんとお前が生まれとろうがよ。」
   「だからそれは。そうなっちゃったんで、二人が身を引いたらしいって。」
   「………う〜ん。」

   真相や、いかにvv
(おいこら)

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