Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “早朝スクランブル?” 
 


 日本でも最近はやりのカボチャの祭りが終わると、さすがに秋も深まって。関東地方の平地でも、イチョウがそろそろ色づき始め、薄手のブルゾンだけだと朝晩はちょっと寒いかなという頃合いに入る。
『剣道の全国大会の選手権って今頃なんだな。』
『何だ? お前、そんな渋いもんも関心あんのか?』
 おお、社会人ばっかだったけどよ、雲水が出てたんでテレビで観てた。意外なところに知己がひょこっと顔を出す、とんでもなく交友関係の幅が広い坊やなのは今更な話だったが、
『テレビって。そりゃ、準決勝からの中継じゃなかったか?』
『うん。あれ? 何でルイも知ってんだ?』
 ウチの親父の警護に来てる面子がな、出てたんだと。そんでまあ、知ってる顔だしと。何とはなく口ごもって言葉を濁した彼だったのは、相手へ“そんな渋いもん”なんて言った手前か、それとも。

 “特別な身分だっての、ひけらかすみたいで ヤなんだよな〜vv”

 親や縁者の威光、所謂“七光”が大嫌いで、だから。まだその肩書が半分は“中坊”だった3年前の春休み。自分の苗字を隠したまんま、入学予定の高校の“顔役”を片っ端から伸してって。都議の息子だってのも、伝説の顔役だった葉柱斗影の弟だってことも伏せての、自分の腕っ節のみでのし上がって見せた“下克上”は もはや賊学の伝説と化しているほどで。
“アメフトへの筋も通すしよ。”
 反則で勝っても嬉しかねぇと、血の気の多い舎弟たちへも徹底させたのが、試合中のみならず、フィールドの外でも、要らぬ暴力沙汰は絶対厳禁としていたことで。そういう妙なところへこだわる頑迷さ、子供のようと言えばその通りの他愛ない頑是なさかもしれないが…それでもね。そういう矜持を一つでも持ってるっていうのが、

 『バカみてぇ。』

 融通を知らねぇ餓鬼みたいだと、口ではそう言っての囃し立てつつも。だから好きだとこっちからぎゅうとしがみつく態度の方こそ、ホントの気持ち。

 “あ〜あ。”

 何でまた、こ〜んなお馬鹿な兄ちゃんが大事なんだろ、俺。ベンチに戻らず始めたハドルの輪の真ん中、ただでさえ怖い三白眼を剥いて、メンバーたちへ手短に指示出してるのをベンチから眺めやる。フィールドの真ん中は こっからこんな遠いんだし、それでなくたって俺はメンバーじゃないから、ゲームが始まったら何にも出来ない。それはどうしようもないことだと、他んことだったらすぐさま冷めての諦めて、頭もすぐに切り替えられんのにな。大好きなアメフトだからかと思ってたけど、そうじゃない。ルイの窮地に何にも出来ないのが歯痒い、ルイの力になれないのが口惜しい。そうなんだって気がついてからは、もう止まらなくって。日頃、我儘言って振り回してんのは、こんな風にやきもきさせられてることへのきっと意趣返し。

 「いくぞっ!」
 「おうっ!」

 戦法が決まったか、掛け声を合わせての散った面々の間から、ちらっとこっち見た視線。放っぽり出してるお返しだ、相手してやんねぇと思ってたのに…やっぱダメで。ついつい口元引き絞っての見つめ返せば、にやって微笑う顔がまた……………馬鹿ルイ、誰かに見られたら惚れられるから、そんないい顔して見せんのは止せってのっ。

  ―― ピィーーーッ!

 ホイッスルの響きが秋の高い空へ吸い込まれてゆき。大学アメフト三部・秋リーグの終盤戦、首位争いの大勝負の最終クォータの、残り時間あと3分が動き出す。これに勝ったら文句なしの“入れ替え戦”進出だ。3年でギリギリ進や桜庭がいる王城に追いつくってのが、俺の書いてた青写真なんだかんな。ここでヘマしたらどうなるか、覚えてなっ!


  「…っ、ルイ〜〜〜〜〜〜ッッ! 走れ〜〜〜〜っ、行け〜〜っっ!!」






  ◇  ◇  ◇



 スタジアムのスケジュールの関係で、土曜の試合だったので。当然のことながら、翌日は日曜である。秋晴れが続いて、ついでに秋らしい冷え込みも続いたこの何日かであり、はやばやと風邪でも拾ったものか、マスク姿のお人も見受けられる今日この頃。

 「………お。」

 長々延々聞かされるよか手早く聞こえなくなった方が良いだろと思ったか。やや控えめなそれながら、あまりスピードは緩めぬままらしいオートバイのイグゾーストノイズが、少し先の大通りのほうから聞こえて来。それと気づいたと同時くらい、家の前の長い目の通りの先へ、ライダーごと大型バイクのご登場とあって。

 「…よお、おはようさん。」
 「はよっす。」

 乗ったままでは失礼かとも思ったが、イグニッションキーの操作をし、アイドリングノイズが静まるまで待たせるのも何だからと、先にご挨拶を差し向けたのが、革ジャンにトレーナー風の綿セーターと風防仕様だろうオイルコーティングされたライダーパンツといういで立ちの、葉柱さんチの次男坊ならば、

 「こんな早くから坊主に呼ばれたか。」

 まさかとは思うが、それで門前を掃いてでもいたものか。その柄の先へ手を乗っけた竹ボウキを杖代がわりにし、大変だねぇと苦笑を洩らしたのが。長いこと不在だったが一応はこの家の当主、蛭魔ヨウイチロウさん、その人であったりする。…いいかげん漢字を当てたほうが良いですかね。妖一郎とかさ。陽一郎だったら笑えますか?
(こらこら) エンジンを切っての、シートからも降り立って、手慣れた所作、ほんの一蹴りにてスタンドを起こし、バイクを立てた葉柱へ、
「ウチのアレ、面倒かけてねぇか?」
 目許を細めてのにっこりと笑いながら、ジャージ姿のお父上が懐っこくも話しかけて来る。さすがに いつぞや妖一坊やが言ってたような、高校生の体操服みたいな“イモジャー”じゃあないものの。異様なほどラフな格好には違いないところへ加えて…北欧風の鋭角的な風貌でバリバリに日本語こなせるというのは、やっぱり何だか違和感が満載のお父様から、
「何でも4年越しの付き合いなんだってな。」
 それって、あんたが高校に上がった途端じゃね? 高校生時代をずっと足代わりにされてたのか? ガキ相手でも遠慮は要らねぇからさ、悪いこた悪いって、ちゃんと叱ってやってくれや。………なんてな、通り一遍のご挨拶をいただいたものの、

 「くぉらっ! そこのバカおやじっ!」

 そんなこんなという会話が丸聞こえだったらしい、二階の窓からの大声がして、
「そんな恥ずいこと、朝っぱらから訊いてんじゃねぇっ!////////
「おや。聞こえたか。」
 確信犯だな、その笑い方…と。葉柱が思わず呆れたほどの白々しさでにんまり笑い、肩越しに頭上を見上げた父上であったものの、

 「…?」

 そのまま“あれれ”と、葉柱としては不審を覚えた。ちょっぴり小粋な外観の小さなお家。玄関ポーチの真上、平らかな庇の上には、回転窓とでも呼ぶのだろうか、外へ斜めに押し開ける形式の明かり取りの小窓があって。二階にある子供部屋までの階段の途中にあるそれなので、葉柱が来ると、いつもなら駆け降りて来がてら、ヨウイチ坊やが必ずそこから顔を覗かせるのに。今朝は…声が飛んで来ただけで、ちょいと小癪な、されど可愛らしいお顔が鳩時計の鳩のようにちらりと…覗かないのが不審な案配。怪訝そうなお顔のまんまな葉柱へ、

 「随分と可愛がってくれてるらしいねぇ。」

 掛けられた伸びやかな声はテノール。まだ変声期前の妖一坊やとは明らかに違い、芯のようなものがしっかと通っている声音は、耳に入るとついつい誘われてのそちらへと注意を喚起される、聞き流すことは出来ないとするよな響きがあって。それへ誘われるまま素直に顔を向けた先、視線が当たった色白なお顔には。金色の虹彩が光に透けての、何とも印象的な双眸が据わっており。出来のいい玻璃玉のような眼が、伏し目がちにされた目許から…ちろりんと、こちらを見据えていたりして。伏した分だけ やや奥向きから、何ぞか含んでの強く濃くなった眼差しは。聞こえは悪いかもしれないが、こちらの態度や物腰を見逃さぬようにと、瀬踏みしているかのようにも見えて。

 「ウチのチビが、可愛い振りしてその陰で、
  何かと作為を巡らせてんのも、最初っから明かされてたっていうじゃないか。」
 「はあ、まあ…。」

 ああ、そうだったよな。あん時は…その場限りの間柄、どうせもう滅多には逢わねぇだろと判断されたか、取り繕う必要のない相手だと見做されたらしく。彼らを引き会わせた葉柱夫人が立ち去ると、あっと言う間に 稚い仔猫から傲慢な小悪魔様へと戻って見せた坊やであったこと、随分と遠くなったなぁとばかり感慨深げに思い出していれば、

 「…まあ、そんなヨウイチの側は、
  可愛がられてもおだてられても、それへ浮かれるような子じゃあなし。
  足元軽くも振り回されるってこたぁないと安心出来てもいるんだが。」

 手元のホウキの柄をちょいと斜めに傾けると、そのお綺麗な手の中で、くるり、軽々と回したそのまま。さすがに穂先のほうを向けるのは失礼と思ったか、先程までその上へ双手を重ねていた柄の先の方を、葉柱の鼻先、わずかに間を空けたすぐの宙空へと突き付けるようにかざして見せて。

 「あんたの方はどうなんだ?」
 「はい?」
 「ヨウイチの可愛らしい見目にだけ、
  惹かれての目をかけてるだけだってんならば。」

 皆まで言わすな、ただじゃあ置かねぇと。いつの間にやら鋭く研ぎ澄まされた双眸が、射貫くように強まってのこちらを真っ直ぐ見据えて来ており。
「いや…。」
 そんなつもりは、とかどうとか。特に考え込むこともないまま、応じようと仕掛かった葉柱のお声を遮ったのが、

 「ルイっ!」
 「え? どあっっ!!」

 さっき見上げた明かり取りの小窓…の脇。二階のベランダから柵越えをしたのだろう小さな影が、斜めに降りてる一階部分の屋根を勢いに任せての駆けて来て。そのままポーチ上の庇から“えいやっ”と飛び降りて来たもんだから。カリオストロのルパンですか、あんた。(良い子は真似をしないでね?)

 「な…危ねぇだろがっ、お前はよっ!」

 もう片手でひょいって捕まえられるおチビじゃねぇの、判ってんのか? 下手すりゃ足首とかカカトの骨、逝ってたんだぞと。しっかとその細腰を捕まえての宙空で受け止められたお人がぎゃんぎゃんと叱り飛ばすのへ、

 「だってよ。」

 何か言い返しかかった坊やのお声にかぶさったのが、とんでもない音量のグラムロックの重低音。家の中からのものであるらしく、

 「何やってるの? ヨウイチっ、あなたっ。」

 お母様のお叱りのお声とともに、さっさと消されたが、日曜の朝っぱらからこれってのは…ご近所にはさぞかしご迷惑だったに違いなく。靴はさすがに持って来れなかったか、靴下裸足のままな坊やであり。これでは降ろしてやれんなと、葉柱が抱えたままでいたところが、

 「最後のはクリアならずか。まだまだ未熟だねぇ。」
 「うっせぇなっ。気づいたからベランダから出たんだよっ。」

 なのにタイムロックまで仕掛けてやがってよ。ラジカセにしといて正解だったな、花火だったら今頃お前 黒焦げだぞ。自分チ燃やす気か、この糞オヤジ。大体あんなとこに“虎伏せ”仕掛けんなんて、やり方が汚ねぇんだよっ。何言ってんだ、お前こそ、こないだ父ちゃんのチャリの変則ギアにネズミ花火仕掛けやがってよ。ちゃんと出掛ける前に気づいて外してたじゃんか。それでチャラになったと思うのか、お前はよ。大人げねぇぞ、三十のくせにっ! いちいち三十、三十言うな、こんの…っ。

 “…凄げぇ。”

 この小悪魔くんを相手に、息をもつかさずの丁々発止で口喧嘩出来る人を初めて見ましたと。完全に蚊帳の外へと押しやられたまま、驚嘆している総長さんだが………此処にカメレオンズの面々が居たなら、何を今更と思ったに違いない。まま、自らの姿・行いは、鏡でもなけりゃ至近じゃ見えませんからねぇ。(苦笑)と、ただただ感心していたものの、はっと我に返ると、懐ろの中、総毛をぶわわっと逆立てての膨らませた仔猫のようにお怒りの真っ最中な小悪魔様へと声を掛ける。

 「…取り込み中に悪いが、そろそろ出ないと道が混むぞ。」
 「あ…。」

 そうでした、こんな朝早くにこの彼がやって来たのは、川崎スタジアムにて開催される、Xリーグチームのエキシビジョンマッチを観戦するためのお迎えに、ではなかったか。
「そーだった、急ぐぞ、ルイっ。」
「急ぐんなら、靴を履いて来い。」
 それと、携帯やハンカチは持ってんのか? 上着はそれで良いのか? バイクじゃ風受けっから、相当寒いぞ? …と。これまた、あっと言う間に場の主役が入れ替わり。もういいからと降ろしてもらった妖一くんが、たかたか玄関へ引っ込んで、そのまま折り返しで靴はいて出て来てバイクへとよじ登り、
「ルイ、急げっ。」
「はいはい。」
 誰が待たせていたのやら、まま、言っても聞かぬだろうからと、苦笑で流してのそれから、

 「それじゃあ、出掛けて来ます。試合が済み次第、真っ直ぐ帰って来ますので。」

 ちゃんと送りますからご心配なくというご挨拶を、きっちりと差し向けたお兄さんへは、はあさいですかと相槌を返すしかない父上だったりし、

 「ちゃんと掴まってろ。」
 「おうっ。」

 イグニッションキーをひねったお兄さんのがっつりと頼もしい胴回りへ、言われずともと喜々として、ぎゅむとしがみつく坊やを背に負うと。限定解除だろう大型バイク、ゼファーとかいう重戦車が、地響きのようなイグゾーストノイズを轟かせたかと思や、すぐにも…風のように立ち去って。

 「…う〜ん、手ごわい。」

 なかなかの絆じゃね?と、くすすと苦笑なさったお父様だったようです。そして、

  ―― ったくよっ。
      何だ、まだ怒ってんのか?
      だってさ。いいか? ルイ、ちょっかい出されても相手すんなよ?
      なんで?
      なんででもだっ。
      ふ〜ん?
      線が細く見えても、あの手の顔には気をつけろって言ってんだよ?
      ……ほほぉ。

 お父様の参戦で、ますますとややこしい間柄になりそうな、予感がしないでもあったりなかったり…。







  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.11.07.


 *ルイさんへの“次男坊”という表記に
  ついつい吹き出したくなるのは、果たして私だけでしょうか?
(苦笑)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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